ハリー・ポッターと王立国教騎士団   作:熊田ラナムカ27

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25 False friendship

   

 

 

 今朝方のマクゴナガル先生とフリットウィック先生の会話を偶然聞き、私達は無言でトイレへと向かった。

 

 その理由は他でもない。

 

 コリン・クリービーが石になった。

 

 人間が化物(フリークス)の餌食になるという、インテグラさんの危惧していた事態が遂に起こってしまったからだ。

 

 最早一刻の猶予もない。

 

「マルフォイの奴に部屋の事を早く吐き出させなきゃ、ホグワーツはもうおしまいだ。学校中のマグル生まれが石になっちまうよ」

  

 ドラコが犯人だと決めつけるロンに一言言いたかったが、苦虫を嚙み潰したような表情をして私は押し黙る。

 

 現状、部屋を探る糸口は純潔のスリザリンの家系であるドラコただ一人であり、それ以外の手掛かりは一向に見当たりもしない。

 

 部屋の事を知る可能性が僅かにでもあるドラコを犯人候補とし、最大限警戒するのは当然の事なのだ。

 

 例え、私一人がどう思おうと。

 

「ハリー!驚かせないでよ!腕はもう大丈夫?」

 

「うん、すっかり。それより、みんなに聞いて欲しい事があるんだ」

 

 軽く腕を動かしながらトイレに入って来ると、ハリーは途端に神妙な表情になった。

 

 話というのは予想のついた通りコリンが石になったという事らしく、昨夜彼が保健室に運ばれるところを見たそうだ。

 

 それよりも気になるのはコリンが運ばれる前に、ハリーのもとを訪れたという来訪者の存在。

 

「じゃあ、あのブラッジャーは結局ドビーが操っていたんですね」

 

「それで『秘密の部屋』は以前にも開けられたことがあるって……本当にそう言ってたの?」

 

「うん。確かにドビーはそう言ってた」

 

 昨夜保健室を訪れた人物というのは屋敷しもべ妖精であるドビーだったようで、彼の名前は私の記憶にも見新しい。

 

 何せ、ハリーが家に監禁された原因を作ったのは彼であるし、頻りにハリーにホグワーツへ帰るなと言っていたとそうなので、会った事は無くとも覚えていたのだ。

 

 一先ず彼の話が本当だと信じるのなら、あのブラッジャー事件と部屋の関係はあまり考えなくていいのかもしれない。

 

「これで決まったな。ルシウス・マルフォイが学生だった時に『部屋』を開けたに違いない。それで今度は我らが親愛なるドラコに開け方を教えたんだ。間違いない」

 

 ロンがしたり顔で腕を組むが、思わず私はその言葉に呆れてしまう。

 

「あのですね……。あなたが馬鹿だという事は分かり切っていましたけど……遂に行くところまでいちゃったんですね。完全に手遅れなくらい……頭空っぽになっちゃったんですね………」

 

「誰が馬鹿だ!!だってそうだろう!?他に怪しい奴は見当たらないし、あの家系は全部スリザリン出身だ。ドラコ・マルフォイが『継承者』に決まってるじゃないか!!」

 

「前にその話はしましたよね?根拠は何処にもないって、ハーマイオニーに言われた事忘れたんですか?仮にルシウスさんが部屋を開けていたとして……その時に起きたであろう異変が記録に残っていないのはおかしいですし」 

 

 ルシウスさんとロンの父であるアーサーさんの年は近く、先にアーサーさんが卒業こそしているが在学時期も被っている。

 

 その親友であり、同じ時期に在学していた前ヘルシング家当主、アーサー・ヘルシングの在学時の記録にもそれらしきものも無かった事から、少なくともルシウスさんが部屋を開けた線というのはかなり薄いだろう。

 

 この男は根拠という言葉を知らないのだろうか………。

 

「とにかく、薬はもう殆ど出来たわ。あと1週間もすれば完成すると思う。これで部屋について何かが分かればいいんだけどね」

 

「それにしても、ドビーがそこにどんな怪物がいるか、教えてくれたらよかったのに。そんな怪物が学校の周りをうろうろしてるのに、どうして誰も気が付かなかったのか、それが知りたいよ」

 

「きっと、透明になれるのよ。でなきゃ、何かに変身してるわね──鎧とかなんかに。『カメレオンお化け』の話、読んだ事あるわ………」

  

「私の知る限り、そんな化物(フリークス)はこの世に存在しません」

 

「ハーマイオニー、君、本の読み過ぎだよ」

 

 思わず視線をお互いに合わせ、私とハリーは小さく溜息をつく。

 

 ロンの事は言わずもがなだが、ハーマイオニーのロックハートファンっぷりも相変わらずかなり大概だ。

 

 あれだけの無能っぷり見てなお信じるというのだから、その姿勢には最早尊敬の念すら抱いてしまう。

 

「早く事件を……解決しなきゃ………ですよね」

 

 HELLSING局員である自分に言い聞かせ、私は拳を固く握る。

 

 それは一途な迷いなき決意の様でありながらも、自らが目を向けたくないものから目を背けるかのよう。

 

 ドラコが犯人の訳が無いと、まるで自分自身に言い聞かせるようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

 

 

  

 

 

 コリンが襲われ石になったというニュースは、月曜の朝には学校中に広まっていた。

 

 人が遂に襲われたという事実はあちこちに疑心暗鬼を招き、一人で行動を避けるようになった。

 

 『妖精の魔法』のクラスでコリンと隣の席だったジニーは特に落ち込み、酷く暗い顔をして、授業以外の時間は殆ど自室で塞ぎ込んでしまうほどだ。

 

 生徒の興味が私からズレた為、機会を見て慰めに行く事が出来るようになった事だけは幸いだったが、果てしてそれに効果があったのかは誰にも分からない。

 

 薬が完成するまでの時間は残り4日。

 

 時間が経つのがこれほど遅いと感じたのは、これが初めてだったかもしれない。

 

「『決闘クラブ』を始めるんだって!」

 

「今夜が第一回目だ。決闘の練習なら悪くないな。近々役に立つかも………」

 

 ハリー達と玄関ホールを歩いていると、掲示板の前の人だかりからシェーマスとディーンのそんな会話が聞こえて来た。

 

 ロンはあからさまに興味津々で掲示板を読みに行き、ハリーも少し興奮した様子で人だかりに入って行く。

 

「面白そうだ!何より役立つかもしれない!」

 

「スリザリンの怪物と決闘なんか出来るかは分からないけど、気晴らしにはきっとなる。僕達も行こうか」

 

 夕食に向かう途中、ハリーとロンがそう言うと、ハーマイオニーは大乗り気で直ぐに頷き、私も少し遅れてそれに頷く。

 

 対人用の魔法程度で化物に太刀打ち出来るかは定かではないが、ハリーの言う通り気晴らしが欲しかったのは間違いない。

 

 決闘なんて中々する機会はないし、不意打ち、闇討ち、逃げるが基本の私にとって、正々堂々の勝負なんてものは何よりも新鮮だ。

 

 断る理由など何処にも無かった。

 

 その晩の8時に私達が大広間に向かうと、大広間は生徒達で溢れかえっていた。

 

 食事用の長いテーブルは取り払われ、一方の壁に沿って金色の舞台が設置されていた。

 

 何千本もの蝋燭が上を漂い、その下で各々の生徒が杖を持って興奮した面持ちで喋るものだからかなり騒がしい。

 

「静粛に!皆さん、集まって。さあ、集まって!皆さん、私がよく見えますか?私の声がよく聞こえますか?結構、結構!

ダンブルドア校長先生から、私がこの小さな決闘クラブを始めるお許しをいただきました。私自身が数えきれない程経験してきたように、自らを守る必要が生じた万一の場合に備えて、皆さんをしっかり鍛え上げる為にです。──詳しくは私の著書を読んでください」

 

 なるべく前の方に陣取って誰が来るのかを見守っていると、煌びやかな深紫のローブをたなびかせ、奥からロックハートが舞台に現れた。

 

 彼の登場に思わずハリーは呻き声を上げ、私もまた溜息を付く。

 

 こんな事を企画する教師は誰かと考えた時点で、この男が現れる事は察するべきだったのかもしれない。

 

「では、助手のスネイプ先生をご紹介しましょう!スネイプ先生がおっしゃるには、決闘についてごく僅か、ご存知らしい。訓練を始めるにあたり、短い模範演技をするのに、勇敢にも手伝ってくださるという御了承をいただきました!──さてさて、お若い皆さんにご心配をおかけしたくはありません。私が彼の手合わせをした後でも、皆さんの魔法薬の先生は、ちゃんと存在します!ご心配めさるな!」

 

 ロックハートがもったいぶった言葉でそう言うと、スネイプ先生も舞台に上がった。

 

 いつもしかめっ面のスネイプ先生であるが、今晩はより一層機嫌が悪そうであり、その背後からは化物(フリークス)を彷彿とさせるオラーが何処ともなく漂っている。

 

「あいつ、あれを見てよく笑ってられるよな。僕なら今直ぐにでも回れ右して逃げるっていうのに」

 

 ロックハートが未だ呑気に白い歯を見せて笑っているのと対照的に、スネイプ先生の顔はマンティコアをも凌ぐ勢いで険しくなっている。

 

 あの表情から察して見るに、この模範演技がただの模範演技で済まない事は、最早誰の目から見ても明らかだ。

  

「1、2、3━━━」

 

 2人は一度向き合って杖を構えると、カウントダウンの終了と同時に杖を高く振り上げた。

 

 その瞬間素早い動きでスネイプ先生は杖を振り、未だ杖を振り上げているロックハートを差し置いて呪文を唱えた。

 

エクスペリアームズ(武器よ去れ)

 

 直後赤い閃光が杖から放たれ、ロックハートは舞台から吹き飛んで壁に激突した。

 

 スリザリン生達から一斉に歓声が上がり、珍しい事に一部を除きちらほらと、他の寮の生徒達もスネイプ先生に拍手を送る。

 

 贔屓目を抜きにしてもあまりに洗練され、尚且つ無駄のない魔法だったのだから当然の事かもしれない。

 

 かく言う私もスネイプ先生の技量を素直に称賛するとともに、思わず興奮して大きな拍手をしてしまう程だ。

 

 あれほどの事を出来る人間は、HELLSING職員を全員上げていったとしてもそうはいない。

 

「先生、大丈夫かしら?」

 

「知るもんか!」

 

 ハーマイオニーが思わず爪先立ちで跳ねながら顔を覆ってそう言うが、ハリーとロンはそんなのそっちのけで口を揃えて答える。

 

 一方のロックハートはフラフラと立ち上がり、少しよろめきながら舞台の上に戻って来た。

 

「生徒にあの呪文を見せるのは素晴らしい思い付きでしたよ、先生。しかし、やる事があまりにも見え透いてましたね。止めようと思えば、簡単に───」

 

「いやいや、無理でしょどう考えても。明らかに技量の差があり過ぎますし」

 

 ロックハートのつらつらと並べる言い訳に、私はポツリと言葉を溢してしまう。

 

 普段ならこんな事絶対にしないのだが、珍しく興奮したせいで心の声が駄々洩れになっていたらしい。

 

 ロックハートは外面上笑顔を保ちつつ、その唇をピクリと動かした。

 

「まずは生徒達に有効的な呪文の防ぎ方を教えるのが賢明だ。だが、そこの蛮族曰く、あなたではその見本にはならないらしい」

 

 スネイプ先生は底意地の悪い目でロックハートにそう言うと、今度はその視線こちらに向けた。

 

 どうにも嫌な予感がする。

 

「ヴィクトリア。ならば次は君が私と決闘をしたまえ。かの有名なHELLSING職員である君のならば、何ら問題なく皆の見本になるだろう。君の言葉が口から出任せでなければの話ではあるがな」

 

 挑発的な言葉で話を区切ると、スネイプ先生は元いた場所へと戻った。

 

 冗談でも軽口のつもりで言った訳でもなく(そもそもそんな事を言うとは思えないが)、どうやら本気で私と決闘を行うつもりらしい。

 

 私も多少口が過ぎたとはいえ、あまりにも大人気がなさすぎないだろうか。

 

「……わかりました。では、私も今そちらに」

 

「セラス!やめとけって!」

 

「あんな奴の言う事なんて聞く必要ないよ!スネイプの奴ここぞという機会を狙って、君に大恥かかせるつもりだぞ!」

 

 ハリーとロンがそう言って止めるが、私はそれ等を無視する。

 

 というより、状況が状況がなので引くに引く事が出来ず、勝つにしろ負けるにしろインテグラさんに怒られるであろう未来を幻視するしかなかった。

 

 1年生の時と同様あまり目立つなと言及されていたのにも関わらず、何がどうなってこうなったのやら。

 

 今日ばかりは自分の口の軽さが物凄く憎い。

 

「杖を構えて!私が3つ数えたら決闘を始めなさい。ただし、危険な魔法を絶対に使わない事!わかりましたね?」

 

 ロックハートが何処か苦笑いの表情でそう言うと、私とスネイプ先生は互いに杖を構える。

 

 思考を割り切り、意識を切り替え、スネイプ先生の一挙手一投足に意識を集中させた。

 

 成り行きとはいえHELLSINGの名前を引き合いに出された以上、公然の面前で下手に負ける事は決して許されない。

 

「1──2──3!」 

 

 カウントダウンが終わるのと同時に、スネイプ先生と私はほぼ同じタイミングで素早く杖を振った。

 

ヴェンタス(激しい突風よ)

 

パーリエース・エートス(壁よ現れよ)!」

 

 スネイプ先生の杖先からは暴風が放たれ、私の周囲には幾つもの壁が出現。

 

 真っ直ぐ相手に向かって放たれた魔法が互いにぶつかり合って、辺りに激しい砂煙を散らした。

 

 根元から複数の壁を石片にされた事に多少驚きつつも、私は杖を直様杖を振って、()()()のようにその狙いを定める。

 

ウィンガーディアム・レヴィオーサ(浮遊せよ)トーレイス・フエーゴ(誘導し放て)!」

 

 吹き飛ばされた無数もの石片を宙に浮かべると、それ等をまとめてスネイプ先生に向かって射出。

 

 四方八方からスネイプ先生を石片で取り囲み、その周囲を黄色い砂塵で完全に覆い隠した。

 

プロテゴ・トタラム(万全な盾よ)

 

 しかし、この攻撃をあしらうかのように、スネイプ先生は顔色も変えず全方位に盾魔法を展開して防御。

 

 壁に物が激突したかのような鈍い音を立てて石片は全て消滅し、黄色い砂塵は次第に霧散していく。

  

エクスペリアームズ(武器よ去れ)

 

プロテゴ(盾よ)!」

 

 手元を狙いスネイプ先生が放った赤い閃光を、私が盾魔法の透明な障壁で防御。

 

 勢いが殺し切れず体制を崩しそうになるも、足を半ば舞台に突き刺して体制を保ち、無理矢理その場に留まる。

 

インセンディオ・デュオ(激しく燃えよ)デパルソ(大きく吹き飛べ)!」

 

グレイシアス(凍れ)ディセンド(叩きつけろ)

 

 私が杖を振って放った炎が目の前に迫るも、スネイプ先生は冷気によってそれを相殺。

 

 続けざまに放った青い閃光もまた相殺され、距離を取って隙を伺うしかなくなってしまった。

 

 相変わらずその余裕の表情が崩れる様子は一切無い。

 

 私に対しての手加減をしている事は最早明白であり、いついかなる魔法が来ても対処できるという自信が満ち溢れている。

 

 ウォルターさんや他のHELLSING職員達と同様、数々の修羅場を生き残って来た歴戦の魔法使いとしての風格が感じられるあり様だった。

 

 このままでは勝ち目は無い。

 

「そこまで!そこまで!決闘はそこまで!両者直ちに杖を降ろして下さい」

 

 こうなれば爆破魔法を使う事を本気で思案していると、不意にロックハートの声が大広間中に響いた。 

 

 決闘の最中の思わぬ水やりに思わず腹を立て、スネイプ先生にのみ注いでいた視線をロックハートに向けた。

 

 しかし、その先の言葉が出てくる事は一切ない。

 

「セラス……あなたようやく気付いたの?こう言うのはあれかもしれないけど……あなた少しやり過ぎよ」

 

 ハーマイオニーの呆れた声に同調するかのように、ひゅるりと乾いた風が大広間に吹いた。

 

 舞台の上には決闘の2次被害と呼ぶべき焦げ跡や傷痕があちこちに見られ、つい先ほどまで周りにいた生徒達の姿はそこにはない。

 

 全員が距離が置いて怖々と軽く引いた目でこちらを見ており、ハリーとロンに至っては他人のフリをして、私から目を合わせまいと必死に視線を逸らしていた。

 

 ………またしても色々とやらかしてしまったらしい。

 

「君にとっては()()()のつもりで魔法を使っただけなのかもしれないが、それはあまりにも決闘には適してはいない。そもそもとして危険な魔法を使わってはならぬと警告されていたにも関わらず、それ等を一切の躊躇いもなく使うとは、一体何を聞いていた?これでは見本になる以前の問題だな」

 

 どうもこの惨事の原因は私が決闘に慣れていない為、()()()()()()()()()()()()()で魔法を使った事による、魔法の加減を疎かしたが故に起きた事だった。

 

 吸血鬼の途方もない魔力を最大限使う戦い方をすればこうなるのも当然の事であり、終始殆ど直接的な攻撃魔法を使っていたとなれば、この惨事はどうやっても避けようがない。

 

 スネイプ先生が武装解除を目的とした魔法を主だって使い、私の魔法を相殺する事に専念しなければ、もっと酷い事になっていただろう。

 

 眉間に深い皺を刻みズカズカと正論を叩き込んでくるスネイプ先生に滝のような汗を流して何も言えず、私は長らく顔を下に向けるしかなかった。

 

 全く持って返す言葉がない…………。

 

「えー……少々過激でしたが、私のものと引けを取らない素晴らしい決闘でした!実に勇敢だったミス・ヴィクトリアに、皆さんどうか拍手を!」

 

 ロックハートの言葉に顔を見合わせると、苦笑いをしつつ生徒達はまばらに拍手をした。

 

 ロックハートのものと勝手に比較されるのは少し不覚だったが、やらかしたという罪悪感がある手前、私は黙って速足気味でその場を去った。

 

 困ったときは逃げるに限る。

 

「模範演技はこれで十分!次はそれぞれ人二人一組になって下さい!スネイプ先生、お手伝い願えますか……」

 

 その後はロックハートとスネイプ先生の裁量で幾つか組が作られ、舞台に上がっての決闘が数回ほど行われた。

 

 尤もどの決闘も順調とは言えず、ロンが折れた杖を相変わらず使っていたせいで、シェーマスが口から緑色の煙を出して倒れる事となったり、ミリセント・ブルストロードが杖を放り投げてハーマイオニーにヘッドロックを掛けようとし、その結果乱入した私によって逆に背負投げを食らうことになったりと、数件トラブルが相次ぐ事になったが。  

 

「皆さんにはまず、非友好的な術の防ぎ方からお教えする方がいいようですね」

 

 大広間の真ん中で気を取り直すように息を溢すと、ロックハートは周囲を見渡した。

 

「さて、誰か進んでモデルになる組はありますか?ロングボトムとフィンチ・フレッチリー、どうですか?」

 

「ロックハート、それはまずい」

 

 割と真剣な表情と声色でスネイプ先生は2人の指名を止める。

  

「ロングボトムは、簡単極まりない呪文でさえ惨事を引き起こす。フィンチ・フレッチリーの残骸を、マッチ箱に入れて医務室に運ぶのがオチでしょうな。何処ぞ蛮族の惨事よりかはマシかもしれないが」

  

 スネイプ先生がこちらをキツイ目で睨んでくる気配を感じ、私はそっと目を逸らす。

 

「ならばマルフォイとポッターというのはどうかね?」

 

「それは名案!」

  

 ロックハートはそう頷きつつ、ハリーとドラコに大広間の真ん中に来るよう手招きした。

 

 ドラコはそれに直ぐに頷き、ハリーも一瞬遅れつつも頷き、両者が舞台の上に上がった。

 

「杖を構えて!」

 

 ロックハートが号令を掛けると、ハリーとドラコは互いを鋭く睨んで杖を構えた。

 

「3つ数えたら呪文を掛けなさい。何度言うように、危険な魔法を絶対に使わない事!これ以上の事故はごめんですからね。では、1──2───」

 

 ロックハートがカウントを始めると、どういう訳かドラコは直ぐに杖を振った。

 

 ハリーがそれに気づいて杖を振ろうとするも時はもう既に遅い。

 

エヴァーテ・スタティム(吹き飛べ)!」

 

 ドラコが放った呪文がハリーの胴の真ん中に命中し、ハリーは大きく舞台から吹き飛んだ。

 

 幸いなことに頭こそ打っていないものの、ハリーはフライパンで殴られたかのように苦悶の表情を浮かべた。 

 

「ドラコ!ルール違反ですよ!何を考えているんですかあなたは!?」

 

「へっ、知った事か。勝てばいいのさ、勝てば」

 

 私の言葉を鼻で笑い、ドラコは何処か愉悦に満ちた表情を見せた。

 

 しかし、このまま黙ったままでいるほど、ハリーは一片たりとも大人しくはない。

 

リクタムセンプラ(笑い続けろ)!」

 

 よろよろと立ち上がってハリーが放った魔法はドラコの肩に命中し、今度はドラコが体をくの字曲げて大笑いをした。

 

 笑い転げて息もまともに出来ず、杖を握る事で精一杯な様子だった。

 

 それでもそんな息を継げぬまま、声を詰まらせつつも、どうにか膝をついてドラコは杖をハリーに向ける。

 

タラントアレグラ(踊れ)!」

 

 勝利を確信した為に反応が遅れ、魔法をもろに喰らったハリーは両足をピクピクと動かして、突如クイック・ステップを踏み出す。

 

 徐々にタップダンスへと移行して、最終的にはブレイクダンスでも踊りかねない勢いだ。

 

 ドラコが後ろで笑い転げているのも相まって、最早ツッコミが追い付きそうにない。

 

フィニート・インターカーテム(呪文よ終われ)!」

  

 そんな2人の様子を見かねたのか、スネイプ先生は杖を振って呪文を終わらせた。

 

 ハリーはステップを踏むのを止め、ドラコは笑うのを止める。

 

サーペンソーティア(ヘビよ出でよ)!」

 

 一度決闘は仕切り直しかと誰もが思っていると、落としていた杖を拾ってドラコは突如蛇を呼び出した。

 

 周りの生徒達は悲鳴を上げて後ずさりし、ハリーもまた驚愕の表情で一歩下がる。

 

 蛇は2メートルはあるんじゃないかと思うほど非常に大きく、鎌首をもたげ攻撃の体制を取っていてあまりに危険だ。

 

 このままではハリーが危ない。

 

「どうした?怖いのか?やれるものなら追い払ってみろよ!」

 

「ドラコ!自分が何をやっているのか分かっているんですか!?早く蛇を消してください!こうなったら私が───」

 

「ヴィクトリア、貴様はそこで待っていろ。またも辺りを滅茶苦茶にでもされたらたまらん。かのポッターが蛇如きどうも出来ない姿を見るというのは実に心苦しいが、止むを得まい。蛇は我輩が追い払おう」

 

 いきり立つドラコに怒り舞台に上がろうとすると、私はスネイプ先生に手で制される。

 

 悠々と身動きもできないハリーをニヤニヤと楽し気に見てはいるものの、蛇を消そうとする意志自体は本物らしい。

 

 ………それはそうと性格が悪いのは間違いなようだが。

 

「私にお任せあれ!」

 

 スネイプ先生がゆっくり蛇に近付いて杖を構えていると、横のロックハートが突然叫んで杖から閃光を放った。

 

 本人が考えていたほどこれまで見せ場が全く無かったが故の行動だろうが、あまりに余計でしかない。

 

 実際、2、3メートルほど宙に吹き飛んで床に叩きつけられたものの、蛇にダメージがある様子は殆どない。

 

 寧ろ挑発され、怒り狂い、シューシューと鳴き声を上げてハッフルパフのジャスティン・フィンチ・フレッチリーに狙いを定める始末だ。

 

 杖を振るにしても、庇うにしても、絶望的なまでに時間が足りず、距離もあまりにも離れすぎている。

 

『────手を出すな、去れ!』

 

 その刹那、その瞬間、まるで何かに操られたかのようにハリーが前に進んで声を上げた最中に、奇妙な事が起こった。

 

 あれほど興奮していた蛇が声を聞いた途端に突然大人しくなり、床にとぐろを巻いて従順にハリーを見上げたのだ。

 

 場が凍り付いたかのように静まり返り、にっこりと笑ったハリーを見て、ジャスティンは怒りと恐怖が入り混じったような表情になる。

 

 ハリーが発した人ならざる声も相まって、ハリーの顔が化物(フリークス)表情(えがお)のように見えたに違いない。

 

「いったい、何をふざけているんだ!?」

 

 きょとんとした表情のハリーが何かを言う前に、ジャスティンはくるりと背を向け、怒った様子で大広間から出て行った。

 

 大広間に冷たく静かな沈黙が降りる。 

 

 スネイプ先生が今度こそ杖を構えて呪文を唱えると、蛇はポッと黒い煙を上げて何事もなかったのように消え去っていったが、それでも場の空気は変わらない。

 

 それどころか困惑した様子のハリーを鋭く探るような視線を向けて、ひそひそと噂話を始めた。

 

「ハリー、こっちに来て。さぁ早く、ここを出よう」

 

 後ろからロンが終始困惑した様子だったハリーに囁くと、ハリーを連れて大広間の外へと出て行った。

 

 蒼白の表情のハーマイオニーもそれに続き、人目を避けるようにその場から立ち去っていく。

 

「なぁ、セラス。ハリーがパーセルマウスだって、お前知っていたのか?」

 

「蛇語が使える奴だなんて魔法界中探したってそうはいない。ホグワーツの歴史を見返したって、有名なのはサラザール・スリザリンぐらいだ」

 

「実のところハリーはスリザリンの継承者で、部屋の怪物を使ってマグル生まれを襲わせてるんじゃないのか?」

 

「ハリーの奴を早く捕まえるべきなんじゃ………」

 

 一方の私は脱げ出す暇もなく瞬く間に生徒達に囲まれ、辺り構わず次々に質問攻めに遭っていた。

 

 どの生徒も激しい恐怖に満ちた表情で、私を取り囲む人混みの中には今にも泣きだしそうな生徒もいる。

 

 もしかすると石にされたコリンの知り合いや友達なのかもしれない。

 

 自身が化物(フリークス)から人間を守れなかった事実が、改めて胸に突き刺さる。

  

「………まさかハリーが蛇語を使えるだなんて、私も思いもしていませんでした。けど、ハリーは絶対に継承者なんかじゃありませんし、人を傷つけるような人間ではありません。その事はあなた達も分かっているでしょう?」

 

 思いを飲み込み、言い聞かせるように私は訴えるが、周りの反応は芳しくない。

 

「ハリーがそんな事してるなんて……思いたくはないけど、そう言い切れるのはセラスがハリーを友達扱いしてるからでしょ?」

 

「裏で人が何してるかなんてわかったもんじゃない。セラスや俺達の前ではいい顔しているだけで、もしかすると俺達を襲う機会を伺っているのかもしれない」

 

「みんなが……みんな………あなたみたいに友達だからって……簡単に信じられる訳じゃないのよ………」

 

「パーバティにラベンダー……。それにディーンまで………」

 

 何処か迷いながらもやはり懐疑的な表情の3人の言葉に、多少差があれど他の生徒達は頷くように黙りこくる。

 

 他の寮の生徒ならまだしも、同じくグリフィンドールである3人にまでそんな事を言われるとは思わず、私は大きく衝撃を受けて表情を少し暗くした。

 

 ハリーとはルームメイトでそれなりに仲が良いのはずのディーンまでもがハリーを継承者だと疑っているという事実も、その衝撃をより大きなものにしていたに違いない。

 

「………明確な証拠がない以上、ハリーを捕まえるだなんて事は断固として私は認めませんし、やるつもりはありません」

 

「何だよ。結局はハリーが友達だからって見逃すのか?目の前に継承者がいるかもしれないっていうのに」

 

「事件を早く解決したいと思っているのは私も同じです。仮にハリーが犯人だと判明した時には、直ぐにでも身柄を取り押さえてダンブルドアに引き渡す事を誓ったっていいです。………私がHELLSING職員の一人である以上、化物(フリークス)を使って人間を傷つける犯人を捕まえる事に……何の躊躇いもありませんから」

 

 これ以上は是が非でも言わせない風貌でそう言うと、周囲の生徒達は再び何かを言いたげに黙りこくった。

 

 そんな生徒達を掻き分けて、私は大広間を出る。 

 

 この時ドラコが私の事を呼び止めたそうな視線をうっすら送っていた事には気づいたものの、その足を止める勇気は私にはない。

  

 今の私が一体どんな顔でドラコと顔を合わせれば良いのかいくら考えてみても思考がまとまらず、溢れ出てくる後ろめたさを顔に出さないようにするだけで精一杯だった。

  

 その思いはハリーに対しても言える。

 

「………何があろうと犯人は必ず捕らなければならない。どんな手段を使ってでも、それが例えどんな相手でも、必ず捕らえて、事件を終わらせなければならない」

 

 何度も自分に言い聞かせるように言葉を繰り返すが、徐々に目を背ける事が出来なっていく。

 

 気づけば、ポタポタと握りしめていた拳に涙が零れていた。

  

「けど……もしあの2人のどちらかが継承者……犯人だとしたら………?どちらかを殺してでも……事件を終わらなければならなくなったら………?」

 

 濡れる拳は僅かに震え、静かに流れ出た血と共に涙が地面に落ちていく。

 

 同時に、揺れる瞳が青から赤へと僅かに変色する。

 

「友達を疑って……信じてるって嘘を言って……一瞬とはいえ守るべき相手に殺意を覚えるなんて………。私は一体………何をしてるんだろう?どうして……ドラコの事もハリーの事も………信じる事が出来ないんだろう?私は………私は…………ッ!」

 

 慟哭の答えが返ってくる事は永遠にない。

 

 人間を化物(フリークス)から守る事も、目を背けず友達を信じる事も出来ない自分が、その友情を偽りにした自分が、悔しくて、悔しくて。

 

 その場に座り込んで泣く事しか出来ない自分が、とにかく情けなくって、何処までも不甲斐なかった。

 

 何も出来ない自分を呪ったのは、これが初めてだった。

 

 この時人知れず、人ならざる吸血鬼の本能が真の意味で芽生えたのも、今思い返すと当然の事だったのかもしれない。

 

  

 

 

  

 

 

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