「イタ…」
体中の痛み。寒さ。倦怠感。目を開ければ薄暗い中に自身の腕が見えた。うつ伏せになっていたようで体をぐいと持ち上げれば左手に鋭い痛み。左手首が変色し腫れあがっている。折れているらしい。
海水を含んだ髪が束になって肩から落ちる。耳元に手をやればヘッドホンはない。髪紐すら失ったようで毛先まで体に沿って流れている。ちらと後ろを振り返れば、砂浜に1人分の足跡とその隣に轍のような二本線。
とん、。と体の横から音がした。
「…ルフィ?」
ここまでウタを引きずってきて、そのまま倒れこんだのだろう。うつ伏せになったまま片腕だけ体に乗っていた。ウタが体を起こした事で滑り落ちたようだ。
「ル…!?」
己の姿勢を直し彼を起こそうと肩に手を置いた瞬間、ウタはその手を思わず引いてしまう。背は赤く染まり、いつもの温かい顔は青白く染まっている。
奥歯が鳴る。手は震える。脈は乱れる。背に流れるのは冷や汗か海水か。
目を覚ました時、寒かった。人肌など感じないほどに。
「ルフィ…?」
震える手で恐る恐る彼の肩に手を伸ばす。呼吸が乱れる。
冷たい。
ルフィの呼吸が浅い。
瞼は閉じ切っておらず、その瞳孔は色を反射するのみでウタは映っていない。どんどんと動悸が激しくなる。
「ヤだ、ヤだヤだヤだ…」
彼を仰向けにしても頬についた砂がこぼれるのみ。心臓に耳を当てる。
…弱い。
「イヤ!待って!ダメ!おねがい!」
胸元で取り乱しても反応はなく短く浅い呼吸が繰り返されるだけ。どんどんと不安が大きくなる。
「そう、そうだ…。」
されるがままになっているルフィは横に向けられその背を空気に晒される。銃創は背に4発と、あの時の足の1発。弾丸は幸いどれも浅い場所で止まり、肉弾での確認すらできる。小さく謝り、ウタは傷口に指を突き入れた。
ぐらりと意識が揺れた。
身体に力が入らず、ルフィに覆いかぶさるようにしてもたれかかる。ハッと意識を戻す。覚えのある感覚に大きく目を見開く。間違いなく海楼石。そんなものが5つもルフィの身体を蝕んでいる。
今度は油断しないとばかりに奥歯を噛みしめ、もう一度弾を取り出そうと傷口に触れる。意識の揺れこそないが、力が入らず呼吸を乱して身体を横たえる。
何もかもが足りない。時間。血。治療道具。布。水。
何よりも、覚悟が足りなかった。このままでは本当に死んでしまう。亡くしたくない。
目の端から零れてくる涙は乱暴にぬぐい、目をぎゅっと瞑り一度大きく息を吸って長く吐いた。
「今度は、私が」
上着を胸の下あたりで裂き、さらに小さい布に裂く。それぞれを銃創に当てる。ルフィのズボンの右裾をひざ下で裂き、当て布を圧迫する。今銃弾は処置できない。触れず道具もないならまずは止血を。鉛ではない銃弾が傷口をふさいでいるとも考えられる。なにより血が足りない今、必要なのは輸血だ。
深く、口付けを。
「私に勇気を…」
ルフィの顔に麦わら帽子をかぶせ、ウタは駆け出す。見聞色の覇気で気配を見れば、目の前に広がる林をしばらく進んだ所に人の集まりがある。先ほどより明るくなった林から枝を拾い、最短距離の草木を払いながら突き進む。
草木が頬を裂いても、根に足を取られひざをついても、息が上がろうと走った。足を止める時間があればある程ルフィの死が近付く。
足を止めれば胸に不安があふれる。隣にルフィがいない不安。ルフィを失いかねない不安。きっと今足を止めれば、もう走れない事をわかっていた。だから走った。
今はきっと、この小さな島の中央付近か。もう少し進めば人が集まっている場所まで出る。ふと、追われている時に会った人たちを思い出した。ウタとルフィの懸賞金を目当てにした、冷たい視線の人たち。ルフィを助けてほしいと頼んで、はたして助けてくれるだろうか。
思わず足を止めそうになった。でも悩んでいる時間なんてない。何を要求されるだろう。彼の首か己の首か。ともすれば女として要求されることもあるかもしれない。
怖くて仕方ない。でも、ルフィを失いたくない。足を止めるわけにはいかなかった。
もう覇気に頼らなくても気配を感じる。声すら聞こえる。きっとこの先にいる人たちにも足音が聞こえているだろう。草木を払う音も聞こえるだろう。
だからどうした。
「ハァ…ハァ…!」
「…どちらさんで?ここがうちのシマと知ってるんで?」
開けた場所に多くの男たちが集まっている。誰が見ても海賊だ。一番近い場所にいた赤い髪の男が拳銃をウタに向けながら尋ねる。全身傷だらけで木の枝を持つ女が林から飛び出してきたのだ。男を責めるべきではないし警戒も納得できるだろう。
だがウタの視線は男の後ろに立つ、別の赤い髪の男に向けられていた。海賊たちの目は大きく見開かれている。
助かった、と思ってしまった。
「ウタ、か?」
誰かが持っていたジョッキを落とした。赤い髪の男、ロックスターの銃を下ろさせ、赤髪海賊団船長シャンクスは幽鬼のような足取りでウタに近付く。
「赤髪の、シャンクス…!」
ハッとして枝の切っ先をシャンクスに向ける。だが、二の句が継げない。言いたい事があったはずなのに。ぶつけたい気持ちがあったはずなのに。
枝の先が胸に触れるほど近くまでシャンクスが歩いてくる。次の言葉を待つように。もっとたくさん人がいたはずなのに、まるで二人だけの空間のようだった。
口を動かしても言葉が出ず、歯を食いしばって俯き、もう一度顔を上げた。それでも変わらずシャンクスは待っている。
枝を横に放ると、水を含んだ木の重い音がした。
ひざをつけ、額も地面にこすりつけた。
「たすけて、ください」
「おい、」
「10年積もった私の怒りも!あの日置いて行かれた悲しみも!世界への憎しみも!」
声をかけようとしゃがんだシャンクスの言葉を遮るように大声を上げる。
「もう、そんなことはどうだっていいの ルフィが死んじゃう…」
「そうだ、ルフィがいない 何があった?」
ウタの顔を上げさせれば、涙でぐしゃぐしゃになった娘の顔が出る。
「私を庇ったの もう心臓の音が小さくて、血が足りなくて、銃弾が海楼石で、私何もできなくて、」
「ホンゴウ!」
「わかってる!ウタ!ルフィの血液型は!?」
「F…」
「ガブ!ウタを背負ってルフィのところまでホンゴウと走れ!ロックスター、スネイクもだ!」
おお!と返事をして三人は行動を始める。ウタはガブの背から森の案内を始めると4人は明るくなってきた森へと消えていく。
「他は全員船だ!ベック!指示出せ!ヤソップは覇気であいつらを場所を常に確認!行動開始だ!」
先ほどの三人に負けないほどの声を各々が出し、即座に走り始める赤髪海賊団の面々。ライムジュースがシャンクスの横で足を止める。
「お頭は?」
「野暮用だ 終わったらウタを追う」
「了解」
ライムジュースが離れたのを確認し、シャンクスはグリフォンの鯉口を切った。
はい、ウタが泣きながらシャンクスに頼み込むシーンが思い浮かんだため投稿しました。ここが書きたかった。
前話の銃はfilm Zで出てきたあの銃です。体に銃弾を残すことを目的としている以上火薬が少なく殺傷能力が小さいだろうと思い出しました。ネオ海軍と呼ばれる彼らが持っていたものを潤沢な資金で複製している可能性がある、また私兵が能力者を狩る際に用いても不自然ではないと考えた為使ってもらいました。
二人が海に落ちて助かったことについてはシャンクスが鯉口を切った事も含め次回説明を行います。