誤って日記帳にインクを溢してしまった、ある晩のこと。
インクは紙の上一瞬光ったと思うと、まるでページに吸い込まれるように消えてしまった。
奇妙に思いながら試しに文章を書いてみるとやはり文字は消え、ページには自分が書いていない文章が突如浮かび上がってきた。
───始めまして。僕はトム・リドル。貴方は誰ですか?
どうやらこの日記は書いた文章に対して返事をするものらしい。
少しは気晴らしになるかと思いつつ、文字が消えつつあったページに返事を書いてみる。
───そうですか。それがあなたの名前ですね。
───この日記は6年生の時の僕の記憶を、ずっと長持ちする方法で記録したものです。
───もし、あなたが退屈しているのならば、良ければ私が話し相手になりましょう。
たかだか日記帳だろうと思いながら、自身の好奇心を抑えきれなかった。
話し相手を求めてのことだったのかもしれない。
少し間だけだと思いつつ日記と会話を交わしていると、気づけば朝陽が登りかけていた。
こんなに本音をさらけ出せたのは、とても久しぶりだった。
それ以来、彼は自らのありのままを話せる大切な友人となった。
「なんだ、なんだ?何事だ?」
パーティーが終わった後の騒ぎを聞きつけたのか、フィルチさんが人混みを掻き分けてやって来た。
「フィルチさん……これは、その………」
私が酷く言葉を濁していると、その後ろにいるミセス・ノリスの変わり果てた姿にフィルチさんは気づいた。
自らが可愛がっていた猫の姿にフィルチさんは恐怖のあまり手で顔を覆い、声なき悲鳴上げて後ずさりをした。
「お前だな!お前だ!お前が私の猫を殺したんだ!あの子を殺したのはお前だ!俺がお前を殺してやる!俺が………」
「違います!話を聞いて!私達が来た時には既にこうなっていたんです!話を───」
「黙れ!」
ミセス・ノリスの前に立っていた私を犯人だと思ったのか、今にも掴み掛らんとする勢いで、フィルチさんは金切り声で私に叫び詰めた。
咄嗟に声を上げて弁明するも、怒りで我を忘れているフィルチさんはその声に耳も貸さない。
「アーガス!!」
フィルチさんが私に掴み掛る直前で、ダンブルドアが他の先生を従えて現場に到着した。
素早くハリー達の脇を通り抜け、床に置かれたミセス・ノリスを優しく抱き上上げる。
「アーガス、一緒に来なさい。ミスター・ポッター、ミスター・ウィーズリー、ミス・グレンジャー、ミス・ヴィクトリア。君たちも来なさい」
「校長先生、私の部屋が一番近いです───すぐ上です───どうぞご自由に」
「ありがとう、ギルデロイ」
ロックハートの言葉に頷くとダンブルドアは速足で歩きだした。
人垣は無言のままぱっと左右に別れて私達を通した。
ダンブルドアの後を追い、私達もロックハートの部屋に向かう。
「猫を殺したのはあいつです。あいつがやったんです!ドラコ・マルフォイに暴力を振るった時点で、あいつを退学させるべきだった。いつか、やると思っていた」
ロックハートの部屋でダンブルドアがミセス・ノリスを調べる間、涙も枯れたフィルチがしゃくり声でそう言った。
気のせいか、後ろのスネイプ先生が顔を少し強張らせた気がした。
「フィルチさん、落ち着いて。冷静になって下さい。大前提として、ミセス・ノリスは死んでなんかいません」
机の脇で椅子にがっくり座り込んで、手で顔を覆い隠すフィルチさんに私はそう言った。
「死んで、ない?貴様一体、何のつもりで、そんな慰めを───」
「ヴィクトリアの言う通りじゃ。アーガス、猫は死んでおらんよ」
しゃくりあげるのを止め、何を言っているのだとフィルチさんは指の間からダンブルドアを覗き見た。
「それじゃ、どうしてこんなに──固くなって、冷たくなって?」
「石になっただけじゃ。ただし、どうしてこうなったのか、わしには答えられん………。ヴィクトリアはよく猫が石になったのだとわかったのう。猫に触れたのか?」
「床に下ろす時に。前に関わったサーカス団のメドゥーサが逃げ出した事件で、石にされた観客の様子とミセス・ノリスの様子がそっくりだったんです」
「その事件には私も関わっていましてね!街中に逃げたメドゥーサとのチェイスときたら、今思い出してもヒヤヒヤとするものでした!」
ロックハートの話については例の如く全員(ハーマイオニーを除く)が無視した。
メドゥーサが街中に逃げたのは紛う事なき事実だが、そのメドゥーサについてはウォルターさんの手によって秒も掛からず捕獲されている。
あの事件でそれ以上に大変だったのは逃げ出したメドゥーサどうこうよりも、その騒ぎで逃げ出し姿をくらましたデミガイズの捜索と捕獲の方だろう。
お陰で一年前、私はインテグラさんの銃撃で目を覚ます羽目となったのだから。
「ならばあいつだ!あいつに聞いてくれ!」
フィルチさんは椅子から立ち上がり、再び顔を真っ赤にさせて今度はハリーを睨んだ。
「違います!誓って!ミセス・ノリスには触ってすらいません!」
「2年生のハリーにメドゥーサ以上の石化のを呪いを掛けれる訳ないでしょう」
「そうじゃ。あれは最も高度な闇の魔法を持ってして初めて───」
「嘘をつくな!奴の文字を読んだでしょう!あいつは見たんだ───私の事務所で───あいつは知っているんだ。私が……『スクイブ』だという事も!!」
フィルチさんは苦し気にその言葉を吐き出した。
それと同時にフィルチさんがこれまで私達……いや、生徒全員に敵意を向けている理由が、ようやくわかった気がした。
頑なにハリーが犯人だと言い出した訳も。
「例えそれを知っていたとしても、ハリーはそんな事をする人間じゃありません。スクイブという言葉の意味だって、そもそも知らないでしょうし」
ハリーは私の言葉に何度も首を振って、自分が無関係だとダンブルドアに訴えた。
しかし、その思いとは裏腹、この場にいる多くものがハリーの事をじっと見つめた。
フィルチさんは私の言葉を嘘だとしか思っていないのだろう。
歯嚙みしてより一層ハリーの事を睨んでいる。
「校長、一言よろしいですかな?」
後ろにいたスネイプ先生がそう言って影から姿を現した。
つい先程まで強張った顔から一転して、無表情にハリーを見下ろしている。
「ポッターもその仲間も、単に間が悪くその場に居合わせただけかもしれませんな。とはいえ、一連の疑わしい状況が存在します。だいたい連中は何故三階の廊下にいたのか?何故三人はハロウィンのパーティーにいなかったのか?」
「それは私のせいです。絶命日パーティーでマートルに会ってパニックを起こしたものですから………何処にいたかも、気にする余裕がなくって」
少し嘘を混ぜつつ私がそう言い、ハリー達が絶命日パーティーと私とマートルの関係について一斉に説明を始めた。
私が吸血鬼だと知るダンブルドアは納得の様子で長い髭に触れていたが、それ以外の教師達は意外だと言いたげに私のことを見る。
先生達といい、ハリー達といい、私のことを何だと思っているのだろう。
「疑わしきは罰せずじゃよ、セブルス」
ダンブルドアはきっぱりと断言し、フィルチさんはそれに酷く憤慨した。
「罰せずですと!?私の猫が石にされたんだ!罰を当てなきゃ収まらん!」
「君の猫は治せますぞ、アーガス。スプラウト先生がマンドレイクの苗をお待ちだ。成長したら蘇生させる薬が作れるじゃろう」
「私がそれをお作りしましょう」
ロックハートが突然口を挟んだ。
「私は何百回作ったかわからないくらいですよ。『マンドレイク回復薬』なんて、眠ったって作れます」
「お伺いしますがね。この学校では、我輩が魔法薬の担当教師のはずだが」
気まずい沈黙が流れるが、スネイプ先生の言葉に私は内心同意する。
「薬が出来るまで、皆くれぐれも用心する事じゃ。ミスター・ポッター達は部屋に帰ってよろしい。……ただし、ミス・ヴィクトリア。君とはこの事について少し話したい事がある。わしの部屋に来てくれんかのう?」
ハリー達が心配そうに私の事を見つめるのに対し、大丈夫だと1度頷くと、ダンブルドアと共にその場をあとにした。
あの真剣な様子で私を呼んだ様子からして、ダンブルドアは早急にもHELLSINGに対処の要請したいのだろう。
魔法界のホグワーツで起きた事の為、協定上HELLSINGが大々的に対処する事は難しいだろうが、そこはインテグラさんに頑張ってもらうしかない。
いつものんびりしている魔法省が頼りにならない以上、
「君も大方予想している通り、明日にでもHELLSING本部にこの事を即刻伝えて欲しい。もしかすると……例のあの人も、この件に絡んでおるかもしれん」
例のあの人が絡んでいるかもというダンブルドアの一歩踏み込んだ考えに、私は内心冷や汗をかく。
例のあの人が生きていると分かってから秘密裏にHELLSINGは調査を続けているものの、ここ数ヶ月目立った進展はない。
賢者の石の時同様、自身の体を取り戻す為に暗躍しているかもと考えただけで、思わず杖を握らずにいられなかった。
改めて気持ちを引き締めるべきかもしれない。
「それと第一発見者でありHELLSING職員としての君の見解を、わしに聞かせてはくれんかの?
言葉こそいつも通り優しいものだったが、心すらも見透かせそうな目で、ダンブルドアは私の事を見つめる。
「そう…ですね。ダンブルドアの言う通り……例のあの人が絡んでいる可能性は、十分にあると思います。ただ……それにしては少し……おかしいところもある気がして………」
「おかしいところとは?」
「壁に文字をわざわざ書いた点です。例のあの人が自身の体を取り戻す為に動いているとして、自身に繋がりかねない証拠をあんなにも分かりやすく書くでしょうか?ミセス・ノリスを狙ったのも説明が付きません。人ならまだしも喋る事が出来ない猫をわざわざ襲う必要なんて、考えた限り何処にもありませんから」
ダンブルドアもそれはおかしいと思っていたのか、思案顔で何度も頷く。
「ミセス・ノリスを襲った可能性が高いのは、おそらく
「彼はそんな大層な事をする人間ではない。彼が名声通りの人物かについては、君の思う通りじゃが」
「何であの人を採用なんてしちゃったんですか?」
「『闇の魔術に対する防衛術』の授業の担任を受ける者がいなくてのう。ロックハートしか担任になろうとする者が他におらんかったのじゃ」
心底申し訳なさそうにダンブルドアは溜息を付く。
ロックハートを採用するに至るまでに、どうやらダンブルドアにも葛藤はあったらしい。
人間界、魔法界問わず、人材不足は何処も深刻だ。
「君の考えは非常に興味深いものじゃったが、それだけではあの文章を書いた犯人までは分からんのう。わしも似たような事を考えを持ちどすれど、そこまでは及ばん」
奇遇にも似たような考えでこそあったらしいが、ダンブルドアでも文字を書いた犯人までは分からないらしい。
これ以上の頭脳労働はハーマイオニーの仕事であるし、犯人捜しなど私には逆立ちしたって出来る訳がない。
あとの事はダンブルドアや他の先生(ロックハートを除く)達に任せるべきだろう。
「何はともあれご苦労じゃった。手紙に関しては重々とよろしく頼むぞ。もう部屋に戻ってよろしい」
いつもの朗らかな目に戻ると、ダンブルドアはそう優しく促した。
手紙に急いで書く内容を頭に思い浮かべながら、私はダンブルドアに背を向ける。
「そうそう。ドラコ・マルフォイとは、もう仲直りが出来たのかのう?友情とは実に尊いものじゃ。一時の感情で、くれぐれも失わんようにな」
校長室への道が閉じる直前、ダンブルドアが私にそんな事を言った気がした。
生徒を心配する校長の言葉は違うダンブルドア個人として、私のことを気遣い諭そうとした。
そんな気がした。
それから数日、学校中がミセス・ノリスが襲われた話題でもちきりだった。
いつもならハーマイオニー以外、誰も興味を持とうとしない『ホグワーツの歴史』が全て貸し出し中となっているのだから、余程の事だ。
また、とばっちりとして私にも注目が集まる事となる。
「ダンブルドア校長と話したんですよね!HELLSING職員として、この事をどう思っていますか!?また誰かが襲われるんですか!?」
なんと、コリンがあの日校長室に向かう私の姿を見たらしく、事件についてやたらめったら聞いてきたのだ。
それも話題が最高潮に達した朝食の大広間で。
しかも、大広間にいるほぼ全員に聞こえる程の、とてつもなく大きな声で。
「ハリー、ハリー。聞いて来る人達は、もうどっか行きましたか?」
「うん、大丈夫。マントから出てももう問題ないよ」
ハリーが辺りを見渡したのを確認すると、借りた透明マントを脱いで私は物陰から出た。
ここ数日、ハリー達以外に顔を合わせると皆事件について一斉に聞いて来るものだから、食事も休息もまともに取れていない。
聞いて来る人達全員をまとめて吹き飛ばす事も考えたのだが、パーシーに減点は止めてくれと泣きつかれた為、この案は泣く泣く却下となった。
それはそうと、全ての元凶であるコリンについては先日一発全力で引っ張叩いた上で、数10分程説教をかましたが。
「それにしても図書室だけは静かで本当に助かりますね……。マダム・ピンズがあと4人ぐらい……増えてくれればいいのに………」
「それは勘弁して欲しいかな」
図書室で騒がしくすることに非常に五月蠅いマダム・ピンズが5人になった光景を想像し、ハリーは困った顔で苦笑いをした。
彼女のお膝元である図書室と自室だけが、今の私にとって唯一静寂が訪れる場所であった。
授業中は流石に先生の目があるので騒ぎ立てはしないものの、常にあちこちから視線がこちらに飛んでくるものだから気の休んだ試しがない。
誰が誰に視線を向けているなど気にする暇がない程だ。
「聞いてよセラス。ロンが私のレポートを勝手に写そうとしてくるのよ」
「減るもんじゃないし、それくらいいだろ?あとたった20センチなんだ」
図書室で待ち合わせをしていた2人を迎えに行くと、ロンが明日の魔法史のレポートが終わらず、ハーマイオニーに泣きついていた。
ロンの羊筆紙の他に机にはあちこちに厚い本がずらずらと山積みにされている。
私が生徒達から逃げている間の殆どの時間をハーマイオニーは読書に費やしており、ここ数日何かを熱心に調べているようだった。
この本の山もその一環なのだろう。
ロンの手からハーマイオニーのレポートを取り上げ、羊筆氏をくるりとまとめてハーマイオニーに返す。
ハリーもハーマイオニーのレポートを見たそうな顔をしているが、こればっかりはやらなかった2人が完全に悪い。
そもそも提出までの期間は十分あっただろうに。
「ところで、ハーマイオニーはここ最近何を調べているんですか?」
「セラスには言う暇がなかったわね。『秘密の部屋』の伝説についてよ」
「危険だから関わるなって……こないだ言ったばかりでしょう。去年の一件で懲りた思っていたのに……もろ面倒事に首を突っ込んでるじゃないですか」
バツが悪そうにハーマイオニーは苦笑いをする。
事件が起きた次の日に危険だから関わらないよう真っ先に忠告したはずなのだが、どうやらその忠告は無駄に終わったらしい。
今までその忠告を守る側だったはずのハーマイオニーが真っ先に忠告を破るなど思ってもいなかったものだから、私は軽く頭を抱える。
「でも、秘密の部屋って、本当に何だろうね?ハーマイオニーの見たどの本にも書いてなかったんだろう?」
「ハリーまでって……もういいです。……確かに、歴史の長いホグワーツの伝説の一つにも関わらず、どの本にも記述がないなんてのは少しおかしい気もしますね」
もう忠告なんて無駄だろうと早々に諦めつつ、私は自身の頭を軽く捻って何かを思い出そうとする。
しかし、何も思い出す事が出来ない。
歴史関係を覚えるのが一番苦手な私がそのような事など、そもそもとして覚えている訳がない。
「こうなったら下手に調べるよりも、専門家にでも話を聞いた方が早いんじゃないですかね?丁度、明日は眠くなる事で有名な魔法史の時間ですし」
「そうね!ビンズ先生にこの事を聞いてみましょう!必ず何か知っているはずだわ!」
「あと6センチなんだけどなぁ。君が見せてくれたら、この6センチも直ぐに終わるのになぁ」
「それは自分でやって下さい」
ちゃっかり机に置かれたレポートを見ようとしていたロンから再び羊筆紙を取り上げると、ロンはぱたりと力なく机に倒れた。
事件があろうとロンはあくまで平常運転らしい。
そして次の日の魔法史の時間。
レポートを提出し終わった後の魔法史の授業というのは退屈の極みであり、多くの生徒が夢の世界へと旅立っていた。
かく言う私もその一人であり、隣にいるハーマイオニーに軽く小突かれては目を覚まし、しばらくすると再び目を閉じるという動作を繰り返していた。
ゴーストのビンズ先生は生きていた頃、高度な催眠術を習得していたに違いない。
「ミス───あー?」
「グレンジャーです。先生、『秘密の部屋』について何か教えて頂けませんか?」
ハーマイオニーのはっきりした声で、多くの生徒が夢の世界から帰還した。
秘密の部屋という単語を聞いたビンズ先生は自らの目をパチクリさせる。
「私が教えしとるのは魔法史です。事実を教えるのであり、ミス・グレンジャー、神話や伝説ではないんです。では、授業の続きを……ミス・グラント?」
授業を再開させようとするビンズ先生だったが、ハーマイオニーは一向に手を下げようとしない。
「先生、お願いです。伝説というのは、必ず事実に基づいているのではありませんか?」
「ふむ……然り、そんなふうにも言えましょう。多分。しかしながらです。あなたがおっしゃるところの伝説はといえば、これはまことに人騒がせなものであり、荒唐無稽な話とさえ言えるものであり………」
先生はハーマイオニーをまじまじと見てそう言うが、やはり一向に手を下げようとしない。
それどころか、クラス全員が興味津々で耳を傾け、先生の事を一斉に見るものだから少し困惑を示した。
魔法史の授業で全員が寝ていない光景など、生前含め一度も見た事なかったに違いない。
「あー、よろしい。さて……『秘密の部屋』とは………皆さんも知っての通り、ホグワーツは一千年以上も前、その当時の最も偉大なる四人の魔法使いと魔女達によって、創設されたのであります」
一言一言を嚙みしめるようにビンズ先生は語り始める。
「───この創設者達のうち3人は意見も合い協調していましたが1人は違いました。サラザール・スリザリンはホグワーツに入る生徒をより選別するべきだと考えたのです。魔法教育は純粋に魔法族の家系、即ち純血の者達にのみ与えるべきだと。しかしその意見に3人は反対し、中でも強く反対の意見を示していたゴドリック・グリフィンドールはスリザリンと激しく言い争いました。結果、スリザリンはホグワーツを去る事となったのであります」
ビンズ先生は一旦ここで話すのを止める。
「信頼できる歴史的資料はここまでしか語ってくれんのであります。しかし、こうした真摯な事実が『秘密の部屋』という空想の伝説により、曖昧なものになっておる。スリザリンがこの城に、他の創設者には全く知られていない、隠された部屋を作ったと言う話がある。伝説によれば、スリザリンはここを去る前に部屋を封印し、彼の真の継承者が現れる時まで何人もその部屋を開ける事が出来ないようにしたという。その継承者のみが秘密の部屋の封印を解き、その中の恐怖を放ち、それを用いてこの学校から魔法を学ぶに相応しくない物を追放するという。───勿論、全て戯言でありますが」
先生が語り終えると部屋に沈黙が満ちた。
いつもの眠気を誘う沈黙ではなく、もっと話して欲しいという落ち着かない空気が漂っていた。
ビンズ先生は微かに困惑する。
「先生。『部屋の中の恐怖』というのは、具体的に何か伝わっていますか?」
恐怖という単語から
「何かの怪物だと信じられており、スリザリンの継承者のみが、それを操る事が出来るという」
怪物、つまりは
仮にこの伝説に準じてあの事件に迫るというのならば、あの日の私とダンブルドアの仮説は間違っていなかった。
だが、それが間違っていないと言い切るのならば、それは同時に怪物を操るスリザリンの継承者いると認めるのと同じ。
あの文字を書いた人物が仮にスリザリンの継承者だとしたら、このホグワーツ内にあの事件の犯人がいるという事になる。
「言っておきましょう、そんなものは存在しない。部屋など無い、したがって怪物はおらん」
「でも、先生」
今度はシェーマスが手を上げて質問すると、ビンズ先生は不機嫌そうに彼を見る。
「もし部屋がスリザリンの継承者によって開けられるのなら、の誰も、それを見つける事なんてできない、そうでしょう?」
「ナンセンス!オッフラ君!歴代のホグワーツ校長達が、何も発見しなかっただからして───」
「でも、ビンズ先生。そこを開けるのには、闇の魔術を使わないといけないのでは───」
皆が次々に質問を投げつけていくと、みるみるうちにビンズ先生は不機嫌になった。
ここ数日、身に染みて分かった事であるが、目の前で好き勝手物事を言われることほど、人を早々に苛つかせるものは他にない。
「以上、おしまい!これは神話であります!部屋は存在しない!スリザリンが、部屋どころか、秘密の箒置き場ですら作った形跡はないのです!こんなバカバカしい作り話をお聞かせした事を悔やんでおる。よろしければ歴史に戻る事にする。実態のある、信ずるに足る、検証できる事実であるところの歴史に!」
ビンズ先生はそう言って授業を再開させ、クラス全員が夢の世界へと逆戻りした。
授業が終わり、人でごった返していた廊下を掻き分けてハリー達と合流すると、直様にロンが口を開いた。
「本当だと思う?本当に『秘密の部屋』なんてあるのかな?」
「わからないけど……ダンブルドアがミセス・ノリスを治してやれなかった。という事は、私考えたんだけど、猫を襲ったのは、もしかしたら───人じゃないかもしれないわ」
曖昧に言葉を紡ぎながら私を見るハーマイオニーに、私はプイッと反対側を向く。
優秀な頭を持っているというのも時には考えものだ。
そんな事をしていると例の文章が書かれた廊下に私達は出た。
辺りを軽く見渡すが誰もいない。
私以外の3人は顔見合わせると途端に悪い顔になる。
「駄目ですよ。前回みたく事件に関わるなんて。ハリーもハーマイオニーも鞄を放り出さない」
「ちょっと調べたって悪くないだろう?何かわかるかもしれないじゃないか」
「焼け焦げだ!あっちにも──こっちにも───」
「みんな!こっちに来てみて!何か変だわ……」
『それ見たことか』と言いたげなロンを軽く小突くと、ハーマイオニーが指差す壁の文字のすぐわきにある窓に私は近付いた。
そこでは二十匹あまりの蜘蛛がにガラスの割れ目から外に出ようと慌ただしそう這い出そうとしていた。
その直ぐ近くにはハリーの言っていた焼け焦げの黒い痕がまじまじと残っている。
「蜘蛛がこんな風に一斉に行動するなんて、聞いたことありませんよ」
「やっぱりそうよね。こんなの本でも見た事ないもの」
「ロン?どうしたんだい?気分でも悪そうにして」
「僕──蜘蛛が──好きじゃない」
ロンの割どうでもいい情報をスルーして更に周辺を調べていくと、妙な音が近くで鳴り響いている事に私は気が付いた。
少し移動して音源をさぐってみると、トイレの奥のあたりから水が漏れ出しているように聞こえた。
中に入ろうと真鍮の取っ手に手を伸ばそうとするが、その直前にこのトイレが何階にあったのかを途端に思い出す。
「3階、女子トイレ………。『嘆きのマートル』のトイレ………」
「セラス、こんなところにいたのか。急に何処かに行くからびっくりしたよ」
「そういえば床の水溜りって、確かこの辺りから来てたな。けど、女子トイレじゃ僕達は入れないか」
「中には誰もいないから大丈夫よ。ここ、マートルの居るトイレだから」
「どうりでセラスがさっきから固まってる訳だ」
ハーマイオニー揺さぶられてハッとすると、途端にガタガタ震えてハーマイオニーの後ろを直様陣取った。
中に入るにしろ、入らないにしろ、一人でマートルと鉢合わせるだなんて事は絶対に回避しなくてはならない。
そんな私に軽く溜息を付きながらハーマイオニーがドアを開けると、私達はトイレの中に入った。
久々に入ったこのトイレは相も変わらず陰鬱で、如何にもゴーストが好き好みそうな場所だった。
大きな鏡はひび割れだらけ、シミだらけで、床は湿っぽく、燭台の中で燃え尽きそうな数本の蝋燭が鈍く辺りを照らしている。
「こんにちは、マートル。お元気?」
ハーマイオニーが指を唇に当て、一番奥の小部屋の方に声を掛けると、トイレの水槽の上で顎のニキビを潰していたマートルがこちらにやって来た。
『ここは女子トイレよ。この人達女じゃないわ。それにセラスが自分から会いに来るだなんて珍しいじゃない』
「ドウモ、オ久シブリデスネ、マートル。水ヲ掛ケルノハ勘弁シテ下サイ」
胡散臭そうにハリーとロンを見ていたマートルは、声と体を震わせる私を見てあからさまに上機嫌になった。
どうもマートルにとっては私はお気に入りの存在らしい。
……好きなだけ遊び倒せる玩具という意味でだが。
『何をこそこそしているの?私の陰口を言うのはやめてちょうだい!私、確かに死んでるけど、感情はちゃんとあるのよ!』
マートルが私に構っている間、ハーマイオニーがハリーに耳打ちする姿を見て、マートルは途端に涙声になった。
「マートル、私達は、あなたの陰口を言いに来たわけじゃありません。あなたにちょっと、聞きたい事があって」
今にも泣きだしそうになっているマートルの肩を軽く叩く(冷蔵庫の中に入ったかのようにヒヤッとした)と、マートルの癇癪は少し収まった。
『私の生きてる人生って、この学校で、悲惨そのものだった。今度はみんなが、死んだ私の人生を台無しにやってくるのよ』
「死んだ後の人生なんて途方もなく長いんですから、いつか良い事もありますよ。悲惨なことだけじゃありません。それはそうと、近頃何かおかしなものは見ませんでした?ハロウィンの日に、猫が襲われて……」
マートルはふわっと宙に飛ぶと、鼻を啜りながら首を振った。
『わかんない。そんなこと、気にしてられなかったわ。あなたがパーティーから逃げた後、ピーブズはあんまりに酷いものだから、私、ここに入り込んで自殺しようと思ったの。そしたら、当然だけど、急に思い出したの。私って──私って───』
「もう死んでた」
ロンが余計な助け舟を出すとマートルは今度こそ大泣きした。
悲劇的なすすり泣きと共に空中に飛び上がると向きを変え、真っ逆さまに便器に飛び込んだものだから、辺り一面に水飛沫が上がった。
絶叫しつつも盾魔法を咄嗟に使ったため水が掛かる事がなかったが、あの量の水をまともに喰らったらと思うと冷や汗が止まらない。
軽く走って助走をつけると ロンの頭に向かって私は1発拳骨をお見舞いする。
「何するんだ!いきなり殴るだなんて!しかも助走まで付けるだなんて、本当に何考えてるんだ!?」
「五月蠅いですよ!馬鹿!アホ!頭トロール!あなたのせいでこっちは死にかけたんですから、これぐらいして当然にきまってるでしょうが!!馬鹿!!」
「だとしても何度も殴る事ないだろ!?余計なこと言って悪かったよ!!」
私とロンの言い争いが落ち着いたのを見ると、ハーマイオニーはトイレから出るよう私達を促した。
その後、女子トイレから出たところを不運にもパーシーに見られてしまったのだが、私の姿を見て他の生徒から身を隠していたのだろうと、パーシーは勝手に結論付けて私達を怒るような事はしなかった。
尤も、ロンがどうしてここにいるのだろうと逆に問い詰めたところ途端に不機嫌になり、結局2人は売り買い文句での言い争をした末、パーシーはロンに5点の減点を告げたのだが。
「兄さんはジニーの事を心配しているんじゃない!心配しているのは、主席になるチャンスを、僕が台無しにするって事なんだ!」
寮に帰る途中、パーシーがジニーの事を持ち出して怒っていた事に憤慨しているの聞いているうちに、私はジニーに相談事を持ちかけられていた事を思い出した。
入学式のドタバタから始まり、ロックハートの授業や壁の文章、他の生徒達から身を隠すなければならないなどの事情が事情が重なって事によって、そんな事を気にする暇など殆どなかった。
しょうがないと思いはするものの、少し悪いことをした気がする。
「だけど一体何者かしら?出来損ないのスクイブやマグル出身の子をホグワーツから追い出したいと願っているのは誰?」
談話室で宿題をしていた最中、ハーマイオニーが落ち着いた声でそう言った。
わざとらしそうにロンは頭を捻って見せる。
「考えてみろよ。我々の知っている人の中で、マグル出身をカスだと思っているのは誰だ?」
そう言ってロンはハーマイオニーを見た後に私の事をちらりと見た。
「それってマルフォイの事?」
「モチのロンさ!あいつ前に君に言ってたじゃないか。『穢れた血』って。しっかりしろよ。あいつの腐ったねずみ顔見ただけで、あいつだってわかりそうな───」
「ドラコがそんな事をする訳ない!やる訳ないでしょ!───確かに、警戒すべき人物の一人なのは、間違いありません。ですが、そんな大層な事をする度胸と技量があいつにあると、私には到底思えません」
表面上は冷静に徹しつつ、自身が声を荒げたという事実に私は内心困惑した。
純血思想の家庭かつ長い歴史を持つマルフォイは十分な犯人候補だというのにも関わらず、無意識のうちにマルフォイを犯人候補から外そうとしてだなんて、ロンの言う通りどうかしている。
それ以上に警戒する相手がいるかもしれないというだけで、あいつが犯人だという可能性も十分あるのだから。
「マルフォイが犯人にしろ、犯人じゃないにしろ、何かしらの方法で調べる必要はありそうね。ただし、慎重に動く必要があるけど」
「どうしてさ。あの家系は全部スリザリン出身だ。あいつもそれをいつも自慢している。スリザリンの末裔だっておかしくない。父親の方もどこからどう見ても悪人だ。何世紀も『秘密の部屋』鍵を預かっていたのかもしれない。ほぼ間違いなくあいつが犯人じゃないか」
ハリーは教科書を閉じてハーマイオニーに反論し、ロンもハリーの意見に何度も頷いた。
そんな2人をハーマイオニーは呆れた様子で見る。
「あなた達、そうやって去年の失敗を繰り返すつもり?あなた達の尻拭いをしたのは誰?あの時の犯人は結局誰?思い込みで動いて酷い目にあった事を、あなた達もう忘れた訳じゃないでしょうね」
厳しい目で詰め寄るハーマイオニーにハリーとロンは思わず口を噤ぐ。
所詮ハリーの今言った事は憶測の範疇を出ず、確信を得た情報など何処にもない。
下手に騒ぎ立てて犯人を警戒させでもしたら、それこそミイラ取りがミイラになりかねない
去年の失敗を繰り返すなど以ての外だ。
「じゃあどうやってマルフォイを調べるんだ?まさか本人に聞くって訳じゃないだろうね」
「そのまさかよ。スリザリンの談話室に入り込んで、マルフォイに正体を気付かれずに、幾つか質問するのよ」
「だけど、不可能だよ。セラスがマルフォイと仲が良いままだったらともかく、見つかりでもしたら他のスリザリン生から袋叩きにされて終わりさ」
私がマルフォイを殴ってからというもの、グリフィンドールとスリザリンの仲は最高潮に悪くなっている。
いつも私がなあなあで喧嘩を止めさせてたのをやらなくなっただけなので、ある意味元通りになったといえばそれまでだが。
「大丈夫よ。その為にポリジュース薬を用意するんだから」
「ポリジュース薬って、ハーマイオニー……あなた何個規則を破るつもりですか」
私が呆れた目でハーマイオニーを見ると、ハリーとロンは『何それ?』と首を傾げる。
「自分以外の誰かに変身できる薬よ。それを使って私達4人でスリザリンの誰かに変身するの。誰も私たちの正体を知らない……マルフォイは多分、なんでも教えてくれるわ!」
「ただし、その材料を手に入れるのが至難の技です。作る工程が書かれた本は確か禁書ですし、仮に材料が揃ったとしても工程が複雑すぎて、作るのにかなりの時間が掛かります。オススメはしません」
「けど、セラスならその当てがあるんじゃない?材料にしても、作る工程が書かれた本にしても、何か当てが」
教科書の上に置かれた手紙をハーマイオニーは指差し、ハリーとロンは目を輝かせる。
ハリーとロンの悪影響がここまで及んでいたらしい。
「HELLSING本部には確かに本もポリジュース薬の材料もありますし、手紙の書く内容次第ではそれも送ってくれる可能性は十分あるでしょう。ですが、私がそれを許すとでも?事件に首を易々首を突っ込ませる事を、私が許すと思いますか?」
「そうね。あなたがそれを許さない事ぐらいは分かってるわ。けど、自分だけじゃ犯人を捜せないって思っているのも事実でしょう?私達の話にここまで口を挟まなかった事が何よりの証拠じゃない。ダンブルドアも犯人が誰かまでは分かってないみたいね」
少し残念そうにハーマイオニーが呟いたのに対し、私は視線を遠くに逸らす。
これまで会話でここまでの事を察せられていたとは想定外だ。
「もう僕達は君を疑いはしない。君の秘密を知ったんだから、君が犯人を捜すのに僕達が協力するのは当然だろ?」
「お互い抜け駆けはあれっきり。隠し事もお互いなし。それだったら別にいいじゃないか」
ハリーとロンの言葉に私は目を閉じ、数秒程思案した。
考えて、考えて、思考を巡らし、その場は静まり返る。
しばらくして、私はようやく結論を出した。
「………いいでしょう。その代わり情報は常に共有してもらいますし、勝手な行動は絶対に無しです。この2つのどちらかでも破ろうものなら、殴ってもでもあなた達を止めます。それでいいですね?」
「よっし!これで鬼に金棒だ!怪物だってあっという間にちょちょいのちょいさ!」
「言っておきますけどハリーとロン、あなた達が放置すると碌な事をしなさそうだから仕方なくこうしているんですからね!何度も言いますけど、突っ走ったり、思い込みで行動したりするのだけは、絶対にやめて下さいよ!!フリじゃないですからね!!」
私が怒っているのにも関わらず何故かハーマイオニーは笑い、それに釣られてハリーとロンもまた笑った。
そんな3人に思わず溜息を付きつつも何処か笑みを浮かべ、私はインテグラさんに書く手紙の内容についてまた思案するのであった。