時過ぎて(大人悪魔ほむら×大人さやか短編集) 作:さんかく@
雨が止んだ。今までが嘘のように晴天が広がる。同じ色をもつさやかの瞳の中に白い雲が映し出された。きょろきょろと所在なく視線を彷徨わせるのは実は虹を探しているわけで。
「虹を探しているの?」
隣にいる悪魔がさやかに尋ねた。既に長い付き合いのためか、悪魔は鞄持ちの考えることが手に取るようにわかる。
「そうなのよ、最近見ないからたまには見たいなーって」
「気象現象のひとつなのにね」
「わあ、やめてよ、そういうと夢がないじゃない」
「夢ねえ」
何を今更と言おうとした口をつぐみ、ほむらはただ肩をすくめる。長い黒髪を左手で梳いた。右手はまださやかの左手と繋がれたままだった。
「そうよ…あ、」
ようやく、雨宿りしてから今までずっと手を握っていたことにさやかは気づく。手とほむらの顔に視線を往復させて、慌てて手を解こうとすると、逆にほむらが握り返してきた。
「今さら?中学生みたいね?」
意地悪そうにさやかの顔をのぞき込みながら悪魔が微笑む。
「何よそれ、別に私は…」
言葉が続かない、彼女は美しすぎるからどうにも困る、とさやかは心の中で愚痴をこぼした。どう困るかともし悪魔に聞かれたら、今度は顔を赤くするのだろう。もう、と呟くと、眩しそうにほむらを見つめる。悪魔の表情は、先ほどの未来へ想いを馳せた時よりかは幾分明るくなっていた。懸念事項の不安を言葉を交わすことである程度解消できたからだ。
懸念事項―-
紆余曲折を経て二人が生活を共にする頃、懸念事項はただ1つだけだった。
まどかの事。ただそれだけ。
鹿目まどかが人間として幸せに暮らし、生をまっとうすることだ。
だが、年月を経て懸念事項がもうひとつ増えた。それは、
二人のこれからのこと。
互いに相手をどう思っているかなど直接言葉にした事はない。だが、生活も戦いも共にして、そして互いを受け入れてしまった今、まどかが生をまっとうするまでと、それから先の遠い未来、互いに生き延びて共に暮らしていくことは意外にも重要な事だった。
「ほむら、あのさあ…」
「何?」
「うん」
そう言って、言葉が続かない相方を見て、ほむらが少し困ったような表情で笑みを浮かべる。10年も経てば彼女もこういった表情を浮かべる事ができるのだ。
「貴方って、本当に考えずに言葉を発するのね、さやか?」
「あはは…その通りすぎて言葉も無いわ」
困ったように頭を掻く姿は中学生の頃のままで。それを見て、どうしようもない、とでも言うように肩をすくめるほむら。だが、だいたいさやかが言いかけて言葉を濁す事は放っておくと後々厄介になるケースが多いためほむらは食い下がる。
「それで、何が言いたかったの?」
「ああ、んとね…さっき話したじゃん、ずっと一緒にいるっていう」
「それが?」
「ずっと一緒にいるとしてさ、その…どうなるんだろうって」
「なにが?」
「寿命」
さやかの言葉が予想外だったのか、つられてほむらの形のいい唇が思わず動いて「じゅ」と言いかけて止まった。珍しく陰鬱な切れ長の目が丸くなった。
「あ、いやわかってるわよ、あんたは悪魔だし、私も…人間じゃないから、どっちかってーと「あっち」側だし、でももし無傷で生きられるとしても、ほんとに永遠なのかなって…あ、もう笑わないでよ!」
しどろもどろで語り出すさやかの傍で、ほむらは密かに肩を震わせていた。しかも笑ってはいけないと悪魔なりに気を使っているのだろう、美しい顔をさやかから背けて、細い肩を震わせているのだから、余計にさやかからしたらいたたまれない。しばらくしてからほむらはようやくさやかの方を向いて苦しそうに囁いた。
「…っ、…ったく、貴方って、本当に馬鹿なのね、さやか」
「わ、苦しそうに言うから何かとおもったら!ひど!」
久しぶりに笑ったわ、と楽しげに呟くと、ほむらはさやかを見上げる。
「私は概念よ、まどかと同じ。今は人間の形状はしているけど、本質ではない。わかるでしょ?」
「ああ、まあ…」
さやかが頷く。過去に数回、ほむらが悪魔により「近い」形状に変態した事を思い出したからだ。
「私は人間ではない、だから人間としての生も死もない。ただ永遠にそこに在るだけの存在。もし「死」に近いものがあるとしたら「消滅」だけれど、誰が私を消せるの?」
「………」
「だから私に「死」は訪れないわ、よって寿命なんてものもない、Verstehst du?」
時折ほむらは流暢なドイツ語を使う。意味はわからないが、たぶん「わかった?」みたいなものだろうとさやかは考えた。
「うん、そう…だよね」
「どうしたの?難しい顔して…やっぱり成犬でも理解しづらいかしら」
「犬じゃないから!」
ほむらが爽やかに笑う。つられてさやかも苦笑いして。こんな果てしのない重い内容の話題でも二人が笑いに変えられるのは、あまりにも特殊な環境に対する慣れと成長の為で。しばらくして、さやかが意を決したようにほむら、と名前を呼んだ。
「何?」
「私……ちょ、ちょっと近い、顔近いから!」
ほむらの顔がさやかの顔にちかづいてきた。かなりの至近距離だ。
「だって、目をきちんとみないと躾けられないって…」
「犬じゃないから!」
懲りずにいちいち反応するさやかが面白いのだろう、ほむらはくすくすと笑いながら体を離した。かなり機嫌が良いらしい。後ろに手を組んで、横目でさやかを見て囁いた。
「ほんとに貴方って馬鹿ね、さやか」
「わ、二回も!」
「貴方、自分がいつまで存在できるかが気になっているんでしょう?」
「…え、なんで」
「わかるわよ、だって…」
だがその後はほむらは言葉にしない。目を細めてさやかを見つめるだけ。互いに念話で会話したのか、数秒遅れて、さやかが慌てて頷いて。
「ほむら…私、あんたとずっと一緒にいたいのよ」
「知ってるわ」
「あんたを置いて消滅したくない」
「よく知ってる、だから大丈夫よ」
「え?」
「私を信じなさい、さやか」
まるで母親が子供に言い聞かせるような口調でほむらは囁いた。
「貴方は私が消滅させない。…貴方が馬鹿なことをしでかさない限りはね」
「ほむら…」
「私だって馬鹿じゃない、貴方の事は考えていたわ。もしまどかが生を終えた後再び統合されるんじゃないかってね。」
「「あれ」と?」
ほむらは頷く。「あれ」とは円環の理の事だ、成長した二人は普段「あれ」とか「あっち」で表現している。
「貴方は未知数なのよ、さやか。ゆくゆくは「あれ」に統合されていくのか、それとも単体で独立したままこの世にとどまるのか、それとも人間として死を迎えた時に消滅していくのか」
「う~ん、さすがに人間としては無いとは思うけど…」
復活した死者―‐以前さやかを占った時のカードを思い出す。正にそれなのだ、概念の一部としてこの世に降り立った後、悪魔の世界改変のあおりをくらってそのまま留まったかつて人間だった者。
「まあね…貴方の場合、手足がもがれても生えてくる高性能なゾンビといえなくもないけど…でも可能性は否定できないでしょ?」
「言い方!」
さやかのツッコミに失笑しながら、ほむらは言葉を続けた。
「それでも、問題は貴方がいつまで持つのか、そして遠い未来に消滅しそうになったら、どう対策を講じるか…」
「対策ってあるの?」
「…知りたい?」
ニヤリ、とほむらが鮫の様に笑った。このように残忍な笑みを浮かべる時の彼女はロクな事を言わない、とさやかは内心ゾッとした。おもむろにほむらは両手を伸ばし、さやかの両肩にぽん、と手を置いた。珍しい動作だ。きょとん、とさやかは目を丸くして
「貴方の体を…」
「へ?」
「冷凍保存するのよ」
「嘘!怖い!」
うひゃあ、と変な声を出しながら、さやかが自分の体を抱きしめて小刻みに震える。ほむらの顔は至極真面目で。
「遠い未来なら可能でしょ?」
「い、いやよ、そんな保存方法!……てか、あれ、あんた笑って…」
よく見ると、微かに悪魔の口元が緩んでいて。視線もどことなくおぼつかない。さやかの顔が赤くなる。
「あ、あんた…今の冗談よね?冗談でしょ?」
「違うわ、本気よ」
「嘘、今笑ったじゃない!ほら!」
今度はさやかがほむらの肩に手を置いて体を揺らす。華奢な悪魔の体がゆらゆら揺れて。とうとうほむらはあはは、と子供の様に笑いだした。
「…っ、ごめんなさい、冗談よ」
「あんた、そんなに楽しげに笑って…むかつくわ!」
ようやく笑いも落ち着いて、ほむらは大きく息をつく。
「貴方って、ほんと馬鹿ね」
三回目、とツッこむさやかに体を寄せ、ほむらは人差し指をそのみぞおちにあてた。トントン、と軽くつつく。
「私達の存在は肉体ではなく魂が問題でしょ?考えたらわかることよ?」
「まあそう…だけど…」
赤かったさやかの顔が更に赤くなる。惚れた弱みだ。
「だからね…」
そう言って、ほむらは口を閉ざした。体はさやかに寄り添ったままだ。
――もしかしてこの話題に触れたくなかったのかしら?
さやかはふと思った。こういう風に何度も冗談で話の焦点をずらすことなんて彼女はしないはずだ。いつでも彼女は哲学的なほどストイックで、そして実直だから。だがここまできたら彼女の対策とやらを聞きたい、とさやかは思った。
「だから…?ねえ、驚かないから教えてよほむら」
「…そうね、実は私もまだうまく説明できないのだけど」
意を決したように、ほむらが顔をあげた。今度は本気だ、とさやかは思った。
「取り込むのよ」
「何を?」
「貴方を私の中に」
「あんたの中に?」
素っ頓狂な声をあげたまま、さやかの口が英語のOの形で止まった。普段から悪魔に事あるごとに「お間抜け」と言われているが、今もまさにその表情で。ややたれ気味な蒼い目がほむらの顔を捉え、次第にその視線が下降する。顎から胸、そして下腹部あたりにさやかの視線が降りた途端、ほむらがさやかの額を平手で叩く。見た目は軽いが悪魔の力は強く、ばちん、と大きな音がした。
「痛い、何すんのよ!」
「変な事考えるからよ!」
「私そんな事……いや、ちょっと考えたかも」
「でしょ?だから教えたくなかったのよ…この変態」
「ひど!だってあんたが中に取り込むっていうから…痛い!」
「黙りなさい」
また叩かれる。悪魔は心が読めるのだ。
額を抑えたままさやかが怯えたようにほむらを見つめた。やや頬を赤らめながらほむらは両手を腰にあて、さやかを睨んでいて。そういえばほむらはこの手の話に免疫がなかったとさやかは思い出した。以前いろいろあって預かった鹿目タツヤのエロ本が見つかった時の剣幕はそれはもうすごいものだった。
「まったく…」
しばらくして、はあ、と大きなため息をついてほむらは言葉を続ける。
「貴方はかつてまどかの一部だったわよね、鞄持ちとして」
「うん、そうよ…もしかして」
「ええ、そう、私も概念なのだから、まどかの様に貴方を取り込む事ができる。ただまどかの様に貴方を独立させた一個の個体として存在させることができるのか、それとも取り込んだままになるのか、そこがわからないのよ」
「形状がわからないってことね、まあ…私も鞄持ちになる直前までの記憶が曖昧なんだけど…」
取り込む原理はさやかにもよくわからない。ただ魂がまどか(円環の理)と交合して一部になった瞬間例えようのない安心感に包まれたのをさやかは覚えている。
「そうなのよ、今の科学では説明できないけど、例えば貴方を原子レベルに分解して私の中で再構築するとして、だとしたら魂は…」
「わあ!まって、余計にややこしくなるわ」
そもそも彼女の中でどうやって私が再構築されるか?とさやかの頭の中にはクエスチョンマークしか生まれない。とりあえず、ここはただ概念に取り込まれて存在し続けるという事でいいのではないか、とさやかは考えた。
――私って、とことん文系脳なのかしら
使い方が正しいかはわからないが、さやかはとことん物事を突き詰めていくほむらと己を比べて、「残念」な気分になる。
「まあ、とりあえずさ、私はそのどちらでもいいわ」
「どちらでもいい?」
さやかの言葉に首をかしげるほむら。
「前にまどかの一部だった頃、すごく幸せだったのよ、うまくいえないけど…安心感っていうか。だからさ、もしあんたの一部になったとしてもそれは変わらないと思うし」
不思議そうにこちらを見つめるほむらにさやかは微笑んで。
「だからどんな形状で存在が続いたとしても、私は構わないわ」
「どんな形状でも?」
「そうよ、そうね…例えば、あんたの背中から私の頭が出てきたりとか」
「なによそれ、B級映画?」
「そ」
「馬鹿みたい」
そうして二人は笑いだした。
「ほむら」
「何?」
「私はあんたと一緒にいれるなら、それでいいのよ」
「…よく知っているわ」
長い間話をして、ようやく二人は安心感を得る、これでこの話題は終了だ。タイミングよく、二人の背後のガラス戸が開いた。ひょっこりと初老の男性が出てくる。
「あの…すみませんが、入口で立っているとお客様がはいってこれないので」
ここは喫茶店の軒先だった。出てきたのは店のマスターのようで。二人一瞬顔を見合わせて、それから申し訳なさそうにマスターに詫びると、すっかり晴れた空の下に出た。
「わあ、私達、雨宿りしてからずっとあそこで立ち話してたわね、マスターに悪い事したわ」
「そうね、物分かりの悪い誰かさんのせいね」
「ひど!だいたいあんた、人のせいにしすぎよ」
「そう?」
「そうよ」
そうしてごく自然に二人は手を繋いで歩きだした。
「それより、私達もう少し具体的な将来の話をした方がいいんじゃないかしら」
「具体的って?」
「年金とか」
「リアル!」
私は払っているわよ、と蒼い髪の女性が言うと、黒髪の美女はおまわりさんは給与控除でしょ、と囁く。それからさやかがまた言い返す。
晴れた空には蒼い髪の女性が探していた虹がかかっていたのだが、どうやら今の二人には必要なさそうだった。
END