【短編集】憧憬の愛玩動物   作:ryure

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クダリを誰よりも愛していました。いいえ、誰よりも愛しているので。
愛する人が哀れにもひとりぼっちで死に絶える。それを分かっているならどんな方法を使ってでも阻止するのが人の情というものでしょう? 

ノボリ兄さんのことを誰より愛してる。ノボリ兄さんはよく僕を哀れむけど、それは愛ゆえだ。愛しているから心配してくれて、愛しているから哀れみ、そして愛しているから連れていってくれるんだ。
あのねあのね、僕たちずっと一緒だよ。

生まれついての狂人エスパー双子の「ひょんなこと」ダイナミック阻止話。


虚言大予言

「くーだり!」

 

 笑顔のノボリ兄さんがぱたぱたと駆け寄ってくる。駅のホームで走っちゃいけないのにノボリ兄さんったら知らんぷりで全力疾走。ピカピカと地下空間を照らすライトに反射して。眩しいきらめくものが迫ってくる。それに気づいたのか、ノボリ兄さんのそばにいた人間からきゃあ! と絹を裂いたような悲鳴があがる。

 

 眼前に迫る眩い笑顔。ノボリ兄さんが笑っている。明日の幸福を信じ切ってるって顔で。

 

「はぁいどうぞ、クダリ。今日のお味はどうです?」

「鋭くて熱いね。今日も完璧な位置取り、しかも抵抗なく刺さってる! 研ぎの腕も上がってるってことだよね。ありがとうノボリ兄さん」

「もちろん研ぎ澄ますのは当然ですとも。

 あら、聞かないんですか? 今回の死因」

 

 人前だからってお構いなし。勢いよく僕の腹に深々と包丁を突き刺し、念入りにグリグリ刃を押し込むのをやって、僕の内臓をめちゃくちゃに切り刻みながら可愛らしく首を傾げる。優しく弾ける笑顔のまま、ノボリ兄さんは僕をそっと横にしてからコートの裏をゴソゴソやっていた。

 探し物はすぐに見つかったらしく、黒い金属が重々しくガチャンと音を立てて準備万端。

 

「んー、じゃあ、聞いておこうかな」

「はい! よくぞ聞いてくれました。それがですね! 新しいパターンですよ、逆恨みの末の殺害なんですよね! 本日十五時ピッタリの特急にクダリは巻き込まれて死にます。下手人はこの前のバトルで叩きのめしたチャレンジャーでございますよ」

「えー。なんだよそれ。そんなくだらない逆恨みなんだ」

「わたくしもそのあと狙われるみたいなのですがさして興味もないので覚えてないです。じゃあ後で会いましょう、クダリ」

「うん」

 

 ノボリ兄さんの手をぎゅっと握ったまま目を閉じる。慣れに慣れた失血の感覚であとどれくらいで意識を失うのか手に取るように分かるよ。開けてもらった大穴から腹からダラダラ生命が零れだし、なんだかクラクラ。痛いというよりは煮えたぎるように熱くて、焼け付くように熱くて、これなら思い切って特急に轢かれた方が楽に死ねたんじゃないかと思うけど。

 

 でも普段は茶目っ気たっぷりだけど案外嫉妬深いノボリ兄さんはそんなこと許さないでしょ、他人に僕を殺させるなんてさ。僕なら嫌だね、ノボリ兄さんの傷口から零れ出す血液を一番最初に浴びるのはいつだって僕でありたいし、ノボリ兄さんの体温が少しずつなくなっていき、ぴったり同期していた鼓動をずらしていいのは僕だけじゃないか。そうでしょ、ノボリ兄さん。

 

 なんてぼんやり考えていたら笑顔のノボリ兄さんが僕の頬を撫で、そっと腕を上げる。おもむろに銃声が聞こえて、どさりと重いものが僕に覆いかぶさって、かすんだ視界が真っ暗になる。なんとも硝煙臭くて熱くて、でもノボリ兄さんはそこにいる。すぐに死ねるからって最近のノボリ兄さんは銃殺が好きだね? まぁ僕のことは直接刺し殺すことが多いけど。

 

 そのうち僕は死んだ。これが何度目の死かなんて。全然わからない。知ったこっちゃない。知るだけ無駄。

 

 大事なのはノボリ兄さんと一緒に死んだってことなんだもの。ひとりぼっちは寂しいじゃないか。僕たちは運命共同体で、唯一の家族で、秘密の共有者で、この世の何よりも愛し合っているのだから。

 ノボリ兄さんが僕を殺すのは、僕を心底愛しているからだ。哀れなひとりぼっちの死を迎えさせないように、その手で殺してくれるんだ。

 

 あ、僕たちの身体に触るのはよしてくれ。自然に朽ち果てるまま、腐敗するままに任せて放っておいて。ま、そんな危惧したって無駄だけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ポケモンにはエスパータイプっているじゃないか。サイコキネシスで物を浮かせるとか、テレパシーで心を読むとか、テレポートで瞬間移動するとか、未来予知をするとか。そんなに珍しくもないよね、エスパータイプ。で、たまに人間のエスパータイプもいるじゃないか?

 エスパータイプ使いの四天王とかジムリーダーとかでそういう家系っているでしょ?

 

 僕らは突然変異のエスパータイプの人間として生を受けた、らしい。知る限り、僕らの親戚にそういう人はいないし、分かりやすい、それこそサイコキネシスみたいなエスパーな能力があるわけでもなかったからね。

 うーん、こうやってエスパータイプの人間って生まれるってことなのかな? 僕たちはきっとそういう家系のはじまりになるはずだったんだろうけど、世の中なんとも世知辛いものでさ、ちょっとしたことでもとんとん拍子にはいかないもの。

 

 生まれつき、ノボリ兄さんと僕にはそっくり同じ「能力」があった。ほんのちょっとした「未来視」と、ちょっとだけ自分の「来世」を選べる能力。自由自在に好きな「未来」なんて視えないし、なんの制御もできない程度の「未来視」、自分が次も片割れと生まれることだけを確定させる程度の「来世」。僕にとってはそれこそが重要事項だからできたとしてもそれ以上望まないんだけどさ。

 

 でも。ね、本当にそれだけなのさ。僕たちをとりまく大きな問題の解決策にはならない程度の「能力」しか持ち合わせちゃいなかったのさ。

 

「あぁ! なんてかわいそうなクダリなんでしょう! 知らぬところで逆恨みを買った上、愛しのトレインに轢かれて死ぬなんて、なんてかわいそうなんでしょう! あぁあぁ、クダリ、どうか今度は恨みを買わないようにしましょうね。闘争心をあおるようなバトルサブウェイなんて立ち上げたから恨まれたのですよ。次はただの地下鉄お兄さんとして愛想を振りまき、ニコニコしていれば大丈夫のはずですよ」

「うん、うん、でもノボリ兄さんも気をつけてね。うっかり夏の暑い日に太陽の下にいたらすぐに病気になっちゃうんだから」

「そうですね。まったく、地下鉄お兄さん以外に太陽を浴びない仕事があればいいんですけど」

「それはまた見つけておくよ」

 

 運命は逆行し、死はなかったことになる。そうして元通り「生まれ直した」ぼくらはヒラの鉄道員からサブウェイマスターになる前くらいの年齢で記憶を取り戻す。じゃあ明確に「来世」じゃないじゃないか? いやいや、これは「来世」なのさ。「未来」をある程度知っているから僕らは好きなように「未来」を変えられるし、それによって不具合は何もない。

 僕たちは自分たちの手で再び双子として生まれたんだ。

 

 とはいえ。最初の僕らはただの双子だった。人並みにポケモンバトルが好きで、人より電車が好きで、でもそれだけ。特別なことなんてなんにもない。普通の双子で……すっごく他の兄弟よりも仲が良くて、同じ職場に就職して……。

 なんてこともなかった。そうさ、普通の日常を送ってただけ。だけど、ノボリ兄さんはある時言ったのさ、真っ青な顔をして僕の肩を掴み、自分こそ真っ白な紙みたいな顔色で絞り出すような声でさ。

 

「クダリ、お前、死ぬのですか」

 

 って。

 そうさ、僕らはそれまでも何度かちょっとした「未来視」ができたから、きっとかわいそうに、ノボリ兄さんはうっかり僕の死を視て怯えてる。そこまではすぐにわかったんだけど。

 

「かわいそうなクダリ! わたくしより先に死ぬのですか? 死ぬ時は同時に死のうって言ったじゃないですか、誓ったじゃないですか、約束が違います! いいえいいえクダリが好き好んでその結末を迎えようとしているわけじゃないことくらい存じ上げておりますがあぁ、あぁ、あぁクダリ、あぁクダリ、わたくし、わたくし、わたくし以外のどんな事象の要因でもお前を死なせやしませんよ。おまえはわたくしとずっと生きるんです、誰にも汚されず誰にも奪わせず誰のものにもならないままわたくしと一緒にずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっといようって約束したのにあの日の約束あんなに嬉しかったのにこんな終わりなんて認めません認めません認めません絶対に!」

 

 なんとか落ち着かせようとか。その視た「未来」をもとにして一緒に回避しようとか。そういう説得めいたことはできなかった。

 

 ノボリ兄さんはもうその時にはすっかり気が狂ってたんだもの。僕は実際に視ていないからどんな惨たらしい「未来」を視たのか分からないけれど、ノボリ兄さんの中にはもう何の希望も残されていなかった。

 

 それはまるでどろりとした、薄ら寒い夜の闇の中。刃物の煌めきだけが濁った瞳に宿ってて。

 

 無造作に伸びた手が力加減なく僕の首を掴む。思いっきり締め上げられ、ぐぅと喉から変な音が漏れ、息が詰まる。ドンと壁に追い詰められ、背中が叩きつけられる。ただでさえ詰まっていた呼気が衝撃でみんな出ていってしまい、あっという間に世界がかすんでいく。

 そんな中、脳みそが焼き切れるのも構わずただでさえ制御出来ない「能力」を暴走させながら、ノボリ兄さんの美しく淡く輝く瞳だけが僕の視界にあって。

 

 ノボリ兄さんの目にはきっと、様々な方法で死ぬ僕の「未来」だけが視えていた。ある死をどうにか回避した「未来」での呆気ない死、さらに「未来」を変えた場合の惨たらしい死、永遠にノボリ兄さんの前からいなくなる不誠実な僕を視たんだ。

 そんな永遠の別れの繰り返しをノボリ兄さんは視て、視て、視て、視て、視て、視てしまって、そしてとうとう狂った。唯一無二を失う幻影、伸ばした手が届かない無常に絶望し、悪夢の連鎖だけしか視えないんだから!

 僕の方はすぐさま「未来」を視えちゃいなかったけど、光る瞳を見ているうちに「未来視」が同調してすぐに同じものが見えるようになった。

 

 ノボリ兄さんの爛々と光る眼を覗き込んでいると僕の代わりに死ぬノボリ兄さんが視えた。ノボリ兄さんは何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も僕の代わりに轢かれ、刺され、潰され、血を流し、病気になり、もがき苦しんでもがき苦しんでもがき苦しんで、でも僕の代わりに死ねることに笑顔になり止めようが説得しようが眠らせようが何をしても僕の代わりに死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んだんだ!

 

 あぁ、それが嘘ならどれだけいいか! でも僕には否定のしようがなかった、それがタチの悪い幻覚だとしても、僕には全部本当のことに思えた! ならこれは全部真実なんだ!

 

「アァ、クダリ。どうかやり直しましょう、わたくしと一緒に。一緒に、一緒に、一緒に、わたくしたちずっと一緒なんですよ。そうすれば、一緒にいられますネ?」

「ソウだねノボリ兄さん、一緒に行こうね」

 

 狂った調子の声を覚えている。ひどく甘美な言葉とともに、僕たちはどちらともなく互いの首に手をかけあって、死んだんだ。慣れてなかったから本当に苦しかった。うまく締められなかったし、力が何度も緩みそうになった。

 だけど、だけどだけどだけど、同じタイミングで死にゆくっていうのはさ。それはとてもとても気持ちよかったことでさ、この世のどんなどんなどんな快楽よりも素晴らしい夢より素晴らしいことだった。ノボリ兄さんと僕がひとつに溶け合い、赦し赦され交わり合って。死へ向かって手を繋ぎながら歩きだす。

 それはなんて、なんてなんてなんて、素晴らしかったか。

 

 目の前で愛しい君が死ぬなら、ひとりぼっちになってしまうくらいなら、一緒に死ねることはどれだけ幸福なことか!

 

 僕らは「来世」で顔を見合わせ、どちらからともなく泣きながら互い以外には殺させないって約束してかたい抱擁をかわしたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「明日は仕事を休むよ」

「そうでしたね、あの人間を放置していたら来年の春のダイヤ変更日から三日後にわたくしが死ぬのでした。せっかく包丁を研いだのにもう忘れていたなんて嫌ですねえ」

「大丈夫、僕もこの前の事故のこと忘れてたのをノボリ兄さんに教えてもらったし。それで明後日は一日車掌業務。太陽の下に出たらダメだよ」

「ええ。クダリこそ一週間後は決して事務室から出てはいけませんよ」

「うん。覚えてるよ」

 

 僕たちだけのスケジュール帳を見ながら話し合う。ありとあらゆる「未来視」の結果を書き留めた死の記録。僕たちの「未来視」は大したものじゃないから実際に経験したものも含まれてる。どれくらい「未来」が見えるのかも選べないから時間が無い時だってあるし、四六時中横に張り付いている訳にもいかないから間に合わないことだってある。

 それに僕たち、何故だか自分の死だけは見えないんだもの。

 

 目の前でノボリ兄さんが先に死んじゃった時は本当に辛かったなあ。慌ててナイフで自分の首を切り裂いたけど手元が狂ったせいでなかなか死ねなかったの。それにノボリだってまだ生きててふたりでかなり長く苦しんだ。先にとどめを刺してあげるのが良い弟ってものなのにね。

 

「おお、この調子でいくとまた一年、生存時間が伸びますね。ここまで到達するためにわたくしたち何度心中したことか。しかしようやく次の誕生日を迎えられそうです。ホールケーキでも買って祝いますか?」

「そうだねノボリ兄さん。サブウェイマスター就任三周年の記念にもなるよ」

「おやそうでしたっけ。そうでしたね。全く、わたくしたちはとうにサブウェイマスターとして優に■■■年は業務を行っているというのに対外的には三年目の未進化状態の新任とは。まぁクダリが覚えてくれているならいいのですけどね」

 

 ノボリ兄さんの指先がスケジュール帳のページを繰り、仕舞いにはパタンと閉じてしまった。明日の休みは仕事は無いけれどやるべきことがあるから忙しいし、早く寝ないといけない。

 

 僕たち、ちょっとエスパーなだけで別に人間やめてるわけじゃない。膨大な人生経験の副産物で「どう」するのが一番都合がいいのかを念入りに総当たりして経験済みってだけなんだから。失敗もする。どうやったら回避できるのか分かり切っていることにも何度も何度も失敗してきたんだもの。

 

 そのたびに泣きながら目の前の物言わぬ死体に縋り付きながら自分の首を絞め、胸を切り裂き、舌を噛み切り、こめかみに銃口を引き当てて撃つ。

 

 その繰り返し、繰り返し、積み上げた試行回数の末に僕らは立っている。

 

「にしても、本当に世界はわたくしたちを殺したがっているんですねえ。こんなに死ぬ機会って普通あります? それもふたりして。わたくしたちがたまたまこういう能力を持ち合わせているから未来へ進めるだけではありませんか」

「そうだねノボリ兄さん」

 

 丁寧に包丁を私服のコートの裏ポケットに仕込み、笑顔のままノボリ兄さんは吐き捨てた。

 

「まるで運命がわたくしたちを引き剥がしたがっているみたいですね」

 

 震える手がゆるゆると伸びて、そっと僕の首に触れる。力強い指はするりと降りて僕の手をつかみ、自分の首に巻き付けさせる。

 

「わたくしが、いつか全て嫌になったらきゅっとここを締めてくださいまし。お前が望むなら心臓を掴みだしてやりますから」

 

 濁り錆び付いた目が僕を射抜いていた。すべて見通しているように透明な瞳がきゅっと細くなり、じっとりとねめつけるように微笑んだ。

 

 どちらにしても、なにがあっても、この先、このいとしい人を殺していいのは僕だけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「未来視」のタイミングは選べない。いつを視るのか、なにを視るのか、どの程度長い時間視るのか、なにもかも。制御できないきたる「未来」の虚像に怯えながら互いを想って殺し殺され何度も何度もやり直し、僕は何度も何度もこの世でいちばん大事なノボリ兄さんを手にかけた。

 

 頸動脈に銃弾を撃ち込み、心臓にナイフを深々と突き立て、意識のない首をこの手で絞め、苦しいだろうに痛いだろうにいつだってノボリ兄さんは笑っている。僕を赦し、僕を受け入れ、僕のすべてを肯定して。

 

 僕の目に映る最悪の未来でノボリ兄さんはいつだってもがき苦しみ、悔やみ、死にたくないって言いながら殺されてしまう。残酷な運命に終わりを迎えさせられ、僕の前からいなくなってしまう。だけど僕の手によって死に追いやられるノボリ兄さんはいつだって幸せそうなんだ。

 なら、なら、僕のやっていることは間違いじゃないよ。僕だけが、この世で僕だけがノボリ兄さんに幸福を与えられる存在なんだ。

 

 最初の方でよくあった、「未来視」はできたけれども死の運命に手が届かないでその通りに死んでしまう……そんな僕の怠慢はもう許せるものじゃないでしょう? 僕は苦痛を与えない方法を学び、実践でどんどん上達していったと思う。今やノボリ兄さんは僕の手にかかると本当に眠っているみたいなんだ。死んでいる方がずっとずっと恐怖からも苦痛からも解き放たれて幸せそうなくらい。

 

 ノボリ兄さんが優しい手で僕を殺す。刺して、裂いて、潰して、焼いて、轢いて、絞めて、哀れみをこめて優しい優しい愛で包み込んで殺してくれる。僕にはそれは唯一の救いで、ノボリ兄さんが僕をどれだけ想ってくれているかの素晴らしい証明だった。

 

 繰り返す日々の中、僕は幸福だった。ノボリ兄さんも幸福だった、と思う。

 

 本当に信じられないくらい僕たちの人生は死にまみれていて、ほんの数日人生の先を見ることさえ何周も何周も死に戻りを繰り返したこともあったけど。でも僕たちひとりじゃなかったから進めたんだ。確実に、ゆっくりと、僕たちは新しい朝を迎えた。

 

 でもね、僕はある時視てしまったんだ。ノボリ兄さんが僕の前からいなくなってしまい、二度と戻らないって「未来」を。僕の前から掻き消え、なにをどうしても取り戻せずにさまよい続ける僕を見た。

 

 あぁ、なにをしても、だ。

 僕がどんなに「未来」を変えようとしても、家の中でトレインの中で大通りでホームで事務室で牢獄の中でノボリ兄さんはいなくなる。腕を掴んでいようと抱きすくめていようが霧のように消えてしまうんだあの指をあの足をあの腕を切り取ってしまおうが体に鎖を繋いでいようともなにをしようと忽然と消えてしまった僕は絶叫し絶望し狂乱して取り戻そうと躍起になってだけどだけどだけどなんの成果も得ることができずひとりぼっちでこの空虚なプログラミングをされたわかりきった未来しかないつまらない世界でただひとりでただひとりでノボリ兄さんのいない無価値な世界で僕は僕は僕は!

 

「あのね、ノボリ兄さん」

「はい? はいどうぞ」

「うん」

 

 僕は震える足を無理やり動かし、ノボリ兄さんの前に立つ。感覚さえ曖昧な指に思い切り力を込めてノボリ兄さんの首を絞めた。頭がキリキリとひどく痛む。脳の限界を超えた「未来視」は続いていて、どんどん年老いていく僕が世界中をめぐり、ノボリ兄さんを探し続けるところまで視ていた。しかも嫌なことに普段のように遠くから死を見ている、映画でも見ているような「未来視」と違って追体験しているようなリアリティ。

 嫌だよ、ノボリ兄さん。僕たち、一周目のただの双子だった時から永遠に一緒だって、親にも親戚にも友だちにも誰にも言えないけれど、ふたりで誓ったじゃないか。

 

 在りし日の大事な約束、口をつぐむ凍結された愛、だけども変わらぬ誓い。愛しい片割れ、憧れの体現、そしてこの異端な日々の唯一の共犯者、いとしい僕のすべての君……。

 

「ノボリ兄さんが僕の前からいなくなっちゃう未来を見たんだ」

 

 止まらない「未来視」の中、今の僕よりも遥かに経験値を積み、ありとあらゆる死を払い除けてきたはずの僕はごく普通に老い、年相応に弱り、そしてひとりぼっちで死んだ。

 自分の死を見たのは、初めてだった。

 

「ね、ノボリ兄さん。僕とずっと一緒だよ? 死んでも、来世で死んで来世で死んで来世で死んで来世で死んで来世で死んで来世で死んで来世で死んで来世でずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと永遠にふたりでぐるぐる周り続ければ僕らはずっと一緒にいられるんだから。気づいちゃったんだ、そうしたらいいんだって」

 

 ノボリ兄さんがかすかに頷き、僕に笑いかけている。僕を赦し、笑いかけている。それでいいと肯定して。

 

「死んだっていいの、一緒に死ねばいいんだ。そうしたらまたやり直せる」

 

 あぁ真っ赤だった顔色がどんどん白くなっていく。あと三十秒絞めたら意識がなくなることを知っている。そこから一分でノボリ兄さんは二度と目覚めなくなり、さらに三分絞めたら僕の腕の中でノボリ兄さんは先に行ってしまう。僕もなるべく早く追いかけないとね。本当は同時がいいんだけど自分の手で絞殺するとどうしても難しくって。

 

「一緒だよ、地獄の向こうまで一緒に行こうね」

 

 僕たちは全ての生き物に平等なはずの死すら欺く背徳者。真っ当な死後なんて得られないんだから、せめてせめてせめてせめて一緒にいよう。

 

 僕は■■■■回目の後追いをして、決意したんだ。ノボリ兄さんが奪われる前に、なんとしてでもこの手で殺してしまおうって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある時からクダリは狂っていた。わたくしはとうに狂っていた。

 

「あぁクダリ、かわいそうなクダリ。一体お前はなにを見たんです」

「ノボリが、ぼくの前からいなくなル未来」

「それはなにかの事情でクダリと決別すべきだと考えてのことですか?」

「違ウよ」

 

 視慣れた、ありふれた、おびただしい死のまぼろしを見たのではなく、狂ったクダリはわたくしとの別れを見たのだと言う。

 

「原因、わからない。今まデそうだったみたいに」

 

 クダリは奇妙なアクセントのカタコトの言葉でそう言うとニッコリと笑ってわたくしを抱きしめる。

 

「大丈夫」

 

 あたたかい体温が伝わってくるというのに、わたくしの目にはクダリの死が視えていた。きっとそれは本物の「未来視」だ。

 

 忘れもしない、すべての始まりの死。髪の色がすっかり抜け落ち、年老いて腰の曲がったクダリがぼんやりした顔のまま列車に飛び込むあの瞬間を。クダリの隣にはわたくしはおらず、そんな悲しい未来が来るくらいならわたくしの手で殺すべきだ、殺してやるべきだと確信した、おぞましい死を。

 

「僕たちずっと一緒だよ何度でも何度でも一緒に生まれよウね」

 

 道化師のようにケタケタ笑って、クダリは先ほど研いだばかりの包丁をわたくしの胸に突き立てた。

 

 何度も、何度も、何度も。目には大粒の涙が浮かぶ、それがぽろりと零れ落ち、わたくしの頬を濡らす。

 

「どこにも行かないでぼくとずっといっしょにイてね」

 

 吹き出す血がお前の頬にかかる。あぁ、濡れたからだが冷える前に死んでくれたらいいのですが。身体を冷やすのは良くないので。

 

 寂しがり屋のクダリには随分刺激が強いものが見えてしまったんですね。

 

「こ、こに」

 

 ここにいますよ、と言いたかったのだが、クダリはわたくしの喉にも容赦なく刃を突き立てる。

 

 怯えずとも。わたくしたち離れられやしないのに。片割れが死ねば自死を選び、再び生まれて手を取り合う。どこで死のうとも、何度死のうとも、お前と一緒に生まれ直すと決めているのですから。

 えぇ、わたくしたちが真に擦り切れて記憶を全部失ってしまわない限り。

 

「いかないでいカないでいかないデ」

 

 自分の胸にも深々と突き刺したクダリがわたくしを抱きしめる。

 

「かみさまにだって選ばせない連れていかせないドこにも行かせないよぼくのノボリ! ぼく以外に殺されないで目を覚ましたら次に起きタら一緒に死のうね一緒なら何度でも何度でも戻れるんだでもひとりで死んだらキットきっトキッとひとりぼっちになっちゃうんだ!」

 

 いいえ。そうはなりませんよ。お前が許さないでしょう? なら大丈夫ですよ、安心なさいな。

 

 最期の力を振り絞って胸の包丁を抜いてやる。急激な失血でどうと倒れたクダリはそれでもなおわたくしに這い寄って血まみれの手でわたくしの顔を包み込んだ。

 

 愛しているからこうして連れて行けるのですよ。それがどのような思考の末路だとしても、わたくしたちはそれで愛を確かめ合っているので幸せなのです。

 

「ねぇノボリ」

「はいクダリ」

 

 それでも変わらぬ日々を送っている。おびただしい死をかわして、そして思い出したように殺し合う。それはなんてこともない昼下がりで夜中に寝込みを襲い散歩の最中で朝礼中にバトルの最中であり愛を囁いた瞬間でその生命を他ならぬ己たちの手で奪う。

 

 差し出す手に握っている死。軽いやり取り、いつもの流れ、ただそれだけのことなのだ。

 ただ、大方の死のまぼろしを見尽くして、今ならきっと初めてのサブウェイマスター就任■年後に到達できるだろうにクダリはそうしない。

 

「あのね、行かせないから」

 

 クダリは決まってそう言って、躊躇なくわたくしに手をかける。

 

 どこか幼い口調になってしまって、その瞳は光り続け、笑顔以外を忘れてしまって! あぁこんなにもすり減って壊れて、かわいそうなかわいそうなクダリ!

 

 はてさて。クダリが視たというわたくしに降りかかる死は一体いくつ本当だったのでしょうか? お前の死は実は、老いてひとりぼっちで死ぬこと以外はお前を愛したいがための馬鹿なただの虚言だったのですよ? わたくしたちの「未来視」なんて大したことありません。この長い■■■■年でもほんの数回しか発動したことがないのでほとんどが狂人の見た幻覚でしょうに。

 セーブのできるゲームの登場人物のように、何事もなく元通りになってふたりそろって死に戻ることしか特別な「能力」はありませんよ。

 

 なんて、今更言ったって何も変わりやしませんけどね。

 

 わたくしはクダリの愛に溺れて死ぬ。かわいそうなおまえを道ずれにして、幸せな死を繰り返すのです。それこそが愛の証明なんですからね。

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