比較的「ヤバい」クダリさん、もしもノボリさんだけどっか行ったら一体どうなっちゃうんだろ。
「クダリ! クダリ! 待ちなさい!」
バトルサブウェイ、職員用の事務室付近の廊下でよく通る大きな声が聞こえたらそれはだいたい、黒のサブウェイマスター・ノボリさんの声なんだ。長い長い足で、普通の人間なら走ってやっと出る速度をちょっとした早歩きで実現しながら、前を見据えてずんずん進んでいくのも見慣れた光景。同じくながーい足で、一昔前のロボットみたいにキッチリキッチリと一定のリズムで大きく手足を振った、ヘンな歩き方でどんどん歩いていくもうひとりのサブウェイマスター……白のサブウェイマスター・クダリさんに追いつく。
こういう急いだ時のノボリさんは無意識にクダリさんそっくりに手足を大きく振ってゼンマイ仕掛けの振り子みたいに歩くから、なんだか大道芸を見に来た気分になるのは内緒だ。
「待ちなさいったら!」
「あ、ノボリ。どうしたの。ぼくこれから休憩。お昼ご飯にヒウンアイスが食べたくて、今から買ってくるの」
「意味のわからないことを。本日のお前の手持ちに『そらをとぶ』ポケモンはおりませんね? どうやって休憩時間内に戻ってくるつもりなんですか」
「んー。誰かの『そらをとぶ』に相乗りさせてもらう。バトルサブウェイの前なら人通りある。誰か親切な人にお願いできるかも。ノボリ、頭使おうよ」
「気が長いことですね。しかしお前の昼ご飯はカップラーメンで手軽に済ませなさい。休憩時間ではありますが、少し仕事の話をしなくてはならなくなりましたので」
「えー。休憩時間は労働から解放されなきゃいけないでしょ。コンプライアンスとかどうなってんの」
「文句はわたくしに十一時五十四分三十二秒に出張の話を持ってきた上層部に言いなさい。十三時二分三十秒には午後のトレインが出ますのでわたくしたちが話し合っている時間はありませんので」
「ぼくたちはサブウェイマスター。でもぼくたちあくまで雇われ。それに管理職としての裁量権ない。ならぼくたちの環境守られるべき。法律違反はルール違反。とってもアウト、訴えようよ」
「御託はいいので行きますよ」
目にも止まらぬ早さでクダリさんの襟の後ろが白手袋に掴まれる。決してされるがままじゃなくて、なんなら後ろにぴょんと飛んで逃げようとしたネコポケモンみたいなクダリさんを難なく捕らえ、その細腕のどこからそんなチカラが出ているのか分からないけれど、自分とまったく同じ体格・体重の大男をノボリさんは引っ張っていくんだ。
事務室の奥、二人の席に向かってずるずる引っ張りながらノボリさんの低くてよく通る声が朗々と響く。
「お前の泊まり出張の話なんです。それも明日の朝からです。普段のお前じゃないですけどね、わたくしもあまりの急な話に困惑し、多少抗議したい気持ちではいますが、仕事は仕事。そういう訳ですので本日の業務が終わり次第パッキングを手伝ってやりますから、まずは話を聞きなさい」
「えー」
「わたくしはわたくしで明日ライモン市長のバトルサブウェイ稼働状況について視察がありますからここにいなくてはいけません。説明ごとは得意じゃないでしょう?」
「ノボリとぼく、同じサブウェイマスター。得意とか不得意とかない。あんなのぼくが相手するからノボリが出張行ってよ」
「出張先はダブルバトルの専門家が集まるとかなんとかで最初からお前が指定されているのですよ」
「ふーんそうなんだ。それって面白いかな?」
「面白いかどうかはお前の心の持ちようです。集まる人間の質は本物でしょう」
「ノボリはなんだか、面白くなさそうだね」
たしかに、ノボリさんにしてはちょっと不貞腐れたみたいな言い方で珍しい。普段からどんな相手でも言い淀むことなくハキハキ言うことが多い人だから。真面目でわかりやすい人だから嘘をつくようなタイプじゃないけれど、そういう業務に関係あることには腹の中はどうあれ私情を隠し通せる人だと思ってた。
まぁでも、予測不能なクダリさんよりはまだノボリさんの方が人間味のある行動をよく見る気がするから考えてみれば納得か。クダリさんはいつもいつでもニュートラルだから、思ったことをどんどん口に出しても表情変わらないし、いまいち本人の感情はよく分からない。
挙動がロボットみたいなのも、傍若無人なのも、いつも笑っているような表情をしているのも、全部演技なんじゃないかって思わなくもない。
「えぇ面白くありません。こんな前日のギリギリで伝えてくる道理知らずがこの組織に存在するなんて! 重要なことはたとえ決まっていなくとも、公的には存在しないことでも、決定事項でなくても、先に皆さま『知っている』ものです。それすらなく、本当にわたくしたちには微塵も知らされていないのであれば、それはわたくしたちが上層部の方々にとって職務的に繋がりがあると認められていないか、無理やり出張にクダリをねじこんでも問題ないと……わたくしたちが軽視されたのかのどちらかですよね? いけませんよ軽視されるなんてことは。わたくしたちをなんだと思っているのでしょう。こちらにも面子というものがあります。プライドなんて一切なくとも、面子というとのは表向きあるということにしなくてはなりません」
「んー。そうかな。ちょっと考えが穿ちすぎじゃない?」
「ではなんだというのです?」
「んーとね。ぼくらがいたような世界は『ちょっと』違ってた。こういうお給料が出て、怪我しなくて、こんな手袋が真っ白のままでいられるお仕事とはまったく考え方が違うんだよ、きっと。『安全』とか『安定』の代わりに『突然』が許されるとか。たくさんの人たちは別に個人同士も上司同士も仲良しじゃなくて、相手のことなんて上っ面しか知らなくて、そこには『面子』も『仲間意識』もなくて、淡々と各自に仕事を振るだけ。それ故にエラーが発生してこんな突然になっちゃった。とか?
街中の個人商店とチェーン展開の大型スーパーみたいな違いだよ。個人商店の人たちは面識がなくともぼくらのことを知ってるかもしれないし、知ってくれてたら融通が効くことが多くて、『道理』が通じるかもしれないけれど、チェーン店の大型スーパーの店員にとってはぼくらのことは一律でただのお客サマ。マニュアル通りで、でもぼくらが外でなにをしたってお店の中で何もしなければ周りのお客サマとぼくらは同じ存在。常に物を売ってくれる。でしょ?」
「……つまり、これは、単に生きる世界が違うだけであり、お前は軽視されていないと?」
「どんな世界でもあんまりよく知らない人間をわざわざ怒らせようなんて思わないんじゃない? 道理が通じるなら普通分かるよね」
「お前の口からそんなまともな言葉が聞けるなんて感動的ですね。なるほど納得いたしました」
ワーッと岩雪崩みたいな会話の応酬があって、それからノボリさんは頷く。
「それではメールを転送しておきましたから荷物を確認してくださいまし。パッキングは手伝いませんからね。それではわたくしこれから昼食ですので」
「ぼく、アイス買いに行く時間無くなったからご飯分けてよ」
「しょうがないですね。モモン味のバーならいいですよ」
ノボリさんはポケットから小さな栄養バーを取り出してクダリさんに押し付けると、自分も栄養バーを取り出してそれから給湯室に消えていった。
ライモン駅の人間ならみんな知ってる。ノボリさんは昼に栄養バーを二本食べて、それから水を飲んでおしまいってことを。クダリさんも似たようなもので食事の代わりにお菓子ばっかり食べているってことを。
出張でクダリさん、なにか美味しいものでも食べて食に目覚めてくれないかな。ふたりとも細すぎて心配で仕方ないんだけど。
なんて思ったけど口に出せるわけもなかった。
「クダリ! 昼休憩をとったならば連絡しなさいとあれほど言ったでしょう! 今のうちに出張報告書も書けるだけ書いておきなさいね、本日あったことのメモ書きも残しておきなさい。あとのお前の役に立つのですから。それから領収書も持たせたファイルの中に……聞いているのですかクダリ! あぁやっぱりお前をひとりで行かせた上の采配については文句しかありませんね!」
『ぼくクダリ、結構いい大人。多分ノボリが思ってるより大丈夫。そんなに心配しなくていいよ。バトルも楽しかったし』
「は? お前、バトルなんて予定になかったでしょう」
『あ。ポケモントレーナー、目と目が合ったら勝負。常識だよね』
「わたくしたちバトル施設の人間は勤務時間中は野良バトル適用外ですよ。それで相手は誰です?」
『教えたらうるさいから言わないよ。そろそろ切るね』
「待ちなさいクダリ!」
《ツー、ツー、ツー》
「クダリッ! まったくもう!」
らしくもなく若干ヒステリック気味に叫んだノボリさんは電話が切れると我に返ったのか申し訳なさそうに頭を下げて、それから書類仕事に戻られて、だけどどうにも落ち着かない様子というかイライラした感じでぜんぜん集中していないのが丸わかりだった。
そういう時、クダリさんがいたらノボリさんをからかうようなことを言って、ノボリさんは簡単に乗せられて破裂するみたいに立ち上がって詰め寄るのだけどなんだかんだと双子の兄弟のことを理解しているクダリさんに転がされて三分後には落ち着いている……ということがあるのだけど、そもそもノボリさんがイライラしている原因の突然の出張のせいで不在なわけで。
書類だけじゃなくて午前中のバトルもそりゃすごかった。黒のマスター、手加減とか苦手そうに見えて普段はバトル施設の強者としてちゃんと「コンテンツ」してるんだな。今日なんて全ての挑戦者がとりつく島もなく敗北していたし、多分新規層はトラウマでほとんど再乗車しないと思うし。
クダリさんの代わりにノボリさんがダブルトレインに乗るって聞き付けた常連が哀れというか、いや常連はあらゆる意味で激レアな姿に喜んでたから再訪は心配していないけれど。あの常連、そのうちうちの入社試験受けに来るかもなぁ、なんて。
現実逃避しながら押し黙りつつ、みんなチラチラと上座のノボリさんを伺っている。こっちに仕事や雑用を振ってくれたら忠実な犬らしく喜んで従うのに真面目で融通が聞かない方なノボリさんは全部自分で抱えてしまう。
クダリさんがいろいろ理由をつけてノボリさんを事務所から引っ張り出すのはその隙に机の上の仕事をコッソリ持っていってみんなで進めるためでもあるんだなぁって。ノボリさん、仕事早いけどそもそもの量抱えすぎだから。
クダリさん、絶対天然でやってない。あの不思議なキャラクターもどこまで素でどこからが演じているんだろう。逆にノボリさんはこれが演技だったら恐ろしすぎる。百パーセント素だと思う。そうであってくれ。
「……クダリ!」
『こちらはライブキャスター・通話サービスです。おかげになった端末は現在で電源を切られているか、通話に出られない状態で……』
「チッ……ハァ……」
大きな舌打ちを隠そうともしないで狂いなくキッチリ三分刻みにライブキャスターをかける姿はちょっとマトモとは言えない。だけど鬼気迫る勢いが怖すぎて誰も指摘できない。
クダリさんがいない今、実質的に「バトルサブウェイ」の唯一の主はノボリさんだし、鉄道員というのはひとり残らずバトル施設通いを拗らせたバトル狂いの成れの果て。頂点においそれと声をかけるなんて……普段の機嫌が良さそうな時ならともかく、見るからにイライラしている時なんて叩き潰される想像しか出来なくて無理だ。話しかけられたせいでライブキャスターを三分二秒ごとに掛けることになった! と食って掛かられてもおかしくない異様な様相だもの。普段のノボリさんの性格ならそんなこと言いそうにないけど、それでもそう思うほどな状況だった。
普段の様子からすれば「ヤバい」のはクダリさんだと思っていた。でもそうだ、ふたりは双子だった!
隣の鉄道員と心がひとつになるのがわかる。ノボリさんも負けず劣らず同じくらいヤバいんだなって。ふたり揃っていれば害はないけど片割れを遠くにやられたら狂ったように電話をかけ、鉛筆をイライラと噛みながら貧乏揺すりを隠そうともしない。つり目をますますするどく吊り上げて、人に当たったりはしないけどぜんぶぜんぶ気に食わないって顔をして。
我らが主を刺激したくなければできるだけ双子を離れ離れにするなかれ。そんな不文律が生まれた日だった。
「クダリ、早く戻ってきなさい。もう十分です。そうでしょう」
『仕事中にライブキャスターが鳴ってうるさくて会話にならないからちょっと予定より遅くなるよ』
「まっ……わたくしに減らず口ですか? わたくしが戻れと言ったら戻るのです。クダリの居場所は此処なのですから」
『じゃあノボリがこっちに来たらいいんじゃない?』
「わたくしお前の代わりにダブルトレインにも乗車しているのですよ! ここを離れられるものですか! いいからとっとと戻りなさい!」
最早ツッコミどころしかなくて、普段の仕事に真面目なノボリさんは一体どこに行ったんだろうと遠い目。
普段はクダリさんの言動を諌めたり呆れたりする様子なのに本当のところはノボリさんってクダリさんのこと、ものすっごく大好きなのかな。大好きなんだろうな。じゃなきゃこんなことしない。あれだけクダリさんの出張を嫌がってたワケがあったんだなぁ。
なんて、双子で就職してくるあたり考えるまでもなく仲良しだろうにそんな現実逃避がみんなの頭を駆け抜けていくのがわかった。
早く戻ってきて、白ボス。ノボリさんの大声、結構脳に響きます。このお方、声が通るから。すごくすごく通るから。耳鳴りと頭痛をとっくに通り越して脳内に直接ノボリさんが喋っているみたいだ。
「クダリ! わたくしです!」
『ぼくクダリ。あのねもう電話してる時間の方が電話してない時間より長い』
「なら常に繋いでおけば解決です! コール音が邪魔だったのでしょう?」
『あ、そろそろ充電なくなる。ホテルに戻ったらかけるね』
「モバイルバッテリーを持たせたでしょう!」
『あんなレンガみたいなの持ち歩かないよ。あれはモバイル・バッテリーじゃなくてポータブル・発電機でしょ? じゃああとで。「イイコ」にしててよノボリ』
「なっ」
ブツッとライブキャスターが無情な音を立てて切れ、ノボリさんが絶句して、ほんの少しの間静かになって。
一方僕たちは生きた心地もせずに目の前の書類やら机やらを静かに凝視していた。
そんな時にタイミング良く、いや悪く? トレインに呼ばれたノボリさんはゆらりと立ち上がって殺気立ち、めでたく大魔王というあだ名をいただいて、その日の戦果はもちろん圧倒的無敗で終わりましたとさ……。
「クダリ! どこにいるんですクダリ! もうそろそろ乗車の時間ですよ」
「あのね、そんな大声出さなくても聞こえてる。ぼくはここ」
「分かってますよ! 何事も少し早めに行動しておくべきだと言いたいんです!」
「あんまり早くてもヒマなだけ。それよりアイス買ってきた。食べようよ」
「ふむ。何味です?」
「モモンにきまってる」
「いいですね。わたくしにもくださいまし」
甘いモモンのアイスはぼくたち大好き。しかもモモンはノボリの大・大・大好物。ちょっとうるさくたってモモン味のものを出せばすぐに上機嫌。
今だってほら、子どもみたいにくちびるをベタベタにして一生懸命頬張って、あまーい味に夢中みたい。ノボリ、あれこれ考えすぎるから糖分足りてないんじゃないの。あれを言っちゃダメ、これはダメ。道理じゃない、そんな風にね。
ぼくらはぼくらでいられるならどうだっていいのにね。メンツも道理もノボリは大事にしたがるけど、ぼくらもうそんなこと気にしなくても生きていけるようになったんだしもうどうでもいいのにね。
ノボリとぼく、ほとんどずっと一緒。同じ時に生まれて、同じところにいて、同じことを考えて、同じものが好き。だけどやっぱり別の人間だからちょっとブレて、色を分けて、同じことを思ってもノボリは言わなくなっちゃった。いつからか。
でも一緒だから。パカッと半分に割ったら同じ中身が出てくるくらいに。
ノボリはぼくから離れられない! ぼくはノボリから離してもらえない! いいじゃん、それで。
「じゃ、出発進行!」
「先に行かないでくださいまし!」
「アハ」
アイスでベタベタの口周りを拭いてやって、ノボリの手を引っ張る。ノボリは一瞬目を細めたけど抵抗しなかった。
小さい頃みたいにノボリの手を引いてテクテク歩くと、いつの間にか歩調がピッタリ揃って二人三脚みたいになるのが好き。ノボリと呼吸も動作も同期して、ピッタリ同じ鼓動を紡いでいるのがわかるから。元のひとつに戻ったみたいに並び立っているのは心地いい。
ぼくの出張中、とってもとっても「イイコ」にしてたからしばらく甘やかしてあげる。そうしたらノボリはもっと甘いのが欲しくなってぼくを離してくれないもんね。
あ、ちがった。
ぼくがノボリを離してあげないんだ。ぼくがノボリの腕を掴んで、ノボリがぼくの腕を掴んでいるってこと。ウン、相思相愛ってやつ。