【完結】剣姫と恋仲になりたいんですけど、もう一周してもいいですか。   作:ねをんゆう

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07.残っていた○○

アイズ・ヴァレンシュタインがその少年?と出会ったのは、ほんの一年前のことだった。

定期的に夜出掛けていくリヴェリアに気付き、その行き先を尋ねてみたところ、『そろそろお前も会ってみるか』と言われ着いていくことになったのだ。

雰囲気の良い少しお高めなお店。普段はあまり行くことのないそんな場所に連れて行かれ、わざわざリヴェリアに着替えさせられた意味がそこに来てようやく分かった。そしてそこで彼女を待っていたのが、彼だった。

 

……正直に言ってしまえば、女性だと思った。

ノア・ユニセラフ、自分と同い年か少し上のお姉さんといった雰囲気。びっくりするくらいに美人で、人当たりが良くて、聞けばヘルメス・ファミリアの冒険者であると言うのだから、2度驚かされた。

何故リヴェリアが彼とこんな風に定期的に会っていたのか、2人はお付き合いをしているのか。何気なくそんなことを聞いたりしたが、しかし本当にただ仲良くしているだけということらしい。それも不思議な話だとは思ったが、話せば話すほどリヴェリアが彼のことを気に入った理由も分かった。

少し話しただけではあったが、彼はとても優しくて真面目な人だったからだ。最近のことについてリヴェリアに話していて、その内容も固い内容ばかり。勉強のこととかも真面目に話していて、分からないところをリヴェリアに聞いていたりもしていた。本の貸し借りとかもしていた。これが大人の会話なのかとも思ったが、彼は本当は自分よりも2つも歳下だというのだから三度目の驚愕である。

 

……そしてあれから一年、自分は常に彼に驚かされている。

自分がここまで来る間に打ち立てた色々な最短記録。そんなものは正直、殆ど覚えていないけれど。彼はその記録を更に上回るような脅威的な速度でレベルを上げていた。それこそ、

 

「ま、まじでやりよった……ほんまに半年でレベル5まで……」

 

ロキがそう言って口をひくひくと動かせるくらいに異常な速さで。

 

「うっわぁ……なにこの記録、どうすればこんなこと出来るの?」

 

「あいつは本当に……」

 

「リヴェリア様はなにかご存知なんですか?」

 

「まあな……だがまあ、こうなればお前達にも直ぐに分かることだ。目標を達成した以上、直ぐにその話をしに来るだろうからな」

 

「「「?」」」

 

リヴェリアのその意味深な言葉を理解することが出来たのは、それから約1ヶ月後のことであった。

……正直、全く想像していなかった。

 

「はじめまして、ノア・ユニセラフです。本日よりこちらでお世話になることになりました、よろしくお願いします」

 

食堂で一堂が会したその時に、ロキとリヴェリアにより紹介された新しくファミリアに入って来た団員の紹介。

その顔を見た瞬間に、その名前を聞いた瞬間に、騒つく団員達。それは当然の反応だ。まさか誰も思うまい、アイズと同じく想像すらしていなかったに違いない。

だって普通に考えて、そのファミリアの最高戦力とも言える者を、他のファミリアに移籍させることなど絶対にあり得ない。何がどうやっても引き止めるはずだ、流出させるメリットがない。そうでなくとも、そこまでの実力を持っているのなら外すことの出来ない要となる存在だろうに。

 

「知っての通り、ノアは先日レベル5に昇格した冒険者だ。だが少し事情があってな、集団戦闘に慣れていない。暫くの間はここの雰囲気に慣れて貰いながら、集団戦闘に関する知識をつけて貰うことになる。……色々聞きたいことはあるだろうが、各々で自重するように」

 

「ちなみにうちへの移籍はノアの強い希望からや!あんま憧れを壊さんようにな!以上!ほな食べよか!」

 

言葉は少なく、紹介はそれだけで彼はリヴェリアに連れられて先に着く。そこでは早速質問責めにされているようではあるが、残念ながらその詳細についてアイズの席から聞こえるものは何もない。

 

……自分を超える凄まじい速さでのレベルアップ。しかしアイズにはなんとなくその正体がリヴェリアの言葉から見えた気もする。

集団戦闘に慣れていない、つまりは単独での戦闘ばかりを行なっていた。ようはアイズがやっていたことを、更に過激にさせたような鍛錬をしていたのではないか。その容姿からはあまり想像出来ないが、そうだとしたら納得は出来る。

 

(じゃあ、あの子も私みたいに……)

 

モンスターに、あれに、どうしようもない憎悪を抱いていたりするのだろうか。

 

「………」

 

首を振る。そんな都合のいいことはないと。

けれど、もし本当にそんなやり方をしているのであれば、少なくともそこに自分と同じくらいの強い意志を持っていることは間違いない。ならばその憎悪の方向性が何であったとしても、彼と自分は同類ということになるのだろう。

それなら仲良くなれるかもしれない。

もしかしたら共に手を取り合って、憎むべき存在を討ち倒す協力をしてくれるかもしれない。自分がどれほど走っても、遅れず着いて来てくれる存在になってくれるかもしれない。

 

……そんな勝手な思いを、抱いてしまってもいいものなのか。

リヴェリアやその他の団員達と楽しそうに食事を取る彼を遠目に見て、アイズは考える。暗闇が一切見えないそんな彼の瞳を見て、少しの勝手な失望も感じながら。

 

 

 

 

さて、そういった経緯はありつつも、ノアは見事にロキ・ファミリアに入るという目的を達成することが出来た。

レベル5になるために本当に滅茶苦茶なことを繰り返して、あり得ないほど深層まで単独で乗り込んで、アンフィス・バエナに焼き殺されて、潰し殺されて、溺れ殺されて、埋め殺されて、飲み殺されて、溶かし殺されて、押し殺されて……何度も、何度も何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も死ぬ寸前の苦痛を味合わされて。最後には武器も防具もなくなったその身で、7日間をかけて身体の内部から魔石のある位置まで肉体を食い千切り、何も見えない暗闇の中、終わりが見えない痛みの中、完全に狂った意識の中でも血肉を掻き分けながら、武器も何もなく、この手と歯と拳だけで魔石を破壊し、殺した。

正気を失ったイカれた存在になりつつも、アイズの名前だけを呟き続け、それだけを頼りに自分を保ち、成し遂げた。偉業と認められて当然だ。アンフィス・バエナを食い殺した後も大瀑布によって27階層まで叩き落とされ、肉体をバラバラにされて当然の衝撃に意識と全身を粉々にされ、それに追い討ちをかけるように大量のモンスターに更に3日間も海中に引き摺り込まれてズタズタにされて……

リヴェリアとの約束を破ってしまったのは、それで3度目のことだった。異変に気付いたリヴェリアがヘルメスとアスフィに報告したことでアスフィが彼を迎えに行った時、未だ18階層に戻って来ていないと知ってどれほど焦ったことか。そしてその経緯を聞いて、どれほどの寒気を感じたことか。

 

……もちろん、リヴェリアはそんなことは知らない。いつの間にか時間が経っていて帰って来れなかったとしか聞かされていない。彼の特殊なスキルについてもそうだ。

リヴェリアとロキ、そしてロキ・ファミリアの幹部陣であるフィンとガレスがそのことについて知るのは、正に今この時。

彼が恩恵を改宗するためにロキの部屋へと入って来た、今この瞬間。

 

「なん、や……このスキル……」

 

それを見た瞬間に、ロキの顔が青くなる。

理解したからだ。

一瞬で分かったからだ。

彼女ほどの神であれば、そのスキルを見た瞬間に、そして魂に繋がる恩恵に触れて理解を得た瞬間に、彼がこれまで何をして来たのかまで。大凡であったとしても、想像して、体感して、理解出来てしまったからだ。

 

「……どうしたんだい、ロキ?」

 

「なんだ、お前のそんな顔は初めて見たぞ」

 

「なんじゃ、なにがあった?」

 

それまでの楽しげな雰囲気が、一瞬にして霧散する。先程まで笑みを浮かべて彼等と会話をしていた彼の顔も、俯き、髪に隠れ、何一つ見えることはない。そこにはただロキが動きを停止させ、彼女にしては珍しく思考を停止させている姿があるだけ。

 

「……………ほんまに、ほんまにこんなことしとったんか?」

 

「……はい」

 

「アイズに追い付くためだけに、気に入られるためだけに。ずっとこないなことばっかやっとったんか……?」

 

「はい」

 

その恩恵に触れるだけで、そこに積み重ねて来た経験が伝わってくる。どのような過程があってそれが築かれて来たのか、嫌でも分かってしまう。……そして、既に半壊と評してもいいその魂の在り方も。そこまで自分を追い詰めることの出来る、彼の異常な精神性も。

 

「ど、どういうことだロキ?その子が何を……」

 

「……リヴェリア、この子は暇さえあればダンジョンで寝泊まりしとった。そうやんな」

 

「あ、ああ、そう聞いている」

 

「本当なのかい?それはまた随分な無茶を……」

 

「せやな、ほんまに無茶や。普通ならまず死ぬ。それも単独で潜っとったら、今日まで生きとったのがむしろおかしいくらいや」

 

「……何が言いたいんじゃ、ロキ?」

 

「このステイタス、見せてもええか?」

 

「はい、問題ありません」

 

ロキは改宗と更新を手慣れた様子で済ませていく。しかしそこに普段のような明るい雰囲気はない。指を動かしている間にも何かを考えているようで、けれど納得がいかないような顔をして、正にヘルメスが味わった思いを彼女は今一身に受けていた。そして何故あのヘルメスがここまで彼に入れ込んでいたのかも、同時に考えさせられながら。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ノア・ユニセラフ 13歳 男

 Lv.5

 力 : G230

 耐久:F382

 器用:H154

 敏捷:H189

 魔力:G205

 《魔法》

【ダメージ・バースト】

・付与魔法

・爆破属性

・『耐久』のアビリティ値の効果影響。

・詠唱式『開け(デストラクト)』

 《スキル》

【情景一途(リアリス・フレーゼ)】

死亡しない。懸想が続く限り効果持続。懸想の丈により回復速度向上。

【絶対不諦(ノー・ライト)】

逆境時における判断力低下、全能力の高強化。

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そのステータスは明かされる。

彼は今も服を着ながら顔を俯かせ、こちらに顔を見せることはない。けれどいい、何故ならリヴェリア達も彼の顔を見ていられる余裕がない。ただロキだけは難しい顔をして、悲痛に満ちた顔をして、そんなリヴェリア達を見る。

 

「……ついこの間レベル5になったばかりだというのに、もうF表示があることについては、まあこの際どうでもいいことなんだろうね」

 

「死亡、しない……?それは、その、どういうことだ……?」

 

「そのまんまの意味や。スキルが正常に働いとるうちは、何をされても死ぬことはない。‥‥何をされても、な」

 

「まさか……」

 

それに気付いたリヴェリアが、バッと顔を上げる。そして彼の方へと顔を向ける。

けれどその時にはもう彼は普段のような優しげな笑みを、まるで何事もないように浮かべていた。この場に相応しくない、この場の雰囲気には相応しくない、そんな穏やかな笑みを。

 

「お前……お前は!一体なにをしていたんだ!!どういう無茶をしていたんだ!!こんな、こんなことのために、どこまでのことをやっていたんだ!!」

 

「リヴェリア、落ち着かんか……」

 

彼の肩を持って揺さぶる。

しかし彼は困ったように笑うばかり。

……けれど、このスキルを見てしまったら予想がつく。

 

フィンやリヴェリアは、そのスキルの中に経験値に関するものがあるのではないかと予想していたのだ。しかし実際にはそんなものは何処にもなかった。つまりは、自分達と同じような過程を経て、彼はそのレベルを上げていたということに違いない。そしてその速度が異常に速いということは、単純にそこにそれだけの異常か密度があったということで。しかも彼には、それを可能に出来てしまう最悪のスキルが芽生えていて。

 

「私がしていたのは、本当に単純なことですよ。死なないことを利用して、死ぬまで頑張っただけです」

 

「それでは際限がないだろう!!」

 

「はい、なのでここに来るまでにレベル5になるという目的は実現出来ました。レベル6になれなかったことだけが心残りでしたが、最近いいところを見つけまして。37階層の闘技場に安全地帯があったんです、あそこを使えば何日でもダンジョンに潜ることが……」

 

「馬鹿者!!」

 

バシッと、リヴェリアが彼の頬を叩く。

誰もそれを止めることはない。

彼女が怒るのは当然だ、当然の話だ。

もっと早く知っていれば、もっと早くこうして止めていた筈だ。少なくともそれくらいにはリヴェリアは彼のことを身近に思っている。仮に最初の出会いがアイズ目的であったとしても、彼のその人柄と努力を知り、素直に応援していた。アイズさえ良いのなら、まあ彼であれば許してやらなくもないとすら考えていた。それくらいには認めていたし、信頼していたのだ。

それなのに……

 

「何故、どうしてそこまでのことをする……お前にとってアイズは、そこまで大事なものなのか?」

 

「そこまでしないと私では手の届かない人だと思っています。……それに、このスキルのおかげで腕が千切れたりだとか、首が飛んだりとか、そういうことはしないんですよ。一定の損傷は受けないと言いますか。なのでそこまで危険なことではありません」

 

「………ロキ」

 

「多分、それはほんまや。せやけど、受ける苦痛は全部ダイレクトに伝わっとるはずや。ほぼ確実にそれのせいやろうけど………自分の精神どころか魂まで半壊しかけとるの、ちゃんと理解しとるんか?」

 

「はい、ヘルメス様から忠告を受けています」

 

「どういうことだロキ……!」

 

「……肉体と精神では受け止め切れん負荷が、その根本まで影響しとる。例えば気を失っとる最中に受けたダメージは、この子の場合は肉体も精神も受け止められん」

 

「それが全て魂にまで伝わっているということか……!?」

 

「そういうことや、そこしか受けられる場所があらへんからな。そもそも単純に過剰な負荷を与え続ければ、子供達の魂もヒビ割れる。……そういうこともあって、ノアの魂はうちも見たことないくらいの有様や」

 

「……ロキ。仮に魂が完全に破壊された場合、僕達はどうなるんだい?」

 

「地上からも天界からも完全に消滅する」

 

「「「!!」」」

 

「それだけやない、転生することも出来ん。輪廻の輪にも戻らん。……うちらでも救うことは出来ん」

 

分からない。

本当に分からない。

こんな話をしているというのに、こんな事実を突きつけられているというのに、どうして当の本人が何事もないかのような表情をしているのかが。リヴェリアには全く分からない。

わかっているはずだ、聡い彼ならば現状を。

理解出来ている筈だ、その結末の救いのなさを。

そこまでして欲しいものなのか?

そこまでしてアイズの隣に居たいのか?

他人であるはずの彼が、どうしてそこまで想うことが出来る?

リヴェリアには何一つとして理解出来ない。

 

「リヴェリア、理解出来んくて当然や」

 

「……?」

 

「この子はな、もうとっくに壊れとるわ」

 

「な……」

 

「そうやろ?ノア。自分ほんまは何処まで元の自分が残っとるか分かるか?」

 

「元の私ですか?……そんなに残してないと思います、アイズさんに気に入ってもらえるように頑張りましたので」

 

「気に入って貰えるように、自分を変えたんか?」

 

「それは基本だと思います。相手に気に入って貰えるように衣服を勉強して、容姿を整えて、言葉遣いも気を付けて、仕草も直して意識して……そんな当たり前のことを、私はしただけですよ?」

 

……ここまで来れば誰でも分かる、彼は言葉では何ということもない当たり前のことをしていると言うが、実際にはそれとは比べ物にならないようなことをしているのだと。

だってリヴェリアは分かってしまう、会っていたから。彼があの日ギルドに現れヘルメスに拾われた時、リヴェリアも彼のことを見ていたから。あの狂気を滲ませる真っ黒な目をした彼のことを、知っているから。

ヘルメス・ファミリアに拾われて、救われて、故に今の彼があると思っていたのだ。けれどそれは違った、彼はあの時から何も変わっていなかった。否、自分自身で強引に変質させたのだ。……つまりは、救われてなどいなかったのだ。むしろより救いから離れた方向へ、この1年間ずっと突き進んでいたのだ。

 

「……私のせいだ」

 

「リヴェリアさん?」

 

「私のせいだ。私があの時に神ヘルメスより先にお前を受け入れていれば、こんなことにはならなかったんだ」

 

「?私は後悔なんてしていませんし、十分に幸せですよ?リヴェリアさんにもたくさん助けて貰いましたし、本当に感謝しています」

 

「……もう本人すら引き返せないところまで来てしまっている。そういうことだな、ロキ」

 

「…………」

 

もしかしたら本当は、彼にとってアイズへの気持ちというのは、最初は一般的な子供が異性に抱くそれと同じ程度の物だったかもしれない。しかしそれが何かの理由で異常なものになってしまって、誰も止めることをしないままに、出来ないままに、ここまで来てしまった。

故にもう、彼を救うことが出来るのは1人しかいない。

彼が救われる道は一つしかない。

 

アイズが彼を受け入れるしかない。

 

彼が今こうして自分を保っていられるのは、狂気に飲み込まれず魂を半壊してでも正気を保っていられるのは、その未来の可能性があるからだ。自分の全てと成り果ててしまったその恋心があるからだ。

もう彼を今からどうこう出来る段階ではないのだ。一見まともに見える今の彼も、実のところは機械のようなものであり、その内に残っている人間性など狂人のそれでしかないのだから。いくら諭そうとも、いくら説得しようとも、そんなものは何一つとして届かない。

先程のリヴェリアの掌が、その痛みが、彼の心には全く伝わっていなかったのと同じように。今の言葉を"話すべきではなかったか"と、見当違いな反省を頭の中で冷静に考えているような手遅れ感。

 

「……お前はこれから、どうするつもりだ」

 

「はい、一先ずレベル6に上げたいと思っています。その後は一度鍛錬を打ち切って、ロキ・ファミリアでの生活に慣れようかと。そこでアイズさんとも仲を深めつつ、少しずつでも彼女のことを理解出来ていければなと」

 

「……何故そういうところは常識的なんだ、お前は。お前がそこまで善人で真面目でなければ、もっと楽に生きることは出来ただろうに」

 

もっと狡いことを考えられる性格だったのなら、こんな狂い方をしなくても済んだかもしれないのに。

 

「……どうするんじゃロキ、本当に受け入れるのか?」

 

「約束したことや、受け入れるのは変わらん。それに聞いた通りや、この子はアイズに悪いことなんかせえへん」

 

「……だとしても。僕個人の感想を言わせてもらうなら、少々危う過ぎる」

 

「……そうやな」

 

フィンの言うことは尤もだ。

危うい、他者への悪影響も考えられる。何より彼は恐らく自分の願いが叶わなくなった時、ほぼ確実に死ぬことになる。自殺をする可能性が高く、仮にそれを防いだとしても、気を狂わせて自分を失うことになるのではないだろうか。

……そして彼がたとえここまで努力していたとしても、正直あのアイズが彼を恋人として受け入れるのかと問われれば、彼女を知っているここの者達は皆揃って苦い顔をするだろう。そんな姿が想像出来ないからだ。

それにもっと正直なことを言ってしまえば……こんな風に狂ってしまった男に、愛娘たるアイズを任せるのは、あまり気が進まない。

 

引き返すのならば今だ。

やはり受け入れられないと突き放して、返すことが出来るのは今だけだ。それで彼が完全に自分を無くしてしまったとしても、アイズとその将来だけは守ることが出来る。彼のことを何も知らないうちに、彼のことが誰にも知られない今のうちに。

手を切るのなら、今しかなくて。

 

「……やっぱり、駄目でしょうか。ロキ様」

 

「っ」

 

それは初めて聞いた声。

いや、その声を聞いたことがないわけではない。

ただ、そうまで震えた弱々しい彼の声を聞いたのは、今この瞬間が初めてということ。

 

「私、やっぱりまだロキ・ファミリアには入れないですかね。一応その、努力はしたつもりだったんですけど、今回は、及第点とかも、貰えない感じですかね……」

 

「ノア……」

 

作った面が、ヒビ割れる。

 

「いえ、その、はい、いいんです。無理なら無理と言って貰えれば。それならまた一年頑張って、努力して、また来るだけなので。……その、なんとなく、まだ努力不足かなとは思っていたので」

 

左の眼から、そこからだけ、一筋涙が流れた。けれどそれを本人は気付いていないし、それでもなお仮面を維持しようとしているのが嫌でも見て取れる。その左眼に宿っていた暗闇が、少しずつ表に出て来ようとして、それを必死に抑え込もうとしている努力が、見えてしまう。

 

「あの、はい、次は直してきますので。次はちゃんと普通の人間になって来ますので。この気持ち悪いスキルとかもなんとかして消してきます。レベル6になったら、今みたいな無茶な鍛錬も絶対しません。魂も治して来ます。あとこの気持ちの悪い執着も全部治します。嫌なこととかあったら、言って貰えれば絶対に治します。私の顔が嫌いなら変えますし、声が嫌いなら潰しますし、目が嫌いなら潰します。……だから、だから」

 

 

 

 

 

「絶縁だけは、しないでください……」

 

 

 

「「「「っ」」」」

 

僅かに残っていた、10代の子供。

家族に捨てられようとしている、未熟な子供。

そんな姿を、垣間見てしまう。

 

けれど、それは全く的を射た表現。

何故なら以前の主神という存在を失ったこの世界では、過去の自分を失ったこの世界では、ノア・ユニセラフにとって家族たり得るのは長い時を過ごしたロキ・ファミリアしかないのだから。ノア自身も全く自覚していなかったが、アイズだけではなくロキ・ファミリアという存在もまた、ノアにとっては唯一残っている大切な物の一つだったのだから。完全な絶縁を言い渡されてしまえば、今度こそノアにはアイズへの想い以外には本当に何もなくなってしまう。

これ以上は何も失いたくない、誰にも取られたくないという思いでここまで来た。走って来た。自分の精神が限界なことくらい、本当はもう分かっている。……もしロキ達に絶縁を言い渡されてしまえば。そんなことを考えた瞬間に、正直もう自分の人間性をこれ以上に保てる自信がなくなってしまったのだ。それに気付いたのが、まさに今この瞬間だったというだけ。今こうして直面しなければ、本人ですら気付くことの出来なかった想定外。理解出来ていなかった、自分の残り滓。

 

だからノアは縋るしかない。

それほど重要視していなかったものが、本当は自分にとって酷く大切な物だと気付いてしまった今、あとは運以外に策が残っていない以上は、願い乞うしかない。

自分をファミリアに入れなくても良い、その代わりに絶縁だけはしないで欲しいと。縁だけは切らないで欲しいと。少しでも繋がりを持っておくことだけは許して欲しいと。そう言う以外に何もない。

本当ならここで断られたら、次は受け入れて貰えるような努力をすればいいのだと冷静に考えてもいたけれど。もう今のノアに、冷静な心など何処にも残ってはいなかった。元よりこの鬼門を潜り抜ける策なんて存在していなかったのだから。この場こそが清算の場だったのだ。ノアが今までしてきたズルの。だからそのズルを許してもらうためには、見逃して貰うには、謝り、願い、縋り付く以外に、方法などない。

 

 

 

「…………無理だ」

 

 

 

「っ、」

 

「すまない。……フィン、ガレス、ロキ。やはり私にはこの子を見捨てることが出来ない」

 

「リヴェリア、さん……」

 

見捨てられない、見捨てられるはずがない。

そんな風に2度も捨てられるはずがない。

だってリヴェリアは他の3人とは違う、そんな風には考えられない。それこそリヴェリアももう手遅れなのだ。

 

「それがたとえどんな形であれ、ここまで直向きに努力して来た想いが……受け取ってすら貰えず終わって良い筈などない」

 

それが失敗するにせよ、成功するにせよ。伝えることすら出来ずに終わるなんて、その努力を知っているからこそ認められない。

 

「……それでアイズが傷付く可能性もある、それでもいいのかい?リヴェリア」

 

「……そうだとしても、それはあいつが受け止めなければならないことだ。私とてあの子を傷付けたい訳ではない。だが人として、育てた母親として、結果どうするにせよ、その想いを受け止められる子であって欲しいとは思っている」

 

「……肩入れし過ぎだ。それでもアイズに致命的な影響が出る可能性を否定し切ることは出来ない」

 

「……分かっている」

 

今の自分達にとって、今やアイズは欠かすことの出来ない存在だ。そんな彼女に悪影響を及ぼすくらいなら引き離すことこそが、本来の幹部として、そして親としての責務だろう。

分かっている、分かっているんだ。

これが自分の我儘だということくらい。

もっともらしい理由をつけているだけということくらい。

 

「だがそれでも、それでも……」

 

 

「……うん、僕も受け入れていいと思う」

 

「!」

 

 

フィン・ディムナは、こういう男だった。

 

 

「ただ僕から一つ約束をして欲しいことがある、それを君は守れるかい?」

 

「は、はい。それはなんでも……」

 

「それなら、『今までのやり方でレベルを上げようとするのはもうやめること』。僕から求めるのは、ただこれだけだ」

 

「それは……でも……」

 

「別に鍛錬をするなと言ってる訳じゃない。今までのやり方をやめて、普通の方法でやって欲しいと言っているだけさ。当然今より時間はかかるだろうけど、今後はその方法でも強くなれるよう努力して欲しい」

 

「!」

 

そうだ。

フィン・ディムナは、こういう男なのだ。

 

「君は努力は得意なんだろう?これからは、まともな方法でもレベルが上げられるように努力しよう。これからはなるべく真人間に戻れるように、普通の冒険者として生きていくことを努力して欲しい。……出来るだろう?縁を切らない代わりになんでもすると、君はさっきそう言った。むしろ君が代償として話していたことよりも、よっぽど現実的な話のはずだ」

 

「……や、やります!絶対になります!だから、あの!」

 

「それさえ守ってくれるのなら、僕は団長として君をファミリアの一員として受け入れるよ。もちろん、ロキが良ければだけど」

 

「……この話の流れで嫌やなんて言わへんわ。それにその条件ならうちも大歓迎や。魂を元に戻すことは出来へんけど、これ以上壊れんようにするのは出来るからな」

 

そうだとも、出来るはずだ。

こんなにも文字通りの血の滲むような努力をして来たのだから、それくらいの努力は出来るはずなのだ。

それにこうして、ここまで自己改造してしまった中にもまだ、元の彼たる要素がほんの僅かにでも残っていると分かったのだから。それだけは守らなければならない。それを守って、また育て直せば、まだどうにかなるのかもしれない。

 

「そもそも一回約束した話やしな、それを反故にするには理由が足りん。これから頑張ってこうや、ノア。ちゃ〜んと真人間になれるように、うちらが見といたるから」

 

その努力が報われるかどうかは分からないが、それでも。その行末を見る覚悟は決めようと。

ロキ達に求められていたのは、ただそれだけのことだったのだ。

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