時過ぎて(大人悪魔ほむら×大人さやか短編集)   作:さんかく@

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こちらも「Voice」https://syosetu.org/novel/302421/99.htmlの続きの様なものですが、この作品だけでも読めます。


ささやき

「ねえ、帰りに塩買ってきてくれない?」

「塩?」

 

唐突に美しい悪魔がそう言ってきたものだから、思わずさやかは目を丸くして聞き返してしまった。もう共に暮らす様になってからだいぶ経つが未だにこの女性が世俗的なことを口にするのが信じられないようだ。

 

「貴方、塩知らないの?」

 

ベッドの上でキャミソールを着けながら、美しい悪魔――暁美ほむら――がさやかを睨む。その白い肌が眩しいのか、朝の陽ざしが眩しいのかとにかくさやかは目を細めて顔を背けた。それを見て肩をすくめ、はあ、とため息ひとつつくとほむらは艶のある声で語り始める。

 

「いい?塩っていうのはね、塩化ナトリウムを主な成分とした辛くて白い…」

「ちょっとちょっと、それくらい知ってるわよ」

「あら、顔を背けたからてっきり誤魔化したのかと思ったわ」

 

左手で長い黒髪を梳きながら、ほむらは艶やかに笑うと軽やかにベッドから降りた。そうしてパンツスーツ姿で窓辺に佇んでいるさやかに向かってゆっくりと歩み寄ってくる。キャミソール一枚を身に纏ったその姿は艶やかで。

 

――やば

 

隣に立ったほむらからさやか顔を背ける。ほむらの美しさは桁違いで、同性にも――正確にはさやかにも――だいぶ有効であるようだ。眉をひそめ小首をかしげるほむら。

 

「一体どうしたのよ、まさかまた今更照れているとかじゃないでしょうね」

「いや、それがほんと…そうなのよ」

 

そう言ってぱちぱちと両手で己の頬を叩くさやか。その動作に目を丸くさせるほむら。

 

「ほんと貴方には驚かされるわね…幾つ?」

「24…」

 

くっくっと肩を震わせて笑うほむら。

 

「貴方がそれで24歳なら私は240歳くらいね」

「にひゃ…そんなに?」

「もっとかもよ…それにしても」

 

ほむらがさやかを上目遣いで見上げる。さすがにもう顔を背けられないと思ったのかたれ気味の目で見つめ返すさやか。

 

「夜はあんなにいろいろしてくれたのにね?」

「…っそれは…」

 

かああ、と真っ赤になったさやかの顔を上目遣いで見つめ、ほむらはゆっくりと囁いた。

 

「いつ私に慣れてくれるのかしらね?」

「え?」

 

見下ろすさやかと見上げるほむら、二人はしばらく見つめ合って。ふ、と息を漏らしほむらが少しだけ口元を緩めた。

 

「…まあいいわ…それより塩忘れないでね?台所にあるのでは足りないから…」

「もしかしてお祓い用?昨日の…」

 

『ちょっとあり得ないものが見えたのよ』

 

昨日ほむらは洗面所であり得ないもの――端的に言えば幽霊――を見ている。

 

ほむらはさやかの問いにただこくりと頷いた。そうして横目でさやかを見つめた後クローゼットへ向かう。華奢な背中に見惚れているのだろう、しばらくほむらの後ろ姿を見つめるさやか。だが彼女が着替え始めるのを見て視線を窓の外へ移す。悪魔もどこかへ出かけるらしい。

 

「あんた家の周りに結界張ってなかったっけ?」

「あれは対魔獣用よ…まあ貴方みたいな不審者にも効果はあったはずなんだけど…」

「なにげにひど!」

「……私でも全てを網羅できているわけではないのよ」

 

パタン、とクローゼットを閉める音。

 

「ああ、まあそれは…」

 

悪魔は絶対的な力を持っている、だが世の事象全てに及ぶかといえばそうとは限らないのだ。

 

「面白いと思わない?」

「え?」

 

黒のワンピースを着たほむらが髪を梳きながらさやかの元にやって来る。そうして腰に手をあてて覗き込む様にさやかを見上げた。はっとするほどの美貌。

 

「この世界にはまだ私の理解を超えたものが存在するのよ…」

「あんたの理解を?」

「ええ、この世界を改変した悪魔である私の理解をね」

「そんな…」

「怖い?」

 

小首をかしげさやかに尋ねるほむら。さやかはふう、と息を吐くとゆっくりと首を振った。

 

「あんたと一緒なら怖くないわ」

 

あの頃とは違う深い優しい声。目を丸くする悪魔だがすぐに陰鬱な眼差しに戻りその目を伏せた。そうして肩を二、三回震わせて再び鞄持ちを見上げる。アメジスト色の瞳がさやかを捉えて。

 

「…成犬になると頭が良くなるのね」

「犬じゃないから!」

 

ほむらは爽やかに笑うとさやかの胸に飛び込んだ。こうなっては何も言えないのか、眉を下げさも情けない表情を浮かべるさやか。

 

――もう

 

さやかの手がほむらの腰に回される。安心した様に目を瞑るほむら。あの頃からは想像もつかなかった状況だが悪魔にとってはもうこの状況を手放せなくなっていて。

 

「ねえ」

「何?」

「私も貴方と一緒なら――」

 

悪魔のとてもとても小さな声を鞄持ちは聞き逃さなかった。あの頃の様に無邪気に満面の笑みを浮かべるとさやかはほむらを強く抱きしめた。

 

 

 

私も貴方と一緒なら、怖くないわ――

 

 

END

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