その中に収められた至高の甘味はわたくしだけの贅沢品。
お手入れのための白いハンカチと、味を彩る思い出はこの胸に。
ぼくは口の中を転がすノボリを盗み見しながらそっと自分のお腹をさすってみる。
うん、やっぱり正解じゃないか。
じっくり味わいたいきみと全部ものにしたいぼく。
「あれ、ノボリ、珍しいね?」
久しぶりのスーパーマルチ。ワクワクしながら七両目に乗り込んだらノボリが先に待機してた。腕には電源の入ったライブキャスター、腰にはポケモンボール、そして手には書類を挟んだバインダーとボールペン。挑戦者たちが六両目くらいに来るまでは車両内でできる書類作業をするのがぼくたちサブウェイマスターのルーチンだから、そこまではいつも通り。
そんなノボリはなんだか口をもごもごさせていた。そう、キャンデーを舐めているらしい。
「そうでしょうか。クダリも書類作業の時にお菓子を食べているじゃないですか」
「そうだけど、ぼく、電車内では食べないよ」
「それは失礼」
とは言いつつ辞める気はないらしい。まあここにはぼくしかいないし、待ってる間ならいいけどさ。
ころころ。ころころ。気になるなあ。匂いはしないけど、何味なんだろう? ノボリ、糖分補給しないといけないくらい疲れてたのかな。
「美味しい?」
「ええ、ええ、それはもちろん」
ノボリってキャンデーを途中で噛み砕くことが多いけど、今日はなんだか辛抱強く転がしてるね。
なんて、珍しいこともあるもんだからしばらく考えちゃってたけどぼくも仕事しなきゃ。おそろいのバインダーを取り出してぼくの書類をチェックしてみたり、次のイベント企画についてアイデア出しをしてみたり。そうしているとあっという間に時間が過ぎ、残念だけど挑戦者たちは五両目で敗退してしまった。
スーパーマルチトレインは緩やかに速度を上げ、駅に向かって出発進行。飛び去って行くトンネルのライトが車内をチカチカさせ、ぼくは座席にバインダーを置いた。待っていた時間が無駄になった、というわけじゃない。挑戦者をこうして待ち受けるのも仕事だもん。でもね、それはそれとしてちょっとがっくり。
すっごいバトルがしたい! って思ってこれまでたっくさんの努力をしてきた強いポケモントレーナーたちとのバトル、いつでも大歓迎! あと新コンボも試したかったし、久しぶりにマルチのフラットルールでのノボリの本気、見たかったもの。まあでも、嘆いたって事実は変わらないものね。
「今回もスーパーマルチはなしですか……」
「しょうがないよ。明日は来るといいね」
「ええ」
こころなしかしょんぼりしたノボリはおもむろにポケットから白いハンカチを取り出し、口の中で転がしていたものをそっと取り出した。ずっとキャンデーだと思っていたものは、ハンカチと同じ白色をしていて、なんだかいびつな形をしてて、とっても小さくて、なんだか……見覚えがあるような。
「ねえ、それ」
「あぁ。小さい頃のクダリの歯ですが?」
「ぼくの乳歯なんてよく持ってたね……」
「クダリは小さいころにわたくしの乳歯を飲み込んでしまってお医者を呼ぶ羽目になっておりましたね」
「それは忘れて!」
ノボリの唾液でぴかぴか光っているそれはノボリのものと寸分変わらないだろうけど、ぼくの歯だったもので、全然おいしそうじゃない。でもね、これがノボリのものだったら……うん、小さい時に飲み込んじゃったのは正解だよね。美味しそうなんだもの。美味しかったんだもの。
「ぼくが隣にいるのに」
「口さびしかったので。とはいえ、大人のクダリから歯を抜くわけにはいきませんので」
「じゃあキスでいいじゃない!」
「神聖な仕事中ですよ」
「えー」
なんだか釈然としないけど、ちょっぴり頬が熱い。だって、これはノボリがそれだけぼくを恋しく思ってくれてるってことだもの。今日家に帰ったら、たっくさん甘やかしてあげようっと。
機嫌よくトレインから降りると、バトルできなかったはずなのにどうして? って顔でノボリが首を傾げた。