ハリー・ポッターと王立国教騎士団   作:熊田ラナムカ27

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 皆さん、お待たせしました。
 
 どうも、熊です。
 
 賢者の石編最終回から約1年が経ち、秘密の部屋編も遂に最終回でございます。
 
 詰め込みすぎた結果、今話の文量いつもの文量の倍となっており、少し読み辛いかもしれませんが気長に読んでもらえると幸いです。
 
 それといつもの事ですが、今作がここまでやって来れたのは読者の皆々さまのお陰です。
 
 ここから先は原作改変のタグが大きく目立つ事が予想され、一部の読者様には受け入れられないものになるかもしれませんが、それでもと応援を続けてもらえると大変ありがたい限りです。
 
 そんなこんなで早速、原作改変要素マシマシの、秘密の部屋編最終回の方を、どうぞ。
 
 
 


32 Things that change

 

 

 

 ───私は、セラス・ヴィクトリアは。

 

 人間であった時の自分が死んでから、私という存在の意識が生まれてから、”あの日”、師匠と初めて出会ったその時から。

 

 人間という存在に、焦がれ続けている。

 

 人間という存在は、化物(フリークス)と比べてあまりに弱い。

 

 暴()、生命()、身体能()、集中()、耐久()、吸血能()、変身能()、魔()────etc(エトセトラ)

 

 化物(フリークス)達が当然のように持つ『力』を、人間という存在はその身に宿していない。

 

 仮に持ちえたしても、それは化物(フリークス)達に遠く及ばず、その短い生涯の中で藻搔き生きるしかない。

 

 けれど、"意志"という………時に不変をも変え、時に希望を見出し、時に自らの身をも壊してしまうほどの"強さ"を持ったそれは、人間という存在のみが宿している。

 

『セラスは僕の友達だ!人間じゃなくたって関係ない!僕の友達だ!!お前なんかに石は渡さない!彼女も、殺させやしない!!』

 

『馬鹿ね。最初から、私達は友達じゃない』  

 

 だからこそ、私にとって、ハリー達の存在はとても眩しい。

 

 誰かの為に、本気で怒れる意志(つよさ)

 

 相手を思いやり、自身の思いを伝える意志(つよさ)

  

 それぞれが違う輝きを持っていて、そのどれもがまるで星のよう。

 

 とても眩しくって、とても羨ましくって、とても愛しい。

 

 ………だからこそ、私は許せなかった。

 

『誰もお前の意見なんか聞いてない。生まれ損ないの『穢れた血』め』

 

『あいつは、君には到底ふさわしくない。いくら優秀でも、所詮はあいつは生まれ損ないの人間なんだ』

 

 そんな眩しい意志(つよさ)を持ったハーマイオニーを、侮辱したあいつが。

 

 きっと、他の誰かの眩しさに負けないくらいの意志(つよさ)を持っていると、信じていたはずのあいつが。

 

 意志(つよさ)なんてものを一欠片も持っておらず、化物(わたし)と同じ存在だなんて、とてもじゃないけど思いたくなかった。

 

 化物(フリークス)の手先に成り下がっているだなんて、考えたくもなかった。

 

 ………けれど、それは全て真実だった。

  

『それは困るよセラス・ヴィクトリア。『秘密の部屋』の場所を明かされる訳にはいかないし、バジリスクを殺される訳にもいかない。ようやく真実に辿り着いたところ悪いけど、君にはここで死んでもらう』

 

 あいつは、化物(フリークス)の手先だった。

 

 あいつは、意志(つよさ)なんてものを一欠片も宿していなかった。

 

 あいつが、私の中で死んだ。

 

 体の中に赤黒い何かが入り込む。

 

 私が、私でなくなっていく。

 

 血が沸騰する。

 

 言葉で表せない快楽が体を巡る。

 

 本能に何もかもが委ねられていく。

 

 化物(フリークス)そのものになっていく。

 

 ………ねぇ、師匠(マスター)………教えて下さい。

 

 ずっと、拒絶していたはずなのに。

 

 ずっと、遠ざけていたというのに。

 

 こんなにも、酷く冷たいはずなのに。

 

 こんなにも、酷く泣き出してしまいたいのに。

 

 どうして、こんなにも────

 

 ────ココチガヨインデショウ?

 

  

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆

  

 

 

 

 

 

 

「何だ……お前は?人間じゃないな。その牙………吸血鬼か。吸血鬼が何故ホグワーツの生徒に?」

 

 スリザリンの石像の足元の辺りまで殴り飛ばされた、バジリスクを自身の周囲に呼び戻してリドルはセラスに問いかけた。

 

 しかし、その返答が返ってくる事はない。

 

 セラスは笑みを浮かべたまま何も言葉を発さず、バジリスクとリドルをただじっと見ていた。

 

 その敵を見据えるドス黒い赤い瞳は、まるで奈落まで通じている大穴のようだ。

 

「答えるつもりはない………いや、理性を失ったか。お前と僕は互いに相いれない存在。互いに互いの魂に強く干渉し、その奥底にある破壊衝動をより強く露わにさせる。妙に感情的になってしまっていたのも、どうやら君のせいだったらしい」

 

 何を言っているのかあまり理解できなかったが、リドルが標的をセラスに切り替えて、何が何でも殺そうとしている事だけは分かった。

 

 喰屍鬼(グール)となったバジリスクは、セラスに狙いを定める。

  

「なんて事だ………。セラスまた……呑まれてしまったというのか…………。……………やめろッ!!」

 

 インテグラさんが今までになく焦った顔で叫んだ直後、バジリスクの姿が視界から消えた。

 

 衝撃で部屋の水面が激しく波打った。

 

 尾を切り落とされて身軽になったバジリスクは、恐ろしく速い速度で床を這ってセラスに襲い掛かる。

 

 しかし、そんなバジリスクを脅威にすら思っていないのか、セラスは笑みを浮かべたままその場を動かない。

 

 そこにあったのは、圧倒的暴力による蹂躙だ。

 

 迫るバジリスクを片手で受け止めて投げ飛ばし、手刀でその体を裂いて鮮血を走らせる。

 

 体を深く裂かれ尋常ではない量の血を流すが、喰屍鬼(グール)となったバジリスクは痛みを感じないが為直ぐに身を翻し、体を捻ってその顎にセラスを収めようと口を開けた。

 

 再び迫るバジリスクの牙を間一髪で避けるが、唸るその巨体にセラスの腕が巻き込まれてしまう。

 

 横っ飛びにセラスは吹き飛ばされてしまった。

 

「大丈夫か、セラ────」

 

 咄嗟に僕の口から言葉が出るが、その直後に気づいてしまった。

 

 セラスがより一層の笑みを浮かべていた事を。

 

 床に放り出される直前、セラスは床に腕と足を自ら叩きつけてその衝撃を最低限のものにした。

 

 それでも腕と足からは帯びたたしい量の血が流れるが、そんな事など構うまいとバジリスクに向かって行く。

 

 回し蹴りで元から折れかけていた骨を完全に絶ち、大きく跳び上がって、蹴りを喰らって吹き飛ばされたバジリスクの頭を上方向から地面に叩きつける。

 

 骨を絶たれ身動きが取れなくなったバジリスクを頭を骨が変形するほど強く掴み、顔の半分の原型が無くなるほど押し潰そうとするその姿には、最早狂気すら感じた。

 

 本当に、あれは………僕が知るセラスなのだろうか。

 

「クッ……バジリスクとはいえ、所詮喰屍鬼(グール)では駄目か………。ならば………!!」

 

 リドルが杖を振ると、バジリスクは光が灯っていない目を怪しく輝かせた。

 

 身動きが取れないはずのその体をセラスに巻き付け、そのまま直ぐ傍の水辺に向かって跳躍した。

 

「如何に体が頑丈な吸血鬼でも、流水をその身に浴びればただでは済むまい!バジリスクごと葬り去ってくれる!」

 

 拘束から逃れようとセラスは腕を動かすが、バジリスクを止める事は出来ない。

 

 バジリスクが水辺に跳び込んだ途端、水面からは煙が発せられ、その周囲には異臭が漂った。

 

 バジリスクはセラスごと底に沈んでいく。

 

「そんな……セラス………。今、助けに────」

 

「無駄だ、ハリー・ポッター。流石の奴もこれで終わりだ。君が底に沈んだバジリスクに辿り着く頃には、セラス・ヴィクトリアは完全に溶け切っているだろう。次は君の────」

 

 リドルが僕に杖を向けようとした瞬間、水面からは煙の代わりに爆発が生じた。

 

 頭上に何か大きな物が打ち上げられ、それはみるみるうちに地面に向かって落下していく。

 

 落下しようとしている物の正体とは、顔の半分が変形しているバジリスクの頭であり、その落下場所にはT・M・リドルの日記が転がっている。

 

「水中でバジリスクを完全に殺したというのか!?一体どうやって!?いや、それよりも………!!」

 

 余裕の表情を遂に投げ捨て、リドルは鬼気迫る表情で日記を呼び寄せようと杖を振った。

 

 しかし、水面から姿を現した何かがリドルを突き飛ばし、僕の杖は床に転がった。

 

 それをやったのは、やはりセラスだ。

 

 日記はその場から動かず、バジリスクの頭は軌道変えず、そのままT・M・リドルの日記目掛けて落下した。

 

 そして、その牙が、日記に突き刺さった。

 

「あ……あぁ………あぁぁ───────」

 

 リドルは身を捩えり、迫る何かから逃げようとした。

 

 けれど、逃げられなかった。

 

 恐ろしい、言葉にする事も出来ない、耳を割くような悲鳴が部屋中に響いた。

 

 日記帳からはインクが激流のように迸り、水面を真っ黒に染めた。

 

 元より鈍い光が漏れ出していた場所の亀裂が広がり、その亀裂はリドルの胸一体に広がっていく。

 

 膝を地面に着けて悶え苦しみ消えていくリドルの姿は、まるで何かに懺悔をしているかのようだった。

 

 そんなリドルの一瞥すると、興味を無くしたとばかりにセラスは部屋の入口に向かって歩いて行く。

 

 化物(フリークス)表情(笑み)を浮かべたまま。

 

「駄目だ………セラス。それは……駄目だ………」

 

 彼女が今から何をしようとしているのか、僕には分かってしまった。

 

 セラスの歩いて行くその先にいるのは、意識を失って倒れているドラコ・マルフォイだ。

 

 リドルはマルフォイを操って、セラスを石に変えたと言っていた。

 

 つまり、セラスはマルフォイが『スリザリンの継承者』だと考えながら意識を失ったに違いない。

 

 セラスは、マルフォイを殺す気だ。

 

「やめるんだ。バジリスクは死んだ。本当の『スリザリンの継承者』だったリドルだって君が倒した。もう終わったんだ」

 

 動かそうとする度に痛みが走る体に鞭打って、僕は必死に叫んで手を伸ばす。

 

 けれど、セラスは止まらない

 

「マルフォイがハーマイオニーに言った事なら、後で謝らせればいい!僕とロンだってそれに協力する!だから頼む!止まるんだ!!」

 

 セラスは遂に倒れるマルフォイの前に立ち、その姿を視界に捉えた。

 

 口端を更に吊り上げて歪んだ笑みを作り、片足を胸元の辺りまで持ち上げる。

 

「もういい。セラスッ……もういい。もう充分だ。もう、もう……やめてくれ………」

 

 一瞬動きがピクリと止まるが、持ち上げられた足はそのまま、マルフォイ向かって振り落とされる。

 

「駄目だッ!!!」

 

 罪人への判決を下す、断頭台の刃のように。

 

 

 

 

 

 

「セラス……すまなかった………。僕の……せいで……ごめん……。………ごめんよ」

 

 セラスの足が首に振り下ろされる直前、マルフォイは掠れた小さな声で何かを言った。

 

 一体何を言ったのか僕には分からなかったが、その本当に小さな声をセラスは確かに聞き取ったらしい。

 

 首に足が触れるか触れないか辺りでセラスは動きを止め、両足を地面に着けてフラフラと体を揺らした。

 

 意識がハッキリしていないようだった。

 

「あ……あ………。わた……しは……な…に……を─────」

 

 聞こえるか聞こえないくらいの言葉を発すると、セラスは意識を失って倒れた。

 

 僕の気づかないうちに近くまで来ていたインテグラさんは、それを受け止める。

 

 倒れる直前に見た彼女の目は、元の青色に戻っていた。

 

「………ようやく眠ったか、馬鹿者め。”人”のような吸血鬼として生きると決めたのは、お前だったろうに………」

 

 つい先ほどまで被っていた鉄の仮面を脱ぎ捨て、インテグラさんは今にも泣き出しそうな顔をした。

 

 この時、僕はインテグラさんの歳が、ようやく20歳になったぐらいであろう事に気づいた。

 

 突然、悲鳴を上げていたはずのリドルは笑い出す。

 

王手詰み(チェックメイト)だ、小僧。悪足掻きもこれまでだ」

 

 バジリスクの牙が突き刺さっていた日記を地面に放り捨て、ウォルターさんは僕が持っていた剣を直ぐ傍に突き立てた。

 

 それでもリドルは笑う。

 

「お前が何もせずとも僕は直に死ぬ。ただ、この茶番劇があまりだったもので、つい笑いが出てしまっただけさ。この魂が消える痛みすら忘れるほどに─────」

 

 渇いた銃声が何発も部屋に響く。

  

 形を保つので精一杯だったリドルの体は、銃弾であちこち貫かれて胴と頭が辛うじて残るのみとなった。

 

 回収していた銃の引き金に指を当てながら、インテグラさんはリドルを強く睨んだ。

 

 その表情は怒り一色に染まっている。

 

「軽口を叩くな。私は………怒っている」

 

「くッくふ……くふはは………。ははッ……ははは………」

 

「最後に話せ。お前は自身が『ヴォルデモート(かれ)の残した記憶であり、ヴォルデモート(かれ)そのものでもある』………と言った。それは一体どういう意味だ?私の知る限り、自らの記憶を独立とした個として確立させる魔法なんてものはこの世に存在しない。あるとすれば失われた古代魔法か、闇の魔術の中でも禁じられたものだけだ。ヴォルデモートは自らに何をした?何をして、お前を生み出した?何をして、化物(フリークス)と成った?奴は、今何処にいる?……答えろ!!」

 

 インテグラさんは声を張り上げた。

 

 しかし、光となって消滅していく中で、リドルは尚も笑い続ける。 

 

 自らの終わりを理解して。

 

「笑うな!!答えろと言っている!!」

 

「答える訳がないだろう。僕はヴォルデモート(かれ)そのもの。ヴォルデモート(かれ)がその事を………誰かに話す訳がない。そして僕はヴォルデモート(かれ)の残しただけの………ただの記憶。今のヴォルデモート(かれ)の事など………知る訳がない。君達に負けた以上………僕はただ消えるだけさ」

 

 残っていた体の部位も光になっていく。

 

「ポッター、最後に教えてあげよう。彼女はもう……戻れない。彼女自身が願おうと願わまいと、彼女は僕達(人ならざる者)の側に足を踏み入れた。それは吸血鬼としての本能が、完全ではないとはいえ目覚めた事を意味する。精々……寝首を搔かれないよう……気を付ける事だ………」

 

 そんな言葉を残して、そこにあった光は塵も残さず彼方へと消えていった。

 

 トム・リドル(ヴォルデモートの幻影)は完全に消滅した。

 

 部屋の怪物のバジリスクを倒し、この事件の犯人だったトム・リドルも倒したはずなのに、場の空気はとても重かった。

 

 僕の体も多少動かせるようになってきたものの、それでも震えが止まらず立つのがやっとだった。

 

 まるで勝った気がしなかった。

 

「うっ……うぅぅ………。僕は……此処は一体…………」

 

 全員が黙りこくって言葉を発さずにいると、部屋の出口の方から微かな呻き声が聞こえてくる。

 

 ドラコ・マルフォイの声だ。

 

 ウォルターさんが駆け寄ると、マルフォイは身を起こした。

 

 少しボーっとしてぼんやりとした後に、マルフォイは急に震え出して涙を流した。

 

 その視線の先には意識を失ったセラスがいる。

 

「セラス─────そうだ。僕は……なんて事を………。あ、あ、あいつが、僕の意識を少しずつ乗っ取ったんだ………。一度はあいつを手放す事が出来たけど……気がついた時にはいつの間にかジネブラを襲って────あの日記をまた手にして────つ、次、気が付いた時には、ぼ、ぼ、僕が、セ、セラスを────そんな………嘘だ………。彼女を……そんな………」

 

 今にも死にそうな顔で、僕の目がある事なんて気にも留めず、マルフォイはさめざめと泣いた。

 

 ………普段の僕なら自業自得だと思って頬っていただろうが、今日の僕は珍しくそうしなかった。

 

 床に置かれていた放り捨てられていた日記を拾う。

 

 日記の中央辺りには、剣と牙で貫ぬかれたような2つの穴が空いていた。

 

 それをマルフォイに見せる。

 

「君のせいなんかじゃない。全部リドルのせいだったんだ。そのリドルも、リドルが操っていたバジリスクも、もう誰も襲いやしない。全部終わったんだよ」

 

「ハリー───ハリー・ポッター………。ぼ、僕は……き、君の友達を………この手で殺したんだ………。何もかもが……取り返しがつかない………。ここで、死んでしまった方が──ずっと────」 

 

「セラスは生きてる。石になって、もう元に戻った。君は、誰も殺してなんかいないよ」

 

 僕の言葉にマルフォイは涙を止め、声を出す事も息をする事も忘れた。

 

 フラフラと立ち上がってセラスのところに歩いて行き、彼女の顔をゆっくりと見た。

 

 何も言わず眠るセラスの顔をしばらく見ると、その場で蹲りまた涙を流し始める。

 

 その顔には、安堵と笑みが浮かんでいた。

 

「………そうか、生きているのか。そうか……セラスは………生きているんだ。………よかった。………よかった………ッ!!」

 

 ………少なくとも僕の胸のうちにあった、彼に対しての怒りや憤りは、いつの間にか消え失せていた。

 

 あいつがどれほど嫌な奴でも、セラスに対しての思いだけは本物だった。

 

 それだけは、認めることにした。

 

 しばらくの間、ドラコが泣き止むのを待ち、僕達は部屋を出た。

 

 リドルに憑りつかれていた事を考慮し、ウォルターさんはドラコに背中に乗る事を提案したのだが、それは本人が断固として拒否した。

 

 ついさっきまで気にしてなかった癖に、今になって恥ずかしくなったらしい。

 

 セラスを背負うインテグラさんの影に隠れるように、ドラコは集団の後方に陣取った。

 

 魔法を使う体力が残っていたウォルターさんと、道を知っているらしいフォークスを先頭に、暗いトンネルを数分歩くと、ゆっくりと岩がずれ動く音が聞こえてくる。

 

「ロン!ハーマイオニー!セラスも無事だ!インテグラさんとウォルターさんも一緒だ!ここにいるよ!」

 

「何だって!?インテグラさんとウォルターさんって……確かHELLSINGの?どうやって此処に?夢じゃないよな?それにどうして剣を?あの鳥は?」

 

「セラス!ハリー!2人とも……こんなボロボロになって………。それでも生きていて良かった………。……2人を助けてくれたんですね。本当に、ありがとうございます」

 

 ロンはインテグラさんとウォルターさん、僕の持つ剣やフォークスの姿に驚きながらも笑い、ハーマイオニーは半泣きになりながらも嬉しそうに頭を下げた。

 

 けれど、これで終わりとはいかない。

 

 ひとしきり喜んでようやく気付いたのか、ロンは影に隠れていたドラコの姿を見つけ、完全に折れた杖を構えながら顔を強張らせた。

 

 どうにかハーマイオニーは杖を構えなかったものの、インテグラさんに背負われたセラスを守るような位置で、ドラコに強い視線を向けた。

 

 対するドラコは気まずそうに視線を逸らす。

 

「マ、マ、マルフォイ!?どうして、お前が此処に!?………そうか!お前がジニー達を石にして、セラスを部屋に攫った継承者だったんだな!!………待てよ。だったらどうしてだよ、ハリー!!どうしてこいつに、縄の一つも掛けていないんだ!?」

 

「ロン。ドラコは、継承者じゃなかったんだよ。本当の継承者に、ただ操られていただけだったんだ。その操っていた継承者もインテグラさん達が倒した。彼はもう何もしないよ」

 

「何もしないって……君はこいつがハーマイオニーにした事を、もう忘れたのか!?こいつは……ハーマイオニーの事を────」

 

 顔を真っ赤にしてロンはドラコを責めようとするが、それをハーマイオニーは手で止めた。

 

 強い視線のままドラコに近づき、真っ直ぐとその眼を見た。

 

 流石のこれには観念したのか、ドラコもハーマイオニーの眼を真っ直ぐと見る。

  

「………マルフォイ。言いたい事は沢山あるけど、これだけは教えて頂戴。あなたは、セラスの友達でいたいと思ってる?それとも、そう思っていない?正直に答えて頂戴。あなたは、一体どう思っているの?」

 

 ハーマイオニーの言葉に、僕は少し気圧されそうになるが、ドラコは気圧されなかった。

 

 少し迷いを見せつつも、その答えを出した。

 

「………僕は、彼女がもしも、許してくれるのなら………友達でいたいと………思っている。けど、僕は……彼女や色んな人に………沢山の許されない事をした。………君にだってそうだ。こんな僕を……今更彼女が許してくれるとは………」

 

 トンネルの中で渇いた音が響く。

 

 ハーマイオニーが、ドラコの頬を引っ叩いたのだ。

 

 叩かれて赤くなった頬を、ドラコは自らの手で押さえた。

 

 そんなドラコの様子を見て、ハーマイオニーは下を向く。

 

「………私は最初からあなたの事が嫌いだし、あなたのやった事も許すつもりはない。………けど、セラスがこれからあなたをどう思うかは………あなた次第よ。……あの子ね。あなたを拒絶した、あの日………。………ずっと一人で、泣いていたから」

 

 ハーマイオニーはドラコと背を向ける。

 

「………これだけは忘れないで。次に、セラスがあなたを拒絶するような事をしたら………。また、あなたがセラスを泣かせるなら………私は許さない。あの子が何と言おうと、誰かが何と言おうと…………あなたの事を────本当の意味で、絶対に許さないから

 

 ドラコはハーマイオニーの言葉を、ただ黙って最後まで静かに聞いていた。

 

 その様子にロンはそれ以上何も言えず、悪態をつきたい気持ちを抑え、どうにかドラコに背を向けた。

 

 ほんの少しだけ、僕はほっとしていた。

 

 少し進んで最後の曲がり角を曲がると、そこではロックハートが一人で大人しく鼻歌を歌いながら座っていた。

 

 文字通り人が変わった様子で、人畜無害な笑顔を浮かべている。

 

 あまりの変貌っぷりに、僕は顔をしかめた。

 

「記憶を無くしてる。『忘却術』が逆噴射して、自分が誰なのか、今何処にいるのか、僕達が誰なのか、全部忘れちゃったんだ。連れていこうにもこれじゃあ危なっかしいから、ここで待たせていたんだよ」

 

「やぁ、なんだか変わったところだね。ここに住んでるの?」

 

 馴れ馴れしく話しかけてくるロックハートに、インテグラさんは頭を押さえる。

 

「………今回、我々HELLSINGがホグワーツに来た表向きの理由は、あくまで多数の記憶忘却事件を引き起こした可能性が高い容疑者である、ギルデロイ・ロックハートを捕縛する為。捜索の途中、()()、部屋への入口を発見し、()()、バジリスクを発見したので討伐したというシナリオだったのだが………。………本人がまさかこれとは」

 

「表向きって………。部屋がある事もバジリスクがいるって事も、完全に明白だったはずじゃ」

 

「汚い話になるが、組織というものが絡むと正しいか間違っているかを別として、組織の面子というものが必ず関わってくる。今回の場合、魔法省が面子を保ちつもも、ドラコ・マルフォイの救出を頼んだ有力者とHELLSINGの要請を受け入れる為に、ロックハート捕縛というカバーストーリを用意したという訳だ。そもそも……あのファッジが折れること自体が異例だが

 

「あの……その有力者って………」

 

「お前の父、ルシウス・マルフォイだ」

 

 その言葉に、ドラコは嬉しいとも申し訳ないとも取れる顔をした。

 

 そこから少し進んで行くと、僕達が部屋に侵入するのに使った、長く伸びる暗いパイプが見えた。

 

 遠くから見ると思った以上にパイプは垂直で、自力で登るのは不可能に近い。

 

 前にいたロンとハーマイオニーは少し気まずそうに、振り返って僕達の事を見た。

 

「………どうやって上まで戻るか、2人とも考えてる?」

 

 2人はほぼ同時に首を横に振った。

 

 僕もこれっぽちも考えていない。

 

「これは年長者としてのアドバイスだが、お前達は後先についてもっと深く考えた方がいい。何も考えず前に進むだけでは、いつか痛い目を見る。今回に関しては運が良かったな」

 

 インテグラさんがそう言うと、フォークスは羽をパタパタと羽ばたかせ、ビーズのような目を明るく輝かせた。

 

 長い金色の尾羽を振っている。

 

「まさか……この鳥に掴まる訳じゃないですよね?」

 

 ロンが当惑した様子で聞くと、インテグラさんは無きにしも非ずと言いたげな顔をした。

 

 冗談だと言いたそうなロンを横目に、ハーマイオニーはハッとした様子で、フォークスをもう一度見た。

 

 フォークスがただの鳥ではない事に気が付いたらしい。

 

「この子……もしかして不死鳥?この子が本当に不死鳥なら……みんな此処から出れるわ。掴まれって、きっと言ってるのよ」

 

「何言ってるんだよ。1匹の鳥が持ち上げるには、僕等は大所帯過ぎる。1人持ち上げれるかだって怪しいのに、まとめて引っ張り上げれる訳ないじゃないか」

 

「ロン。フォークスは、普通の鳥じゃないんだ」

 

 理解が追い付かずロンがきょとんとしていると、横からハーマイオニーがロンの手を掴んだ。

 

「ロックハート、さっさとウィーズリーの手を掴め。後が閊えている」

 

「この手を掴めばいいのかい?ロックハートとは、私の事かい?」

 

 面倒臭そうにインテグラさんはロックハートに手を掴ませると、もう片方の手をドラコに掴ませた。

 

 自分はというとウォルターさんが懐から取り出した2つの箒のうち、1本を手にしてセラスを担ぎながらインテグラさんは箒に跨がる。

 

 ウォルターさんも慣れた様子でもう片方の箒に跨った。

 

 驚くほど用意がいい。

  

「これが後先を考えるという事だ。よく覚えておけ。自分がやった事には、最後まで責任を持つという事をな。わかったのなら、さっさと行け」

 

 ………本当に、この人達には一生敵わない気がした。

 

 剣と組み分け帽子をベルトに挟んで、ハーマイオニーの空いていた手を掴むと、片方の手でフォークスの不思議に熱い尾羽をしっかり掴んだ。

 

 全身が以上に軽くなった感覚に襲われる。

 

 次の瞬間、僕達5人はパイプの中を上へ上へと、風を切って飛んでいった

 

 インテグラさんとウォルターさんの箒が後ろから続く。

 

「凄い!凄い!まるで魔法のようだ!」

 

 下の方にぶら下がっているロックハートは、子供のように大はしゃぎした。

 

 楽しい時間はあっという間に終わった。

 

 僕達がトイレの湿った床に着地し、2人がパイプから出てくると、手洗い場が独りでに元の位置に戻った。

 

 それを見届けるとインテグラさんは全員を連れ、フォークスの先導に従って階段を下った。

 

 『魔法薬学』の授業が行われている地下室に来たあたりで、行き先を察したのかロンは心底嫌そうな顔をした。

 

 この先にあるのは、スネイプの部屋に違いない。

 

 案の定その予想は当たった。

 

「ポッター。そして共に校則にも慣れたであろう、その友人よ。暫しの実に愚かな冒険はどうだったかな?私の一存が速やかに通るのであれば、貴様等全員には速やかに退学の準備をしてもらいたいところだ」

 

 初めに出迎えたのは、その部屋の主であるスネイプだった。

 

 ハーマイオニーは嫌そうに顔を強張らせ、ロンに至っては隠そうともせずにうんざりとした顔をした。

 

「まぁまぁ、セブルス。まずは全員の無事を喜ぼうではないか。褒め称えるような事はすれど、今回彼らは罰を受けるような事をしておらん。実に勇気ある行動じゃった。インテグラも、ご苦労であったな」

 

 あと100個は小言を言いたそうなスネイプを止めるように、後ろに立っていたダンブルドアは優しく笑った。

 

 フォークスは僕の耳元を掠め、ダンブルドアの肩に止まる。

 

 そんなフォークスを入れ違うように、赤いコートの吸血鬼、アーカードは、楽し気に僕達の事を一瞥すると、インテグラさんの前で跪いた。

 

 インテグラさんはアーカードに視線を向ける。

 

「お帰りなさいませ、我が主。成果はどのように?」

 

「まずまずといったところだ。この馬鹿者を回収できた事だしな。そちらも任務ご苦労。我が(しもべ)

 

「恐悦至極。喜びの極み」

 

 たった数言の会話でありながら、2人の主従関係は明白だった。

 

 そんな僕達の一方で、ドラコは母親に抱きしめられていた。

 

 ドラコの母親はとても美人で、ブロンドの髪はドラコと瓜二つだ。

 

 そんな2人を優しく見つつも、ドラコの父、ルシウス・マルフォイはその憎悪の炎をその瞳の裏で燃えがらせた。

 

 自分の妻と息子がこの場にいるから冷静さを保っているだけで、2人がこの場にいなかったら、迷わず僕かダンブルドアに強く当たり散らしていただろう。

 

 足元にいたドビーは包帯グルグル巻きになって、小さく縮こまって震えている。

  

 きっとあの人が、ドビーの主なのだ。

 

 これまでドビーがあんなにボロボロだったのは、アイツのせいで違いない。

 

 ドビーの主がこの人なのだと分かったのも相まって、僕はこの人がより嫌いになった。

 

「実に英雄的な行為が出来て、実に誇らしいだろうね、ハリー・ポッター。しかしね。何故、息子であるドラコが攫われたのか、私には皆目見当付かないのだよ。マグル生まれや何処ぞの恥知らずならまだしも、ドラコは純血のマルフォイ家の者だ。幸いヘルシング卿の助けで事なきを得たが、次この様な事があると考えただけで、私は恐ろしくて夜も眠れやしない。どうしてドラコが巻き込まれたかについて、じっくりと、ご教授願えないだろうか」

 

 脅迫だと言わんばかりの圧で、マルフォイ氏は僕に迫った。

 

 あまりの言い様に教えてやるもんかという反骨心が出そうになったが、横からからウォルターさんが待ったを掛ける。

 

「心中については大変ご察しします。しかし、大変申し訳ございませんが、ポッター様は現在大変お疲れのご様子。細やかな詳細を説明するのは困難かと。そこで一つ提案なのですが、私どもに経緯についての説明を任せるというのは?」

 

「ウォルター。君の心遣いについては感謝するが、私はハリー・ポッターの口から話を聞きたいのであって────」

 

「ですので、ポッター様には内容の補足をお願いするつもりです。セラス様の報告である程度の詳細は把握すれど、所詮私どもが直接関わったのはほんの一晩。それまでの事の詳細を説明できるのは、その場にいたポッター様しかいません。何より、今回の一連の事件の元凶たる“これ“を、ドラコ様を除き最も長く所持していたのは彼です。これならばお望み通り、ポッター様の証言も同時に把握できるかと」

 

 リドルの日記の残骸をウォルターさんが見せ、僕が組み分け帽子とルビーの散りばめられた剣を見せると、マルフォイ氏はピクリと顔を強張らせて不機嫌そうに了承した。

 

 これ以上言っても無駄だと判断したらしい。

 

 ウォーターさんは順を追って経緯を説明し、最小限ではあるものの、僕もところどころ補足の説明をした。

 

 姿なき声を僕が聞いた事、ハグリットの友達のアラゴグが部屋の怪物でなかった事、バジリスクが水道パイプを通って人を襲っていると、セラスとハーマイオニーが気が付いた事。

 

 そして、部屋の入口を発見したものの、リドルに操られたドラコによって、セラスが石にされた事。

 

 ドラコがリドルに操られていた事を聞いた辺りで、ドラコの母親はより強く自身の息子を抱きしめた。

 

 途中までとことん口を挟みたそうにしていたマルフォイ氏の表情は、憎悪から恐怖と驚愕が混じったものとなり、結局最後まで口を挟む事はなかった。

 

 HELLSINGの協力で僕達がポリジュース薬を作った事を言うと、スネイプは真顔になり、どこ吹く風でインテグラさんは、スネイプの無言の追及から目を逸らした。

 

 アーカードは終始冷ややかな目で、ずっと穴の空いたリドルの日記を眺めていた。

 

 ダンブルドアの半月形の眼鏡に、暖炉の火がチラチラと映り込む。

 

「わしが一番興味があるのは、ヴォルデモート卿が、どうやってドラコに魔法をかけたと言う事じゃな。HELLSINGの調査によると、ヴォルデモートは国外に出てからというもの消息は不明との事じゃが」

 

「どうして、ドラコがこんな目に遭わなけらばならなかったのです!?この子は紛う事なき純血であるというのに!!」

 

 ドラコの母親は感情あまり遂に叫び出した。

 

 そんなドラコの母親をアーカードは鼻で笑う。

 

「純血?それが何だ。そんなものは我々(フリークス)にとって何ら意味もない。かつてトム・リドルと呼ばれ、自ら化物になりがら人間というものに執着しているヴォルデモートにとっては多少なり意味あるかもしれんが、所詮その程度だ。必要とあれば簡単に切り捨てる。それとも貴様等は本気で、奴が自分達の事を絶対に殺さないとでも思っていたのか?それこそ貴様等は、化物(フリークス)という存在を甘く見ている」

 

 何処までも容赦なく冷徹な言葉に、ドラコの母親は恐怖のあまり息も忘れて表情を蒼白とした。

 

 マルフォイ氏は小さく拳を震わせた。

 

「口が過ぎるぞ、アーカード。だがしかし、私としても最後まで分からなかった事がある。何故、ドラコ・マルフォイがリドルの日記などというものを、そもそも所持していたという事だ」

 

「確かに、それは大きな疑問でありますな。日記とはいえ仮にも闇の帝王の遺物を、況して2年生が所持しているなど本来ありえません。誰かが故意に渡しでもしない限り」

 

 そう言ってウォルターさんがドラコを見ると、ドラコは表情を暗いものにした。

 

 今にも倒れてしまいそうなほど酷く震えている。

 

「……あの日記は、気付いたら僕の荷物に入っていたんです。使い方が分からなくて、しばらく放置していたんですけど──偶然、使い方を知って…………。………てっきり僕は、父上からの贈り物の一つだと思って」

 

 それ以上言葉を発する事が、ドラコは苦しくて堪らなそうだった。

 

 マルフォイ氏はその事を聞いてより強く拳を震わせ、今にも辺り構わず呪いを掛けそうな雰囲気を出している。

  

「ドラコよ。直ぐに医務室に行きなさい。苛酷な試練じゃったろう。処罰はなし。もっと年上の賢い魔法使いでさえヴォルデモート卿に誑かされていたのじゃ」

 

 諭すようにそう言うと、ダンブルドアはカツカツと出口まで歩いてドアを開けた。

 

「セブルスよ。しばらくドラコとミセス・マルフォイに付き添っていて欲しい。ルシウスとはもう少し話をしたいのでの。それと湯気が出るようなココアを忘れずに。わしはそれでいつも元気が出る」

 

「………分かりました、ダンブルドア」 

 

 何か言いたげではあるが最後に僕を睨むと、スネイプはドラコと母親を連れて保健室に向かった。

 

「そういえば、一人だけこの危険な冒険の役割について、恐ろしく物静かな人物がいるようじゃ。確か『忘却術』が逆噴射したとか」

 

 すっかり存在を忘れていたロックハートを見ると、彼は曖昧な微笑みを浮かべて部屋の隅に立っていた。

 

「この様子では捕縛はおろか、取り調べもままなりません。一度マダム・ポンプリーの診察を受けさせた後、正気が戻るまで聖マンゴ送りが妥当かと。……その正気がいつ戻るかについては、定かではないが」

 

「記憶を奪い得ていた名声を、記憶を自ら捨て全てを失うか。英雄を語っていた奴には、相応しい末路だ」

 

「なんと、自らの(つるぎ)で貫かれたか、ギルデロイ!」

 

(つるぎ)(つるぎ)なんか持ってませんよ。でも、その子が持っています。その子が(つるぎ)を貸してくれますよ」

 

 僕を指差すとロックハートはまたぼんやりした。

 

 最初から興味なさげなアーカードは別として、2人の言葉はどうもわざとらしい。

 

「ウィーズリー、グレンジャー。すまんが、ロックハートも医務室に連れて行ってくれんかね?わしはハリーとも、ちょいとばかし話したい事がある」

 

 最初から僕が目当てだったようだ。

 

 ロンとハーマイオニーはそれに頷くと、のんびりとしたロックハートを連れて部屋を出た。

  

 ダンブルドアは暖炉の傍の椅子に腰かけ、マルフォイ氏と向き合った。

 

 マルフォイ氏は今にも怒り狂いそうになっている。

 

「………これで借しを作ったつもりか、ダンブルドア。私に貸しを作りさえすれば、校長の座に返り咲けるとでも?」

 

 表面上だけでも冷静さを保とうとしつつ、マルフォイ氏は冷たい視線を向けた。

 

「HELLSING職員であるヴィクトリアと、君の息子であるドラコが連れ去られた聞いて、君以外の理事はわしに連絡をくれた。今直ぐに戻って来て欲しいとな。結局、この仕事に一番向いているのはわしだと思ったらしい。そもそもわしを停職処分などにしたくなかったとも言っていた」

 

 ダンブルドアは静かに微笑んだ。

 

 対するマルフォイ氏の細い目は更に怒りを燃え上がらせる。

 

「ついさっきの話の続きをしよう。何故、ドラコがそもそも日記を持っていたのかは、わしにも分からん。しかし、仮定の話じゃが、もし『マグル保護法』を策定したウィーズリーの家の誰かが、ヴォルデモートに操られてマグル出身者を襲い、殺している事が明るみになったら、その法には大きな影響が出ていたじゃろう」

 

「………何が言いたい?」

 

「貴様が日記の最初の保所者ではないかと、ダンブルドアは言っているんだ。第一次魔法戦争では死喰い人(デスイーター)となり、ヴォルデモートに近い人間の一人だった貴様がその遺物を所持しているというのは、驚くほど辻褄が合う。尤もその様子だと事の顛末は、貴様にとっても予想外であったらしいがな」

  

 挑発的にアーカードは嘲笑った。

 

 その言葉にルシウス・マルフォイは、杖に手を伸ばしたくてたまらなそうだった。

 

 けれど、目の前にはHLLSINGの2人とダンブルドアがいるのに加え、何せ相手はアーカードだ。

 

 杖を抜いてしまったら最後、どうなるのは明白だ。

 

「息子に害をなした物の事など………私は知らんッ!!ドビー、ナルシッサを連れてさっさと帰るぞ!!」

 

 その事を考える冷静さはまだ持ち合わせていたようで、代わりにマルフォイ氏はドビーをドアの向こう側まで思いっきり蹴とばした。

 

 ドアをぐいっとこじ開け、ドカドカとマルフォイ氏は部屋を出て行った。

 

 扉の向こうから痛々しい叫び声が聞こえてくる。

 

「これでマルフォイ家への()()は返し終わった。事件の報告を魔法省にしなければならないし、この馬鹿も本部に連れていかねばならん。我々もそろそろお暇するとしよう」

 

「………セラスは、これからどうなるんですか?」

 

「………それは全てこいつ次第だ。皮肉にもリドルが言った通り、こいつ自身が望もうと望まないが、1度化物(人ならざる者)の側に足を踏み入れたんだ。もう戻る事は出来ない」

 

 僕がそう尋ねると、インテグラさんは神妙な顔になる。

 

「私が死喰い人(デスイーター)に襲われた日、私が真の意味でヘルシング家当主になった日、私がアーカードの主になった日。あの日もセラスは……私を殺そうとした死喰い人(デスイーター)共の残党を前に、吸血鬼としての力を目覚めさせた。………だが、あの日と今日とでは、明らかに目覚めの規模が明確に違う。バジリスクによって水辺に引きずり込まれた時、おそらく奴は()()()()()()()()使()()()。水を弾いて身を守り、バジリスクの体を切り刻んで拘束から逃れ、その頭を跳ね飛ばした。まるでアーカードのような真の………吸血鬼(ノスフェラトゥ)のように」

 

 その言葉に僕の背筋はいつの間にか凍りつく。

 

 そんな僕をアーカードは後ろから見つめた。

 

「他の2人にも、今回の事は包む隠さず全て言え。それがお前達の為でもある。そしてこいつと今後とも関わるなら……決して忘れるな。こいつがセラス・ヴィクトリアであると同時に………紛うことなき化物(フリークス)である事を」

 

 自身もまた覚悟を決めたかのような面持ちで、椅子に座らせていたセラスを抱えると、インテグラさんは部屋を出て行った。

 

 僕とダンブルドアに軽く頭を下げ、ウォルターさんも部屋を出て行く。

 

「不安か?こいつが変わってしまう事、変わってしまった事が。………だが、案ずるな。お前はお前。こいつはこいつだ

 

「変わろうが変わらまいが、あれは何処までいこうと薄暗がりをおっかなびっくり進むだけの、ただの小娘だ。何があろうと………”人”のような吸血鬼であろうとするだけのな。()()()()()()()()()()お前と………大して変わらんさ」

 

 あの時のセラスと同じ、ドス黒い赤い瞳で僕を覗き込むと、アーカードは音も無く部屋を出て行った。

 

 恐ろしくも彼は笑っていた

 

 ずっともやもやしていた疑いが、ようやく明らかになった気分だった。

 

「アーカードの言った通り、わしの考えが当たっているのなら、君にはヴォルデモートの力の一部がある。蛇語はその一つじゃ。君にその傷を負わせた夜、偶発的に力を移してしまったらしい」

 

 ダンブルドアは静かに言った。

 

「『組み分け帽子』が言っていました。僕はスリザリンでも上手くやっていけるって。けど、僕は…………」

 

「そうじゃ。君はあの日、自らの意志で選択をした。それが君が、トム・リドルと違うという証拠じゃ。自分が何者かは能力でも生まれでも決まる訳でもない。自らの意志で、どんな選択をするかで決まる。だからこそ、君はこの(つるぎ)を取り出せた」

 

 説明の途中でスネイプの先生の机に、日記とともに置かれた(つるぎ)をダンブルドアは手渡した。

 

 (つるぎ)は血に染まってもいたものの、暖炉の炎に照らされてその刻まれた名前が目に入った。

 

 ゴドリック・グリフィンドール

 

 ホグワーツ創設者の名前の一つだ。

 

「君は誠の信頼を示してくれた。わしの記憶では、君とウィーズリーがこれ以上校則を破ったら、退学処分にせざるをえないと言ったが……どうやら誰にも過ちはあるようじゃ。前言を撤回しよう」

 

 ダンブルドアは優しい目をした。

 

「君達はよくやってくれた。4人には『ホグワーツ特別功労賞』が授与される事じゃろう。それに──そうじゃな。一人につき100点ずつグリフィンドールに与えよう」

 

 僕の顔は思わずぱっと、明るいピンク色に染まった。

 

 医務室にいるロンとハーマイオニーにこの事を今直ぐにでも伝えに行きたくなったし、セラスにもこの事を手紙で伝えたくなった。

 

 けれど、その前にやる事がある。

 

「ダンブルドア先生。その日記を、マルフォイさんに、()()()()()()よろしいでしょうか?」

 

 目配せをしながらダンブルドアに言う。

 

「よいとも、ハリー。ただし、急ぐがよい。今夜は宴会じゃ。マンドレイクのジュースをみんなに飲ませたところでな───きっと、襲われた者達が今にも目を覚ます。くれぐれも忘れるでないぞ」

 

 茶目っ気のある笑顔でダンブルドアが頷いたのを見ると、日記を鷲掴みにして僕は部屋を飛び出した。

 

 走って走って、階段を降り、ドラコの母親を連れたマルフォイ氏に追い付いた頃。

 

 履いていたはずソックスの片方は、いつの間にか足から消えていていた。

 

 

 

  

 

 

 

 

◆◆◆◆

  

 

 

 

 

  

 

 

 あの事件から3週間が経った。

 

 私が目を覚ましてしばらく経って学校に復帰をした頃には、何事もなかったかのようにホグワーツはいつも通りだった。

 

 いや、正確には幾つか変わっていた点はある。

 

 一つ目はハリーからの手紙を見て話自体は聞いていたのだけれど、眠っている間に『ホグワーツ特別功労賞』が私に授与され、ハリー達の分も合わせれば400点グリフィンドールに加点された事。

 

(いくら何でもグリフィンドール贔屓が過ぎるし、目立ちたくないので辞退しようとしたのだが、点数に関しては既に考慮したと、ダンブルドアに丁重に断られた)

 

 2つ目は学校からのお祝いとして、期末試験がキャンセルされた事。

 

(ハーマイオニーはその事で散々愚痴を言い、その裏で私とハリーとロンの3人はドン引きした)

  

 そして3つ目はダンブルドアの指名ともう一つの理由で、私の復帰とほぼ同時に、なんとウォルターさんが臨時の『闇の魔術に対する防衛術』の担当になった事だ。

 

「皆様。HELLSING元職員で、現在ヘルシング家の執事(バトラー)を務めております、ウォルター・C(クム)・ドルネーズです。この約一年のカリキュラムを確認した限り、皆様の化物(フリークス)に対する知識は不足しているという他ありません。知識とは身を守る盾であり(つるぎ)。我々が化物(フリークス)と日夜戦えているのも、数多ある知識を納め活用できているからです。所詮は老いぼれのつまらない話ではありますが、是非ともその戯言に少しでも耳を傾け、皆様には身の安全の一助としてもらいたい」

 

 その語ったウォルターさんはHELLSINGの訓練でよく使われる、自立して動くドラゴンの人形(実際の半分の大きさであるが、本物には遥かに劣るものの普通に飛ぶし炎は吐くし、まともに攻撃を受ければ普通に大怪我)を生徒達の目の前で出し、それを杖数振りで制圧してみせた。

  

 ピクシー小妖精を前に何も出来なかったロックハートとは比べ物にならないその実力に、生徒達は瞬く間に魅了された。

 

 なお、身内という事で本来評価を甘口にしてもらえるかと思ったのだが、そうは問屋が卸さず、ウォルターさんの私に対する評価に関しては恐ろしく辛口。

 

 特に実演がてらエルンペントの人形を私の目の前に出し、10分以内に制圧しなければ減給(銃器と格闘戦は参考にならないので魔法のみ使用可。片付けが大変だからと爆破魔法は不可)と言われた時には、冗談抜きで殺意を感じた。

 

 それを見ていた生徒全員からは、同情と納得の視線が向けられた。

 

 そんなこんなで2年生も終わり、私達はホグワーツ特急に乗って家に帰る時が来た。

 

「これ、電話番号って言うんだ。2ヶ月もダドリーしか話す相手がいないなんて耐えられないから………時々電話くれよ。次僕を攫おうって時は事前に連絡して欲しいし」

 

 ホームに降りて人間界に戻るタイミングで、ハリーは羊皮紙の切れ端を私達に渡した。

 

 せっかくだからと、私とハーマイオニーは自分の家の番号を同じように羊皮紙の切れ端に書き込み、いまいち電話についてピンと来ていないロンはハリーに説明を受ける。

 

 そのタイミングで取り出していたペンをしまうついでに、懐に入れていたチョコレートを口の中にこっそりと放り込んだ。

 

 口に入れたチョコレートの味は、前に食べた時よりもずっと薄く感じた。

 

(やっぱり、味覚が前よりずっと衰えてる。………いいや、人間の食事を必要としない体になりつつある。本当の意味で………吸血鬼(ノスフェラトゥ)に近づいちゃったんだ)

 

 あの日運ばれ本部で目を覚まし、傷が回復したのを確認すると、インテグラさんは事の顛末を全て話してくれた。

 

 私が”あの日”のように吸血鬼の本能に身を任せ、本能の赴くままに敵を排除し、それによって吸血鬼の力を大きく強めたという事実を。

 

 その変化は実際如実に表れ、魔力量は増加し、元々強かった力は更に強くなり、処女の血を見ると過剰に反応するほど吸血衝動は酷く悪化。

 

 味覚が衰えた事で必然的に食べる量も人並みまでに減ってしまった。

 

 ウォルターさんが今回臨時の教師になった理由は、ダンブルドアの要請を引き受けた事によるものと同時に、私の経過観察と監視を目的したもの。

 

 私の変化を知ったハリー達は私が私だと励ましてくれたが、それでもこの変わってしまった事実を変える事は出来ない。

 

 誰も見られないように注意しつつ、私は思わず溜息をついた。

 

「げっ、マルフォイ。何の用だよ?君のパパが学校の理事を辞めさせられたのは、別に僕達のせいじゃないぞ。ダンブルドアを無理矢理追い出そうなんてするからああなったんだ」

 

「別にその事を言いに来た訳じゃない。そもそも父上にとってそんな事など些事同然だ。君の頭の悪さじゃ分からないのかもだが」

 

「何だと!?」

 

 私が鞄を閉めたタイミングで、機会を伺ってたのかドラコが突然現れた。 

 

 今日は珍しい事にクラップとゴイルを連れておらず、ドラコはたった一人だった。

 

 安い挑発にロンが熱り立ってハリーがそれを宥めるが、これはいつもの事なのでこの場では割愛する。

 

「………グレンジャー。前に君にあんな事を言って……すまなかった。もう二度と………あんな事は言わない。許してくれなんて言わないけど………謝っておくよ」

 

 言いたい事はそれだけだと、最後に小さく言うと、ドラコは反対方向に走り去ってしまった。

 

 ついさっきまで騒いでいたロンはこれには唖然となり、それを宥めていたハリーも少なからず驚いた。

 

 何故か、言われた本人であるハーマイオニーだけは全く驚いた様子を見せず、何処か困ったような表情で笑みを浮かべていたが。

 

「嘘だろ?ドラコが、直接謝った?あいつリドルに操られたショックで、頭がちょいとばかしおかしくなったんじゃないか?」

 

「それはないと思うけど………多分。けど、まさか……直接謝り来るだなんて」

 

「一体どういう風の吹き回しだ?まさか、空から山ほどブラッジャーが降ってくる前兆なんじゃ………」 

 

 ロンは心配そうに空の様子を繰り返し確認し、何か変化がないかを観察した。

 

 空は雲一つない快晴で、残念な事に太陽がギラギラと輝いている。

 

 ハーマイオニーはくすりと笑いを溢した。

 

「………また私の事を見て笑いましたね、ハーマイオニー。これで2度目ですけど」

 

「ごめん、ごめん。ついつい。セラスがそんな風に笑ったのを久々見たから、うっかり笑いを抑えきれなくって」

 

「確かに、そんな風に笑ったセラスを見るのは久しぶりかも」

 

「それが全部マルフォイのお陰ってのは、だいぶ癪だけどな」

  

 ハーマイオニー達に言われて自身の口を触ってみると、知らぬ間に口端が大きく上がっていた。

 

 最近はずっと作り笑顔ばかりで、こんな風に自然に笑ったのは目覚めてから初めてだ。

 

 ずっと背負っていた鉛がようやく肩から下りた気がした。

 

「セラス様、妙に楽しそうなご様子ですね。何かいい事でもありましたか?」

 

「はい、とってもいい事が。また、人間みたいに笑う事が出来たんです」

 

「そうでしたか。それは何より」

 

 時が進む限り変わらないものなんてない。

 

 けれど、変わる事は悪い事ばかりじゃない。

 

 時に間違えて、時に後悔して、時に大泣きして、時に決心してまた変わる。

 

 どんな方向だろうと人は変化を繰り返して成長し、少しずつ大きくなってまた変化していく。

 

 ───あぁ、やっぱり、人の意志(つよさ)は、何処までも愛おしい。

  

 そんな事を思いながらウォルターさんと共に、私は本部へと帰還した。

 

 

 

 

 

 

 

 

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