コミケの戦利品読み終えた後ででも見てくれると嬉しいです。
新入生のみで行われた波乱のレースから1ヶ月が経過した。キングさんに走りを褒めてもらえたり更に体のブレを抑えるために効果的なトレーニングを教わったりと嬉しいことがいろいろあったが1番の出来事は私が本格化を迎えたということである。偶然にもシャオさんとシャインさんの2人も同じような時期にそれが訪れたということで私もより一層練習に身が入りここ最近は体の調子も良い。
「しかし直ぐに選抜レースに出ることになるとはねぇ」
入学したての同級生たちがゲート練習やら座学やらの基礎から下積みをしていく中私たちはトレーナー探しをするわけだ。そこだけは不安である。大半の参加者は先述した基礎練習を行った上での本格化であるのに対しこちらは入学前に築いた『出来る限り』止まり。分かりやすいほどに不利な勝負だ。
周りからのピリピリとした気を耳を動かして紛らわしながら体をほぐしていく。私のフォームの関係上身体の柔軟は結果を左右する一要素だ。緊張もそうだが適度に温めておかないと動きが固くなって精度が落ちてしまう。
『選抜レース距離2000mを開始します。出走ウマ娘はコースへ移動してください』
アナウンスに従い先ほどまで他のウマ娘たちが競い合っていた場所へと足を踏み入れる。気のせいかも知れないが空気感の違いのようなものがあった。見渡せば本気の目をしたウマ娘たち、柵の向こう側には私たちの走りを見るために集まったトレーナー陣。この場の誰もが夢を掴むために心血を注ぐ。当然私も。
出走ウマ娘全員がスタート位置に着き、合図を待つ。淡々と進んでいるはずのそれらが永劫のように長く感じられる中、火蓋が切って落とされた。このレースがある意味でのスタートだ、絶対に手は抜けない。今回も得意なレース運びで勝ちを狙おう。
は???
◇◇◇
理想と現実のギャップは常に人を苦しめるものだ。特に前者が輝いていればいるほど事が上手く運ばなかった時の苦悩は大きい。
「1年でサブトレ辞めるのは気が早すぎたかもな……」
短距離レースの熱に心を奪われトレーナーを志したまでは良かった。名スプリンターを数多く輩出したチームのサブトレになれたのも運が良かった。だがいち早く担当を持ちたいと欲張ったせいでこの有様だ。最初から最後まで短距離の選抜レースを観て素質やガッツのあるウマ娘に声をかけてみたが色の良い返事は返って来なかった。
考えてみれば俺はまだ新人の殻を破れていないトレーナーだ。どれだけ熱量を持っていたとしても実績がない。適正の壁を破れずせめて短距離だけはと道を絞ったウマ娘にとって俺は力不足だ。
「はぁ……」
ダメだな。こういった暗い表情を見られてしまってはマイナスのイメージを持たれてしまう。トレーナーは教え導く存在だ。不安を感じさせるような言動は1人の時だけにしなければ。
(中距離の方はまだやっているんだな。毎年参加者が多くて時間がかかるとは聞いていたけど)
折角だから見てみようか。元トレーナーが執筆した書籍に倣って学園内を歩き回りウマ娘との運命的な出会いと契約を、とも考えていたが今の自分では気の利いた言葉が出てきそうにもない。
『あの子、随分囲まれてるな』
『例の新入生レースで無敗だった内の1人だし警戒されてるみたいね』
彼女のことは記憶の中にあった。というのも事情があって新人には荷が重いから担当する際には相応の覚悟を持てと学園長直々に話されたのだ。俺はスプリンターを育てたいという野望もあってスカウトすることはないだろうと結論付けていたがまさか選抜レースを観戦することになるとは。
(噂には聞いてたけどすごい技量だな。デビュー前とは思えないぞ)
ライメイジェット。加速力と周囲を乱し本領を発揮させない撹乱の術に秀でたウマ娘である。その評価は新入生のみのレースを遠くから撮影していたトレーナーから広まったものだ。他にもあと2人優れた能力を持つ娘がいるがあちらが実力主体のものに対して彼女は技術も含めたバランス型。原石としてではなく有力株としての見方ができる段階に彼女はいる。
『あの走り、ヤバくないか?』
『一歩間違えれば事故に繋がるけど……、あの表情は狙ってやってるとしか思えないわ』
囲まれてしまいどうにか抜け出そうとそうしたのか、前のウマ娘にピッタリと張り付いているライメイジェット。しかしそのやり方がエグい。
この走法は技術のあるウマ娘が相手を掛からせるためにやることがあるが危険も伴うため、完成形は半歩離れるか足運びや歩幅まで完璧にトレースしたものだとされていた。勿論それらを行うには相当の訓練が必要で何より事故に怯える恐怖心と向き合わなければならない。高速で移動する二足歩行の生物が接触すればどうなるか、考えただけでも恐ろしい。
話を戻してライメイジェットの走りであるが、その身を前のウマ娘にかなり近付けているにも関わらず足を地面に付けるタイミング、脚を回すタイミングのどちらかをずらしている。主体となっているのがどちらかは分からないがリスクが高いことは間違いない。前のウマ娘が蹴り出した足が脛に当たるかも知れないと考えれば肝が冷える。なのに本人は獰猛に笑っているものだから底が知れない。
しかもこれを嫌がらせとして行なっているだけの状態だ。
「あれをしたところで前のウマ娘だって逃げ場はない。道を開くなら外目の娘に仕掛けるべきだろ」
気付けば口から出ていた。勝つための一手とは思えないその方法に少しばかりの疑念を乗せて。
秀でたウマ娘であることは間違いない。だがおそらく気性難と思われる。レース中、もしくはその前に何があったかは知らないが冷静さを欠いて私怨に囚われてしまっているのはウマ娘というよりヒトの気質に近い。レースではなくその中の個に囚われてしまっていては勝てるものも勝てない。
これが新人トレーナーとしての俺の評価であり、間違いだらけの視点であった。
『なっ!?』
『今のどうやって……』
コーナーを抜ける間際ラストスパートに入るためウマ娘が直線を意識し始めた瞬間、彼女は前にいたウマ娘に構うのをやめた。その離脱はかなりスムーズでまるで初めから前後の位置が逆だったのではないかと思わされるほど。
そして今まで時間をかけて作ったトラップが炸裂した。散々後ろからプレッシャーをかけられ続け疲労させられたウマ娘がライメイジェットが前に出たことに焦りコーナーが終わりきる前にスパートをかけてしまう。
自然とその体は外に出て膨らみ接触を恐れてコース取りを変えたウマ娘が多数出る事態となった。中には斜行扱いを避けるためには大外を走ることを余儀なくされる状況に陥った娘もいる。
「性格わっるいなあ」
それを見て俺は笑ってしまった。自分の知見の浅さに、彼女の勝利への執念に、逆境さえも利用する狡猾さの全てに笑わずにはいられなかった。
あの新入生たちのレースでも見せていた手だというのに失念していた。彼女は他のウマ娘を壁として後ろに押し付けていたではないか。それが今回は爆弾として自分の包囲網に投げ込んだだけ。違いはあるが本質は変わらず勝つための手段であった。嫌がらせなどと随分と検討外れな評価をしてしまったことを悔いなければ。
みるみる加速していく彼女を見ながら自分がまだ学びの立場であると理解する。そして見事に2着でゴールした彼女に哀れみを向けた。
(本当に残念だな。もしも彼女に)
『血液の凝固異常、それさえなければ良いトレーナーも付くだろうにな』
『仕方ないわよ。逸材であってもまだリスクが勝るもの』
「え?」
なんでだ。あそこにいるのは中堅のトレーナーたちのはずだ。それがどうして俺のような新人トレーナーにしか伝えられていない彼女の事情を知っている?あなた達のような経験あるトレーナーが理解を示し支えてやらねばならないはずなのに、どうして彼女の枷を知っていて既に『契約しない』選択肢を選んでいるんだ?
いや、単純な話だろう。漏洩したのだ、あの日学園長に呼ばれた奴らの中の誰かから。
「なんだよそれ」
その事実に異様に腹が立った。彼女は自分の境遇と向かい合いその上で力を高めて中央に入学するまでに成ったのに。それを故意か不注意か結果的に蹴落とした奴がいる。その事実に腹が立った。
素晴らしい末脚を見せた。見事なレース展開であった。そんな彼女を無視して3着以降のウマ娘に声がかかる始末。その光景を俺はずっと見ていることしかできなくて、それに1番腹が立った。この場において俺は担当を探す気もないのに契約が結べなくて暇潰しで足を運んだだけのただの冷やかしだったから。
頭の中に渦巻く『これが短距離の選抜レースなら』、『俺が王道距離のこともしっかり他のチームで学んでいれば』、『新人トレーナーでなければ』などとあるはずもない仮定の言い訳が鬱陶しい。
「最低だな、俺……」
結局他と同じで手を差し伸べられないのだから何の意味もない。そうしてずっと彼女のことを考えて悔やんでいたから周囲のことなんか思考から外れていた。
「そこのトレーナーさん、少しお時間いいですか?」
ライメイジェットが直接俺に話しかけてきた。
は???(全ギレ)
ライメイジェットやっぱ気性難かもしれん。
主人公である以上読者にはなるべく分かりやすい実力者然とした姿を見せたかったけど2話連続レース描写はマンネリかなと思って新人トレーナー視点で書いたら主観客観双方で性格悪い走法のウマ娘説が立証されてしまった(会長並感)
今回で事情があるウマ娘は経験の浅いトレーナーには周知する風にしたので一応公式媒体でそのような記述もないこともあり独自設定のタグを付けることにしました。
P.S 来年もこのどうしようもない話をよろしくお願いします!