臨海都市クレーヴにとある噂が流行り始めていた……。

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臨海都市の殺戮鬼

 臨海都市クレーヴ、海に面した賑わう都市にとある噂が囁かれ始めていた……

 

 曰く、人間に悪霊が夜な夜な人を殺している、

 

 悪霊などではなく意志持つ人間が復讐のために行っている、

 

 偶然事件が重なっただけの臆病者の妄想である、

 

 噂に尾ひれがついて回り、人々は好き勝手に話の物種にするが共通するのは定期的に

 

 苦痛と恐怖を顔に浮かべた惨殺死体が生まれているということだった。

 

「殺戮鬼の討伐?」

 

 クレーヴの冒険者であるアイラは数あるギルドの依頼の中でも異質なそれを見つける。

 

 報酬が他と比べても数倍高いことも目を引く要因であった。

 

「こういうのって自警団がやるもんなんじゃないの?」

 

「それが自警団の方々もかなり力を入れて捜索はしているんですがどうにも人手が足りないとのことで……」

 

 冒険者ギルドの受付がアイラに答える。

 

「ふーん……」

 

「殺戮鬼の身柄と凶器、最悪首でも持ち帰ってくれば報酬は支払いますから」

 

「そんなんで殺戮鬼なんてわかるもんなの?」

 

「なんでも殺戮鬼の凶器は特徴的だって話ですから」

 

「どんなの?」

 

「どの死体も巨大な銛のようなもので心臓をえぐられてるって話ですから」

 

「見れば一発ってわけね」

 

「内容が内容ですから報酬もはずんでいるとのことです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アイラはそんな数時間前のギルドでの会話を思い出しながら街を散策していた。

 

「自警団が見つけられないやつをどうやって見つけるってのさ……

 

 まあすることもないからやるしかないんだけど」

 

 現在のクレーヴでは都市の防衛設備も整っており、外に出て魔物を狩り都市への被害を抑えるような冒険者の仕事は

 

 日に日に少なくなっているのが現状である。

 

 魔物とはいうがその脅威はピンキリで、気性の荒い野生動物のようなものからおよそ

 

 人間では太刀打ちできないものまで幅広く存在する。

 

 アイラはクレーヴで数年魔物狩りで生計を立ててきた身であり、駆け出しのころならばいざ知らず今ではそれなりの修羅場をくぐった

 

 経験もあり自分の実力にも自信がついてきたころである。そろそろ使い込んだ片手剣も買い替え時か……。

 

 一風変わった依頼書にも手が出ようというものだった。

 

「とりあえず現場に行ってみるかあ……」

 

 そうしてアイラは噂の殺害現場へと向かっていった。

 

「半分が海岸近くで殺されてるってことだけど……」

 

 そういいながらアイラは自警団が作ったのであろうバリケードを越えて海岸を一人歩いていく。潮風が生ぬるい。

 

「さすがに何も残ってないわね」

 

「一人でいれば襲ってくるかもなんて思ったけど」

 

 それなりに海岸を歩いてみたりするものの特に収穫は得られない。

 

 ヤケになりながら酒場へ向かい酔いつぶれながらその日を終えた。

 

 アイラはその後数日、聞き込みなどで情報を探っては見るも、噂や推測の域を出ないようなものしか出てこない。

 

 しかしとうとう被害者の知人から

 

「どうにも殺されてる奴は皆、犯罪者や賞金首の悪人ばかりらしい。最近殺されたアイツもそんな奴さ」

 

 というような唯一殺戮鬼探しに使えそうな情報を得たがそれだけでどうにかなるとも思えない。

 

 そしてアイラは依頼の確認と情報を求めてギルドに足を踏み入れる。

 

「なにか殺戮鬼の新情報とかはないの?」

 

「そうですね……正直調査をしている自警団が混乱を防ぐために情報をある程度

 

 規制しているのもあってギルドのほうにもあまり情報は降りてこないんですよね……」

 

「あっでも」

 

 思い出すようにギルドの受付は答える。

 

「自警団がいうにはあまりにも目撃証言が少なすぎるらしくて、殺された人が悲鳴を上げたりしたら普通、人気のない場所であっても

 

 何人かは怪しい人物を見たりするものなんですけど、それが全然ないそうで……」

 

「なるほどね、人間じゃなくて知能の高い魔物かもって可能性が高いわけか」

 

「ええ……。アイラさんも十分に気を付けてくださいね」

 

「わかったわ。といっても全然情報がないから気をつけようもないんだけどね」

 

 そういいながらアイラはギルドを後にした。家に帰る道すがら歩みを進める度に、手に負えない相手なのでは、という膨らむ

 

 不安に目をつむるように寝床についた。そんな二日後彼女に転機が訪れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の魔物駆除の依頼を終え殺戮鬼の捜索を半分諦め、夜のにぎわう街に足を運んでいた時

 

「ぎゃああああああ!!!」

 

 と喧騒を遮るようなつんざく悲鳴が遠くない場所から響き渡る。周囲の楽しげな会話は一転、噂の殺戮鬼だろうと悲鳴の混じった騒ぎに代わる。

 

 アイラは悲鳴の聞こえたほうへ駆け出した。できるかどうかは置いておいて自警団よりも先に捕まえなくては報酬がもらえない。

 

 持てるスピードを限界まで出しながら街並みを駆けていく。

 

 そして悲鳴の聞こえた地点から離れるように裏路地へ駆け込む小柄な男を見つける。もし殺戮鬼から逃げるなら普通は人の多い大通りへと向かうだろう。

 

 つまりアイツが

 

「殺戮鬼か……!」

 

 走る男を見逃さぬように必死で追いかけるがだんだん距離が離れていく、街並みから遠く外れ海に近づく。

 

 そしてついに見失うといったところで急に男が立ち止まる。

 

 相手が攻撃してくる可能性を頭に入れつつ男に近づくが何か様子がおかしい、男が誰かとしゃべっている。二対一では分が悪いと様子をうかがうが

 

 男は会話に夢中なようだった。話が聞こえる距離まで身を潜めつつ近づくと話している相手が見えてくる。それはまるで人でないような巨大な男。

 

「はあっ……はあっ……一体お前は何なんだよ!」

 

「俺がてめえの名前を聞いてんだ、さっさと答えろ」

 

「はあっ……お前ちょっと図体がでかいからって俺のこと舐めてんだろ!」

 

「あぁ?」

 

「こいつを見ろ! さっきだってこいつで殺ってやったんだ……ははっ……そうさ、お、お前だってこのナイフの錆にしてやろうか!」

 

 そういうと小柄な男は赤い血の映えるナイフを勢いよく取り出し叫ぶ。

 

「試してみろよ」

 

「くそおおおお!!!」

 

 その言葉を皮切りに小柄な男はナイフをぶんぶんと振り回すが大男はその巨体からは想像できないほどの身軽さでひょいひょいと身を躱す。

 

 そして目の前で激しく動く玩具に飽きたかのように大男は小柄な男を勢いよく蹴り飛ばす。

 

「ぐうぅっ!!」

 

 小柄な男は苦痛の声を上げながら勢いよく地面を転がっていく。骨の数本は逝っただろうか。

 

「何度も言わせるんじゃねぇよ、俺がそっちに行くまでにてめぇの名前を言え」

 

 底冷えするような声と共に巨大な男はどこからともなく武器を取り出し小柄な男へ歩き始める。

 

 銛、そう魚を取るには異様とも思えるほどの鋭利な返しと巨大さを誇る銛である。アイラはこの瞬間に真の殺戮鬼が誰かを理解する。

 

 一歩、また一歩、早くはないが確かに殺戮鬼は歩みを進めていく。

 

「ひいっ!」

 

 〝偽″殺戮鬼の耳に本物の死を告げる足音が響く度、顔が恐怖に引き攣っていく。

 

「ロドリゲス…………。ロドリゲスだよ!」

 

「嘘なら酷いめにあうぜ……溺れ死んだほうがマシだと思えるくらいにな……」

 

「嘘じゃねえ! 本当だよ! 信じてくれえぇ!!」

 

 半ば絶叫にも近い声が月明かりに響いて消える。殺戮鬼は男の目の前で歩みを止めるとボロボロの帳簿を取り出し血のように赤い線を引く。

 

「マイク……。そうか……そうだった。お前もあの船にいたよな。俺を見捨てたあの船に」

 

「は…………?」

 

「ああ……そうだ間違いねえ。皆と同じようにあの甲板の上で嗤ってやがった」

 

「何言ってんだかわかんねんだよイカレ野郎っ……! 」

 

 その言葉が口から出た瞬間に、殺戮鬼の銛が勢いよく男の心臓に突き立てられる。夜の闇に激しく血潮が飛び散っていく。

 

 銛をグッと引き抜くと血潮の勢いは増し、男の力が抜けていく。作業のように殺しを終えて殺戮鬼は帳簿に目を落とす。

 

「いつまでたっても殺しのリストが片付かねえ」

 

 殺戮鬼が独り言を零すと同時に体がゆっくりと塩と水に変化する。そして深い海に潜るように、霧となって溶けていく。

 

 体が完全に消え見えなくなると同時にアイラは来た道を

 

 全速力で駆け戻る。逃げるタイミングを見逃したのは失敗だった、もう一時もあの場にいたくなかった。

 

 あわよくば殺戮鬼を捕まえられたらなどと考えていた自分を呪っていた。

 

 考えずとも本能でわかる、あれは確実にイカレている。

 

 人間か魔物かなどどうだっていい。

 

 ぜえぜえと息を切らし、体に鞭を打って走り続ける。

 

 街並みが見えてきた。

 

 あと少し。あと少しでいつもの日常に戻れる。

 

 今日のことは忘れよう。

 

 悪い夢だ。そうこれは悪い夢。

 

 いつものように簡単な依頼をこなして酒を飲んで眠る。

 

 そんな日常に戻ればいい。

 

 重くなった足を動かし続けろ、もう少しだけでいい、

 

 街に戻れるその手前──-。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい」

 

 すぐ後ろからの水底の声が悪夢から離さない。大きな掌が頭を掴む。

 

「お前もあの船にいたよな」

 

 その日クレーヴでは二つの惨殺死体が発見された。

 

 殺戮鬼はまだ捕まらない。


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