いつだか後書きで書いたIFルート、社長が社長で有り続ける事を望んだ場合。
分かっていた事だろう。 俺とアイツらの道は交わらない。
まるで正反対の立場だと、気付いていたのだ。
気付いた上で、見えないフリをしていた……楽しかった。
血と硝煙に塗れた俺の人生で、あれほど気が安らいだ事は無いだろう。
それはきっと、これから先も。
嬉しくて、有難くて、居心地が良過ぎたから、目を逸らしていた。
でももう駄目なんだ。これ以上は、許されない。
俺の立場と、責務。生きる意味そのものに反する。
「思い出せ、お前は誰だ。」
明かりの消えたコクピットで一人自らに問う。
俺は荒坂。荒坂神威。
戦禍を司る荒坂の当主。
争いの火種を、世界の混沌を守る者。
「思い出せ、お前が背負うモノを。」
荒坂重工、及び関連企業一千万。
戦いの中でしか生きる事の出来ない、どうしようも無いロクデナシ。
淘汰されるべき異常者。社会から弾かれたケダモノ。
……それでも、俺は守りたいと望んだ。俺の望みに応え、俺を何処までも信頼する馬鹿野郎ども。
「思い出せ、お前の罪の数を。」
恋人を奪われた青年。世界を呪う老人。なにもかもを失った子供。 何も知りえぬ無垢な赤子。
皆、俺が殺した。
本当は聞こえていた。不自由な体質が、他人の心の声を頭に響かせるから。
皆、助けを求めていた。
それを無視して……耳を塞いで殺したから。
いつも通り。何事も間違えない。
未来を揺るがす障害を排除する。
そこには一度のミスさえ存在し得ない。
例外無く、特別は無く。
心が軋み、僅かな正気が悲鳴を挙げたとしても止まることはもう許されない。
「さて、そろそろ行くか。」
『…………ご武運を。我々からは、それしか言えませぬ。』
「ハハ。何、嫌な事など幾らでも起こる……今日もそうだと言うだけだ。」
輸送船のハッチを開き、静止状態から機体を急加速。
音無き宇宙空間を切り裂いて、巨影がクワイエット・ゼロに迫る。
既存の如何なるMSと比較しても大きく、厚い風貌をしていた。
そして機体を取り囲むように四枚のシールドが追従。
道中で議会連合艦隊と接敵した瞬間、それらは機体から弾け飛ぶように離散。
一度艦船を通り過ぎた後、脳波によって正確に誘導される。
物理的な刺突攻撃を目的とした鋭利なクローが艦橋を貫き、艦船は爆散。
同時に本体は一番間近の艦に取り付いており、肩部に装着した450mm砲を接射。
艦のライフラインに致命的な破壊を齎し誘爆、瞬く間に5隻が撃沈した。
零距離で爆発に巻き込まれたにも関わらず、MSには傷一つ付くことは無い。
この辺で漸く艦隊全体が敵襲に気付き、迎撃を開始。
「話にもならんな、制圧戦に於ける艦船は強力な兵器だがその分懐は脆いものだ。」
『熱源反応3 急速接近』
「……ほう、シールドビットを回避してくるか。中々の腕利き、精鋭部隊か……?」
後部カメラの映像から推測するに、三機はそれぞれ別の機体。
ディランザ・ソル、ハインドリー・シュトルム、ザウォート・ヘビー。
皮肉なモノだ、議会連合のエースが乗るのは企業のMSとは。
財力、武力ともにグループに依存した結果なのは明白。
スペーシアンの統治はそもそも、歪で破綻している。
特にスピードに優れるザウォートが肩部のビームキャノン二門を捨て、特出して迫る。
なるほど、駈け競べという事か……良かろう、追うのは貴様の方だがな。」
シールドビットを機体に戻し、巡航形態へ。 速度を一際速めた二機によるドッグファイト。
ペイル社の高い空力性能とスラスター推力を併せ持つザウォートをしてその後塵を拝するのがやっと。
それでもザウォートのパイロットは絶大な体への負荷を受け入れ、遂にその背後を捉えた。
瞬間、確かに捉えたMSの姿が消える。
何が起きたのか理解する間もなく背後からキャノン砲を受けたザウォートは消し飛んだ。
急減速、どころか同等の速度で後方にブースト。
相対速度故に一瞬でオーバーシュートしたザウォートは致命的な隙を晒した。
『次は?』
間髪入れず前後を挟むようにディランザとハインドリー。 双方向からの近接攻撃を再度展開したシールドビットで阻む。 鍔迫り合いの体勢になりながら、ハインドリーはアンチドートを照射。 なるほど、スコア4に到達してないGUND-ARMには確かに有効だ。
『悪いが、コイツはお前達が大好きなガンダムじゃないんでな……無駄打ち、ご苦労。』
シールドで殴り飛ばされ、体勢を崩したところにヒート刃の銃剣を突き刺す。 コクピットの真上である胸部に突き刺さった刃を抜かんとマニュピレータが焼け溶けるのも厭わず。 最初こそ必死に足掻いていたが、それゆえにジワジワと焼け死ぬ事になるのだが。
刃の1/3程が食いこんだ頃にはあらゆる反応が消え、デブリの一つとして宇宙を彷徨う事となった。
『これで二機……一日中突っ立っている気か?』
『……クソッタレ!!!』
流石はジェターク製のMS。 パワーで無理やりシールドの隙間をこじ開け、ジャベリンで刺し穿つ。
判断は良い、だが最善手ほど読みやすい手はない。
此方も腰部にマウントしていたヒートソードで受け止める。
鍔迫り合いの構え。
当然、この距離なら白兵戦特化のディランザが有利、なれど押し切れず。
双腕に全霊を込めて押し込むディランザに対して相対するMSは片腕で支えるのみ。
機体のパワーに圧倒的な差があった。
勝敗を分けたのは、得物の取り回し。
鍔迫り合いの最中、特に力の籠った瞬間に槍の切っ先を刀身に滑らせる。
姿勢を崩したディランザとすれ違いざまに抜き胴。
赤熱した刃が装甲を断ち切り、MSを両断した。
『化け物め……!!!』
その言葉を最後に、機体は爆発。
これにより艦隊は最大のMS戦力を喪失した。
残存艦船からの掃射を受けて残心を取る間もなく回避。
『残数は?』
『敵艦 残り8』
『背部ミサイル発射。これで全て落とす。』
背部の32連装ミサイルランチャーが火を噴く。
数は各艦へ4発ずつ。
MSスケールのミサイル程度は被弾してもなんの問題も無いはずであり、そもそも対空網を突破出来ない。
実際、4発中の3発は接近する前に撃墜されてしまった。
しかし最後の1発が問題だった。 明らかに通常有り得ない機動で対空攻撃を回避し、突き進む。
『サイコミュ兵器というらしい……あ、お前達はもう死ぬから良いのか。』
脳波によりコントロールされ、敵の弱点に正確に命中する。
なるほど、これが汎用兵器になれば間違いなく戦争は変わるな。
しかし___
反動でズキズキと痛む頭を振り払い、再度クワイエット・ゼロへ飛ぶ。
そもそも、使える者が他にいない。
俺のこの体質があって漸く可能というレベル。
普及は遥か先になるだろうが。
ああ、全く心が踊らない。
機体を駆る事はこんなに窮屈な事だったろうか。
もっと楽しく、湧き上がるモノがあったハズなのに、否。
「或いは、お前なら。」
砂粒程度だったクワイエット・ゼロも、気が付けば間近に。
良くもまぁこんな巨大なスクラップを作り上げたものだ。
アーシアンが用いる実包がスペースデブリになるというならこれは何なのだ。
小惑星ほどのサイズは平気であるだろうに。
MS等の接近は本来なら、大量のガンドノードで対処するのだろう。
目立った対空兵器もなく、そのノードも失った今は丸裸同然だ。
そもそも、それを見計らって来たのだが。
四方八方を敵機に囲まれて戦うというのは、やってみたくもある。
……過ぎたことは今更、どうしようも無い。
更に接近、丁度クワイエット・ゼロと自分の直線上に、標的は居た。
『よう、スレッタ。随分苦戦したようだな、らしくも無い。』
『カムイさん……!』
わざとらしく、大仰にリアクションを取る。 このまま時間が止まってしまえばどんなに良かったか。
現実はそう甘くない。
『……それはそうと、我が友よ。お前は、トロッコ問題というのを知ってるか?』
『……………………???』
『ああ、いや、知らないなら知らないで大丈夫だ。そんな必死に絞り出さなくてもよい。』
ある意味大物というべきか、流石だな。
『レールの上に五人がいる、分岐の先には一人。そしてお前は分岐路に立っている。暴走したトロッコが五人を轢き殺そうとした時、お前はその分岐を切り替えられるか?……答えなくていいさ、既にお前達は選択したのだから。 選ぶのは良い事だ。前に進むとは、生きるとは何かを切り捨てること。』
そう、俺も選んできた。 選んで、切り捨ててきた。
『お前達が選んだのは、憎しみ合うスペーシアンとアーシアンの融和。その道は険しく、苦しいモノだろうが……お前達なら成し遂げるだろう。否……
この俺が見込んだのだから当然だろう。
どんな困難も、お前達なら打ち破って成し遂げてしまう。
だろう?
『話を戻すか。トロッコ問題というのに俺はいつも不思議に思っていた。
少数を害してでも、多くが生き残る道を選ぶ。それは生物として正しい判断だ。
人を殺さなければ生きられぬ狂人、争いが無くば生きていけぬロクでなし。
手段の為に目的すら選ばぬどうしようも無い奴ら……居るさ、幾らでも居る。
社会悪と断じられた奴らを切り捨てる事は、正しいさ。』
人類の生存へと向かう集団意識。
社会の異物を排除する事で、健全な未来を保つ。
平穏に、健全に。何一つ障害無く。
『俺は、社会が悪と切り捨てたあの馬鹿共が、生きる事も許されないなんて、認めない。』
『生まれながらの悪だったからと、その命に価値が無いなんて、認めない。』
『……それを肯定し、誰も彼もが目を逸らすこんな世界、認めてたまるかよ。』
偽りざる本心だった。
善に虐げられる悪を、見捨てることが出来なかったんだ。
『誰もが清廉に、潔白に生きたいと願うさ。でも現実は、そう上手くいかない。
お前達の望む世界はなるほど、確かに美しい。だがそれで生きられぬ者はどうする?』
俺を信じる者達がいる。
俺しか頼れぬ者達がいる。
清浄過ぎる世界ではとても生きられぬと。
俺に助けを乞い願う者達がいる。
『お前達は選択し、切り捨てた。それを責めやしない。責めやしないが、抗わせてもらう。切り捨てられた者達の長として。戦禍を束ねる王として。位高ければ徳高きを要す……大いなる力には大いなる責任が伴うから。』
それが俺の戦う理由。
それがお前達を殺す理由。
俺個人の心持ちなど、何ら関係ない。
『前口上が長くなったが、これで理解して貰えたなら助かる。
我が名は荒坂神威。混沌齎す荒坂の七代目。部下の為、大義の為に火種を守るもの。
スレッタ。スレッタ・マーキュリー。もしそれでも尚、前に進むと言うなら……』
俺にはもう、こうするしか無かった。
道を違えた事に気がついても何も出来なかった。
ただ当たり前の日々が楽しくて。 虐殺者荒坂神威としてではなく。
ただの神威として過ごせる日常に、甘えすぎた。
『そ、そんなの、嫌。嫌です!どうして、どうしてですか!?何で私達が……!!!』
『それなら俺はお前と、クワイエット・ゼロに残る全員を殺すだけだ、戦え!』
『嫌です……!』
防戦一方、というよりそもそも攻撃する気配がない。
スレッタには未だ、何故神威が自分と戦うのか理解出来ていないのだ。
しがらみや立場、そんなものに縛られた事が無いスレッタには分からなかった。
これがもしグエルやミオリネならばある程度は理解出来ただろう。
目下の者からの期待、羨望、憧憬。
そういったモノに
超人として生を受け、王の中の王としての教育を受けた。
知らぬ者なら羨ましく思えど、身分などは呪いと大差無い。
誰より自由に見えた彼はその実、全身余すところ無く縛り付けられている。
圧倒的な軍需産業はつまり、戦い無くば持続出来ないということ。
本来であれば人類皆が賛同する、恒久的な平和。
彼らはそれに反する異物そのものであった。
故に、地球と宇宙の融和など以ての外。
戦争で生計を立てる者。戦火にしか生きられぬ者。戦禍の拡がりを嗤う者。
皆が皆、社会からつま弾きにされた悪であった。
だったらどうした、それが、何だと言うのだ。
誰もが必死に生きているのだ。
そうとしか生きられぬから、足掻いているだけだ。
それを悪と排斥するなら、俺は抗おう。
俺には力がある。権利があり、立場がある。
ああそうさ。俺一人が
だがしかし、それは後ろに続く者たちを切り捨てることに他ならない。
『割り切る事は、出来ないんだよ……!』
結局は他人の事。自分には関係ないから。割り切れば良いさ。
そう出来たなら、どんなに楽だったか。
背部ミサイルユニットから無数の小型ミサイルが飛散していく。
撹乱の為に一度バラけた軌道で散乱した後、改めて目標に向かい加速。
静と動の緩急、そして僅かに仕込まれたサイコミュミサイルが逃げ場を奪っていく。
だが遅い。
キャリバーンのバリアブルロッドライフル。その後部推進器をフルに稼働。
ビーム兵器と違い、多大な質量を伴う実弾兵器はどうやっても鈍重だ。
ガンドノードからの掃射、エアリアルのガンビット。
それら全てを捌き切ったキャリバーンなら、まだ回避は可能である。
『ああ、分かってる。避けるのは視えていた。
『……ッ!!!』
ミサイルの隙間を縫うように回避行動を取ったキャリバーンを爆風が吹き飛ばす。
バズーカの弾速はミサイルのそれよりも更に遅い。
それを逆手に取れば、回避機動上に攻撃を置いておく事も可能。
当然これは机上の空論でに過ぎない。
異能じみた先読みと、武装への理解。
あらゆる装備の速度や誘導性能、近接信管の有効範囲まで。
直撃こそ避けたものの、未だに崩れた体勢を整えられない。
否、直撃を避けた事こそその腕前が並では無い証拠か……
一度バズーカを放り、右腕で保持していた電磁砲を両手で構え直す。
火薬の初速と、磁力の加速。
その貫通力たるや、荒坂の兵器すら容易く貫く。
この距離なら、外さない。
ゆっくりと、正確に引鉄を引く。
幼い事、父から教えられた事がある。
『狙撃そして砲撃というのはなぁ、神威。撃つ前には既に命中しているのだ……分かるか?』
分かるよ。
躊躇いは、無い。
『駄目だよ。』
あ?
世界がスローになる。
引鉄を引き、加速された弾丸が銃身から飛び出すのを緩やかに眺めている。
容易く音速を超え、生物の知覚限界さえ超えた速度のはずだ。
だから、見えるはずがないのだ。
銃身と標的の間には何もないはずだ。
じゃあ何故、俺からガンダムの姿が見えないのか。
いや、今の声は誰だ?
間違いなく聞き覚えがある、筈だ。
だがしかし、いや、そんなワケがない。
ここに居るはずが無いのだ。
『待て!止まれ……!ニカ、お前………!!!』
時間は止まらない。
時間は戻らない。
ちぐはぐな動きで飛来したデミ・バーディングがキャリバーンを突き飛ばす。
軌道を外れたキャリバーンは難を逃れた。
凶弾は外れ、彼女の命を奪う事はなかったのだ。
代償としてバーディングを貫きながら。
『余計な事をしやがって……』
『大丈夫だよ、まだ戻れるから、ね……?』
違うんだよ。
もう引き返せないんだ、今更。
今更どうしようもないんだよ。
『……俺はお前が思ってる程甘く無ぇ。皆殺しなのは、変わらない。』
『その割に、取り乱してたね……』
『…………』
死ぬ順番が変わっただけ、その筈だ。
それなのに何故、俺は何を……
『あはは。』
『何がおかしい……お前は……!』
俺には分かる。
今の一撃は致命傷だ。
機体のバイタルパートを破壊した確信があった。
もう何をどうやっても、ニカ・ナナウラは死ぬのだ。
『いやぁ、なんと言うか……ね?』
一度言葉に詰まって、言葉を選ぶように沈黙。
それから少し照れるように。
『やっぱり私は……いや、多分
そこまで言ったところで通信は爆発に掻き消された。
機体維持に必要な機関が連鎖的に爆ぜ、次々と瓦解していく。
それすらも数秒で収まった後、一際大きな爆炎をあげて停止した。
『……馬鹿だよ、お前。大馬鹿野郎。』
もうどうしようも無いんだって。
今更、俺には何もしてやれないんだよ。
「……ッ!?」
感傷に浸る間もなく眼前を閃光が切り裂く。
荒坂の兵器は重量が故、操作レスポンスにある程度の遅延がある。
回避運動は間に合わず、頭部を掠めカメラ保護のバイザーが溶解した。
当然、射手は___
『ハハ、そうか。やっとやる気になったか。良いぞ。』
そうだ、俺たちはやるしかないのさ。
「……遅ぇよ。」
その言葉を、ヘルメットの中で噛み殺しながら。
たぬき……突如因縁を付けられて殺し合う事になった可哀想な子。
ニカ……なんかめちゃくちゃ良い女になった。この時空だと尚更社長の理解者。
社長……しがらみに縛られ、立場から逃げられなかった。
進む事も出来ず、逃げる事も許されなかった男の末路。