キングヘイローに憧れたウマ娘の話   作:CiAn.

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遅くなりました。


新入生限定レース

 今回のレースにゲートは使われない。そもそもトレセン学園ではゲート練習というのは分けて行われるもので走るからといってわざわざ用意したりはしないのだ。

 まあゲートに入って待機するという状況や狭い場所に入る抵抗、スタートダッシュなどの練習に主だって使うものなのだから本数をこなすことが大事なその他のものと併せて使うメリットは多くない。よほど本番に近い状態を経験しておきたいのなら別だが。

 

「シャオさん、追い込みなのかな」

 

 最後尾に位置取るルームメイトは初速が遅いのか他の子に遅れる形で追従している。スタートは出遅れという感じではなかったし単にスピード不足だとは思うがにしても離れすぎではないか。

 

「落ち着いてるしあれが自分に合った走り方なのでしょうね。よほど末脚に自信があるのかしら」

「逆に他の子は後ろを警戒してしすぎちゃってるねー。もしかしてさっきまでの会話も作戦の内だったかもね」

 

 私の隣でレースを観察するキングさんとスカイさん。ここだけ空気の価値が高騰している。後で請求されたりしないだろうか。

 

「でもトリックスター顔負けのレースをするってなると盛り上がりに欠けるんじゃないかな」

「いやいや、最後方からのごぼう抜きなら十分面白い展開でしょ」

 

 シャインさんが言っていることも分からなくはないが新入生のまだ興行としてのレースに身を置いてない段階での大口ならそういう『期待はずれ』もある。

 だけど体が出来上がっていないこの時期に順位をひっくり返すほどの力強さがあると証明できる結果なら十分に興奮できる展開だ。それが彼女の目指すグランプリレースで見れたりしたらその金色の髪も相まって二つ名が付くだろう。『黄金旋風タカビシャオジョウ』なんて呼ばれたりして。

 

「あれ?ちょっと前に上がった」

「ふむふむ、そういうタイプか……」

 

 シャオさんが最後尾から1つ順位を上げた意図を考えるよりも早くどうやらスカイさんは何かに気付いた様子。

 

「なるほどね」

「む、キングさんも何か分かったんですか。やはり経験の差は大きいですね」

「難しく考えなくていいわ。スカイさんの強みが何か知っていれば同じ結論に辿り着けるはずよ」

 

 その言葉に私とついでにシャインさんも彼女の走りがどういうものか気付いた。

 

「徐々に速度が上がっている?」

「ピンポーン。正解者に拍手〜」

 

 答えが分かると走り方にも目がいく。コース取りや周囲のウマ娘への牽制など関係ないとばかりに大外をゴリ押しで突っ込んでいく様は究極的に自分本位なレースに思えた。

 これにいち早く気付けるのは自らのラップタイムを把握することで他のウマ娘を翻弄し菊花賞を制したスカイさんだからこその視点だ。

 

「追い込みの子が上がってきたから他の子も焦ってペースを上げてるわね。初見なら仕方ないでしょうけど」

「君の冷静さならあれにも影響されなかっただろうか?」

「全く影響を受けないって言い切れはしないね。多分思考がそっちに割かれる時間ができるしその隙に他の子が動き出したらキツイかも」

 

 こうして外から見ていることとヒントもあって彼女の走りの正体を掴めたがレース中ならば1つに絞れなかっただろう。掛かったか、乱しか、はたまたただの暴走かと考えてしまったり、相手の作戦だと思い込んでしまう可能性もある。その最中にもレースは進んでしまうが思考が私の強みである以上は避けて通れない。

 

 私にとって理不尽なほど地力に差がある相手は天敵と言える。策などなくても勝てる相手に何か考えがあるとは思ってはいけない。なのに『もしも』を捨て切れないのは致命的な短所だ。トレーニングを始めた頃はそれにとても悩まされた。

 

「それでも、実力差を感じない相手ならその程度のハンデは覆せるけどね」

「彼女もその例に漏れないということか」

「まあね」

 

 シャオさんが1着でゴールする姿を見ながら短く答える。いったいどこまで加速できるのかは未知数だがゴール板は決して動かないものだ。ならばその速さを超えて勝利をもぎ取ればいい。

 

「よし、私たちも準備しちゃおう」

「そうだな」

 

 言葉少なにコースへと向かうため歩きだす。既に心の準備はお互いできていた。やはり誰かが走っている姿を見ると気が昂る。あの芝の上を思いっきり走ったらどれほど気持ちいいのだろう。

 

 順番は乱数生成アプリで淡々と決めた。私は9番でちょうど真ん中の位置になるため他の娘に進路を塞がれないように注意しなければ。

 

(まあ、なんとかなるか)

 

 スタートを告げる合図まで私は眼前に広がる緑に意識を落とした。

 

 ◇◇◇

 

 出遅れることなくいっせいに走り出す。さすがは中央に入学する実力者たちと言ったところか。見ようによっては遊び程度のレースとなると特に気負いはないらしい。誰もが涼しい顔で好きに走っている。中団外目で様子を伺う私も例には漏れず自分の得意なことをこなしていた。

 

(シャインさんは逃げか)

 

 脚質は追い込み以外の3種が揃っている。まだ本格化前の脚では開いたリードを覆せるほどのパワーはなかなか出ないのでこれは仕方がない。むしろ今の段階でそれほどの脚力を持っているならすぐにでも選抜レースに登録してトレーナーにアピールするべきだ。

 

 逃げが5人、先行が6人で差しは私含めて7人かな。気配を探りながら自分の位置を調整していく。前にいる先行組との距離を2バ身程度に保ち後ろの娘が内に入りづらい位置取りで走る。前を走る娘に揺さぶりをかける手もあるが自分のペースを崩してまで相手を弱らせるメリットは少ないので今回は後ろの娘の集中力を削る作戦を採った。

 

(どう動くかな?本番のレースでもないし無理に体を入れてきたりはしないだろうけど少しは悩むよね)

 

 ストレスは多大な負荷になる。調子を崩すと言われるその状態では動きに精彩を欠くし判断力を損なう。それは後方脚質のウマ娘にとってはかなりの痛手だ。何せ視野を広くし先頭集団に追いつくための仕掛け所や後続の位置関係に注意を割かなければならない時に違う問題が追加されるのだから。

 

 また差しを選ぶ娘にとって道中での脚の温存は重要事項である。前半に許したリードを取り戻さなければならないため加速に相応の筋力が必要になるのだが道中で脚に疲労が溜まると上手く回らない。そのまま下位集団の中にサヨナラとなってしまう。

 

そんな2つのデバフをモロに受けたらどうなるか。答えは直ぐにでもやってくる。

 

(そろそろいいか。もう大分削ったしこれで私の敵じゃなくなったでしょ)

 

 コーナーに入る際僅かに膨らんだり削れた芝を避けるフリをして外目を走ることで隙ができたと思い脚を早めたところで元の位置に戻るという事をしていたため、後ろを走る彼女は何度も加減速の繰り返しを余儀なくされた。その疲労が今牙を剥く。

 

(バイバイ)

 

 スパートに入り始めた周囲とは対照的にずるずると後ろに下がる彼女が後方集団の蓋になる。外で脚をためている娘には効果は薄いがその場所では私には届かない。溜めに溜めた力を一気に解き放ち先頭を目指す。

 

 1人、また1人とハイペースに抜き去っていく。地方のレース場さえないような地で満足に整備の行き届いていない芝と、質が不揃いで踏み締める度に感触の違うダートだけの塾で鍛えてきた私の武器。それは生まれ持ったレース中のみに使える思考力と苦肉の策から生まれた上下の運動を極限まで減らした走法だ。

 

 最初はただ環境に対応するために生み出したものだったが、ある時それは強みに変わった。本来分散されているはずだった地を蹴る力が前に進むことのみに使われると圧倒的な速度を生み出す。それに気付けた私はこの走法を1年間磨き続けた。走りながらどのように足裏を接地させればロスが少ないか、スパート時に最も速やかに加速するための上半身の姿勢は何か。ただ数をこなすことでその答えを追い求めた。

 

(残るはシャインさんだけだね)

 

 トレセン学園の質の良い芝にわたしの走りを妨げるものは何もない。むしろいつまでも走り続けられると思うほどだ。先頭の背中が近付くにつれてアドレナリンが分泌されて口端が上がる。これほどまで楽しく走れたことなど今までにはなかった。あの日に走ることを望んでからずっと追いつくために研鑽を続けてきた私にとって初めて純粋に競い合うレースをしている。これがこんなにも心を満たすものだとは知らなかった。

 

 本当の私。この情動を表すのならば正にそれで、この瞬間の走りこそが本来の自分のものなのだと訳も分からず確信していた。

 

(もっと、まだ行ける!)

 

 気付けば私の隣にシャインさんの姿がある。逃げのはずなのに垂れないのはさすがあれだけ大口を叩いていただけはあると舌を巻く。彼女が動き出す前に一気に追い抜こうと熱くなり始めた体を鼓舞しより一層強く地面を蹴った時にそれが視界に入った。

 

 少しずつ脚を緩め無理なく止まれる速度になったところで停止する。ゴール板の位置が頭から抜けるほど走ることに熱中してしまうとは。私もまだまだ青い。少し離れた後方にシャインさんも立ち止まって息を整えていた。私はいつもより強くスパートをかけ始めたことで余分にクールダウンを必要としたが彼女はどうやら自分のペースを守っていたようだ。

 

「写真判定、といきたいところだがそこまでは求められないか」

「本格的なレースでもないしね。同着で良いんじゃない?」

「そうしよう。君を打ち負かす楽しみが増えたと思っておくよ。いつか同じレースに出た時までお預けだ」

 

 生意気な事を言われているが楽しいレースの後で高揚した頭はそれらをサラリと受け流す。これくらいの煽りではまだレースの余韻を崩せない。

 

「しかし驚いたよ。本当にレース中は冷静なんだね」

「走るまで疑ってたんだ……」

 

 崩れたわ。口ではあれこれ言いつつ実際はちゃんと情報として受け取っていたと思ってたのだが。このウマ娘、いつか私の実力を理解さ(わから)せなければと密かに使命感を燃やす。

 

「ジェットさん!」

「ああ、シャオさん。遅くなったけどさっきのレース凄かったよ。あれだけの加速を可能にする力があるなんて」

「それほどでもありませんわ。ですが、友人からの称賛ですから素直に受け取っておきますわね」

 

 あれだけの走りを見せてからまだ少ししか経っていないのにもう元気いっぱいなルームメイトを見ながら移動して持ってきていた水で喉を潤す。ゴール近くに置いておいて良かった。

 

「私も結構良い走りをしたと思うんだけど褒めてくれないのかな?」

「抜けなかったのが悔しいからヤダ。別のレースに出てる時にならいいけどね」

 

 しれっと要求される私からの褒めの言葉をバッサリ却下してその場に座って自分の脚を見つめる。思い出すのはレース中の『本来の自分』を知覚したあの時の感覚。あれは何だったのか、私だけが感じたものだったのかそれが気になった。両隣に腰を下ろす2人に対して私は問いかける。

 

「ねえ、今回のレースで今までの自分が不完全だった……みたいな感じしなかった?」

 

 自分でもよく分からないことなのでフワフワとした説明になってしまうのが恥ずかしい。そんな語彙力が無残な私の言葉選びだったがどうやら2人は心当たりがあったようだ。

 

「君も感じたのか」

「わたくしもいつもより走りやすくなっていましたわ」

「ここの芝の質が良いからかと思ってたけど2人も同じだったならもっと別の理由か……」

 

 環境が理由ではないとすれば何があるだろう。強者との戦いで覚醒した、なんて超戦士みたいな展開ではないと思うのでこれもまたウマ娘の神秘なのか。

 

「あれだけ気持ちよく走れたのならお2人と同じレースに出たかったですわね」

「機会ならいくらでもあるんじゃない?これから授業でも練習で走れるしお互いの本格化が遅れなかったら本番で競えるわけだし」

「願わくば大きな舞台で戦いたいものだね」

「そう?少し休んで今日再戦でも私はいいけど」

 

 さっき走ってた子たちからの視線もこんなにあるし。なんならそれから逃れるために3人で話しているとも言える。

 

「それでは風情がありませんもの。大きな舞台で大勢の観客の視線を浴びながら勝利の美酒に酔う方が断然好みですわ!」

「シャオさんはそういうの好きそうだよね」

 

 目標がグランプリレースで勝つことだし。見られる事を好むウマ娘も珍しくはないし外からの評価を受けて自信に繋げ、力をつける娘もいる。そのためには注目されるという状況に適応できるメンタルが必要なのだが、大きな会社の令嬢ともなれば苦にもならないか。

 

「私もできれば強い相手を下したいと思うよ。自分の勝利の価値を外から下げられたくもないから」

「そのような野蛮な方がいましたらわたくしが家の力で圧力をかけて差し上げますわよ」

「サラッと怖いこと言うよねシャオさん」

「ブルジョワジョークですわ」

 

 実現可能な冗談は実質脅しなんじゃないかな……。彼女のアンチは早々に根絶やしになりそうだ。

 

「では体力も戻りましたしまたわたくしが先に行かせてもらいますわ」

 

 そう言ってシャオさんはコースへと向かった。追い込みでかなり力を使ったというのに疲れの色はどこかに飛んでいた。その恵まれた体力が入学時点で備わっているのは脅威的である。

 

「君はどうする?」

「あと何回かレースを見てから走るかな。ちゃんと脚は休ませときたいし」

「そうか。なら次は私が行くとしよう。まだまだ走り足りないからな」

 

 それから日が沈み始めるまで私たち新入生は走り続けていた。その日は3人とも無敗。いつか同じ場所に集う時まで誰にも先を行かさなかった。

 

 

◇後日

 

 

「む、入りませんわ」

「……なんか大きくなってる?」

 

 私たちはめでたく本格化を迎えたことが分かった。




主人公はレースではちゃんと冷静だよという描写をしたかったけどなんか性格の悪い走り方になった。

繁忙期許せねえよ!(プラモを作りながら)
俺の執筆時間どうしてくれんだよ!(チャンミ用のウマ娘を育成しながら)

こんなんしてたらそりゃ3週間近く空くってもんですよ。次回はもう少し早く投稿します(自戒)(激ウマギャグ)
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