【完結】剣姫と恋仲になりたいんですけど、もう一周してもいいですか。   作:ねをんゆう

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06.○○との交渉

世界は英雄を欲している。

であれば、英雄とは何だろうか。

 

……細かいことはどうでもいい。

絶望的な状況を覆し、世界や人々を救い出し、俺達(神)が驚き湧き上がる様な興奮を与えてくれる。ただそれだけでいい。

 

そういう意味では彼には、それに成り得る意志が存在している。器はない、才能もない。だがそれら全てを覆す、究極とも言える、神々すら疑う様な明らかに異常な意志が存在している。

あれは才能だ、彼はそういう異常を持って生まれた存在だ。しかし普通であればそのようなものは覚醒しない。滅多な事がない限り、その様な才能が芽を出すようなことがないからだ。

……だが彼の場合、その滅多なことが起きてしまったのだろう。

詳細は分からない、経緯もだ。しかし彼は何らかの影響を受けて、そしてスキルを得てしまって、才能を開花させるに必要な環境を得てしまった。1人の少女と恋仲になりたいという誰もが思い抱くような普通の恋心に対して、ここまで異様な執着を持ってしまった。ブレーキすらも壊れてしまっている。

きっと彼はそれを叶えるためであれば、世界すら救うだろうし、世界すら滅ぼすだろう。その身と意思の2つだけで。彼が今こうして他者に悪影響を及ぼすような行動を起こさないのは、単純、それをしてしまえばアイズ・ヴァレンシュタインの味方になれないという理由一点に尽きる。

 

普通の人間は様々な人間と関わりを持つ事で意識と感情を分配し、適度な距離感や関係を保つものだ。だが彼はその容量が極めて大きく、今の時点でその大半が彼女に向かってしまっているという異常な状態にある。

つまりは、もしアイズ・ヴァレンシュタインが間違った道を走ってしまったら。若しくは世界に反するような意思を見せてしまった場合には。彼は何の迷いもなく彼女の側に着くだろうし、その道を手を取って共に進むことになる。むしろ彼女の後押しをすることになる。

故にヘルメスはここ一年の間、可能な限り彼に他の人間との交流を増やそうと努力して来た。定期的にロキに対して子供の話を持ちかけ、巧妙にノア・ユニセラフという人物について自慢という形で印象付けた。これは彼の願いを叶えるためでもあり、同時にロキ・ファミリアへの橋渡しをすることで、彼と関係性を持つ人間を増やすための行動だ。他者との交流を増やし、関係を作ることで、彼の意識を可能な限りこのオラリオ、そして人類の方へと引き留める。そういう工作をして来たつもりだった。

 

……しかし現状、ヘルメスのその努力が効果として表れているようには見えない。

彼は相変わらずあの少女だけを見つめて努力しており、徹底的な自己改造を行なっている。単独で30階層以上まで潜り、変わらずその精神を殺され続けている。ヘルメスが危惧していた魂の崩壊は刻一刻と進んでおり、彼は僅か1年という期間でレベル4が見えるところまで成長した。

この異例の早さのランクアップをヘルメスはギルドには報告しておらず、むしろレベル4になった時点でレベル3の報告をしようと考えているところ。だがそれにしても最短記録であることは疑いようもなく、彼をロキ・ファミリアに引き渡すことを考えれば、いつかは公表しなければならないことでもあった。

 

「ヘルメス様、今日はロキ様に会いに行くのですよね。準備はよろしいのですか?」

 

「……ああ。問題ないぜ、ノア」

 

柔らかな物腰、丁寧な所作、優しい声色。

完全に身についたそれは、神である自分にも何処にも不自然さを見出すことは出来ない。既に彼が持っているはずの狂気など完全に隠されてしまっており、彼の擬態は今やオラリオにおける殆どの神を騙せるほどのものだ。それはロキでさえも恐らく変わらない。……もしかすれば女神フレイヤであれば、その魂の破損具合から怪しさを見出すことが出来るかもしれないが、それでも看破することは難しいだろう。

……擬態と表現したが、正確には彼の全ては作り替えられているのだから。元の彼の部分が残っているのは、その異様な執着と記憶くらいなのではないかとすら思ってしまう。今は本当に美しく優しいお姉さんにしか見えないし、世間にはあまり知られていないが、ヘルメス・ファミリア自慢の看板娘と売りに出したいくらい。

こうして共に街中を歩いているだけで周囲からの目線を集めてしまうような有様だ。まさかここまでになるのかと、今は別件で出掛けているアスフィすらも驚愕している。自慢の子であることは否定しないが、そこに自分達の助力などほとんど入っていないことを考えると、本当に複雑な気持ちになる。

 

「お、やっと来たんか。……うおっ!?話には聞いとったけどマジで美人やんけ!!」

 

「ようロキ、九魔姫も」

 

「先日ぶりだな、ノア」

 

「はい、リヴェリアさん。……それとロキ様、おはようございます。ノア・ユニセラフと申します、よろしくお願いします」

 

「お、おお、これはどうも……はぁ〜、なんや変な噂色々あって心配やったけど、全然ええ子やんなぁ」

 

小さな飲食店の2階テラスで、待ち合わせをしていたのはロキとリヴェリアの2人。ノアとリヴェリアは今も定期的に食事をしているという話は聞いていたが、2人はかなり自然なやり取りをしている。そこの信頼関係は既に完全に構築してあるということなのだろう。……本当に、既に策が敷き詰められている。戦いは始まる前に終わっているとも言うが、今日この日のために彼がどこまで仕組んできたのか。少し恐ろしくもあったが、暇に飽きた神としては、それが同時にとても好奇心をそそられるものでもある。

 

「そんで……えっと、なんやっけ?うちのファミリアに移籍したいって話やっけ?」

 

「ああ、そうだ。悪いな、突然の話で」

 

「いや、まあ前々からリヴェリアからなんとなく話は聞いとったし、そこは別にええんやけど………ええんかヘルメス?普通どうやっても手放したくないような子やろ」

 

「普通はな。だが本人の希望も強いし、そもそも俺達のところじゃノアの求めることを叶えてやれない。むしろ足手纏いになっちまう」

 

「求めること?」

 

「深層に遠征に行きたいんだと。つまりはまあ、今以上に強くなりたいってやつだ」

 

「ああ、なるほどなぁ」

 

「別にフレイヤ様のところでも良かったんだが、ノアはそっちの九魔姫と仲良いんだろう?俺としてもロキのところに行かせた方が安心出来る」

 

というか、そもそもそんな選択肢なんて存在していなかったんだけれども。ロキ・ファミリアに行きたいと言う彼の意志は、もう何があろうと最初から止めることなど絶対に出来ないものであったのだけれど。ヘルメスが何を言おうと、それは変わらない。彼のその凄まじい強度の意志によって、いつも折らされるのはヘルメスの方なのだから。仕方がないし、そもそもヘルメスとて早く押し付けたい。

 

「う〜ん、でもそれなら遠征の時だけうちに来るってのでええんやないん?それにまだレベル2なんやろ?せめて3になってくれんと受け入れられんで」

 

「……あれ?ノア、九魔姫には言ってなかったのか?」

 

「いえ、今日この日まで隠して貰っていました。一応お話はさせてもらっていますよ、相談に乗って貰っていましたから」

 

「ああ、全く胃に悪い話をな。……やれやれ、いったいどんな無茶をすればこんな事が可能になるのか」

 

「ん?どういうこと?」

 

「こいつはもうレベル3だ、そろそろ4が見えて来た」

 

「はぁ!?」

 

そりゃ驚くだろう、けどヘルメスの方がもっと信じられない思いでいる。

だって他の人からすればレベル2寸前から1年かけてレベル4寸前まで上げたように見えるだろう。つまりは1年でレベル2つ分上げたということ。しかし実際にはレベル1の初期状態からレベル4寸前まで上げているのだ。つまりは1年でレベル3つ分を上げている。

こんなことはあり得ないし、あり得たからには明らかな異常が存在している。不正を疑われても仕方のない話だ。天災の再来と言われても仕方がない。

 

「ま、まだヘルメスんとこ入って1年やろ!?何やったらそんなことになんねん!!」

 

「こいつはな、本当に私と食事の約束をした時くらいにしかダンジョンから帰って来ないんだ。それ以外はずっと1人でダンジョンで寝泊まりしている」

 

「頭おかしいんか!!」

 

「そういうわけで、多分あと半年もしないうちにアスフィを抜くと思うんだ。正直うちとしては手に余る人材でな、ぶっちゃけ遠征の難易度が上がると困る」

 

「来年にはレベル6になりたいです」

 

「向上心が高過ぎん?」

 

「なに?そこまで強くならないと目的は果たせないのか……?」

 

「いえ、強ければ強いほど良いので。別に上限とかは考えたことないですね」

 

「……目標無しにそこまで努力出来るもんなん?」

 

「ただ単独でやらせ過ぎたからな、集団戦闘の経験が殆どないんだ。そういうところも教えてやって欲しいと思っている」

 

「そうですね……知識としてはあるんですけど、やっぱり実践は違うと思うので」

 

「よう生きとるな、ほんま今まで」

 

そう、本当によく生きているなといつ話である。そしてその辺りも移籍をするのであれば、ロキには話しておかなければならない。……だがもちろん、それは今ではない。話が詰まって、決まってから。そこからでないと、話せないこともたくさんある。

 

「それで、どうだろうロキ?受け入れてくれるかい?」

 

「う〜ん、まあそういうことなら……リヴェリアも信用しとるし、実力もあるし、かわええし。ただいくつか聞かせて貰ってええか?」

 

「はい、もちろんです」

 

さあ、ここからが正念場だ。

 

「まず一つ目な。何のためにそこまで強くなろうとするん?正直普通の感覚やないで?復讐かなんかなん?」

 

「いえ、そういう訳ではないのですが……」

 

「……ロキ、実はそのことについては私も知らされていない」

 

「は?なんで?」

 

「どうも他者に教えると、それが叶わなくなってしまう可能性が高くなってしまうかららしい。正直、わたしもその辺りをそろそろ教えて欲しいと思っているのだが……」

 

この時ヘルメスは初めて聞いた。

ああ、そういう風に誤魔化しているのか……と。

まあ言っていることは間違っていないし、その通りなので何も思わないが。さて、それをここでも同じ理由で誤魔化せるのか。この理由だけでは普通に考えれば嫌な顔をされるところだが。

 

「う〜ん、正直それやとあんま信頼出来んっていうか……」

 

「……私、好きな人が居るんです」

 

「え」

 

「え」

 

「え」

 

思わずヘルメスも声に出した。

 

「強くなりたいのは、その人に振り向いて貰いたいからです。そして他の人に取られたくないからです。これが私がここまで努力している理由の全てです」

 

「え………え?」

 

「は?いや、それは……本当なのか?」

 

「本当です」

 

「ロ、ロキ……」

 

「……全く、なんも嘘ついてへん。ほんまにそのためだけに、そないな努力しとるんか……?」

 

「はい、これはヘルメス様にはお話ししています。そうですよね、ヘルメス様」

 

「あ、ああ。俺もそう聞いている」

 

「………………まじか」

 

いや、本当に。

それ言っちゃうんだ……と。

誰もが驚くのは当然だ。

そりゃリヴェリアだって驚いて固まる。

まさかこれまで聞いて来た彼の異常な努力が、恋愛のためのものだったなどと……

 

「ち、ちなみに、それが誰かとかは……」

 

「ふふ、流石にそれはまだ秘密にさせてください」

 

「せ、せやな。うん、流石にそれはな」

 

「ま、待て……その、もしかして。その対象は私だったりするのか……?」

 

「えと……………………………その、アイズさんです……」

 

「「…………………あ〜」」

 

う、上手い。

話の空気の作り方が上手い。

このちょっとおちゃらけた雰囲気、リヴェリアの言葉をうまく利用した。ヘルメスは素直に感心する。

 

「リヴェリアさんの手前すごく言いにくかったんですけど……それにこう、定期的にお話しさせて頂いてるのも、正直利用してるみたいでずっと心苦しくて……」

 

「い、いや、まあ、それは……」

 

「確かに最初はそういう思惑もあってお誘いしたんですけど、リヴェリアさんとお話しするのが楽しくて。続けてるうちに罪悪感が……」

 

「ああいや、その、君の危惧は別に間違った物ではない。もし出会った当時のあの時にこんな話をされていたら、私は君を拒絶していただろう。君の人となりが分かった今だからこそ打ち明けてくれたその判断は、普通に正しい」

 

「……なるほどなぁ。アイズに見てもらうには、アイズ以上の努力するしかないってことか。そらそんな無茶するわ、マジでよう生きとるなとは思うけど」

 

「それに、当時の私には本当に何も無かったので。容姿とか立ち振る舞いとか考え方も、アスフィさんや他の女神様にお願いして色々と直したんです。……リヴェリアさんにそれを誉めて貰って、自信もついて。先ずはリヴェリアさんに認めて貰えるような自分にならないと、この想いを口に出すことも許されないと思っていたので」

 

「ま、真面目過ぎるやろ……」

 

「……君は十分に努力した、それはここ一年君を見て来た私がよく知っている。それが全てアイズへの恋心故なのだとしたら、むしろあの子には勿体無いくらいだ」

 

「な、なあ、そんなに変わったん?」

 

「美容、勉強、心構え、立ち振舞い、口調、力量、仕草、技術、精神……この全てを殆ど平凡な状態からここまで仕上げている。僅か1年の間にそこまで出来る者が他にどれだけいる?」

 

「まじか」

 

「ノア、別に私を騙していたなどと思う必要はない。何かしらの思惑はあったのだと、最初から予想はしていた。それに好きな相手と近付くために、その仲の良い人物に近付くなど、こういう話では当たり前のようによくある話だ。そんなことに罪悪感など抱かなくても良い」

 

「……ありがとうございます、リヴェリアさん。私リヴェリアさんと会えて本当に良かったです」

 

……つまりは、これが彼がアイズではなく最優先してリヴェリアと仲を深めた理由なのだろう。可能な限り教えられる自分のことは全てリヴェリアに伝えた、つまりは自分の努力のほどを彼女はよく知っている。そしてその努力の全てが実は恋心故だったと聞かされれば、その本気の度合いも分かるというものだ。一年という時間をかけて内面も知った、信用を得た、信頼出来る仲になった。今やリヴェリアは母親としてノアを試す立場ではなく、彼をフォローする立場に居るのだ。

直向きで、誠実で、真面目で、子供みたいな浅知恵から始まった関係にずっと罪悪感を感じていた。そんなことを打ち明けられながらも、自分との食事は本当に楽しかったなどと言われれば、素直に可愛いと思ってしまうもの。しかもそれが嘘ではないと、ここに神が居るからこそ証明もされてしまう。

 

「ですから……その、私が移籍したい本当の狙いというのは」

 

「言わんでええ、分かっとる。……せやけど、やっぱりそういうのは本人の問題やから。うち等からは口出しせえへんし、なんやったら今聞いたことはちゃんと忘れる。そんでええ?」

 

「はい、機会を頂けるだけで十分です。それに今直ぐどうこうするつもりもありません。……なんとなく、アイズさんにも事情があるのは理解していますし、時間をかけて少しずつ仲を深めていければと考えています。彼女の邪魔にはなりたくないですし、今はそんなことを考えていられる様子でもないようでしたので。先ずは彼女のお手伝いから」

 

「……健気な子やな、ほんま」

 

「前にアイズと会わせた時も、そういう様子は見せなかったからな」

 

「好きですけど、受け入れて貰うのは今じゃなくて良いんです。いつまでもは待てませんけど、いつか好きになって貰える努力を、私はただ続けるだけです。アイズさんの心の準備が出来る、その時まで」

 

全部本当の話、全部が彼の内心。

だからこそ、タチが悪いとも言える。

本当に何の苦難もなく、彼女が彼のことを選んでくれることをヘルメスは切に願う。それもなるべく早く、彼の魂が取り返しのつかないことになってしまう前に。……もし断られたり、他の男に取られたりしたら。本当に彼はどうなってしまうのか、今から恐ろしくて仕方ない。

 

「私としては当然何も問題ないが、どうだろうロキ」

 

「せやな、うちも問題ないわ。……せやけど、今みたいな無茶は、移籍したらやっぱ自重して欲しいわ。アイズだけやなくて、他の子にも変な影響出そうやし」

 

「……分かりました。なんとか誤魔化すようにします」

 

「止めるとは言わへんのやな……」

 

「まずはアイズさんを追い抜くことが必要ですから、レベル6は本気で狙います。仮にそれで移籍時期をズラす必要が出て来たとしても、そこは絶対に譲れません」

 

「………」

 

「………」

 

「……頑固な子やなぁ」

 

「悪いなロキ」

 

「ま、これくらい我儘もある方が可愛げあるわ。……分かった、そんなら移籍は半年後にしよか。それまでにうちの方でも色々考えてみるわ。ヘルメスも、それまでにレベルの報告は済ませときぃや」

 

「わ、分かってるさ……」

 

「ありがとうございます!ロキ様!」

 

結局全てが彼の思い通りになる結論となり、ヘルメスは苦笑いをしながらも、これからも続くであろう苦労に諦めを受け入れる。

彼のスキルについてはもう何も言わない、そこの苦労はロキに受け入れて貰うことにした。それに今回の件について、大まかな流れと方針は全て彼に任せている。ヘルメスはただそのサポートをするだけ、そういう意味では役割は十分に果たせただろう。

 

「なあノア」

 

「はい?どうかされましたか、ヘルメス様」

 

ロキ達が帰って行った後、頼んだ昼食が運ばれてくるのを待ちながら2人は話す。というか、半ば無理矢理居残らせた。そうでもなければこのままダンジョンに行ってしまいそうだったから。一言声を掛けてやれば言うことを聞くだけ、まだ扱い易い。

 

「レベル6になったら探索をやめる気はないか?」

 

「……ヘルメス様はやめて欲しいんですか?」

 

「質問に質問で返さないで欲しいが。……だがまあ、そうだ。君はその無茶なレベリングと引き換えに、精神と魂の損壊という代償を支払っている。1柱の神として、正直これ以上は看過できない」

 

「……そんなに限界なんでしょうか、大分慣れてきたと思うのですが」

 

「拷問に慣れて来たと言っているも同然だ、それは慣れてはいけないものだと誰でも分かるだろう」

 

「最近はそこまででは無いですよ。ヘルメス様から魔導書を頂いたおかげで魔法も覚えましたし、技術もかなり身に付きました。どうしようもない状況を打開する手段も増えましたし、それに……」

 

「本当に何も無くなることになる」

 

「………」

 

「痛みに耐えるには感情を捨てるのが1番早い。このままでは君は何れ剣姫に対する思いさえ無くしてしまうだろう」

 

異常な執着心こそが、それを今は繋ぎ止めてくれているだけで。待っている確実な未来は廃人。そもそも普通の人間に気合と根性で精神的な自己改造など行えるはずがない。それを行えるということは、つまりそれほど自己という形が歪で薄く弱くなっているからだ。今はまだこれだけで済んでいるが、そう時間も経たないうちにそれはどうしようもないところまで行き着いてしまう。

 

「どこかで区切りを付けなくてはいけない、今までのように上限なしにとは決していかない」

 

「……なるほど。時間的な制限だけではなく、人間の精神的な制限もあったということですか。正直それは盲点でした」

 

「レベルを上げたいのなら普通の方法を取れば良い。それこそロキの言ったようにレベル5を一つの区切りとして……」

 

「いえ、最低でもレベル6です」

 

「っ」

 

「アイズさんがレベル5になって既に1年が経ちます、次のレベルに上がるにはあと2年ほど必要でしょう。しかし私の元の才能では普通にやればレベル6になるのに5年以上はかかるはず。……追い抜かれては意味がないんです。痛くても苦しくても、なんだろうと、ここだけは絶対に譲れません」

 

「…………っ」

 

分かっているとも、彼がこう言っている時はどうやったって止めることなど出来ないと。実際にこの1年間でレベル4寸前まで来ている、あと半年でレベル5まで上げるという言葉も恐らく実現させて来るだろう。そして移籍した後のもう半年でレベル6になるというのも、どんな方法を使ってでも実現させる筈だ。

 

……しかしヘルメスは思う。

誰かと恋仲になりたいという願いを叶えるのは、そこまでしなければならないほど大変な願いなのだろうかと。その願いの難しさを同じ男であるヘルメスも分かっているつもりではあるが、それは本当に魂を破壊しかねないほどの痛みを味わわなければいけないほどのことなのかと。

恋愛というのは、もっと甘酸っぱく、苦しさはあれど、楽しさや嬉しさも混じった尊いものではなかったのかと。……少なくとも、こんなにも苦しみで満ち溢れた物ではなかった筈だ。

 

「大丈夫ですよヘルメス様、流石にレベル6になったらそこからはアイズさんとの時間を大切にするつもりです。ですからこれは、あと1年間の辛抱なんです。……ふふ、最初は3年の予定でしたから。これはむしろ短くなった方ですね。最初に予定していた中で1番苦しかったことのゴールが見えて来たんです、それはもう十分に幸せじゃないですか」

 

それ以上、ヘルメスは何も言うことは出来なかった。

彼を自分のファミリアに入れてから、その想いの強さは嫌と言うほどに味わった。素直にその願いが叶うことを祈っている。彼という器に英雄を求める心も失せて来た、そんなものはもう入り切らないと思ったからだ。彼のひび割れたその器に、もうアイズ・ヴァレンシュタインへの恋心以上の物が入る余地などないと知ったからだ。

……それでも、思わずにはいられないのだ。もしかしたら彼の努力は間違っているのではないかと。代案を出すことなど出来ないのに、本当にその努力が報われるのかが分からない。

そしてもしその願いが報われることがなかった日には……彼の人生そのものが、何の意味もないものになってしまいそうで。その未来を考えることすら、今は恐ろしい。

 

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