メインヒロインにTS転生したらしいが、細剣じゃなくて刀握りたい   作:星宮ひまり

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 大いに遅くなったので続きますん。
 すみません、感想返信が全然できていません。読んでます、感想ありがとうございます、でもなかなか返信する時間が取れないねんな……(返信超苦手マンの言い訳)。

 本当は全編キリト視点で書こうと思ったのですが、そうするとマジで原作と変わらなくなったので書き直すことに。そしてイッチとミトを合流させたら話が長くなり……こんなことになっちった。許して。




『剣鬼』

 

 

 オレンジギルド《タイタンズハンド》への報復依頼のため、主街区で調査を行っていた私とミトは、キリトからロザリア(ターゲット)の潜るパーティーから一人で離脱した女の子がおり、その子が無事に主街区に戻れるためにアシストすること、そしてその幼女を泣かせ……誑かして……もとい、慰めて主街区に戻ったという連絡を受け取り、一度集合することにした。

 場所は、三十五層主街区にある《風見鶏亭》という宿屋。その一階はレストランになっており、私達は人目を避けるよう奥まったテーブルを選んだ。

 キリトと少女――シリカと言うらしい――が来る間、飲み物だけ先に注文して軽く喉を潤わせつつ、並んで座ったミトと話す。(「どうして並んで座るの?」という問いには「後で来る二人に並んで座ってもらうため」と返されてしまった。なにか他にも理由がありそうだが、ちょっと私にはわからない……)

 

「……それにしても。人助けは良いけれど、関係のない子を巻き込むのはどうかと思うわ」

 

 依頼に関係ない人を巻き込んで、もしもの際にその責任を負うことはできない。――ミトが気にしているのは、つまりそういうことだ。

 最前線の攻略組(トッププレイヤー)たちの中でも頭一つ抜けたレベルとステータスを有していても、取りこぼす命は多い。だからこそ、守るべきは自分と、ごくわずかな仲間だけで良い。そうでなければ――また、いたずらに死を蒔いてしまう。

 それを理解しながら、私は手遅れだと判じた。

 

「完全に無関係というわけでもなさそうだけどね。オレンジの次の得物は、あのパーティーみたいだし」

 

 私の推測に、ミトが眉を(ひそ)める。

 

「でも、あのビーストテイマーの子は抜けたんでしょ?」

「そうみたい。ただ、オレンジから見たとき、一番()()()()のはあの子だから」

「……タイタンズハンドは彼女を追いかけてくる、ってことね」

 

 吐き捨てるように言って、ミトは苛立ちを隠さずコツコツと指先で机を鳴らす。

 中層プレイヤーとしてはそれなりに潤沢な資産も魅力なのだろうが、剣が支配するアインクラッドにおいて、ビーストテイマーの価値は計り知れない。使い魔による攻撃は微々たるものだが、撹乱、ポーションやクリスタルを使わない回復、そしていくらかのバフなど、主人や所属パーティーに様々な恩恵を齎す。また、単純な戦力というだけでなく、ビジュアル面、それによるアイドル性も生み出すだろう。……そして、主人が女性であることも魅力を増す要素の一つだ。

 

中層(ミドルゾーン)のアイドル、竜使いシリカ……ね」

 

 ミトの声には、奇妙な感嘆の中に少しの呆れを含んでいた。

 シリカ――その名前には、覚えがあった。

 ここではない世界の人の言葉――すなわち、私と同類である転生者たちの掲示板上で。

 

 ――『ついでにシリカやらリズやらに絡んでエンジョイしようぜ』

 

 初めてスレを立てた時に、私が《原作》に登場する――それもメインヒロインという超重要な人物として転生したのだと判明する前、デスゲームに参加すると(のたま)った私を擁護するように、そのようなレスが飛んだ。

 

 ――『???「私を誘ってくれるパーティーは他にもいっぱいあるんです!」』

 ――『オレンジギルドに狙われたビーストテイマーの話はやめるんだ!』

 

 そして恐らく、これらはシリカのことを指していたのだろう。

 つまり、キリトが接触したという少女は、《原作》に登場するキャラクターで。

 もしかしたら、ヒロインの一人……なのかもしれない。

 彼女に纏わるエピソードが、今、私たちが遭遇している事件であるなら、掲示板の転生者たちに知識を求めるのも一つの手だ。

 でも、私は、それを躊躇ってしまう。

《月夜の黒猫団》が壊滅した日――あのときは、何もかもから遠ざかりたくて、掲示板に接続しなくなった。

 ……今は、少しだけ違う理由で、繋げられない。

 

「しっかし……小さな女の子を宿に連れ込む……事案よね。《(ALF)》に通報しましょうか」

 

 不意に降りた沈黙を、ミトは明るめの声色で破る。その顔には、わざとらしいニヤニヤとした笑みが浮かんでいた。

 

「キバオウさんに迷惑かけるのは、さすがにやめてさしあげて……」

 

 私は苦笑いで返す。

 第一層主街区《はじまりの街》を拠点とする《アインクラッド解放軍》は確かに圏内の治安維持を行っているし、不届き者を黒鉄宮の牢獄に閉じ込め看守の如く面倒を見る役割も負っているが、さすがにおふざけで放り込まれた《黒の剣士》様の相手をするほど暇ではないだろう。《軍》のリーダーであるキバオウにも迷惑がかかるし。アルゴさん辺りは腹を抱えて笑いそうだが。

 

「冗談よ。キリトが妙な事件に首を突っ込んで、女の子を引っかけるのはいつものことじゃない」

「そうだっけ……?」

「そうよ」

 

 断言するミトに、私は首を傾げて……いくつかの心当たりがぼんやりと頭に浮かび上がってきたので、思わず苦笑いをする。

 女の子を引っかける、とはいささか言い方が悪いが、確かに何らかの事件やらイベントやらに巻き込まれて誰かと仲良くなることは多い。が、それは女の子相手に限ったことではないし、何ならミトも色々とガール・ミーツ・ガール(もしくはボーイ)を起こしていた気がするのだが……。

 この浮遊城の半分と少しを上ってきた一年弱を思い返し、懐かしい気持ちになりながら、囁くように零す。

 

「キリトくんは、そういう星の下に生まれたのかもね」

 

 たぶんミトも、と心の中で付け足す。

 ――私の記憶には、彼を主役にした物語があったという事実が、確かに存在している。

 そのストーリーは、詳しく知らない。主人公の名前すら正確に覚えていなかったほどで、合っていたのはタイトルだけ。

 でも、きっと。それは素晴らしい物語であったはずで。

 ……私がヒロインに転生したのだと知らなければ、もう少しだけ気楽にいれたのかな。

 正解などわかるはずもない、無意味な問い。

 一度結論づけたそれを思考の隅に追いやって、私はそっと息を吐き出す。

 ――と。

 

「……アスナは、ちょっとだけ柔らかくなったわね」

 

 ミトの温かみを含んだ声色に、首を傾げる。

 

「え? えと、確かに寝る前にストレッチは欠かしてないけど……」

「生身の体じゃないんだから関係ないでしょ。というか、精神的な話よ。あと表情」

 

 表情……顔が柔らかくなった、とミトは言うが、それはただ単にナーヴギアの感情表現が過剰なだけではなかろうか。そう考えながらむにむに頬を手で弄ってみる。

 

「……仮にVR環境が影響していたとしても、あなたの表情に熱が乗るようになったのは、精神面の変化があったからだと私は思うけどね」

「……、」

「嬉しそうな顔も、怒った顔も、悲しそうな顔も……苦しそうな顔も。どんな表情でも、感情が見えやすくなったのは、良いことだと思う。……前は、仮面を付け替えているだけみたいだったから」

「そう、かな?」

 

 そうだと良いな。

 それは困るよな。

 乖離する思考を打ち切るように、私はテーブルに置かれたメニュー表を手に取った。

 

「……まだ来ないみたいだし、先に食べてようよ」

「そうね。良いワインも開けちゃいましょうか」

「それはさすがに、お客様が来てからかなぁ」

 

 待ち人がキリトだけならともかく、他の人もいて先に食べ始めるのは失礼かもしれない。そう思い直すも、なんとなく先の会話を続けたくなかった私は、色鮮やかに描かれる料理と不思議な響きの名前を流し見る。

 本格的に夕食を選び始めた私を見て、ミトもメニュー表を手に取り開いた。

 

「なんというか、無難な料理が多いわね。名前はところどころ変なのがあるけど」

「まぁ、フロアの雰囲気通りなんじゃない?」

「ここの層ってどんな感じだったっけ……あんまり覚えてないわ」

「あー……面倒そうなダンジョンが迷宮区にもボスにも関係なかったから、サクッと通り過ぎちゃったんだよね……」

 

 などと記憶を掘り出しながら談笑しつつ、メニューを決める。

 

「アスナ、これとこれ、両方頼んでシェアしない?」

「ふぇあ!? え、ええと、なんと言いますか、それはちょっと私には難易度が高いと言いますか……」

 

 と、不意打ちを喰らったところで、見覚えのある黒い服が店内に入ってきた。

 助かったと思いつつ、件の人物――キリトを呼ぶ。……大声で呼びかけたりはしない。そっと手を上げただけだが、キリトは店内をぐるっと見回した際に私たちを見つけたようで、きちんと気づいてくれた。

 私の行動からミトもキリトの合流に気づいたようで、

 

「おそーい」

「わ、悪い。ちょっと絡まれて……」

 

 申し訳なさそうな顔を作って軽く頭を下げるキリトに、私もミトもくすりと笑う。

 と、同時に、彼の背後に精一杯小さくなりながらこちらを覗き見る少女を見つけた。

 ぴょこんと跳ねるような二つ結びが特徴の少女。ナーヴギアの制限年齢ギリギリであろう小さな女の子は、私、ミト、キリトと順に視線を向けると、ややあって驚愕の表情で硬直する。

 そんな不思議な挙動を目にして、ミトはじろりとキリトを睨め付ける。

 

「……やっぱり事案……?」

「ち、違う! というかやっぱりってなんだよ!?」

「《軍》に指導してもらった方が良いんじゃないかしら?」

「なんでや!」

 

 などとトゲトゲ頭が特徴の《軍》のトップが良く口にしていた(気がする)言葉で返すキリト。

 そんな二人に苦笑いしつつ、私は少女――件のシリカへ目を向ける。

 

「……!」

 

 と、私の視線を受けて、シリカがピクリと体を跳ねさせた。

 

「ぁ、えっと……シリカさん、で合ってますか?」

「は、はい! え、知っているんですか?」

「ぁ、と……キリトくんから聞いていたので……」

 

 本当は掲示板で最初に知り、タイタンズハンドを探る時についでに調べたのだが、正直に言うわけにもいかないので誤魔化す。

 するとシリカは少しだけ肩を落とし、それからふるふると首を振った。……なにか思うところがあったのだろうか?

 次いでシリカは深呼吸を一つ、二つ、三回目に大きく息を吸ったところで、「あの!」と大きな声を出した。

 

「も、もしかして、攻略組の《(けん)()》アスナさんですか!?」

「ふぁっ!?」

 

 ……こんなところでその名を聞くとは思っていなかった。

 首の裏がむずむずするような感覚を味わいながら、やや引きつった声で返す。

 

「えっと……はい、私はアスナです……」

「やっぱり! ということはそちらは《百合の王子様》ミトさんで……!」

「確かに私はミトだけど、なにその二つ名……初めて聞いたわ」

「えええっと、つまりキリトさんは、あの《黒の剣士》だったんですか……!?」

「あ、うん。……良かった、まだマシなやつで覚えられてる」

 

 初耳な二つ名に冷や汗を垂らすミト、対照的にほっとするキリト。二人とも、真正面から二つ名なんかぶつけられて恥ずかしくないのかな……? と疑問が浮かんでくるが、恐らくその他の感情が羞恥心を上回ったのだろうと結論づける。

 とりあえず座ったら? と私が促すと、キリトとシリカははっとして席につく。ミトとキリトが通路側に座っているため、私とシリカが壁側で向かい合う形だ。視線が合うと、シリカはびくりと体を震わせる……と同時、私はさっと目を反らした。……ミトに頼んだら、席を交換してくれるかな……?

 

「……先に、食事にしましょう」

 

 気を取り直したミトの提案に、キリトが頷く。

 すると、まるで計ったようなタイミングで、店のウェイターがマグカップを四つ持ってきた。

 

「あら、いつの間に注文してたの?」

 

 というミトの問いに、キリトはさらりと答える。

 

「ここの二階が宿になってるから、部屋を借りるついでに頼んでおいた。中身は持ち込みだけどな」

「へえ、私たちも先にやっておけばよかった」

「パーティー共有で四部屋取ってある」

「……ちょっとはやるようになったじゃない」

 

 全員にカップが行き渡ったので、キリトの「新たなパーティーメンバーに」という音頭で乾杯する。

 中身を啜ると、ワインのような味わいが口の中に広がる。得た情報から脳内辞書を(めく)ってみるが、アイテムの特定には到らなかった。

 

「あの、これは……?」

 

 ちびりと一口啜ったシリカの問いに、唯一正解を知っているキリトが答える。

 

「《ルビー・イコール》っていうアイテムだよ。カップ一杯で敏捷力(AGI)の最大値が一上がる」

「うわ、競売にかけたらトップ層がウン十万コル出すやつじゃない」

 

 驚愕と呆れが混ざったようなミトの言葉に、シリカが目を見開いてカップの中身を見つめる。

 数値が支配するこの仮想世界において、飲むだけで永続的にステータスを上昇させるアイテムは当然とんでもない価値を持つ。NPCショップで購入できるようなものではないので、ダンジョンの宝箱からか、強力なモンスターのドロップ品か、面倒なクエストの報酬か……ともあれ、初対面の相手に気楽に振る舞うようなものではない。

 

「……宿に連れ込んだ(いたい)()な少女に、高級ワインを与えて……いったい何する気よ?」

「そのネタよく引っ張るな……いいだろ、ちょっとくらい奮発しても」

 

 ……ミトとキリトは笑って流そうとしているが、恐らくキリトは罪悪感からこの高級品を開ける決断をしたのだろう。

 依頼のために、シリカを利用する。それも、オレンジギルドという危険な連中をおびき出すための、餌として。

 たとえ高級アイテムを振る舞ったからといって、許されるようなことではない。だから、ただの自己満足の罪滅ぼし。

 ……良心を痛めても、自身の力でできる限りリスクを排除できると判断したなら、キリトは最終的に実利を選べる。きっと、ミトも。そして私は、それを否定しない。

 

「リズさんなら、反対したかな……」

「……だから、彼女には話さなかったんでしょ」

 

 私の呟きを拾って、ミトが小さく囁いた。

 

 

 

 結局シリカには、タイタンズハンドのことは話さなかった。

 使い魔を失ったことでいっぱいいっぱいだろうから余計な心労まで負わせたくない、という建前のもと、私たちは彼女を利用する……。

 使い魔蘇生アイテムを取りに行くのは、表向きキリトとシリカの二人だけ。シリカにもそう説明した。ただし、私とミトは隠れてついて行き、タイタンズハンドの背後を取れるようにする予定だ。

 最前線が五十五層の今、私もキリトもミトも、四十七層はソロで駆け抜けられる程度のレベル帯。シリカを守りながらでも踏破は容易い。……そして、タイタンズハンドが襲撃してきたとしても、絶対的なステータスの差がオレンジ共を退けるだろう。

 だから警戒しているのは、タイタンズハンドに便乗して、他のオレンジ――そしてレッドが仕掛けてくること。

 ……もとの依頼主であるシルバーフラグスのリーダーは、最前線の転移門広場で仇討ちしてくれる人間を探していたらしい。それが途切れたなら、諦めたか、誰かが依頼を受けたと大抵の人間は判断する。そしてその情報は、ちょっと耳が早い人間に聞けば簡単に得られるだろう。

 つまるところ、オレンジ側も襲撃を予知できるのだ。ゆえに罠を仕掛けることもできる。ただ、最前線の攻略組が来ることを想定して、隠れる可能性もあるが――ロザリアの様子からして、そうでもないらしい。自信があるのか、攻略組は無関係な中層プレイヤーの仇討ちなんてしているほど暇ではないと判断したのか。

 キリトやミト、ディアベル……そういった根っこが善性の人間でなければ、確かに無視するだろう。《(ALF)》なら治安維持のために乗り出す可能性もあるが、そっちに話が行かなかったということは、依頼主が《軍》に対して思うところがあるのか、ディアベルに某かの考えがあったのか……。私には、ぼんやりと推測することしかできない。

 

 

 

「キリトさんとパーティーを組んだ時に、お二人の名前もメンバーに追加されたので、まさかとは思ったんですが……」

 

 夕食を終えて、何杯目かのティーカップを空にした頃、だいぶ落ち着きを取り戻したシリカはそう言った。

 

「攻略組なんて、雲の上の人……それもあの《三つ星》の方々とお話しできたなんて、みんなに自慢できます」

「雲の上って。まぁ、鉄の蓋の上にはいるけど」

 

 苦笑いのキリトに、ミトがじとっとした目を向ける。

 

「十点」

「……十点満点で?」

「百点満点に決まってるでしょ」

 

 そもそもアインクラッドは雲の上、と言うのはやめておこう。別に私はキリトのセンスを否定しているわけではないが、それを口に出してもミトに駄目出し喰らうだろうし。

 二人のやりとりに、シリカがくすくすと笑う。

 最初よりも、彼女は明るくなった……と思う。少しだけ、心が軽くなったのだろうか。相棒の死に沈み続けるよりも、失敗できない冒険に緊張し続けるよりも、ずっと良い。

 心優しい少女は、使い魔がAIで動く存在だとわかっていても、悲しみ、そしてもう一度会える可能性があるというなら危険な冒険に出る覚悟がある。それが、なぜだか少しだけ眩しく見えた。

 このアインクラッドに来る前と後では、私はNPC……AIに対する考え方が変わっている。きっとキリトやミトも同じだろう。全てのNPCがそうというわけではないが、一部、とんでもない性能のAIが搭載された彼らは、まるで本物の人間のようで――いや、本当に、新しい人類が生まれたかのようにも思えた。そして、浮遊城に生きる本物のヒトは彼らなのだろう、とも。

 

 

 

 翌日は、朝八時から動き出した。

《風見鶏亭》の一階で朝食を()ると、先にキリトとシリカを四十七層に送り出し、私とミトは少ししてから追いかけることに。

 するとタイタンズハンドのメンバーと思われる人間が隠れて二人の後をつけているのを見つけたので、フレンドリストからキリトを追跡して見失わないようにしつつ、二重尾行を行う。

 四十七層は、草花が咲き誇る美しいフロアだ。一つ前の層のボスを討伐して初めてこの光景を目にしたとき、三人で感嘆の声を漏らしたものだ。……ただまぁ、出てくるモンスターは食人植物やら巨大な虫やらなので、あまり相手にしたくないが。

 

「四十七層で男女二人きり……あの二人、周りからどう見られているのかしら」

「……兄と妹、とか?」

「……、相変わらずね、アスナ」

 

 デートしてるみたい、とか言った方が良かっただろうか? ……いやでも、デートという単語は口に出すのはちょっと難易度が高い。というか二人に失礼だと思う。うん。

 などということを考えながら、フィールドを進む。

 キリトとシリカの後をつけるタイタンズハンドのメンバーを見張りつつ、私とミトは《隠蔽》スキルを発動してモンスターとのエンカウントを避け続けた。ただ、キリトとシリカは普通に姿を見せていたので、ほとんど戦闘は避けられない(タイタンズハンドを釣るために追跡者を撒くわけにはいかないので、《隠蔽》スキルは使えない……シリカが取得していないというのもあるが)。

《思い出の丘》を目指す途中、出現するモンスターをキリトは容易く屠るが、何度かは一体だけ残してシリカに戦わせていた。SAOの経験値分配は、与えたダメージやデバフなどの貢献度によって比率が決まる。キリトが戦ってもロクな経験値が得られないので、譲ったのだろう。

 

「あ! キリトのやつ、シリカの下着ガン見したわよ!」

「お、男の子だから仕方ないのです……」

「どうしたのアスナ、突然空を仰いで……」

「……純粋な女の子にはわからぬ感覚なのです……」

 

 という会話をしているうちに、目的の場所へとたどり着く。

 シリカが使い魔蘇生アイテム《プネウマの花》を入手するのを遠く眺めながら、私とミトは木の裏で体を隠し息を殺す。

《思い出の丘》へ伸びる道、小川に架かる橋の手前。両脇の木立に潜む、オレンジのカーソルを見つけたからである。

 ――タイタンズハンドの、待ち伏せ。

 犯罪者共は、ここで仕掛けるつもりらしい。

 幸いだったのは、事前に調査していたメンバー以外の姿がなかったこと。オレンジどもの応援勢力がないとわかれば、少しだけ安心できる。

 

「……、」

 

 しばらくして、二つの人影が小高い丘から降りてきた。キリトとシリカが目的のアイテムを手に入れて戻ってきたのだ。シリカの笑顔を見ればわかる。

 そして、二人が小川に架かる橋を渡ろうとした時――。

 キリトがシリカの肩を掴み、止める。そして少女を守るように歩み出ると、こちら側――木々の裏に潜む襲撃者たちを鋭く睨む。

 

「そこで待ち伏せているやつ、出てこいよ」

 

 息が詰まるような数秒。

 ややあって、一人の女性がキリトたちの前に姿を晒す。

 カーソルカラー、グリーン。ターゲットの一人、タイタンズハンドのリーダーであるロザリア。

 

「ロザリアさん……? どうして、ここに……」

 

 困惑するシリカを無視して、ロザリアはキリトへ視線を向ける。

 

「アタシのハイディングスキルを見破るなんて、なかなか高い索敵スキルね、剣士サン」

「ま、命綱だからな」

 

 茶化すような声色だが、キリトの顔は笑っていなかった。

 ロザリアはキリトからなにかを感じ取ったのか、一瞬だけ硬直するも、誤魔化すように喉を鳴らしてからシリカへ声を掛けた。

 

「……その様子だと、ちゃーんと《プネウマの花》を手に入れられたみたいね」

 

 ロザリアの視線を受けて、シリカが怯えたように体を縮ませる。

 

「じゃ、さっそくその花、渡してちょうだい」

「なっ……何を言って……!?」

 

 驚愕するシリカを遮るように、キリトが口を開く。

 

「そうはいかないな、ロザリアさん。……いや、犯罪者(オレンジ)ギルド《タイタンズハンド》のリーダーさん、と言った方がいいか?」

 

 キリトが言い切ると、ロザリアの纏う雰囲気が変わった。

 

「え、でも、ロザリアさんのカーソルはグリーン……それに、ギルドアイコンだって……」

「簡単な手口さ。グリーンが街で獲物を見繕って、仲間が待ち伏せるポイントに誘導する。誘導役が犯罪者ギルドのアイコンを付ける訳がないし……そもそも、奴らはシステム的にギルドを作っているわけじゃないしな」

 

 相手のアバターに焦点を合わせてHPバーを出現させれば、そこにはギルドのアイコンが表示されてしまう。情報屋や新聞屋の力で要注意ギルドの特徴はすぐに広まってしまうので、当然他プレイヤーには警戒されるし、もちろん通報もされるだろう。だから、オレンジギルドはそう名乗るだけで、システム的にはギルドではない(或いはなくなった)ことが多い――。

 

「……へぇ。それを知っててその子に付き合うなんて、馬鹿? それとも騎士(ナイト)気取りのおめでたい奴なの?」

 

 ロザリアの嘲笑を聞いて、私は彼女が全く《タイタンズハンド》へ報復を行う存在のことを……被害者が依頼を出していたことさえ知らないのではないか、と疑った。そしてそれは事実だったと、彼女の反応で判明する。

 

「まさか。でも、アインクラッドで最初に騎士を名乗ったお偉いさんの依頼ではあるけどな」

 

 唇の端を吊り上げて悪く見えるように笑うキリト。ロザリアの声のトーンが落ちる。

 

「――どういうことかしら?」

「あんた、十日前に、三十八層で《シルバーフラグス》っていうギルドを襲ったらしいな。リーダー以外の全員が殺された」

「……ああ、あの貧乏な連中ね」

「その男が、ある騎士様に頼んだのさ。仇討ちを。――でもその男は、あんたらを殺してくれとは言わなかった。黒鉄宮の牢獄に入れてくれと、そう言ったらしい。あんたに、その人の気持ちがわかるか?」

 

 酷く冷たい声で、キリトはロザリアを刺す。

 だが、オレンジどものリーダーは、鼻で笑った。

 

「わかんないわよ。マジになっちゃって、馬鹿みたい。正義とか法律とか、笑っちゃうわ。アタシ、この世界にそういう理屈持ち出すやつ大っ嫌い」

 

 笑う。

 面倒なものを掲げる真面目くさった人間を馬鹿にするように。

 あくまでゲームなのだからと、犯罪者どもは夢に浸る。

 

「……だいたい、この世界で死んだからって、現実でも死ぬなんてわかんないじゃない」

「――そう。なら、あなたが確かめてみる?」

 

 幾重もの風切り音が鳴った。

 次いで、連続する地面に倒れる音。

 

「な――」

「もうちょっと我慢しろよ……アスナ」

 

 一瞬の出来事に、何が起こったのか理解が追いついていないロザリアを放って、キリトが呆れたように私の名を呼ぶ。

 私とミトが、隠れていたオレンジたちを麻痺毒を塗ったナイフで切ったのだ。彼らはHPバーに麻痺のデバフアイコンが追加されるまで私たちに気づかず、全員が悲鳴を上げる暇もなく地面に伏した。一名だけグリーンカーソルがいたので、そいつは現在、ミトが(かま)()を首にかけて動きを封じている。

 

「りー……だー……」

「く、そ……こいつら……どこ、から……」

「麻痺、毒……だと……?」

 

 オレンジどもの呻き声が耳に届いて、ようやっと状況を理解したロザリアが腰を探るような動作を見せる。武器を出すか……いや、メイン武装は背の長槍だろうから、取り出すのは転移結晶か。そう推測し、私は足を強く踏み出す。

 私のステータスはややAGI寄りのバランス型(キリトとミトがSTR寄りなので、ちょっとだけパーティーバランスを考えた結果)だが、最前線でも頭一つ抜けたレベル七十七の数値(パラメータ)は、ロザリアが転移コマンドを口にする前に私の体をやつの目の前まで運んでしまう。

 麻痺毒を盛ったナイフをロザリアの首に当て、怯んだやつの手からクリスタルを奪う。

 ロザリアは陽光を緑色に照り返す刀身を見て、額から汗をたらりと流す。朱を引いた唇は明確な言葉を作れず、ただ何度かパクパクと間抜けに開閉を繰り返した。

 

「ナイフでちくっと刺した程度なら、アライメント回復クエストは半日かからず終わるかな」

 

 犯罪者フラグが立っても問題ない、と言外ににおわせた私の言葉に、ロザリアがごくりと喉を鳴らす。

 私とロザリアの目が合う。交差した視線に何を見出したのか、ロザリアは気道を引き絞るような悲鳴を漏らした。

 

「ど……どうする気だよ畜生!」

「そう、ね。殺すのが一番良いと、私は思うんだけど……」

 

 という私の言葉に、ゆっくりとこちらへ近づいてきたキリトが口を挟む。

 

「依頼通り、黒鉄宮に行ってもらう。せっかく依頼主が全財産を注ぎ込んで買った回廊結晶なんだ。彼の想いには応えるさ。――コリドー・オープン」

 

 キリトがコマンドを口ずさむと、青い光の渦が出現する。ミトがハイレベルな筋力値にものを言わせてグリーンの男を放り込むと、キリトも麻痺して転がっているオレンジどもを投げ込み始めた。

 次々と転移渦の向こうへ消えていくオレンジギルド。自分の番が近づくにつれて、ロザリアの焦りがどんどん増していく。

 

「ちょ、ちょっと、待って、やめて! 許してよ! ……そっ、そうだ、ねえ、アタシと組まない? あんたたちの腕があれば、どんなギルドだって……」

「……あなた、実は死にたがりなの?」

 

 ナイフを首から動かし、ロザリアの右目に突き付ける。目玉にギリギリ触れないところで切っ先を揺らしてやれば、声にならない悲鳴が上がる。

 

「私、何人斬ったのか、もう覚えてないけど……自殺を直接手助けするのは、初めて」

 

 ――直接は、ね。

 フレンドリストに残る長らく灰色のままの名前が脳裏に浮かんで、私は自嘲気味に笑った。

 

「ぁ――《(けん)()》――」

 

 そんなことを、喉の奥から零して。

 次の瞬間、ふっとロザリアの体から力が抜け、その場に倒れ込んだ。気絶したのだろう。私は溜息を一つ零して、最後に残ったオレンジギルドのリーダーを転移渦へ放り込んだ。

 

 

 

《風見鶏亭》に戻る間、ほとんど無言だった。

 一番沈んでいるのはシリカだ。当然だ、危険なオレンジギルドの襲撃に遭い、しかもそれを私たちが利用していた――と知ったのだから。

 沈黙したまま、二階のキリトが取っていた部屋に入る。

 パタン、と扉が閉まってから、しまった、これからシリカは使い魔を復活させるのだから私たちは邪魔ではないか、と気づいたが、「すぐに出るね」とも「復活するところが見たいなぁ」とも言えずにじりじりと後退している間に、シリカが声を上げた。

 

「キリトさんたちは、もう、行っちゃうんですか……?」

 

 第一声が罵倒でなかったことに、ほっとするような、或いは乾くような何かを感じた。

 

「……ああ。すぐに攻略に戻るよ。それが、俺たちの役目、だし……」

「そう、ですよね……」

 

 犯罪者に狙われた恐怖から、強い人に守ってもらいたいと思っているのか。

 ……きっと違う、と思う。

 少女の中にある小さな熱を見出して、私はそっと目を伏せた。

 

「あの……! あたしもいつか、強くなって、皆さんの役に立ちたいです……!」

 

 彼女の熱に、キリトが困ったように笑った気配がした。

 

「……ありがとう。でも、焦って危険なレベリングをするようなことはやめてくれよ。……一緒に戦うだけが協力じゃない。それに、シリカみたいな子がいるから、中層(ボリュームゾーン)のプレイヤーたちは、絶望せず、日々を楽しく生きていられるんだから」

 

 数値(レベル)が離れすぎているから。技術(スキル)の練度が違いすぎるから。それだけで否定することはできない。だからといって、想いだけで最前線に臨めるほど、この世界は甘くない。

 しかし、最前線で剣を振るうだけが攻略ではないと、私たちは知っている。

 ――より多くの人間がこの世界から生還するためには、皆が絶望しないための光が必要だ。

 いつか、誰かが、そんなことを言っていた。

 シリカの明るさは中層クラスを元気づけ、多くの人間が日々を生きることを諦めないでいられる……その一助になるはず。

 

「はい――あたし、頑張ります」

「……それじゃ、ピナを呼び戻してあげよう」

「はい!」

 

 元気に頷いて、シリカがアイテムウィンドウから使い魔の心と蘇生アイテムを実体化させる。

 

「……私たちは、出てましょうか?」

 

 せっかくの使い魔との再会に、邪魔者がいるのは望むところではないだろう、という考えからであろうミトの言葉に、しかしシリカはふるふると首を振った。

 

「いえ、一緒にいてほしいです。皆さんのおかげで、あたしは、ピナともう一度会えるんですから」

「それは……いえ、わかったわ」

 

 ほぼキリトのおかげであり、私たちはオレンジギルドのことしか考えていなかった――それをこの場で口に出すほど野暮ではないし、シリカがそう言ってくれるなら甘えてしまおう。

 少し離れたところに私とミトは立ち、シリカを見守る。

 キリトがアイテムの使い方を説明し、シリカが言われた通りに水色の羽根に花の雫を振りかける――。

 光に包まれて水色の小竜が現れるさまを見ながら、私は無意識にアイテムウィンドウの共通タブを開いていた。

 

「アスナ」

 

 ミトに名を呼ばれ、手が止まる。

 振り向くと、ミトは視線をシリカの方へ固定したまま、右手をこちらへ差し出していた。

 私は少しだけ躊躇ってから、その手を取る。

 

「――、」

 

 次いで、キリトと目が合った。彼はふっと笑って、ゆっくりと唇を動かす。音にはならないその言葉は、恐らくミトが伝えたかったことと同じ。

 

「ピナ――っ」

 

 復活した使い魔を抱き締めるシリカを、私は乾いた瞳で眺め続けた。

 

 




「それがレベル制MMOの理不尽さというものなんだ!」が言わせられなかった。ちくせう。
 あと、オレンジギルドのタグというかアイコンが云々は捏造です。実際は知らぬ。システム的な設定で隠せるかもしれんし。まあラフコフみたいに体のどこかにタトゥーを付ける、って感じでシステム的な集団ではなさそう。最初はそうでもオレンジとして知られるようになったらシステム上は解散しておくとか。……一時的なオレンジ化を辞さない聖竜連合(DDA)ってだいぶ周囲の印象やばいのでは……?

 え、遅れた理由……?
 ……いや、別に火山の紫を強化+60が来る前にソロSクリアするために粘っていたら書く時間がなくなったわけではないんだ。決して。………………ニルスの三回目のダウンまでは行けたんだけどなぁ、クリ率43%まで高めても結局お祈りゲーだからなぁ……いやまぁPSが足りないだけなんだろうけど。そしてDFが来たのでさらに更新が止まる。草。
 実はアサリリの方は二話ほど続きを書いていたり。手直し中だからまだ投稿してないけど。……とか言ってるうちに向こうを先に更新してたわ。笑っちまうぜ。



「ボス攻略会議、明日の十五時からだって」
「え……そうなの?」
「相変わらず、キリトの所には連絡が来ないわね」
「私かミトに情報を回せば、キリトくんにも伝わるから大丈夫だと思われているのかも」
「くそ、ディアベルの野郎め。調査費の請求、ゼロを一つ増やして送ってやる……!」

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