ハリー・ポッターと王立国教騎士団   作:熊田ラナムカ27

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30 Ask,and it shall be given you

 

 

 

 

「来たはいいけど……『秘密の部屋』の入り口をどうやって探そう?肝心なマートルは石になって話は聞けないし」

 

「僕等ほぼ1年間結構ここに来てたけど、怪しい物なんてなかったよな」

 

「やっぱり、手当たり次第に当たってみるしかないんじゃないかしら」

 

 ロックハートを連れて3階の女子トイレに来るまではよかったものの、手掛かりがないばっかりに僕達3人は顔を見合わせる。

 

 トイレを一通り見て回ってそれらしいものが見て回るも、やはりそれらしきものは一向に見つからない。

 

「何ですか。てっきり『秘密の部屋』の事を知っているのかと思えば、君達も何も知らないのではありませんか。そんな下らない事に時間を割くくらいなら、私の拘束を解いた方がよっぽど有意義です」

 

 魔法で縛り上げられているロックハートは挑発的な言葉を言い、ハーマイオニーの眉間に皺が寄った。

 

 ……早々に部屋に繋がるものを見つけなければ、部屋を見つけるより先に、ハーマイオニーが今度こそロックハートに手を出してしまうかもしれない。

 

 そう思って少し焦りながら手洗い場の辺りを見渡していると、何やら視界の端で鈍い赤い光を見た気がした。

 

 気になってそこに行ってみると、そこの手洗い場の下には見覚えのある帽子と杖が落ちている。

 

 僕はハーマイオニーとロンを直ぐに呼んだ。

 

「これって……いつもセラスが被っている帽子よ!それに杖まで!きっと怪物に襲われた時に落としたのよ!セラスはやっぱり此処にいたんだわ!」

 

「そういえばここ……前に来た時よりも少しボロボロになってる。まさかセラスの奴……ここを爆破したんじゃ………」

 

 ハーマイオニーは帽子と杖を手にして大声を出し、ロンは苦笑いをして帽子と杖が落ちていた手洗い場を見る。

 

 一見普通の手洗い場と変わらないように見えるが、よく見ると最近出来たような傷があちこちに見える。

 

 禁じられた廊下の先にある罠の数々を、セラスがどうにかして破壊したであろう痕跡を去年散々見ていた事から、ロンの言う通り『秘密の部屋』の入り口を無理矢理開けようとしていた事は容易に想像がついた。

 

 現にこの手洗い場の蛇口は他のと違って壊れており、蛇口の脇のところには小さな蛇の形が彫ってある。

 

 怪しい場所があるとすればここだ。

 

「ハリー、何か言ってみろよ。何かを蛇語で」

 

 ロンに促されて小さな蛇の彫り物を見ると、蝋燭の明かりで彫り物が動いているように見えた。

 

 あの日、蛇を操った時と同じ感覚が体を巡る。

 

『───開け』

 

 言ったはずの言葉は口から出てこず、その代わりにシューシューと奇妙な音が自分の口から出た。

 

 すると手洗い場の蛇口が眩い白い光を放ち回り始めたかと思うと、手洗い場が一人でに動き出した。

 

 見る見るうちに手洗い場が下に沈み込んだかと思うと、大人1人が滑り込むほどの大きさの穴が空き、太いパイプが剥き出しになった。

 

 このパイプを下った先が『秘密の部屋』である事は明白であり、3人とも圧倒されて息を呑む。

 

「僕が先に降りて行く。2人は後から来て」

 

「こんなところ君1人で行かせられるか。僕も行くよ」

 

 僕が言うと、ほんの少し後にロンが言った。

 

 先が見えず降りた先に何があるかは分からないが、入り口が見つかった以上僕達の心は決まっていた。

 

 怪物がセラスが敵わないほどの相手だったとしても、僕達は今まで散々セラスに助けられてきた。

 

 きっと、セラスは部屋の中でまで生きている。

 

 ならば、それを助けるのは僕達の役目だ。

 

「さ、さて、私は殆ど必要ないようですね。では、わ、私はこれで───」

 

 一方のロックハートはそうではなかったらしい。

 

 縛り上げられて歩くのも困難なはずなのにぴょこぴょこと跳ね、トイレから出て行こうと少しずつ扉に近づこうとした。

 

 しかし、ハーマイオニーがそれを許さない。

 

「いいえ、あなたにはまだやって貰う事があります。先に穴の中に入って、安全を確かめてもらうんです」

 

「グ、グレンジャー。拘束を解いてくれたのは嬉しいが、そ、それが何の役に立つというんだね?つ、杖を降ろしてはくれないか?」

 

 魔法の拘束を解くとハーマイオニーは杖で小突き、ロックハートは後ずさりをした。

 

 どうにか逃げようと抵抗するも、抵抗もむなしくみるみるうちに穴の方にまで追い込まれ、半ば無理矢理穴の前に立たされる。

 

「や、やめてくれ!話せば分かる!い、今まで君を騙していた事は謝罪しよう!わ、私は、ほ、本当に何の役にも───」

 

 ロックハートが何かを言いかけるが、ハーマイオニーは躊躇はない。

 

 あと一歩で穴に落ちそうなロックハートの背中を押し、そのままパイプの中へと放り込んだ。

 

 しばらくの間パイプを滑り落ちたかと思うと、物凄い絶叫を残してロックハートはあっという間に見えなくなる。

 

 少し時間を置いて絶叫が聞こえにくくなった頃に、穴の中から鈍い埋め声が聞こえてきた。

 

 一応中は安全らしい。

 

「これで問題なく先に進めるわね」

 

 スッキリとした笑みを浮かべるハーマイオニーの方が、穴の中に入る事よりよっぽど恐ろしかったが……それはさておき。 

 

 初めに僕が穴に飛び込み、その直ぐあとにロンとハーマイオニーがそれに続いた。

 

 パイプの中はまるでぬるぬるとした暗い滑り台のようであり、あちこちで四方八方に枝分かれしていた。

 

 自分達が降りて行くパイプは曲がりくねりながら、下に向かって急勾配に伸びている。

 

 『魔法薬学』の地下牢よりも一層深く、城の周りにある湖よりもずっと深くに向かっているようだった。

 

 このまま地の底まで落ちていくのではと不安になってきた頃に、突然パイプが平らになり始めた。

 

 その直後に出口から放り出され、ドスッと湿った音を立てて尻餅をつく。

 

 どうやら石のトンネルの床に放り出されたらしい。

 

「学校から何キロもずっと、下の方まで降りて来たみたい」

 

「何千年も前に、こんな場所を他の創始者達に隠れて作っただなんて。最終的に追い出されたとはいえ、サラザール・スリザリンも流石のものね」

 

 周囲をキョロキョロと見渡していると、僕と同じようにロンとハーマイオニーも床に放り出され、ズボンの汚れを払いながらそんな事を言った。

 

ルーモス(光よ)

 

 杖を振ってそう唱えると、杖先に光が灯された。

 

 つい先ほどまでは暗くて分からなかったが、足元にはネズミらしき小動物の骨が大量に散乱していた。

 

 乱雑する骨の中にはつい最近喰われたであろう新しいものもあり、その事に気づいたロンがビクッと肩を震わせる。

 

「いいかい?何か動く気配がしたら、直ぐに目を瞑るんだ………いいね?」

 

 僕の忠告に2人は静かに頷いた。

 

 明かりを灯している僕が先頭に行き、その次にハーマイオニー、その後ろにロックハートとそれが逃げないかを見張るロンの順番で、僕達はトンネルを進む。

 

 全員が神経質になって息を潜め、時折聞こえてくるのは誰かの息遣いとピシャッピシャッという足音のみ。

 

 明かりを灯して尚、トンネルは目と鼻の先しか見えないほど酷く真っ暗で、墓場のような静けさも相まって、おどろおどろしい不気味さを醸し出していた。

 

 しばらく歩いてトンネルのカーブを曲がった先で、ロックハートが小さく悲鳴を上げる。

 

 ハーマイオニーは声こそ出していないものの凍り付いたように足を止め、僕は思わず後退りをした。

 

「ハ、ハリー………。あそこに………何かがある」

 

 かすり声を出してロンが指を差した場所には、トンネルを塞ぐように何か大きくて曲線を描いたようなものがあった。

 

 直様全員が目を瞑り、いつでも逃げれるように一歩後ろに下がる。

 

 しかし、その輪郭は全くと言っていいほど動かない。

 

 念の為、息を潜めてしばらく待ってみるものの、やはり目の前にあるものはピクリとも動かず、それどころかその直ぐ傍を通った鼠にすら反応を示さなかった。

 

 まるで生気のない物体かのように。

 

「眠っているだけかもしれない。僕が様子を見てくる」

 

 後ろの2人をチラッと振り返って、僕は直様前方を見る。

 

 ロックハートは両手でしっかりと目を押さえていた。

 

 ゆっくりと、ギリギリ物が見える程度に出来るだけ目を細め、杖を高く掲げてその何かにじりじり近寄っていく。

 

 するとその全貌がようやく見えた。

 

 そこにあったのは巨大な蛇の抜け殻で、毒々しい鮮やかな緑色の皮がトンネルの床にとぐろを巻いて横たわっていたのだ。

 

 その大きさは20メートルあるのではないかと思うほど大きい。

 

「これ……バジリスクの抜け殻よ。本に書いてあったから大きい事は分かっていたけど……まさか………そんな」

 

「なんてこった。これじゃあ本物は……これよりもデカいって事じゃないか」

 

 ハーマイオニーは恐る恐る抜け殻を見て回り、ロンは力なく項垂れた。

 

 ロックハートに至っては腰を抜かし、その場に座り込んで倒れてしまった。

 

「大した勇気の持ち主だよ。ほら、早く立て」

 

 呆れつつもロンはロックハートに杖を向け、立つようにきつい口調で言った。

 

 すると突然ロックハートは立ち上がり、ロンに飛び掛かった。

 

 僕とハーマイオニーが遅れて反応するも間に合わず、ロンは張り倒されて杖を奪われ、ロックハートは肩で息をしながら奪った杖をこちらに向けた。

 

 形勢逆転とばかりに輝くようなスマイルを浮かべる。

 

「冒険はここまでだ坊や達。心配はいらん。この皮を持ち帰り世間にはこう言っておこう。女の子を救うには遅すぎた。君達はズタズタになった無残な死体を見て、哀れにも正気を失ってしまったと。さぁ───記憶に別れを告げるがいい!」

 

 ロックハートは手始めに僕にロンの杖を向け、それを頭上にかざした。

 

「駄目!その杖を使っちゃ駄目!!」

 

 隣でハーマイオニーが何故そう叫んだか一瞬分からなかったが、その理由は直ぐに分かった。

 

 ロックハートが今持っているロンの杖は、スペロテープで張り付けられてこそいるが()()()()()()()()()()

 

オブリビエイト(忘れろ)!」

 

 その事実をロックハートが最後まで気付く事はなかった。

 

 杖は小型爆弾なみに爆発し、ロックハートは自分自身の魔法で吹き飛ばされた。

 

 その衝撃でトンネルが激しく揺れ、天井から大きな岩の塊が雷のような轟音を上げてバラバラと崩れ落ちていく。

 

 咄嗟に身を躱して僕は落石から逃れる事は出来たものの、2人の姿は見る限り何処にもない。

 

「ハリー!ハリー、何処にいるんだい!?」

 

「私達はここよ!ハリー、返事をして!」

 

 直ぐ傍の崩れたトンネルの向かうから、ロンとハーマイオニーが僕を呼ぶ声がした。

 

 どうやら落石に巻き込まれた訳ではなかったらしい。

 

「ローン!ハーマイオニー!そっちは大丈夫かい!?」

 

「大丈夫!ちょっと待ってて!魔法で岩を壊してそっちに行くから!」

 

「いいや、それじゃあまた崩れるかもしれない!少しずつ壊していけばこっちに来れるかもしれないけど、それじゃあ時間がない!ここから先は僕1人で行く!」

 

「何言ってるんだよ!君1人じゃ勝目なんてないぞ!」

 

 向こうでロンが必死になって岩をどける音が聞こえるが、この様子では何年も掛かってしまうだろう。

 

 ハーマイオニーもそれは分かっているとようで、何も喋らず長い沈黙を貫いた。

 

 しばらくするとロンが岩をどける音も聞こえなくなり、その場は完全に静まり返る。

 

「……分かった。僕達はここで岩を崩して待ってるよ。君が帰りにここを通れるようにね」

 

「もし1時間経っても僕が戻らなかったら………」

 

「いいえ、必ず戻って来て。勿論、セラスも一緒にね。バジリスクは恐ろしい怪物だけど……あいつも仮にも生き物よ。何かしら倒しようはあるはず。だから───」

 

 最後の方は自分に言い聞かせるようにハーマイオニーは言葉を絞り、ロンは懸命に岩をどける作業を再開した。

 

「それじゃ、また後でね。2人一緒に、ここに戻って来るから」

 

 自分の震える声を押し殺して言い、僕はバジリスクの皮を超えて先に進んだ。

 

 くねくねと曲がったトンネルを進んで行くと、次第に2人が岩をどけようとする音も遠くなり、遂には聞こえなくなった。

 

 改めて1人なのだと自覚した瞬間、体の神経がきりきりと不快に痛み出す。

 

 セラスがクィレルのところに向かっていた時も、もしかするとこんな感じだったのかもしれない。

 

 大口を開けている蛇目掛けて、まるで自分から喰われに行っている気分だ。

 

 何度目か分からなくなるほど曲がり角をそっと曲がると、途端に行き止まりの固い壁が目の前に現れた。

 

 壁には2匹の蛇が絡み合った彫刻が施してあり、その蛇の目には輝く大粒のエメラルドが嵌め込まれている。

 

 『秘密の部屋』の入り口である事は明白だ。

 

 カラカラの喉で咳ばらいをすると、僕は妙に生き生きとしている蛇の目を覗き込む。

 

『───開け』

 

 口からは再び、低く幽かなシューシューという音が出た。

 

 壁は2つに裂け、絡み合っていた蛇が2匹に分かれて、両側の壁に沿ってスルスルと滑るように見えなくなると部屋への道が出来た。

 

 全身の血の気が引いて行くのを自覚しながら、僕は部屋の中へと入って行く。

 

 バジリスクが潜んでいないかを警戒しながら左右一対の蛇の柱の間を前進し、一歩一歩進むごとに自分の反響する足音を聞いた。

 

 彫物の蛇の虚ろな目が僕を見張っているようで、胃の奥の方がざわざわとした。

 

 最後の一対のは柱のところに来ると、部屋の天井に届くほど高くそびえる石像が視界に入った。

 

 年老いた猿のような顔に細長い顎鬚を生やしており、その顎鬚がその魔法使いの石のローブのあたりまで長く伸びている。

 

 おそらくはサラザール・スリザリンの石像なのだろう。

 

 そしてその石像の足の間に、僕は水面に輝く金髪を見た。

 

「セラス!」

 

 大声で叫んで直ぐに傍に駆け寄り、片膝を付いて必死に名前を呼んだ。

 

「セラス!死んじゃだめだ!君はこんな事で死ぬ奴じゃないだろう!?お願いだから目を覚ますんだ!」

 

 肩を掴んで仰向けにするが、セラスは見開いた目をピクリとも動かさない。

 

 それどころ身体全体が石のように固く、まるで何かに驚いた瞬間のまま時が止まってしまったかのようだった。

 

 どういう事か初めは分からなかったが、冷静になっていくうちに、僕はセラスがジニー達と同様に石になったのだと理解する。

 

(そうか。セラスは吸血鬼。吸血鬼はもう死んでいるから、ニックとマートルと同じでもう1度死ぬ事はない。だから、バジリスクの眼を見ても、セラスは石になっただけで済んだんだ)

 

 石になってしまったとはいえ、セラスが一先ず生きている事に僕は大きく安堵した。

 

 なら、こんな所にもう用はない。

 

 部屋の外にさえ出てしまえば、スプラウト先生の薬で石になったセラスも元に戻せるし、時間は掛かかってしまうかもしれないが、反対側のロン達と協力すれば塞がった帰り道も使えるようになるだろう。

 

 部屋の怪物であるバジリスクを放置する事だけが唯一の心残りだが、まずはセラスをここから連れ出す事の方が何よりも優先だ。

 

 とにかく、ここから出てしまいさえすれば────

 

「────どうして、君が………ここに?なんで、マルフォイが……こんな所に………」

 

 セラスを担ごうした瞬間に、その隣いた人物の存在に僕はようやく気が付いた。

 

 ハーマイオニーを『穢れた血』と罵って、セラスにボコボコに殴られた男。

 

 1年生の時から僕と犬猿の仲で、事あるごとに喧嘩を吹っかけてくる純血のスリザリンの生徒。

 

 犯人候補から外れたはずのドラコ・マルフォイが、何故かセラスの隣で横たわっていた。

 

 それも死人のように肌は白く冷たく、酷くぐったりとして、鼓動も弱く、今にも死んでしまいそうな状態で。

 

「その子は目を覚ましはしない。そして石になったその子も、いずれにしろ死ぬ事になる」

 

 物静かな声を発した背の高い黒髪の少年は、直ぐ傍の柱にもたれてこちらを見ていた。

 

 まるで曇りガラスの向こうに輪郭が奇妙にぼやけているが、僕はこの人物の事を知っている。

 

「トム──トム・リドル?」

 

 日記の力で50年前の事件の記憶を見た時に現れた人物の姿に、僕は激しく困惑した。

 

 何故ここにいるかの疑問もそうだが、過去の人間であるはずの彼の姿はあまりにも若すぎる。

 

 事件の時の彼の姿とまるっきり同じだ。

 

「どうして姿が昔のまま────いいや、それは後だ。マルフォイが目を覚まさないってどういう事?セラスもいずれ死ぬって………」

 

「順番に説明しよう。まず、マルフォイ家の倅は生きている。辛うじてだがね。そしてHELLSINGの女の方は、これからバジリスクに喰われるという事だよ」

 

「何を言っているんだ!そんな事させて堪るか!」

 

 汗だくになってセラスを肩に乗せ、マルフォイをトランクを持つかのように持ち上げる。

 

 どうにか2人を担ぐ事が出来たものの、非力な僕の力ではバジリスクが来る前に2人を外に運ぶのは難しいかもしれない。

 

 リドルに助けてもらう事を考えていると、マルフォイの懐から何やら黒い本が落ちた。

 

 それは僕が無くしたはずの、T・M・リドルの日記だった。

 

「僕は記憶だ。その日記の中に、50年間残されていた記憶だ。心配せずともバジリスクは呼ばれるまでは、来やしない。僕の気が変わるか、君がその2人を部屋の外に運ぼうなんて考えなければ」

 

 蛇のように口端を上にあげると、リドルは僕に杖を向けた。

 

 あれは確か、マルフォイが持っていたはずの杖だ。

 

「何を冗談を……杖を降ろせ。何で君がマルフォイの杖を持っているのかは分からないけど、いい加減にするんだ。話なら後で聞く」

 

「本当に物分かりが悪いんだね。君に主導権が無いという事がどうして分からない?君は僕と話すしかないんだよ」

 

 杖先をセラスとマルフォイ、どちらも狙える位置に構えてリドルは笑みを浮かべ続ける。

 

 部屋から出て行きたいのは確かだが、リドルはそれを許してくれないらしい。

 

 僕としても気になる事が多過ぎる。

 

「どうして、マルフォイはセラスの隣で倒れていた?何故こんな風になった?何で日記を持っていたんだ?」

 

 続けざまに質問すると、リドルは機嫌を良くした。

 

「まず最初の質問に答えるとすれば、ドラコ・マルフォイがこの『秘密の部屋』を開けたからだよ。穢れた血の持ち主にバジリスクを嗾けたのも、壁に脅迫文を書いたのも、全て彼だ」

 

 ぐったりとするマルフォイを見て、リドルはそれを嘲笑う。

 

「なんでそんな事を?」

 

「僕が命じたからさ。あの日記は、僕の日記だ。マルフォイ家の倅は何ヶ月も何ヶ月も、その日記に馬鹿馬鹿しい悩み事を書き続けた。父からの期待、馬鹿な子分達の面倒、君への嫉妬、セラス・ヴィクトリアに対しての思い………。そして僕は12歳の小僧のそんな他愛無い悩み事を聞き続け、その対価に僕の魂を彼の魂に少しずつ注ぎ込んだ。そしていつしか彼は僕の思うがままに動くようになった」

 

 愕然とした僕の顔を見るリドルの表情は、明らかに人間の表情からかけ離れていた。

 

 セラスが言うところのクィレルと同じ、化物(フリークス)表情(笑み)をリドルは浮かべる。

 

「だが彼は1度僕の催眠から逃れ、あの日記を女子トイレに捨てた。すると、驚いた事に君が僕を拾ってくれた。僕は最高に嬉しかったよ。僕が会いたくてたまらなかった、君に会えて」

 

「どうして僕に会いたかったの?」

 

「君と話をしなければと、思っていたからだよ。だから信用を得る為に、あのウドの大木のハグリットを捕まえた場面を見せてやったのさ。あれは実に滑稽だった」

 

 リドルの言葉に僕は怒りでワナワナと震えだした。

 

「君がハグリットを嵌めたんだな」

 

「みんな僕を信じた。今僕を睨んでいる君もね。1人は貧しくて孤児だが、優秀で勇敢な監督生の模範生。もう一人は図体ばかりデカくて、1週間おきに問題を起こすドジな生徒。どちらを信じるかなんて考えるまでもない。───ダンブルドアとセラス・ヴィクトリアは違ったようだが」

 

 リドルの顔から表情が消える。

 

 その様子に僕は心の中でほくそ笑んだ。

 

「きっとダンブルドアは、君のことをお見通しだったんだ。セラスは君の事を知らなかったけど、直感的に信用できないと思って警戒したに違いない」

 

「そうだな。ハグリットが退学になってから、ダンブルドアはしつこく僕を監視した。よって在学中に『秘密の部屋』を開けるのは危険だと思い、日記に託した。16歳の自分を日記に保存し、いつの日かサラザール・スリザリンの崇高な仕事を成し遂げようと考えた。……だが、セラス・ヴィクトリアは僕がただの日記では無いと感づいていた。君は知らなかったかもしれないが、彼女は君に内緒で日記を破壊する事すらも考えていたんだよ。これには流石の僕も自身の考えを変えざるをえなかった」

 

 リドルは静かに言う。

  

「だから僕は1度君と話す事を諦め、ドラコ・マルフォイを完全に彼を操る事が出来るようになった上で、邪魔者のセラス・ヴィクトリアを直接排除する事に決めた。その為に君がクィディッチの試合に行ってるタイミングを狙い、ドラコに日記を盗ませてね。その過程で『血を裏切る者』とはいえ、純血の家計であるウィーズリー家の娘を石する事になるとは予想外だったが……概ね僕の狙い通りに事は進んだ。運がいい事に彼女はバジリスクの眼を見なかったようだが、石になった状態でバジリスクに一飲みされれば助からない事には変わらない。だが、そこで僕は気づいたんだよ。セラス・ヴィクトリアを攫ってしまえば、君が必ず『秘密の部屋』に来るであろう事を」

 

「そして実際に僕はここに来た。まんまと君の思い通りになった訳だ」

 

 不快感を隠さず僕はそう吐き捨てた。

 

「だが、君は何も成し遂げてはいない。マルフォイとバジリスクを使って色々したみたいだけど、猫一匹だって死んではいない。そこにいるセラスもね。あと数時間もすればマンドレイク薬が出来上がる。石にされた者はみんな元に戻るんだ」

 

「まだ分からないのかい?『穢れた血』を殺す事も邪魔者を殺す事も、もう僕にはどうだっていい。この数ヶ月間、僕の狙いは────()だったんだよ」

 

 その言葉に僕は思わず目を見開いた。

 

 リドルは僕の髪の下に隠れている傷を探るように見る。

 

「さて、次は君に尋ねる番だ。これといって特別な魔力も持たない赤ん坊だった君が、不世出の偉大なる魔法使いをどうやって破った?ヴォルデモート卿の力は打ち砕かれたのに、君の方は、たった一つの傷痕だけで何故済んだんだ?」

 

 貪るようなリドルの目に、奇妙な赤い光がチラチラと漂う。

 

「ヴォルデモートは君より後に出てきた人だろう?どうして君が気にするんだ?」

 

 努めて慎重に言うと、リドルの雰囲気が変わった。

 

 この空気は前に感じた事がある。

 

「ヴォルデモートは、僕の過去であり、現在であり、未来なのだ────ハリー・ポッターよ」

 

 底冷えする声で言うと、リドルは空中に文字を書いた。

 

 3つの言葉が揺らめきながら淡く光る。

 

 

 

 ”TOM MARVOLO RIDDLE”

 

 

 

 一人の人物の名前を示した文字の配列を、リドルは杖の一振りで置き換える。

 

 

 

 ‟I AM LORD VCLDEMORT”

 

 

 

 置き換えられた新たな文面に、僕は言葉を発する事が出来なかった。

 

「穢らわしいマグルの父親の姓を僕がずっと使うと思うかい?母方の血筋にサラザール・スリザリンその人の血が流れている僕が?『スリザリンの継承者』たる僕が?答えはノーだ。僕は新たに自分の名を名付けた。いつか必ずや魔法界全てが、その名を口にする事を恐れる日が来ると僕は知っていた。僕が最も偉大な魔法使いになるその日を!」

 

「最も偉大な魔法使いはアルバス・ダンブルドアだ!君が強大だった時でさえ、ダンブルドアには手も足もでなかった!」

 

 そう言い返してやるとリドル………いや、ヴォルデモートは顔を歪ませた。

 

 笑顔を張り付けるのを止め、醜悪な顔を露わにする。

 

「奴は僕の記憶に過ぎないものによって追放された!ここに奴が来ることはない!」

 

「ダンブルドアは、君の思っている程、遠くに行ってないぞ!君がダンブルドア以外で唯一恐れた吸血鬼、アーカードだって今ここに向かっている!」

 

 リドルを怖がらせる為に言ってやったが、それは咄嗟に思いついたデタラメだった。

 

 しかし、それは逆効果だったようで、むしろヴォルデモートは激しく激昂した。

 

「そんな出任せ通じると思うのか?この偉大な魔法使いに?………いい度胸だ。ならば、かの有名なハリー・ポッターとやらの実力を………今ここで試すとしよう。『秘密の部屋』の怪物を使って!」

  

『スリザリンよ!ホグワーツ四強の中で最も強き者よ!我に話したまえ!!』

 

 リドルが蛇語で叫ぶと、スリザリンの石像の顔が動き出した。

 

 巨大な何かが這い出てくる音ともに石像の口が開き、遂には大きな黒い穴となった。

 

 あの中からバジリスクが出てこようとしているのは明白だ。

 

 目を固く閉じると僕はセラスとマルフォイを必死に担ぎ、部屋の出口に向かって全力で走った。

 

 つい先ほどまでは持ち上げるので精一杯だったはずなのに、2人を持ち上げて走ってなお、僕の力は有り余っていた。

 

「どうした?逃げるだけか?そんな身動きもしない足手まといを背負っては逃げれるものも逃げれぬというのに!バジリスクはもうお前の直ぐ側に来ているぞ!」

 

 しかし、バジリスクが体を引きずってこちらに迫ってくる速度はそれ以上速く、埃っぽい床をズルッズルッと滑る音があっという間に直ぐ傍に迫っていた。

 

 杖を取り出して構えようとしてみるが、あんな巨体の怪物に通用する魔法なんて思いつきもしない。

 

 いつも僕が使っている魔法なんて簡単に消し飛ばされてしまうに決まっている。

 

 リドルの高笑いが聞こえてくるかのようだ。

 

 僕の真上で破裂するような蛇の鳴き声が鳴り、鎌首をもたげて僕達を喰らおうとバジリスクがその顎を開く。

 

 水たまりに滑って躓いたお陰でどうにか丸呑みにされずに済んだが、担いでいたセラスとマルフォイと一緒に僕の杖が出口の方に向かって投げ出されてしまった。

 

 石の床に強く頭を打ち、口の中からは鉄の味が広がる。

 

 そんな僕を嘲笑うように、バジリスクはテラテラと毒々しい鮮緑色の樫の木のように太い胴体を、高々に宙にくねらせて狙いを定める。

  

「助けて………助けて…………。お願い、誰か助けて……………」

 

 いつの間にか僕の口はそんな言葉を口走っていた。

 

 しかし、答えが返ってくる事はない。

 

 怖かった。

 

 バジリスクに喰われてしまう事が。

 

 恐ろしかった。

 

 嫌いな相手とはいえ、マルフォイがヴォルデモートに取り殺される事が。

 

 目を背けたかった。

 

 助けに来たはずのセラスを助けられない現実が。

 

 情けなかった。

 

 何も出来ずただ床に伏しているだけの自分が。

 

 誰でもいい。

 

 とにかく僕は心から助けを求めた。

 

 ────そんな時だった。

 

 どこからともなく音楽が響き、天井のあたりが燃え上がって、さながら太陽のような光が現れたのは。

 

 白鳥ほどの深紅の鳥がその光から姿を現し、孔雀の羽のように長い金色の尾羽を輝かせ、不思議な旋律を発した。

 

「………フォークス?」

 

 そっと呟くと、ダンブルドアの飼っている不死鳥フォークスは金色の爪に掴んでいたボロボロの包みを、僕の目の前に落としていった。

 

 よく見ると包みだと思っていたそれは古い帽子であり、去年の入学式に見た組み分け帽子そのものだった。

 

 そして突如として頭上から轟音が響く。

 

コンフリンゴ(対象を爆破せよ)プロテゴ(盾よ)!」

 

 バジリスクのみを狙った正確な爆破が放たれ、その爆発に怯んでバジリスクは後ろの石像の方に逃げた。

 

 爆破と同時に僕の周囲に張られた盾魔法越しに、崩れた天井からサーベルと拳銃を腰にしたやや長い杖を手にした長髪の女性と、片眼鏡(モノクル)を付けた執事服の老人が、落ちていく瓦礫とともに飛び降りてくる光景を僕は見た。

 

 老人の方は地面に着地してすぐに、逃げていくバジリスクの方に向かってそのまま更に跳躍して、その腕を一振りする。

 

 するとバジリスクの体のあちこちに刃で切り裂かれたかのような傷ができ、その傷からは大量の鮮血が宙を舞った。

 

 バジリスクは悲鳴を上げる。

 

「外したか………。深傷を負わせるまでで留まってしまうとは………やはり昔の様にはいかないモノだ」

 

 手から糸のような物を垂らしながら、老人………いや、ウォルター・C(クム)・ドルネーズは唸り声を上げるバジリスクと正面から向き合う。

 

 前にダイアゴン横町で会った人物とは到底思えない、死神のような迫力を持って。

 

「数多の魔法を弾くバジリスクの鱗を、たかだか鋼線如きで切り裂くだと!?貴様等………一体何者だ!!」 

 

 リドルが叫ぶと、地面に降り立った女性は土煙の中から現れた。

 

『ホグワーツでは助けを求める者には、必ずそれが与えられる。わしが本当にこの学校を離れるのは、わしの忠実な者が、ここに一人もいなくなった時じゃ』

 

 ダンブルドアの去り際の言葉が僕の脳裏をよぎった。

 

「私の名はインテグラル・ファルブルケ・ウィンゲーツ・ヘルシング。王立国教騎士団HELLSINGの団長だ」

 

「蛇の王バジリスクを操って人を襲い、うちらの身内(モン)に手を出したんだ。後は語るまでもあるまい」

 

 ────スリザリンの継承者(トム・マールヴォロ・リドル)。貴様を殺しに来た。

 

 王立国教騎士団HELLSING。

 

 設立から数百年、化物(フリークス)を狩るためにその全てを懸けてきた者達。 

 

 その刃が倒すべき敵、トム・マールヴォロ・リドル(ヴォルデモートの幻影)と相対した。

 

 

 

 

 

 

 

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