【短編集】憧憬の愛玩動物   作:ryure

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いつも真面目で丁寧なノボリは結構おおざっぱ。事務所で雑に脱ぎ捨てたコートから砂がぱらぱら落ちてくることなんてしょっちゅう。
サブウェイマスターとしての「キャラクター」ではノボリの方こそ潔癖症に見えるけど、実のところは白い方ことぼくの方がそうなのだ……と周りには思われてる。
実際そう、ぼくって綺麗好き。空気清浄機の予算を通したし、家の掃除は毎日二回はするし、マスクを常備して二人分のコートにコロコロかけてるのもぼく。
ポケモンバトル大好きなノボリの戦術、狭められたら嫌だから。


砂パの兄に苦言を呈せないので

「けほん……んんっ」

「ノボリどうしたの? 風邪?」

「いいえ。何か吸い込んでしまったようです」

「気を付けてね。マスクいる?」

「助かります」

「あとで持ってくるね」

 

 クダリはわたくしの双子の弟で、外見こそ寸分たがわずそっくりなのですが中身は勿論別の人間です。

 明るい笑顔を絶やさない社交性。ダブルバトルを好むという違い。わたくしが黒を選んで着るならクダリは白。手持ちポケモンももちろん異なります。仲のいい双子であると自負しているものの、最も違うのはなんといってもやはり……。

 

「じゃあついでにちょっとぼく、靴履き替えてくるね。コートはこの前クリーニングに出しちゃっててまだ予備が戻ってきてないから午後の事務作業の時だけ脱いでる。明日どうしようかなあ」

「おや、汚れてしまったのですか?」

「靴とコートがね、ちょっと。さっきのバトルとっても楽しかったの。気を遣ってる余裕がないくらい」

「それはブラボーなことですがクダリにしては派手に汚しましたねえ。コートの方は……汚れているように見えませんよ?」

「あのね、袖がちょっと、ほら」

 

 笑顔が少し曇って、袖をつまみ上げた姿。わたくしにはない細やかさのあらわれ。

 

「言われてみれば……いやわかりませんね? まぁこんなにまじまじ見ても分からないのですから誰も気づきませんよ」

 

 潔癖症とでも言うのでしょうか。常日頃から白い衣装の僅かな汚れさえ許せない様子でクダリの「予備」はわたくしの三倍はあるはずなのに、それでも出ずっぱりの様子。わたくしとて特別汚れに鈍感なわけではないはずなのですが、クダリは目を凝らして見ても分かりはしない程度の汚れさえ気になって仕方のない様子。

 わきまえているので自分の服以外にはそうそう口を出して来ないものの、今も首を傾げながらわたくしの衣装のあちらこちらを眺めているのでクダリ目線では汚れているのかもしれないですね。釣られて自分の衣装を検分して見たものの、いまいち分かりはしないのですが。

 

「もしやわたくしもどこか汚れているでしょうか? それともシワが出来ているでしょうか?」

「まさか! ノボリはいつも通り最高完璧に着こなしてる。サブウェイマスターとしてキチンとしてる、ぼく感激」

「ありがとうございます。しかしどうしましょうね。クリーニングは今日明日で仕上がるわけではないでしょう?」

「いいの。ノボリが言うならきっとわかるようなものじゃないから」

 

 それだけ言い残して、クダリはひらりと手を振ると更衣室へ向かっていきました。今日の仕事が終わったら白い靴を洗うのに必死になるはず。……汚れた衣装を躊躇なく手洗いしているということは厳密には潔癖症ではなく、ただの極度の綺麗好きなのかもしれないですね。

 まぁ、とにかく。わたくしはそこまで服装やら汚れやらにそこまで頓着ないので、双子の兄弟といえどこうも考え方が違うのだなぁと感心する次第なのです。

 

 ほどなくして戻ってきたクダリは事務所の空気清浄機が勝手に止まっていたことにぷりぷり怒りながらわたくしに防塵マスクを押し付けるとその辺りの掃除をやり、なぜかわたくしのコートをひっぺがしてクリーニング済みのものを押し付けてきたので……まぁよそ様のことにどうこう言わないのでいいのですけど。

 

「やっぱり汚れてたんじゃないですか……」

 

 それならまだ正面切って言ってくれた方がくれたほうがマシというものです。さっさと出て行ったクダリが最大出力の空気清浄機の前でばたばたとわたくしのコートをはたいている音を聞きながら、呼吸が苦しいので押し付けられたマスクをグイっとずらすと、まだ砂が舞っていたのかまたしても派手にせき込むことになるのでした。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「っうぇっほ!」

「なになにノボリ、どうしたのその咳?」

「昼間ちょっと砂を吸い込んでしまいまして……」

「だからマスク渡したのに! ちゃんとしてたの?」

「えぇ多分……」

「ノボリの『多分』! やってないでしょ、怒るよ!」

 

 ぷんぷんに怒っているクダリはやはり潔癖で優しい子です。多分言葉としては間違っているのでしょうが、わたくしはそれ以外の表現方法を知らないのでそうとしか言えません。それに加えて弟のことを悪しように表現したくはないのですが、若干病的でもあるくらいには執着しています。

 少なくとも鉄道員の皆さまがたにクダリの普段の行動を語るのははばかられ、うっかり他人に漏らそうものならすさまじい目で見られてもおかしくないくらいではあります。それはクダリの行動に対するものであり、それを長年許容してきたわたくしに対する「引き」でもあるでしょう。

 

 分かってはいるのですが、毎度楽しそうだったりこちらを気遣ってくださった結果だったりするクダリを見ているとそれが悪いものではないと思えてしまって、なぁなぁがここまで続いてしまったのです。客観的にはとうの昔に成人した兄弟がやるようなことではないと重々分かってはいるのですが……。

 なにくれとこちらの世話を焼くクダリ。自分がやりたいから、といいながらわたくしまで全身クダリ基準で掃除されているような。風呂まで一緒ではもちろんないですが、仕事の日も休みの日もコートを引っぺがされるのは日常茶飯事、場合によってはワイシャツまでもっていかれそうになってそれはさすがに死守しているのですが。

 

 まぁでも、クダリが買ってきた業務用の空気清浄機がすさまじい音を立てているので、基本的にはクダリがそうも必死になる諸悪の根源はすなあらしを多用したわたくし。トレインを降りた後にしっかりはたいたつもりだったのですが。シャワーの後なので体にはもうついていないはずですが、帰宅してからその辺りをうろうろしたのが悪かったのでしょうね。

 さっさと着替えないわたくしを見たクダリが何とも言えない顔をして、掃除機を逆鱗中のドラゴンタイプのように鬼気迫る勢いでかけていたのは……あぁ自業自得です。いくら咳き込んでも自業自得です。

 

「ねえノボリ、いい?」

「はぁ。ところで自分のは終わったのですか?」

「この前耳鼻科で怒られちゃったから今日はやらない」

「ええそうでしょうとも。まぁそれなら好きになさいな」

「ありがとノボリ。とびっきり綺麗にするからね」

「お手柔らかに」

「寝ちゃっていいからね。疲れてるでしょ、ほらこっち」

 

 単なる綺麗好きというよりは潔癖症、と表現するにはわけがあってそれは服装の清潔さにこだわりがありすぎるところや単純に必ず朝夕部屋を掃除するほど綺麗好きなところ……そして爪の手入れや耳掃除の頻度が異様なほど多いということが理由です。しかもクダリもわたくしも花粉症というわけでもないのに空気清浄機を何台も買い込んで常にフル稼働させていること。

 病的と表すのは綺麗であることももちろん目的のひとつだろうけども、その手段そのものが目的になっていて、目視で確認できる爪はともかく自分では見えない耳掃除では医者に禁止されるくらいやりすぎてしまい、出血沙汰を度々起こすところがそうです。ゴミ箱の中に真っ赤な綿棒を発見すると心臓が止まりそうになるので止めてくださいまし。

 

 それに、その矛先はわたくしにもよく向きます。双子の兄の爪切りや耳掃除をやりたがるなんて普通ではないことくらい承知の上、それでも「お願い」と言われてしまえば断れないわたくしの方こそ人並外れて弟に甘いのですけど。

 

 しかししかし、楽しそうにわたくしを誘い、仰向けにした兄の頭を膝の上に引き寄せてとろけるように微笑む姿を見ていると断れやしないのでございます。あたたかな手がわたくしの頭を撫でさすり、手慣れた動作で耳をあたためたタオルで蒸しながら長い指がうなじをカリカリと絶妙な力加減で掻き、目の前の行き届いていない兄を自分の基準でぴっかぴかにしてしてしまいたくてたまらなくてうずうずしている様子は無邪気そのもの。

 綺麗好きの上に凝り性で、やはりクダリも兄弟の耳掃除をするのは世間一般的ではないと理解しているからか、いつもいつも詫びのようにマッサージまでしてくれます。ノボリ疲れてるでしょ、なんて言ってほとんど同じ業務をしているはずなのにすっかり揉み解してくれます。

 

 短髪をかきわけて両手の指が頭皮をやわやわと揉みました。頭頂部を八本の指でぐいっと押しながら両手の親指でこめかみをぐりぐりとやって、それから思い出したようにわたくしの目の上にガーゼタオルを乗せました。こめかみから指が離れたとたん、大きなため息が口からもれていき、肩の力が抜け、頭頂部から疲労感がどっと抜け出していくような感覚。たまりません。

 

「ごめんね、目かくし忘れてた」

「いーえー……」

「ノボリお疲れ? もう眠そう」

「えぇ……」

「耳掃除するとぼく楽しい。ノボリ癒される。一挙両得。効率いいね」

 

 頭の上の方でクダリが笑うのが分かりました。そのまま右を向かされ、耳殻を覆っていたあたたかなタオルでぐるっと拭きました。職業上、日常的に砂あらしの中に長時間いるからか耳殻からはざりざりと砂が絡んだような音がします。日々シャワーを浴びるときに気を付けてるつもりでも耳殻の隙間に入り込んでいたものすべてを洗い流せなかったらしいので……そういうところがクダリが我慢ならないところなのでしょう。

 

「じゃあやるよー」

 

 耳元からタオルが取り払われ、外気に冷やされかけた瞬間にぬらした綿棒が耳殻の汚れをこすり取っていきました。冷たさに肩が一瞬跳ねたものの、眠気が勝って声も上げずにそれを享受する心地よさといったら。

 

 さり、さり、さり。細かな砂が掻きだされ、綿棒の滑る感覚がだんだんはっきりとしていく気持ちよさ。

 砂を取り切ってくるくると仕上げに乾いた綿棒が乾拭きをすれば完成。いつものクダリの優しい手つき。くにくにと耳たぶを揉みしだきながら、身じろぎひとつないわたくしを覗き込むのが分かります。

 

「ノボリ、寝た?」

「起きてますぅ……」

「次のターンには確定ねむり」

「ラムの実は……不要でございます……」

「うん、そうだね」

 

 くすくす笑う声を聞きながら。わたくしの意識はどこかへ溶けていくのです。いつも最初に寝ちゃっていいよ、とクダリは言うもののわたくしが眠ってしまわないことなどほとんどないのです。あぁ心地いい。わたくしはこれを手放したくないのです。あくまで自分本位、あくまで自分の癒しのためなのです。

 クダリがやりたいというからやらせているのだという狡いスタンスのまま、実のところはどこまでも自己中心的。

 

 あたたかな手が律義に金属製の耳かきをあたためて、人肌になったそれをぴとりと頬にあててきました。硬質だけども、クダリの手にかかればちっとも痛くないことは知っています

 

「あのね、冷たくない? 大丈夫?」

「……」

 

 口を開くのももう億劫で、こくりと頷くと耳の入り口にスッと差し入れられて耳の穴を押し広げられる感覚がもう遠い。

 

「あれ、全然汚れてない。砂も詰まってない。ノボリ、自分で掃除、したの?」

 

 ぐるっと耳の入り口を掻いた、どこか不満そうな声を聴きました。もう返事しなくとも勝手に好きにするはず。わたくしは眠気に身を任せることにして、眠りの中にゆっくりと沈み込んでいきました。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 今日はすぐにノボリ寝ちゃった。だけどいきなり奥の方に耳かきを突っ込むときっと起こしちゃう。覗いてみた感じ、思ったほど汚れは全然なかったけど、せっかくノボリが眠っちゃって好きにできるんだからこの機会を逃せない。耳かきを差し入れ、なにもない入口の方の耳の壁をそーっと掻いてみる。やっぱり何もないけど、寝ちゃったノボリの口元は緩んでる。

 

 本当は耳掃除なんて高頻度でするものじゃないし、詰まってしまう体質ならともかくそうじゃないならやらなくたっていい。せいぜい耳の入り口一センチくらいをやれば、あとは新陳代謝で耳の奥から耳垢とかゴミを運び出すんだって。

 知識の上では分かっているけど、「潔癖」のぼくにはそれでも垢があるって分かってるなら掃除をやめられなかった。それに、耳の中にも神経が通っていて、耳かきをするとそれが刺激されて気持ちいい。やりすぎちゃってお医者さんに「そんな頻度でやらないで」なんて言われちゃったけど。まぁこれはぼくの性分。嘘偽りなくぼくが悪い。

 

 ぼくは全部綺麗にしたい。部屋も、服も、ノボリが手が届く範囲のものならなんでも。ぼくだけでも白い服を着て、少しでも早く汚れに気づきたい。ノボリは対になる黒い服を着ているからそれはそれで分かりやすくていい。黒だとほこりとかの汚れ、目立つから。

 手が届くところのもの全部、つまりノボリも全身頭の先から指先まで綺麗にしてしまいたい。爪切りだってなるべく申し出る。ぼくの性分を理解しているノボリはわざわざ伸ばしておいたりはしないけど、基本的にやらせてくれる。耳かきだってそう。おいておいてはくれないけど、時間があるならこうして好きにさせてくれる。

 

 触れるもの、見るもの。それらが綺麗で清潔であってほしいと思う。つまりノボリも綺麗でいられるから。それはまあ普通のことでしょ。部屋の掃除をいっぱいするのはノボリが喘息気味だったからだし……。子どものころにちゃんと治療して今は全然そんなことないって本人は思ってるし、その事実自体を忘れ気味。

 実際そうだと思うけど、砂パを使いがちなノボリがいつ再発してもぼく驚かない。最近咳き込むことが増えてるし。

 

 耳かきの名目で兄弟にしても近すぎる身体接触を日常にして、潔癖を理由にノボリの服から率先して砂を払い、上の人から予算をもぎ取って職場のいたるところに強力な空気清浄機を設置して掃除を行き届かせ……その結果、ノボリは自分が昔すぐに咳き込んでたことも忘れてる。

 

 くいくいと、耳のツボの本を読みながらすやすや眠るノボリの耳の中をマッサージしてみる。汚れてないならやる意味もないのだけど、まぁこの距離間に慣れてなきゃいくら双子でも突然服を引っぺがされたら怒るかもしれないと思って……。

 

 ノボリもぼくもポケモンバトルが大好き。戦術の一つに砂パがあるなら、それを使って勝利できるなら止まる理由なんてない。きっと止まりもしない。「サブウェイマスター」なんだし、仕事中に顔が隠れるマスクはできない。だからぼく、できることをしているだけ。

 

 できるものなら毎日ノボリの肺をまるごと引っ張り出して水できれいに洗って戻したいものなんだけど。できないものはできないので。

 

 ぐるんとひっくり返して逆の耳も丁寧に拭いてやる。細かい砂がタオルについて、じゃりじゃり。話し方は丁寧だけどノボリはちょっぴりぼくより大雑把。ぼくが綺麗にしてあげなきゃねって、どっちが兄かわかったものじゃない。

 

 まぁでも、ぼくはノボリがのびのびバトルをしている姿を見るのが好きだから。二両編成のまま、ずーっと自由にバトルしていたいから。ぼくの足掻きで再発が少しでも遅れたらいい。できればしないでほしいけど。

 

 まぁるいノボリの頭を撫でながらそんなことを思う。

 すうすう聞こえてくるノボリの寝息がこのまま穏やかなままであればいい。

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