人間は遥か昔に地球から追い出された。そんな地球を取り戻すために戦うアンドロイド。戦闘以外にかつての人間が残した痕跡やそこから読み取れる情報を集めるアンドロイドもいた。
それは未知との遭遇であり、好奇心の爆発を生み、その身を危険に晒すことになる。分かっていても踏み出してしまう、好奇心はアンドロイドをも殺すのか
共に行動して十数回目、9Sの旺盛な好奇心はまた2Bに大きな影響を与えていた。

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オートマタのアニメが出ると聞いて過去に書いた物をハーメルンに投稿
作中のアンドロイドは人間とほぼ同等の機能を持つが、それはそれとして食事という物に対する関心はどういった物なのか
そして食という文化に触れた時にどうなるのかという想像の産物


人を良くすると書いて『食』

 地球の衛星軌道上を飛ぶバンカー。そこには多くのアンドロイドが日々地球奪還を目指し、地球を観察、及び地球に降り立ったヨルハ部隊の支援を行っている。

 しかし、その中で飛び交う会話は常に殺伐とし緊張感があるものではない。アンドロイド達の一見平穏な幕間の日は、明けることも暮れることもなく過ぎてゆく。

 もちろんそれは地球上にいるアンドロイドとの通信でも変わらない。

「そうそう伝え忘れてた。報酬は例によってメールと共に送付した」

「はーい……これでデータ収集ミッションは15回目ですよ。21Oさんは本当にデータ解析の鬼なんだから」

「人類のデータはまだ地球に多く残っている。これらを回収し解析するのもまた我々の役目だ。これからもしっかり働いてもらうぞ9S」

 S(スキャナー)モデルを使い走りにして人類の残滓を回収するO(オペレーター)モデル。我々の役目、と口にはするが特別そんな指令が下っているわけではない。積極的に依頼するのはほとんど彼女の私意によるものだ。

「あ、切れちゃった。でも確かに気になるデータではあるかな」

 9Sは転送履歴から21Oに送ったデータを確認する。そこには人類が生物たる所以、或いは人類たる所以が記されていた。

「どうした9S。すぐレジスタンスキャンプに行くぞ。それに新しい武器の調整に一度バンカーに戻らないと」

 データに夢中になる9Sに距離を空けて声をかける2B。9Sの地球での活動は基本的にB(バトル)タイプの彼女と2人で行っている。

「あーいえ、さっき21Oさんに送ったデータが興味深いもので」

「かつて人類が生活している際の記録だったか。私達には無縁のものだろう」

 冷たく言いはするが、彼女は足を止めていた。それは振り返った9Sの表情が想像よりも遥かに強い興味を持ってデータを見ていたからだ。

 ふむふむと頷きはするが口は一切開けないのがどこか不思議だ。

「そんなに面白いデータなのか」

『報告:9Sが閲覧しているデータは人類が生命維持のために行っていた食事に関するもの』

 2Bに付いているポッド042が答えた。そして同じデータが送られる。

『提示:9Sのポッド153と随時共有しているデータの中に食事に関する物を発見。いま現在9Sが閲覧しているものと同じデータとされる』

 タイトルは「人を良くすると書いて『食』と読む」とあり、食器の上に盛り付けられた彩り豊かな食べ物にまず目を奪われた。

「綺麗だ」

 文章には人間の五感全てが食事によって発揮される様子、更によりクオリティの高い食事をすることで人間の体はより健康になることが書かれてあった。

「この"健康"というのは?」

『解答:生物の身体状況がより良い状態で保たれている様。またそれを表す基準』

「生では人体に悪影響を与えるから焼いて殺菌をする。人類はこんな方法でメンテナンスやアップデートを行っていたのか」

 人類が去り機械生命体が蔓延る地球上には今でも多くの生き物が生息している。その生き物達が必ず必要とする食に関して人間がここまで積極的に取り組んでいるとは知らなかった。

「2Bさん!!聞こえますか!?」

「何があった!?」

 2B専属オペレーターの6Oの声が唐突に響く。定期連絡のタイミングではない上に声色の慌てようから、一瞬身を固めた。

「何があった!?はこっちが聞きたいんです!9Sさんから『2Bさんが急に立ちすくんで返事もしなくなった』って」

「は?」

『報告:2Bは9Sの言葉を2分42秒の間認識せずにいた』

「うっ……ポッドにそう言われると実感が」

『推奨:聴覚機関改修のためバンカーへ帰還』

 別に聞こえなかったわけではない。ただそのデータに夢中になっていた。そして無視されていたことが相当ショックだったのか、9Sは蹲っている。

「どちらにしろ一旦バンカーに帰るつもりだったんだ。その時にメンテナンスもする」

「了解しました。帰投を待ってます」

 通信を終了するとまた先ほどまで閲覧していた食事のデータが開かれる。乗っているのは焼かれて黄金色のソースがかかった鹿の肉と大きな葉っぱと赤い果実。そして末尾にはそれを好きな人と一緒に食べることの幸福を謳っていた。

「2B、また足が止まってますよ?本当に大丈夫ですか?」

「なんともない」

 2Bの脳裏にはずっとあの料理とそれを見つめていた9Sの顔が消えないままだった。

 

 

 

 

バンカーにて

「ここ数日は巨大な機械生命体も現れず、危険な戦闘はありません」

 9Sと2Bは司令室に報告をしに行っていた。2人の専属オペレーターも司令官もこの部屋にいる。

「君達が見ていたデータはこれか」

 司令官にも件の食事のデータが届いていた。自らに非があるとは思えないが、2Bはなんとも言えぬ気分だった。同じく夢中になっていた9Sもしょぼくれていた。

「分かっていると思うが、バンカーでの料理は厳禁だ。酸素がない宇宙空間とは言え火器の使用は危険が伴う」

「はい……21Oさんのデータの解析と2Bの武器の調整が済み次第、レジスタンスキャンプに出動します」

 司令官との会話はそれで終わりだと2Bは踵を返す。しかし9Sの口はまだ動きを止めない。

「司令官。あの食事という行為は僕達アンドロイドにも何か意味があるんですか?」

 自動ドアが開く寸前で2Bの足は止まる。そしてまた体を180度回転させた。少し悩ましいといった表情の司令官と背筋を伸ばした9Sの後ろ姿が見える。

「ハッキリとは言えない」

「何か隠しているんですか?」

「いいや、純粋にデータが不足しているんだ。かつて地球上で食事を行ったアンドロイドも何機か確認されている。だが、そのどれもが同じ結果を残していない」

 オペレーターからデータが届く。並べられている事例の中には害は発生せずエネルギー源として消費した例もあれば、アジを食べた際に体液が凝固して動かなくなったという例もある。

「リスクの高い行為なんですね」

「あぁ、だから私からは"食事"を推奨しない。そもそもアンドロイドには必要のないことだ」

 結局司令官からは現実的な答えしか返ってこない。司令室を出た後に9Sは肩を落としていた。彼の口から漏れたため息を2Bは聞き逃さない。

 その後の9Sは口数が少なくなり殆ど業務的なことしか喋らず、武器の改造をしている時もただただ静かに作業に没頭していた。

「…………」

 電子音と金属音と沈黙が錯綜する中で、感情を押し殺しているように見えるその姿を2Bは直視できなかった。

 地球に降り立っても9Sは元気がなかった。彼のことをよく知るレジスタンス達も不思議がっていた。

「9S……」

『解明:9Sの言葉数、及びバイタル低下の原因は料理のデータ』

 少し離れて釣りをしていた時にポッド042は何も質問していないのに答えた。2Bにも分かっていた。

『提案:9Sの回復』

「9Sに料理を食べさせるということか」

『肯定:9Sの中にある不和を解消するために必要な行為』

 遠目から分かるほど重いため息を吐く仕草が目につく。機械生命体との戦闘で集中力が散漫になってはいけない。

 やるしかない、と決意が立ち上がらせた。2Bが立ち上がったというのに全くと言っていいほど反応しない9Sの姿を見て、事の重さを思い知る。

(絶対に治してみせる!)

『提案:9Sに提供する料理はアンドロイドに無害な事例があった』

「違う。9Sに食べさせるのはこの鹿肉の料理だ」

 ポッドの提案を無視してまたあのデータを広げた。黄金色の鹿肉の画像データはきっと9Sも何度も思い出しているだろう。

 その時、バンカーとの通信が開いた。

「こちらオペレーター6O、定期連絡です」

「そんなに時間が経っていたのか」

 2Bの中に僅かな焦りが生まれていた。解決を急がなければいけない。

「6O。暫く私ではなく、9Sをサポートしてくれ」

 

 

 

 

 空白の中にある長テーブル。その両端で兄弟は語り合う。兄の方は煙を上げて燃える機械生命体の残骸の前で腰を落としていた。手にはフライパンを持ち、もう片方の手には以前弟に食べさせた果実を持っている。

「なぁニイチャン、何してるんだ?」

「料理、何かを食べて生きるという行為を更に昇華した人間の行為だ」

 以前はただ食べるだけだった果実を砕き、フライパンの上で踊らせる。更にそこに調味料も振りかける。

「別にどう食べようとも変わらなくねぇかな」

「変わるとも。こうする事によって害ある物を取り除き安全に食べることができるようになった。そしてこの行為自体に喜びを覚えるのが人間なのだ」

 機械生命体である彼らにとって害ある物はなく、そもそも何かを食べることさえ意味はない。それを行おうとするのは未だ完全に理解できない人間の事を知るため、模倣するため、なろうとするため。

「ニイチャンと一緒に食べるなら楽しいかな」

 話を半分くらいどうでもいいと聞き流しながら、否定する事なくただ調理工程を虚な目で見ていた。

 

 

 

 

「こちらオペレーター6O。9Sさーん、応答してくださーい」

「はいは…………あれ?あなたは2Bのオペレーターさんですよね?」

 聞き覚えこそあるが聞き馴染みのない声に9Sは一歩後ろに下がった。

「はい。暫く21Oさんと入れ替わりで9Sさんをサポートすることになりました」

「へぇー……あれ?2Bは?一緒に釣りしてたのに」

 もう数十分前に去った彼女を探して辺りを見回す。当然見つかるはずもない。

「司令部からのミッションで別行動をしています。なんでも『スキャナータイプはどうしても連れて行けないこと』だそうで」

 6Oの言葉に全く信憑性はない。しかし9Sはあっさりと飲み込んだ。

「そうなんですか……単独ミッションって久しぶりだなぁ。2Bと組んでからはずっと一緒だったし」

「私も2Bさんから離れるのがとっても久しぶりで、なんか凄く新鮮な感じですね」

「ですね~、それじゃあ僕は釣りをしてますので何かあったら報告お願いします」

 釣りを再開する9S。たった一人でただ風と共に少しだけ揺れる水面を見つめながらポッドを動かした。静か風景と共に釣りを続ける。そして時たま記録を開いた。

 

 

 

 

 一方、森の中に入った2Bは21Oと通信を繋いで料理の準備をしていた。ここは機械生命体の寄り付かない安全なポイントでもある。

「21O、動物は動く上に一定のポイントにいないこともあって確実に手に入る保証はない。本当に肉は後で大丈夫なのか?」

「ええ。常温では死肉は腐ってしまうから。いま殺しても準備をしている間に食べられなくなる」

 件の記事と似通った点のあるデータを見つけ料理のレシピを割り出した21Oの全面協力の元、2Bはまず料理に使えそうな物を探す。

「それよりもまずは道具ね。食べ物を加工するのは刀や槍でできるけど、それ以外はどうしようか」

 レジスタンスキャンプから持ち出したテーブルと椅子を並べた後に必要物の確認に移る。必要となるのは食器類。火を維持するための燃料。そして料理の材料。

「燃料はこの森の植物を使えばいい。食器はパスカルの村になら代用できそうな機材があるかもしれない」

 すぐ近くにある無抵抗な機械生命体が集う村に向かう事にした。その道中でも21Oとの通信は続いている。

「6Oにはお詫びをしなさい。あなたから離れるのが結構ショックだったみたいよ」

「先に謝った。必要としていないわけじゃないとちゃんと伝えた」

「それだけじゃ足りない。通信入れ替わる前に『9Sさんが羨ましい~!私も2Bさんの料理が食べたかった!』って言ってたのよ」

 返す言葉がなくなった。確かに入れ替わりを提案した時も「自分が必要じゃないんですか?」と何やら意味深な事を言っていた。2B自身は気付いてないが、2Bは多くのアンドロイドに好かれている。

「何をすれば」

「そうね。彼女の願いも叶えてあげれば?私と6Oもバンカーから降りて、4人で食事をするの。人類のデータにも食事は一人でするよりも家族や仲間とする方がより良い、とあるわ」

「なら量が必要かもしれないな。大きい個体を狙わないと」

「私ももう少し料理に関するデータを漁ってみる。でも早くしないと6Oが堪えきれなくなるかもね」

 少し機嫌良さそうに21Oの言葉が弾んだ。

「わかった。できるだけ急ごう」

 そんなやり取りをしている間にパスカルの村に到着した。その足の慌ただしさに機械生命体達は驚いていた。

「2Bさん!?そんなに慌ててどうしたんですか?それに9Sさんがいませんけど……もしかして機械生命体が」

「そうじゃない……騒がせて悪かった。食器はあるか?」

「食器?我々機械生命体にはそのような物は必要ありませんが、アンドロイドには必要なんですか?」

「とりあえず、いま必要なんだ」

 落ち着きある口調から大事にはなっていない事を察した。村の倉庫で物を漁る。

「ありましたけど、必要な数が見つかるまでちょっと時間がかかるかもしれません」

『推奨:パスカルが食器を集めるまでの間、材料の調達』

 確かにその方が効率的だと頷き、レシピを確認する。肉以外にも野菜や調味料と呼ばれる物が必要だと書いてある。

「食用に管理されている植物は似たような物をいくつか見たことがある。この調味料はいくつかレジスタンスキャンプに保管されていた物を持ってきた」

 既にアネモネに話は通っており、貴重な物ではあるが使うことがなかった調味料をもらっている。

「ソースは樹液と果汁と肉から出る脂で代用できるが、塩はなかったのね」

 データを探し終えた21Oが解決策を探る。

「あぁそれと、火を使うに当たって着火する道具が必要だ」

「何故だ?ポッドの火力じゃ不十分か?」

「その逆だ。ポッド042に搭載されている武器では火をつけるだけでは収まらない」

 元々ポッドは戦闘用アンドロイドの火力サポートを行うために作られている。

『予測:火力を最低限に抑えても小規模の爆発が発生。黒煙が上がれば機械生命体、或いは9Sに捕捉される可能性、大いにあり』

「着火する程度の火力は、私達にもちょっと難しいかもしれません。あの廃工場になら人類が使っていた道具がいくつか残っているので、そこなら」

「あるかもしれない。私はそれを探しに行く。そこから戻る際にソースの材料と野菜を採取する」

 既に機械生命体の寄り付かないポイントは抑えている。9Sはまだレジスタンスキャンプの近くで釣りをしているため気付かれることはないだろう。

「塩の採取方法は私が調べておくわ」

「私も4人分の食器を集めておきます」

 互いに自分たちの役目を決めて動き出す。まるで機械生命体との戦闘を前にした時のように2Bは集中力を高めていた。

 

 

 

 機械生命体との戦闘を最小限に抑えながら廃工場の中で着火器を探し終えた。2Bの手にはライターが握られている。ボタンを押すと指の側に炎が出てくる。

「こんな小さな火でも大丈夫なのか」

『解答:燃料さえ絶やさなければ数時間の炎の維持は可能』

『提案:貯蓄燃料の節約』

「あぁ、気をつける」

 火を消してポッドの中にライターを収容する。そして次なる目的である食料の採集に向かう。使えそうな植物のデータもマップにマークし捜索を続ける。本来なら人類が食用に管理している物を使うものだが、現在の地球にそんなものがあるはずがないので野生で使えそうな物を探す。

「この葉なんかは画像のものに似てるんじゃないか?」

『分析:毒素無し。アンドロイドには無害な植物と予測』

「よし。これで必要なものは全部揃ったな」

 野菜の代わりになりそうな植物と木の実、燃料となる木材。全てを採取したが、だいぶ時間が経過していた。

 駆け足でパスカルの村まで戻ると村の機械生命体達がやけに騒々しかった。聞こえてくる声は高いが、悲鳴ではなく笑うような声。時には鈍い金属音もした。

「騒がしくてすみません。私が倉庫から物を掘り出していたらみんながそれで遊びだしまして」

 子供型の個体達はまるで戦闘をする様に鉄製の棒を振り回しぶつけ合っている。大人の個体達は小さなプラスチックでできた色合わせのキューブを不思議そうに見つめている。

「食器4つセットはこれで大丈夫でしょうか?一応清掃して艶が出るくらいに綺麗にしましたけど」

「問題ない。感謝するパスカル」

「それとは別で2Bさんの言う料理に役に立ちそうなものがいくつか見つかりました」

 パスカルが村の裏口に案内すると、そこには鉄の板が立てかけられていた。その脇には直方体の石がいくつもある。

「分析:熱伝導性が高い素材を使用した鉄板。人類のデータにはこれらを使い肉を焼いた"バーベキュー"という料理及び調理法が存在。更に石材で天井を作ることにより赤外線を使いより味と質を上昇することが可能とされる」

「しかしこれだけの鉄板を温めるには燃料と火力が足りないわ。人類が使っていたのは火力を維持する装置があったからよ」

 今の燃料ではとてもそれの再現はできない。もしその装置を見つけたとしても動かすためのエネルギー源がない。

「はい。ですからこの木炭と特殊オイルを燃料に使ってください。これならかなりの火力が出ます。元々はアンドロイドを燃焼させるための高熱維持燃料ですが、我々には必要ありませんから」

(対アンドロイド兵器をアンドロイドが料理に使うとは)

 そう思いながら2Bはオイルを受け取る。しかし鉄板と石材を運ぶのは2Bのみでは不可能。9Sを呼ぶわけにもいかない。

「村の機械生命体達は……難しそうだな」

「私が運びますよ」

「何から何まですまない」

「いえいえ、2Bさんのお役に立てるなら」

 倉庫から持ち出したのもパスカルなのだ。機械生命体の馬力ではなんてことはない。

「2B、最新の6Oからの連絡だが9Sが寂しがってたそうだ。でも私達が特別任務をしているということは疑っていないらしい」

 9Sの話となると21Oの声が少しだけ踊る。本人は聞いていないが小馬鹿にしているような声色だ。

「21O、9Sと離れて長い時間が経った。彼と話がしたいか?」

「それじゃ2Bは9Sに会いたい?」

「少しだけ」

「え?」

 驚きの言葉以降、暫く沈黙が続く。そのまま時間が経過するにつれて2Bの中に恥ずかしさが上り始める。なんとか声に出さない様にしているが地面を踏みしめる力が強くなった。

「意外な返答だったから。2Bも寂しかったのね」

「いつ機械生命体が襲ってくるか分からないこの現状だ。私は9Sを早く治したいだけだ」

「はいはい、わかってる」

「はいは一回で認証できる」

「はーい。ふふ」

 揶揄う21Oの言葉をポッドは記録し続ける。パスカルはその後ろで深く介入することなく鉄板を運んでいた。

 

 

 

 ふーっと息を吐き数秒間、間を開ける。自分が持っている竿に意識を集中させる。

「今だ!」

 触覚センサーが感知した瞬間に腕を振り上げる。引っ張り上げた竿はしなりと反動で糸の先にかかった魚を水上に飛び出させる。

「よし!これで5匹目」

 普段はポッドに丸投げしている釣りだが、自分で釣竿を手にして釣りを行う楽しみを9Sは少しずつ目覚めていた。

『報告:ポッド153、現在の釣果、8匹。タイムリミットまであと10秒』

 それでも精度においてはポッドには敵わない。

 敗北してはまた同じことを繰り返す。任務も与えられない中、9Sは単なる暇潰しの中で楽しみを見出していた。普段なら機械生命体の観察をしていたが、レジスタンスキャンプの近くにはあまり寄り付かないため釣り以外にすることはない。

「6Oより定期連絡。9Sさん聞こえますかー?」

「聞こえてますよー」

「釣り勝負楽しそうですね。今の戦績は?」

「2戦2敗」

『否定:現在9Sは5連敗中』

 不機嫌そうに唸る9S。日が高く昇りどれだけの時間が経っただろうか。潰しても潰しても尽きることはない。

「もう一回勝負だ!今度は数じゃなくて大きな魚を取り上げた方が勝ちだ!」

『認証:競技時間5分』

 釣竿をしならせて針を水に落とす。集中力を高めてゴーグル越しに針を見つめる。水の濁り具合からしてやはり一番信用できるのは視覚情報ではなく手の感触。引っかかりと共に腕を振り上げた。

「よし!これは大きいぞ!!」

 引っ張り上げに対抗する強さに確信が更に力を強くする。ギリギリまで竿は変形しながら耐え続ける。

「がんばれー!9Sさーん!」

「おりゃああああ!!」

 遂に巨大な獲物を釣り上げた。そのフォルムは丸く寸胴で魚とは思えず……

「ショクザイ、ゲット!」

 そのまま針を器用に抜き、走り去っていった。

「…………えーっと、黙ってますけど何か釣れました?」

『報告:中型の魚とそれを掴んでいた機械生命体。本日最大の釣果、9Sの勝利は確定的』

 もっとも逃した時点でカウントはされないのでロストということになる。

「ようやく暇潰しだった釣りが楽しくなってきたのにあの機械生命体はなんなんだ。な~んか一気にやる気なくなってきちゃった」

 9Sはガッカリと肩を落とした。いつもの9Sなら怒って機械生命体を追いかけるのだが、今の彼にその元気はない。

「ん~、今の機械生命体も人間の模倣なのかなぁ。ショクザイって言ってたし」

 しかし興味がないわけではない。彼が任務の合間に観察していた機械生命体の人間を模倣した行動、その大本を探れるかもしれない。何より『食材』という言葉は9Sにとってかなりタイムリーで興味を沸かせる言葉だった。

「今は任務外だし、自由行動かな」

 立ち上がると共に駆け出して、その後をポッド153が釣り糸を収納して追いかける。

「6Oさん、これからちょっと機械生命体を追跡します。2Bと21Oさんはまだ向こうの任務中ですか?」

「え?そうですけど」

「じゃあ二人が戻ってくる前にこっちも終わらせようかな」

 機械生命体が逃げた方角に駆け出すと、すぐに後ろ姿が見えた。スキャナータイプとはいえヨルハのアンドロイドの駆動能力はそんじょそこらの機械生命体よりも遥かに上回っている。

「ハッキングするのもいいけど、せっかくだからあの魚をどこへ持っていくのかくらいは調べておかないと」

 少しずつ普段の9Sの調子に戻ってきた。今の彼の頭には料理や食事よりも機械生命体への興味が上回っている。

「あれは、飛行型機械生命体?」

 こっちを狙ってるわけでもなく、ただ追跡している魚を持った機械生命体を自らの体に乗せた。恐らくスピード目当てのものだろう。同時にこの機体達は同じ目的を持っている可能性が高い。9Sも加速した。

「一体魚を使って何をしたいんだ?」

 崩壊した都市を超えて森の中へ入る。障害物は多いが身を隠すポイントも多い。尾行に気付かれた時にも対処可能。

「ショクザイ。コレハリョウリニツカエル」

(食材?料理?機械生命体が料理を?)

 そしてようやく目的地らしき場所に到着した。人工的に長方形に切り出された石を積んだもの。小屋にしては少し小さいそれはかつて人類が使っていたかまどのようだった。テーブルも並んでいる。

(機械生命体がこんな物を作るなんて……記録になかったな)

「ショクザイモッテキタ!」

「ミンナ、コレタベル?」

 誰かに話しかけているようだ。9Sは木の陰に隠れながらその相手を見つめた。

「いや、今回は魚は使わない。その魚はアンドロイドにはむしろ危険だ」

「……嘘だろ?」

 そこにいたのは9Sがよく知るアンドロイド。

「2B!?」

「な、9S!?どうしてここに!」

 思わず飛び出してしまった。バトルタイプの彼女相手に物陰に隠れる効果は薄い。

「21Oさんと一緒に任務をしているはずじゃ?その機械生命体は?」

「な、な、何かの見間違いじゃないですか9Sさん!一旦レジスタンスキャンプに戻って」

 通信越しに聞こえる6Oの声には焦りが見える。ようやく全員に騙されていたことに気付いた。

「みんなして僕を騙して一体何を」

 二人の間にポッド042が割り込む。

『報告:2Bはこれから料理を作る。出来上がった物は9Sが食す予定』

「ポッド!それは」

「もう隠し続ける必要もないでしょ?9Sと話してくるわね」

 一度2Bと21Oとの通信が途切れる。そして暫くの間2Bは喋らなくなった。

(なぜ君は、いつも気付いてしまうんだ。知ってしまうんだ)

 その思いが口から出ない様に。

 

 

 

 

「なるほど。あの機械生命体はパスカルの村の物だったんですね。2B達の様子を見て料理の手伝いをしようと」

「そんな遠くにまで食材を取りに行ってるとは思いませんでした。今度注意しておきます」

 パスカルのその姿はまるで保護者の様だった。

「で、2Bはなんで僕に秘密で料理を?」

「……無意味な行為だからだ」

「無意味?料理がですか?」

「そうだ。本来ならアンドロイドに食事は必要ない。極力司令官にもバレない様にしておきたい」

「確かに……任務が出てないとはいえ変なことして機能停止になったら怒られますからね」

 正確には別の理由にあるのだが、2Bの口からそれが出ることは決してないだろう。なにせその理由は彼女自身にも説明できない物なのだから。

「ごめんなさい2Bさん。私がそっちに向かってることに気付いて止めてたら」

「いいんだ。どうせ9Sはそこからじゃ止められない。私はよく知っている」

「同感……それでどうするの?9Sと一緒に料理する?」

 話の舵取りを担ったのは21Oだった。9Sの中にはまだ料理に対する思いが消えていない。ましてや2Bが作ると分かったのだから喜んで協力する。

「いや、私一人でやった方が」

「作業は分担した方がいいと思いますよ。それに2Bって結構大雑把だし」

『肯定:2Bの性質上、9Sの支援は必要』

 しかしこの言葉が2Bの琴線に触れた。

「ですよね。戦闘に関しては万能でもこういう細かいことは多分僕みたいな改造とかしょっちゅうやってるタイプの方が」

「うるさい」

 元々戦闘用アンドロイドとしてほぼ完璧な性能を誇る2B。支援に関しては抵抗なく受け取るが、彼女にもプライドがある。二機の言葉は的確にそのプライドを逆撫でした。

「私が、一人で料理をする!!9Sはベースキャンプに戻り釣りでもやっていろ!!」

「そんなこと言われても」

「9Sさんダメです!今の2Bさんに逆らったら」

「今のって」

『警告:2Bから只ならぬ敵対反応を確認』

『推奨:戦闘回避のため、戦線の離脱』

「え?ホントに!?」

「急げ9S!2Bが武器を手にしたら終わりだ」

 視界の隅に大きな鹿の死骸が見える。ハッキングが効かないため9Sには部が悪いとはいえ苦戦する相手。それを2Bは簡単に倒している。バンカーでのメンテナンスを終えて彼女の状態は最高と言ってもいい。

「うわああー!わかりました!2Bの料理、待ってますから!」

 それだけ言い残してレジスタンスキャンプの方向へまっすぐにかけて行った。

「今の2Bさん、そんなに怖かったんですか?」

 足音が聞こえなくなると一部始終を見ていたパスカルが呟く。2Bは背中の武器に手をかける素振りこそ見せたが、戦闘に入る気は全くなかった。

『解答:ポッド153によるブラフとオペレーター二機によるアシストの結果、スキャナータイプでありながら9Sは2Bの真意に気付くことなく逃走した』

「なんというか、意外と騙されやすいんですね9Sさんって」

「…………助かった」

 今頃一目散に森の中を逃げて崩壊した都市辺りに出ているであろう彼の足跡には目もくれず、2Bは鹿肉の解体に取りかかった。

「これからは私一人でやると言ったはずだ。通信は閉じていいぞ。6Oも21Oと一緒にレジスタンスキャンプに降りるんだろう?」

「え?本当にいいんですか?」

「21Oがそう言っていた。きっともう司令官から許可が降りているはずだ。表向きは何と言ってるかは知らないが、私の料理を食べるためにな」

 その時の6Oの声はとても嬉しそうだったことを2Bは記憶している。彼女は地球上の自然が好きだ。更に2Bに料理を振る舞ってもらうとなれば感無量。

「2Bさん。お料理を食べ終わったら……その、ちょっとだけでいいんですけど、地球を見たいです。2Bさんと同じところで」

「あぁ、私が案内する。月の涙を直に見に行こう」

「はい!!」

 通信が切れた。パスカルも村の子供達の面倒を見るために帰った。いよいよたった一人。

『報告:生物の肉は部位によって形状、性質、厚さが変わり、これによって適切な焼き方が異なる』

 調理場にいるのはポッド042と2Bのみ。

「見ればわかる」

『疑問:ではなぜ、丸ごと焼いているのか』

「死肉は早く火を通さないと腐ってしまうからだ。焼き加減を見て順番に切って取り出せばいい」

 かまどの中の鉄板の上には皮を剥がれた鹿が乗っている。

『要求:2Bの知識容量内における、鹿肉の適切な焼き加減の提出』

「うるさい」

『否定:これは正当な要求である』

「ポッド042、命令だ。料理が完成するまで黙っていろ。料理の物理的妨害も禁止。ハッキングも禁止する」

 ゴーグル越しに苛立った目が分かる。そして支援を目的として製造されたポッドはヨルハ機体の命令に逆らえない。ポッドはただ宙に浮きながら2Bの料理を見つめるしかなかった。

「塩は確か海水から取るんだったか。ポッド、海水を汲んできてくれ。だが進行ルート上に機械生命体がいたら見つかる見つからない問わず撤退しろ。私はソースの調合を行う」

 ポッドは無言で2Bから渡された容器を持って飛び立つ。現時点で殆どの分析を終えたポッドはある結論に辿り着いていた。

「この塩を採取しても、しなくても、2Bの料理は失敗する」

 

 

 

 

 オペレーター二人がバンカーから降り立ち実に1時間。レジスタンス達と交流をしたり、時には9Sとポッドの釣りを観戦しながら料理を待ち望んでいた。

 そして一つの吉報が受信される。

「こちら2B。料理が完成した。二人を連れてさっきの調理場に来てくれ」

「了解。待っていましたよ2B」

 通信を閉じて釣りを終える。レジスタンスキャンプにいた6Oと21Oのところに戻った。6Oが飛び跳ねて喜び、レジスタンスのアンドロイド達の頬が緩んだ。

 キャンプを出てからも彼女はキョロキョロと辺りを見回してばかり。21Oが引っ張っていないと寄り道をしてしまいそうだ。

「一応敵の少ないルートを通ってますけど、気をつけてくださいね。動物がいても近づかないように」

「で、でもちょっとだけ触ったりとか」

「ダメです」

 森に入った後も肌に触れる空気に心躍らせていた。2Bの料理が近づいていることも合わせて彼女の足取りは更に軽くなる。

「何このこの匂い」

「少なからず機械生命体の物ではありません」

「2Bさんが作った料理ですよきっと!2Bさーん!!」

 制止の声をかけるよりも早く匂いの元へと駆けてゆく。苦笑する21Oと共に彼女を追いかけると、またあの大きなかまどが見えた。

「料理は冷めてないかしら?」

「問題ない。そこに座れ」

 鉄材を加工して作ったと思われる即席大きなテーブルと椅子が用意されている。三つ並んだ椅子に座り、真ん中には9Sが座りその隣をオペレーターが埋める。

「この匂いはあのかまどの中から?火は消えてるけど一体?」

「火が消えても鉄板はある程度の熱を持っている。それで料理が冷めることがないわけだ」

「なるほど」

 自慢気に腕を組む2Bとそれに感心する9S。

「それで料理の方は?早く食べたいです!」

「待ちなさい。まずは9Sからよ」

「えええぇ……まぁいいですけど」

「すまない6O。元々これは9Sのためのことなんだ」

「僕のために?」

「食べたかったんだろう?アレを」

 2Bがかまどに向かう。パスカルから貰った食器の上には事前に野菜ときのみが盛り付けられている。

「アレって、まさか!」

 かまどにあった鹿肉を取り出し乗せた。そこに調合されたソースをかければ鹿肉は金色に染まる。

「す、すごい!」

「あの記事の写真と同じね」

 ルックスは忠実に再現されていた。視覚情報の処理が終わると同時に思わず舌鼓を打つ。人間が料理に対して感じていたこととはきっとこれなのだろう、と9Sの手がナイフとフォークに伸びる。

「いただきます」

「召し上がれ」

 ナイフが肉を割くと中から肉汁が溢れ出てソースと混ざり合い、木漏れ日を乱反射させた。

(これが食事。2Bの料理)

 フォークで突き刺し口の中に運び咀嚼。

「うっ……!?」

 その瞬間、9Sは思わず下を向いた。僅かにソースが体内に入った瞬間に彼は全てを理解した。口の中にはまだあの肉が残っている。飲み込むことができない。

「どうだ?」

 期待感と共に9Sの返答を待っていることが容易に想像できるその言葉。

「9Sさん?」

 6Oがその表情を覗き込む。そうなると余計に口を開くわけにはいかない。

(いや、でもこれを飲み込まないと2Bは!)

 機体内に決して入れてはならない物が入った。そんな危険物は吐き出せと指示系統から命令されていることは分かる。分かった上で9Sは吐き出さない。

「ぐぅぅぅぶぶ…………ごっくん」

 何とか肉一切れを飲み込むことに成功した。体内に意識を集中するとすぐに自動修復機能が働いていることがわかる。

「凄く美味しい……です。あまりの美味しさに飲み込むのに時間がかかって」

 顔はまだ上げられない。自己修復を終えるまであと数秒ほど。

「9S……それは本当か?」

『否定:9Sの体内に異常を感知。これらは美味と呼べるものではなく』

「ほ、本当です!ポッドには分からないだろうけど凄く美味しくて」

「こっちを見ろ!」

 2Bの声色の変化に反応して思わず顔を上げて彼女を見た。そこにいたのはゴーグルを取った2B。

「ゴーグルを取れ。そして私の目を見た上でもう一度言ってみろ9S」

 くすんだ青色が9Sを見つめる。彼女を気遣っていた嘘がバレてしまった。

「………………」

 ゴーグルを外して改めて彼女を見つめた時、9Sの言葉は全て封じられた。体の中ではまだcautionが鳴り止まない。

「うおおおおお!!」

 だから逃げるように目の前にある肉に齧り付いた。

 さっきのようにナイフとフォークを使わず、手で掴み歯でちぎり咀嚼することなく飲み込む。ソースと共に鹿肉は体内に滑り込んでいった。

「ぐほおぁ!」

 そして9Sの意識はそこで途切れた。

 

 

 

まるで実体感のないふわふわと全身が持ち上がるような感覚。口内にはまだあのソースと脂のドロドロとした名残がある。

「美味しかった……ってわけじゃないかな」

どうやってもその味は良いものとして受け取ることはできなかった。しかしそれを言ってしまうと2Bは二度と料理に触れなくなる。

失敗という言葉が彼女にどれだけの重さを与えるのだろうか。そう考えると言えなくなってしまった。

でも、苦しさの中で別のものを感じてもいた。

2Bが僕に料理を作ってくれたことに、僕のことを思って料理をしてくれたことに、僕は喜びを感じていた。

だから彼女の料理を否定したくなかった。

「ああぁ、もう二度と食べなられないんだ」

不味いのに、食べると体が壊れてしまうのに、二度と味わえないそれを僕はひたすら惜しんでいた。

これが食事というものか。

五感全てを総動員してもまだ足りない部分が満たされてゆく。

満足した。お腹がいっぱいだ。心もいっぱいだ。

アンドロイドの体には良くないのかもしれないけれど……

 

人を良くすると書いて"食"

 

 

 

 長テーブルを挟んで二体の機械生命体が語らう。アダムがフライパンで焼いていたきのみが皿に盛られている。それをイヴはスプーンで掬って口まで運んだ。

「どうだ?美味しいか?」

「んー?よくわかんねぇ。でもニイチャンが作ってくれたんだから美味しい?ってのだと思う。それに嬉しいし」

 ジャリジャリと音を発しながら飲み込み答える。イヴの言葉に殆ど意味はなかった。味覚はおろか美味しいという感覚も意味も理解を示そうとしない。

「私が分析したところ、これは美味しくないのだが……人間のデータにも料理の味を他のもので補うケースがあるらしい」

 そういった点で言えばイヴの行動はとても人間的だ。そしてこの料理が失敗作ということはアダムを喜ばせるのに十分な条件だった。

「喜べ弟よ。この料理をもって我々は更に人間に近付いた」

「そんなことよりニイチャン、俺ちゃんと食べたからさ!」

「いいとも、遊ぼう。ただし今の私は少し力加減を間違えるかもしれないぞ」

「やった!本気のニイチャンと遊べるー!」

 無邪気に先行するイヴのことを追いかけるアダム。その前に料理で使ったフライパンを投げ捨てる。

 彼の中には僅かながら苛立ちがある。成功するはずだと思っていたことを失敗した。期待への裏切り、それが火種だ。そしてそれさえもアダムが喜ぶ一因になる。彼が定義した"人類"とはそういう生き物なのだから。

 床に転がったフライパンにはもう何の意味も持たない。捨てられた道具は自ら動くことはできない。アダムの視界から外れた瞬間にフライパンは消失した。

 

 

 

 

『報告:9Sの機能停止を確認。ブラックボックスには影響なし』

「そんな、2Bさんの料理で」

「9S。なぜそんな無茶を」

(私が……9Sを殺した)

 9Sはテーブルに突っ伏したまま動かない。ポッド153の無慈悲な宣告を2Bは噛み締めていた。立ち上がった彼女の目から光が消えた。

「いつも……こんな」

 側にあった武器を手に取りかまどに向ける。中にはまだ保温された肉が残っている。

「こんな、料理!!」

 怒りに震える槍を全身全霊の力を込めて突き出そうとする瞬間

「待って2B!」

 背後から声が聞こえて動きが止まる。

「自己修復が間に合った!!2B!そのかまどを壊しちゃダメです!」

 立ち上がった9Sがテーブルを回り込んで2Bの元に向かう。その足取りはしっかりしている。

「2Bの料理、凄く美味しかったよ!」

「嘘をつくな!私の料理でお前は死にかけたんだぞ!こんな物が」

「嘘なんかじゃない!僕は2Bに料理を作ってもらってとても嬉しかったし、2Bの料理を食べられて幸せだったんだ!」

 今にも破壊衝動のまま槍を振り下ろさんとする彼女を止めるために両肩を抱く。

「だから僕は2Bの料理を否定したくない」

 ようやく2Bの腕から力が抜けた。後ろから6Oの黄色い声が聞こえる。

「でも、これを食べたらアンドロイドは壊れる。そんなことをするなら自爆した方がマシだ」

「そんなことはないですよ。僕に解決策があります」

 振り返ると普段はゴーグルに隠れている二人の青い瞳が見つめ合う。9Sの真剣な表情を見て武器を離した。

「2Bの料理を食べたこの体には確かなデータが残っています。僕を信じてください。僕が必ず2Bの料理を成功させます」

「…………分かった。何がいけなかったのかを教えてくれ」

 落ち着いた2Bを見て調理場のテーブルに置かれたソースを手にした。

「僕がダメージを負ったのはこのソースが原因です。有機物なので詳しく成分分析はできませんが、アンドロイドの体に何かしらの異常を来すみたいです。なのでもう一度材料を調達して作り直しましょう」

「このソースが……じゃあ肉の方は?」

「見た目はあの画像通りでしたし、焼き加減はとても上手だったと思います」

 9Sに褒められた2Bの口角が上がる。

「ですからこのソースさえなんとかできればアンドロイドに食べられる料理になります。2Bの料理は僕が必ず成功させます」

「頼むぞ9S!」

 まるで機械生命体と戦闘でも行うかのような真剣な声掛け。いつもは通信機越しに聞く声を生で聞くオペレーター達。

「いつもはあんな感じで任務をこなしているのかしら?」

「かもしれないですねぇ~……」

 二人の様子を見て6Oは頬杖をついていた。膨らんだほっぺたを突くと口からプシューっと息が漏れる。

「不機嫌そうね」

「いつもはレーダーとかで見てるんですけど、こうして直に二人を見ちゃうと羨ましいなぁって思っちゃって」

 二人とも専属オペレーターだが、現場でのサポートは殆どSタイプとポッドが行なっている。

「私って本当に2Bさんに必要にされてるのかな。やっぱり9Sさんがいれば私なんて」

「そんなことはない」

 バンカーでは見たことがない柔らかな笑みと優しい眼差しで6Oを見下ろす2B。

「えっと、料理は?」

「9Sがソースを作るのには大体20分かかるらしい。いつ次の任務が来るかも分からない」

2Bが手を差し伸べる。ちょうどその向こうでは9Sの側に21Oが向かっていた。

「今のうちに一緒にこの星を見て回ろう」

「はい!」

 その手が握られたと同時に2Bは飛び出した。もちろん6Oが付いていける程度のスピードで。

「2Bに作り方を見せなくてよかったの?」

「ええ。多分2Bにはできないので」

「今の言葉、記録しておくわね」

「あっ!今はできないってわけで」

 慌てふためく9Sを見て21Oは笑った。そしてソースの作り方を覗き見る。

「正しい作り方も記録しておかないとな。貴重なデータだ」

 デバイスを片手で操作しながら工程をメモしてゆく。基本的に司令室に篭っていたため彼女は9Sの手作業一つ一つが新発見だった。

「人類の家族はこんな風に日々を過ごしていたんだ」

 資料を読むだけでは決して分からない感覚を今9Sは味わっている。

「こんなことを人類達は感じていたんだ。とても暖かで、楽しくて、2Bともこんな風にいられたらなぁ」

「考えることが全部口に出ている」

「え!?」

 少しだけ6Oの思いを理解しながら彼の隣で記録を続ける。

「2B達は今頃月の涙を見に行ってるだろう」

「へー、21Oさんはやりたい事とか見たいものはないんですか?」

「もうこれ以上はないな。私はこのソースができるのを待つだけだ。なんなら食べ終わった後の片付けも手伝うぞ」

「じゃあ僕の代わりに片付けを」

「よし、9Sと一緒に片付けをしよう。2Bと6Oにはもっと見たいものがあるだろうし」

「はーい。わかりました」

 普段からやっている緩いやり取りも電波を挟まずにするだけで全てが新鮮で楽しかった。

 

 

「砂漠は少し危険だから今のうちに見て回れるのは森の一部分くらいか」

「2Bさんからもらっていた写真の中にいる。とても綺麗で気持ちいい」

「そうだ。私達はこの地球を取り戻すために戦っている」

 周りの世界に見惚れている6Oの手を引いてゆっくりと歩く。地上に露出した木の根に躓かないように足元に注意を払いルートを決めていた。

「あの花も、この虫も写真で見たことある」

 何しろ6Oはそんな事気にしないほど見上げてばかりだった。横を見れば木があり、上を見れば雲がある。オペレーターの彼女が見たことない景色を記録し続けていた。

 その時、木々の隙間から空へと伸びる白い線が見えた。

「あれって月への物資ですよね?本当にあんな風に打ち上げてるんだ!」

「実際に打ち上げられてるところを見るのは初めてか」

「はい。いつもは受け取る側なんですけど実際に飛んでるところは見たことなかったです」

 空へと打ち上がってゆく物資を乗せた飛行物体。その行き着く先である月には創造主たる人類がいる。

(私達はこの美しい星を取り戻すために戦っている。そのために人類に作られた)

 2Bの中にある人類への忠誠心は更に強まる。誰かと一緒に風景を楽しみ、好きな人に料理を振る舞う。片方の結果は失敗してしまったが、こんなにも素晴らしいことを地球にいた人類はしていたのだ。これを束の間の平和などで終わらせたくはなかった。

(人類に栄光あれ)

 その後、9Sからソース完成の吉報が届いた。

 

 

4人でテーブルを囲んで美味しい料理を食べた。2Bにレシピを教えるとしっかり記録に焼き付けていた。そして今度はお菓子類にも挑戦すると言っていた。結局その後は途切れることなく任務が続いて実現しなかったけど……このボディを犠牲にしてでも食べてみたかったなぁ。

2Bはそれから6Oさんと月の涙を見に行った。戻って来る頃には砂まみれになりながらテンションがめちゃくちゃ高くなった6Oさんと話をした。

「実物の月の涙も綺麗だったけど、戦う2Bさんもすごく綺麗だったんです!」

なんて言ってたなぁ。

僕と21Oさんはみんなが戻ってくるまでに後片付けをしていた。何度も何度も家族みたいだって言いながら人類の蘊蓄話。今度の休日の予定を立てたり、日頃の鬱憤を吐き出したり、好きな音楽の話をしたり、時には家族に秘密にした自分だけの趣味を持ったり、一緒に家族全員で遊園地に行ったり……今にして考えるとあれは嬉しかったんだろうなぁ。楽しかったんだろうなぁ。

 

 

なんでこんなことを思い出してるんだろう。こんな無価値な(たのしい)ことを

 

なんであんなことをしてしまったんだろう。あんな楽しい(むかちな)ことを




平穏な一幕ではありますが、ニーアの世界はその平穏の中にいかにシリアスを忍ばせるかではないかと思います。もしも読んだ方の中で既プレイの方がいらして、一つでも気付いてくれたら幸いです
そしてこの作品が面白いと思ってもらえばもっとです

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