【短編集】憧憬の愛玩動物   作:ryure

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ええ、わたくしたちいい大人なんですもの。兄弟離れしなくては。そう思いながらもこの距離間、居心地がいいんですもの。いつまでも甘えてしまいます。

――――

えっとえっと。ノボリのポケットに入れておくアレってどこにあったっけ。
すっかり眠ったノボリを起こさないようにそーっと。布石って打っておくだけいいんだよ。それだけだもの。ね? コートのポケットの裏側。ちょっとだけ縫い付けさせてね。それくらい、いいでしょ?


善意しかない!

「あ!」

「おや。奇遇ですね」

「ノボリ、今仕事終わったところだよね? お疲れ様!」

「クダリこそ。朝のラッシュ、あたらめてお疲れさまでした」

 

 スーパーで偶然クダリと鉢合わせ。きっとそろそろお腹がすいてきて晩御飯の準備をしようと思ったのでしょうね。ちらりとかごの中を見るとそこにあったのはスパゲッティの麺とミンチ。売り場から考えるにあとはトマト缶を探しているのでしょうか。最近、こういうこってりしたものが食べたいと思っていたんですよねえ。

 

「いいですね。わたくしもミートスパゲッティにしましょうかねえ」

「あ、それならぼく作ろっか? この前ノボリんちお邪魔したからぼくんちで」

「おや。いいんですか? 家主に作らせてしまって」

「ぼくも食べたんだもん!」

 

 なんて素敵な申し出でしょう! クダリの料理は素朴でそつがなく、いつだっておいしいのです。とりわけ疲れた身体には染み渡ります。

 

「ではお言葉に甘えて。わたくしはなにかデザートを買いますからね。何にしましょう?」

「えーっとね。なににしようかな……」

 

 にこにこしながら子どもみたいに無邪気にデザート売り場で真剣に悩む横顔を見つつ、わたくしは今日も小さな幸せをかみしめ。きっともう大人になったクダリは嫌でしょうけど、また昔みたいに同じ家に住めたらこんな日が毎日続くのかもしれない、そうなったらいいのに……と妄想しながら。

 

 

 

 

善意しかない!

 

 

 

 

 

「あら。おはようございますクダリ」

「おはようノボリ」

 

 ギアステーションの朝は早い。そういうわけでサブウェイマスターの朝も早いのです。朝のラッシュ時間、とりわけバトルサブウェイではなく通常の列車のみが運行している時間帯はわたくしたちの業務内容は車掌です。

 

 今日はクダリも早番なので更衣室で鉢合わせました。さすが双子というべきか、同じシフトで仕事をする日はたいてい更衣室で鉢合わせるのです。住んでいる部屋は違うものの職場への所要時間は似たようなものだし、生活リズムが自ずと似てくるらしいのです。

 

 顔がそれなりに売れているため、外で時間を取られないよう目深に被っていた帽子を脱ぎ……クダリもそれは同様……さっと上着を片付けました。クダリは白のスラックスなんてイレギュラーな制服なので全身着替える必要が面倒そうですね。上着を脱いでコートを羽織るだけの黒担当でよかったな、なんて薄情なことを考えながら靴を履き替えました。

 

「相変わらずクダリは早着替えですねえ……」

「そうかな?」

「そうですよ。それは特技と言えますねえ」

「そこまで?」

 

 だって着替えなんて全くしていないわたくしと準備時間が変わらないなんてなかなかな速度ではないですか。そんなことを思いながら連れ立って更衣室を出ました。

 

 クダリがふたりぶんのコートを持ち、わたくしがふたりぶんの帽子を持つ、そんないつものスタイルで。

 連れ立って事務室に入ると、まだ空調が動いていないむっとよどんな空気に迎え入れられました。宿直者が食べたのかほのかにカップラーメンらしい匂いさえ残っていて思わず顔をしかめてしまいました。こういう時だけ地下勤務の嫌なところをまざまざとみた気がしますね。

 

「事務室は一日換気扇はつけっぱなしにしなさい、と申し上げましたのに」

「節電しろって本部からお達しあったからかな?」

「あぁ。それでは悪いのは本部ですね」

「なんか湿気てて……機械の調子悪くなってたらやだなあ」

 

 クダリの頭に制帽を乗せると代わりに上着を着せてもらいました。わたくしも着せてやるとクダリはぱっと微笑みます。このクダリの笑顔を見ると一日が始まるなあと実感できますね!

 

「じゃあ、今日もよろしく!」

「ええ、こちらこそ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ノボリ、お疲れ様……」

「はい、クダリもお疲れ様でした」

 

 またしても更衣室でクダリと鉢合わせました。サブウェイマスターとして仲良く残業してきたので、もはや残っているのは宿直者くらいでしょうね。換気扇のボタンに電源を切られないようしっかりテープを貼ってから事務室に出たのにクダリはまだ着替えていたらしい。

 朝の颯爽さからは思いもよらない速度ですけど疲れちゃったんですかねえ。それよりもクダリが落ち込み気味なのが気になります。

 

「どうしました。朝はあんなに元気だったのに落ち込んで」

「ううん……すっごく個人的なことだから……」

「はて。今日は見事な快勝でした。すっかり上機嫌で帰宅されると思いましたけど」

「うん。今日は全勝! それは良かったんだけど、ぼくのビデオ、壊れちゃってたの……ほら朝、事務室の湿度凄かったじゃない? それでダメになってたの。防水なんて考えてなかったなあ」

「それは……お労しいことですね。ダブルトレインの様子は中継でしか見れていませんが、是非わたくしも見返したいバトルでした。それでは代わりになるかわかりませんが、見返すものがないなら今日の夜、暇でしょう? シングルの研究になってしまいますが、わたくしのバトルビデオをコピーさせてさしあげます」

「えっとね、ビデオっていうのは……ううん! じゃあお家行ってもいい?」

「もちろんですよ。クダリと共にバトルの気づいた点について語り明かす夜! なんでブラボーなことでしょう!」

 

 ぱぁっと嬉しそうにクダリが笑い、ハンガーラックからわたくしの上着を取ると早く帰るのを催促するように着せてくれたのでした。こら、嬉しいからって生地を揉まないでくださいな。

 

「ね! ぼく、ノボリんち行くの久しぶりだなあ! えっとね、なにか食べ物買ってこようか? 今日泊まってもいい? いっぱいお喋りしようね!」

 

 そういうわけで簡単な食事をテイクアウトして帰路につき、一気に機嫌を直してはしゃぐクダリを時折なだめながら楽しい夜を過ごしたのです。

 

 それからしばらくして。

 

 休憩時間、デスクでここ最近の自分の行動について思いを馳せる。そうそう、クダリが遊びに来た夜はクダリは随分はしゃいで、もう何度も家に来たことがあるというのに子どものようにあちこち部屋を探検して、バトルについて思う存分語り合い。わたくしはいい加減疲れて程々で寝たのだけれど、夜更かしまでしたようでした。起きたらソファではなくわたくしのベッドに潜り込んでいたくらい童心に返って。大変可愛らしかったのです

 いやいや、それはいいのですけど。それはいいのですよ。クダリが無邪気なかわいい弟なのは前からです。そんなことより自分の行動を見直さなければなりません。

 

「……」

「あれノボリ。なんか難しい顔してる。何かあった?」

「その。先月分の水道とガスと電気の請求書をいっぺんになくしてしまいまして……」

「そうなの? それはまずいけど……ノボリのことだし来て直ぐに払ったんじゃない? 払ってから忙しくてそのこと忘れちゃったとか」

「ならいいんですけど。それ以外も何か請求を後で払おうと思っていたものがいくつか見当たらなくて……うーん……払った覚えがないのですが、問い合せますかね……」

「大丈夫だと思うけどなあ。ノボリがそういうの忘れたことなんてないじゃない」

「そうですね。先月も請求がこないと思って問い合わせたら支払い済みだったんですよね」

「うんうん。無意識でもちゃんと払うのはいいこと」

「疲れているんですかねえ……」

 

 そんなクダリの手には華奢で小さなカメラがありました。これがビデオだとしたらとても小さいですね。手のひらに収まるキーホルダーサイズでこどものおもちゃのようなかわいらしいもの。とはいえ、こういうものには少し心がくすぐられますね。例えば画質が悪いのを知っていてもすぐに感熱紙で写真が印刷されるものに心惹かれたり、あとから画像編集できなくてもインスタントカメラを楽しんだりするようなものです。

 なんといえばいいんでしょうね。ともかくクダリに似合ったかわいらしい趣味ですね!

 

「おや、早速ビデオ、新しいのを買ったんですか? ……あ、でも小さいですし。それでバトルビデオは撮れませんよね?」

「これは予備なの。調べたら無事なのもあったんだ。あのね、ぼく、ビデオが趣味なの。バトルビデオももちろん趣味だけどね?」

「へえ。それは初めて知りましたねえ」

「でも予備は予備。次は防水のやつ買うからどんなに地下が湿気ても大丈夫!」

 

 それなら良かった。が、ではこの前家に来たのは一体。まぁいいか。クダリが家に来るのはこちらとしても楽しいので歓迎。

 

 クダリはわたくしの向かいの自分の席でしばらくカメラを弄っていましたが、しばらくするとおもむろに椅子の下に潜りこみはじめました。あの子ったらあんなところにカメラをしまっていたのですか? たしかに机の中は書類や仕事のための機材などでいっぱいで机の下に箱でも置いていなければ保管なんて無理ですけど。

 

「よいしょ」

「そんなところに溜め込んで。ちゃんと精密機械があることを申告しないと掃除のときにうっかり壊されても知りませんよ」

「大丈夫。結構頑丈なんだよ」

「そうなんですね。ならいいんですけど」

 

 

 

 

 

 

 今日はノボリは今日遅番だから帰ってくるのはとっても遅い。ぼくはいったん家を帰ってから黒い服を着てノボリの家に来た。マスクをしたらぼくらの見分けを付けられる人間なんていないんだ。いちいちご近所さまに「ぼくクダリ。ノボリとは双子です」って説明するのも面倒だし。

 

 えーっと。合鍵どこだっけ。

 

「お邪魔します」

 

 もちろんノボリもぼくの部屋の合鍵を持ってるし、合鍵を渡しているってことはいつ来てもいいってことだもん。

 

 ぼくとは違って黒が多め、モノクロが基調のシンプルな部屋の構成、ほんのり香る清涼なルームフレグランス。なんだか自分の家より落ち着くんだ。

 

 冷蔵庫を開けて写真を撮る。えーっと、ここからここ最近の食事のメニューを推測したらノボリはきっとミートスパゲッティみたいなこってりしたものを食べたくなるよね。ぼくならそう。明日晩御飯、外食に誘おうかな。それとも作っちゃう?

 

「あとは……」

 

 お部屋に配置していた小さな小さなビデオたちを回収する。新しい、防水のカメラをおんなじ場所に仕掛けておく。うん、よし。きっとこれで大丈夫。これはノボリがひとりで熱を出したりとか、なにか危険にさらされてもぼくが家にいるときならすぐに駆け付けられるってこと。これで安心だね。ノボリはきっとひとりでなんとかできるけど、それでも一応ね、一応って大事なんだよ。そうやって布石を打っておくことが大事なの。やらないよりやった方がいいに違いないんだもの。

 

 今日は何をやっておこうかな。請求書関係は勝手に払ったら気づいちゃうもんね。今回気づいちゃいそうだったし、気づかれちゃったらノボリってすっごく真面目だからさ、「じゃあわたくしにクダリの分を払わせてください」って言われかねないししばらくはやめておこうかな。まあ、そのへんにぽーんと置いてるんだもの、ノボリが生きていくために使うんだからぼくが払ったっていいじゃない。だってノボリが使うんだものね。ね?

 

「あとはなにかあるかなあ」

 

 ノボリが帰るまでに部屋を片付けておくとか? もうこんなに綺麗なのに? ノボリって公私問わず本当にそつがないんだもの。毎日忙しいのに床に塵ひとつないっていうか。ぼくも見習わないとな。

 それならなにか差し入れおいとこうかな? うーん、それなら直々に家に招待されるときになにが食べたいか、何が必要かとかそういうのをちゃんと聞いて持って行った方がいい気がするし。

 

「まあいいか。今度また来ようっと」

 

 別に今日っきりじゃないんだし。ほどほどでいいよね。うん。

 

 ぼくの家に帰ったらノボリがいたりして。ううん、遅番だから絶対にありえないんだけど。そうだったら嬉しいのになあ。ぼくがいたらきっとノボリも嬉しいし。まあでも今日は家に行くって言ってないし準備してないって思われたらなんだか気負わせちゃうかもしれないし。

 

 うん。よし。これでいいか。

 

 あとはノボリの帰宅時間に合わせていきつけのスーパーに行ってノボリとおしゃべりするんだ! じゃあ一回帰っていつもの白い服に着替えよっと。

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