決闘クラブでの出来事があった、その日の晩。
自身の机の古ぼけた日記帳を開き、その日起こった事についてを書き込み始める。
前までは週に1度書くか書かないか程度の頻度だったのだが、近頃では毎日のようにその日起こった事を日記帳に書き込み、
彼自身もその事を望んでいたし、自分自身本音を簡単に言える相手がいるというのも気楽だったから、自然な流れだったのかもしれない。
ある程度日記に文章を書いてしばらくすると、紙の上の文字は吸い込まれるように消え、いつものように返事が浮かび上がってくる。
日記を通して会話をするというのも最初こそ驚いたものだが、今では随分と慣れたものだ。
───そうですか。決闘クラブでそんな事が。しかし、驚きです。まさかハリー・ポッターが蛇語を使えるとは。
『みんながみんな、彼が継承者だと信じ込んでいる。そんな事有り得はしないっていうのに、彼が怪物を操っているのだと決めつけている。そもそも彼はグリフィンドールの人間なのに』
───人は皆恐怖すると冷静に判断をする事が出来なくなりますから、仕方がない事でしょう。それはそうと、セラス・ヴィクトリアは、やはりハリー・ポッターの事を庇いましたか?
『……彼女は誰にでも優しいから、やっぱりハリー・ポッターを庇っていた。自分が責められる事ぐらい分かっているはずなのに、迷う素振りすらなかった』
そう書き終えると一度ペンを止めて、文章を書くのをひとまずやめる。
そうでもしないと自身の感情を抑える事が、あまりにも出来そうになかった。
言葉にはできない複雑な感情が、溢れ出てくるようだった。
───そう落ち込む事はありません。あなたにも近い日にいい事があります。気を落とさないでください。
『そう言ってくれるのはありがたいけど、そうは思えない。最近妙に肩も重い気がするし、気付いたら意識を失くしている事もちらほらある。ゆっくり休んだ方がいいのかも』
───それは大変だ。ならば今日は早く寝てしまいしょう。心配はありません。体さえ休めてしまえば
その文章を見てからしばらくして、催眠術でも掛けられたかのようにフラフラと眠りついた。
何も夢も見ることもなくベットに潜り、次の日の朝を迎えた。
激しい吹雪で授業が中止になり、ジャスティス・フィンチ・フレッチリーとほとんど首無しニックが石になったと後で聞いたのも、丁度その日だった。
「………また、守る事が出来なかった。また、私は………何も出来なかった………ッ!」
用意された
奥歯を噛みしめるばかり、口からはうっすらと血が流れ出ていた。
決闘クラブでの出来事からおおよそ一晩。
昨夜から降り出した大吹雪の影響で月が完全に隠れ、学校全体が闇に覆われる
これまでの事件と同様、文字通り石のように固まったジャスティス・フィンチ・フレッチリーと、ほとんど首無しニックが発見されたのだ。
それも、今生徒達の間で最も犯人だと有力視され、スリザリンの継承者であり
『現行犯だ!だから見た事か!やっぱりあの時捕まえるべきだったんだ!』
『おやめなさい、マクミラン!』
『あの時、捕まえていれば、少なくとも2人は石になる事はなかった。全部、全部………お前のせいだ!お前が……お前が!ハリー・ポッターを捕まえていれば!!』
騒ぎを聞きつけ、遅れて駆けた先で言われたアニーの言葉が、私の胸の奥底で暴れまわる。
事実がどうあれ、犯人を捕まえると宣言した次の日にこの有様であり、アニーや他の生徒達からすれば明らかに犯人であろうをみすみす野放していたのだ。
いくら責められようと弁解のしようがない。
全ては私の力不足が引き起こした事態であり、何をしようと人が
あの日もし、ハリーがジャスティンを探しに行くのを止めていれば、これ以上ハリーが疑われる事を防げたかもしれない。
あの日もし、私が念の為校内を巡回していれば、未だ正体の見えない
あの日もし、私がハリーを躊躇する事なく、直ちに拘束していれば────
「………何を考えているんだろう………私は。もしもなんて……ある訳ないのに………。過去の事なんて……変えられる訳ないのに………。ハリーを……友達をまた……疑うだなんて…………」
またも知らずうちにハリーを疑っていた自分に嫌気がさして、手を胸に当てながらその顔を歪める。
………もうこれ以上、過ぎた事を考えるのはやめよう。
人が
今やらなければいけない事は、何としてでも犯人を見つけ、
その為には例えどんなにか細い蜘蛛の糸だったとしても手繰り寄せ、どうにかして犯人と
「………そういえば、ジャスティンの着ているローブは、どうして濡れているんでしょう?コリンの時はわかりませんけど、ミセス・ノリスを見つけた時も……確か、辺り一面水浸しだったような………」
顎に手を当て記憶を振り返り、ベッドで寝かされているジャスティンのローブを改めて確認する。
石になった2人を見つけた時はそれどころではなかった為気付かなかったが、ローブの端が丸ごと水に漬かったと思うほど濡れている。
ミセス・ノリスを見つけた時もそうだったように、床一面に水溜まりが出来るほど水が何処からか漏れていたのかもしれない。
それと同時に、ハリーが声を聞いたと言って騒いだ際、試しに壁に耳を当て音を聞いた時に、水道管らしき場所から何やら異音のような音を聞いた気がする事をふと思い出す。
「関係があるかはわかりませんけど……確かめてみるぐらいの価値は………十分にありそうですね」
そう小さく頷くと、私は保健室を後にする。
人には人の、
怒りも、悲しみも、後悔も、憎しみも、何もかもを最奥に仕舞い込んで、
ジャスティンとほとんど首無しニックが石になってから数日。
多くの生徒達が待ち望んでいたクリスマス休暇が訪れ、皆がなだれ込むようにホグワーツを去る事を決めた。
1度死んでいるはずのゴーストをも石にする
この調子だとクリスマス当日に残る生徒はごく僅かになるだろう。
「薬の方は時間を置いて、ある程度冷えたらもう完成。あとは相手の体の一部分さえ手に入れれば変身できるはずよ」
学期が終わり『爆発ゲーム』や秘密の決闘の練習(私は見学するだけだったが)をして休みを過ごしているうちに、クリスマスは明日に迫っていた。
最早恒例化しつつあるフレッドとジョージがハリーを継承者だと囃し立てるのをジニーが泣き出しそうになるタイミングで止め、談話室を抜け出し明日に備え、私とハーマイオニーは自室で話をしていた。
少し緊張した様子で、窓もとで冷やしていたポリジュース薬の入っている瓶を、ハーマイオニーはこちらに見せる。
「結局用意できたのは3人分だけで、やっぱり私の分はないんですね。まぁ、あったところで飲めはしませんし、初めから飲む気もしませんが」
肩を落とす仕草をしてみつつ、私は手のひらを上に上げる。
ポリジュース薬はあくまで人間が他の人間の姿に変身する為の薬であるため、人ならざるものが薬を飲んだ時の事などは考慮しておらず、もし仮に飲んだとしたら命の保証はない。
故に今回私は薬を飲まず、ハリーの透明マントを借りて、後を付いていく事となったのだ。
今回インテグラさんから用意された材料があくまで3人分だった事も、おそらくそれを想定してのことだったのだろう。
………それはそうと、やや仲間外れ感が少し否めないが。
「薬を飲んでセラスが体でも壊したらどうしようもないし、こればっかりは仕方ないわよ。そんなにがっかりしないで」
「いいんです、わかってますよ。どうせ私は仲間外れなんです。いつもの事です。ハーマイオニー達がクラップ達のエキスを飲むっていうのに、私だけは飲めないんですよ」
「………それって本当に羨ましいのかしら?」
「………やっぱり羨ましくはないです」
空気を和ませようとわざと棺桶に入ってふて寝のフリをし、少し考えてむくりと起き上がる。
いくら仲間外れといっても、誰かのエキスを飲む趣味など私にはないし、よくよく考えたら全く持って飲む気になれない。
それがクラップやゴイルのエキスともなったら、より尚更の事だ。
「詳しい事は明日ハリー達と一緒に話しましょう。もしあの2人が馬鹿騒ぎを今にも止めて、朝早くに起きれればの話だけど」
あまり談話室に顔を出さないパーシーが何やら演説するのを階段越しに聞きつつ、やれやれといった表情でハーマイオニーはベッドに座る。
「ならハリー達が早く起きれないようなら、プレゼントを持って行くついでに、こっそり男子寮の部屋に行ってみません?男子はこっちには来れませんけど、一応私達はあっちに行き放題ですし」
「それって規則違反じゃない」
「バレなきゃ問題ないですよ。休暇中の規則なんてあってないようなものですし、何より面白そうじゃありません?ここだけの話、2人が一体どんな反応をするか気になりますし」
ニヤニヤと楽し気に笑みを浮かべる私を見て、ハーマイオニーは呆れたように溜息をつく。
けれど、表情は少し楽し気だ。
「そうね。クリスマスくらい、偶にはいいかも」
いつもは仕事やら何やらに追われてクリスマスを楽しむどころではなかったが、ハーマイオニーの笑顔を見て、久しぶりにクリスマスを楽しみに感じた。
もし事件を無事終わらせる事が出来たら、インテグラさんに来年もクリスマスをホグワーツで過ごせるように頼んでみようと、そんな事を考えながら眠りについた。
こんなにも安らかに眠れたのは、久しぶりだった。
そして、クリスマス当日の朝。
寝過ごして楽しみを失うなんて事もなく、いつも通り私は目覚めた。
クリスマスくらいもう少し寝ても良かったのではと思うのだが、いつもの感覚が抜け切らず体が勝手に起きてしまったらしい。
早く起きすぎるというのも少し考えものだ。
「メリークリスマス、セラス。それとおはよう」
「メリークリスマス、ハーマイオニー。どうもおはようございます」
服を着替えていると奥のベットでハーマイオニーが目覚め、眠たい目を擦りつつこちらに声を掛けた。
私の方も十分大概だが、ハーマイオニーの方も大概だったらしく、昨晩窓際で冷やして置いた薬が完成したかが気になって、早々に起きてしまったらしい。
尤も、早朝という事もあって頭が回っておらず、あちこち髪がぼさぼさで、私に指摘されるまでそれを放置するほど。
自身の寝癖に気づいた途端顔を真っ赤にし、どうして早く教えてくれなかったのかと、少し恨みがましそうにしていた。
「ハリー、ロン、おはようございます!」
「起きなさい!もう朝の時間よ!」
身だしなみを整え、プレゼントを持って男子寮にこっそり向かうと、階段を登ってハリーとロンの名前がドアに書かれた部屋に入り、大声を出して2人の体を揺さぶった。
突然体を揺さぶられ、大声を掛けられた2人は大慌てで飛び起き、何事かと辺りをキョロキョロと見渡した後に、私達の姿を見つけて目を丸くした。
それでこそ、わざわざ早起きをした甲斐があったというものである。
「君達、男子寮には来ちゃいけないはずだよ」
ロンは眩しそうに目を覆って、軽く咎めるようにそう言った。
「細かい事は気にしない!気にしない!はいどうぞ、メリークリスマス!」
「え?プレゼント?……わぁ、やったー!ありがとう、セラス!」
「はいこれ、私からも。それとハリーにもメリークリスマス」
「あっ、勿論私からも。メリークリスマス!」
プレゼントを受け取った途端、ロンは目の色を変えて2つのプレゼントを眺め、ハリーも大喜びでそれを受け取る。
つい先ほどドッキリを仕掛けられたばかりだというのに、何とも現金だと2人で呆れる半面、上手く誤魔化せたと心の中でクスリと笑った。
ハーマイオニーがこんな風に笑うとは少し意外だったが、思いのほかハーマイオニーも楽しんでいたらしい。
「セラスにはもう話したけど薬が完成したわ。あとは相手の一部分を入れるだけ」
「本当?」
「絶対よ───やるのなら、今夜ね」
つい先ほどまでの表情とは一転、真剣な表情でハーマイオニーが言うと、不敵な笑みを浮かべてハリーはこくりと頷いた。
ロンも緊張した面持ちでハーマイオニーの顔を見ており、部屋にはピリリとした空気が流れていく。
「前から話していた通り、生憎私は薬を飲む事は出来ませんが、ハリーの透明マントを借りて後ろから3人の後を付いていくつもりです。表立って動けないにしろ、ある程度の面倒事はこっちで対処しますから、あなた達はドラコから話を聞き出す事に集中して下さい」
「そりゃあ別に構いはしないけど、それにしたって君、少し笑顔過ぎやしないかい?薬が飲めない事、寧ろラッキーぐらいに思ってるだろ」
ロンの質問に私はそっぽを向き、口笛を吹いて聞かなかった事にした。
昨日も考えた通り仲間外れ感がやはり少し否めない為、一応は残念だと思っているから嘘は言っていない。
「それで2人には今日の夜までに、クラッブとゴイルの髪の毛を取って来て欲しいの。マルフォイの腰巾着だからあの2人には何だって話すだろうし、取り調べを最中に本物が乱入するなんてこと絶対に無いようにしなきゃ」
「けど、一体どうやって?」
首を傾げるハリーを見て、すかさずハーマイオニーは何処からかチョコレートケーキを取り出した。
「簡単な眠り薬を仕込んでおいたわ。簡単だけど、強力なのをね。これをクラップとゴイルがこれを見つけるようにさえしておけば、きっとあの2人は食べるに決まってる。眠りさえしたら髪の毛を2、3本引っこ抜いて、箒用の物置にでも隠しておきなさい。それでどうにかなるはずよ」
これまでと違っていきなりの画散な計画に、ハリーとロンは思わず顔を見合わせる。
正直私としてもこんな計画で上手くいくとは断言できないが、それ以上にクラップとゴイルの頭がトロールよりも悪い疑惑が浮上しているので、何というかこんなのでも成功する気はする。
明らさまから様に怪しいものなど
もしもの時は物理的に気絶させれば済む事だろう。
「でも、君のは?君は誰の髪の毛を抜くつもり?」
「それならもう手に入れたわ。ミリセント・ブルストロードの髪の毛。決闘クラブでセラスが彼女を投げ飛ばす前に、彼女私に掴み掛ったでしょ?その時にローブに付いていた毛を拝借したの。彼女クリスマスで帰ってるから会う事もないだろうし」
「ああ、あの後セラスと妙に仲良くなってた奴か」
決闘クラブにて彼女がハーマイオニーに掴み掛った際、私は彼女を投げ飛ばして一時的とはいえ行動不能するという、本来嫌われても仕方のない事をしたのだが、寧ろ彼女側としてはそれを肯定的に捉えたらしい。
試しに話してみると、スリザリンにしては珍しい竹を割ったような性格の持ち主で、スリザリンとグリフィンドールの違いがあれど実力がある相手は素直に認めるとの事だったので、そこそこ話が合ったのだ。
尤も、あの後色々あったせいで話す機会に恵まれず、それ以降の交流はクリスマス休暇で彼女が家に帰る際に、軽く挨拶を交わす程度だったが。
「ともあれ、これである程度の事は話し終えましたし、後は夜まで全員自由にしましょう。物事力を入れ過ぎても、全部が全部、上手くいく訳じゃありませんし」
「それもそうね。せっかく貰ったプレゼントを開けないのもあれだし、早速で開けてみましょう。今年は随分と沢山あるから、何が入ってるか楽しみだもの!」
そんな話をしてから1度私とハーマイオニーはこっそりと部屋に戻り、送られたプレゼントを開けつつ話をしているうちに、クリスマスディナーの時間を迎えた。
大広間は霜に輝くクリスマスツリーが何本も並び、天井には柊やヤドリギの小枝が縫うように飾られ、そこからは暖かく乾いた魔法の雪が降り注ぐ。
豪華絢爛なのは飾りもそうだが、料理の方もかなりのものであり、定番たるケーキや七面鳥の丸焼きもそうだが、中々お目にかかる事が出来ないドラゴンの肉を使ったローストビーフならぬ、ローストドラゴンまで取り揃えており、どれも私の食欲を大いに満たしてくれた。
初めてのホグワーツのクリスマスながら、今夜のディナーはそう忘れることはできないだろう。
「セラス、そろそろ時間よ。2人はクラップとゴイルを追い駆けて行ったことだし、私達も行きましょう。透明マントは預かっているのよね?」
「はい、ここに。ついさっきハリーから受け取りました」
膝元に置いていたマントを見せると、ハーマイオニーはそれを見て満足気に頷く。
大広間を出て3階の女子トイレに行くと、ハーマイオニーは瓶に入れていた薬を大鍋に入れて加熱し、たちまちにして鍋からは黒い煙が上がった。
ゴポゴポと薬は泡立って水飴状になり、何とも言えない刺激臭を醸しながら3つのタンブラーに入れられた。
あちこちシミだらけになった『最も強力な魔法薬』の本のイラストを見るに、あとは髪の毛を入れれば完成らしい。
………この時点で全く飲む気になれない見た目をしているが。
「うわぁ、凄いなこりゃ。煙が凄くてなんも見えやしない」
「ハリー、ロン。取ってきたの?」
「うん、ばっちり。とれたてほやほやのクラッブとゴイルの髪さ」
「あいつ等思ってた以上の間抜けでさ。あっさり上手くいったから拍子抜けだったよ。トロールの方がまだ賢いんじゃないか?」
そうこうしているとトイレの入り口の扉が開き、ハリーとロンが煙を払いながら中に入ってきた。
手には数本の髪の毛がそれぞれ握られている。
「きっかり1時間で元の姿に戻るわ。時間には注意して。それじゃあ2人とも、髪の毛を中に入れて」
事前に用意していたダボダボのスリザリンのローブを2人に渡し、自身もまた着替えを済ませると、ハーマイオニーは着替え終わったハリーとロンにタンブラーを渡して、髪の毛を入れるよう促した。
ハーマイオニーが先に髪の毛を入れるのを見て、2人も恐る恐る髪の毛を入れると薬はシューシューと音を立てて色を変え、ハーマイオニーのものは黄色に、ロンのものはカーキ色、そしてハリーのものは暗褐色へと変化した。
………つくづく飲む事にならなくて良かったと思う。
「うぇー……クラップのエキスだ。本当にこれを飲むのかよ」
「じゃあ、みんな………乾杯」
3人は嫌々ながらタンブラーをチンッと鳴らし、それはそれは不味そうに薬を飲んだ。
やはり味の方は壊滅的だったらしい。
「何だか僕……もう吐きそう」
ロンが心底気持ち悪そうに言ったのを皮切りに、3人は個室へと駆け出してその扉を閉めた。
しばらくの間、個室からは呻き声や壁を叩く音が響き渡って3人は声も出せず、私がいくら声を掛けても返事が返ってこないことが続いた。
そしてそんな音も声も突如として一斉に止んで、トイレ一帯は静寂に包まれる。
「3人とも……大丈夫ですか?体の方は、問題ありませんか?」
「うん、大丈夫。少し驚いたけど、大丈夫みたいだ。ロン、君の方は大丈夫かい?」
「あ、あぁ、大丈夫。今、ここから出るよ」
返事として返ってきたのはゴイルの低いしゃがれ声と、クラップの唸るような低音であり、ハリーとロンの声とは似ても似つかない声だった。
思わずギョッとなって後ずさりしていると、個室からはゴイル(ハリー)とクラップ(ロン)が続々と現れ、鏡に映る自分の姿や相手の姿に驚きつつ、自身の頬や鼻を突いてその変化を確かめ始めた。
あまりの変化に驚いたものの、どうやら中身は間違いなくハリーとロンらしい。
冷静になって中身を考えてみると、中々にシュールな光景である。
「驚いたなぁ。こんなにそっくり変わるだなんて。セラス、僕のこと、クラップに見えるかい?」
「はい、勿論。というかそのままです。もう少し何も考えてないような顔をしたら、本人よりそれっぽいかもしれません」
笑いを堪えて冗談半分でそう言うと、途端にボケーッとした顔になってロンはクラップの真似をする。
「ところでハーマイオニーは?いくら何でも、彼女遅すぎやしないかい?」
ハリーがそう言って個室のドアを叩くも、ハーマイオニーは一向に出てくる様子はない。
「私───行けそうにないわ!3人だけで行って!時間が無くなっちゃう!」
扉が開ける代わりとばかり甲高い声が響き、焦ったような口調でそう言った。
何かトラブルがあったらしい。
「ハーマイオニー、体の方は大丈夫なんですね?薬の方に何か問題が?」
「セラス、セラス────髪の毛、髪の毛よ。薬の方に問題はなかったけど、髪の毛の方に問題があったみたい。ポリジュース薬に人ならざるものの毛を使ったらどうなるか───あなたは知ってるでしょう?」
ハーマイオニーの言葉を聞いて、納得の表情で頭を押さえる。
もし考えている通りにハーマイオニーがなっているのなら、個室から出てこないのも当然の帰結だ。
ハーマイオニーがミリセントのものを使うと言った時点で、私もまたその毛を一度確認するべきだったのかもしれない。
最早あとの祭りだが。
「ハーマイオニーは一先ずここにおいて、私達は早く行きましょう。道の方は私が指示します。それでいいですね?」
理由が分かっていない2人に是非も言わせず、私達は外に出てスリザリンの寮に向かった。
寮の場所は前にドラコから聞いていたため道に迷う事もなく、私達は順調に入り口の前に来ることができた。
けれど、寮に入るための合言葉が一向に分からない。
「おい、どうするんだよ。ここまでやったていうのに、ここで手詰まり?そんなの冗談じゃない」
「私もそれは同感です。他のスリザリン生を待ってもいいですか時間もありませんし、ここは少し荒っぽいやり方をする事にします。2人は扉から離れてください」
「まさか、爆破する訳じゃないよね?」
つくづく私を何だと思っているのだろうと思いつつ、透明マントを被った私は入り口である壁を思いっきり蹴りつけ、続けざまに同様の場所を何度も何度も叩く事によって壁を揺らした。
姿見えない私の謎の行動にハリーとロンが困惑するも、次の瞬間壁に隠されていた石の扉がするすると開き、明から様に不機嫌そうなドラコが中から出て来た。
前にドラコから寮の場所を聞いた際に、同時にクラップとゴイルが合言葉を忘れて寮の入口である壁を叩くものだから迷惑しているという話を聞いたので、試しにやってみたところ上手くいったらしい。
これで上手くいくのも正直どうかとは思うが。
「クラップ、ゴイル。またお前達合言葉を忘れたのか。こうやって壁を叩き続けるお前達に僕がわざわざ扉を開くのも、これで一体何回目だと思ってる?」
強い口調で言うドラコに2人は退くも、しばらく経ってどうにか気を取り直したのか、つい先ほどのボケーッとした顔でロンは応える。
「仕方ないだろ、忘れたんだから。大広間でケーキを山ほど食べているうちに、忘れちゃったんだ」
「僕達ってその、頭良くないから」
大分苦しい言い訳だったが、ドラコは何も追及しなかった。
というより、そこまで興味がなかったらしい。
「そんなのとっくの昔から分かり切っている。僕としてはウスノロなお前達が理由を覚えてるだけ驚きだね。さぁ、さっさと中に入れ。これ以上お前達の馬鹿な理由を聞いていられるほど、僕はそう暇じゃないんだ」
何処か苛ついた様子で告げると、ドラコは踵を返して寮へと戻って行った。
ハリーとロンもそれに続いて入って行き、一呼吸遅れて私もまた忍び足でそれに続く。
スリザリンの談話室は細長い天井の地下室で、天井から丸い緑がかったランプが吊らされ、それが部屋一帯を鈍く照らしていた。
前方の暖炉の前には幾つか彫刻入りの椅子が置かれ、その一つにドラコはどかりと座って椅子を2つこちらに差し出した。
椅子に重心を全て預けているドラコの顔は少しやつれ、疲れが目に見えており、前見た時よりも気のせいか表情に覇気がないような気がした。
ハリーもロンもドラコの有様に困惑して話を切り出す事が出来ない。
「……ああ、そうだ。今朝、父上が僕に新聞を送ってきたばかりなんだ。………見るか?」
共通の話題も出せず場が冷え切っていると、その沈黙は唐突に破られた。
ハリーとロンもこれ見よがしに頷いて、差し出された新聞の切り抜きを受け取った。
けれど、その内容は2人にとってあまり気分が良いものでなかったらしい。
何せ新聞には件の事件でアーサーさんが尋問に呼ばれ、その結果魔法省からは50ガリオンの罰金。
HELLSINGからは保有するマグル関連物品の一部破棄を命じられたことが、ルシウスさんによる煽りも交えてつらつらと書かれていたのだから。
「どうだ?面白いだろう?ウィーズリーの馬鹿1人がした尻拭いを両親揃ってやらされているんだ。実に下らないと報道だと思うが、何てざまぁない。───クラップ、どうかしたか?体をそんな急に曲げて。あまりにおかし過ぎて、腹でも痛めたか?」
「あ、ああ、そうだ。本当に面白い。ビックリするくらい、凄く面白い」
そう言いつつ1秒前まで椅子から立ち上がりそうだったロンはこっそり頭を抱え、構えていた右手を私は後ろにしまう。
恨みがましそうに私がいるであろう虚空をロンは睨みつけているが、こんな事でせっかくのチャンスを不意にしたなど堪ったものではないし、そもそもこの男がしでかした事による結果なので知った事ではない。
2人に言う必要はないが、HELLSINGが命じたマグル関連物品の一部破棄も、アーサーさん自身が作った法の抜け道を使って半ば違法に手に入れたものを回収しただけなので、今回に関しては親子揃っても笑われても仕方ない、完全に自業自得なのでどうしようもないのである。
罰を下したインテグラさんも、これには大呆れしていた。
「それにしても『日刊預言者新聞』が、これまでの事件をまだ報道してないとは驚きだ。きっとダンブルドアが口止めしているに違いない。父上はいつもおしゃっている。ダンブルドアがいる事が、この学校を最悪にしているって───」
「それは違う!」
ドラコが悠々と語っていると、今度はハリーが抑えきれなくなって大声で叫ぶ。
ハリーとしてもそれは理解しているようで、私がいるであろう虚空をひたすらに見つめ、どうすればいいと聞かんとばかりに視線送っている。
私に出来ることなど何もないが。
「何だ?ダンブルドアよりもっと悪い奴がいるっていうのか?じゃあ一体それは誰だ?」
蛇に睨まれた蛙ように、ハリーは黙りこくる。
考えて、考えて、考えた先の末、一人の名前を絞り出す。
「ハリー・ポッター」
どうにか導き出した答えに、ロンはしきりに頷いて、私もまた胸を撫で下ろす。
切羽詰まって出した結論であるものの、ハリーが出した結論に、ドラコは驚くほど満足そうだった。
「なるほどな。良い事言うじゃないか。あのハリー・ポッターめ。みんなスリザリンの『継承者』だと思って注目してる。そもそもあいつはスリザリンじゃないっていうのに、どうしてそう信じ込めるんだ!みんな馬鹿ばっかだ!」
「誰が糸を引いてるか、君を知ってるんだろう?」
「何度も言わせるな。そんなの知らない。知っていたところで僕には関係のない事だ」
ハリーの質問にドラコは増々疲れたような顔になり、落ち着かない様子で椅子から立ち上がる。
「父上の話では『秘密の部屋』が開かれたのは50年前で、開けた者の名は言えないが追放されたらしい。前に部屋が開かれたときは、マグル生まれが1人殺された。だから今回もマグル生まれが死ぬ事になるだろうと父上は睨んでいる。………僕としてはそうは思えないけど」
「それはどうして?」
「決まっている。この学校にはセラス・ヴィクトリアがいるからだ。彼女は間違いなくダンブルドアよりも事件が深刻であると考えているはずだし、HELLSING職員で怪物退治のスペシャリストだ。どんな奴が事件を起こしたなんて知った事じゃないが、彼女とHELLSINGに睨まれた以上、遅かれ早かれそいつは終わりだ。……その彼女にウィーズリーにグレンジャーに加え、あのハリー・ポッターまでもが引っ付いている事に関しては、実に目障りだが」
確信めいた口調で語るドラコに2人は呆気を取られ、私の顔は少し赤くなる。
近頃ずっと話す機会に恵まれていなかったというのに、そんな事を思ってくれていただなんて予想外もいいところ。
けれど、その話しぶりからドラコが継承者ではない事は明らかであり、寧ろ犯人が捕まえることさえ願っている。
これでドラコは完全に犯人候補の線から消えたといっても過言ではない。
「随分と話し過ぎた。お前達のどうだっていい興味はそれでお終いか?僕はそろそろ部屋に戻るぞ」
「ああ、うん………わかった。気分でも優れないのか?」
「ここ最近妙に疲れが溜まっていてね。父上もそんな僕を心配して、今年は無理に家に帰らなくていいと言う始末さ。そんな心配する事でもないといういうのに」
「へぇー、そっか。それはお大事に」
ロンが適当に言葉を掛けると、ドラコは階段を降りて自身の部屋に行ってしまった。
そして談話室の時計の長針ももう間もなく12時を差し、薬が効果切れる時間ももう直ぐだった。
「ハリー、ロン、そろそろ時間です。ドラコの話も聞けましたし、ここらで退散しましょう」
私がそう言うと2人は立ち上がり、医務室に行くと言いながら寮を出てそのまま廊下を走った。
走っている最中薬の効果は少しずつ消えていき、ハリーの額の傷が少しずつ表れ、ロンの髪が元の赤毛へと変わっていき、トイレに帰ってくる頃には2人の姿は完全に元に戻っていた。
私もまた被っていた透明マントをようやく脱ぐ。
「まったく時間を無駄にしたよ!まさかマルフォイが『継承者』じゃなかったなんて!」
「まったく有意義な時間でしたよ、ドラコが犯人でないっていう、核心的な証拠が手に入れられるなんて。犯人が誰か分からずじまいなのは残念ですが、今回の事は間違いなく大きな収穫です。やった甲斐があったというものですよ」
「それは君にとってだけだろ!?何より『秘密の部屋』の手掛かりはもうないっていうのに、緊迫感が無さ過ぎやしないかい!?これからどうするんだよ!」
「ロン、一先ず落ち着いて。ハーマイオニー、出て来いよ。君に話すことが山ほどあるんだ」
言い合いをしつつもハーマイオニーが入ってる小部屋に行くが、その返事は帰ってくる事はない。
そこで私はハッとなってハーマイオニーの状態を思い出し、ここに戻ってきた事を少し後悔した。
「………ハリー、ロン、帰りましょう。ハーマイオニーは、何というか、その………人と顔を合わせる気分じゃ、ないみたいですし」
「何だよ。そう言ってついさっきも誤魔化してたじゃないか。ハーマイオニーは今どうなっているんだい?」
「そもそも元に戻ったはずだろ?」
「だから、その……察して欲しいというか………───」
『オォォォォォー。それは見てのお楽しみ。酷いから!』
「あっ!ちょっ!マートル、ストップ!!いい子だから、閂に取り付くのは止め───」
どうにか誤魔化そうと私があたふたしていると、後ろから忍び寄っていたマートルが閂に取り付いて扉を開けてしまった。
開く扉の後ろでロンが『ミリセントの鼻でもまだくっついてるんじゃないか』と口にするが、ハーマイオニーの今の姿はそれどころではない。
何せ顔が全体が黒い毛で覆われて、髪の毛の中から三角耳が突き出し、尻尾まで生えてしまっているという、猫と人間の中間の姿になってしまっており、猫特有の瞳孔が縦に伸びた黄色い瞳をピクピクさせていた。
………正直に言うと少し、いや………かなり可愛いい。
「ポリジュース薬はあくまで人間が他の人間の姿に変身する為の薬。だから人ならざるものに変身しようとすると完全に変身しきれなくって、こんな風に中途半端な姿になっちゃうの!ミリセントのローブに付いていたのは、猫の毛だったのよ!」
「う、ぁ。それは、うん、ビックリ」
開いた口が塞がらないロンをよそに、ハーマイオニーはとにかく恥ずかしそうな様子で顔に手を当てた。
尻尾は無意識上で勝手に動いているらしく、本人の感情を表すかのように逆立って、ピンとなって上に伸びている。
………そんなところもまた可愛らしい。
「大丈夫だよ、ハーマイオニー。医務室に連れて行ってあげる。マダム・ポンプリーはうるさく追及しない人だから、大丈夫だよ」
「そうですよ。何も問題ありません。あと、今最高に可愛いいですから、一回だけでいいので、少し撫でてもいいですかね?出来ればその、肉球があるかも見せて欲しくって、それと、尻尾の方がどうなってるかも気になっているので、触っても───」
「何よ!2人とも他人事だと思って!触らせるわけないじゃない!こんな姿じゃ外も出歩けないし、杖だってまともに持てない!もう直ぐクリマス休暇が終わって、新学期が始まるっていうのに………一体どうすればいいのよ!?これじゃあ授業が受けられないじゃない!!」
「心配するところ……そこなんだ」
「………うん。やっぱり、すっごく可愛いい」
その後はトイレから出ようとしないハーマイオニーを引っ張り出すので時間を使い、マートルにゲラゲラと笑われながら医務室に辿り着く頃には0時を回っていた。
マダム・ポンフリーはハーマイオニーの姿を見て驚いてものの、暴れるハーマイオニーに猫パンチされる私を見るや否や、またかという顔して入院の準備を始めた。
なお備考として、引っ張り出す際に顔を思いっきり引っ掻かれたものの、どうにか痛みに耐えて頭を撫でられた事を記述しておく。
………とても触り心地が良かった。