キングヘイローに憧れたウマ娘の話   作:CiAn.

10 / 12
遅くなりました。
挿絵を入れたかったのですが間に合いそうになかったのでまた次回にする予定です。


Goin'

 快晴と呼んで差し支えないほど青い空。太陽を遮る雲はごく僅かでもし夏場であれば暑さにやられてしまいそうだなぁ、とぼんやり考えていたところにトレーナーの声がかかる。

 

「レースの時間が近付けば緊張すると思ったがリラックスしているようで何よりだ」

「どこかの誰かさんが走りに制限をかけてくれましたからね。負けた時に責めるべき相手が分かっていると心持ちも楽ってもんですよ」

「それは良かった」

 

 直前にでも考えを改めてくれないものかと出した皮肉がサラリとかわされる。不安ではあるが今日は本当に自分の身体能力だけで乗り切らなければならないようだ。

 

「心配する気持ちも分かる。ただリスクの伴うやり方でなくても勝てるならその方が良いだろう?」

「そりゃそうですけどね」

 

 たしかに私のデバフ走法は一歩間違えたら他人を巻き込んでの事故に繋がる可能性が高い。密着と言っても過言ではないくらいに相手に近付くし。

 

「君の技術はジュニア級にしては高い、これは自覚しているだろう?」

「ええ、めちゃくちゃ磨いてきた部分ですから」

「同じくらい地力にも光るものがある、それを今日は知ってもらいたいんだ」

「……分かりました。私も腹を括って走りますよ」

 

 レースの連続出走は故障に繋がりやすいしジュニア級ならなおさらだ。できることなら一発で勝ちたい。

 ただここで自分の判断だけで走るというのはトレーナーを信用していないと表明するのも同義だ。これから先に小手先の技術が通じない相手と戦うことだってあるはず。そうなると今自分の実力を信じられる経験を得ておくのは重要だろう。

 

「どのみちこの程度の逆境を跳ね返さないならGⅠは獲れませんからね」

「はははっ、その意気だ。君にはそのくらい不遜な態度が似合う」

「なぁんか褒められてる気がしないなー」

 

 さて、時間も迫ってきたしパドックに向かうとしよう。私を含めて9人のウマ娘の情報は今のところ無いに等しい。何せジュニア級が始まって間もない時期なわけで、よっぽど学園で目立つ行動をしている子でもない限り知り得る事がないのだ。それは相手にとっての私も同じ事だし条件はイーブンなんだけど。

 

『さあ今レースの1番人気の紹介です。7番ライメイジェット』

『あのアグネスデジタルさんに突如ウマッターでフォローされたニューフェイスとして知名度が高まっています。どんな走りを見せるのか、期待大ですよ』

『事前インタビューによるとダートは苦手とのことです』

 

 観客席から和やかな笑い声が聞こえる。とりあえず三方向くらいに手を振ってやんわりアピールをしてから裏に戻った。

 

 はい、私だけめっちゃ注目されてます。イーブン#とは状態だね。

 突然大物からフォローされてあの日はシャオさんと一緒に部屋中駆け回ってしまった。さながら慌てたドラえもんって感じ。そんな事もあって応援してくれると言ってくれたウマ娘さんのアカウントも他の野次ウマ(人)からの大量フォローに埋もれてしまって分からなくなってしまった。せっかくなら相互フォローになっておきたかったんだけどなぁ。

 

 ちなみに私のことは周りに知られまくっているわけだが、逆に私が知っている子も1人いる。

 

『9番、コズミックトラベラ』

『調子は良さそうですね。外枠から先頭争いに加われるかが勝負の要になります』

 

 選抜レースで私に先着したウマ娘だ。逃げ脚質を得意とする彼女が内枠に入らなかったのは痛手だろうけど油断はできない。というのも、彼女には終盤での目を見張るガッツがあるからだ。あの時もろくに残っていない足を回してゴールまで速度をほとんど落とさずに走り切っていた。

 

(確実に捕まえるために今日は前目に位置取る?いつも通り後方からのスタートで様子見するべき?)

 

 他の子がどんな戦い方をしてくるか分からないため、取るべき手段の選択肢が絞れない。初めての公式レースということで緊張している子が多いし、そうなると予想外な出来事が起こる可能性も高くなる。事故とか反則とか諸々、もちろん故意ではないものだ。

 

 前で巻き込まれないように走るか、後ろで回避できるように位置取るかが分かれ道になる。トラブルが起こるならという前提はあるが。

 

(不確定要素があるならいつも通りが定石かなあ)

 

 結局出した結論は差しでの前半様子見の作戦である。前が塞がれないようにだけ注意しなければ。

 

 出走者全員の紹介が終わったアナウンスを聞きながら私はレース場に繋がる道を歩き始めた。

 

 ◇◇◇

 

 太陽に照らされることで体温が上がり発汗が見られる今現在においてこの場にいるウマ娘は集中力を徐々に削がれている。そしてダメ押しになるのが待ち時間だ。

 メイクデビューということもありまだゲートに慣れきっていない子もちらほらいたり、練習では問題なかったが本番の空気に当てられ緊張から上手く入る事ができなかったりなんて光景は珍しくない。特にこの時期はまだ本格化後のトレーニングも始まったばかりで誰もが経験に乏しい状態だ。

 

(そう考えるとジェットの平常心は才能とも言えるな。この気温の中で待たされていても意識はターフに向いている)

 

 彼女は自らのことを平凡だと評するがウマ娘にありがちな短所というのをことごとく克服しており、自己評価と乖離する才がある。

 過去の話を聞く限り、元々持っていた素質ではなく環境による抑制が生んだ物のようなので他のウマ娘で再現をするには道徳的に問題があるためそれは絶大なアドバンテージになっているのだ。

 

 例えば狭いゲートの中でも心が揺らがず、包囲に近いマークを受けても思考を続け、スタミナ配分をきっちり行えるなんて娘がジュニア級で走っていればどうなるだろうか。その答えが今目の前で繰り広げられているレースの光景だ。

 

『今ゲートが開いた!綺麗なスタートを決めましたライメイジェット(7番)するりと前に出て内に着きます』

 

 3人ほど出遅れる中最も上手くスタートダッシュを決めたのはジェットだった。外枠だった彼女は開いた差をこれ幸いとばかりに使い自分に都合の良いコース取りをする。あれだけ離れていれば斜行の心配はない。

 

 それに焦った逃げウマ娘たちが速度を上げて先頭を奪取しに行くが彼女はそもそも後方脚質である。そのため拍子抜けするほど簡単に位置取り争いから身を引いた。残るは逃げと先行のウマ娘たちによる序盤のやり合いが繰り広げられる。

 

(自分から仕掛けてはないしノーカンか?にしても本当に状況を利用するのが上手いな)

 

 闘争心というのは一度火が付いたらなかなか治まらない。本来ジェットに向けるはずだったそれが思わぬ肩透かしをくらい、結果的に前方に位置するウマ娘たち同士で発散する形となった。

 おそらく彼女たちは事前に『ライメイジェットはこちらの走りを乱してくる』とトレーナーや他の同期ウマ娘から聞いていたことだろう。何せG1ウマ娘から注目されているという嫌でも目立つ相手だ。加えて入学初日や選抜レースでのデバフ走法の噂を聞いていればその警戒はより大きくなる。

 

 俺がもし他のウマ娘を担当してライメイジェットを相手にするなら、彼女より後ろを走らないことと自分に近づかせないことを作戦に折り込ませるだろう。ジェットの後ろを走ることは走りたいコースを潰されるか体力を削られたウマ娘を避けるために大回りを余儀なくされる可能性があるし、密着されれば思考を散らされるほどの乱しを誰よりも濃密に受けることになる。

 

(出走しているウマ娘のトレーナーも大体同じ考えみたいだな)

 

 差し集団の先頭を走る彼女の2バ身以内には誰もいない。これでは他のウマ娘に影響を与えることはできないはずだ。

 

(いや、ジェットなら何かしらやってくれそうだけど)

 

 善性の強いウマ娘という種族でありながらああも狡猾に走れる子もそうはおるまい。この時期なら他の子は自身の成長に比重を置くものなのだからその異様さも一入だ。

 

『最終コーナーを抜けて最後の直線!メイクデビューを制するのは誰だ!?7番上がってくる!後ろの子は間に合うか!?』

 

 前の子に阻まれて凡走という結果は上手く回避したようだ。コーナーで膨らんだ子と内を走り続けた子の間を縫うように駆け抜けて瞬く間に先頭へと躍り出る。気付けば差が縮まっていたように周りのウマ娘は感じたことだろうが理由は単純に他が速度を落とす中でジェットはペースを維持し続けたのだ。

 

『7番今ゴール!!その名を轟かせる第一歩を見事に刻みました!2着は9番――』

 

 文句の付けようのない勝ち方に俺も胸を撫で下ろす。走り方を縛ることに思うところが無かったわけでもないし見立て通り純粋な身体能力だけで勝てたことはめでたい。

 

 会場からの歓声に手を振って応えるジェットを迎えるため俺は地下バ場に向かった。

 

 ◇◇◇

 

 勝ち卍ぃ!!!

 でも今回はかなり危なかった。道を塞がれるかもしれないから内に入る気はなかったんだけど想定外にスタートが上手くいってしまった。その後不思議と私の周りに他の子が近づかなかったのでありがたくスタミナを温存させてもらったけど少し状況が違えばずるずると順位を下げていただろう。

 

 あと癖でデバフ走法をやりかけたけどなんとか耐えることができた。トレーナーさんにバレてないよね?

 

「おめでとうございます!ライメイジェットさん、今のお気持ちをどうぞ!」

 

 さてさて地下バ場に、と思っていた矢先にマイクを持っている女性から声をかけられた。メイクデビューで勝利者インタビューなんて珍しいこともあるものだとどこか他人事の様に考えながらも当たり障りない言葉を探す。その、まだメディア向けのキャラとか考えてないので……。

 

「練習を活かすことができてホッとしています。分不相応な注目を浴びた手前凡走だけは避けたかったので」

「観客席の皆さんも事前インタビューではライメイジェットさんを見に来たと答える方が多かったですからね。緊張する環境の中見事な勝利でした」

「光栄です。ただ緊張する半面、応援が力にもなりましたのでまたレースを観に来ていただけると幸いです」

「インタビューにお答えいただきありがとうございました!以上第5Rデビューレースよりお送りしました!」

 

 ふぃ〜、なんとか取り繕えた。一般家庭出身だしまだデビューしたてだからインタビューも事前通知なしだから一問一答が綱渡りみたいだね。

 

「お疲れ様ジェット。上手く猫を被れていたな」

「一言余計でーす」

 

 ま、ここには私の本質を知ってる人がいるしただただ外向けの顔でしかないわけだけど。最初くらいは良い印象持ってもらいたいじゃん?

 

「そんなことはさておき、トレーナーさん。今回はどうにかなりましたけど次は」

「分かっているよ。それに次からは君に警戒を向けてもらうためにあの走り方を積極的にしてもらわないとだからね」

「なら安心です」

 

 今回もほとんどそうだったけど警戒に脳のリソースを割かれることでレース中に粗が生まれてしまうなんて事になってくれれば私が一方的に得をする。そういうのが私の目指すクラシック三冠で花開けば御の字、というわけだ。

 その考えをトレーナーさんと共有できているのはとてもありがたい。

 

「じゃあトレーナーさん、私はライブの準備に行ってきますね」

「もう行くのか?まだデビューレースがもう一つ残ってるし時間は余裕があるんじゃ」

「汗の処理もしないままライブ衣装に着替えるわけないじゃないですか。あとメイクもしなきゃいけないみたいですよ」

「そうだったか?」

「そうですよー。というわけで行ってきます。トレーナーさんは私色のサイリウム用意しておいてくださいね」

「初耳だから用意してないんだが」

 

 あー、負けた時に気まずい空気になりそうだから勝った時の話とかしてなかった。どうしようかな、と悩みはしたけど答えはすぐに見つかった。

 

「1番明るい赤でお願いします」

 

 髪の毛を弄びながら私はトレーナーさんに自分の色を伝えた。

 

 ――余談だがライブ中にあの日出会ったウマ娘さんがいることに気付いたので思い付きのファンサをさせてもらった。上手く伝わってたらいいな。




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