【短編集】憧憬の愛玩動物   作:ryure

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互いに依存しなくても生きていける。隣に片割れがいなくても生きていける。
ぼくらは真っ当に大人になり、そしてぼくは「演題」を作り上げてそれでも隣にいる理由を乱造する。


演題「心酔傀儡国家」

 あーあ、ぼくの手足にひもが通っていたら良かったのにな。赤くて丈夫なひもを手のひらの真ん中から通し、足の真ん中にも穴を開けて結びつけるの。

 

「わたくし、ブラボーなことを思いつきましたよクダリ!」

「ホント? ぼくにも教えて!」

 

 ひもを上に引っ張って、木の棒に結んで、ノボリがそれを持つの。何でもかんでも言う通り、きみの従順なあやつり人形になれたらどれだけ幸せだろうか?

 ううん、自分で考えて行動することが嫌だってことじゃなくてね?

 

 ノボリの思うこと、願うこと、やりたいこと。そういうのを叶えられる便利な道具になりたいっていうか。ノボリが考えること、思いつくこと。それはぼくにとっても、とってもワクワクすることだから。楽しそうなノボリと話しているうちにだんだんぼくも高揚してくる。そしてノボリのアイデアがまるでぼくが思いついたみたいにしっくりしてきて、絶対に叶えたい! って思う。

 そんな思考の同調が心地よくて、もうクセになってる。むしろ誰に頼まれたってそういうことへの協力をやめられないんだ。

 だから、それならいっそ、最初からノボリの手足みたいになりたいなって。

 

「またノボリさんの思いつきだ」

「今度はイベントかな?」

「いやいやなにかの改善案かも……」

「この前のスタンプラリー企画は楽しかったですね。スタンプを集めるとひとつのポケモンの絵になって子どもにも人気で……」

「シート一枚完成ごとに七両目到達扱いで最終車両でバトル可能、実質七両目に勝てば次の紙が貰えてシート七枚集めたら好きなサブウェイマスターと好きなルールでバトルできる! つまりノボリさんとスーパーダブルバトル可能なバグが発生する」

「わざわざ有給取って挑んだだろお前。それで?」

「負けたよ!」

「黒ボスってひとつの企画のためにわざわざダブルバトル用のポケモンを育成したってことですか?」

「白ボスもスタンプラリーで何度かスーパーシングルしてましたしそうだと思いますよ」

 

 嬉しそうに「ブラボーなこと」を語るノボリを見てヒソヒソと話している鉄道員たち。ヒソヒソ声なのはやましいからじゃなくてノボリが話すのを邪魔しないようにって気遣いだ。みんなは「またか」って言うけど嬉しそうな顔をしているもの。心から、なんの掛け値なしにみんな思ってくれてるの。えへへ。

 ぼくたち、本当にいい部下に恵まれたよね。

 

 ノボリのアイデアを書き留める。えへへ、ノボリったら表情は変わってないけどニッコニコなのがわかるよ。えーっと、でもこれは上層部に企画書をあげて説得もしなくちゃいけないかな? 多めに予算をもぎとって、普段よりイベント用の人員を増やして……だからって減便はしないけど、それだとどうしようかな? 

 うーん、でもきっと実現したらお客さま喜ぶし、集客力も上がるだろうし、なによりノボリも喜ぶ! うん! 頑張ろう! ま、いざとなれば本部の人間に通常業務してもらおうかな? ノボリが望んでるって言って招集したら全てをほっぽり出して喜んでやるよ。

 

「あとで一緒に企画書作ろうね!」

「えぇ!」

 

 うん、でもノボリが来る前にほとんど作っちゃうつもりだけど。できたのを確認してもらって、大丈夫そうなら本部にお話に行こうね、ぼくが。だってノボリにはノボリのお仕事があるんだもの。

 ぼくだってぼくが思いついた企画をあげることはあるけど。それよりノボリの思いつきを実行したい。ノボリがやりたいことはぼくもやりたいこと。仕事以外でもそう。だから、ノボリにはなるべく自由でいてもらいたいの。ノボリじゃなくてもできることなんて別の人間にやらせておけばいいの。そんなくだらない雑音なんて「ブラボーなこと」の邪魔になるだけでしょ?

 

「それにしてもクダリはいつもわたくしに賛同してくれる。無理はしていませんか?」

「してない! ね、ぼくたちいつも、考えてること同じ。それだけ」

「えぇ、分かっております。ちょっと、なんと言いますかね」

 

 今日もノボリは赤ん坊並に無垢だ。ぼくにしかわからない無垢な微笑みを浮かべて、この世の悪いことからすべて目を塞がれたせいで綺麗なものしか見たことがない眼差しを持って、まっすぐでまっすぐで何事も真摯に努力すればこの世に叶わぬことはないと思っている天才性の高慢さが同居している。

 本当はこの世界はままならないことばかりだけどノボリはそんなことなんて知らないの。でもノボリは世界の中心だけどね? おぞましいくらいの邪な考えも真剣さを投げ捨てた自暴自棄も溢れかえっているんだ、本当はね。でもそれはぼくが教えてないからさ。

 ノボリはまっすぐ。なんのブレもなく、なんの汚れもなく。

 

 これからもノボリは汚いことなんて知らないままでいいし、変な罪悪感なんて覚えなくていい。なんにも知らないでいいよ。

 

「幸せすぎて不安、というのでしょうか」

 

 ぼくはコートの裏に隠してある、細長い魔法の棒をぎゅっと握りしめた。魔法でもなんでも使ってノボリが不安がるなにもかもを排除してやりたかったけど、それが幸せから来るものならどうしようもないじゃないか。

 

「ダイヤを守って皆さんスマイル! 定刻通りに出発進行! あのねノボリ、それになんの不安もないでしょ、大丈夫!」

 

 だからそう言ってノボリの肩を叩く。ノボリってちょっとだけ考えすぎちゃうところ、あるもんね。そのせいでそんな考えに至ったのかな? 

 

 ノボリはやっと安心したのか微笑んで、そっとぼくの肩を叩き返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「サブウェイマスター」はただのポケモントレーナーじゃない。バトルサブウェイという強さで地位が決まる地下王国の「王さま」みたいなもの。挑戦者はたどり着くまでに繰り広げた数々の激戦をくぐり抜けるために無数の努力をして、時には味が分からなくなるまで敗北を舐め続けてようやくぼくたちに対峙する。

 いっぱい努力して、いっぱい工夫して、いっぱい期待するよね? ぼくたちが強いことを。胸を高鳴らせて、目をギラギラさせてぼくたちに挑んでくるんだ。

 

 ぼくたちはただ強いだけじゃいけない。立ちはだかる強大な壁であるべきだけど、乗り越えられるべき壁であるべきだ、だってバトルサブウェイは一種の娯楽施設でもある。そもそもバトル施設っていうのは通常のリーグでは我慢できなくなったぼくたち(バトル・ジャンキー)みたいな存在のためにあるんだから。

 

 やぁ来たね? なら勝負だ、力試しをしよう! 安心して、ぼくたちも「 同じ」だよ。ここなら決してバトルの後に気まずくなったり、ただ強さだけを恐れられたりしないよって安心できる場所。

 

 思う存分自慢のポケモンを見せるといい。思う存分考えてきた戦術を披露するといい。ぼくたちはそれを受け入れるよ、対応して見せよう! なぜならぼくたちはここの「王さま」なんだから!

 

 「ノーマル」のぼくたちは勝てないようにはできてない。ちゃんと要所要所に攻略の穴ってものがある、一種のアトラクションだ。「スーパー」だって限られたパーツの中では本気だけど、でも攻略の穴はある。ぼくらは使用ポケモンを挑むごとに完全に入れ替えたりはできないし、入れ替える中でも組み合わせには限りがある。だから挑み続けたらいつかはちゃんと勝てるようになってる。

 で、それで勝とうと負けようと……もちろんお互いに実りがある終着点に着いてくれるに越したことはない……サッパリスッキリそれでおしまい、じゃあ次に行こう! となるならいちばんだけど。

 

 やっぱり勝負事っていうのは熱くなっちゃうみたい。

 負けたら悔しい、わかるよ? とっても悔しくて、なんともやるせなくて、その原因を自分じゃなくてポケモンやその日の運、あまつさえ相手に求めるのは間違ってるけど、理解できる感情。でもそれを胸の内に飲み込んでちゃんと握手して、涙を見せても悔しがってもいい、またバトルしようねって言うのがちゃんとしたポケモントレーナーだ。

 

 それができないで逆恨みして、再戦以外の方法で「報復」を考えちゃう奴らがたまーにいる。あるいは、ポケモンバトルとエンターテインメントを提供する立場のぼくたちをどうしてか疎んじゃう存在がいる。嫉妬? それともなにかの理由で目障りだった? 詳しいことはわかんないけどさ。

 

 ぼくたち、なんでもありのフリーバトルならもっと姑息で、もっと悪辣で、もっと映えないバトルをすると思う。でも、フラットルールの中でちゃんとルールを守って安全運転してるの。ちゃんと自分を押し込んで仕事を全うしてるんだ。なら、そんな風にされるいわれはないよね?

 

 どんな悪いことでもくわだてるだけならいいよ。思うことは自由さ。でももし、実行しようとしたのなら。それもノボリを標的にしたのなら。許せないよね、ねぇ?

 

「これで全部?」

「はい」

「ありがとうね、きみたち戻ってもいいし見ててもいいよ」

「もちろんクダリさんのお傍に。そしてなにか少しでもノボリさんの為になるのなら」

「いつも助かるよ」

 

 捕縛され、目隠しと猿轡をされた人間がいち、に、さん、し。なんだこれだけ? まあいいか。脅威は少ない方がいい。

 

「たしかノボリのアイデアにケチ付けた本部の役員いたよね?」

「先ほど連絡がありました。一時間以内に下処理完了、輸送するそうです」

「オッケー、上出来」

 

 ここにいるのは悪い悪い人間と、ぼくに賛同している……ううん、ノボリの良さをちゃんとわかってる同志だけ。サブウェイマスターのコートを脱ぎ、汚れないように寄せておく。

 細く長い魔法の棒を握ると、みんなのポケモンボールから次々と「賛同者」たちがとびだしてくる。

 

 賛同者や同志は、本当になんということもなく、ノボリのカリスマによってここにいる。これからやるような「小細工」なんてなにもないのさ。「小細工」が必要な悪い子なんてノボリの近くにやれないだろう? せいぜいが無害化、せいぜいが応急処置。せいぜいそれだけのことなんだし。まあでも必要だからやるの。リスクなんて負いたくない。

 

「きみたちとっても無礼、すっごく無礼。ノボリに向かって悪いことを考えて歯向かって、ノボリに害をなそうとした。ね、ホントなら死刑だよ? きみたちが貶したの、ノボリなんだから。ノボリがこの世でいちばん偉いの。この世界の王さまなんだよ? 神さまって言い換えてもいい。不敬罪ってわかる?」

 

 無数の手が一人目を羽交い絞めにする。暴れようとしても無駄。ただでさえ拘束してあるのに大の大人でもこれだけの人数で押さえつけられたらどうにもならないよ。

 

「でもね、ぼく寛大。分からずやの臣民にもノボリみたいに優しくしなくちゃね。だから殺しやしないよ」

 

 ずいっと金属でできた魔法の棒を鼻から突っ込んで、ふかぶかと刺す。ぐるぐる回して目的の場所を見つける。わるーい脳みそをちょっとつついて切除したら終わり。あとは癒しの波動でも回復のくすりでもいいから適当に外傷をふさいで終わり。そうしたらもう二度と悪い人間にはなれないね。

 

「はい、次」

 

 それだけ。簡単でしょう? 寛大でしょう? なんで喚くの? きみたちはこれから誰にも迷惑をかけない素晴らしい人間になるんだよ? むしろ喜んで欲しいんだけど。

 

「ぼくたちはね、ノボリのための王国を守りたいだけなんだ。ノボリが安全で、ノボリがのびのびとやりたいことをやりたいだけできて、幸せに暮らしていられる王国をさ。今のイッシュのことをノボリは気に入ってるみたいだけどまだまだだよね。もっと安全にならなきゃ。不埒な考えをする人間は全員こうだよ?」

 

 鼻に棒を突っ込んで人格を切り落とす。なぁに、痛い? 最初にほんのちょっとだけだよ。ほら、回復のくすりを流し込んであげる。

 

「この世すべてが早く、ノボリのことだけを考えるようになればいいのにね。まったくもう、なにが最優先がわかってないんだから」

 

 みんなが一斉にうなずく。口々にノボリの素晴らしさが称えられる。ぼくもそれに加わった。

 本当に物分かりが悪い子はいけないね? ぼくが寛大でよかったね? 王弟として権力をふるう気なんてないんだもの。そもそものノボリが全然欲なんてないんだし。

 

「ノボリさま……失礼、ノボリさんはお優しいので私たちが努力するのです」

「クダリさんもこの程度で済ませるなんてなんてお優しいんでしょう」

「ありがとう。でも勘違いしないで? ぼくたち、べつにね、この人たちに罰を与えたわけじゃないの」

 

 縄をほどいて拘束具をすべて外してやる。すっかりいい子になって大人しく、どこかぼんやりとぼくを見上げる眼差しにノボリみたいに優しく、笑いかけてやる。

 

「ちょっと正しい教育してあげただけ。ちょっと雑だけどね? ねぇ、この世でいちばん尊敬すべきなのはノボリ、この世でいちばん優しいのはノボリ、きみたちが傷つけようと逆恨みでくわだてた被害者はノボリなの。これからどう生きるべきかわかるよね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「サブウェイマスター・クダリはサブウェイマスター・ノボリの傀儡(かいらい)である」。

 

 端的に言うとぼくの評判ってそういう感じ。ちょっとインターネットで調べたら笑っちゃうくらい山ほどそう言われているのさ。きっとそれよりずっと多く噂されてたりして? うぬぼれかな。

 

 やれ「双子の兄のイエスマン」、やれ「息のあった双子というよりクダリが合わせにいっている」、やれ「双子だから似てるのは当然だけどあれは整形でもして寄せているんじゃないかってくらい」……ちょっと調べるだけで出るわ出るわ、うん、そう思われてるのがサブウェイマスター・クダリだ。

 ぼく、悪い気がしないね? もちろん表向きにはソックリ一卵性な双子車掌がバトル施設の支配者をやってるってだけで、だいたい好意的に受け入れられているんだけどさ。

 

 あぁその通り! (そし)りじゃないさ、事実だもの。ぼく、隠そうともしていないでしょ? 

 

 ノボリはひとりで生きていける強い人間だ、その双子であるぼくも勿論そう、ひとりで生きられるはず。ひとりだって好きなことが出来るだろう、幸せになれると思う、それでいて。ぼくらは選んだの、大人になっても互いの隣にいるってことを。それこそがずっとワクワクする方法で、それこそが自分らしいってことなんだと定義した。

 

 ノボリが生真面目に伸ばした手を鏡の動きでトレースする。少しだけぼくらしく、ちょっぴり遊びを加えて。ふたりでこそ映え、ふたりでこそひとつのパフォーマーなのだと見せつけるように。

 ノボリの強さに食らいつく。君がシングルバトルで君臨する不可侵の王さまなら、ぼくはダブルバトルで挑戦者に無慈悲な勝者になろう、君が挑戦者と共に新たな境地にたどり着くということこそを目的地とするなら、ぼくは勝利こそを目的地に定めて強さを誇示する。

 周囲にぼくらは互いのより良くなるためのパーツを合わせたような存在だと知らしめる。どちらが勝っているか、なんて論ずるだけ無駄だ、ぼくらは本質的に同じだもの。でもね?

 

 ぼくの憧れはノボリなんだ。とにかく理詰めのポケモンバトルに強い兄、強くなろうとするならばいくらでも手を差し伸べる優しさ、愚直なほどの真面目さ、その心には一本のブレない芯が太くしなやかに通っていて。ああ、だから。その弟である「クダリ」は憧れの兄に、何ひとつ劣らぬように己を律し続けたぼくは、ぼくの全てを……ううん、この世全てを捧げたい。

 それこそが恭順、尊敬のあらわれ。

 

 ねぇ、ぼくは操り人形かな? あたかも自動制御でノボリのいいように振る舞う、ノボリを至上命令にした盲目のからくりかな? でもそれがいいんじゃないか。それこそが最高だ。

 

「ぼくはノボリの操り人形。ノボリが指し示すすべてを肯定して、喜んでしっぽを振る犬。それがどうしたっていうの? ぼくを褒めてくれているのかな? ぼくを褒めてなんかないで、すぐにノボリの糧になれるように骨を砕いていたらいいのにね。余計な口を聞くなんて。よく無礼な人間だって言われてきたでしょ? この世界の王さまが、ううん、誰のおかげで世界が素晴らしいのか……神さまが誰だか知らないの?」

 

 ノボリはぼくの後ろで黙ってた。最初はなんだかびっくりしているようだったけど、今はただ黙って聞いていた。目の前の、バトルに負けた挙句結果的にぼくを褒めた男に向かって最初は怒っていたみたいだったけど……次々と乗り込んでくる鉄道員たちが男を取り囲み、ぼくが話を始めてからは好きなようにさせてくれているみたいだった。

 

「悔い改める機会をあげる。懺悔のお部屋で会おうね。お願い、この人を連れてって?」

「はい、クダリさん」

「お話しても構わないのでしょうか」

「いいよ。いつも通りでね」

「……そのお客さまをどうするつもりなんです、あなたたち」

「別室にお連れして、納得されるまでお話して、なるべく早くお返しするけど……」

「……」

 

 あぁダメダメ、ノボリを見る目が良くない。でもみんなのこと怒れないや。ぼくこそ心酔しきった恍惚の顔がやめられない。

 

「ノボリ、ねぇノボリ、どうしたの」

「どうしたもこうしたもありませんよ……」

 

 数歩後ずさりしたノボリの後ろの鉄道員がノボリの口に特別製のハンカチを当てる。揮発した薬品が作用し、しばらくもがいていたノボリはすぐにくったりと倒れて眠ってしまう。

 

「仮眠室にはぼくが連れていくよ。ノボリはなんにも知らなくていいからね、いつだって手を汚すのもいつか謗りを受けるのもぼくたちだけ。ノボリの言いなりで、ノボリの言ってもない理想を勝手に作り出そうとしているのもぼくたちの独断なんだから」

 

 あぁノボリ。何もかもノボリのせいじゃないんだよ? 勝手にぼくが心酔してるの、勝手にそれを広めて、賛同者を増やして。勝手に邪魔な人間を全部排除しようとしているの。全部ぼくの勝手なんだもの。

 そりゃあノボリはなにも知らないから、狼狽えるよね。

 

「クダリさん、先程、玉座が完成しました」

「そう! それはいいことを聞いた。ありがとうね、教えてくれて。用意してくれたみんなにもお礼を言わなくちゃ」

 

 じゃあ行き先を変えようね。ノボリ、ノボリ、君にふさわしい場所をようやく用意できたの。

 起きたら喜んでくれるかな。

 

 コートの裏で細長い魔法の棒がぶらぶら揺れている。金属でできていて、数え切れない人間の血を吸い、沢山の自我を切り落としてきた魔法の棒。

 初めてこれを使うことにしたときをうっとりと思い出して、ぼくはノボリをギアステーションの地下の奥の奥の奥の奥、ノボリのために用意されたお部屋に連れていく。

 

 抱えきれないでぶらぶら揺れているノボリの手がぼくの背中に何度も触れ、それはぼくを認めて励ましているようにもぼくを咎めているようにも感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノボリには天性のカリスマがある。実のところとっても感情的な性格をしているから、いつだってその大きな魅力的な声で相手を褒めるの。本当にわかりやすく褒めるの、心からそう思って惜しげもなく褒めそやすのさ、相手を想って心を砕いて。そして、案外ノボリは自分が好きなこととそれ以外への落差が激しくて、わかりやすい。

 

 そうやってノボリが心を砕いてきた存在は例外なくノボリのことを好きになる。時に優しく時に厳しく、自分のために真摯になってあれやこれやと思案してくれ、一緒に「目的地」を目指してくれる頼れる素敵な存在。そして目的地に到着すれば道中含めて褒め称えてくれる……誰だって好きになるでしょ。

 そういうところ、ノボリはとても良い上司だ。そしてちょっぴり信奉者を作りやすいタチだ。

 

 だってノボリに褒められたくて。あらゆる存在はノボリが良しとすることを目指す。一度心を砕かれたのなら、一度心酔してしまったのなら。もう二度と元には戻れない。

 

 ノボリに褒められたくて! ノボリに認められたくて! 手を尽くし努力しありとあらゆる「善いこと」をするのさ!

 

 仕事に、ポケモンバトルに、私生活に。ありとあらゆるものを試して、大胆にあるいはそれとなく仄めかし、なんにも知らないノボリは褒めそやすのさ。自分の価値観に合ったことだけを。そりゃそうさ、ノボリは生まれながらの神さまじゃなくって人間だものね?

 でもそういう「理想」と「現実」のギャップにこそやられちゃうのさ。自分が勝手にした「期待」と「現実」の違いに躍起になって、あとは自分から飛び込むように坂から転がり落ちるだけ。無意識下のマインド・コントロールの完成。ノボリの価値観にあてはめられたことを「善いこと」と定めた人間のできあがり!

 

「この黒い玉座に御座(おわ)すべきです」

「褒めてくれなくてもいいんです。私たちをその目で見てくださるだけでいい」

「もういっそ忘れてください。ノボリさんが覚えてくださっていなくても続けます」

「一途でありたい。真摯でありたい。ノボリさんのように」

「ノボリさんが望むこと以外は不要です」

 

 眠るノボリに捧げられるのはひたむきな想い。ひとしきりぼくたちの王さまに言葉がかけられ、眠るノボリが目を覚ます前に一斉に退室する。

 ノボリの本心なんてぼくたちが勝手に推し量っているだけなんだもの。目を覚ます前に仮眠室に連れて行く。あの部屋について伝えられるのは一体いつになるやら。

 

 たくさんの捧げものの中に埋もれて眠る君は綺麗だった。惜しいけどぼくはもう一度担ぎなおして簡素なベッドに寝かせ、部屋を出ていく。

 

 ぼくやることがあるもの。

 

「もっと上手くならなくちゃ」

 

 脳みそを切り落とすだけじゃあ出来上がるのはただの木偶。覇気を失い、その副作用で敵意をなくすだけ。呼吸する肉人形になっただけで満足してちゃあ意味がない。

 

「もっと上手くならなくちゃ」

 

 ぼくたちの王国は今日も栄華(えいが)の中。どこもかしこも作り物のように完璧で、暗闇から演出される胸躍るバトルの狂宴(きょうえん)は永遠に続く。主演を引き立てるためにセットは努力を惜しまない。万雷の拍手、無数の観客がぼくらを見ている。

 

 罰は受けるから。せめて最高のコンディションで擦り切れるまでフィルムを回させて?

 

 その日からピタリと、根も葉もないことを垂れ流していた記者は黙りこくり、むしろバトルサブウェイについて好意的な記事を書き始める。この期に及んでサブウェイマスターを快く思っていなかった本社の役員はむしろもっとライモン駅に予算を回せと声高に主張し始める。手のひらを返したかのように。

 

 いまだ無垢な君へ。ぼくの願いを叶えてくれる?

 

「ねぇノボリ」

 

 眠る君にささやくのはぼくがまだ覚悟を決めていないからなの。いつかは目覚めている君に言わせてね。

 

「君のお気に入りのお人形にして?」

 

 目の前で手足に太いキリで穴をあけて見せるから。ぼくの血で染まった真っ赤なひもを通して、きみだけのお人形にしてくれる?

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