【短編集】憧憬の愛玩動物   作:ryure

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「いや……黒ボスがちっとばかり取り繕われても漏れてまんねん……」

 ふたりの居なくなったあとの事務室で、ある方言の強い鉄道員がぼやく。

「いやぁ。今日もハートが飛んでますね」
「席にたーくさん積もっとんのが見えるわ……」


無限キャッチボール

「ノボリ! おっはよう!」

 

 事務所のドアを開けて大きな声で挨拶しようとしたノボリに真っ正面から飛びつく。ぼくを受け止めるために「おはようございます」を言い損ねたノボリは、でもぼくをしっかり捕まえてくれて、清潔感のある石鹸の香りにほんの少し混ざったノボリのにおいのする胸元にすっぽりおさめてくれたけどすぐに離されちゃった。家ならきっと思う存分ノボリ吸いさせてくれたはずだけど、外なら仕方ない。

 君って外ではぼくよりクールであろうとしてる。そんなところもかわいいけど、兄の「威厳」というか「イメージ」というか、そんなのを今更気にしちゃう君のことが大好き。

 

「はい、クダリおはようございます! みなさまもおはようございます!」

 

 素敵な大声でビリビリ震える事務所の壁。そんなノボリと至近距離のぼくだけが、挨拶した瞬間の優しい微笑みを見れるんだ! もったいないから見ていいの、今日はぼくだけね。うん、みんなもたまーにならうっかり見てもいいから。

 

「クダリ、夜勤お疲れ様でした。冷蔵庫にご飯ありますから温めて食べてくださいね」

「ありがとう!」

「いえいえ。それではわたくし引き継ぎに行ってまいります」

 

 ぼくを優しい目で見て、一瞬だけ白い制帽を取り上げるとぽんぽんと頭を撫でてくれる。そしてそのまま行っちゃった。

 

 うん、うん! 胸を張れるよう頑張ってよかった! 家に帰ってご飯食べて、ひと眠りしたら。今度はぼくがノボリの帰宅を待っていろいろ準備してあげようっと! ご飯を用意して、お部屋をあっためて、帰ってすぐお風呂に入れるように!

 

 疲れで重くなった足なんてなんのその。ぼくはノボリの魔法でいい気分。仕事帰りとは思えないルンルンステップで家に帰って、たっぷりの愛情をおなかいっぱいに堪能させてもらった。

 

 

 

 

 

 ♡ ︎♡ ♡

 

 

 

 

 

 

「ノボリ!」

「おかえりなさいまし。先程のスーパーダブル、大変ブラボーでした! あとでゆっくりバトルレコードを見せていただけますか?」

「もちろん! えへへ、すっごくいい試合だった!」

 

 事務所、君の席。部屋に飛び込んでそのまま背中からギューって抱きついてノボリの顔を見ると、優しい顔をした君は耳をちょっぴり赤くしてた。それは「ブラボーなバトル」を見たから? それともぼくが抱きついたから? どっちでもなんて可愛いんだろう! 外ではおすましなノボリもぼくの前ではどんどんボロが出ちゃうんだ。うーん、他の人に見せるのはもったいないからもっと隠せるようにぎゅーっとしてあげよう!

 

「あのね! これからスーパーマルチに乗車だって! 迎えに来たの」

「なんと!」

 

 すぐに机の上の書類を片付けてしまって、簡易回復装置に並べていた手持ちたちを素早く腰のホルスターに装着するのを手伝った。

 

「それは本日いちばんのいい知らせですね! それではホームに向かって出発進行ー!!」

「しゅっぱつしんこー!」

 

 ぐいん! と勢いよくノボリが立ち上がるのにまかせて持ち上がって連れていかれる。背中にぼくを抱きつかせたまま難なく立ち上がり、ぼくをぶらさげたまま事務所をスタスタと横断し、みんなに向かってびしっと敬礼!

 

「それではサブウェイマスターノボリ、いってまいります!」

「同じくサブウェイマスタークダリ、いってきまーす!」

「おや? クダリ、まだ背中に乗っていたのですか。遅れてはいけませんからそろそろ降りてくださいまし」

「はーい!」

 

 本当にパワフル、これと決めたら脇目も振らずに一直線なんだから! ぼくが乗っててもちっとも気づかないくらい! 耳元で大きな声を出されて始めて気づくなんてさ。

 

 名残惜しくぴしっとしたノボリの背中から降りて隣を歩く。すれ違う鉄道員に手を振って、「待ち受ける側」専用のホーム、そのいちばん端っこに向かう。

 

 ぼくらの姿を見るためにはどのトレインに乗るにしろ連勝しなきゃダメだから、ホームでさえ姿を見えないように配慮してある。具体的にはぼくたちのいる場所と他の「待ち受ける人たち」の待機場所の間にはコンクリートで出来た頑丈な壁があってどうやったってぼくたちのところには行けないようになってるの。ノボリと一緒に通ったのはぼくたち専用の階段、ぼくたち専用の昇降口。ノボリとぼくだけ、ぼくたちサブウェイマスターだけ! それはなんて誇らしいんだろう!

 

「ちゃんとたどり着いてくれるかな?」

「さて。わたくしたちはただ信じ、ただ待つだけでございます」

「うん」

 

 そのうち、音もなく静かに滑り込んできたスーパーマルチトレインに乗り込む。

 

 ガタン、ガタン、ガタンと揺れる列車の中、隣で座っている、お行儀よくお膝に両手を乗せ、静かにその時を待っているノボリをちょっとだけ、こっそり盗み見るの。

 

 真っ暗な外、黒い衣装、それに映えるのはまっすぐな信念を溶かして丸めてはめこんだような鋭い目。

 

 ここにいるのは誰よりも強いシングルトレインの王様。七両目で待ち受けるのは地下世界最強のサブウェイマスター。いろんなことをノボリは言われているけれど、そして尊敬と畏れを同時に抱かせているのだけど、なによりぼくの片割れなんだって思うと胸がいっぱいになるんだ。あのノボリはぼくのもの! 

 みんなみんな願ってる。なんとかしていっぱい勝ってノボリに会いたい、ノボリとバトルしたい、この綺麗な目に映されて、すべて終わったあと熱っぽく握手してもらって、健闘を称えて貰いたいって。

 

 うん。そんなみんなの憧れはぼくのものなんだ!

 

「えへへ」

「おお、どうしたというのです。びっくりしました」

「えへへへー! なーんにも!」

 

 今言っちゃったらきっとノボリ、耳まで真っ赤になっちゃうからなんにも言わない!

 ぼくだけが、ノボリのもの、ノボリはぼくのもの。そう思うと嬉しくってしょうがないだけなの。ぼくだけの、ぼくだけのノボリ!

 

 うん、今日も負けないから! ノボリにとって誇れる片割れでいられるように、ぼくは勝って勝って勝ちまくり、その先を見るために……目指すは勝利!

 

「まったく。ほら、挑戦者さまがたがいらっしゃいました」

「うん、うん、待ってた!」

 

 ぱっと席を立つ。緊張した顔のお客さまの前でいつでもスマイル!

 

 ノボリの隣に並び立って、朗々と口上を述べるのをドキドキしながら待っている。

 

「ではクダリ、なにかありましたらどうぞ!」

 

 ノボリが渡してくれるバトンをぽんと受けとって、ぼくも言うのさ。すっごいバトルが始まるこの瞬間こそ、どきどきの頂点なの!

 

 

 

 

 

 

 

 ♡ ♡ ♡ ♡ ♡

 

 

 

 

 

 

「クダリ、ねぇクダリ、ねぇわたくしのかわいいクダリ」

「なぁにノボリの甘えん坊さん。ぼくのかわいいひと」

「かわいいひとですって! そんな、照れちゃいます……」

 

 ソファに座ってぼくをぎゅーって抱きしめているノボリはそれじゃ足りない! と言わんばかりにぼくの胸元に頭をこすりつけている。

 

「職場であんなにかわいらしく甘えるなんて。わたくし困っちゃいます、あんなにかわいかったら仕事にならないですよ」

「外だとあーんなにかっこいいノボリがおうちだとこんなにかわいいんだもの。ぼくも困っちゃう。だからつい」

 

 ホントのノボリは甘ったるい。まっすぐ挑戦者の前に立ち塞がり、素早く最良の演算を脳内で組み上げ、時に運さえ引き寄せて勝利する王様の威厳はどこにもない。

 

「そんなのダメ、ダメです。クダリがこんなにかわいいことがバレちゃいます、わたくしのなのに、わたくしのなのに! だれかに取られちゃいます! わたくしのなのに!」

「大丈夫。ノボリはぼくのだから」

「ええそうですとも! それでも心配なんです!」

 

 ぎゅーっと、ぎゅーっと。ぼくを一生懸命、まるで本当に誰かに横から取られないようにするように抱きしめて心配するノボリ。時折締まりすぎてないか不安になってちょっぴり腕を緩め、やっぱり不安になって強めにぎゅっ。何このかわいい生き物。心配しなくたって絶対に誰にもあげないんだから。

 

 ……でも、そろそろいいかな? ひょいっと横に持ち上げて……ノボリがぼくを軽々運べるなら逆ももちろんできるってわけ……ベッドに運ぶ。そろそろ良い子は寝る時間だよ。

 

「もう! 運んでくださってありがとうございます! でも誤魔化されませんからね! クダリはわたくしだけ見てたらいいんです!」

「もちろんずっとずっお君に首ったけだよ?」

「ええ、ええ! 存じ上げておりますとも! それでも足りません、足りないのです! わたくしだけがライバルで、わたくしだけに夢中になって、わたくしだけを見るようになればいいのに……悔しい事にそれは叶いません! これではクダリが取られちゃいます! こんなにかわいいんですもの!」

 

 こうもかわいい、かわいいと繰り返し言われるとなんだか……うん、もっとかわいい存在に言われているせいでちょっとだけもにょっとする。

 

 褒め言葉なのはわかってるけど。ベッドにおろして、ぼくも横になろうとしたら飛びついてくるかわいい子がぼくを勢いよく引きずり込む。

 

「うわっ」

「離しません! 今夜も離しません、いいですね! 絶対に離したらダメなんですからね!」

 

 ぎゅっ。

 

 ぼくの胸元で君がしがみついて、ぼくの両腕も自分の背中に回させようと一生懸命。されるがままにノボリの背中に腕を回し、苦しくないようにぎゅっとしてあげると額をぐりぐり擦り付けて喜んで、そのままガッチリホールドしたまま君は寝てしまった。

 

 外じゃあきっと、仲がいいけどクダリの方こそお兄ちゃん大好き! に見られているんだろうけど。

 ホントはどっちかというと真逆で、ぼくのことをだーいすきな君が家に帰ってからあーだこーだ言いながらかわいくぼくから離れなくなるのを防止するためっていうか。

 

 まぁ外の人目のあるところでどれだけ大好きアピールしてもそれ以上のものを毎日くれるから、うん!

 

 大好き! のキャッチボールは今日も止まらないみたい。

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