【短編集】憧憬の愛玩動物   作:ryure

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「苦しい言い訳に聞こえますね」


「疲れてノボリが可愛く見えたの!」

 疲れたからかわいいものをかわいがる。癒されるために。それは大変結構なことです。

 まぁでも、自分と同じ大きさの兄弟をその矛先に選んだセンスはどうかしていると思いますが。なんせこの通りわたくしは別にかわいい訳ではありません。

 

 実際、そんなバカなことを実行して「じばく」……いえ、「カウンター」した人間が足元でゴロゴロ転がっているのでそんなことがあるわけないと鼻で笑えないのが頭痛の種でございます。

 

 クダリの言動通りわたくしもしばらく構い倒し「かわいがって」やればよろしいのでしょうか? それとも意趣返しに休日まるっと一日孵化厳選に付き合わせてやりましょうか? それだといつもの日常と変わらないような気もしますが。

 

 なんて。まあどっちにしろこの悶える白いのが正気に戻るまでは何もできないのですが。

 

「そろそろ起きなさい。服が汚れますよ。あぁ、そうだノボリお兄ちゃんがあとで洗ってやりましょうか? カゴに洗濯物をたんと溜め込んで……しょうがないですね。パンツまで洗ってやりますよ」

「もうやめてえ!」

「まあまあそんな、遠慮しなくていいんですよかわいいクダリチャン。おぐしが乱れていますから近くにいらっしゃいまし。やさしく梳かして差し上げます」

「ウッワすごい鳥肌、ほら見てすごいよ! ぼく特性さめはだになっちゃう! やめてえ!」

「顔が笑ってますよ。どこに鳥肌があるのか教えてくださいな。ともかく、わたくしは洗濯しますから、汚れ物を早く出してくださいまし。ベッドの下にジーパンを溜め込んでないでしょうね?」

「待って待ってベッドの下を覗かないで待って!」

 

 まったく、甘えたいなら素直になればいいのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁかわいい!」

 

 クダリは小さい頃から「かわいい」ものを見つけた時、そう言ってはポケモンを捕まえたり、木の実をあげたりとめっぽうかわいがったものでした。目を輝かせ、弾けんばかりの笑顔で。

 感情表現がとても素直で、大人たちからすればわたくしより余程分かりやすい子でしたね。

 

 その対象といえばかわいらしい小さなポケモンや、洋服、お菓子などなど。子どもらしくかわいらしいものを好んだクダリは時にそれらを抱えてわたくしの所にやってきては、一緒に遊んだものでした。「かわいいでしょ?」なんて言って笑って、片割れのわたくしも「いっぱいかわいいです」なんて返してたりして、楽しい思い出です。

 珍しい双子ということも相まって、その頃は特別周囲にかわいがられていた思い出は、今となっては懐かしいものです。

 

 一方でクダリはもちろん、サブウェイマスターとして誇りある強かなポケモントレーナーでもあります。子どもの頃はともあれ、今のクダリはポケモンに優しいところもありますが、厳しいところももちろんあります。

 強くなるために時に心を鬼をして特訓することもありますし、その後は種族を超えて共に称え合う。心が通じあっているからこそ出来る信頼関係は「戦友」と呼んでも過言ではないでしょう。

 

 そういうわけで、クダリの「特別」は愛玩か戦友か。両極端ではあります。幼い頃から学友よりももっぱらわたくしと遊び、学んできたクダリですから、たしかにどちらかしか見たことはなかったのですが……。

 ……なお、わたくしの扱いは「自分」です。「もう一人の自分」ではありません。そのまま「自分」であります。

 

 流石に大人となった今はそうではないですが、幼い頃など双子の兄弟はまったくもって以心伝心、同じ顔に同じスペックの肉体であり、ちょっと離れた位置にある自分の拡張体でしかなかったのです、互いに。体調不良から感情までものの見事に連動していましたから。

 

 とはいえ。わたくしはとうの昔にクダリが自分ではないことなど理解していました。自分に最も近しい、大切な兄弟であると。誕生日や遺伝子が同一であれ、顔がそっくりであれ、この歳になっても服さえ取り換えてしまえば周囲を騙せるほどに限りなく自身に似ているとはいえ、自分ではない。

 ある程度は考えていることはわかりますが、全てではなく、互いに胸の内に秘めたことのひとつやふたつはあると思っておりました。

 ええ、クダリはわたくしよりずっと素直な人間ですから、なおさら、クダリが口に出して初めて「そう考えていたのか」と思い直すことも時にはあります。

 

 ですので。流石にクダリが今になってわたくしをどう思っているかなど想定外だったのです。

 

 それはあるうららかな休日。ポケモンバトルと電車が大好きといういささか偏った趣向のわたくしたちは今日も今日とて駄弁り相手など男兄弟一択。ライバルと書いて友と呼べるような相手が他にいないわけではありませんが、やはり最も近しいライバルであり遊び相手であり、そして本日暇しているのが分かり切っている相手となるともう選択肢がありません。

 サブウェイマスターが二人とも休日なのは珍しいですが、あれだけ車内を酷使しているのですから、月に一度の車両点検の日くらいはバトルトレインともども休みでした。本日はただのノッテハコバレル地下鉄です。

 

 そういうわけで、疲労困憊なわたくしたちは休日を謳歌すべく、癒しグッズだけを手にクダリの部屋にいたわけですが。連勤続きのクダリがわたくしをかわいらしいバチュルまみれに。わたくしはクダリにダース入りヒウンアイスの箱を押し付け一息。

 

 さて、このまま身を任せれば何の実にもならない一日が始まりそうです。ポケモンたちもめいめい好きなようにその辺りに落ちています。ええ、それはもうわたくしたちとシフトは変わりませんから……。彼ら彼女らにも遊ぶ気力もないのでしょう。わかります。

 クダリはソファからアイスを食らいつくすまで起き上がらないでしょうし、わたくしもおそらく空腹の限界になるまではクダリのベッドを占拠し続けることとなるでしょう。起き上がる気力がちょっと。まあ昼すぎには厳選しに行こうと思うのですが。

 

 そんなとき、早くも四つ目のアイスをあけたクダリが顔を上げました。そろそろわたくしにも一個くらいよこせと声をあげようかと思っていた頃合いでした。

 

「あれ? ノボリ、ノボリって……もしかして、かわいいイキモノ?」

「は?」

 

 思わず耳を疑いましたが、目を疑うことに鮮やかに五つ目のアイスを食べきったクダリはわたくしの顔を見ながら続けました。

 

「バチュルいっぱい、かわいいよね、うん……かわいい? 笑った時とか特に……ちゃんとしてない髪の毛……寝癖、つむじふわふわってかわいい」

「クダリ?」

「困り顔もかわいい? かわいい」

「これはこんらんですね。なんでもなおし使います?」

「こんらんしてない。だってポケモンたち技使ってない」

「それはそうですけど」

 

 だいたい同じ顔ではないですか。成人をとうに超えた大の大人にかわいいと? なかなか激務だとは思っていましたが、とうとう疲労でおかしくなってしまった可能性があります。クダリのシフトを見直してもらう必要があるかもしれませんね。六連早出遅番勤務は堪えたでしょうか。六連早番残業だったわたくしも似たようなものですが。

 

「かわいいはかわいいでしょ。ほらノボリ、アイスお食べ」

「それ、わたくしが持ってきたんですけどね。チョコがいいです」

「オッケー。ほらあーん」

「やめてくださいよもう」

「ベッドに寝そべって食べたらぼくの枕が汚れるよ。ほらあーん」

「ちょっと」

 

 ソファからスックと立ち上がってアイスを差し出したと思いきや、ぐいぐい顔に押し付けてるんですからまったくもう! わたくしの服の方の被害は度外視ですか!

 

「垂れますって! 自分で食べられますから!」

「そう?」

 

 どうすれば正気に戻るのか。どことなく正気ではないようにも思える熱い視線を浴びながら、なんでもなおしを先制行動で押し付けるには……と考えているとクダリはふらっと部屋から出て行きました。どことなくよろよろとしていましたが廊下で転んだりしないでしょうね。

 

 こちらがアイスを食べきるころには戻ってきましたがポケモンたちやわたくしに何やら食べものの入ったうつわを押し付けて着替え始めました。

 兄弟の奇行にどうしたらいいのか分からないわたくしは警戒心から、休みの日の昼間はぐっすり眠っているはずのシャンデラのボールを引き寄せましたが、それさえ気づいていない様子。

 新手の「さいみんじゅつ」か何かでクダリが操られている可能性まで考慮する必要があるのかもしれません。あるいはメタモンによる「へんしん」? しかし、仮にメタモンならばこのように流暢に喋ることは出来ないはずですが。

 

 であれば本物のクダリがおかしくなったというわけで。はぁ。確かゾロアークも姿を変えるポケモンでしたね。オボンでも投げたら寄っていくかもしれません。

 

「これは?」

「モモン剥いてきた! ほら召し上がれ」

「はぁ、ありがとうございます?」

「あとね、あとでノボリの部屋行っていい?」

「構いませんが、何か用事が?」

「最近仕事続き、ノボリクタクタ。多分お部屋すごいことになってるでしょ。片付けに行く」

「この部屋も似たようなものでは……洗濯物溜まってましたよ。明日のワイシャツあるんですか?」

「いざとなったら新品卸す! ぼくはいいの!」

「だから際限なくそこら中にシャツが増えてるんですね。休みの日なら洗いなさいな全く……」

「聞こえないよ! じゃあ行ってくる! そこで寝てていいから」

「わたくしも行きますから待ってください。一体どうしたんですか本当に。突然兄のことをかわいいと言ってみたり、自分の部屋そっちのけで片付けに来ようとしたり……アイスに変なものでも入ってました?」

 

 ボヤいている間にブラシを手にクダリがにじり寄ってきました。何をする気ですか。

 

「かわいいけど寝ぐせ直すよ」

「もう好きにしてくださいまし」

 

 理解不能の弟と回復しきっていない疲労の蓄積のコンボは思考力を放棄させます。ベルトにモンスターボールを装着しながら手持ちをボールに戻しつつクダリに頭を任せ、ため息をひとつ。

 

 かわいいとは。そしてこの行動とは。

 

 何かしら突っ走る傾向があるのはわたくしの方だと思っていましたが……。

 

 

 

 

 

 

 

「かわいいねノボリ。ほら見てこの写真、懐かしい」

「おや……よく見つけてきましたね。棚の奥の方に仕舞っておいた覚えがあるのですが」

「片付けてたら見つけた。ほら見て、さっきのノボリみたいにぼくたち眠そう」

「だから『かわいい』と?」

「思い出して……そう。小さい頃のノボリはかわいかった」

「同い年でしょうに」

 

 掃除すると言っておきながら別のことを始めたということはまぁ終わらないでしょう。世の常であります。わたくしはアルバムをめくり始めたクダリをおいて洗濯を始めました。

 洗濯物はクダリほどではありませんが、シンクは大変なことになっています。あれも片付けなければ。

 

 未だに様子がおかしいクダリはすぐにわたくしの持っていたスポンジをとりあげるとソファーに座らせ、冷蔵庫を漁るとアイスを持たせてきました。

 このアイスはわたくしのですよ。

 

「かわいいんだもの、かわいいをかわいいしないと。癒し欲しい。ノボリかわいい」

「弟がおかしくなった時かける電話ってどこでしょうねドリュウズ。えぇ、部屋が片付いた頃に電話をかけようと思うのですが。アーケオスはどう思います? やっぱり変になってますよね。病院ですかね。明日はせっかくスーパーマルチトレインに乗る予定なのに」

「何か言ったー?」

「ええまぁ」

 

 でも。こちとら疲れているので様子がおかしいクダリが落ち着いてからものを考えるとしますか。あんまり答えの出ないことを考えていても頭が痛くなってしまいます。

 人はきっとこれを現実逃避と呼ぶのでしょうが。

 

 とりあえず一眠りくらいはしてもいいと思います。では、おやすみなさい。

 

「ノボリーこれは片付けてもいいの? あれ、寝た?」

 

 軽い足音が近づいてきて、そっと乱れた前髪を払う冷たい手。目を開けるのはもう億劫で好きにさせておくと、ぐいっと腕がわたくしの体の下に入り込んできてぐぐっと持ち上げられ……かけただけでした。

 えぇ無理でしょうよ、体重も多分一緒なので。わたくしたち所詮は都会育ちの軟弱な現代人なのです。人様より自転車を漕ぐ速度には自信はあっても、腕力はさほどではありません。

 もう声をあげる元気もありませんが。霞む意識の向こう側でそう独りごちて。

 

「やったぁ、ノボリ寝ちゃった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや」

 

 目を覚ますと目の前に成人男性が一人落ちていました。クダリです。弟と見るには同じ体躯すぎて、大変嵩張るという印象。寝顔はそれなりにかわいらしいものかもしれませんが、何故かしっかと腰をホールドされているので邪魔です。

 もしや夢の中で小さい頃のことでも思い出しているのかもしれませんが、残念ながら成人男性です。あざとくとも同じ顔、かわいげも半減です。普通に重いです。

 

「起きなさいクダリ。正午を回ってきます。そろそろ外出しなくては休日を棒に振ってしまいます」

「ううん……」

「クダリ」

 

 頬を張るのはさすがに可哀想ですが。

 なんですかこの力は。寝ぼけているのに外れないなんて。

 

「えへへノボリぃ」

「離してくださいまし」

「やだ疲れてるから。ノボリかわいいね」

「疲れたからって何言っているんですかまったくもう。かわいいかわいいとよく言われているのはクダリの方でしょう」

「ぼくはいっつもノボリかわいいって思って……あ」

「いっつも?」

「うーん、むにゃむにゃ」

 

 誤魔化すようにうめいて腹に顔を擦り付けられても重いのですが。えぇ、重いのですよ。いくら仲の良い兄弟だからといって同い年の兄弟なのですから結構暑苦しいです。

 

「いーっぱいかわいいノボリチャンをかわいがるの。かわいい、かわいがると疲れ取れるの」

 

 ノボリチャン。大変懐かしい呼称です。小さい頃の「ふたごちゃん」だったわたくしはそう呼ばれてかわいがられていたのを思い出します。

 とにかくそろそろもういいでしょう。多少は疲労でおかしな言動になっているのでしょうが、おおむねクダリは正気でやっていることは理解出来ました。どういう意図なのかはさておき、そろそろじゅうぶん付き合ったと思います。

 

「そうやってかわいがるか、バトルを共にするパートナーかのどちらかしか経験がないからといって、わたくしをバチュルのごとくかわいがってもしょうがないでしょう、クダリチャン」

「しょうがなくないよ」

「そうですか。それでは、かわいがると疲れがとれるのですね。であればわたくしがかわいがって差し上げます」

「えっ」

 

 自分のものと寸分変わらぬ灰色の頭をやさしく撫でさすり、ついでにそのつむじをぐいっと押してやりました。

 

「うぎゃあ!」

 

 そして冒頭へ、というわけでございました。

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