手の届かないところに連れてっちゃっていいってことだよね?
ぼくはノボリを迎えに来たってことなんだよね?
クダリは非常に気が優しい子です。頼まれたならば無下には断れず、お客さまのご要望から部下の相談事、昔馴染みのお願いや親孝行。ありとあらゆる方面に分け隔てなくその優しさを振りまく姿はさながら慈愛の天使のよう。
そう、誰にでも手を差し伸べる真っ白な天使さまのように見えるのです。
しかし、わたくしだけは知っています。クダリの優しさは単純に留まることを知らず、他者……この場合はわたくしたち双子以外という意味……にも向けられてはいるものの、その大半が双子の兄であるわたくしに注がれているということを。そりゃあもう、わたくしたち互いにとびっきりにトクベツですのでね?
そういうわけで、疑いなくわたくしたちは人間の姿をとる前から深く深く愛し合っているのですが。突然、ある好奇心が湧いてしまったのです。
こんなに優しいクダリって。一体どこまでわたくしのワガママを聞いてくれるのでしょう? って。
まぁちょっと意地の悪いことですけど。
これまでクダリはわたくしの言うことなにもかもを断ったことなどありませんのでね。
今日もバトルに書類作業に新人教育にお客さま対応にと、くるくる動きバリバリ忙しく働いているクダリの背中を見ながらコッソリとほくそ笑みました。
あぁ申し訳ありません、かわいいかわいいわたくしのクダリ! わたくし。かわいいお前をちょっと試させていただきとうございます!
悪い顔をしている自覚はありますが、なんだか不謹慎にも楽しくなってしまって。ちょっと童心にかえったといいますか、かわいいお前をからかい、困り顔を見るというのはいつだってとびきり楽しいもの、なのでございますよ。
駅のホームで終電を見送り、指差し確認終了。車掌業務は今日は終わり。トレインを見送ってちょっと肩の力が抜けた時。はた、とノボリの動きが止まった。なにかな? と首を傾げて待っているとぱたぱたとポケットを確認し、なにやら探したけれども見つけられなかったらしい。
ノボリが忘れ物? それともなにかなくした? どっちにしろめずらしいね。
「……申し訳ございませんクダリ、ハンカチを貸していただけませんか?」
「ハンカチ? はいどうぞ」
「ありがとうございます。今度洗って返しますね」
「え、いいよ。ぼくたち使う洗濯機同じ」
「それはそうなんですけど」
ノボリはちょっとだけ不満そうな顔をしてポケットにぼくのハンカチを入れた。何に使うのかな? ちょっと不思議だけどノボリが使いたいならなんでもいい。
というかこれ以上電車も来ないからホームからお客さまはどんどん減っていっているとはいえ、そもそも人目のある駅のホームでこういう私的な会話があるのがめずらしいね、ほんと。
なんてちょっと考えごとをしていたせいで出遅れちゃった。普段揃ってる足並みがズレ、ノボリのまっすぐ伸びた背がずんずん先に進んでいっちゃったので慌てて追いかける。
ずんずん。まばらでもお客さまがいる場所ではノボリって基本むっすりだんまり。子どもに手を振られたらすぐ応えるけど、話しかけられたり七両目到達の時だったりだと別だけど、生真面目なノボリはやむを得ない用事でもない限り「サブウェイマスター」がお客さまの前で雑談なんて許さない。
ずんずん、ずんずん。早いよノボリ。しょうがないなぁもう。
ノボリの手が重い乗務員扉を開ける。バタン。
「……それでですね、今度のイベントの企画書についてなんですが」
「うん」
ようやく結構おしゃべりなノボリが気兼ねなく話せる場所に来た。軽く振り返ってほんの少しだけ頬を緩めたノボリはさっきよりちょっとだけ歩調を緩めてぼくが追いつけるようにしてくれた。事務所に向かいながらこうやってあれこれ話す時間が大好きなことを知ってるから。
そのうち、ピッタリ歩調が合う。あれこれ話しているから身振り手振りだけは違うけど、弾む呼吸や浮き立つ鼓動まで同調していくのがわかる。足音が二重になって、でも少しもズレていないから不思議な反響が廊下に響く。
ノボリとこうして並び立つのって世界でいちばん幸せなの。えへへ。気分がいいね?
ハンカチを貸したくらい、別になんてこともない。その時は別になーんとも思わなかった。ちょっとめずらしいなってくらい。頼ってくれるのは純粋にうれしいし、ノボリはもっとぼくに頼るべき。
そして次の日の昼休み。ちょっと世間のお昼休みとは時間がズレてるけどぼくたちの昼ごはんの時間にもまた「めずらしい」ことがおきた。
「あの、クダリ」
「なぁに?」
一目散にノボリがデスクにやってくる。ご飯に一緒に行くんだと思ったけど、今日そういえばぼくたちおひるご飯買ってきたよね。じゃあ何?
真面目だけど公私混同しないノボリが休憩時間に仕事の話とは考えにくい。緊急事態なら別だけど、それならノボリの口角、もっとへの字になってるもん。そのくせちょっと口ごもり、言いにくそうだったけど、ノボリって思い切りがいいからすぐに覚悟を決めたって顔をした。
「申し訳ございません! 先程冷蔵庫にあった飲み物一本全て飲んでしまったのですが、クダリのものだったのです!」
「え? いいよそんなの。今日、買った時おなじのだったし間違えるくらい普通」
「わたくしの飲みかけのものならまだありますが。いえ、新しいのを買ってきましょう。何味がいいですか」
「ぼく、ノボリのでいいけど、……あ、それだとノボリが飲むのがなくなるね。じゃあ一緒に買いに行こ?」
ぼくたち双子だから、これまで持ち物に名前を書いたり、マークをつけたり、色違いにしてきたんだけど。さすがに自動販売機で買うような飲み物までお揃いにならないようになんてできないから間違えることだってある。
職場なら尚更そう、だから名前書いてるけど、見落としちゃうことだってある。ノボリがやるのはめずらしいけど。なんたって双子だからそれが本当に自分のものか確かめるなんて小さい時から慣れっこなんだもの。ぶっちゃけどっちのでもいいからそこまで厳密にはしてこなかったけどさ。
もしかしてノボリ、ちょっと疲れてるのかな?
「いえ。申し訳ございません。クダリ、わたくし買ってきますから」
しょんぼりしているノボリがとぼとぼと味も聞かずに歩いてく。慌てて回り込んでノボリに追いつき、むしろぼくが飲み物を二本買って片方ノボリに押し付ける。
「いーのいーの、そういうことある。そんなこと気にしないで。これ好きでしょ、飲んで元気だして? 休憩後もがんばろ?」
「おぉ……?」
目を白黒させながらキンキンに冷えた飲み物とぼくを見比べていたノボリ。急に表情を改めるとなぜか「何度でもお手合わせ願いたい!」って顔をした。
「なるほど。いやはや、ありがとうございますクダリ。わたくし、ちょっと燃えてきました」
「なんでぇ?」
◇
「クダリ、すこし、ボールペンを貸してくださいまし」
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
理由も聞かずに今この瞬間書類にサインをしていた手を止め、握っていたボールペンをノータイムで差し出すクダリ。ボールペンなど他にいくらでもデスクにありますし、使っているものを差し出すにしてもさすがに一単語書ききってからかと思っていましたが。
クダリの優しさは留まるところを知らないのですか。
てのひらにのせられた、クダリの体温が残るボールペンを少し眺めて。はてさて、借りて使わないのもなんですし。コートの内ポケットからスケジュール帳を取り出し、早速借りたばかりのボールペンで書きつける。
『ボールペン(書類作業中・書くのを中断する)』
他にも『ハンカチ(洗わなくて良い)』『飲み物(勝手に飲んだが奢らせてくれない)』『部屋の掃除(皿洗いの当番はわたくしでは?)』『晩ごはんを作る(リクエスト以外にも好物を作る)』……ふむ。
ペンを返し、読み返せば読み返すほどクダリがやってくれないことが無いな、むしろお願いした以上のことをやられているな、と思い返すわけで。
何を言いつけたら断るんでしょうか。どんなお願いなら口ごもり、断る言葉を探すクダリが見えるのか! むしろむしろ、どこまでやってくれるというのか! わたくし、
「そうだクダリ」
「なぁに?」
仕事真っ最中だというのに。わるい好奇心が抑えられず、つい作戦を決行し続ける。
完全に手を止め、キラキラした目でわたくしを見上げるクダリ。無邪気で真っ白なかわいいクダリはまさか片割れがこんなくだらない「ためし」をしているなんて思いもしないでしょうね? 本当に申し訳ないのですが、もういろいろ楽しすぎます。
次はなんて反応をするかしら、と予想し……そして大抵予想通り。そんなの楽しいに決まってるじゃないですか。こんなことしてなんですが、クダリが「断る」……それもわたくしを前にして。なんてちっともイメージできないのですよ。
「クダリの今度の休日をわたくしにくださいまし?」
「えっ?」
「すでに予定があるのは承知ですが」
「う、うん」
「わたくし、クダリと休日を過ごしたいのです」
「もちろん、もちろんいいけどノボリ」
かわいいかわいいわたくしのクダリはビックリしすぎてかわいらしいことをのたまいました。
「ノボリ、めずらしいこと言う。今日、色違い?」
「通常色ですよ」
「うん、うん、見たらわかる。えへへ、ノボリといられるなら何やってても、どこでも楽しいから」
クダリが前から次の休みに復元前化石展示展に行く予定を立てていたのを知っています。もちろん、その日を逃せば行けなくなるわけではないのは下調べ済み。誰かと行く予定ではないことも。えぇ、さすがに人と約束があったならばその方にも迷惑をかけてしまいますし。とはいえ楽しみにしていたはずです。
それをわたくしがただのワガママでやめさせ、なんなら家から出るつもりもない怠惰な実りのない休日に変えてしまう。クダリは露も知らず、無邪気に笑っている。
あぁ、わたくしって思っていたよりもひどい男なのかもしれません。わたくし、休日はクダリとのんびり過ごせたらなんでも良い、と思っている節があるので。クダリは比較的休日もアクティブですので、これは完全にわたくし本意な考え!
当日、どこへ行くでもなくダラダラゴロゴロさせようとするわたくしにクダリは怒るでしょうか? 怒ってひとりで展示展に行ってしまうかも? なんて想像をして。
なんでしょう、なぜでしょう? 楽しくなってきました。きっと呆れてしまい、さっさと着替えて出かけようとするクダリに不躾にすがりついて「お願い」して一緒にいてもらいましょう。「クダリの休日はわたくしがもういただきました」なんて申し上げて。今から想像するのがなんて愉快なのか。どんな顔をするんでしょうね。
えぇ、どこまでクダリはわたくしのワガママを聞いてくれるんでしょうね? 断る姿は想像もできませんので。しかし、知らないクダリを見てみたいという気持ちもございますから。どっちに転んでもわたくしが美味しい思いをするわけです。
◇
「あのね、今日のおひるご飯はなにがいい? ぼく作るね」
「どうしましょうか……いえ。この前クダリが作ってくださったでしょう。今日はわたくしが作ります」
部屋着のままふたりでダラダラゴロゴロ。気持ちよさそうな顔をして広いベッドを占拠し、毛の長い絨毯に埋もれて雑誌を読んだりバトルレコードを見返したりと怠惰を極めているわたくしの方をたまにうかがってはニコニコしているクダリ。
予想に反して、朝からクダリの口から一度も展示展の話は出ませんでした。それどころか前々からふたりでダラダラすると決め込んでいたかのように寛いでいるではありませんか。
決して、クダリに不満を持って欲しいわけではありません。クダリに不満があるわけでもありません。ただのくだらない好奇心でやっているのでクダリが心中穏やかならそれに越したことはないのですが、面白くはありません。
このわるい好奇心に突き動かされている間はもっとワガママ全開にならなくてはクダリの限界を知ることはできないのでしょうね。なので、ここは本来ならわたくしが腕によりをかけてクダリの好きなもの……要するにわたくしの好物ですが……を作るべきなのですが、そうしてやりたいのですが、あえて。
そう、ポケモンバトルにおいても意表をついたり、「あえて」定石とは違うことをしたりというのも重要な要素なのですから!
「……いえ。やはり、クダリ。お昼も作っていただけますか?」
ここはめんどくさい料理を所望しましょう。買い出し必至の。きっとクダリは買い物の分担を申し出て、わたくしはそれで勝手にクダリの限界を知った気になってほくそ笑む。それでわるい好奇心はおしまいにしましょう。
好奇心は別としても、なんだか完璧な持ちつ持たれつではないのはどうにもむず痒くていけませんね。早くいつものわたくしたちに戻らなければ不公平ではありませんか。
「もちろん!」
優しい優しいクダリは嫌な顔ひとつせずに笑顔になりました。もう、可愛いんですから。あとで埋め合わせをしなくては。なにがいいんでしょうねぇ。
「わたくし具だくさんのポタージュと彩りの良いピザが食べたいのです。……やっぱり、ピザにはたっぷりサラミをのせてくださいまし」
「ごろごろじゃがいもを入れて、ピザはお肉たっぷり。食べ応えあってすっごくおいしそう! 食材足りるかなあ」
「それからジャンクな味には甘いソーダも必要です。ありましたっけ」
「どうだったっけ」
ふたりして冷蔵庫まで出発進行! ふたりして覗き込むと使えそうな調味料や飲み物はありましたが食材は見当たらず。クダリはざざっと買い物メモを作り、読み上げ確認。ふむ、問題ないですね。
「よーし!」
クダリはわたくしの手を引いて廊下をトコトコ歩き始める。寝室に連れていかれ、一緒に着替えて買い物に行こうね! と言われるわけですね。
それにしても予定をキャンセルさせた挙句昼ご飯を作らせようとしても断らないとは。はー、クダリったらなんでも言うこと聞いてくれるんですから。こうも「優しい」も過ぎるとわるい人間に利用されないか心配になってしまいますね。わたくしがもっとしっかり見てないといけないですね……。
あれ。そっちはベッドですよ? わたくしをベッドに座らせ、ふわりと肩に毛布を掛け。そして無垢な天使のように微笑み、額に小さなキスを落とす。
「じゃあノボリはこっちで待ってて? 美味しいの作ってくるから、出来たら呼びに来るから。ここでいい子で待っててね」
クダリお気に入りのバチュルクッションをぽんと手渡され、ぽかんとしているうちに目の前でさっさと着替えたクダリ。にっこり笑って「いってきます」。はい、いってらっしゃいまし。迷うことなくスタスタスタ。あっという間に玄関ドアがバタンと閉じ、ようやく我に返る。
「え?」
まさしく呆然。ふいうちとはこのこと。
わたくしのワガママで突然家事を押し付けられ、わたくしのリクエストのせいで決して軽くない買い物をすることになったのですよ? わたくし、別に病気というわけでもないのですから当然言い出しっぺは同伴し、荷物持ちなり財布になるなりすべきでしょう? だというのにそぶりすらみせずにひとりで行ってしまったと?
唖然としたまま閉じられた扉を眺めていると廊下の方から氷の入ったグラスを背中にのせたクダリのデンチュラがやって来て、わたくしにとるよう促しました。促されるがまま、良く冷えた爽やかなミント水を飲み干すと、ひどく喉が渇いていたことをようやっと自覚しました。たしかに朝からただただゴロゴロしていてロクに飲み物を飲んでいませんでしたが。
それも見抜いて、自分は今から外に買い物に行くのに、ダラダラごろごろしている兄に飲み物まで出して、クダリってば、まったくクダリったら……。
ふわふわのデンチュラがのっそりとベッドに潜り込んできて、ふんわりとわたくしを包み込む。ひとかかえもあるバチュルクッションのバチュル再現度百パーセントの手触り、天然デンチュラのすべすべしたやわらかな毛並み、いまだ疲れの残った休日の午前中……そのような条件が揃ったならあっという間に眠気がやってくるのは当然と言えるでしょう。
クダリにワガママを言って、どこまで聞いていただけるのか。それを試すためだけにこんな怠惰な時間を過ごして……同じだけ働いて同じだけ疲れているはずの弟に家事を押し付け、自分は穏やかな睡眠ですか。
罪悪感が込み上げてきて、あとでネタ晴らしして存分にこき使っていただきましょう。そう決意しつつ、ワガママなわたくしは心地いい堕落した微睡みに落ちていったのでした。
◇
「ノボリ、ノボリ、できたよ!」
「……ふぁっ、すっかり、わたくしったら」
「ふふふ、すっかり寝てたんだね。気持ちよさそうだったけどもうおひるだよ。ピザもスープもとってもいい出来! 一緒に食べよう!」
爆睡を決め込んでいた薄情でワガママなわたくしを見ても眉一つひそめずに、むしろ上機嫌なクダリ。クダリの優しさは底なしというわけですか、そうでございますか。わかりました、わたくしの負けでございますよ。認めます、だってだって、わたくしにはやっぱり想像すらできないわけですから。
クダリがわたくしのお願いを断る様子すら。わたくしには想像の中でさえクダリはにこにこ笑って引き受ける姿しか浮かばないのです。最初の段階からわたくしの負けが見えていたのではありませんか。もう。
「クダリ……」
「ん、なぁに。起こしてあげるね」
わたくしの腰に手を添えてベッドに座らせる。優しい手つきのまま両手を掴んでそっと立たせてくれる。無垢な弟の顔ではなく、甘ったるいわたくしの恋人の顔をして天使のクダリは首を可愛らしく傾げました。
「わたくし、クダリを侮っておりました」
「なぁに? どうしたの、なにか夢でも見た?」
「いいえ。ここのところ、わたくしは卑怯にも、黙ってクダリを試していたんです」
「そういえばちょっとノボリの様子がおかしいなって思ってたの。疲れてるのかなって」
「疲れてなど。クダリの方こそ買い物も料理も押し付けられて疲れたでしょうに」
クダリがわたくしの手を手を引いてリビングに連れていく。扉を開け、いい匂いのする廊下を抜け、綺麗に皿が並べられたダイニングテーブルまでエスコートするわたくしの王子さま。
「わたくし、わたくし、わるい好奇心が抑えられなかったんです。いつも優しいクダリになにをお願いしたら断るのだろうと、そんな見たこともない姿のクダリを見てみたいと思い、あれやこれやと物を借りたり勝手に使ってしまったり、クダリをいいように扱ってみたり、家事を押し付けたり」
「なるほど、最近ちょっと甘えてくれてるなあと思っていたんだけど」
わたくしを座らせると丸い刃のついたピザカッターを使って大きく切り分け、めいめい置かれた取り皿にじゅわじゅわと脂とチーズが煮立ったかぐわしいひと切れを置いてくれました。ふたりで今日の食事に感謝をして。
「クダリはわたくしのワガママをすべて聞いてくれました。勝手に試して申し訳ございません。もちろん埋め合わせにしばらく家のことはしますので。……クダリの優しさは本当に天使のようですね」
「なぁに言ってるのノボリ。あの程度でワガママのつもりだったの?」
がばり。クダリの口が大きく開き、がぶりとひとくち。
「ん、おいしい。
あのねノボリ。ワガママならすっごく高い指輪を買ってくれとか、きあいのタスキを一生分用意しろだとか、もっと大きくて遮音性のある家に引っ越そうだとか、なんなら周りのこと一切合切やってくれとか、こだわりスカーフでドレスを作ってくれだとか、もっと稼いで来いだとか。もっと大きなことを言えばよかったんだ」
「それは……一部ワガママを越えて人権侵害まで感じますが。きあいのタスキはもう一生分あります」
「うん。ノボリって気優しいから、せっかくかわいいこと思いついてもそこまでだった。ぼくからしたらかわいいノボリがかわいく甘えてるなあってくらいだったんだよ、全然気にしないでいいの」
「はぁ……」
ポタージュの具からは懐かしく優しい味がする。とろりと舌触りよく、丁寧に裏ごしされた手間のかかったもの。もちろん同じものをわたくしが作ったとして。他ならぬクダリのために作るのならばそれはむしろ楽しい時間でしょう。しかし、しかし、やはり手間はかかっているのです。
やわらかな具をかみしめて、クダリの言葉を咀嚼する。
「クダリは本当に優しいですねえ……わたくしのお願い、言うことなすことすべて聞いてくれそうな勢いです」
「なんでも聞くよ?」
わたくしが舌鼓を打っているのをにこにこしながら眺めていたクダリ。天使の微笑みを絶やしません。
「むしろそうなってくれた方がいいな?」
ああなんてなんて。クダリは苦労をいとわず、ひたむきな献身を一心に向けてくれるわたくしの天使なんでしょうね。
「もう本当に、お腹いっぱいクダリの優しさはわかりましたので。しばらくわたくしに雑務を押し付けてくださいましね? とりあえず一週間は家事当番をやりますので」
「えぇ……」
クダリはざくりとスプーンで大きな芋の塊を突き刺した。
「むしろノボリ、もっともっともーっとぼくに甘やかされてほしいんだけどなあ」
◇
「クダリは本当に優しい子なんですから。怒っても良かったのに、要するにわたくしはクダリを利用していたんですから」
とろけるように甘いきみ。そのまなざしも指先も、全部全部ぼくのもの。
「利用だなんて。むしろ、ぼくをもっと頼ってくれていいんだよ? なんでもやってあげる、なんでも、なんでもね」
びっくりしちゃった。ずいぶん可愛いことするじゃないか。知らないノボリの一面を見れたみたいですっごくいい。でもさ、つまり、ノボリってそういうこともできるんだ?
なら全部全部ぼくのもの。なにもかも、ノボリのやることなすことぼくのものにしちゃっても、いいってことかな?
優しく優しく包み込んで、ぼくしか知らないところに連れていっちゃおうね。