『セラスボンバー』やら『ロックハート頭爆破事件』やらと騒がれたあの授業から数日。
ロックハートの頭が元通りに戻った事でハーマイオニーの機嫌がようやく回復し、ここ数日のギスギスした空気(ハーマイオニーによる一方的なもの)は終わりを見せた。
私に対してのみキツイ視線を向けられていたとはいえ、それを直ぐ傍で見ていたハリーとロンもこれには安堵し、2人にしては珍しく肩に手を置いて私を労うほどだ。
事故だろうが何だろうが、他人の恋路を邪魔する者は誰であろうと、酷い目に遭うのは世の常らしい。
………その相手がロックハートという事実には、少し納得がいっていないが。
「それにしてもハリー遅すぎやしないかい?朝の練習も終わっていい頃じゃないか」
テーブルに置かれたベーコンを口にかっ込みながら、ロンは辺りを見渡しつつそう言った。
土曜日の午前中に4人でハグリットの家を訪ねる約束をしていたのだが、どうもハリーがクィディッチの練習から戻ってこない。
昨年のシーズン最後の試合で大負けしてからというもの、キャプテンのウッドはかなりメンタルをやられていた。
今年こそは何としてでも勝とうと、いつも以上に強く勢いづいているのかもしれない。
「なら、練習が終わるまでスタジアムで練習を見学するのはどう?2人共午前中は特にやる事ないでしょう?」
「まぁ確かに……部屋でボーっとするだけっていうのもアレですしね。きっと朝食をハリーはまだ食べてないでしょうから、ついでにいくつか持って行きましょう」
「クィディッチの選手になるっていうのも大変だよな」
そんな事を話しながら私達は朝食を食べ終えると、ハリーの練習を見学しにスタジアムに向かった。
スタジアムにはまだハリー達グリフィンドール選手の姿は見えず、ちらほらと疎らに練習を見に来た生徒達がいる程度だった。
その中にはここ数日で否が応でも存在を認知せざるを得なかった一人の生徒の姿もあり、こちらの存在に気付いたのか、彼は駆け足気味でこちらにやって来る。
「どうも!こんにちは!セラス!あなた達もクィディッチの練習を見に来たんですね!!」
「ど、どうも、コリン。まぁ、そんなところです。………出来る事なら、あなたには会いたくなかったですけど」
本音をどうにか小さな声で誤魔化しつつ、苦手意識から私は一歩彼から距離を置いた。
どうもコリンの両親はマグルだそうで、見るもの全てが新しいと色んなもの興味を持っているそうだ。
私に近づいてきたのもあの騒ぎを聞いたからだそうで、事あるごとに私に絡んでくるのだ。
尤も、絡んでくる程度ならば少し騒がしい1年生程度認識で済むし、ここまで苦手意識を持つこともない。
「お願いですから、今日こそセラスの写真を撮らせて下さい!ホグワーツにはこんなに凄い人がいるんだって、お父さんとお母さんに色々と話してあげたくって────」
「残念ながら撮影は一切NGです。いいから回れ右して元の席に戻って下さい。私達席をまだ確保してないですから」
「それなら僕の隣の席を使って下さい!ロンとハーマイオニーも勿論大歓迎です!せっかくなら4人で写真を───」
「ロン、ハーマイオニー。早く行きましょ。早くしないと、何処の席も直ぐに埋まっちゃいますよ」
「ウヮッ!待って下さいよ!!」
だが、こんな調子で毎度の如く写真をしつこく要求してくるとなれば話は別。
ハリーに対してもしつこく似たような事をしているようであるし、コリンはここ数日で私の中では既にブラックリスト行きとなっていた。
私だけならまだしもハリーに迷惑をかけたとなれば話は別だし、人の迷惑を考えない人間など話にならないのだ。
あと写真を撮ろうとするのは本当にやめて欲しい。
「セラスって、自分が嫌いだと思った相手にはほんとドライだよな。写真の1枚や2枚くらい、撮らしてあげてもいいじゃないか」
「馬鹿ね。そんなこと出来る訳ないでしょ。吸血鬼は写真に写る事はないんだから、そんな事されでもしたら一発で終わりよ」
「コリンの性格ならその事でほぼ間違いなく大騒ぎするでしょうしね。吸血鬼どうこう関係なく、コリンに写真を撮られるのは普通に嫌ですし」
「それ絶対本人に言ってやるなよ……。落ち込むなんてどころじゃないぞ………」
ロンがそうやって苦笑いするのをスルーしていると、入り口の方から選手達がぞろぞろとやって来た。
だが、その身に纏っているローブの色は真紅から遠く離れた緑色のローブを身に纏うスリザリンの選手達であり、奇妙なことに全員が同じ箒を手にしていた。
遅れてやって来たウッドはそれはもうカンカンな様子で、スリザリンのチームのキャプテンだろう人物に今にも殴りかかりそうな様子で怒鳴りかかっている。
「ああ、不味いぞ。揉めそうだぞ」
「なんでスリザリンの選手がいるのかは分からないけど、とにかく行ってみましょう」
ハーマイオニーがそう言って立ち上がると、私とロンも立ち上がって選手達のいる場所へと向かった。
時を同じくして選手達が話し込んでいるタイミングを見計らっていたのか、スリザリンの上級生の間を縫って見慣れた人影が現れた。
しかも、他の選手達と同様ユニフォームを身に着けた姿で。
「ドラコ?あなたまさか、クィディッチの選手に選ばれたんですか?」
「ああ、そうだセラス。今年から僕がスリザリンのシーカーだ。しかもそれだけじゃない。箒も全員分新しくした」
「ニンバス2001、先月出たばかりの最新型だ。一体どこで手に入れたんだ?」
「ドラコの父上がくれた。ついでにユニフォームやバットも全て新品のものだ」
「ルシウスさん……こないだ得たお金をこんなところで………」
自慢げにドラコをはじめとしたスリザリンの選手達が箒やバットを見せびらかす一方、多額のお金を迷わず息子に投資するルシウスさんの親馬鹿さ加減に私は呆れを隠せなかった。
一般家庭なら1本買うだけでもかなり勇気がいるものだというのに、それを全員分買うとなったら、一体どれだけの額が必要となるか分かったものではない。
例え臨時的な収入を得ていたとしても、普通たかだか学生チームの優勝の為に多額の金を使うなど考えられないし、ユニフォームやバットも新調するなど尚の事。
ドラコにある程度の箒の才があるとはいえ、流石にこればっかりは甘やかし過ぎではないだろうか。
「ウィーズリー、君の親には到底真似できない事だろうな。グリフィンドールに資金集めをして新しい箒を買えばいい。クリーンスイープ5号を慈善事業の競売にかければ、博物館が買いを入れるだろうよ」
ドラコのこの言葉にスリザリンの選手達は大爆笑をした。
事実、フレッドとジョージの持つクリーンスイープ5号は随分昔に発売された旧型である為、それなりに否定しにくいときたものだから質が悪い。
「少なくとも、グリフィンドールの選手は、誰一人としてお金で選ばれたりしてないわ。こっちは純粋に才能で選手になったのよ」
「ちょっと。ハーマイオニー」
ドラコの発言にムッときたのか、ドラコを見てハーマイオニーはそう強くきっぱりと言った。
この言葉にグリフィンドールの選手達はお返しとばかりに大爆笑するが、さしもの私はこの言葉に笑う事などは出来る訳もない。
流石に今の発言はドラコや他のスリザリン生達に対しての失礼があまりに過ぎるからだ。
先に言われたどうこうを抜きにしても、家柄云ぬで相手を侮辱するのは悪口の範疇を超えているし、いくらハーマイオニーとは言ってもこれを許容する事は出来ない。
「誰もお前の意見なんか聞いてない。生まれ損ないの『穢れた血』め」
ハーマイオニーにその事で強く注意しようとした、その最中。
ドラコの自慢顔がちらりと歪んかと思うと、その口から吐き捨てるように言葉が放たれた。
ドラコの口からその言葉が出たという事実を認識できず、轟々と周りで声が上がる中で私はフリーズする。
今、ドラコは一体、ハーマイオニーに対して、どんな言葉を投げかけた?
何を、ドラコは、ハーマイオニーにした?
どうして、ハーマイオニーは、泣きそうな顔をしている?
「よくも言ったなマルフォイ!『ナメクジ喰らえ』!!」
ロンがそう呪文を唱えるも緑の閃光が逆噴射し、ロンは芝生の上に尻餅をついた。
「ロン!ロン!大丈夫?」
ハーマイオニーが悲鳴を上げてそう尋ねるも、言葉は一向に帰って来ない。
代わりとばかりにロンは口から何匹ものナメクジを次々に吐き出した。
ロンのこの姿にはスリザリンの選手達が一斉に大笑いし、ドラコに至っては四つん這いになって拳を地面に叩きつけて笑い転げた。
グリフィンドールの選手達は心配そうにしているものの、次々に吐き出されるナメクジには近づきたくないようで誰も近づこうとしない。
「おわぁー!ハリー、ロンをこっちに向かせて!」
「コリン、そこをどいて!ハグリットのところに行こう。何とかしてくれるはずだ。ロン、しっかりして」
ハリーはコリンを軽く叱りつけると、ハーマイオニーと一緒に森番の小屋へと向かった。
私はというとようやくフリーズを脱して、笑い転げるドラコの前にいつの間にやら立っていた。
顔からは感情というものが抜け落ち、頭の中ではグルグルと幾つもの感情が渦巻いて悲鳴を上げている。
「ドラコ。ハーマイオニーが、あなたを侮辱した事については、私から謝罪します。けど、どうして、あんな事を?ハーマイオニーに、何故あんな事を?」
努めて冷静にそう言うと、ドラコは得意げに口を開く。
「何故って、あいつがマグル生まれの魔女だからに決まっているだろう。僕や君みたいな由緒正しい魔法使いとは違う、紛い物だからさ」
「ハーマイオニーは、確かにマグル生まれです。ですが、誰よりも努力家で、優しくって………誰よりも、尊敬できる、人間です」
「だが、あいつは『穢れた血』だ。君は誰に対しても優しいが、君も内心何処かであいつの事をそう思っているだろう。おかしいところが何処にある?」
体の隅々がゆっくりと冷え切り、目から少しづつ光が消えていく。
それと同時に人知れず、私の目が青から赤へと変色した。
「この際だからはっきりと言ってもいい。あいつは、君には到底ふさわしくない。いくら優秀でも、所詮はあいつは生まれ損ないの人間なんだ」
この瞬間、私の中で、ドラコ・マルフォイという人間が、完全に息が絶えた。
そこから先の事はよく覚えていない。
目の前にいた者の胸倉に掴み掛って顔を大きく殴りつけ、馬乗りになったところまではどうにか覚えているが、それ以降の記憶はかなり曖昧だ。
………まぁ、そんなもの、この際全部、どうだっていいが。
「お前!マルフォイに何を───ッン?!せ、先生を呼べ!!誰か先生を呼ぶんだ!!」
「セラス!もういい!もういいんだ!これ以上はやり過ぎだ!!もうやめろ!止めてくれ!!」
何かが邪魔をしようとしていたので払いのけ、周囲に広がる雑音を鬱陶しく感じながらも、目の前の何かを私は殴り続けた。
その何かは何かを言って抵抗しようとしているが、そんなもの私の耳には入って来ないし、抵抗するならばそれ相応に抑えつけるだけ。
ただ淡々と、目の前にいる何かを、私はひたすらに無我夢中で殴り続けた。
自らの本能が命じるままに。
「
「
突如体を襲った衝撃に吹き飛ばされ、縄のようなもので縛られマクゴナガル先生に体を揺さぶられたあたりで、私の意識はようやくはっきりとした。
辺りを見渡してみると、全身ボロボロなマルフォイが息をするのも苦しそうな様子で仰向けになって寝ており、私のローブにはちらほらと返り血が付いていた。
スネイプ先生は私のことを今にも殺しそうな様子で睨んでおり、私を縛り上げたマクゴナガル先生の顔は驚くほど真っ青だった。
次第に自分が何をしたのかを少しづつ理解していくが、そこには驚きも動揺も一切ない。
それ以上に自身の体を伝う冷たい感覚を、拭い去る事が出来なかった。
「退学だ。それが妥当でしょう。生徒に過度な暴力を振るい大怪我をさせた。理由としてはそれで十分だ!もしお前がHELLSING職員でなかったのならば、今すぐにでも私自らお前の息の根を止めていた!議論の余地などない!」
「スネイプ先生!落ち着いて下さい!確かにヴィクトリアのやった事は許されざる事ですが、彼女は理由もなくこの様な事をする人間ではありません!」
「ほう、それは大層な理由なのでしょうな。散々人を殴りつけておいて、許される理由があるというならば、是非聞きたいところだ」
「ヴィクトリア、話すのです。何故、あなたはこの様な事を?見た限りドラコ・マルフォイとあなたは、仲の良かったはず───」
「仲が良い訳ないでしょう。あんな奴、友達なんかじゃありません」
マルフォイが目を見開いてこちらを見るが、そんなもの知った事ではない。
「『穢れた血』。そうマルフォイが、ハーマイオニーを侮辱した。私が尊敬する友達を……あいつは侮辱した。ヘラヘラとそんな事を笑いながら出来る人間が………友達な訳ないじゃないですか」
もう、私の中で、マルフォイという人間に対しての価値は、ゼロに等しいものとなったのだから。
私のこの言葉にマクゴナガル先生は黙って頷き、目を閉じて私の背中に手を当てた。
何故かは分からないが、スネイプ先生の表情はつい先ほど一転して蒼白としたものとなり、マルフォイと私を交互に見ては少しばかり震えている。
「………なるほど。事情は、分かりました。ですが、つい先ほども申した通り、あなたのやった事は許される事ではありません。それは分かっていますね?」
感情の抜けた顔でその言葉に頷くと、マクゴナガル先生は縄のようなものを解いた。
「グリフィンドールから60点減点。ヴィクトリア、あなたには1週間の自室での謹慎を命じます。他の処罰についても追って科しますが、それについてはあちらで話しましょう。よろしいですね?」
「……はい、分かりました。処罰については、大人しく受けます」
「それとスネイプ先生。スリザリンから減点をしろとまでは申しませんが、ドラコ・マルフォイには然るべき処罰をすべきです。特に……グレンジャーに対して言った事については重々と、あなたの口から話しておくべきです。構いせんね?」
「……承知した。保健室に運んだ後、マルフォイの方には……吾輩から話しておこう」
「この場はもうお開きです。連帯責任として両チームの今日の練習は中止。全員寮にお戻りなさい」
マクゴナガル先生がそう言うと、皆が何も言わずその場を後にしていった。
つい先ほどまで怒っていたウッドは感情の置き場を無くしているようだし、いつもはジョークばかり言うフレッドとジョージも今回限りはだんまりだった。
スリザリンの選手達からは恐れや怒りが入り混じった視線を向けられるも、何かをする気力も一向に起きず私はそれを無視した。
マクゴナガル先生に連れられて、私もこの場を後にしていく。
「ま、待て!待つんだセラス!僕は、僕は────」
スネイプ先生の肩を借りどうにか立ち上がったマルフォイが何かを言おうとするも、私が振り返った瞬間、見た事もないようなものを見たかのような表情で途端に黙りこくった。
やはり感情の抜け落ちた表情で、私は冷たくマルフォイを見つめる。
「ドラコ・マルフォイ。私は、あなたという人間を、心底軽蔑する。私は、あなたという人間を、何があろうと認めない。私の友達を侮辱したあなたを、私は、絶対に許さない」
そう吐き捨てると、私は速足気味でスタジアムから立ち去った。
この時、自身の目頭が無性に熱く感じた気がしたのが、果たしてそれが気のせいかそうでなかったのか。
今の私には理解する事が出来なかった。
あれから2週間と少し。
10月に入って校庭や城が冷え切ってきた頃に、私の謹慎は解けた。
60点という大きな減点こそしたものの、事が事という事でグリフィンドール生達からは特段咎められるような視線も受けず、特に問題なく私は復帰を果たす事が出来た。
マクゴナガル先生が処罰という名目で補修の時間を開き、でたらめな情報が周囲に広がらないよう気を使ってくれてたのも、その要因として非常に大きかったのだろう。
尤も、スリザリン生達からは2週間経っても恐れや怒りが入り混じった視線を随時向けられ、特にいつもマルフォイに引っ付いていたパンジーからは会う度にキャンキャン文句を言われ続ける事になっているが、こればかりはどうしようもない。
それ以上にあいつに対しての怒りが冷え切らなかった為か、気にも止まらなかった。
「なぁ、セラス。マルフォイの奴が、また君と話したい事があるって、僕に言ってきたんだけど───」
「結構です。あんな奴、名前も一文字も聞きたくありません。どんな話かは知りませんが、私には話す事はありません」
「強情だよな君も。まぁ、あんな事があったんじゃ仕方ないけどさ。僕もあいつの事許すつもりないし」
「じゃあ、次会った時にそう伝えておくよ。……少しマルフォイが、不憫な気がするけど」
あれからマルフォイとは、一言たりとも話していない。
というより、私が話すのを一切拒否している。
授業中や食事の席であいつの方から話し掛けようとする事は何度もあったのだが、全て目すら合わさずに私は無視を貫いている。
痺れを切らし、魔法で呪いをぶつけてこようとした時も呪いを受け流すだけでこちらからは何もせず、ひたすらに関わらないようにしている。
直接会おうが、ハリーを通し話そうが、あいつに対する回答が、変わる事は今後一切あり得ない。
「………ねえ、セラス。私はもう、別にいいのよ?怒ってない訳じゃないけど、セラスを巻き込んでまで、怒ろうとは思わないし───」
「ハーマイオニーが怒ってるどうこうの話じゃありません。あいつとはもう関わりたくないと、私が心からそう思っているだけです。ハーマイオニーが気にする事じゃないですよ」
「ああ、そう……。セラスがそれでいいのなら……私はそれでいいけど………」
ハーマイオニーは何かを言いたげにするもそれを言わず、私達は人気のない廊下を何かを言う気にもなれず黙って歩いて行った。
しばらく歩いていると人影が見え、安堵したとばかりにハリーはその人影に話しかけていく。
「やぁ、ほとんど首無しニック。考え事かい?」
その人影の正体はというとグリフィンドールのとうに住むゴーストだったようで、ふさぎ込んでぶつぶつと何かを呟きながらニックはこちらに振り向いた。
「やあ、こんにちは。お若いポッター君。ミス・ヴィクトリアは今日も気分がすぐれないようだね」
ニックのその言葉に私は自然と顔をしかめた。
ゴーストはどうも死んでいるからこそ隠し事がないのか、毎度の如く言葉がとても直球だ。
周囲が言わないような事も好き勝手言ってくるので、こちらとしても反応に困る。
「それはそうと私の考え事でしたな。大したことではありません………。少々……私には資格がなかっただけでして………」
どうも話を聞いていくと、ニックは『首無し狩り』という自身の首を用いて競い合うスポーツクラブ(ゴーストならではのスポーツなのだろうが、クィディッチ以上にツッコミどころがあり過ぎる)に入会しようとしたのだが、一センチの筋と皮を繋がっているという理由でパトリック卿というゴーストに入会を拒否されたそうだ。
本人としても筋と皮が繋がっている事を少し気にしている為、どうにかクラブへの入会を認めさせたいところだそうだが、どうもうまくいっていないらしい。
「何か僕にも出来る事はないかな?僕にできる事なら、ある程度の事ならしてあげたいんだけど」
話を聞いているうちに少し不憫に思ったのか、ハリーはニックにそう尋ねた。
一昨日フィルチに捕まりかけたところを助けられたらしいので、その事の恩返しも兼ねての事かもしれない。
「それが、していただけることがあるのです。ハリー、そしてヴィクトリア。もし、あつかましくなければ───でも、駄目でしょう。そんな事はお嫌でしょう………」
「それは聞いてから考えますから、言うなら言うでハッキリしてください。そこで切られると先が気になります」
興奮気味になったかと思えば、突如黙り込むニックにそう言うと、少し緊張した様子でニックは私達を見る。
「実は、今度のハロウィンが私の5百回の絶命日に当たるのです。地下牢の一つを使って、パーティーを開こうと考えているんです。かの有名なハリーとあのアーカードの直弟子であるセラスに出席してもらえれば、どんなに光栄か。ミスター・ウィーズリーもミス・グレンジャーも、もちろん大歓迎です。───でも、おそらく学校のパーティーに行きたいと思われるでしょうね?」
最後の方は遠慮しがちに聞くニックの問いを聞きながらも、どうするべきかを私は迷う。
ゴーストのパーティーで出て来るであろう料理には期待できないだろうし、それを当てにするくらいならハロウィンの御馳走に期待した方が100倍夢も広がる。
そもそも、誰が死んだ日を祝うのは、仮にも生きている人間(私は違うかもしれないが)として、それはどうなのか。
ニックに少し悪いと思いながらも、私はこの提案を断る事を決める。
「私、そのパーティーに参加したい!セラスとハリーも、当然一緒に行くわよね?」
私が断ろうと口を開こうとした最中、ハーマイオニーが突然割り入ってその返答をした。
ハーマイオニーがそんな事を言った事実に驚いているうちにニックは目を輝かせ、最早断れない空気に次第となっていく。
「なんと!ハリー・ポッターとセラス・ヴィクトリアが私の絶命日パーティーに!よろしければ、私が如何に恐ろしく物凄いか、君達からパトリック卿に言って下さることは、もしかして可能でしょうか?」
「だ、大丈夫だよ」
「わ、私達の、力が及ぶ範疇なら。………それにしても圧が凄い」
「こうしてはいられません!早速招待状にこの事を書かねば!では、私はこれで失礼します!皆さん、当日は楽しみにしておいてくださいね!」
ニックはニッコリ微笑むとスキップでしそうな様子で飛び去って行き、ハーマイオニーは少し気まずそうに軽く目を逸らす。
「ゴーストのパーティーだなんて、生きているうちに招かれた人もそういないだろうから、気になって………。ハリーはあの様子だったら、多分行きそうだったし………」
「ハーマイオニーがそんな事をするなんて珍しいね。僕は最初からそうするつもりだったから別にいいけど」
「まぁ、ハーマイオニーがそんなに行きたいって言うのなら、私もいいですけど………」
「セラスの方は……元々行きたいって感じじゃなかったみたいね。無理に誘って……ごめんなさい」
「自分の死んだ日を祝うなんて、ゴーストも大概ゴーストだけどな」
こうして私達がひょんなことからニックの絶命日パーティーに行くことを約束してから、数日が経った。
ハロウィンが近づくにつれ、あの時はっきり断っておけば良かったと、私は心の奥底で後悔をした。
大広間には沢山の蝙蝠が飾り付けられていたし、ハグリットの巨大かぼちゃで作られた大きな提灯も置かれていた。
極めつけとばかりにダンブルドアが『骸骨舞踏団』を余興として呼んだと聞いたものだから、更に絶命日パーティーに行く気が失せた。
大満員の大広間のドアを素通りして地下牢に向かわなければいけない自分に対し、今この瞬間待ったを掛けたい程だ。
「約束は約束よ。絶命日パーティーに行くって、約束したんだから」
「それもう10回は聞いた。自分でも安請け合いした事を後悔してるんだろう?死ぬほど落ち込みそうじゃないか………」
いつもなら反論するところだが、今日ばかりはハーマイオニーも反論できなかったらしい。
地下牢に向かう道すがら、押し黙るしかなかった。
「な、何ですか、この音?頭が割れそう……」
「あれが音楽のつもり?」
今まで聞いた事のない不協和音に頭を痛めていると、真っ青な炎がキャンドルに灯る道の角からニックが現れた。
「親愛なる友よ。この度はよくぞおいでくださいました……」
被っていた羽飾りの帽子をさっと脱いで、ニックは悲し気に挨拶をした。
地下牢に入ってみると中には何百というゴーストで溢れかえっており、その殆ど混みあったダンス・フロアでワルツを踊っていた。
黒幕で飾られた壇上のオーケストラが、30本の鋸でワナワナ震える恐ろしい音楽を奏でる光景は圧巻だが、それ以上に寒くて仕方がない。
「とりあえず、見て回ろうか?」
あまりの寒さで足を暖めたかったのか、動きたそうにしているハリーの言葉に全員頷いた。
こんなところで立ち止まっていては凍え死んでしまうのも時間の問題だろう。
吸血鬼の私は別かもしれないが。
「んげぇ……最悪ですよ……。よりによって『嘆きのマートル』が……何でここに………」
「誰だって?」
「嘆きのマートル。三階の女子トイレに取り憑いてるの。あの子が癇癪を起してそこら中水浸しにするものだから、セラス何回も酷い目にあって………」
「それはお気の毒に……」
ホグワーツで一番の天敵と言えるマートルの登場に、ハーマイオニーの後ろに隠れて私はガタガタと震えた。
私達水を苦手とする吸血鬼にとって、そこらを水浸しに出来るマートルの存在は、常に喉元にナイフを突きつけられているとほぼ同義。
良いリアクションをするからとトイレに行く度に水をかけられかけ……何度死にそうな目にあった事か………。
「早くあっちに行きましょう。マートルが私に気づいてないうちに、早くあっちに」
「わ、わかった、わかった。じゃあ次は食べ物でも見に行こうか」
「セラスにも恐れてる相手とか、そういうのは普通にいるんだな」
「死の危険が身近にあったら、誰だってこうなるに決まってるでしょう!」
その後しばらくパーティーを見て回った私達だが、特に楽しいものは見つからなかった。
それどこかピーブスが私を見つけるや否や騒ぎ立ててマートルを呼ぼうとするものだから、ハリー達の制止を無視して私は全力で逃亡した。
地下牢が水浸しになる光景を想像しただけで……パニックを起こさずにはいられなかった。
「マートル……マートルが怖いよ………。水浸しだけは……勘弁して………」
「マートルはもう何処にもいないから、セラスリラックスして。デザートでも食べて、気分を変えよう」
「大広間にデザートが1つでも残っていればの話だけどね。まさかここまでパニックになるなんてな」
「マートル……マートル怖い………」
ハリーとロンに両肩を支えてもらいながら歩いていると、途端にハーマイオニーがくすりと私のことを笑った。
「何ですか?急に笑って。マートルを怖がる私の事が……そんなに面白いですか?」
グロッキー気味ながらも少しムッとなって私が振り返ると、ハーマイオニーは首を振る。
「ううん、そうじゃないの。セラスがそんな風に表情豊かになるの……久々に見たから嬉しくって」
ハーマイオニーのその言葉に、思わず私は自らの顔に手を当てた。
あの日から数週間、確かにここしばらくは殆ど無表情で、何をするにも感情が希薄だった気がする。
吸血鬼の本能に支配されたあの感覚から脱せていなかったかもしれない。
ハーマイオニーが私のことを無理に絶命日パーティーに誘ったのは、私のことを心配しての事だったのか。
「………前にも言いましたけど、これはハーマイオニーが怒ってるどうこうの話じゃありません。私が……あいつの事を許せないんです。どんな理由があれ……あいつは、ハーマイオニーをやってはいけないやり方で侮辱した。あいつが純血主義だろうが、マルフォイ家の人間だろうが、関係なく………。一個人として、私はあいつを軽蔑する。……それだけですよ」
「ええ、そうね。私もセラスがそう思うのを止めようとはしない。元から私はマルフォイの事は嫌いだし。……けどね、それ以上に、あいつの事であなたが悩んでいるのを……私は見たくないの。あいつがどうなるかなんて知った事じゃないけど、あなたにはその事で傷ついて欲しくない。本当は………あいつともう一度話したいんでしょう?」
ハーマイオニーのその言葉を、私は咄嗟に否定しようとした。
けれど同時にそう思っている自分が否定の言葉を喉元で押し留めた事に、私は心の中で激しく動揺した。
………今更あいつに、何の未練があるというのだろうか。
「話したい……とは思えません。けど……同じくらい、何かをほんの少し期待している自分もいます。その期待が一体何なのかは……分かりませんけど」
「そこはじっくり時間を掛けて考えたらいいんじゃない?元はといえばあいつの自業自得だし、話すにしろ話さないにしろ、どうしたいかを決めるのはあなただもの」
「そう……ですね。……ありがとうございます。ハーマイオニーにはいつも、色んな事を教えてもらってばかりですね」
「それはお互い様よ」
お互いに笑顔を作り、私達は他愛のない事を話しながら階段を登った。
しかし、玄関ホールに辿り着いた頃に異変は突如起きた。
ハリーがよれよれとして立ち止まったかと思うと、突然石の壁に耳を当てた。
どうしたのだろうと私達3人が振り返ると、ハリーは何かを探すように目を細めて、じっと辺りを見渡す。
「ハリー、一体何を?……」
「またあの声なんだ、ちょっと黙ってて──ほら!聞こえる!」
ハリーはそう言って叫ぶが、声など私達には何も聞こえてこない。
耳を澄まして試しに壁に耳を当ててみるが、水が水道管から流れる音が響いている程度で、やはり何も聞こえてこない。
何かが引っかかる音もする気がするが。
「試してみましたけど、声なんて何も聞こえやしませんよ。疲れているんじゃないですか?」
「そんなはずはない。前にも聞いたんだ。……こっちだ!こっちに移動してる!」
恐怖と興奮が入り混じった様子で走り出したハリーに、ロンとハーマイオニーは増々困惑していた。
私もどういう事か理解が出来ずに頭をハテナにするが、ハリーを一人にしてはいけないと反射的に後を追い駆ける。
「誰かを殺すつもりだ!」
そう叫ぶハリーを見てロンもハーマイオニーも同じことを思ったのか、遅れて2人もハリーの後を追った。
階段を駆け上り、角を曲がり、誰もいない廊下に出た時にハリーは足を止める。
疲れて額を汗を拭う3人の横で、念の為杖を構えて辺りを見渡していると、私はとんでもないものを見つけた。
「何ですか、これ?誰が、一体こんな事を?」
「ハリー、一体これはどういう事だい?僕には何も聞こえなかった……」
「ハリーが聞いた声も、あながち間違いじゃないかもしれません。あれを、見て下さい」
私が向こうの壁を指差すと、3人は壁にあるものにようやく気が付いた。
壁には30センチほどの文字が血のように赤いペンキでデカデカと書かれていた。
“秘密の部屋は開かれたり。継承者の敵よ、気をつけよ”
「何だろう──下にぶら下がっているのは?」
ロンの声は微かに震えていた。
床に出来ていた大きな水溜りを慎重に避けて文字に近づくと、3人はのけぞるように飛び退いた。
顔色を変えて私が松明の腕木にぶら下がっているものを下に下げて抱えると、全員が体を強張せて息を呑んだ。
そこにいたのはフィルチさんの飼い猫、ミセス・ノリスだったのだ。
板のように硬直し、目はカッと見開いている。
「ここ離れよう」
「助けてあげるべきじゃないかな………」
「僕の言う通りにして。ここにいるところを見られない方がいい」
ハリーの戸惑いながらの言葉に、ロンが珍しく正しい事を言った。
この状況ではどう考えても、犯人が私達だと決めつけられても仕方がない。
ミセス・ノリスを置いて私達はその場を去ろうとした。
しかし、既に遅かった。
遠い雷鳴のようなざわめきが聞こえたかと思うと、階段を登って何百という足音が一斉にやって来た。
パーティーが終わったらしい。
前にいた生徒が壁に描かれた文字を見つけた途端小さく悲鳴を上げ、そこから一気に恐怖が伝播した。
「継承者の敵よ、気をつけよ。これがもし本当なら穢れ………いや、マグル生まれが狙われるぞ」
周囲のざわめきの中でただ一人、最前列にいたマルフォイが私達が凝視して、そう小さく呟いた気がした。