ハリー・ポッターと王立国教騎士団   作:熊田ラナムカ27

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31 Awakening heartbeat

 

 

 

 

 天井の一部を破壊して入ってきた人物達の姿に、僕は自分の目を思わず疑った。

 

 セラスの話すところではHELLSINGがホグワーツに来ることはほぼ無いと言っていたし、ついさっきアーカードここに向かっていると言い放ったものの、あれは所詮出任せで本当に来ているとはこれっぽっちも思ってなかったからだ。

 

 しかし、幻かと思えた2人の姿はいつになっても消える様子はなく、頭上を旋回するフォークスの姿もまたいつになっても消える様子はない。

 

 どうやら現実であったらしい。

 

「HELLSING?確か……吸血鬼アーカードを従える力を持ちながら、愚かにも脆弱なマグルに属する者達だったか。どうやらお前達の虎の子のアーカードの姿は見えないようだが」

 

「連れて来てもよかったのだが、生憎ここは下水道の終着点。石にでもならねば、吸血鬼は流れる水の向こうには入れんし、仮に入れたとしても人質がいようがいまいが、奴は加減というものを知らん。だから代わりに、奴には『秘密の部屋』からホグワーツへの出入り口全ての監視を任せてある。例えお前達が部屋から逃げ出そうと、直ぐに殺せるようにな」

 

 杖を構えて応戦の態勢を取り、インテグラさんはヴォルデモートを睨んだ。

 

「ハリー・ポッター、我々が来るまでよくやってくれた。そしてすまなかった。うちの身内(モン)の事も含めてな。魔法省との交渉が随分と長引き、怪物の正体がバジリスクである事は察知していたが行動に移せなかった。ここからは任せてもらいたい」

 

「助けてもらいましたからそれは構いませんけど……一体どうやってここに?セラスが伝えてた限りだと……部屋の正確な位置は分からなかったはずなのに………」

 

 そう尋ねると、頭上のフォークスは歌声のような綺麗な鳴き声を再び発した。

 

 その不思議な旋律を聞いているうちに、いつの間にか僕の頭の強い痛みは引いて僕は立ち上がれるようになった。

 

 そんなフォークスの姿にヴォルデモートは吐き気を催した顔をする。

 

「……そうか。不死鳥は癒しの力とは別に、『姿くらまし』と似た力を持っている。自らと他者を一時的に炎に変えて、長距離を移動する力が。不死鳥の存在そのものが希少なだけに、その全貌は明らかになっていないが……それを利用したか」

 

「実際にその力を見たのも使ったのも、我々としても初めての試みだったがな。現に『秘密の部屋』の周りに張られていた強力な隠蔽魔法と保護魔法に弾かれ、移動の途中放り出されて下水道のパイプを幾つか破壊してここに入る羽目になった。まぁ、ホグワーツ中のパイプを片っ端から破壊せずに済んだが」  

 

 絶えず杖を構えて語るインテグラさんの姿に、何故かヴォルデモートは拍手をした。

 

「いやはや、なるほど。マグルの武器を持っていたから見誤ったが、君は実に優秀な魔女らしい。この部屋に張られている隠蔽魔法と保護魔法は、サラザール・スリザリンの手で直々に掛けられたものだ。例え破ったとしてもある程度の時が経てば元に戻るとはいえ、それを破るには余りある才能がいる。見事な腕前だ」

 

「事件の首謀者に褒められても嬉しくはない。貴様………記録と一切容姿が変わっていないところを見ると、何らかの手段で自ら化物(フリークス)になったか。………実に愚かな」

 

「どうとでも言うがいい。お前達を状況は何も変わっていない。ついさっきは不意打ちで傷をつけられたのから勘違いしているかもしれんが、部屋の怪物であるバジリスクを倒す事はできん。お前もそんな足手まといを3人も抱えて、僕に勝てると本当に思っているのか?」

 

 傷を負い息を潜めていたバジリスクはこちらを睨み、僕は咄嗟に目を瞑った。

 

 これではインテグラさん達はまともに戦う事はできない。

 

『ポッターは後回しだ。まずは目の前の老人を殺せ。たかだかマグルの武器に怯むな!殺すんだ!』

 

 リドルが蛇語でバジリスクに指示をし、バジリスクは咆哮した。

 

 それと同時にリドルのいる方から杖を抜く音がする。

 

 自分も魔法を使う気でいるに違いない。

 

 どうにかその事を伝えようと声を出そうとするが、その時にはもう遅い。

 

 僕の目の前からは渇いた声が鳴り響いた。

 

 もう我慢できなかった。

 

 僕は出来るだけ細く目を開け、何が起こってるのかを見る。

 

 すると、目の目には左肩を抑えるリドルの姿があった。

 

「馬鹿な………銃弾が盾魔法を貫通するだと!?何だ?何だ!その武器は!?貴様、一体何をした?!」

 

 銃口から煙が出ている銃を降ろし、インテグラさんは鼻で笑う。

 

「法儀式済19mm弾頭。我がヘルシング一族が対化物用、対魔法使い用として長年研究を続けてきた武器の一つだ。この私が飾りのつもりで銃を携帯している訳ないだろう」

 

「ありえん……いくら対魔法使い用といっても、下等なマグルの武器にそんな力がある訳………」 

 

「一つ勘違いしているようだが、敵を殺すという一点においては、疾うにマグルは魔法使いを上回っている。その存在を知らないから対策が取れていないだけで、お前達の存在が知れ渡ればこんな物よりもっと効率的な殺し方を生み出すだろうさ。そしてそれは第一次魔法戦争で、既にHELLSING(われわれ)が証明している。人間界に侵入したヴォルデモート勢力の殲滅をもって」

  

「戯けが。そんな作り話を………」

 

「信じようと信じまいが貴様の勝手だ。そうやって魔法にばかり頼って自分達の置かれた状況に目を向けないから、魔法族はいつも足元を掬われる。産まれながらに持て余す程の力を持っているだけにな。それは化物(フリークス)にも同じことが言えるが」

 

 その直後に何かがのたうち回って、柱に叩きつけられる音がした。

 

 そちらを見てみるとバジリスクが更に傷をあちこちに作り、太い胴体をくねらせて鋼線の拘束から逃れようとしていた。

 

 周囲の水を巻き上げながら拘束を逃れ、全身をバネのようにしてバジリスクは跳びかかる。

 

 部屋全体が大きく揺れた。

 

 だが、ウォルターさんの姿はもうそこには無い。

 

 素早い動きで宙を跳ね、バジリスクの攻撃を逃れていたのだ。

 

 しかも、目を瞑った状態で。

 

「鈍い!!やはりバジリスクといえど所詮は蛇ですな。バジリスクの魔眼と蛇語による作戦行動の可能な点は脅威ですが………これでは!!不滅無敵の化物には程遠い」

 

 バジリスクの頭上から鋼線が振り下ろされる。

 

 見かけによらず素早い動きでバジリスクは致命傷は回避するも、自分から距離を詰めた為に避け切れず、2つの魔眼は無残にも切り裂かれた。

 

 これにはリドルも動揺を隠せない。

 

「ウォルター・C(クム)・ドルネーズ。ヘルシング家執事(バトラー)()ヘルシング(国教騎士団)()()()()()

 

「小便は済ませたか?神様にお祈りは?部屋の隅でガタガタ震えて、命乞いをする準備はOK?」

 

 バジリスクが20メートルはある巨体に対して、ウォルターさんの身長は比較するまでもなく小さいはずなのに、その威圧感は計り知れないものがあった。

 

 視界を奪われたバジリスクは、絶叫上げてその場でのたうち回った。

 

「言ったはずだ。HELLSING(われわれ)は貴様を殺しに来たと。そしてお前の勝ち目はない」

 

 杖を振り周囲の水を宙に浮かせると、インテグラさんはそれを放水機並みの勢いで放った。 

 

 石で出来た床を容易に削るこの攻撃に、撃たれた肩を押さえつつもリドルも反応せざるを得ない。

 

 しかし、その動きすらもインテグラさんの手のひらの上だ。

 

 杖を持っていないもう片方の手で銃を再度構えると、インテグラさんは直様発砲。

 

 放出される水から自らを守りつつも、壊れた天井の瓦礫を使ってリドルは銃弾を防御するが、その隙にインテグラさんは一気に距離を詰める。

 

「グッ……!!」

 

 銃をサーベルに持ち替えてそれを即座に抜刀。

 

 リドルが杖を持つ片方の手を、インテグラさんは躊躇いなく切り落とした。

 

 切り落とされた手と一緒に杖が音を立てて床に落ちる。

 

 落ちた杖をどうにか回収しようとリドルは手を伸ばすが、それすら許すまいとインテグラさんは不可視の斬撃を放ってそれすらも阻む。

 

 リドルは斬撃によって脚と胸を切り裂かれながら、杖を手にしようと前に進んだものの、あと一歩のところでその杖はインテグラさんの呼び寄せ呪文によって無慈悲にも回収され、その手の中に収まることは無かった。

 

 文字通り為す術が無かった。

 

見敵必殺(サーチアンドデストロイ)。それがHELLSING(われわれ)がお前に与える唯一つのものだ、化物(フリークス)。これで終わりだ、スリザリンの継承者(トム・マールヴォロ・リドル)

 

 杖を奪われ、逃げる為の脚も奪われたリドルは何も出来ず、ただ首元にサーベルの刃を当てられるのを黙って見ているしか無かった。 

 

 インテグラさんの背後にはウォルターさんもおり、下手に動けば切り裂かれるであろう事は明白だ。

  

「そうか……HELLSINGはこれほどか。僕はだいぶ、君達の事を見誤っていたようだ。本当に……本当にね」

 

 そう静かに言ったと思うと、リドルは静かに震え出した。

 

 リドルの不自然な様子にインテグラさんは眉を顰めるが、首元に当てたサーベルは微動だにする事はない。

 

 すると突然、化物(フリークス)表情(笑み)を浮かべかと思うと、リドルは突然高笑いしだした。

 

 得もいわれない恐怖を覚えて、僕は軽く恐怖を覚える。

 

 改めてリドルが人間ではないと、再認識するには十分だった。

 

「確かに君の武器には驚いた。そっちの執事(バトラー)のと、君の戦いぶりにも驚いた。認めるよ。だが、それがなんだ?勝ち目がない?これで終わり?笑わせてくれるな」

 

 奈落の底の様な眼をリドルはこちらに向ける。

 

 杖を奪われ、手だって切り落とされているのに、リドルの戦意は全くと言っていいほど失われていなかった。

 

 この瞬間ようやく気づいたのだが、銃で撃たれたはずの左肩も、切り落とされた手からも、不可視の斬撃によって斬り裂かれたはずの脚や胸からも、どういう訳か血が一滴も垂れていなかった。

 

「僕は将来、最も偉大な魔法使いになる。この英国(くに)の全てを手にする程の、強大な力を持った魔法使いに」

 

「HELLSING?知った事か。ダンブルドア?アーカード?いつかは殺すだけだ。そして僕はトム・マールヴォロ・リドルなんていう、マグルのありふれた名前じゃない」

 

 ───僕の名は、ヴォルデモート卿だ。

 

 リドルが、ヴォルデモートがそう発すると、部屋の空気がピリリと震えた。

 

 目の前のトム・リドルの中に、確かに僕はヴォルデモートの姿を見た。

  

 インテグラさんもウォルターさんも、ヴォルデモートの幻影を見たに違いない。

 

 ウォルターさんは自身の周囲に鋼線を漂わせ、インテグラさんは握っていたサーベルを更に強く握った。

 

 リドルは尚も笑っていた。

 

「そうか……お前は奴の、ヴォルデモートの幻影か。英国(くに)の全てを手にするだと?より一層生かす理由が無くなった」

 

「これはそっちのセリフだHELLSING。君達が僕の、僕達の邪魔をするというなら此処で殺さねばならない。どんな手段を用いようとも」

 

「お前は杖を奪われ、体を斬り裂かれ、今この瞬間首元にサーベルが当てられている。そして部屋の怪物であるバジリスクもあのザマだ。これで一体どうすると?」

 

「君が言ったんじゃないか。僕が、化物(フリークス)だと。ああ、そうだ。僕は人間じゃない。ヴォルデモート(かれ)の残した記憶であり、ヴォルデモート(かれ)そのものでもある。………君達が初めてだよ。ここまで僕を追い込んだのは。そして、認めよう。君達が、排除すべき敵であると

 

 すると直ぐ側に落ちていた日記が宙に浮き、そのページが開かれたと思うと独りでにページがパラパラと捲られた。

 

 その場にいる全員が予感する。

 

 あの日記を放置すれば、きっと大変な事になる。

 

 あの日記を放置すれば、きっと取り返しのつかない事になると。

 

「インテグラ様ッ!!」

 

 ウォルターさんが叫ぶと、インテグラさんはサーベルを鞘に入れて銃弾を数発放ち、杖からは赤い光を日記に向かって放った。

 

 けれど、その瞬間、バジリスクは視界を奪われのたうち回っていたとは思えないくらいの素早い動きで地面を這い、迎撃したウォルターさんの攻撃も無視して日記の前に立ち塞がった。

 

 銃撃と魔法の攻撃を同時に受け、更には鋼線で身体を裂かれようと、バジリスクは一歩も引く事はない。

 

 リドルの姿形が幻のように消えていく。

 

「僕の本体が日記だと即座に気づいたのは見事だった。だが、もう止められない。君達は間に合わなかった。こうなってしまった以上、誰であろうと───」

 

『───バジリスク(この僕)を止める術は、何処にもない』

 

 バジリスクの口からは、蛇語でリドルの声が囁かれた。

 

 ページを全て捲り終えた日記は、役目を終えたかのように独りでに床に落ちた。

 

憑依(ポゼッション)!!奴め………ッ!!バジリスクに憑りついたか!!」

 

 バジリスクは、リドルは、唸り声を上げて、僕達全員を殺そうとその巨大な鎌首を上げた。

 

 2つある魔眼はどちらも切り裂かれ目の前など見えないはずなのだが、リドルが憑りついた事で視力も回復しているようだった。

 

 先程までとは比較にならない程の速度でバジリスクは地面を這い、僕の周囲に張られていた盾魔法に向かって突進した。

 

 リドルが取り憑く前のバジリスクが車だとしたら、今のバジリスクはまるで稲妻だ。

 

 音を立てて盾魔法の防壁が紙切れのように壊され、その突進で背後の壁が変形する。

 

 ウォルターさんが鋼線で僕を引き寄せてくれていなかったら、今頃僕はミンチになっていただろう。

 

 リドルをその身に宿したバジリスクは、緑色の光となって見境なしに部屋中を暴れ回った。

 

 本来守るべき『秘密の部屋』を破壊してでも、自らの障害となると判断した敵を排除する為に。

 

「どうするんですか?こんな化物相手に」

 

「応戦するしかないが、今の装備では火力が足らん。ウォルターの鋼線ならあるいはだが……相手があのスピードとなると……致命傷を当てられるかどうか………」

 

「じゃあ、アーカードを呼ぶ事は………」

 

「ホグワーツから部屋までをぶち抜いてもいいのなら可能だが……奴がホグワーツに侵入した時のリスクが高すぎる。こんな奴が地上に出て行きでもしたら……一体どれだけの被害になるか………」

 

 ウォルターさんがバジリスクを引きつけている間、インテグラさんに連れられて僕は柱の陰に隠れた。

 

 柱の向こうでは途轍もない轟音が鳴り響いており、苦戦しているであろう事は容易に想像できた。

 

 長くは持たないかもしれない。

 

「ポッター。我々が時間を稼いでる間に、お前は部屋から脱出しろ。現状ここにいてもお前に出来ることはない」

 

 バジリスクの巨体には通じないと判断したのか、僅かでも身軽にしようと銃と弾薬を腰から外し、インテグラさんは羽織っていた上着を地面に置いた。

 

 懐から葉巻を取り出して口に咥え、手に持った杖で火を点ける。

 

「時間を稼ぐって……勝算はあるんですか?今の装備では火力が足らないって………」

 

「無い無いでどうにかするだけだ。いざとなれば部屋全体を破壊して生き埋めにする。リドルの方は知らんが、バジリスクの方は紛れもなく実体のある化物(フリークス)だ。ただでは済むまい」 

 

「それって道連れにするって事じゃないですよね!?」

 

 僕が止めようとするも、インテグラさんはとっくに覚悟を決めているようだった。

 

 サーベルを抜き、咥えていた葉巻を葉巻を靴で潰し、柱の影から出ようと立ち上がる。

  

「それとついでに頼みがある。あそこに転がっているセラスとドラコ・マルフォイも一緒に連れ行ってやってくれ。マルフォイについては重々と頼まれているし、あんなのでもセラスはうちの職員だ。放っておくわけにはいかん。お前は仮にもあの半端者を助けに来たんだろう?ならば任せる」

 

「けど───」

 

 それでも食い下がろうとしない僕に、インテグラさんは真っ直ぐな目を向ける。

 

「ハリー・ポッター、化け物を倒すのはいつだって人間だ。化け物は人間に倒される」

 

「何故なら人間だけが『倒す』事を目的としているからだ。戦いの喜びの為などではない。己の成すべき義務(duty)だからだ」

 

「故に、お前も果たすべき役目を果たせ。そして私もまた、目の前の為すべきを為すだけだ」

 

 そう言い残すとインテグラさんは柱から飛び出し、バジリスクを攻撃した。

 

 爆発や炎が発せられたと思えば、瓦礫の一部が刃と成って襲い掛かる。

 

 しかし、全身に傷を作りつつもバジリスクは牙を剥き、時に鋼線によって身動きを封じられて更なる傷を作りつながらも着実に2人に迫っていく。

 

 一瞬均衡したかと思えた戦いは直ぐに、バジリスク有利に向かって傾いていった。

 

(リドルは部屋に張られている強力な隠蔽魔法と保護魔法を、インテグラさん達は破って部屋に入ったと言っていた。そんな状態で……疲れていない訳がないんだ)

 

 よく見てみると、2人の動きのキレがどんどん悪くなりつつある。

 

 あんな風に戦えるわけじゃないが、2人が本調子でない事は僕の目でもわかった。

 

(何がセラスを助けるだよ。助けられてるのは………僕の方じゃないか。こんなんじゃまた同じだ………)

 

 1年前、禁じられた廊下の最深部で、血だらけになって倒れていたセラスの姿が脳裏をよぎった。

 

 状況は違うがセラスは僕を守る為にああなって、今、目の前の2人も僕を守る為にボロボロになって戦っている。

 

 何も変わらない。何も出来ない。

 

 そんな無力感が襲い掛かり、僕はその場から動く事が出来なかった。

 

 そんな時、先頭の余波で吹き飛ばされた組み分け帽子がこっちに転がってきた。

 

 衝動的に僕はぐいっと帽子を被り、思わず目を閉じた。

 

「力が欲しい。誰かを守れるくらいの、力が欲しい」

 

 そう一人で呟くが答えは返ってこない。

 

 代わりに被っていたはずの帽子はいつの間にかずしりと重くなり、あまりの重さで帽子は僕の頭からずり落ちた。

 

 気になって帽子の中に手を入れてみると、何やらついさっきまで無かったはずの長くて固い物が入っていた。

 

 直感的にそれを引き抜くと、帽子の中からは眩い光を放つ銀の剣が現れた。

 

 柄には卵ほどもあるルビーが輝きを放っている。

 

『こいつめ!突然襲ってきたと思えば猪口才な!お前の相手をする暇などない!』

 

 バジリスクの中にいるリドルが蛇語で喚いた。

 

 今まで傍観を貫いてきたフォークスが突如急降下し、金色の嘴でバジリスクの体のあちこちを突き刺して回ったのだ。

 

 苛立たちを隠さずに尾を振るい、狂ったように空を噛むが、どの攻撃も空を飛ぶフォークスには全く当たらない。

 

アレスト・モメンタム(動きよ止まれ)フリペンド・マキシマ(絶対なる衝撃よ)!!」

  

 フォークスに注意が向いた事で、勢いを取り戻したインテグラさんは緑色の光でバジリスクの動きを一瞬止め、紫色の閃光でその体勢を大きく崩した。

 

 体勢を崩し、床に頭をつけて寝そべるバジリスクをウォルターさんは追撃し、比較的柔らかい腹部をあっという間に真っ赤に染める。

 

 流石のバジリスクでもこれは不味いと思ったのか、リドルは蛇語ですら言語化出来ないほど激しく激昂する。

 

 僕の事など眼中にない違いない。

 

 仕掛けるなら今だ。

 

「ポッター様!?」

 

「貴様、脱出したのではなかったのか!?」

 

『ハリー・ポッター!!』 

 

 全員の意識が僕から逸れていたのか、柱の影から飛び出して、無我夢中で突撃する僕に全員が驚きの声を上げた。

 

『そんな剣で僕を倒せるとでも!?喰い殺してくれる!!』 

 

 バジリスクは、リドルは飛び出してくる僕を捉え、その大きな顎を開けて襲い掛かった。

 

 そして僕は迫るバジリスクの口に向かって、全体重を乗せ、剣の鍔まで届くほど深く、バジリスクの口蓋をズブリと突き刺した。

 

『ガッ……!?な、なんだ、この剣は?!か、体が、燃える?!そ、そうか………この剣は!!』

 

 喉奥に剣が突き刺さりながらもバジリスクは暴れ周り、焼けるような痛みが僕の肘の直ぐ上を走った。

 

 長い毒牙の一本が腕に突き刺さっており、剣を深く刺そうとすればするほど牙もまた深く腕に突き刺っていく。

 

 まるでリドルの最後の抵抗かのように思えた。

 

『ポッター……!ハリー・ポッター………!!』

 

 腕に牙が深く突き刺さる事も分かった上で、僕は更に深く突き刺し、剣をバジリスクの頭蓋から貫通させた。

 

 バジリスクのものとも、リドルのものとも取れる悲鳴が、部屋中に響き渡る。

 

 剣を引き抜くと折れた毒歯の破片を腕に残してバジリスクはドッと横様に床に倒れ、ヒクヒクと痙攣した。

 

 近くの壁にもたれてズルズルと崩れ落ち、僕は体中に毒を撒き散らしている牙をしっかりと掴み、力の限りぐいっと牙を引き抜いた。

 

 これでこれ以上毒が体を回ることは無い。

 

 けれど、もう遅すぎる事は分かりきっていた。

 

 目の前の景色が少しずつ霞んでいく。

 

「馬鹿者め。脱出しろと言っただろうに、なんて無茶を………。……今治療する。ウォルター、早く薬を」

 

「ポッター様、苦しいかもしれませんが我慢してください。これで多少は痛みが和らぐはずです」

 

 牙の刺さっていないもう片方の腕に、ウォルターさんは懐から取り出した注射を刺して、妙に毒々しいピンク色の液体を体に注入した。

 

 その瞬間、体のあちこちから激痛が走った。

 

 あまりの痛みで息もできず口をパクパクとさせ、僕はその場で蹲った。

 

 バジリスクの毒よりも先に、薬の痛みで死んでしまうと思えた頃、ようやく息ができる事に気がついて大きく深呼吸をし、ついさっきまであったはずの灼熱の痛みが和らいでいる事を感じた。

 

 霞んでいた目も元通りになっていた。

 

「ペルー・バイパーツース種の牙から作った薬だ。極めて高い致死性を持つバジリスクの毒から逃れるには、同じく強力な毒をもって毒性を打ち消すしかない。調合によって致死性は消えているが、それでも成分としては十分毒だからな。効果は絶大だが副作用として激しい痛みがしばらく全身を襲う」

 

 注射する前に言って欲しかったと言いたくなったが、それだけ焦っていたのだろうから言わない事にした。

 

 というより、薬の副作用の痛みでそれどころではなく、文句を言う元気も無いというのが正しい。

 

「言いたい事は山ほどあるが、まずはよくやった。何処からそんな剣を持ち出したかは追及せんが……よく役目を果した」

 

「また……守られっぱなしだったのが嫌だっただけです………。それに……バジリスクを……道連れにするなんて言い出すから必死で………」

 

「誰があんなのと心中するか。自分達が離脱してから生き埋めにするつもりでいたに決まっているだろう。………まさかお前、それで飛び出してきたのか?つくづく度し難いほどの大馬鹿らしいな」

 

 呆れつつもインテグラさんは笑いを堪え、溜息をつきながらウォルターさんは牙の刺さっていた僕の腕の治療を始めた。

 

 どうやら僕にセラス達を連れて脱出しろと言ったのは、部屋を破壊する際に起こる揺れと落石に僕達を巻き込まない為だったらしく、2人とも最初から死ぬつもりはまったく無かったらしい。

 

 更に言えば最悪の場合、アーカードが部屋に何が何でも駆けつけるという確信もあったらしく、またもアーカードがホグワーツを破壊する事態に発展しないで済んだと、何処か苦笑いしていた。

 

 ………この人達には一生敵わない気がする。

 

「フォークス………君もありがとう。君のお陰で………助かったよ」

 

 深紅の影がスッとよぎり、僕の傍らでフォークスは羽を広げた。

 

 その羽を何度も羽ばたかせ、僕達の周囲を忙しなく飛び、何かを警戒するように何度も鳴き声を上げた。

 

 ………何だか様子がおかしい。

 

「グリフィンドールの剣………。まさか……組み分け帽子に隠されているとは………あまりに予想外だ」

 

 何処からか掠れ掠れの言葉が聞こえかと思うと、頭を剣で貫かれたはずのバジリスクがその胴体を動かした。

 

 薬の副作用でまともに動けない僕をインテグラさんは守るように杖を構え、ウォルターさんは鋼線を構える。

 

 死んだはずのバジリスクの前方には、同じく死んだかと思われたリドルの姿があった。

 

 その姿は最初と比べてとてもボロボロで、腹部の辺りからは血の代わりに鈍い光が体から漏れている。

 

「バジリスクが死ぬ直前……ギリギリで体を引き離して消滅を逃れたか。往生際が悪い」

 

「黙れ!お前達のせいで全て台無しだ!僕はもうすぐ消える事になるだろうが………ただでは帰さん!!」

 

 リドルは手にしていた杖をこちらに向けた。

 

 あれは、僕が転んだ時に床に落とした杖だ。

 

「………ッ!なんという悪足搔きを………!!」

 

「残された全ての魔力を使い……バジリスクを死体を一時的とはいえ喰屍鬼(グール)に変えるとは………往生際が悪いにも程ある………!!」

 

 魔眼を失い、頭蓋に風穴を開けられ、生気を一切宿ない骸に成り果てながらも、バジリスクは攻撃を仕掛けた。

 

 ついさっきの突進で壊されたものよりも強力な盾魔法に阻まれ、自身の骨を何度も折りながらも永遠に突進を繰り返して、防壁の中にいる僕達を喰らおう牙を鳴らした。

 

 ウォルターさんが鋼線で幾度切り刻んでも痛みを感じない為効果が薄く、絶え間なく攻撃を仕掛けてくるせいでインテグラさんは防御に専念せざるを得ない。

  

 仮に僕が薬の副作用が収まって動けたとしても、剣ごと吹き飛ばされてしまうのがオチだ。

 

 喰屍鬼(グール)になった事で恐怖も何も感じず、その攻撃は単純ながらもとにかくデタラメ。

 

 だからこそ、気を割く暇がなかった。

 

 インテグラさんが張った盾魔法の防壁の外。

 

 部屋の出口近くで、セラスとマルフォイが倒れている事を。

 

「しまった………ッ!」

 

 バジリスクの喰屍鬼(グール)は直ぐに喰らえない僕達から狙いを変え、セラス達を喰らおうと跳び上がった。

  

「させん!!」

 

 この先には行かせまいと、ウォルターさんは鋼線でバジリスクの尾の部分を縛り上げ、その身動きを封じた。

 

 しかし、それでもバジリスクは止まらない。

 

 尾の部分を縛られてなお地面を這い、ブチブチと肉が裂ける音を出しながら前に進む。

 

 鋼線に引っ張られて自らの尾と胴体が切り離される事になるが、まったく怯まず目の前の獲物に迫っていった。

 

 これでバジリスクを阻むものはもう何も無い。

 

「さぁ、好きなだけ喰らえ!目の前の奴を今直ぐに殺すんだ!」  

 

 半狂乱のリドルは命じ、手始めにバジリスクは近くにいたマルフォイに狙いを定めた。

 

 バジリスクを止めようとインテグラさんは杖を振り、ウォルターさんが腕を振るうが間に合わない。

 

 鎌首をもたげ、バジリスクの頭がマルフォイ目掛けて落ちてくる。

 

 マルフォイの胴体がバジリスクの虚空に消えた。

 

 

 

 

 

 

 ────バジリスクを、殴り飛ばす者の存在がなければ。

 

「…………セ、セラス?」

 

 僕は一瞬、目の前にいる存在の正体が分からなかった。

 

 石になっていたはずのセラスは立ち上がったかと思うと、人離れした速度でバジリスクに接近してその頭を殴った。

 

 バジリスクは近くの壁に向かって飛んでいく。

 

 目の色はいつもの綺麗な青色から、血を連想させるドス黒い赤色に変わっていた。

 

 いつも隠れている牙が現れ、彼女が人間ではないと嫌でも再認識させられる。

 

 そして何よりも今まで見た事が無かった顔。

 

 今まで見る訳が無かった、化物(フリークス)表情(笑み)を顔にまざまざと浮かべ、彼女は何故か恍惚としていた。

 

「………あはァ♪」

 

 セラス・ヴィクトリアの形をした、別の何か。

 

 化け物。悪魔(ドラクル)吸血鬼(ドラキュリーナ)

 

 決して目覚めさせてはいけなかった別の何かが、僕の目の前に現れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

  

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