ハリー・ポッターと王立国教騎士団   作:熊田ラナムカ27

29 / 33
29 More important than being recognized

 

 

 

 

 私達が全ての元凶がバジリスクだと理解して数時間後、ハリー達は墜落したはずのフォードアングリアに乗って森から帰ってきた。

 

 ハグリットの言葉の従ってホグワーツから逃げる蜘蛛の後を追ったところ、森の奥底でアクロマンチュアと遭遇したらしい。

 

 そしてその遭遇したアクロマンチュア、アラゴグこそが、50年前ハグリットがホグワーツから逃がした怪物なのだという。

 

「ハグリットは『秘密の部屋』を開けてはいない。無実だったんだ。そして怪物の正体もやっぱりアラゴグじゃなかった」

 

「だとしてもハグリットは独房行きが妥当さ!蜘蛛の後を追い駆けろだなんて……許さないぞ。僕達……生きているのが不思議だよ………」

 

 急停車したフォードアングリアから転げ落ちるように出て来たロンは、カボチャ畑で内容物を吐き出しながらぐったりとした様子で言った。

 

 ハグリットが友達だと思っている、アラゴグことアクロマンチュアは危険度XXXXX級に分類される非常に危険な魔法生物であり、一度に大量の卵を産むという厄介な生態を持つ上に極めて肉食だ。

 

 当然、飼う事も卵から還す事も法律で原則禁止されており、判決を下すとしたらロンの言う通りどちらにしろ独房行きが妥当だろう。

  

 私達も私達で部屋の怪物の正体が分かったからとはいえ、そんなものが跋扈する森に2人だけ向かわせるというのは、今更ながらどうかしていたと思う。

 

「森にいる大量のアクロマンチュアとハグリットをどうするかは後で考えるとして……ハグリットの無実と怪物の正体については、とにかく今回の事ではっきりしましたね」

 

「バジリスク……蛇の王。こいつが……ジニーを石に………」

 

 ハーマイオニーがメモした本の内容を前に、ロンは憤りを隠す事が出来ない。

 

 私もこれまでの事件の元凶に憤りを覚えている自覚はあるが、それ以上に強い憤りを覚えているはきっとロンに違いない。

 

 その証拠に今にもメモを破り捨てそうな様子で、ロンの手はプルプルと小刻みに震えていた。

 

「僕が前に聞いたあの声は……こいつのものだったんだと思う。事件がある度にあの声を聞いていたんだ。きっと間違いない」

 

「セラスと前に話してたんだけど、バジリスクはホグワーツ全体にはぐり巡っている水道管を辿って、そこから現れて標的を襲っているだと思う。ハリーが今まで事件の現場を最初見つけてこられたのは、水道管を辿って現場から去ろうとするバジリスクの声を聞いたからだったのね」

 

 ミセス・ノリスが襲われた最初の事件で、ハリーが聞いたという声を聞こうと壁に耳を当てたところ、あの日私は水道管からの異音を聞いた。

 

 今思えばあの異音は、バジリスクが水道管を這っていた音だったのだろう。 

 

 通りでハリーが犯人扱いされた訳だと、ロンは皮肉る。

 

「鶏小屋の鶏が全部殺されたのは、雄鶏の声が弱点だから。蜘蛛が一斉に逃げ出したのは彼等にとって、バジリスクが天敵だから。あの本に書いてある事に全て一致するわ。バジリスクの魔眼によって本来死んでいるはずなのに、襲われた全員が石になったのは………多分直接眼を見なかったからね。ミセス・ノリスはトイレから溢れた水を通して、コリンはカメラを通して、ジャスティンは『ほとんど首無しニック』を通して。ジニーとペネロピーは………そうね。控室の鏡。荒された控室に散らばっていた鏡の破片を通してその眼を見た」

 

「『ほとんど首無しニック』は?」

 

「ゴーストだからよ。一度死に魂そのものが蘇った存在は死に近い状態する事が出来ても、もう一度完全に殺す事は出来ない。だから彼は直接眼を見たはずなのに石になっただけだった」 

 

 つまりはニックを除いて被害者達が石になったのみで死に至らなかったのは、全て運が良かっただけなのだと理解して私は戦慄する。

 

 頭では一応は理解していたものの、こうもはっきり言葉にすると恐ろしくて堪らない。

 

 直ぐにでもインテグラさんに応援を頼みたいが、今ホグワーツにはダンブルドアが不在な上、ファッジさんのあの様子では即急のHELLSINGの派遣は許してはくれないだろう。

 

 ………ならば、事態を収束させる為に残された手段はたった一つ。

 

 奴を……この手でどうにか倒すしかない。

 

 けれど、問題はバジリスクが潜んでいるであろう『秘密の部屋』の正確な位置だ。

 

 水道管の先の何処かにあるであろう事だけは分かっているが、それだけではあまり不明瞭過ぎる。

 

 あと一つ手掛かりさえあれば………。

 

「あと、50年前に死んだ女の子はトイレで見つかったって、アラゴグは言ってた。……ここから先は僕の想像なんだけど、もしその子がそれから一度もトイレを離れなかったとしたら?まだそこに、ゴーストとして存在しているんじゃないかって思って」

 

 どうやって『秘密の部屋』を探し当てるか思案していると、ふとハリーがそんな事を言った。

 

 トイレに住み着いてる女の子のゴーストなんて、このホグワーツでは一人しかいない。

 

「それってまさか……マートル?」

 

 私が思わず口に出すと全員が顔を見合わせた。

 

 同じことを考えていたらしい。

 

 その次の最初の授業の『変身術』の授業で、マクゴナガル先生は例年通り1週間後の6月1日に期末テストを行う事を発表した。

 

 私を含めて全員が試験など絶対にないだろうと思っていただけに、その発表の直後にシェーマスは絶叫し、ネビルは驚きのあまり杖を落として机の脚を一本消してしまった。

 

 杖の一振りで脚を元通りにすると、マクゴナガル先生は私達に向き合う。

 

「こんな時でさえ学校を閉鎖しないのは、皆さんが教育を受ける為です。ですから、試験はいつものように行います。ダンブルドア校長のお言い付けです。あなた達はまだ学生でありこれから先多くの選択肢を迫られる事となるでしょう。そして、勉学はその選択肢を広げるにおいて最も重要なものです。我々教員もできるだけ普通通りにやっていきますので、あなた達もいつも通りの学校生活を送るように」

 

 室中が不満たらたらの声で溢れ、生徒達が一斉にブーイングするものの、私は不思議と不満に感じなかった。

 

 これまで事件が起きてから石になった者達の総数は6つ。

 

 死んでないとはいえ、ここまでの被害を生徒達が受けたとなればホグワーツに批判が殺到するであろう事は容易に想像でき、少なからず恐怖を感じているであろう先生達の心情を考えてみても、ホグワーツを閉鎖する事はあまりに自然で容易な事だ。

 

 しかし、それにも関わらず先生達は学校を継続するのみに留まらず、あくまで()()()()()の学校生活を継続させるのだという。

 

(当たり前を維持する事がどれだけ大変か分かるだけに、先生達には頭が上がらないな。昨日寮に来た時は自分の事で精一杯だったはずなのに……今日になったら私達の事を考えてくれてるなんて……本当に頭が上がらない)

 

 ジニーが石にされてポッキリと折れてしまいそうになった私と違い、ロンやマクゴナガル先生はなんて強いのだろう。

 

 ………いいや、本当は強くなんてないのかもしれない。

 

 ただ懸命に恐ろしいのを我慢して、ただ懸命に立ち向かって、ただ自分にできることをやっているだけで。

 

『あら。あなた一人で来るだなんて珍しいじゃない。どういう風の吹き回し?水でも掛けられたいわけ?』

  

 ハリー達がテスト勉強に追われてる最中にこっそり抜け出し、私は3階の女子トイレに足を運んでいた。

 

 久しぶりに姿を見せたマートルはふわりと宙に浮かび上がったかと思うと、木漏れ日が差し込んでくる大きな天窓の辺りに座る。

 

「マートル。ジニーが、ロンの妹が昨日石になりました。スリザリンの怪物に襲わて為す術もないまま」

 

『あら………そう。それはご愁傷様ね』

 

 いつもの相手を挑発するような口調でマートルは言うが、一瞬口調があの時の何処か穏やかなものになったのを見逃さなかった。

 

 もしかすると前に会った事があるのかもしれない。

 

『けど、それが何?知り合いといっても所詮は他人。あなたにも私にも関係のない事よ。要がそれだけなら直ぐにでも消えるけど』

  

「確かにジニーと私の付き合いは1年にも満たないぐらいで、私には関係ない事だって目を背ける事は簡単なのかもしれません」

 

『なら、そうすれば───』

 

「………でも、私はHELLSING職員であると同時に……本来ここにいるはずがない吸血鬼(そんざい)人間(ハリー)達が逃げず、立ち向かっているというのに、吸血鬼(わたし)だけ逃げるなんて出来訳ないですよ。今このホグワーツで生きている人間(ひとたち)の為にも……今ここで怪物の恐怖と戦い続けている人間(あなた)の為にも」

 

 真っ直ぐな目でマートルを見つめると、マートルは少し目をそらした。

 

 ああ、そうか。やっぱり……この子は50年前に………。

 

「……いつから気付いてたの?私があの日………スリザリンの怪物に殺されたって」

 

「あなたの生前の死因が怪物のせいだと気が付いたのは昨日ですが………何か酷い無念を抱えて死んだであろう事は初めて会った時から分かっていました。本来消えていく魂をゴーストとして現世に留めておくには……途方もないほどの思いと後悔が必要ですから」

 

「後悔………そうね。あの日……私はオリーブ・ホーンビーに揶揄われて……ここに隠れたの。鍵を掛けて泣いていたら、誰かが入ってきた。男の子の声で、何か外国語みたいな言葉を話していたわ。とにかく、私はそいつがここにいる事が嫌で………だから、出ていけ、男子トイレを使えっていうつもりで、鍵を開けて、そして────』

 

『死んだ』

 

 その言葉を吐き出した途端、マートルは姿相応の表情で大声は出さず、ただ静かにポロポロと泣き出した。

 

『覚えているのは大きな黄色い目玉が2つ。体全体ギュッと金縛りにあったみたいで、それからふーっと浮いて………気づいたらゴーストしてここに戻ってきてた』

 

「ずっと我慢して……耐えていたんですね。私や色んな人に水を掛けていたのも………忘れて欲しくなかったから」

 

『オリーブ・ホーンビーに取り憑いてやるって心に決めたのはそうだけど……それ以上に死にたくなかった。私を散々馬鹿にした奴等を見返せていなかったし……友達だって欲しかった。それに……パパとママにも会いたかった。……けど、あの2人は私を怖がって結局最後までここには来なかったし、見返したかった奴等もここにはいない。みんな私を置いていなくなって……ここに来る生徒も馬鹿にするだけ馬鹿にしていなくなって………私が……怪物に殺された事も知らずに忘れていく…………』

 

 50年。それは人間にとって途方もない時間であり、その者の内側にあるものが移り変わるには十分な時間だ。

 

 けれど、私達(人ならざる者)にとっては違う。

 

 マートルの時はあの日死んだ時からずっと止まり、これから先根本的な何かが移り変わる事はない。

 

 かつて自身も人間の持つ移り変わる感覚を知りながら、ゴースト(人ならざる者)になった事でその感覚を失い、取り残されていく感覚のみを感じ続ける事となったマートルの苦痛はどれ程ものだったのか。

 

 それは想像を絶するものだったに違いない。

 

「今のところ奇跡的に被害者達は石になっただけで死んではいません。ですが、そんな奇跡もいつまで続くか分かりません。誰かがあの化物(フリークス)を倒さない限り………いつか必ずあなたと同じく無念のまま死ぬ誰かが出る」

 

『だから……あなたがどうにかするっていうの?無理よ。そんなの出来る訳ない。それにあなた……やっぱり前会った時よりも……もっと気配が私達(人ならざる者)に近いものになってる。あなた本当に………戻れなくなるわよ』

 

 戸惑ったような、心配するような表情で、マートルは私の事を気遣ってくれた。

 

 しかし、もう覚悟は決まっている。

 

「私はハリー達とは違う。普通じゃない。いくら偽っても()()()()()違うし、それを変える事も出来ない。……けど、そんな私でも、ハリー達は私の事を友達って呼んでくれた。それだけで十分なんです」

 

 私が断言するとマートルは少し私の事を見つめ、何度か頷いた後にいつもいる小部屋の前の手洗い場の辺りに移動した。

 

 何かがあるらしい。

 

『ここの辺りで目玉を見たの。一瞬の事ではっきりと見えなかったけど……何か話してた男の子もそこにいた。それとその近くに……何か抜け穴みたいな物もあったと思う』

 

 マートルが示した手洗い場を早速調べてみると、その手洗い場には他のものの蛇口にはない、とても小さな蛇が引っかき傷のように彫ってある事が分かった。

 

 これは何かあると確信して、試しに爆破魔法を放ってみると、驚いた事に少し焦げただけで手洗いに傷がついている様子はない。

 

 おそらくではあるが、この手洗い場自体に他にはない、巧妙に隠された非常に強力な保護魔法が掛けられている事を理解し、私は心の中で確信する。

 

 『秘密の部屋』が、この先にあると。

 

「マートル、あなたには感謝しないとですね。これでようやく、あの化物(フリークス)を倒しに行ける」

 

 頭を軽くマートルに下げると、彼女は少し戸惑ったような笑みを浮かべた。

 

 人ならざる者のものとは思えない、まるで人間のような優しい笑みを。

 

『そう……本当に行くつもりなのね。なら、必ず私の仇を打って頂戴。それと……帰って来たら、また話をしましょう。もう水は掛けないから』

 

「水を掛けてこないならいくらでも喜んで。その為にもまずは、この洗面台を破壊しないと───」

 

 マートルからの微笑むを返し、私は覚悟を決めた様相で帽子からハルコンネンを取り出そうとする。

  

 しかしその最中、私の脳裏には突然警告音のようなものが鳴り響き、私は思わず膝をついてしまった。

 

 全身からは異常と言えるほど力が湧き、杖先から火花出るほどの魔力が放出され、抑え込んでいなければ今にも魔法が暴発しそうだ。

 

 この症状は、あの日記を視界に入れた時の症状とまるっきり同じ。

 

 何故、このタイミングで………。

 

「それは困るよセラス・ヴィクトリア。『秘密の部屋』の場所を明かされる訳にはいかないし、バジリスクを殺される訳にもいかない。ようやく真実に辿り着いたところ悪いけど、君にはここで死んでもらう」

 

 その声とともに現れた人物はそう言うと、背後の巨大な影をこちらに差し向ける。

 

 今直ぐに防戦しないといけないという事は分かっているが、それ以上にそこにいる人物の存在が衝撃的過ぎて、私は体を動かす事が出来ない。

 

 気づかぬうちに握られていた杖が床に落ちる。

 

「───そんな、なんで………。……なんで、あなたが────」

 

 その先を言葉を紡ぐ前に鈍い黄色の目玉が視界に入り、全身が強い金縛りを受けたような感覚に襲われる。

 

 赤黒い何かが体の奥底に入り込む感覚と同時に、その視界に映る人物の記憶を最後に、私の意識はそこで途切れた。

 

 深い驚愕と絶望とともに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?ない。ここにしまっておいたはずなのに………見当たらない。一体何処にいったんだろう?」

 

「ないって、一体何が?」 

 

「日記だよ。ここ最近色んな事があったからすっかり忘れてたけど……何処にも見当たらないんだ」

 

「何だって?リドルの日記が?」

 

 ここが図書室だという事も忘れてロンは大声を出し、マダム・ピンズはこちらを強く睨みつける。

 

 ハリーが少し焦った様に何度も鞄を漁ってみるがやはり日記は出てこず、鞄の奥底に溜まっていたゴミがパラパラと出てくるだけ。

 

 セラスが少し前に図書室から出て行った事も相まって、背中からどろりと冷たい汗が垂れていく。

 

 そしてその嫌の予感は恐ろしいほどに的中した。

 

『生徒は全員、それぞれの寮に直ぐ戻りなさい。教師は全員、職員室に大至急お集まり下さい』

  

 図書室にまで聞こえてくるほどに拡声され、マクゴナガル先生の声がこちらにまで響いてきた。

 

 ハリーは鞄を漁っていた手を止め、ロンは顔を上げて顔を見合わせる。

 

「また誰かが襲われた?一体誰が?」

 

「分からない。けど、寮に帰ったら軟禁されて何も出来なくなるのは確かだ。とにかく行こう」

 

 マダム・ピンズが背後で叫んでいるのも無視して、私達は図書室から走り出るとハリーのマントを被る。

 

 廊下を静かに急いで歩いているとあちこちから先生達が横を通り過ぎていき、次々に職員室に入って行った。

 

 開けっ放しの扉から私達も職員室に入る。

  

「とうとう起こりました。予想していた最悪の事態です」

 

 シンと静まった職員室で、深刻な表情のマクゴナガル先生が話し出した。

 

「今回襲われたのは2人。1人は『嘆きのマートル』。3階の廊下で漂っているところを発見されました。他の者達同様石になっています」 

 

 フリットウィック先生が思わず悲鳴を上げ、スプラウト先生は口を手で覆った。

 

 しかし、まだ1人犠牲者が残っている。

 

「問題はもう一方の生徒。よりにもよって怪物によって、『秘密の部屋』に連れ去られたようなのです」

 

「何故、そんな事がはっきり言えるのです?」 

 

「漂っていたマートルが発見された近くで『スリザリンの継承者』の伝言が見つかったからです。『彼女の白骨は永遠に秘密の部屋に横たわるであろう』と」

 

 蒼白な顔のマクゴナガル先生の返答に、フリットウィック先生はワッと泣き出した。

 

「それで、連れ去れた生徒というのは一体誰ですか?」

 

 椅子にへたり込んだマダム・フーチが尋ねる。

 

「───セラス・ヴィクトリアです」

 

 マクゴナガル先生が眉間に皺を寄せて目を閉じ、他の先生達は顔を白くして絶句する。

 

 本人がどう言おうとセラスは学生であるものの仮にもHELLSING職員であり、先生達と比較しても戦闘力のみで言えば一歩先を行っている。

 

 怪物に対抗できるであろうと思われた人物すらも犠牲となり、何処から来るかも分からない怪物の恐怖に職員室は絶望の空気一色となった

 

 かく言う私も足に上手く力が入らず、ハリーとロンに支えて貰わなければまともに立つ事すら出来ない。

 

「失礼しました───ついウトウトと。何かご用件で?」

 

 そんな空気を壊すかのように扉が開くと、ロックハート先生が中に入ってきた。

 

 この人がいたのだとハッとなって私は顔を上げるが、先生達やハリー達はこれぽっちもそうは思っていないらしい。

 

 特にスネイプ先生は酷く冷ややかな目でロックハートを出迎える。

 

「生徒が怪物に連れ去られた。いよいよあなたの出番ですぞ」

 

「私の?出番?」

 

「昨夜おっしゃっていましたな。『秘密の部屋』への入り口はとうに知っていると。それと自分が怪物と対決するチャンスが無かったのは残念だとも」

 

「私は……その……何か語弊があるようで」

  

 しどろどもろになってロックハート先生が訴えるも、マクゴナガル先生はそれを許さない。

 

「では決まりですね。怪物はあなたにお任せしましょうギルデロイ。伝説的な、あなたの力にね」

 

 この言葉に誰も助け船を出さず、ロックハート先生はワナワナと震え、歯を輝かせたいつものニッコリとした笑顔は何処にもなかった。

 

 本で見た彼の姿とはあまりにも程遠い。

  

「よ、よろしい。へ、部屋に戻って、し───支度します」

 

 ロックハート先生は大急ぎで部屋を出て行った。

 

「さてと。これで厄介払いが出来ました。寮監の先生方は寮に戻り、生徒に何が起こったかを知らせて下さい。明日一番のホグワーツ特急で帰宅させます。私は魔法省に闇祓い局かHELLSINGを派遣してもらえないかを問い合わせてみます。他の先生方は、生徒一人たりとも寮の外に残っていないよう見廻りを」

 

 先生達は立ち上がり、一人また一人と出て行った。

 

 私達も速足でその流れに乗って職員室から去り、人気のない廊下まで歩いて行った。

 

 全員が見た事のないほどの酷い顔色だ。

 

「そんな……セラスの奴がまさか……やられるだなんて。あの時……図書室から出て行くのを止めていれば」

 

「セラスの奴、きっと一人でマートルに『秘密の部屋』の事について聞きに行ったに違いない。マートルはそれに巻き込まれたんだ。何が勝手な行動は絶対に無しだよ!また自分一人で行くだなんて!」

 

 ハリーは無力感に苛まれて下を向き、ロンは憤慨して思いつく限りの文句を並べる。

 

 去年の賢者の石の時もそうだったが、セラスは私達の安全は徹底して気にするくせに自分の事になると無頓着だ。

 

 自身がHELLSING職員で、吸血鬼だという自覚を持っているからなのだろうが、そんな事関係なしに私達の事を頼って欲しかったし、また置き去りにされた事がショックで堪らなかった。

 

 けど、今はそれどころではない。

 

「とにかく時間がないわ。事情を話して彼に協力してもらいましょう。彼は今怪物と戦おうと準備しているんだから、きっと力になってくれるはず」

 

 考えてもどうしようもない思考を打ち切りって、私はマントも被らず廊下をひたすら走った。

 

 見廻りしているという先生達の事は一応頭に入っていたのだが、そんな事を考えている余裕はない。

 

 振り返って後ろの2人がどんな顔をしているか、確認する余裕すらも今の私にはなかった。

 

 しばらくして、私達はロックハート先生の部屋に辿り着いた。

 

 何やら怪物を倒す準備で忙しいらしく、カリカリ、ゴツンゴツンと、慌ただしい足音が中から聞こえてくる。

 

 邪魔するのも申し訳ない気持ちでノックをすると、私は扉を開けて部屋の中に入る。

 

 しかし、驚く事に彼の部屋の殆どは片付けられていた。

 

「あぁ……ポッター君にウィーズリー君………。それにミス・グレンジャーまで………」

 

 暗がりであまり見えない彼の横顔は非常に迷惑そうだ。

 

「何か用ですかな?私、今、少々取り込み中なので、急いでくれると………」

 

「先生、私達、あなたに協力してもらいたい事があるんです!セラスをどうにか助けてもらいたくって!先生しかもう力になってくれる人がいないんです!」

 

 思い浮かんだ一つの想像を無視して私はロックハート先生に詰め寄った。

 

 しかし、彼は目を背けるばかりで何も言わず、それどころかキョロキョロと辺りを気にし始めた。

 

 他に誰もこの話を聞いていないかを確認するかのように。

 

「あー、その。勿論、彼女の事については、重々分かっている。だから君達は安心して部屋に戻りたまえ。私はもう、行かないと」

 

「何処に行く気ですか?そんな大荷物を持って。怪物と戦う為の荷物とも思えないし」

 

「セラスはどうなるんですか!妹だって石になったままなのに!」

 

 壁いっぱいに飾られた写真を最後に押し込むと、彼は扉から出て行こうとするがハリーとロンに行く手を塞がれる。

 

 2人の邪魔がなければ迷わずここを出て行ったであろう事は明白であり、ハリーから腕の骨を抜いてセラスに止められた時とまるっきり同じだ。

 

 私の中の彼が、音を立てて壊れていく。

 

「彼女等については───実に気の毒だ。誰よりも私が残念に思っている」

 

「『闇の魔術に対する防衛術』の先生でしょ!今出て行くなんて!」

 

 ロンは顔を真っ赤にして彼を怒声を浴びせる。

 

「いや、しかし……私がこの仕事を引き受けた時は……職務内容には何も………」

 

「逃げ出すんですか?本に書いてあるような手柄を立てた人が?」

 

「本は誤解を招く。全てが本当という訳では───」

 

 彼は口が滑ったとでも言うかのように口を抑え、問い詰めた側のハリーはやっぱりと彼を睨んだ。

 

 言い間違えだと信じたくって、今まで黙っていた私は口を開ける。

 

「先生………嘘ですよね?あの本に書いてあった事が、全部でっち上げだったなんて。先生が、私達を騙していたなんて………何かの間違いですよね?」

 

「……ミス・グレンジャー。聡明な君なら分かる事だろう。それとも本気で全部が本当だと思っていたのかい?ちょっと考えればわかることだろう?」

 

 彼は背筋を伸ばし、顔をしかめて私の事を見る。

 

「別に全部でっち上げという訳ではない。本に書いてある手柄が私の物ではないという事を除いてね。もし、アルメニアの醜い魔法戦士の話だったら、例え狼男から村を救ったのがその人でも、君はその本を買ったかい?この私がその偉業を成し得たと思ったから、君はその本を手にしたはずだ」

 

「セラスが睨んでた通りだ。自分じゃ何も出来ないから、人の手柄を盗んでいたんだ」

 

「それじゃあ……本当にあなたは………」

 

 色んな感情が一気に渦巻いて収拾がつかない。

 

 彼が私の中で死んだという事実を除いて、何も認識する事が出来なくなる。

 

 気づけば頬から涙が流れ、自分が今どんな顔をしているかすらまるっきり分からない。

  

「これだから全てを鵜呑みにする読者は困る。そんなに単純なものではない。私の仕事はそういう人を探し出し、どうやって仕事をやり遂げたのかを聞き出す。そして『忘却術』を掛けて自分のやった仕事を忘れさせ、脚色をして自身の素晴らしい活躍として世間に広める。私の唯一自慢できるものは『忘却術』でね。それを抜きにしても大変な仕事だ」

 

「何が大変な仕事だよ。あなたのやっている事は泥棒と殆ど変わらないじゃないか」

 

「そんなものと一緒にするとは心外だ。話を聞き出した彼等の功績は本来埋もれていくだけだったもの。私はそれを有効活用しただけだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()では、本来認められるものも認められる訳もない。賢く立ち回り、権威を主張し、倦まず弛まず、長く辛い道のりを歩む覚悟があってようやく、こうして誰かから認められるようになるのだよ。君達子供には分からない事かもしれませんが」

 

 しかし、つらつらと並べられたロックハートの言葉によって、ぐちゃぐちゃだったはずの私の思考は一度真っ白になる。

 

 流れていた涙は止まり、私の思考は一つの色へと塗りつぶされていく。

 

 ……この男は……なんと言った?

  

「さてと。お喋りはこれぐらいにしよう。自分から話したとはいえ君達は知り過ぎた」

 

 感情の渦が再度回り出し、私の中で叫び声を上げた。

 

 多くの感情が一つへと集約され、より濃く色濃い物へと変わる。

 

「気の毒だが『忘却術』を掛けさせてもらいましょう。私の秘密をペラペラ喋られたりしたら、本が一冊も売れなくなってしまうからね。なに、心配なさるな。抵抗しないようであれば、君達が失うであろう記憶は精々この部屋に入って以降の────」 

 

 今私が抱いている感情、私が今浮かべているこの顔を、言葉として表すとしたらそれは────

 

 

 

 

フリペンド(衝撃よ)!!」

 

 

 

 

 紛うことなき、怒りそのものだろう。

 

 衝撃魔法が腹部に直撃したロックハートは勢いよく後ろに吹き飛んで体を壁にぶつけ、そのまま大の字に倒れて足元のトランクに顔をぶつけた。

 

 握られていた杖は高々と飛ばされて弧を描き、ハッとなったロンによってキャッチされた。

 

 ハリーはというと呪文を放つ体制で驚きのあまり固まっており、少ししてロックハートと私を交互に見ては、自身の杖をしまうかを迷っている。

   

「『決闘クラブ』を開催したのは間違いでしたね。一人の人間として、あなたの事を見損ないましたよ」

 

 冷たい視線でロックハートを見下ろしながら、杖を頭の辺りに突き付ける。

 

 ロックハートは酷く怯えた様子でこちらを見上げた。

 

「グレンジャー、話せば分かる。杖を降ろしたまえ。賢い君なら分かるだろう?認められる事がどれ程大変で、それがどれ程重要な意味を持つ事が」

 

 ロックハートの言い分も気持ちとしては分からなくはない。

 

 いくら成績が良くて先生から認められても他の生徒から認められない事はざらだし、それで1度酷い目にだって遭った事がある。

 

 多くの人から認められれば虐められる事も無くなくなるだろうし、自分の思った通りの事だってする事が出来るのだろう。

 

 どんな手を使ってでも認められたいと願うのは当然の事だ。

 

 少なくともセラスに会う前の私なら、ロックハートの問いに同意していたに違いない。

 

 けれど、今は違う。

 

「セラスは、認められたいなんてこれっぽちも思っていなかった。何処にでもいる女の子と同じように毎日を過ごして、その当たり前がずっと続く事を願っていた。汚らしく泥まみれになろうと、そんな事なんて気にしなかった。だから、私はそんなあの子を尊敬してる。だから、私はあなたを認めない」

 

 名誉も権威も興味を持たず、目の前にある当たり前を愛し続ける。

 

 名誉や権威に比べて当たり前がどれ程簡単に砕け散ってしまうかを理解しているからこそ、彼女は苦悩し時に傷つきながらも前に進み、恐怖を押し殺して戦っていたのだ。

 

 そんな姿を傍で見てきた私が、今更そんな言葉で迷う訳がない。

 

「一緒に来てもらう。あなたがどれだけ嘘つきでも……盾ぐらいにはなれるはずさ」

 

 横からハリーがロックハートに杖を突き付け、追い立てるように部屋から出て行った。

 

 私は用無しになった杖をしまう。

 

「君がいきなりロックハートを吹き飛ばすもんだからびっくりしたよ。あのまま呪いでも何でも掛けるんじゃないかって、びくびくしてたんだ」

 

 わざとらしく肩を降ろすと、ロンは息を吐く。

 

 ハリーが杖をしまうのを迷っていた理由はそういう事だったらしい。

 

「正直、セラスの事がなかったらやってたかも。ハリーもだけど心配させてごめんなさい」

 

「別にいいさ。スッキリしたし。ハリーも同じ事を思ってるんじゃないかな?そんな事より早く追い駆けないと」

 

 階段を下っているだろうハリーに追い付こうと、ロンは走り私もそれに続いた。

 

 目指すは3階の女子トイレ。

 

 私達はセラスが残した足跡を辿る。

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。