放課後のチャイムが鳴り響く。ちゃりちゃりとパソコン室の鍵を振り回しながら、鼻歌交じりで廊下を歩いていた京は、思わず歩みを止めた。
「あれ?」
パソコン室の中の様子をうかがっている女の子がいるではないか。その先には、部員募集中とでかでかと書いたものの、引き戸なせいで剥がれる寸前のポスターが貼ってある。生徒会に許可をもらった証であるこの小学校の名義が入ったスタンプがすでに色あせているのは、日にやけたせいだ。
あとから増設して作ったパソコン室は本来精密機器を保管するには不適応なところにある。日当たりが良すぎるものだから、いつだって暗幕が張られているのだ。いくら部員募集の張り紙をしても部員が増えず、幼馴染経由の幽霊部員でお茶を濁してきたパソコン部にまさかの新入部員だろうか!
京は慌てて走り出した。パソコン部の活動日だからのぞいてみようと来てくれたのかもしれない!やってないのかと勘違いされて逃げられたらたまったもんじゃなかった。案の定、彼女はちょっと残念そうな顔をして帰ろうとしている。京は慌てて叫んだ。
「待って待って待ってー!」
びっくりしたように振り返った女の子は、目を丸くしている。やった、よかった、間に合った!京は先生に見つかったら間違いなく注意されるだろう全速力で女の子のところにやってき
た。
スカートで何やってんだよともしここに幽霊部員兼副部長をさせられている幼馴染みがいたらあきれかえることだろう。もちろんここはそもそもまともに活動しているかアヤシい文化部の巣窟である。人は疎らだ。
「やってる、やってる!これから始めるから!休みじゃないから!ね、見学に来てくれたんでしょ?!」
一気にまくし立ててくる京に気圧されつつも、やっているという言葉に女の子はうれしそうだ。
「あ、よかった。やってるんですね。てっきりやってないのかと思って」
「ビンゴー!やっぱり冴えてる私!あぶないあぶない、やってるよ、やってる。ポスター通りだよ」
あはは、と京は笑う。
「挨拶忘れてた、ごめんごめん。私、5年生の井ノ上京。京都の京でミヤコってよむの。よろしく。ここの部長なの」
「えっ、部長さんなんですか!?」
「そんな畏まらなくてもいいよー、だってパソコン部がないから作ったのが私だから部長ってだけだし」
「そうなんですか?こんなに立派な施設なのに」
「そーなのー!わかる!?もったいないと思うでしょ!?なーにがデジタルアーキビストよ、デジタルフロンティアよ!授業でしか使ってないんだよ、この学校!先生全然やる気なくってさ、信じられない!だからパソコン部作ったはいいんだけどねー、ここってほら、スポーツは結構有名だけど文化部ってなんかこう影が薄いんだよね。だからなかなか人が集まらなくって困ってたの。入る?」
「は、はい、失礼します」
京は慣れた様子で鍵を開けた。
お台場霧事件を端に発する東京都の再開発は、電波障害への対策と災害に対する避難場所などの防災面で大きく計画が見直される形となった。
そして、大規模な障害となったISDNの抜本的な対策の一環として、ADSLの導入が促進され、補助金などの手厚い支援を受けられることになった。この小学校は先駆的な教育の導入を一時的に進める特区に指定され、そのおかげで公立の小学校にしてはずいぶんと進んだデジタル教育が受けられる場所だった。
授業として総合の時間や生活の時間が重点的にネット等に触れられる時間にさかれているのが特徴で、京はそこに惹かれて入った。生徒には小さなパソコンが支給されるなんて贅沢にも程があるというものだ。それはよかったのだが、肝心のパソコン部がなかった。
なにせ先生方はその機器を小学生達の教育にどう反映させるかの研修や勉強で忙しい。導入してまだ間もないから、環境が整っていなかったのだ。京が提案したらあっさりOKをもらえたし、顧問の先生が名乗り出てくれたからやる気はあるのだ。まだそのときではないだけで。だから京は勧誘に熱心なのだ。
「えっと、」
「あ、ごめんなさい。アタシ、4年生の秋山理恵っていいます。今日転校してきたばっかりで」
「えっ、そうなの?4年生なんだ。どこの学校?」
理恵が教えてくれたのは、この小学校と同じくデジタルフロンティアだか、デジタルアーキビストだか計画のために特区に指定されている小学校のひとつだ。
たしか同じ端末を支給されていたはず。あちゃ-、と京は思う。申し訳なくて、苦笑いしか浮かばない。立派な施設が整っているのに、今ここに居るのは京と理恵だけだ。
「ごめんね、理恵ちゃん。あっちと違ってしょぼいでしょ、ここ。幻滅しちゃった?」
「でも、これからするんですよね?」
きょとんとしている理恵に京はいたたまれない。なにせ理恵の前いた小学校は、なかなかの進学校だった。この小学校のように施設だけ先に準備してこれからというぽっと出ではない。全国大会で入賞する常連校なのだ。検索すれば部員達が学習成果を公表しているすごいページが出てくるし、卒業した生徒が有名な中学校、高校に行っていることを京は知っている。
「理恵ちゃんの前の学校と一緒にしないで、申し訳なくなるからー!ここって施設だけなの、ほんと。これからなんだ。部員だってほんとにやってる子より幽霊部員のが多いし。ぶっちゃけ部活っていうより、サークル、みたいな?」
「あ、そうなんですか」
「そうなの。イメージと違ったらごめんね」
「気にしないでください。でも、あのホームページ作ったのパソコン部なんですよね?」
「もしかして、見てくれたの?」
「はい」
「ありがと。あれがんばって作ったんだよ。いきなりやれって言われたから、ほとんど投げやりなんだけどね。提案したイメージと全然違うのできちゃったし。先生全然分かってない」
思い出すだけで悔しくなってくる、と京は大げさにため息をつく。立ってるのもなんだから、と椅子に座ってもらい、部活用のデータベースを引っ張ってきながら説明する。
どうやら理恵がここのパソコン部を気に入ったのは、京が去年の夏休みを返上してがんばって作ったホームページのおかげらしい。創立50周年ということで、小学校のホームページはちょっとリニューアルしたのだ。
50年前の写真を同窓会で集まったOBOGのおじいちゃんおばあちゃん達から提供してもらい、今とどう違うのか比較できるページをつくった。ついでに小学校のイベントの歴史について記事をかいて、写真を掲載した。
学校にある石碑とか記念樹にカメラを向けると、名称と歴史と当時の写真が閲覧できるページに飛ぶようにもしてみた。無駄に年表から、ワードから、地図からも検索できるようにしたりして。
このサークル規模の部活が部活並の資金をもらえるのは、このホームページのおかげで教育委員会とかそういったところから褒められて、結構大きな賞をもらっちゃったりしたからだ。
京曰く、ほんとはあちこちに設置している動画についている無駄な解説なんていれず、写真をばんばん並べていって、気になったところでクリックしてもらってページを見てもらう構成にしたかったらしい。
でも学校のホームページにのっける以上、職員会議などを通過しないといけない。ちゃんと根回ししなかった京が悪いとはいえ、結構けちょんけちょんにされたようだ。
自由につくっていいよーといってくれた顧問の先生は、そういった調整もしてくれるはずだったのだが、小学生に対する教育カリキュラムの策定に少々熱が入りすぎてしまい、こっちまで手が回らなくなってしまったという。いい先生なんだけどねーと京は苦笑いした。
「作ったら作ったで放置なんだもん、先生。なら更新させてよっていうね」
どこどう変えるのか、いちいち許可を取らないといけないのが面倒くさいと京はため息をついた。
「あ、ごめんね、愚痴ばっかり」
「ううん、大丈夫です。ってことは、結構自由にやっていいところなんですか?」
「いーよ、いいよ、自由にやっちゃって。ほんとは美術部なんだけど、パソコン使うからって名前書いてもらってる子もいるくらいだし。私もあーいうの作ったけどね、今はMIDI作るのにハマってるの。たまに活動報告ってことでホームページ更新するくらいだし、いっつもおしゃべりしてる方がおおいかも」
「そうなんですか」
「うん。そーだ、理恵ちゃんはパソコンで何するの好きなの?」
「私は、」
がららららー、と力任せに開けられた扉が跳ね返ってまた閉じる音がした。京の顔が不機嫌になる。
「あーもう大輔、うるさい!もっと静かに入ってこれないの!?」
「わりーわりー、まさかもう居るとは思わなくてさ。はえーな、秋山さん」
「いっつも居残りで遅れてくる副部長に言われたくないー」
「だーかーら、いつ俺が副部長になるっていったんだよ」
「だっていっつもいるの大輔しかいないじゃない」
「伊織もいるじゃねーか」
「伊織はいーの、まだ2年生なんだから。年上がやるのが普通でしょ」
「あのなあ、俺ぜんっぜんパソコンわかんねーんだけど」
「いーのいーの、写真撮ってくれたりすれば」
「それって雑用じゃねーか!」
「それに大輔のおかげで運動部の写真撮るの楽なとこあるしね、これからもよろしく」
「くっそー」
乱暴にランドセルを後ろの棚に置き、大輔はためいきをついた。私に勝とうなんて10年早いと笑う京をじと目で睨み付ける大輔をみて、理恵は目を丸くした。
「本宮君、副部長なの?サッカー部じゃなかったっけ?」
「ん?あ、まーな。ここ、文化部と運動部どっちもやるのオッケーだからさ。俺、こいつと幼馴染みなんだよ。姉ちゃん同士が仲良くてさ。俺だって好きでやってるわけじゃ」
「よくいうわよ。突然の転校で友達が私しか居ないって泣いてたのどこの大輔君だっけえ?」
「い、いつの話してるんだよ、もう2年も前の話じゃねーか!」
「僕の友達は京だけだもん、って」
「やめろぉっ!」
さすがに恥ずかしいらしい。顔を真っ赤にして怒る大輔に、京は笑うのだ。
「仲いいんだね、二人とも」
「よくねーよ!」
「まあね、ってちょっとまって。スルーしてたけど何、もしかしてパソコン部あるって理恵ちゃんに教えてくれたの大輔なの?」
「そーだけど?ってなんだよ、その顔」
「どーいう風の吹き回しよ」
「どーいう意味だよ、それ。いやだって、秋山さんってあれだろ?一乗寺賢と同じ学校だったんだろ?だから気になってさ」
「あーそっち?大輔じゃ逆立ちしたって届かない天才少年だもんねえ。憧れるわけだ」
「だっからさっきから一言余計なんだよ、馬鹿京。秋山さん、こいつ思いついたこと適当に言ってるとこあるから、あんま気にすんなよ?」
「ちょっとーやめてよねー、理恵ちゃんは私のホームページ見て入部決めてくれたんだから。イメージ壊すの禁止-!」
幼馴染み特有の容赦の無い会話の応酬に、理恵は思わず笑ってしまう。
「本宮君、アタシのことは理恵でいいよ」
「あ、じゃあ俺も大輔でいーぜ。よろしくな」
「うん、よろしくね大輔君」
「おう」
「さーて、今日は美術部は外にデッサン出かけるみたいだし、新聞部は野球部の取材でしょー?つまり今日はなんにもすることないのよね。せっかくだし、歓迎会でもしよっか、って思ったんだけどさ、大輔。伊織見てない?」
「伊織か?あー、今日は剣道の日だっていってたぜ」
「そうなの?めっずらし。いつもはパソコン部の日、さけてくれるのにね」
「ほら、もうすぐ昇級試験だって言ってただろ。そのせいじゃねーかな」
「あー、そっか。忘れてた。応援行かなきゃね。じゃあどうしよっかなー、親睦会でもする?」
「いつも通りじゃねーか」
「そーともいう。あ、そうそう、恵里ちゃんがやりたいことってなんかある?っていってもできることわかんないと駄目だよね。ここにあるものは自由に使っていいから、それだけ先に教えとくね」
「あ、はい、お願いします」
んじゃこっちね、と京は隣の準備室に案内する。文部科学省が有名大学と連携して作った初心者向けのプログラミング講座とか、京がハマっているMIDIを作るための説明書とか、顧問の先生の趣味としか言い様がないものすごく偏った技術書とかが雑多に並んでいる。
高価なものはロッカーにしまってあり、使用するには記入を求められる。一応授業で使うものとは区別され、パソコン部はパソコン部用のものが収納されている戸棚しか使えない。
「ほんとごめんね、あっちの学校と比べるとショボすぎるでしょ。一乗寺君ってたしかここの大学の先生に褒められてたよね。あんなプログラム組めるって、やっぱ顧問の先生とかやってることとかレベル高そうだし。大丈夫?嫌になってない?」
「あはは、大丈夫ですよ、京さん。私、賢君ほどすごくないし。なんにも賞とったことなんてないし。あっちはあっちで楽しかったけど、こっちは自由にさせてもらえるみたいだし、うれしいです」
「そういってくれるとうれしいな。ありがとね」
「そっか、やっぱレベル高いと課題とか大変だったりすんの?」
「うん、そんな感じかな」
「だよなー、一乗寺もクラブユースだったし」
想像するだけで息が詰まりそうな環境な気がするが、恵里はかつていた小学校の思い出について、一点の曇りもなく語ってみせる。
すくなくても課題が与えられ、成果が求められるような環境に身を置いても、何ら苦痛に覚えることなくそれなりにやれるほどの要領の良さと実力と、社交性があるということだ。
あるいは以外と負けずぎらいなのかもしれない。なにせ京のホームページを見て、入りたい、と即決するような女の子だ。自分の直感はそれなりに信じているのか、審美眼はあると自負しているのだろう。ついでに賢君と呼べるほど仲がよかったらしい。
ここ最近、話題に上らなくなってきた天才少年である。サッカーをしていて、京に無理矢理パソコン部に入らされた大輔にすれば、どっちの分野でもすさまじい実力の持ち主は雲の上の存在過ぎて憧れすら感じてしまう。
そんな天才少年と仲が良かったと思われる秋山理恵。何かしら飛び抜けたものがあると京も大輔も無条件で予感するくらいには、インパクトがあった。
「あっちだと決められたものを時間内にくみ上げるとか、正確なプログラムを作るとか、そういうのばっかりやってたんです。どうして動くのかとか、そういうの実は分からないままやってて。せっかくだし、ちゃんと勉強してみようかなって」
低学年向けのプログラミング講座のホームページを開きながら、理恵は恥ずかしそうに笑った。
「あ、そっち方面好きなんだね、理恵ちゃん。やったー、パソコン部に新しい即戦力!」
「プログラムってどーいうの?ゲームとか?」
「あーもうゲームばっかやってる人がなんか言ってる」
「仕方ねーだろ、そんなのわかんねえよ」
「あのねえ、パソコン部なんだからせめてそれっぽいことやってよね」
「だから俺全然わかんないって言ってるだろ」
「あはは。ねえ、大輔君。せっかくだし一緒に見る?これ、低学年向けだよ?」
「えー」
「ちょうどいいわ、副部長としてそろそろ本格的にホームページにひとつ位は上げてもらわないとね、活動報告。さーほら、頑張って」
「まじかよ、うわっ!押すなよ、二人とも!」
「寝るの禁止だからね」
「うっわ、京が二人になった」
「ちょっとそれどー言う意味よ」
「慣れたら楽しいよ?」
「とかいってできるまでやらせる目だ-!?くっそ、こんなことならくるんじゃなかった!」
下校を促すチャイムが鳴るまで、大輔は好きでもない講座を受講する羽目になったのだった。