【短編集】憧憬の愛玩動物   作:ryure

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 ノボリの帰りを待ちわびて。ぼくはそわそわしながらリビングにいた。食事の準備は完璧で、素敵な贈り物と花束まで用意して、ノボリが驚く顔を想像してはつい笑顔が溢れちゃって。そわそわ、そわそわ、部屋の中を意味もなく歩き回って待ってたんだ。
『クダリさん!』
 でもぼくの耳に入ってきたのは聞き慣れた玄関ベルの音じゃなくて、耳慣れない緊急用のコール音、つまりギアステーションからの着信だったんだ。出るやいなや慌てふためいた若手の鉄道員が、ぼくのライブキャスターに直接連絡を入れるなんてそうそうないことだったから何かあったんだって、それもノボリに関わることだってすぐに分かった。
『先程ノボリさんが、ロッカーで倒れておられて、既に救急車は呼んだんですが、ご連絡しなくてはいけないと思って!』
「ノボリが、倒れた?」
 彼はすっごく取り乱していたけれど、ライブキャスターを繋ぎながら駆けつけた救急隊員と会話してくれて、ぼくが家から飛び出し夜の街を走り抜けている間に搬送先の病院の場所を教えてくれた。
「ねぇ、ノボリは、ノボリはどんな様子だったの!?」
『その、床にぐちゃぐちゃの“花”が散らばっていて、その上で意識を失われて倒れて……』
 無機質なロッカールームの床に似つかわしくない“花”。そこで倒れたノボリ。
 ぼくらの家に取り残された、バレンタインデーのチョコレート。

 それがはじまりだった。そうさ、ぼくはこんな状況で、ノボリが片想いをしているかもしれないって知る前に、想いを伝えなきゃいけなかったのに、伝えられないまま、意識のないノボリに会うことになったんだ。


愛は激症、恋の障り

「バレンタイン、毎年なかなか忙しいですねえ」

 

 なんて、これはただの独り言でした。ロッカールームはわたくしひとりでしたので。本日のクダリは早番だったのでもうとっくに家にいるでしょうね。家に帰るまでにあの大きな紙袋の中身を増やしていなければいいのですが。

 そうは言っても、わたくしもなかなか本日の持ち帰り資料といいますか、世間一般的には戦果、戦利品というべきでしょうか、有り体に言えば贅沢な、まっすぐな愛情の込められた甘味をかなり所持しているのでひとのことは言えません。

 

 サブウェイマスターという、バトル施設の人間という立場がそうさせるのでしょうか。それとも車掌という、比較的身近にいる年上の男性にあこがれるお年頃の少年少女たちのターゲットにたまたま選ばれてしまったのでしょうか。毎年のことではありますが。

 

 可愛らしいお手紙、小さな花束、このようなイベントの場では当たり前のことですが既製品かつエスパータイプのポケモンに検査してもらったチョコレートやお菓子などなど。本日ばかりは鉄道員やサブウェイマスターに直接の“差し入れ”が可能なのでこぞってわたくしたちのいる七両目に到達されたお客様がたは手に小さな手土産を持っていらっしゃいました。

 

 もちろんすべてがすべていわゆる“愛の告白”ではありません。中には常連客の小さな感謝だって混ざっていたでしょうし、明るい雰囲気に釣られてイベントごとに参加したいという純粋な気持ちの場合もあったでしょう。それでも。

 

 間違いなく、中にはイベントごとに意図された熱のこもった強い気持ちが込められていたでしょう。わたくしにも、そして……クダリにも。

 

「クダリはとってもいい子ですし」

「笑顔も素敵で」

「仕事もできるし、バトルも強い」

「誰にでも優しく、誰にでも真摯で、穏やかで、頼りがいがあって」

「人望だってあります」

 

 のろのろと衣装を脱ぎ、ロッカーに制帽を仕舞い、靴を履き替え。ネクタイを外してため息をひとつ。ことさらゆっくりと私服のコートをワイシャツの上から羽織りながら、紙袋を眺める。

 

「クダリはいい子ですし、それに、そろそろ適齢期です。恋人がいて然るべきで結婚していてもおかしくありません。子どもがいても、普通です」

 

 双子の車掌。白と黒のサブウェイマスター。そんなキャラクターを前面に押し出して売りにしているのは間違いありません。実際これまで兄弟仲良くやってきたのですから。互いに補い合い、助け合い、ここまで平穏にやってきたのです。この生活を手放したいわけなどありませんが。でも。

 

「もしかしたら、どなたかの想いを本気にしてしまったかもしれません」

 

 口に出すと、ああなんて、心細いのでしょう。

 

 正直言ってわたくしはあくまで仕事として受け取りました。慕われて嬉しい、というのはサブウェイマスター、ひいてはバトルサブウェイが世間的に受け入れられているという安心感が根底にあります。ですから、きっとクダリもそうでしたでしょう。

 愛想よく、ライモン駅の顔として職務を全うしたにすぎません。

 

 ……でも。万が一、例えば長らくダブルトレインに通い詰められていた常連に、可愛らしい女性や素敵な男性などがいて、今日、真っ当な言葉で愛を伝えられたなら? 真面目で優しいクダリなら、一蹴せずにきちんと受け止め、考え抜いて返事するでしょうから、あるいは、ということを考えてしまうのです。

 

 わたくしは、そのようなことを想像すると寂しいだけなのかもしれませんでした。これまで男兄弟二人で生きてきて、互いに特に浮いた話もなく、日常が変わらないことを妄信したいだけなのかもしれません。あるいは子どもじみた兄弟への独占心を何か勘違いして、ひたむきに片割れを慕ってくれる優しいクダリを自己の所有物かなにかと勘違いした、そんな幼稚な感情がわたくしに筋違いな寂しさを感じさせているとか。

 なんにせよ、クダリはとびきり素敵な人間です。いい人がいた方がいいに決まっています。もしこの機会に恋人ができたなら素直に祝福すべきです。

 

 いえ、いえ、別にクダリから直接ハッキリとそのような事実、“いい人がいる”などと突きつけられたわけではないのですけど。これはあくまでわたくしが勝手に想像しているだけで、勝手に恐れ、勝手に怯え、勝手にこんな、本当に身勝手な考えなんて唾棄すべきで……。

 

「う」

 

 胸がつかえる。押し寄せた寂しさで胸がつっかえて、ツキンとはっきりとした痛みがそこに生まれ、同時に目頭がカッと熱くなり、情けなくも涙がこぼれそうになるのを抑え、こらえようとして。

 

 しかしこぼれたのは涙ではなく。ずるりと不気味なほど無抵抗に喉を通って吐き出された“なにか”で。

 

「は、」

 

 ロッカールームの床にべちゃり、と聞くに堪えない音を立てて落ちていったのは、ドロドロになった昼食の残骸などではなく、泡立った透明な粘液に包まれた鮮やかな黄色の花……いえ、良く見れば赤いものや紫のものも混じっていて、それらはすべて唾液か胃液かで無残にもべたべたになってはいるものの、それらはどう見ても道端にあるようなものではなく、例えば花屋に陳列されているような、野生では見かけないほど色鮮やかな、

 

「、おえっ」

 

 動揺した脳みそが瞬時に理解を拒否して、軽い頭痛まで襲い来る。ごぼごぼと喉が不快な音を立て、手足が仕事を放棄して力無く地面に崩れ落ちるのを止められず。

 

 その間もぼたぼたと、酸素を求めて半開きになった口から今度は白く可憐な花が零れ落ちていきました。小さな花がたくさん茎にくっついたものがたくさん、花束そのものを吐き出しているようなのに普通の嘔吐のような喉の焼ける感覚や引っかかりはなく、軽い痺れのような感覚を伴って、胃が不随意にびくびくと痙攣するがままに異物が吐き出され、吐き出され、地面に広がっていく。

 

 それは万華鏡のような鮮やかで非現実的な光景。広がっていくのはむせかえるような甘い香り。わたくしは、悪い夢でも見ているかのようにそれらをぼんやりと眺め、そしてふと、あぁ助けを呼ばねばと思い至りました。

 

「たすけて、たすけてくださいまし、くだり、くだ、……」

 

 時すでに遅し。わたくしは、理解しがたい光景を前にすっかり消耗していたらしく、意識は真っ白となって夢の向こうに吸い込まれていったのでした。

 

 

 ライモン市立病院のいちばんはずれにある静かな病室。清潔な白い壁、ホコリひとつない白い床、そして無機質な金属でできた細い支柱がいくつか並べられ、その中のいくつかはラベルの貼られた液体入りの袋をぶら下げてそこにある。袋の下から生えたいくつもの透明なチューブがノボリの腕に突き刺さっていて、からだの中にゆっくりと栄養分とお薬を送り込んでいる。その上、小さな機械部品やシリコン製のパットが指や胸元に取り付けられていて、淡々とノボリのバイタルを計測した数字を画面に映し出してくれていた。

 

 ノボリは遅番だったバレンタインの日、仕事終わりのロッカールームで“あの病気”を“発症”し、そのまま“激症化”して“嘔吐”のあと意識を失って倒れていた、らしい。運の悪いことに発見されたのは退勤打刻をしてからだいたい二時間後くらいだったって。

 

 これは言い訳にもならないけど、ぼくたちは普段から突発的に残業することが多かったから、ノボリの帰りが予定より遅くても特に不思議に思えなかった。それに、そもそもぼくらの周囲に“発症”した人間はいなかったし、あのバレンタインイベントでも他のイベントの例に漏れず、お客様や従業員の安全を守るために“防疫措置”がきちんと取られていたのに。

 

 だからまさか、まさかノボリが、ノボリだけが“発症”するなんて、思わなかった。

 

 真っ白なベッドに眠る、真っ青な顔色をしたノボリ。口元には酸素マスクを兼ねた“嘔吐検知器”が取り付けられている。意識が戻ってない今、また“発作”が出て吐いたものが喉に詰まったらと思うと……ゾッとする。

 とはいえ、いったん落ち着いたと判断されたからこうして面会を許されたけど、ノボリがまた嘔吐したら今度はガラス越しでしか会うことを許されないかもしれない。ううん、これはぼくの勝手な妄想だけど。だって、あまりに非現実的だったから。まさかぼくたちに降りかかるなんて想像もしてなかったから。

 

 ノボリの診断書に書かれた病名は急性花弁状物体嘔吐。俗称は、“花吐き病”。

 

 ドラマや小説でよく見る悲運の病。その実態はよく分かっていなくて、“症状”の現実離れさはまさしく物語みたいで、何よりちっとも原因究明がされていないというところが人々の想像を掻き立てる。

 伝染性だ、ということが一応わかってはいるけれど同じように“曝露”しても症状が出るのは人によってまちまちで、“発症”しない人も大勢いるし、その“吐瀉物”が気管に詰まって死んだなんていうケースを除けばこの病気で死者が出たことがないから、伝染病かもしれないと噂されてもそこまで恐れられていないというか。

 なにより、この“花吐き病”には夢のような俗説があって、馬鹿みたいな話だけど憧れの対象にすらなっているんだ。

 

 いわく、“花吐き病”は一途に片想いをしている人間がなるらしい。いわく、その“花”は恋心を集めてぎゅっと凝縮した、恋の結晶のようなものらしい。

 

 “発症者”の伝えられない恋心。胸の中でぐるぐる煮込まれていた愛に浮かされた熱意。世にも色鮮やかな花びらになって、からだにたまっていって、恋心と同じように胸を勝手にドキドキさせて、頭を浮かされたみたいにぼーっとさせて、物思いにふけって、注意散漫になって、時にムキになって、急に悲しくなって、ちょっとしたことで嬉しくなって、だけども伝えられない気持ちが溢れかえって、最後には口から、綺麗だったはずの“花びら”がどろどろに崩れて零れ落ちる。

 要は、健気に片想いしていた人間がいきなりいい匂いのする“花”にしか見えないものを吐いて倒れる病気ってこと。多少の個人差があって、花の種類はまちまち、もちろん同じ花ばっかり吐くんじゃなくて花束みたいに鮮やかなパターンもあるし、“花びら”だけ吐く人間もいれば“茎”まで出てくる人もいる。でもそれらは決して“花”じゃなくて、なんでも“吐瀉物”のDNAを調べてもその“発症者”のものしか検知できないらしい。

 

 そんなことあるわけない。人体の構造上、絶対にありえないことだ。きっと叶わぬ恋を拗らせた人間がでっち上げた作り話に違いない。まともな、理性的な人間はみんなそう思ってる。だって“花吐き病”をこじらせてそれが原因で死んだ人間はいない。だから、それらは作り話に違いない。

 でも、毎年毎年無視できない数の“発症者”が出たし、中には“発症”して“防疫対象”になって困るようなスポーツ選手やジムリーダー、リーグ挑戦者もいた。これまで散々テレビに出て“花吐き病なんて仮病に違いない!”なんて自論を振りかざして笑い飛ばしていた科学の権威さえいつしか“発症者”になった。

 

 そして、そのうち“症例”の多さからしたら当然だけど、ぽつぽつと完治した、と思われる人間もいて、そういう人たちは決まって胸に秘めていた片想いを成就させて治るらしい。もちろん、みんな思ってる。その元“発症者”がたまたま恋を成就させたタイミングにたまたま運良く治っただけじゃないか。わかってるさ。でも。

 

 胸に秘めた気持ちを“花びら”が伝えてしまったかのように、ぼくは詳しくないけれど、こぼれ落ちる花言葉が想い人に向けていた感情そのものだったとか、なんとか。止まらない“花”のおかげで背中を押されて想いを伝えられたとか、なんとか。そんな元“発症者”の自伝が出回って、ドラマになって、みんなそれを娯楽として消費して、そして、いつしか“そういうこと”だと思われている。

 

 でもね。“発症者”の家族であるぼくに、お医者さまはそんな馬鹿な俗説の話なんてしなかった。冷静にこの病気が“花”を生成するために莫大な体力と水分を消費することで急速にからだが弱ってしまうこと、意識を失うほど“劇症”した場合脱水症状、栄養失調がほぼ確実に出ること、どういう原理なのか不明だけど“花吐き”をしたらその脱水症状とかが原因でほぼ間違いなく“発症者”は倒れてしまうし、その“花吐き”のタイミングは個人差が大きいこととか、からだの中で次の“花”を生成しているせいで体臭まで花みたいにまるっきり甘ったるく変わってしまっていることとか、そういうことを教えてくれた。

 間違っても、治療のためにノボリの片想いの恋を成就させるように、なんて言わなかった。

 

 そうさ。ぼくに向かって、ノボリには片想いの相手がいるはずだ、なんて言わなかった。

 

「あのねノボリ、そろそろ目を覚まして?」

 

 “花吐き病”は感染症だとされている。吐いた“花”に触ってしまった場合、感染するかもしれないって。でも確実じゃないし、まだまだ未解明なこの病気のことだから“花”に触って感染したケースはたまたまかもしれない。何もわからないんだ。でも、キミが目を覚まさなきゃ、何も始まっちゃくれない。

 

 ぼく、ぼく、このままじゃ信じちゃいそうだから。ノボリに誰か好きな人がいて、その気持ちが大事なばっかりにとうとう倒れちゃったって思っちゃいそうだから。だから、早く目を覚まして、早くお花を吐いて、ぼくにもちょうだい。

 そしたらぼくすぐにこの病気になって、素敵な“花束”をいくつか吐き出して、涙ながらにキミに告白して、すぐに治ってみせるの。そしたらぼくがノボリのことを愛してるって分かるよね? ねえ、そしたらノボリの気持ち、ぼくで上書きされないかな?

 

 からだから失われた水分を補うための点滴、吐き気止めの入った薬品がぽたり、ぽたりと規則的に落ちていってノボリのからだに吸い込まれていく。ぼくはそれを見ながら、管の刺さっていない方の手をそっと取って、もう一度繰り返した。

 

「目を覚ましてよ、ノボリ」

 

 それで、ぼくにも感染させてよ。はやく、愛の証明をさせてくれる?

 

 あのバレンタインの日、先に家に帰ってたぼくはノボリにとっておきのチョコレートを用意した。花束も、素敵なごちそうも。ぼくらの家のテーブルにそれらを並べ立てて、遅くまで仕事をしてたノボリを労って、想いを伝えようと思ってた。

 でも、ノボリはなかなか帰ってこなくて。でも電話でもしたら仕事の邪魔になるかもしれないし、何よりサプライズにしたかったからぼくはただ待ってたんだ。

 

 そしてかかってきた電話。ぼくは、病院にすぐさま向かいながらも胸が潰れそうだった。

 

 ノボリは目を覚まさない。一日過ぎ、二日経ち、ノボリは青白い顔のまま眠っている。まさか意識がないまま無理やり食べさせることもできないし、点滴しかできないから少しやつれた気がする。

 

「ノボリ、」

 

 キミが好きな人は誰なの? 胸に仕舞いこんでいる、伝えられない恋心。胸の中でぐるぐる煮込まれていた愛の熱の矛先。世にも色鮮やかな花びらになってからだにたまっていって、恋心と同じように胸を勝手にドキドキさせて、頭を浮かされたみたいにぼーっとさせて、物思いにふけって、注意散漫になって、時にムキになって、急に悲しくなって、ちょっとしたことで嬉しくなって、だけども伝えられない気持ちが溢れかえって、最後には口から、綺麗だったはずの花びらがどろどろに崩れて零れ落ちて。

 ねえ。キミに想われているのは一体誰なの?

 

「ねえ、起きて……ノボリ。ぼくの、……ぼくの大事なキミ」

 

 “花吐き病”のキミに、意識がないからって“ぼくのノボリ”って言えなくて。

 

 悔しくて、悔しくて、ぼくはちょっぴり八つ当たりしたいような気持ちになって、くったりと力の抜けたノボリの手をほんの少しだけ強く握ってしまった。

 

 

「ノボリッ!」

「おぉ、クダリ? 来てくださったのですね」

 

 ライモン市立病院の一番端っこにあるノボリの病室。今日は人形みたいに眠るキミしかいない静かな部屋じゃなくて、先にノボリの点滴を取り換えてくれていた看護ラッキーがいて、息を切らせて飛び込んできたぼくに笑顔を向けてくれた。

 

 ライブキャスターに連絡があった通り、ノボリは意識を取り戻していて、ベッドの背中をリモコンで起こしてもらって、からだをもたれさせたまま座っていた。

 

 顔色からあの不安になるような青白さはなくなっていたけれど、反対にほっぺたが赤い気がする。目つきもなんだかとろんとしていて、喋り方もらしくなくゆったりして、声に張りがなくて、どことなくぼんやり。

 まだまだ本調子じゃないのは間違いないみたい。もちろんすぐに家に帰らせようとか、職場復帰させようとかそんな気はないけれど、もっと休む必要があるんだって、それくらい弱っちゃったんだって心配になっちゃう。

 

「みなさまに心配かけて、しまいました。たくさんの迷惑も。クダリ。すぐに元気になりますから、許してくださいまし」

「ううん! 心配だったのはそうだけど、気負わなくたっていいんだからね! ぼく、こうして目を覚ましてくれて、本当に、嬉しくって、うぅ、のぼりぃ……」

「おやおや。しかし、わたくし、少々、熱が、あるそうなんです。起きてすぐに検査して、とりあえず、なにかウィルスや細菌によるものではないとわかっています。そこまで心配しなくとも、大丈夫です。すぐに治りますよ」

「そう、なの」

 

 どことなくつたない話し方をしているけれど、何日も目を覚まさなかった割にはノボリの様子はしっかりしていて本当に安心した。まだ腕には何本か点滴はついているけれど、本数が減っているし。横から無理させないようにそっと抱きしめると、つい安堵の涙がこぼれて、ぼくの背中は弱々しく、だけどさすられていた。ノボリは間違いなく目を覚ましてくれて、ぼくの方を見てくれてる。

 

「本当に心配をかけてしまいました。クダリ、わたくし、見た目ほどの重病人ではないですからね。安心なさい」

「うん、うん……!」

 

 しばらく病室にいると、ポケモンセンターのジョーイさんと同じデザインの帽子をかぶった大きな看護ハピナスがやってきて、ノボリに“いやしのはどう”をかけてくれて、その処置が終わるまでぼくは別室で軽く今のノボリの容体について聞くことになった。

 

 看護ラッキーに案内されたのは診察室じゃなくて、部屋に器具がなくて壁にポスターもなんにも貼ってない、相談のための部屋みたいなところだった。そこで白衣の先生と座って話をするのはちぐはぐな気分で、妙にそわそわした。

 

「今のところ、お兄さんの“花吐き病”の症状は落ち着いています。“発症者”特有の花のような体臭もかなり薄いですし、“花吐き病”については寛解したものと思われます。実態がよく分かっていない“花吐き病”ですが、完全に特有の症状がなくなるよりもこのように寛解される方の方が圧倒的に多いのです。お兄さんのように最初の突発的な発作のみですぐに寛解される方も全体の八割ほど。経過は順調ですよ」

「本当に、よかった……」

 

 つい、背もたれのない椅子の上でホッとからだから力が抜けてしまったら、看護ラッキーがぼくを受け止めてくれ、背中をさすってくれた。

 

「現在は熱発されていますが、原因は不明。検査を行いましたが、病原体は検出されませんでした。とはいえ、“花吐き病”はかなり体力を消耗させるものですから回復の反動かと思われます。症状が落ち着き次第退院することも可能です。既に“花吐き病”の防疫措置対象者から外れています。再度“嘔吐”がない限りは体力が戻り次第、元の生活に復帰できますよ」

「先生、兄をよろしくおねがいします」

「はい、お任せ下さい」

 

 お礼を言って、ひとりでノボリの部屋に戻る。この前の“発作”でずいぶん消耗していたようだから眠ってしまっているかもしれないけれど、もう一度顔を見ようと思って。

 

 感染の恐れがあるし、“発症者”が少ないから個室に入れられているノボリ。同室の人はいないけど、足音を殺して静かに部屋に入るとノボリはやっぱり眠ってしまっていた。処置が効いたのか、ずいぶん顔色が良くなって、顔の赤みもかなり引いていて、本当に良かった。

 

 早く良くなってほしい。早く、またノボリと二両編成でバトルサブウェイに戻りたい。ううん、こうやって管に繋がれて眠り続ける姿を見なくて済むのなら……もっと良くなったらとりあえず家に連れ帰って、ベッドの上から迎えてくれるだけでもいいんだ。

 真っ白い壁紙と同じ顔色をしたキミが、一向に目を覚まさないまま不安でたまらない日々を過ごす。それがもう、嫌なの。大事な、世界でいちばん大切なキミ。どうか、早く、良くなって。

 

 そんな素直な気持ちを胸に、ぼくはもう一度安らかな表情で眠るノボリの顔を目に焼き付けてから部屋を後にした。

 

 それから、ノボリは来る日も来る日も高熱を出したまま一向に体調が良くなる様子はなく、退院の話は流れてしまった。

 

 お見舞いに行ったとき、いつもノボリはクラクラしながら熱い息を荒く吐き出しながらうるんだ目でぼくを見上げて、からだを縮こまらせて不安そうにしていたから、ぼくは自分の中でそれをなんて守ってあげたくなるんだろう、顔を赤らめているのは素敵だなぁ、なんてとっても美味しそうなんだろうと思う自分が嫌で、浅ましく思えて、一刻も早くいつも通り元気になってほしかった。

 

 

 自分が慌てているのはわかってた。焦って乱暴な動作になりそうなのもわかってた。今にも大きな足音を立てて走り出しそうで、それを必死に抑えて長い長い廊下を進み、なんでこんなところにされたんだって恨みたくなるほど一番端っこの部屋に何とかたどり着く。

 一回だけ深呼吸して、努めて静かに扉を開ける。よく整備されたスライドドアは音もなく開く。

 

 ノボリは、あの目を覚ました日と同じようにベッドの背を起こして、座っていた。その両目はつぶられていて、最近見飽きるほどに見ている熱に浮かされて苦しそうな寝顔と同じように見えて、ぼくの心臓は嫌なリズムを刻みだす。

 だからつい、ぼくは我慢できずに大きな声を出してしまった。

 

「ノボリ!」

 

 なんてデジャヴだろう。キミの病室で場違いに大声を出しているぼく、弱々しくベッドに縫い留められているキミ。普段のはつらつとした元気なキミから想像もできない姿じゃないか。ぜんぜんらしくない。

 

 だけどそこでようやくぼくが来たことに気づいたのか、ぱっとその両目が開いた。おそろいの、意志の強い灰色の目が白い病室の中でキラキラ淡く光っているようにさえ見えたんだ。でも、うろうろと両目が動いてぼくを探してくれたけれど、全然こっちなんて見てくれやしないのだった。

 

「おや、その声はクダリですね。仕事が忙しいのに本日も来てくださってありがとうございます」

「ねぇ目が見えないって本当なの!?」

「えぇ、この通りでございます。お医者様の見解では、精神的なものが由来らしく、からだに異常はないとか。あくまで突発的なものであり、安静にしていればそのうち良くなる可能性が高いとのことでした。この前の熱も十日ほどで引きましたし」

「……ノボリが強くて、ぼく安心。でもとっても心配。精神的なものの可能性があるならぼくのこと、気遣わなくていい。ノボリがいちばん楽なようにしてて? それにまだ、熱下がったばっかり。寝てて?」

「十分にみなさまに良くして頂いていますよ。大丈夫です。ほらクダリ、どこにいるのです? わたくし、見えないので手を握ってくださいまし。それならお前の笑顔を手で確かめさせてくださいまし」

 

 確かに見えてないらしく、眼球の動きは定まらなくて、焦点が合っていないようで合っていない、そんな不安になる目つきだった。なんとかそれらしい位置に眼球を寄せようと頑張っている様子だったけれど、そのうちノボリは目を閉じてしまった。

 

「うふふ。クダリのほっぺたはもちもちさらさらですね。ほら、笑ってくださいまし。ほら、いつものように。わたくしの心をあたためてくれる、いつものように」

「えっとね……いつでもスマイル、ぼくクダリ」

「はい、はい、よくできました。クダリの笑顔が目に浮かぶようです」

 

 口ではそうは言っていても、ぼくの本当の表情を分かっていて、ぼくの目元を優しく指先で拭ってくれて、そのままぼくをまた抱きしめてくれた。ぼく、ノボリに見抜かれてばっかりだ。急な体調不良と入院、今回なんて目が見えないなんて普通じゃ起きないような状況なのにノボリは取り乱す様子を見せてくれない。本当に不安で仕方ないのはキミのはずなのに。

 ノボリは優しくて、まっすぐで、強くて、だから、ぼくはキミのことが好きなんだ。でも、ぼくの唯一無二の片割れであることも間違いないんだからたまには弱音を吐いてほしい、とも思う。

 

「ねえ、目は、全く見えないの?」

「そうですね。本日の朝、目を覚ました時にはすでにこうでした。目を開いても真っ暗。何の影も見えないのです」

「そう、かあ……」

「逆にそれが心因的なものだと判定された要因なんですよ、クダリ。目の不具合ならばこうもいきなり完全に運休することはないでしょう。そうなる前に視野が狭くなったり、暗く見えたり、かすんだり……そのようななにかしらの予兆があってしかるべきでしょう。痛みも足りませんし、それならば、ということです」

 

 ノボリは顔から肩、腕へと手でたどってぼくの手のひらを探し当てるときゅっと握りしめた。

 いくら仲のいいぼくらでも、傍目から見るとパーソナルスペースがないって言われちゃうくらいだけど、ぼくらがこうして子どもか、恋人みたいに手を繋ぐのは本当に久しぶりだった。十歳くらいの、ジムバッジを集めるような年齢以来かもしれないや。

 

 ノボリの温かくてしなやかな指が、そっと力を込めて、うっかり外れないようにぼくの指を包み込んでいて、つい顔が赤くなっちゃう。だって、ノボリはぼくの大好きな人なんだもの! 不謹慎にも、ノボリの目が見えなくてよかった、とか、でもそういう時に気づいてくれたらノボリがどういう反応するのか見たかったなあとか、そういうことを思っちゃって、罪悪感が湧き出てきた。

 

「ですが、この症状が落ち着いたらわたくし、退院しようと思っています。もちろんからだがなまってしまったのですぐに復職できるわけではないでしょうが、いつまでも入院していては本当に動けなくなってしまいますので。目が見えるようになれば家事くらいならできるでしょうし、こうも身の回りのすべてを任せる生活が続けば人はダメになってしまうでしょう。もちろんこれまでは不可抗力でしたが、それでも。原因不明なのが不気味なところですけど……」

「ぼく、ぼくもノボリを早くおうちに連れて帰りたい。みんなも育て屋さんで待ってるから」

「ええ。早く、手持ちみんなに会いたいです」

 

 温かな手が、ぼくの冷えた指を温める。やっと高い熱は引いたけれど、まだ少し残っているのかな? ぼくには触れたのが手だけでも少し熱く感じたけれど目の見えないノボリの額にいきなり触れたらびっくりさせちゃうだろうからやめておく。少なくとも頬が赤くなったり苦しそうな様子は見られなかったから。今は、もう少しだけ。

 

 きっと、ノボリが本調子に戻ったらこんなにたくさん触れ合うことなんてできないもの。だって、ぼくらは真っ当な、大人になった双子の兄弟なんだから。

 

 絶好の思いを伝えるチャンスだったバレンタインデーの出鼻をくじかれてしまったぼくに、改めて告白ができるだろうか。今度は尻込みしてしまうかな、今更拒否されることが怖くなるかな? それとも病み上がりで心身ともに弱っているところに情で付け込もうとするのが卑怯だって言い訳して挑むのを辞めてしまうかもしれない。

 ぼくはノボリのトクベツになりたかった。ぼくはノボリの家族で、兄弟で、片割れで、ライバルで、既に唯一無二だと言っても良かったけれど、そうじゃない。それだけじゃ我慢できない。穏やかなぬくもりのような親愛だけじゃなく、熱に浮かされるような愛を育んで、盲目になってしまうほどの恋がしたかったの。

 

 自惚れじゃなくて本気でノボリはぼくのことが大好き。でも、その温度は同じなのかな。いつでもキミの気持ち、分かってるつもりだけど、ホントかな。ずーっと一緒にいる相棒だけど、この気持ちが倫理の道から外れたものなのは、知ってるから。

 ノボリ。ぼくはキミを丸呑みにしたいくらい好きなの。隣にいるだけじゃなくてべったり溶け合うくらい抱きついて支え合いたいと思ってる。互いの不足を補い合って、ずーっと共に歩んで、それだけじゃ足りなくてキミの全部を暴いてやりたいと思ってる。ねぇ、ねぇ、ぼくのこの気持ち、ちっとも綺麗じゃない恋心はキミは受け入れられるのかな。わかんないよ、まったく自信なんてない。受け入れてくれないはずだって思う気持ちの方が大きくて、ぼくは勝手に怯えてる。

 

「クダリ、クダリ、わたくしのわがままを聞いてくださいまし」

 

 そんなぼくの気持ちなんて知らないで、ノボリはぼくの体に擦り寄ってきて、頭をぐりぐりと胸元に押し付けてから我慢ならないほど可愛く言うんだ。

 

「なぁに?」

「今日はいつもより少しだけ、ここに長くいてくださいまし」

「うん。もちろん。ノボリが望むだけ」

「あぁ良かった! わたくし、これでも、不安なのです。クダリがそこにいるのは分かるのに、クダリが見えないことが不要な想像を掻き立てて仕方ないのです。

 不気味な花を吐き、突然高熱を出し、原因不明で盲目になり、わたくしのからだは一体どうしてしまったのでしょう。まったくもって不甲斐ない。そう思っています。クダリ、埋め合わせをさせてくださいまし。治ったら、たっぷりと。わたくしそうでもなければ気が済みません」

「そんなこと気にしなくていいの。今は治すことだけ考えてしっかり休んで。これまで一生懸命頑張ったからからだの方が悲鳴をあげちゃったのかもしれないんだよ? ノボリっていつだって前だけ見てるんだもの……」

「おや。クダリはわたくしより俯瞰的に広く周囲が見えているじゃありませんか。それはとても素晴らしいことです。そうしてわたくしたち、これまでやってきたのですから。それを言うならクダリも、からだには気をつけなさい。同じだけ消耗してきたのですし、今は……わたくしの分までサブウェイマスターとしてたったひとりで勤務しています。それはとても負担のはずです」

「それは言わないで? 仕事のことは言わないでいいの。今は何も考えなくていいんだよ。ぼく、辛くなんてないから」

「おや。そうですか? 本当にできた弟ですね」

 

 いつでもポジティブ、全力前進、目的地に向かって爆走! なノボリらしくない言葉だったけど、こんなに長いこと理解できない体調不良が続いていたらそれも仕方ないと思う。

 

「とにかく! 今のところは目以外に異常はありません。吐き気も熱っぽさもありませんので! 必要以上に気を遣わなくてよろしい。クダリ、だから、いつも通りにしてくださいまし」

「うん、そうだね」

 

 ノボリの頬は赤かった。なんなら耳までほんのり染まってた。だけどそれは言わないでおく。だって、熱がぶり返しているなんて伝えたらどれだけノボリは落胆するだろう! 幸い、大好きな人が目の前にいて、からだの線がわかるような薄い布の入院着を着て、大胆に擦り寄ってきている状況についつい体温が上がっていたからぼくたちに体温の差はなかったらしく、ノボリは気づかない。うーん、これ、ジョーイさんに言った方がいいのかなあ。言わなきゃいけないよね、なんなら今すぐにでも。でも、言わないでおいてやりたいって気持ちもある。

 

 ……早く、ノボリに元気になってほしいのに。どうして迷っちゃうんだろう。このままノボリが盲目で、ぼくの表情に気づけないままぼくに縋ってずっとぴっとりくっついていて欲しいっていう欲望が、ぼくの胸の中を渦巻いてるんだ。

 

 こんなの良くないのに。早く、元通りになればいいな、何もかも。

 

 

「もう、この状態の兄を見ていられません。今後の責任はぼくが負うので、連れて帰ってもいい、ですよね?」

「……クダリ。そこにお医者さまがいらっしゃるのですか?」

「そうだよ。ここにお医者さまとジョーイさん、看護ラッキーがいるんだよ。

 ……見ての通り、兄は度重なる不調で精神的に不安定になっています。これまで手を尽くしていただきましたし、病院のせいでこうなった訳ではないこと、家に連れ帰ったからといって良くなるわけではないし、むしろ悪化するかもしれない危険性があるのも理解しています。でも、もう見てられないんです」

「クダリ、わたくし、帰れるんですか? 帰っていいんですか? なら、彼女たちを迎えに行って、良いんですよね?」

「そうだね、そうしようね。帰りに一緒に育て屋さんに迎えに行こう?」

「ブラボー! こんなに嬉しいことはありません! クダリ、ほら、もう行きましょう?」

「待って。まだ手続きもあるから」

 

 ぼくの腕をまるで命綱のように縋り付き、必死でぼくだけを見つめているノボリ。入院した時に着ていた白いワイシャツと黒いスラックスを身につけて、いつでも出ていけるように荷物をカバンにまとめて、見た目には軽い出張からの帰りのような普通の姿なのにその表情は誰がどう見ても普通じゃなかった。

 

 周囲に怯え切って、何もかもを恐れて、手足が震えるほど焦って、きょろきょろと見回したり、なんてこともない小さな物音に過剰反応したりと落ち着きがない。ぼくがちょっとでも身じろぎをしたら手に込めた力をさらに増やしてぴったりとからだを密着させる。

 

「クダリさん。お兄さんは今、過去に前例のない症状が出ています。弟である貴方以外の生命を認識できない症状なんて聞いたこともありません。おそらくは精神的なものでしょうが、それにしてもこの症状が出ているという事実以外、脳波や健康状態も正常であり、それが反対に不可解なのです。大変遺憾ながらこの病院では手の施しようがないのは事実ですので、もっと大きな病院に転院されるべきなのです。……きっと、それも分かっておいででしょうが」

「はい。分かっています。でも兄は限界なんです。ぼくは双子として、ずっと彼をそばで見てきたんです。いつだって強く、信念を持って生きてきた兄がこんなに弱気になることなんてありませんでした。分かってます。それならなおのこと、きちんとした病院に入院して治療した方がいい。でも。でも、兄もぼくも家に帰ることを望みます。新しい病院に入院すること、無理に退院すること、きっとどちらを選んでも後悔するでしょうから」

「クダリ……」

「医者としては、家族と本人両方が拒否するのであれば無理に入院させる権限はありません。特にお兄さんは公共の福祉に反して何か行ったというわけでもないのですし。ええ、クダリさん。そこまで思いつめなくてもいいのですよ。今はお兄さんにできることをして差し上げたいのでしょう? こちらから有効な治療法を提示できない以上、退院させたいと考えるのは自然な考えだと思いますよ」

 

 ぼくのわがままはそうして聞き入れられ、ノボリとぼくはそのままタクシーに乗って家に帰ることができた。相変わらず「ぼく以外」のすべての生きとし生けるものを認識できなくなったノボリは勝手に動くタクシーのハンドルに怯え、車を降りてからも見えていないことは自覚しているから人にぶつからないように長身のからだを縮こめて歩き、家に着くやすぐにしっかりと鍵をかけて、そのままへなへなと玄関口にへたり込んでしまった。

 

「クダリ。わたくしの、無理なお願いを聞き入れてくださってありがとうございました。

 あの、先ほどの街は昼間でしたし、当然、わたくしたち以外も人やポケモンがいたのです、よね?」

「うん。いっぱいいたよ」

「ですよね。やはり、ただの一体のポケモンの姿さえ見えませんでした。病院所属の看護ラッキーやハピナスが見えなかったのでうすうすは理解しておりましたが、この様子ではきっと手持ちたちも見ることはできないのでしょうね……」

「……そっか。なら、迎えに行くのは今度にする?」

「ええ。このありさまではただ皆に心配をかけてしまうだけですからね。

 クダリ。散々言いっこなしだとは言っていますけれど、もうしばらくわたくしの面倒を見させてしまいますね。わたくし、」

「もう! 分かってるんなら言わないで? ぼくらはずっと二両編成。ずっと支え合って、補い合ってきたじゃない。それはこれまでもこれからも変わらない。そうでしょ? 一番不安なのはノボリなんだからぼくのこと、気にしないで。

 それにそもそも、全然負担じゃない。ぼくはノボリのことが大好きだし、ゆっくり一緒に過ごせるのって楽しい。こうやってたまにはゆっくりするのもいいと思ってる。途中下車もたまには必要。ずーっと特急列車に乗ってばかりじゃあね。目的地まではあっという間だけど早すぎて途中の景色見逃しちゃうこともあるから、ぼくものびのび休ませてもらうの」

「途中下車、と言いますと?」

「……あ! そうだ、言ってなかった。ぼくもしばらくお休み貰ったの。ノボリと一緒だけ休めるように、そばで看れるように」

「は」

 

 そうだ、うっかり言ってなかった。ノボリは初めて聞いたからびっくりしちゃったみたいで固まっちゃった。

 ノボリのすべすべもちもちのほっぺたを指先でツンツンつつくとやっと正気に戻って、今度はぼくの肩をがしっと掴むとがくがく揺さぶってきた!

 

「お前は何を言っているんです! 一から説明しなさい! ただでさえシングルのサブウェイマスターが私事で不在なのに、クダリも休むとなればバトルサブウェイは、鉄道員の皆さまは、挑戦者さまたちはどうするというのです!」

「わ、わわっ、ちょっと、落ち着いて! 興奮したらからだに障っちゃう!」

「この程度が何ですか! これくらい平気です! いえ! 度重なる不調で長い休みを取っているわたくしのなんてまったく信用に値しないでしょうけども! しかしわたくし、それならば、車掌業務やポケモン勝負ができないにしても書類作業くらいはやりに戻ります! そうれなければ、そうしなくては!」

「待って待って、ノボリ落ち着いて! ぼく全部説明するから! ね、いつまでもこんな寒い玄関にいたらからだ冷えちゃうから! リビングで座ってしっかり話させて? 服も着替えなくちゃ」

「……そうですね。ええ、そうしなくては。クダリ、熱くなって申し訳ございませんでした。退院早々こんな有様では職場復帰がますます遅れてしまいます……」

「うん。ノボリはからだ第一でお願い。

 あのね。ぼくたち不安なこと、気になること、思いついたこと、全部ゆっくり話し合える時間があるって思ってくれたらいい。それだけなの。仕事も大事だけど、みんなも大事だけど、ぼく、ノボリより大事なものなんて何もないんだから。だから、仕事のことは気にしなくていいしぼくが家にいることを気に病む必要なんてない。ぼくはノボリの片割れなんだよ? それ以上の理由がいるの?」

「クダリ……そうでございますね。わたくしだってこの世の何よりもクダリが大切でございます。ええ、本当に、そうでした。わたくし、着替えてまいりますね」

 

 納得してくれて目に見えて落ち着いたノボリは、だけどちょっとふらふらしながら自分の部屋に向かっていった。退院の時の荷物を玄関に置きっぱなしで。

 全然冷静じゃないよね。だから本当はとっても心配。着替えの手伝いはしなくていいにしても、見張ってたいぐらい。今、ぼくの手持ちがボールの中にいるくらいで家の中に生き物といえる存在はいないけど、それでもノボリは相手を認識できなくて危険なんだもの。普通に考えて何もなくても、心配なの。

 

 でも、きっとノボリはひとりで着替えて自分でリビングに来て、そして病人と健康な家族としてじゃなくて、対等な存在としての会話を望んでいると思ったからぼくは追いかけなかった。

 

 ぼくも部屋に戻ってすぐに着替える。すぐに廊下に出るともう荷物は置いてなくて、同時にノボリも部屋から顔を出した。

 何事にも丁寧なノボリにしては珍しく、髪の毛がぼさぼさになって、普段着もなんだか少し乱れているような。荷物も多分、部屋に投げ込んだだけだよね?

 

 いつだってちゃんとしてるノボリにこんな表現を使うのが適切なのかわからないけれど、ものすごく慌ててとりあえず着替えたみたいに見える。

 

「さあ。早くリビングに行きましょう」

「そうだね」

 

 もしかしたら、ノボリは怖いのかも。ううん、きっとそうだ。だって家の中じゃ実感が湧かないと思うけど、ノボリは今、世界でふたりぼっちなのと一緒なんだもの。ぼく以外がまったく見えない、聞こえない、自分からは認識できない。相手から触られたことはわかるけど、あくまでそれは“見えないなにか”でしかない。いつも通りの処置をしてくれた看護ラッキーの体温だっていまいち分かってないみたいな反応だったし、もしかしたらそこに“ある”のは分かっていてもそれだけなのかも。自分から触るように動いても、なんだか空気の重い抵抗を感じるだけって言ってたし。

 ならますます、どうしてぼくのことは前と変わらず分かるんだろう? っていう当然の疑問はあるけれど、ノボリの救いになるならそれでも良かった。気にしないことにしてる。

 

 ノボリはぼくの腕を掴み、ぴったりとからだを寄せてくっつけて……正直ぼくにとってはちょっぴり、いやかなり心臓に悪い……狭い廊下をずんずん前に進んだ。扉を開けると、ノボリにとって懐かしいリビングだ。その時ばかりは腕は掴んだままとはいえ、ぼくから目を離して中を見回してた。

 あの日に用意してた花束もご馳走もチョコレートも、もちろんすっかり全部ない。だからきっといつも通りに見えるはず。

 

 とっくに枯れてしまった花束は随分前にゴミ袋に押し込んで、仕方なくひとりぼっちで食べたごちそうは冷たくて味気なくて、用意したチョコレートは手作りだからとっくに食べられるものじゃなくなってて、やっぱり渡せるようなものじゃないから捨ててしまった。でも、それはノボリは知らなくていいことだし、ぼくにできることはあの日のやり直しじゃなくて、家族としてノボリを少しでも快適な空間で療養してもらうことなんだ。

 

 だから、絶対におくびにも出さない。

 

「おや、ずいぶん綺麗にしていたのですね」

「ノボリを家に帰したいんです! ってお医者さまに啖呵を切ったのに帰った家が汚くっちゃ、やっぱり綺麗な病院に帰る! って言われちゃうかもしれないもの」

「言いませんよ、そんなこと! たとえゴミ屋敷になっていてもクダリはずっと頑張っているのですから、仕方の無いことです。これまでゆっくり休んでいたわたくしが片付けましたよ」

「あのね、嬉しいけど炊事と洗濯、絶対にやらないでね? 水を使うようなことをしたらからだ冷やすから、お願い」

「……仕方ありませんね。落ち着いた頃に掃除からさせてもらいますよ」

「あ! お風呂掃除もダメ。それからトイレ掃除もダメ。もっと元気になったら掃除機だけお願いするかも」

「おや、じゃあわたくしは家で何をしたらいいのです?」

「あのねノボリ、まだキミ病人なの。基本はご飯食べて清潔にしてあったかくして寝るの。分かって?」

「後生な! やはり今のわたくしでもできる仕事をするしかありませんね。クダリには持ち出せる重要度の書類を取ってきてもらうか、リモートワークの環境を構築しなくては」

 

 またそんなこと言うから、もう呆れちゃう。

 ノボリをソファに座らせると腕を離してくれなかったのでご飯は後ででいいかと諦めてぼくも横に座った。

 

「じゃあ仕事について最初に説明させて?」

「えぇ、もちろん」

 

 ノボリを興奮させないように、ぼくは言葉を選ぶ。饒舌なノボリと比べたらぼくの方がきっと言葉が少ないものだけど、ぼくらの間にきちんと伝わらないことなんて何もないはず。きっとノボリはぼくの選択をしっかり受け止めてくれると信じてた。

 もちろん、さっきの玄関での取り乱しようは想定外だったけれど、落ち着いたならきっとわかってくれるはず。

 

「ノボリは傷病休暇を利用する予定で休んでるよね。でも、復帰時期は未定だから、ギアステーション側は病気を理由にした休職として処理してる」

「はい」

「で、ぼくは分類的にはとりあえず今は有給として処理して休んだ。とりあえず半月。ぼくたち、休みとってこなかったからいっぱい使ってない休日、ある。そうでしょ? それでね、ノボリは退院したわけだけど、それはあのまま病院にいるより自宅療養した方がノボリのためになるって判断したから。でもノボリが今、ぼく以外分かんない状態で留守番させるのはとっても心配。だからノボリの家族として後から看病のため、ということになるから看護休暇になるの。で、これはギアステーションの休暇制度の一種というか労働者の権利だからノボリが心配することなんて何もないの」

 

 介護休暇、というにはノボリの病状は前例がなさすぎてなんの認定も受けられそうになかったし、看護休暇っていうのは本当なら自分の子どもの病気とか怪我のために使う休暇制度だけどぼくらが家族なのは周知の事実だし、ノボリに付き添いが必要な事実も変わらない。

 

「制度の意味では理解しますとも。ですが、わたくしが言いたいのはそういうことではなくてですね。サブウェイマスターが二人とも不在になったバトルサブウェイはどうやって回すというのです? 車掌業務はどうにかなるでしょうが、バトル施設の方はどうにもなりませんよ」

「あのね、それもちゃんと代理を手配したの。他の地方のリーグ関係者とか、チャンピオンとか、ジムリーダーとか。パシオで知り合い増えたでしょう? ツテからいろいろあたってみたら結構みんな興味持ってくれて。一日だけとか、二週間もいてくれる人とか、そういう代理でシフトを組んで『サブウェイマスター・地方シャッフル企画! 他の地方の強者とバトルしてみよう!』って。どうしても都合が合わない日は仕方ないからサブウェイマスター寸前まで勝ち進めるようにして記録を残して別の日にそこから再戦できるようにしたよ」

「……」

 

 ノボリの目には、強い意志を持った灰色の目には、たくさんの感情が入れ代わり立ち代わり浮かんでは押し殺されていく。

 

 羨望。キミ自身が喜んで挑戦してみたいくらいだよね。ぼくもそうだもの。

 落胆。全部説明したけど、それでもみんなに迷惑かけたって思ってる?

 安堵。ぼくたちが愛してやまない地下空間が止まることなく稼働してて、ホッとしたみたいで嬉しそう。

 そんなものが、ぐるぐる。

 

「なるほど、分かりました。クダリ、いろいろ考えてくださってありがとうございます。そのようにしてくださったのなら挑戦者さまがたが不便を強いられることはないでしょうし、それ以外の業務であればわたくしたちがいなくとも何とかなるでしょう。そのようにみなさまを教育してきたのですから」

「うん。そうでしょ?」

「わかり、ました。わたくし、クダリに存分に甘える時間を頂けたようですね?」

 

 その瞬間、あのベッドで目覚めた時から入っていた肩の力が抜けたことが分かった。自分が病院に運ばれて入院しなくちゃならないっていうのに、治療を最優先で考えるべきなのに、それでも職場を思いやって肩肘張っていた力が抜けていく。ノボリはやっと、しっかり休もうという気になってくれたらしい。

 

「クダリ、クダリ、少しだけ、わたくしただのノボリとしてお前に甘えてもいいのですよね」

「いいよ、ほら」

「クダリ……!」

 

 不安でいっぱいだったキミが、ようやく素のキミになった。ぼくの胸元に縋り付いて、言葉にならない不安をぶちまける姿をそっと包み込む。その、力が抜けて小さく見える背中をさすりながら、ぼくはどうしたって湧き上がってくる“歓喜”をどう咀嚼して飲み込んだら消えてくれるだろうかと静かに悩んでいた。

 その間も、“完治”していない証明のように長年親しんできたキミの香りに混ざってふわりと嗅ぎなれない甘い“花”の香りが湧き上がっていて、ぼくはそれを捧げられるキミのひそかな想い人が羨ましくて仕方なかった。

 

 

 退院してから一週間、ノボリはぼく以外を認識できない症状に悩まされ続けた。だけどお医者さまが言ったように精神的なものということに間違いはないみたいで住み慣れた自宅でリラックスして過ごすうち、だんだん窓の外から見下ろした街になにか“影”が見えるようになり、だんだん“影”が立体的になっていき、そして色彩が付き……時間にして二週間、ノボリは前と同じように人やポケモンのことを認識できるようになった。

 ぼくの手持ちたちと顔合わせして問題なさそうだったから育て屋さんに手持ちたちを迎えに行けたし、久しぶりにいろいろ触れ合えてずいぶんノボリは楽になったみたいだった。小さいころからポケモンに親しんできたし、シャンデラなんて特に相棒といえるような仲だもの、いない方がノボリにとって普通じゃないのさ。だから、彼女を迎えに行ってからはノボリは随分明るくなったと思う。

 

 でも、ノボリの病気は治らなかった。相変わらずノボリのからだからはほんのりと、でもはっきりと甘い“花”の香りがしたし、不意に熱を出すこともあったし、たまーにだけど、手持ちたちが呼び掛けても反応しないことがあった。どれもこれもすぐに全部良くなるんだけど、これじゃあすっかり治ったとは言えない。

 

 特に他者を認識できない症状は深刻だと思う。ポケモン勝負の最中に“発症”したらどうなるだろう? 仕事中ならどうなるだろう? 

 大抵はノボリの不調と見なされてポケモン勝負の勝敗に影響が出るという結果になると思う。病気のせいで真剣勝負が邪魔されるなんてとても悲しいことだけど、“それだけ”とも言える。でも、もし、そのタイミングがバトルに熱中したポケモンがノボリの方に向かってきている途中だったら? 

 もし、“発症”したのが通勤ラッシュ中の混雑したホームで仕事をしている最中に“発症”して、認識できない人並みに押されてしまい、ノボリがホームから転落でもしたら?

 そう思うと、怖くて怖くて仕方がなかった。だからノボリを単独で外出させなかったし、それを分かっているノボリはぼく以外のすべてに心の奥では怯えている様子だった。家族同然の手持ちたちの前ではリラックスしてたけれど、それほどまでにしっかりした信頼関係を築けている相手なんてそんなに多くないのが普通じゃないか。

 

「おはようノボリ。からだの調子はどう?」

「……うーん……」

「ノボリ?」

 

 ぼくはだから、ノボリの休職を継続した。本人の言うようにリモートワークでも何でも導入すれば確かに書類作業くらいならできると思うけど、無理をさせたくなかったから。ノボリの意識を独り占めしたかったっていうのもある。

 うん、だから同時にぼくの休みも延長した。幸いにも、“代理”サブウェイマスター計画は思ったよりうまくいっていて、そのものめずらしさからか批判は少なかったし、協力してくれる強力なポケモントレーナーはまだまだいたからしばらくは大丈夫そうだった。それにノボリが病気で休んでいるのは結構大ごとになってとっくに世間に知られていたしね。“花吐き病”の発症者はどこから嗅ぎ付けるのか、あっという間に週刊誌にすっぱ抜かれてしまうものなんだもの。でも、今時決して“花吐き病発症者”なんて珍しくはないし、別に本人の不祥事ってわけでもないからいつまでも話題にならず騒がれないのは唯一の救いだった。

 

「ノボリ、どうしたの? もう朝だよ。今日はねぼすけさん?」

「うぅ」

 

 なかなか起き上がろうとしないまま呻き声をあげているノボリ。どうしたのかな? と思ってお布団をちょっぴりめくってみると、びっくりしたことにノボリは既に目をカッと見開いていて、胸に手を当てたまま息をとめて震えていた。

 

「ノボリ!」

 

 バッとお布団をめくってしっかり確認する。顔色はそこまで悪くない。吐いた様子もないし、触った限りでは熱もない。ぼくのことにはすぐに気づいて止めていた息を吐き出したけど、呼吸は変な感じに震えてて、でもそれはぜいぜいと肩で息をしているでもなく。

 ただ、胸を抑えてて、普通の様子じゃなかった。

 

「胸、苦しいの?! ノボリ、救急車呼ぼうか?!」

「い、いいえ。苦しいわけでは、ないです。ただ、心臓がドキドキして。動悸がします」

「動悸、それは、いつから?」

「目を、覚ました時には。三十分は前だと思います」

「すぐ病院に行こう」

「いいえ。少しずつですが最初よりは、おさまってきましたよ……だから、病院は勘弁してくださいまし」

 

 ノボリはそう言ったけど、ぼくはそんな気さらさらなくて頭の中で病院に必要なものは何か考え始めていた。でもノボリにはお見通しだったらしくてぼくの手を掴むとそのまま自分の胸元に当てた。

 

 お布団の中にいるノボリの体はあったかくて、少しだけ汗ばんでいて、そしてパジャマの薄い布地に手を押し付けられたらノボリの胸元のなめらかな肌が布越しでも簡単に分かってしまって、薄い胸板をまさぐることが簡単にできる、と思い当たってしまって、一瞬にして顔が赤くなるのがわかっちゃった。

 でも、ノボリは薄暗い部屋の中でぼくの顔色の変化に気づきやしなかったし、なにより体調の異変を知らせるためだけにやってるんだもの。まさか実の弟がお咎めなしだと悟ったら自分の胸元をまさぐりたくって仕方がなくて、この状況にドギマギして、もしかしたら動悸がしているノボリより胸がドキドキしてるなんて思いもしないんだろうな!

 

「ほら、動悸とは言っても、いつまでもこのようにドキドキしているだけです。少しだけ、いつもより激しい。ね、それだけですよ」

「わ、わ、わ、わわわ……」

「分かります? わたくしの心臓の動き。ドキドキしているでしょう?」

「わかる、わかった、わかったから!」

 

 確かにノボリの胸はとくとく、とくとくとちょっと早めに脈打っていたような気がした。でも絶対、ぼくの方がよほど激しいリズムを刻んでいたのでノボリの言う通り病院に連れていくのはとりあえず様子を見ることにした。

 

「なので、クダリ。もう少し落ち着く時間をくださいまし」

「うんわかった。ゆっくり休んで?」

「はい。あ! わたくしを置いていかないで。このまま、ここにいてくださいまし」

「え」

「ちょっと不安なのです。いいですね? 用事があるならわたくしをリビングに連れて行ってくださいまし」

「大丈夫。ここでゆっくり休んでもらうよ」

 

 いいんだけど、むしろすごくいいんだけど、早く君の胸の上にあるぼくの手をどけてほしいな! ノボリ、嬉しそうにふにゃっと微笑みながらぼくの手を今度は頬に当ててすりすりしはじめたんだもの。かわいいねそれ、どこで覚えたの。ぼくの心臓が爆発しちゃいそう。

 

「良かった。それでは少しこの手はお借りしますよ」

「え、あぅ、あのね、手、手は、離してくれる?」

「ダメです。なんなら添い寝を所望します。早く治すためですので、聞いてくださりますね」

「あ、あ、あ、引きずり込まないでぇ……」

 

 なすすべもなくお布団の中に吸い込まれてじっとり熱いノボリのからだがぼくをぎゅうと抱きすくめる。ぼくの首筋に吐き出された熱い息がかかって、密着した背中にとくとく、とくとくと可愛らしい小鳥みたいなノボリの鼓動が伝わってくる。キミの細い腕がぼくのからだに回ってて、パジャマの袖がまくれて、かわいい小さな透明のうぶ毛がポツポツと逆立って鳥肌になっているのが分かった。

 心底愛おしそうにぼくの首筋に頬擦りしたキミは、しばらく深呼吸を繰り返していたと思ったら、すとんと眠ってしまった。

 

「えぅ、うぅう……ぁっ……」

 

 あのね、ごめんね、ノボリ。キミはカケラもぼくにやましい気持ちなんて抱いていないのに。そうじゃなきゃぼくをお布団に入れてくれないよね。

 なのにぼく、この部屋にいちゃいけない状況になってる。どうか、ぼくをひっくり返して向かい合う体勢にはしないでね、キミが元気になって目を覚ますまでにはね、よくよく言い聞かせて落ち着けておくから。

 

 そういう訳でドキドキ、とくとく、ドキドキ、とくとくのピッタリ息の揃ったデュエットがノボリのお布団の中で奏でられて、そのうち落ち着いたノボリの鼓動にぼくも合わせられていって、当然の帰結としてぼくもウトウトとした二度寝をすることになった。

 

 

「どうでしょう、クダリ! わたくしから“花”の香りはしますか?」

 

 ぎゅむ。返事する前にノボリの胸元に顔が押し付けられたから、もう吸うしかない。ボディーソープの清涼な香りに混じってちょっぴり甘いノボリの匂いとほんのり不思議な“花”の香りがする。

 名残惜しくノボリから離れる。くっついたままじゃ、ヘンだものね。

 

「……うーん、ひかえめ」

「よしとしましょう。熱はありますか?」

「ないね」

「この通り目はきちんと見えておりますし、クダリはもちろん、ギギギアルもシャンデラもバッチリ見えております!」

「うん」

「変な動悸もありません! これは見事完治したのでは? もちろん他の体調不良もありませんし! そうと決まれば!」

「待ってね、何事も順番だから。それに今日たまたま調子がいいからって明日には職場復帰って訳にもいかないよ。手続きもあるしさ。ちょうど週末だし、週が明けてからの段階的に手続きでいいよ」

「む……確かにわたくし、次から次へと変な症状が現れていたので少し様子を見るというのは理にかなっていますが……」

「そうだよ。また倒れたらどうするの? 倒れていたのを見つけてくれた子、もう一回見つけることになったら今度はトラウマになっちゃうかも。だからしっかり治して? 焦って戻らなくていいんだから」

「そう、ですね。分かっていますとも」

 

 頷いて納得してくれたノボリはそのままぐるぐると部屋を見回す。元気になったノボリは暇を持て余してた。宣言通りからだが冷えちゃうような家事は任せてないから、部屋の中の掃除はノボリの独壇場になってた。だからもう片付けるものも床の汚れもないはずだけど。

 

「なんだかちょっと、部屋が臭いますね。朝食の後すぐに掃除しなくては」

「えっそう?」

「わたくしたち、ずっと部屋の中にいるので鼻が慣れてしまったのでしょう。一度気づいてしまうとなんだか、気になってしまいました。寝室の方もちょっと気になりましたし。空気を入れ替えるために窓を開けておきましょうかね」

「そうかぁ」

 

 リビングのテーブルの上には既にぼくが用意した朝ごはんが並んでる。そっちの匂いじゃなくて部屋の臭いの方が気になるかぁ。病み上がりだから嗅覚が敏感になってるのかな。

 その時はそんなふうに思ってた。

 

「ノボリとゆっくりご飯を食べられるの、すっごい気に入ってる。特に朝ごはんなんて休みが重ならなきゃ無理。つまり全然ない」

「そうでしたね。年に一度か二度ある車両点検の日くらいでしたね」

「ね。じゃ、食べよう!」

 

 ノボリはじっとトーストの上にのせてある目玉焼きを見つめていた。お腹すいてるのかな、なんか珍しい。

 

「えぇ」

 

 そして、ノボリはゆっくりトーストを持ち上げ、大きな口をあけてがぶり、とかじった。

 ノボリは一瞬、不思議そうに首を傾げた。でも次の瞬間には顔を真っ青にして席から立ち上がり、そのままバタバタと廊下の方に走っていく。

 

「え、え、どうしたの!」

 

 びっくりして追いかける。ドアを閉める余裕もなかったのか、開きっぱなしのトイレのドアと、便器に縋り付いて肩を震わせているノボリがすぐに目に飛び込んできた。

 それを見てすぐに寛解したはずの“花吐き病”の激症化が来たんだ! って思って慌てて駆け寄ったけど、ノボリが苦しそうに吐き出していたのは色鮮やかな“花”じゃなくてさっき食べたばかりのトーストのカケラと黄色っぽい液体……たぶん、胃液だった。

 吐き出したあともまだ嘔吐くのが止まらないみたいでビクビクとからだを震わせているノボリの背中をさすり、発作が落ち着くまで傍にいようとしたけれど、ノボリは弱々しい力でぼくの腕を振り払おうとした。

 

「うぐっ……うぅ、クダリ! うえっ……エグッごほっ、もしかしたら、感染するかも、しれませんから。私から、離れてくださいまし……んぐッ」

「あのね、今までずっと一緒の部屋にいた。毎日同じもの食べて、お風呂もトイレも毎日一緒の場所使ってる。ならとっくに感染ってる。だから気にしない。ほら、喋らないで、大丈夫だから」

「ゴホッ、ウグッ……はぁッはぁっ……」

 

 何度も、何度も、何度も、ノボリの腹と喉は胃の中のものをぶちまけようと必死にびくびくと波打っていたけれど、朝一番に吐けるようなものは残っていなかったらしくて、ただ苦しんでいるだけだった。ゆっくりと背中をさすりながら、ヒクヒクと不規則に痙攣しているノボリを抱きしめてやりたいのを堪える。出っ張った喉仏が何度も上下し、湧き出てくるしょっぱい唾液を必死で飲み下しながらからだを強ばらせ、すっかり光を失って虚ろになっているノボリの目はぼんやりと便器の中を見下ろしていた。

 

 そうしてしばらく、ビクつきながら繰り返し嘔吐いていたけれど、そもそも腹の中に吐くものがないんだもの、長いこと苦しむことなくなんとか落ち着いたみたいだった。

 

「はぁ、はぁ、はぁっ……はぁ……」

「落ち着いた? 立てそうなら口ゆすぎにいこっか」

 

 こくりとうなずくキミが立つのを手伝って、弱々しく震える腰を支えながらゆっくり洗面に向かう。コップに水を入れてやり、ぼくが口に運んでなんとか口をゆすいだキミをソファに戻すべきかベッドに戻すべきか悩んだ。手足は支えなきゃふらつくくらい明らかに力が入っていないし、さっきほどじゃないけど時々ひくひくと震えながら喉を鳴らしてる。

 

「クダリ、わたくし、ひとりは心細いです……」

「分かった。ソファに毛布持ってくるね」

 

 触れた手に伝わるノボリのからだはじっとりと汗ばんでいるのに変に冷たい。何とかソファに横になってもらい、ぼくは急いで寝室に取って返して分厚い毛布を取ると走って戻る。たった一瞬のことだったのに、それだけの間でキミはソファの上で丸まって青白い顔色でうずくまっていた。

 

「ほら、毛布だよ。あったかくして、冷えてるから」

「は、ぃ……」

「つらいところはある? 湯たんぽ用意しようか? やって欲しいこと、なんでも言っていいんだからね」

「寒い、寒いんです。汗が冷えて……」

「わかった。からだ拭いて、着替えよう」

「それから、胃がキリキリして。吐いたくせにこんな、胃が空なのがつらくて、でもさっきのパンを食べられる気もしなくて、腹が張って、何も入っていない、はずなのに。唾液が止まらなくて、眠くて、気持ち悪くて、うぅ……クダリ……」

 

 あえぎあえぎノボリはそう言って、ぼくの手を掴むとその張っているらしい腹に当ててきた。じっとりと汗ばんだノボリの、ひんやりした皮膚がぼくの手に吸い付くよう。ぼくは息を荒らげないように必死で心を落ち着けて全国図鑑の一番はじめからポケモンの名前を脳内暗唱しながら、手のひらで温めるように腹を撫でた。

 張っている、かな。かも? わかんない。ノボリ、ご飯食べれてないって考えたら張っているのかな? なにか水とかガスが溜まっているような感じはしないけど。もちろんぼくは素人だし、わかんないけど。

 

「お腹、痛くない?」

「それは、大丈夫です」

「うん、わかった。これ以上冷えないようにからだを拭こうね。ぼく着替え持ってくるから、ちょっと我慢してて?」

 

 ノボリは縋るようにぼくの服の裾を掴んだ。でもすぐに離して、頷く。ひとりが心細くて、でも寒いのも本当で、困ったように眉を下げて。

 

「ぼく、急ぐから!」

 

 そんなの見てると堪らなくって、急いでノボリの部屋に行くとタンスからパジャマを引っ張り出し……自宅療養期間が長くてすっかりどこに何があるのか覚えちゃった……ノボリの目が届く台所に洗面器を持ってくるとそこでお湯をためて用意する。

 ぐったりと目を閉じているけれど、物音でぼくがどこにいるのか分かってるみたい。少しだけ顔の強ばりがなくなって、落ち着いたみたいに見えた。

 

 くったりしたノボリから服を脱がせ、からだをあったかくしたタオルで拭いて、乾いたタオルでぬぐう。それから新しい肌着と袖の長いパジャマを着てもらう。少しずつ落ち着いたみたいですっかり嘔吐きは収まってて、だんだん申し訳なさそうな顔をして自分でやろうとするものだから、ぼくはなるべくいつものスマイルを保って気にしなくていいんだよと伝えようとした。

 

「やはり、大きな病院に行った方が、わたくし、根本原因が分からなくとも入院していた方が、少なくともクダリにこうやって手を煩わせないで済みますし、……うう……」

「ねぇ、ノボリはどこにいたいの? ぼく、ノボリが病院に行きたくないって思ってるように見えるの。どこで過ごしているのが一番楽? 心が落ち着くのはどこ? ぼくね、入院してすぐ良くなるなら入院して欲しいけど、ノボリそうじゃなかったじゃない? だからね、ノボリの希望が大事だよ」

「……わたくし、わたくし、」

「うん」

「こうして近くにクダリがいて欲しいのです。わたくし、こうして手を伸ばせば触れ合える距離にクダリがいる日々が心地よくて、今までも一緒に住んできましたが、このようにずっとそばで暮らせるなんて子どもの時分以来でしたから、それはそれはこの日々が愛おしくて、素晴らしくて、この心細い気持ちも不安も全部、お前の顔を見ると溶かされて、すっかりなくなってしまうのです。きっと病院に戻れば時間が許す限りお前は来てくれるでしょうが、裏を返せばお前が見舞いに来てくれた時以外、わたくしのすべては無機質な灰色になってしまうのです……」

 

 ノボリはわっと耐えられなくなったようにぼくを捕まえると、そのままソファに倒し、ぼくの胸元に乗っかって必死になって言った。

 

「クダリ、クダリ、クダリ! あぁわたくしの、わたくしの……わたくしの自慢の弟、わたくしの唯一の片割れ、わたくしの、」

 

 そこまで必死な告白を聞いて、ぼくはやっと全部の合点がいった。

 

 “花吐き病”。一途な恋をする人がなるらしい。高熱。愛に焦がれ、恋を浮かされ。恋は盲目……文字通り。ぼく以外見えなくなって、まさしく恋の病。そして胸をまるでときめかせるようにドキドキさせて……そして今、ノボリを蝕むこの症状は?

 

 なんとなく、ぼくには分かった気がした。ノボリはきっと、一度くらいは頭の片隅に「ぼくらのタマゴがほしい」だとか、「愛の結晶が欲しい」とでも思ったんじゃないだろうか。

 

「あのね、ノボリ。ぼくのいちばん大事な人」

「はい、クダリ。わたくしのお前」

 

 もう! わたくしのお前だなんて! それ、もう答えだよね? 殺し文句を先に言わないでよ。

 

「ぼくね、ずっと前からキミのことが大好きなの。あのバレンタインデーも、おうちでチョコレートとごちそうとお花を用意してて、キミに大好きだよって告白しようと思ってたの……」

 

 あぁ花の香りがする。濃く、ぼくを覆う花の香り。ノボリはぼくを見下ろしたまま、目をまんまるにしていた。

 

「キミのことが、好きなの。ぼくはもうキミのもの。キミだけのぼくなの。だから、もう苦しまないでノボリ……」

 

 熱いほっぺたに触れる。耳までまっかっかになったキミは、ぼくにぎゅうと抱きつくと、掠れた声で耳元で囁いた。

 

「わたくしも、同じ気持ちです。クダリを愛しております。そしてお前が苦労しないであるように、幸せであることがわたくしの幸福なのです……」

 

 途端、むせ返るほど濃かった花の香りは夢のようにすっかり消え失せ、そこにはぼくの大好きなノボリが、いつも通りの微笑みを少しだけ照れくさそうに浮かべてそこにいたものだから、ぼくもノボリが病み上がりなのを忘れてじゅうぎゅう抱きついて、そのままノボリの両脇をひょいと掴んで抱き上げてくるくる、くるくる回して喜ぶことに夢中になったんだ。

 

 

 清潔さを示す白い壁、シミ一つない白いシーツの敷かれた診察台、そして白衣を着込んだお医者さま。病院らしく壁にゴテゴテ貼られた色鮮やかなポスターと、ノボリの着ている素敵なえんじ色のシャツが目に眩しい。

 

 ここはライモン市立病院の一階にある診察室。色んな足音や器具の触れ合う音、人のざわめきが聞こえる少し賑やかな中心部。白衣のお医者さまとにこやかな看護ラッキー、顔なじみになっちゃったナースさんがいる中、診察室の小さな椅子に座ったぼくらは緊張して検査の結果を待っていた。

 

「はい、確かに俗に言う“花吐き病”、および“花吐き病”由来の合併症も完治ですね。あれから各種症状は発現していないと。でありましたら、あの症状はすべて合併症……もとい“恋の病”だったと認定されますね。であれば一連の流れは珍症状として学会発表されることもありませんからご安心ください。あぁそうそう、おめでとうございます。おふたりとも末永くお幸せに」

「……えっ?」

「まぁ、ご丁寧にありがとうございます。うふふ」

「何笑ってるのノボリ」

「おや失礼」

「はいどうも。惚気は結構ですからね?

 あぁ、クダリさんのように明らかに患者さまに近しい間柄のご家族さまには禁忌ワードがありまして。それが“花吐き病”の“俗説”を肯定することだったり、患者さまの恋についてほのめかすような発言をすることなんですね。ですが完治された以上、私どもは黙っておく必要もありませんし。昨今、珍しいほど献身的でしたね。完治も時間の問題かと思われましたし、退院の打診があった時点でほぼほぼ治療終了ということになっておりました」

「そうなんですよお医者さま! クダリは本当にわたくしのことを想ってくださって! こうして両想いになり、クダリは……」

「だから惚気は結構です。お大事に。はい次の方」

 

 そう言ってお医者さまはにこやかに診察室のドアを指さしたのでぼくらは慌てて立ち上がった。看護ラッキーが小さな手を振ってくれて、ノボリが律儀にそれに応えて手を振り返す。そして晴れやかな顔でぼくたちは診察室を出ていき、すっかり見慣れてしまった待合室に戻って名前を呼ばれるのを待った。

 

 そしてそそくさと家に帰り、さぁ、完治したお墨付きを貰ったのならば復職の手続きをしなくては、なんて言って早速書類の入った仕事用のカバンを引っ張りだそうとするノボリ。手持ちみんなでニコニコしながらテキパキと文字を書く姿を見守って、もちろんぼくは手伝えることは手伝って、それであとは明日の、ライモン駅の事務所が開く時間に電話を掛けたら終わりってところまで準備を進めて。

 

 それで。

 

 ぼくらはまた、ただのノボリとクダリになった。

 

 互いから自然とノボリの部屋に向かって、キミのベッドにふたりで座って、そうだ、正真正銘、気兼ねなくふたりきりになったんだ。

 

「クダリ、ほら、おいでくださいまし。わたくしの腕の中においでくださいまし?」

 

 キミのとろけるように甘ったるい声に誘われて、ぼくはまるで熱に浮かされたようにふらふらと近寄り、キミの言う通りにする。結局“花吐き病”に感染させてはくれなかったけれど、でもね、ぼくはあそこまではっきりした症状こそなかったけれど、形のない“恋の病”は今もぼくの心身を、ううんぼくらのなにもかもに絡みついて、蝕んでる。

 

 胸の中でぐつぐつと煮立ち、ぐるぐるわだかまっていたキミへの想いは、今はもう隠されることなく大好きなキミに伝えられている。その熱っぽい目が、その熱い息を吐き出す口が、溢れる想いを相手に伝えることに夢中になってる。熱くて、熱くて、こうして抱き合ったまますっかり溶けてしまいそう。それに互いに互いしか見えやしない。ぼくらの世界にはふたりしかいない。他はなーんにも見えないんだ。あぁ、キミに触れていると胸がドキドキして、すぐにドキドキがぴったり同期して、ぼくらの心臓は同じだけ高鳴っていく。

 

「ノボリ、大好き」

 

 耳元でそっと囁くと、ノボリは、愛しいキミは、さらにぎゅうぎゅうと力を込めて抱きしめてくれて、ぼくの耳元に囁き返してくれた。

 

「病める時も、健やかなる時も、クダリを愛しておりますよ」

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