【完結】剣姫と恋仲になりたいんですけど、もう一周してもいいですか。   作:ねをんゆう

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08.見えない○○

 

「……なるほど、そう落ち着いたか。流石はロキだな。よっ、天界一のトリックスター!」

 

「お前ほんまぶっ飛ばすぞヘルメス」

 

「痛っ!?」

 

そりゃ殴られもするだろうよ、と。

その場に居合わせたアスフィとリヴェリアは額に拳を受けて後ろに倒れたヘルメスを、なんとも言えない顔で見つめる。

ヘルメスがここに来たのは、お礼と謝罪と様子見。つまりはぶん投げた末にどう丸く収まったのかを確認しに来たわけだ。……ちなみにノアはここには居ない。彼は1ヶ月間はダンジョンに潜らないという約束をさせて、今は部屋で大人しく勉強をしている。というか、何やら少し恐ろしくなるくらいにロキ・ファミリアにある書物を読み漁っている。なんだったらとリヴェリアがそこにアイズを一緒に押し込めたのは、正にファインプレーと言ってもいい。彼女も滅茶苦茶嫌な顔をしながらも、最近は全く勉強に手を付けていなかったことを指摘されてしまい、今日ばかりはと大人しく本を読むことにしたようだ。やはり仲間が居ると反応も変わってくるのだろう。彼等がどんな会話をしているのかは普通に気になるところではあるが、今はそれよりヘルメスを1発殴らなければならない。

 

「お前ほんま……ほんまにお前……!」

 

「ま、待て待て待て待て!確かに色々思い当たることはあるが!そこまでされる覚えはないぞ!!」

 

「やかましいわボケェ!ンなこと分かっとるわ!せやけどなんかムカつくから殴らせんかい!!」

 

「ただの理不尽じゃないか!!」

 

そんな殺伐とした雰囲気を一度整えて。

それから二者の話し合いは始まった。

 

「……はぁ、まずヘルメス。なんであの子の無茶を止めんかったんや」

 

「ん?そこから来るのか。俺はてっきりそれを報告しなかったことを責められると思ったんだが」

 

「別にそこはええ、逆の立場やったらうちもそうしとったやろうしな。神に対しては何より先に契約させるんが1番や、そのために事情なんか隠せるだけ隠すに限る」

 

「流石トリックスター、いったい何柱がその手に引っ掛かって酷い目にあったんだか」

 

「やかましいわ……そんで?なんで止めへんかったんや?」

 

その問いに対して、ヘルメスは一瞬だけリヴェリアの方を見た。それこそ、そんなことは今更話すことなのか?と言いたげな様子で。

 

「その答えは九魔姫も分かっていたと思うんだけどな」

 

「なに?私が……?」

 

「俺達と出会った時、既に彼は壊れていたんだ。その時点で、もう引き返せないくらいにな」

 

「っ!」

 

「考えてもみろよ。レベル1の初期状態のようなステータスで、ミノタウロスを討ち倒した。……単にミノタウロスを倒すだけならまだしも、そもそも彼はどうやってミノタウロスが出現するような階層まで行ったんだ?」

 

「それ、は……」

 

「恐らく彼はダンジョンの中で一度死にかけたんだろう。だがその時に自分の身体に備わっていたスキルの存在を知った。そしてその窮地を脱することができた。……『これなら目的を果たせる、剣姫に追いつくことが出来る』。大方そんなことを思いながら、大いに喜んだんだろう」

 

「………ダンジョン7階層にはキラーアントが居る」

 

「…………」

 

「10階層にはインプが、13階層以降にはヘルハウンドやアルミラージも。ミノタウロスが出現する15階層に辿り着くまでに………あいつはいったい何度死んだ?」

 

「……少なくとも最初に団員に調査をさせた時、彼は既にキラーアントを利用してモンスターを引き寄せる方法を使用していました。我々と顔を合わせたあの時点で、既に普通の人間の精神状態でなかったことだけは確かです」

 

「そうだ、だから俺は今むしろ驚いているくらいだ。どうやって彼にダンジョンに行くのを止めさせてるんだい?意外と剣姫ちゃんはノアのことを気に入っていたりしたのかな?」

 

そう、その事実を知っているヘルメスだからこそ、今の状況に誰よりも驚いているのだ。あれほどレベル6に拘り、ヘルメスが何を言っても絶対に意見を曲げようとはしなかった彼。故にヘルメスもこの一年と少しで完全に諦めていたというのに、ほんの数日ロキ・ファミリアに預けただけで、彼は1ヶ月もダンジョンに行くことを封じられて、それでもこの状況を受け入れているという。

アスフィでさえ、そんな事実が信じられないでいた。もしかしたら抜け出して勝手にダンジョンに行っているのではないかと、そう思ってしまうくらいに。しかし実際に今も彼は部屋の中にいるわけで。

 

「……正直なことを言うと、うち等にもよく分からんのや。あれから色々考えてみたけど、何があの子の感情の引鉄になったのかが分からん」

 

「剣姫じゃないのか……?」

 

「せやな、アイズに関してのことやないとうち等は考えとる」

 

「ノアが反応したのは『私達と絶縁だけはしたくない』というところだ。確かにこれはアイズと結び付けることが出来る要素ではあるが、それならもっと別の言い方をするだろう。……だとすれば、この言葉はそのままに受け入れるべきなのかもしれない」

 

「つまり、ロキ・ファミリアと縁を持っていたいと。ロキ・ファミリア自体も彼にとっては重要な存在だということでしょうか?」

 

「……?ロキはノアと関わりがあったりしないのか?覚えてないとか、そういう可能性は」

 

「いや、無い。ほんまに一回も無い。……無い、はずなんやけどなぁ」

 

「なにかあったのか?」

 

そこでロキは明確に頭を抱えた。

それは彼女でさえも本当の本当に理解出来ない、想像も出来ない何かがあったからに他ならない。ロキはここ最近、ずっとそのことを考えていた。それこそそこに生じる矛盾を、ずっと思考している。

 

「……あの子な、大体2年くらい前に、うちにファミリアに入れて欲しいって言いに来たらしいんよ。その時にうちは『まだうちのファミリアには相応しくない』みたいなこと言ったんやと。せやけど、うちにはそんな記憶全くなくてな」

 

「酒飲んでたんじゃないのか?」

 

「アホ言え、いくら酒飲んどっても記憶くらいはあるわ。……それに他にもおかしなとこはあんねん、なあリヴェリア」

 

「ああ……実はあの子に住まう部屋を選ばせた時、殆ど迷いなく一つの部屋を選んだ。中途半端な位置にある部屋だ、だがそこが良いと言って聞かなかった」

 

「……?それがどうかしたんですか?」

 

「それだけならいい。だがより不思議なのは、彼がこの拠点内の殆どの施設を大した説明をする前から位置や機能も含めて殆ど理解していたことだ。……通常ファミリアの拠点というのは外部に公開していない故に、その内側を知る者は殆ど居ない。いくら彼が我々に興味を持っていたとしても、あれほど細かく把握しているのは異様と言える」

 

「……なるほど、大体言いたいことは見えて来た」

 

「あり得ると思うか?」

 

「あったとしたら神力が関係してるだろ」

 

「発動の余波なんかだ〜れも感じとらんで?」

 

「そうだな、そこが分からない。……ただ、それをもう一つ裏付ける情報がある」

 

「なに?」

 

「2人は覚えているかい?最初にノアと出会った時、彼が"3年"という言葉を多用していたことを」

 

「「………あ」」

 

アスフィとリヴェリア、そしてヘルメスは確かにその言葉を聞いている。リヴェリアに至っては最初の方の食事会の中でもその言葉を聞いたことがあった。

3年以内にやらないといけない、3年以内に成果を出さなければならない。彼は常々そう言っていた。なぜ3年なのかと尋ねれば、そこをなんとなくはぐらかされてしまった記憶もある。

 

「3年……もしかして病気とか抱えとるんか!?」

 

「いや、それはないな。ノアの性格を考えれば、もしそうだった場合、剣姫と恋仲になりたいなんて考えもしないだろう。存分に金を稼いで、その全てを彼女に押し付けるくらいの方がよっぽど納得出来る」

 

「だとすれば……ああいや、そうか。3年以内にアイズと恋仲になる必要があると言っているのか。ならこれは違うな」

 

「……あの、それはもしかして、逆説的に『3年以上経ったら剣姫と恋仲になれない』ということではないでしょうか?」

 

「!!」

 

「例えば……そうですね、3年以内に叶わなければ死んでしまうとか。そういう感じですかね」

 

「いや、それならむしろ、3年後に剣姫が他の誰かと恋に落ちてしまうから。これの方がよっぽど現実味がある」

 

「ヘルメス様。現実味とは言いますが、それも彼が未来でも分からない限りはどうしようも……あ」

 

「気付いたか、アスフィ」

 

「ですが……いえ、でもそんなこと……」

 

つまりは、ロキとヘルメスが考えていたのはその可能性。

なぜ彼が自分の部屋を迷わず選んだのか。なぜ彼がロキ・ファミリアの拠点の内装を完全に把握していたのか。なぜ彼には存在しないロキとの会話の記憶があるのか。……そしてなぜレベル1の段階でミノタウロスについての生息階層である15階層までも含めた詳細な知識を持っていたのか。

その全ての疑問に対する答えが、そこにある。

 

「そもそも彼は、知っていた……?否、経験していた?」

 

「そうでもないと、ファミリア探しをしている時に俺の名前を出さないだろうな。あれは完全に俺のファミリアの特色と、俺という神の性質を把握した言動だった。単に勉強熱心であったとしても、レベル1の冒険者にしては知り過ぎだ」

 

「しかし時間の巻き戻しなど、それこそ神の力を使わなければ無理だろう。仮に神力が発動されていれば、この数多に神が存在するオラリオにおいて、それを隠せるはずがない」

 

「それが問題なんや、それについての手掛かりが全くない。正直この使い方やと別に大きな影響は無さそうなんやけど、それでもうち等に全く気配を察知させることなく神力を使える方法があるってこと自体がまじで不味い。最悪下界が滅茶苦茶に荒らされるで」

 

「ああ、だからこそ俺達は神としてこの問題を放置することが出来ない。それこそ何より優先してでも、その真相解明をしなければならない。……しかしそうは言っても、現状手がかりが無さすぎる。発動された神力の残滓すらも感じ取れないとなると、正直お手上げだ」

 

そのことを直接ノアに聞いてもいいが、彼がそれを知っているかどうかに関わらず、彼はそれを正直に話してはくれないだろう。彼の様子からすれば、これは彼にとってのチャンスなのだから。それを潰されてしまう可能性がある以上、この件に関しては彼の協力は得られないと考えた方がいい。

 

「……ん?待てよ」

 

「なんやリヴェリア」

 

「そういえばエイナが言っていたな。確かノアはダンジョンに潜る前にギルドに来て、自分の経歴について調べて貰っていたらしい」

 

「自分の経歴を?どういうことです?」

 

「確か……そうだ、自分の主神やファミリアについてを聞いていたらしい。しかし結局それは見つからず、彼自身も詳細すら思い出すことが出来ず、途方に暮れていたと」

 

「…………それやな」

 

「ああ……それがロキのファミリアだとは考え難い。記憶にも記録にも残っていないノアの元の主神、そいつが間違いなく今回の件の核を担っている」

 

とは言え、やはり手がかりがないことに間違いはない。ロキもヘルメスも彼の恩恵はいじっているし、それこそヘルメスは改宗の作業もした。しかしそこから得られた情報は今思えば異様なほどに少なかったし、つまりはヘルメスもまた何かしらの影響を受けていたということだ。

ヘルメスは必死に思い返す。

あの改宗作業の最中、確実に何かしらの手掛かりはあったはずだ。

それこそ彼の背中に浮かんでいた紋章、それだけでも思い出せば手掛かりにはなる。

 

「…………………………………………花だ」

 

「花?」

 

「ああ、大きな花だ。何の花かは思い出せないが、それが改宗作業中のノアの背中に刻まれていた。……すまん、これ以上はどうも思い出せそうにない。おかしいな、普通ならまず最初に確認すべきところだったろうに」

 

「いや、それだけでも十分に絞れる。……そんでもって、花の神なら権能を使うのに花は絶対に必要や」

 

「なるほど……ということは」

 

「あとはしらみ潰しだな、このオラリオ全体を」

 

今頭の中に浮かぶ神や女神は候補から外していい。故にその神々が持っている土地は問題ないと見ていいだろう。……つまり、探すのはそこ以外に存在する花畑、もしくはその残骸。そこにこの件の黒幕が潜んでいるのかどうかは分からないが、探してみる価値はある。

 

「ロキ、一先ずはノアのことを頼む。こっちは俺の方で探してみる」

 

「せやな、頼むわ。……どう考えてもその神はノアのこと大事にしとるやろうからな、もし最悪の場合になったら何を仕出かすかも分からん」

 

「そうならないのが1番なんだけどな、剣姫が受け入れてくれれば全部平和に終わるんだが」

 

「……今更ながら、もう少しそういうことも教えておけば良かったと後悔している。まあ最後に決めるのはあの子自身であることに変わりはないのだが」

 

少しずつ、少しずつ見えて来る。

そして見えて来たからこそ、見たくないものまで目に入って来る。それはこの場にいる誰もが口にはしなかったが、全員がなんとなく理解していることだ。

……ノア・ユニセラフは以前の際に一度全てを失敗している。それはきっと間違いない。だとすればこの機会は彼にとって、幸福でもあり、絶望でもあるのだろう。ロキやリヴェリア達が思っていたよりも、ずっとずっと、重い意味がある。


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