キングヘイローに憧れたウマ娘の話   作:CiAn.

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車検が無事終わったので初投稿です。


ターニングポイント/トレセン入学

『血液の凝固異常が見られます』

 

 あの日、病院で告げられた言葉で私は走る事を諦めた。突然血栓症を起こすかもしれない、万が一レース中に肺の血管を詰まらせてしまうと大きな事故に繋がると淡々と説明するその裏に『競争ウマ娘としての道は諦めろ』と言外に伝える意思が見える。

 だから諦めた。命を天秤にかけてまで叶えたい夢はなく、心配する両親を幼いながらに何とかしたいとその時は考えていた。

 将来はお花屋さんか、すっごく可愛いアイドルになるんだなんて思い付くままにレースから遠い場所の話をしていた。

 

「お父さんとお母さんと一緒にお出かけしようか」

 

 ある日、父が突然私を連れ出した。事前にどこに行くのかも知らされないものだから私はとても不思議に思い何度も目的地を尋ねたのを覚えている。

 そして辿り着いた大きなレース場で私は人生の分岐点に立った。

 

「……すっごい」

 

 私の前に広がる光景は初めて目の当たりにする熱狂だった。観客席の全部がたった1人の勝者を讃えている。

 この状況にあっても視線の先の主役は凛としていた。万を超える声の圧に怯むことも勝利の快感に我を忘れることもなくただ真っ直ぐにどこかを見つめているのがとても印象的だ。

 

『鋭い末脚で遂にGIレースを制したキングヘイロー!その血を、実力を、執念をついに証明してみせた王者に会場から割れんばかりの大歓声が降り注いでおります!』

 

 今この瞬間まで知らなかった彼女の名前。知識として知り記憶として刻まれたその名に私の心は魅入られた。気付けば今日無理やり私をレース場に連れてきた両親の腕を掴みわがままを言っていた。

 

「私もあんな風に走りたい。キングヘイローさんみたいなウマ娘になりたい」

 

 たった今出来たばかりの、今まで出来ないように目を逸らしていた目標に両親は目を輝かせて『なれるよ』と言ってくれた。久しく誰かと競ってこなかった私が同じように走ろうとするならきっと血が滲む様な努力が必要になる。本格化が始まる前とは言え基礎を作っていなければ競技者には到底なれない。それはもうあの子が何度も教えてくれたから自然と覚えている。

 

(あの子とは随分と差が開いちゃってるかもだけど……)

 

 もう迷わない。まだ来てもいない未来に怯えるなどおかしな話だ。挑むことすらせずに背を向けた今までを今日この時を以って捨てる。万が一に備えて暮らすのも間違っていなかったと思う。しかし同時にそれが私に合わないものだと分かってしまった。

 この体のいつ爆ぜるかも知らない地雷がなければと、大地を走る友人たちに『勝つ』想像だけで留めていた私には他の子と同じようにちゃんと自分が誰よりも速くゴール版を通過したいと叫ぶ情動が存在していたのだと認識する。ならばもう走らないという選択肢は選べなかった。だからもう諦めたふりは終わりだ。

 二度と、逃げるものか。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「おっきい……」

 

 あのレースから幾分か経過した。ノウハウがなくフォームを覚えることに悪戦苦闘したりはしたが、体の方は少し無理をすれば何とか追いつくことができた。そして無事にトレセン学園に入学とあいなったわけである。

 しかし合格できて良かった。学園という枠組みではあるが試験がある以上その料金もかかるしこれまでの模擬レースやスクールの契約金もバカにならない。これで不合格にでもなったら親の財布と私の胃に穴が空くね。

 閑話休題。そろそろ現実と向き合わなければならない。ここどこ?という絶賛迷子状態を何とか解決せねば。

 

(朝練中の先輩に声かけるのは気が引けるしどうしよ……)

 

 案内図を誤って寮部屋に運び込む荷物の中に入れてしまって手元に現在地を照らし合わせるものがない。校舎とか勝手に入って良いのか分からないから迂闊に近づくのもなぁなんて考えなしに歩いていたのが間違いだった。自称軽度の方向音痴はこれだから……。

 

「……さて、どうしたものかな」

 

 1人歩きながら考え事をしているところに他の声が聞こえてきた。少し低めだが落ち着きがあって何よりスッと耳に入る通りの良いそれの持ち主は少し離れたベンチにいる。中性的な顔立ちの葦毛のウマ娘であった。しかも手にはこの学園の案内図を持っている。

 学園の案内図を持っている!!!

 

「そ、そこの葦毛さぁん!」

 

 呼びかけながら彼女のいる所へとひた走る。少し驚いた顔をした救世主の場所に辿り着いた私はひとまず挨拶から入ることにした。

 

「はじめまして。私はライメイジェット、よろしく」

「えーと、よろしく?」

 

 しかし本当に綺麗な顔だ。不思議な魅力があって捉え所がないのに警戒心を抱かせない。

 

「実は学園の案内図部屋に運んでもらう荷物の方に入れちゃって迷子になってたんだよね。良かったらそれ見せてくれない?」

 

 早速本題に入り彼女が持つ案内図を指さす。私は本題から入る性格であると皆様には伝えておきたい。皆様って誰だよ。

 

「ああ、これだね。君は地図を上手く使いこなせるタイプなのかい?」

「使いこなす、がどの程度なのかは分からないけど少なくとも目的地には辿り着けるよ」

「ならこちらからもお願いしたいことがあるんだ。栗東寮までの道を案内してほしい」

 

 どうやら目指す先は同じようだ。三女神様のお導きとでも言わんばかりの展開に運命のようなものを感じてしまう。

 

「奇遇だね。私も行きたいのはそこだし一緒に行こ!」

「それは良かったよ。こういったアナログな物とは相性が悪くて困っていたんだ」

「たしかに。道案内とかスマホで慣れちゃってるもんねぇ」

 

 自分がどの方向を向いているのかも分かるし曲がり角までの残り距離も表示してくれる事に慣れてしまうと地図というのは不便さが目立ってしまう。紙面に載せることができる情報量にも限界があるし。

 とりあえず彼女から案内図を受け取り先導のために歩き出す。現在地と建物の配置さえ分かってしまえば楽なものでもはや迷う気がしない。

 

「すごいね。全く淀みがない歩みだ」

「そんな大袈裟な。建物の数自体は多くないから方向が分かったらなんとかなるって」

 

 これがビル群で囲まれた通りだとかなら私も危ういけどね。同じような景色が続くと自分がどこまで進んだか分からなくなってしまうし。まあその場合は多少時間がかかるだけで到着自体はできるのだが。

 

「そうだ。今更だけど私も名乗っておこうかな」

 

 彼女はそう言うと私の前に立ち塞がり、空に向けて人差し指を突き刺した。口角をわずかに持ち上げたその表情は絶対の自信に裏付けされた己が最強であるという最高な傲慢である。

 

「ロードオブシャイン。この名が通る道に君も続くと良い」

 

 きっと彼女はその体に絶対を宿しているのだろう。まだ模擬レースさえ走っていないこの段階でこれほどの啖呵だ。強くあることは当たり前で、その上で自分がどこまで至れるかという挑戦に彼女はレースを使う。私たちが走るレースを、だ。

 

「随分とまぁ、自信がお有りのようで」

 

 覇気、など使えているのかは分からないがこの身にふつふつと湧き始めた闘志を隠すことなく見せつける。人当たり良くと笑みを浮かべた顔を引っ込めて不敵に微笑んだ。

 

「君も中々のものだと思うけどね。同じ舞台で競い合う日を楽しみにしているよ」

「その時は光を捉える雷鳴として引導を渡してあげるから」

「おお……」

 

 ふっ、と空気が霧散した。というより緩んだのだろうか。彼女の表情もどこか抜けたものに変わっている。

 

「今の返しはとても洒落ているね。私の地元にはこれほどのセンスの持ち主はいなかったよ」

「変なところを評価しないでほしいんだけど……。え?今までのは演技か何か?」

「ああ。こう言えばすぐに相手が見つかるだろうとコーチが教えてくれたんだ」

 

 つまりは都合よく焚き付けられてしまったわけだ。恥ずかしい限りである。

 

「嫌なやつだと思われるかもしれないけど、私と争える子は今までいなくてね。だから中央に行けば私を負かすウマ娘など石を投げれば当たる程度にはいるだろうと言われて、さっきの口上を教えられた」

「別に強いことは悪いことじゃないでしょ。ただあんな挑発しなくてもここなら相手には困らないんじゃないかな」

「そうなのか……。ならこれは揶揄われた、というやつなのかな」

「知らないよぉ……」

 

 分かった。この子天然だな絶対。地元のコーチなる存在はいずれ物申したいところだが今は置いておこう。それよりも彼女の純粋な性格が無駄に事態を拗らせないように対人関係についてのあれこれを教えておかねば。あるかは分からないがカメラの前でとんでもない発言をしてしまうかもしれないし。誤解されて悪役(ヒール)にでもされてしまっては余計な負担にもなるだろう。ま、その辺はトレーナーが付けば上手く回避できそうだけど。

 

「自然体ですごしなよ。多分みんな思いっきり個性出してるだろうし」

「今の君も素の状態なのか?」

「こんなパンチの弱い演技する意味がないからね。というか私はわりと最初からいつも通りの話し方だったけど……」

 

 新しい環境で以前とは違う自分になるいわゆる○○デビューなんてのをやれるほど器用ではない。そういう強い自分を演じることで調子が上がる子もいるだろうけど私は気を張ったままの状態で暮らすなんて向いてなさそうだ。

 

「ふむ……。ではさっきの闘争心剥き出しの君の方が演技だったというわけか」

「恥ずかしいから思い出してほしくないんだけど……、正解だよ」

「演技派だな」

「やめてってばぁ……」

 

 つい先ほどの自分を呪いたい。とても幼い時期以来こうして誰かと正面から睨みあったことがなかったものだから私が、こんなに挑発に乗りやすい性格だとは思いもよらなかった。もう中学生になったし大人な対応というのが欠片くらいはできると思ったのだけど。

 

「私はすごく好きだよ。さっきの君は」

「素面でそんなことが言える子初めて会ったよ」

 

 なまじ美形なのがタチが悪い、その気はないはずなのに体温が上がったのを知覚できる。私が天然に対しての防御力がないのか、シャインさんの火力が高いだけなのかは分からないが相性が微妙なのは確かだ。レースにまで影響しなければ良いのだが……。

 

『あら、こんなに早く来るなんて気合いが入ってるわね』

 

 せめてレース中は掴みどころのある部分が見られればいいなと考えていた私の耳にその声が一音の漏れなく届いたのは、よく通る綺麗な声質だったからだけではない。

 何度も見返したレース映像とその後の勝利者インタビュー。他のレースを合わせたとしても2時間に満たないが、既にこの体は彼女の声を聞く姿勢が染み付いていた。

 

「き、キングヘイローさん……?」

 

 夢ではないだろうか。未だにそう疑う自分にされど現実はより強烈に私を刺激してくる。

 

「そんなに緊張しなくてもいいわ。もう現役引退もしているもの」

「いえいえ!緊張しますよ!あ、あの、高松宮記念のキングさんすごく格好良くてずっと尊敬してます!!」

「ふふっ、元気な子ね」

 

 キングさんの微笑みを向けられた私の顔がだらしなく溶けているのが分かる。隣でシャインさんが困惑した様子でこちらを見ていた。

 

「もしかして蚊帳の外になっているかな?」

「あなたはこの子のお友達かしら」

「今はライバルの予定ですよ。あの闘志に見合う実力があればですが」

 

 あ?今なんか嘗められた気がするな??

 

「刺激的ですよね、これ」

「あまり挑発しない方がいいわよ……」

「この流れ、さては話のタネにするために冷やかされた?」

 

 許せねえよロードオブシャインよぉ……!憧れのキングさんに短気なウマ娘だと思われたらどうしてくれるのか。

 

「レースの時は簡単に乗せられないようにしなさいよね」

「それに関しては心配ありません。実は走っている時はかなり冷静なんです」

「へぇ、意外だね」

「わざとやってるでしょ?」

 

 決めたぞ。コーチとやらに会ったら真っ先に平手打ちをしてやる。5往復くらいお見舞いするからな!

 

「バレてしまったか。少し度が過ぎたようだ、すまなかったよ」

「本気で怒ってはないけど、盤外戦術はほどほどにしてね。レースと違って私が一番だって示しづらいし」

「あなたも無意識で煽ってるわよ。そもそも入学初日でなんでこんなに舌戦が絶えないのかしら」

 

 私にも分からない。でも、強いて言うなら直感だろうか。なんだかシャインさんに対してどんな些細な分野であろうとぶつかり合わなければ気が済まなくなる。運命ってやつかな。

 

「でもこれくらい元気な方がレースも期待できるかもしれないわね。あなたたち、名前は?」

「ライメイジェットです!ジェットって呼んでください!」

「私はロードオブシャインです」

「ジェットさんとシャインさんね。2人のレース楽しみにしているわ」

 

 それを最後にキングさんはそろそろ他の友人も揃う頃だからと、この場を去った。おそらくそれほど時間に余裕があったわけでもないのだろう。なのにこの厄介なファンに捕まっても嫌な顔ひとつせずに話してくれるのだから頭が下がる。尊敬の念はますます募るが。

 

「私たちも寮に行こっか」

「そうしよう」

 

 この後は特に大したことはなく他愛ない会話をしながら歩き、栗東寮まで辿り着いた。さすがに部屋は別室だったので階段を登ってから二手に分かれた。道中のイベントが濃すぎて普通に並んで歩くだけでは物足りなさを覚えてしまう。

 毎日キングさんに出会ったりなんかしたら日本ダービーで使う運が底をついてしまうのでビッグイベント続きというのも考えものだが。ほどほどに平和な日常を送れることを願おう。レースでは否が応でも1着を取るために争うのだからそれ以外は平穏が望ましい。

 

 そしてたどり着いた自室、ネームプレートを確認して間違いなかったのでドアを開けて入る。当たり前だがルームメイトはまだ到着していないようで私が一番乗りだった。

 荷解きをしながらやはりこちらに紛れ込んでいた学園案内図を見つけたりジャージや制服をクローゼットに仕舞いながら時間を潰していると突如ものすごい勢いで部屋のドアが開いた。

 

「ご機嫌よう!わたくしと同室になる幸運な方!」

 

 決して忘れることなどできない、破天荒で型破りなルームメイトとの出会いはこんな形で困惑と不安から始まったのだった。




関係ないですけど作者はお嬢様キャラが好きです。

誤字報告(今回は誤用)ありがとうございます。
地の文が硬くなりすぎないように口語で書いている部分があり割とそういうミスが多いので非常に助かります。
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