『入学してからまだ負けなしなんだって?あんたの走り見せてみてよ』
私を完全に包囲する一団に加わっておきながらこんな挑発をしてきた先輩に少し反撃をしてやろう。そう思ったのが今回のレースで1人に対して可能な限りの乱しをこれでもかと行った動機である。後悔はしていない。なにせ胸の内がスッキリしているのだから。
やったことは単純に自分のかかとを踏まれるかもしれないと思わせるような距離でピッタリと張り付いて追走し、尚且つタイミングを少しづらした足音を大きめに立てて常に集中力を乱し続けたというだけだが。その積み重ねが大事な局面での隙を生む。
焦って直線に入り切る前に加速した先輩が外に大きく膨らんでくれたおかげでバ群が崩れ私は抜け出してスパートをかけることができた。こうして先輩からの挑発をしっかり叩き折った次第である。
しかし、トレーナー陣からするとあまりウケが良くなかったようだ。ご覧あれ閑散とした私の周囲を。これでも2着なんですけどね。
(ん?なんか見られてるかも……)
視線というのはどういうわけか音も感触もないのに見られているという状態はかなり敏感に感じ取れる。距離がかなり空いていたら話は別だが視線の主はレースを観戦していたためかそこそこ近い距離にいた。そのため悩まし気な表情もよく見えて私も少し気になった。
胸に付けられたトレーナーバッヂを見て私は1つ妙案を思いつく。
「そこのトレーナーさん、少しお時間いいですか?」
題して『どうせ他のトレーナーたちに見向きもされないならいっそ興味を持ってくれてそうな人に話しかけてみよう作戦』だ。以前ゴールデンタイムの番組で逆スカウトから始まったレジェンドウマ娘との話を見たし手段として許されているならやっても良いでしょ。
「あ、ああ。いや、どうして俺に?」
相手はかなり混乱している様子。私の惨状から考えるに外から見ると他のウマ娘に過剰な圧力をかける気性難だと思われているかもしれないのでそれもやむなしか。なら誤解は早めに解いておこう。
「なんだか浮かない顔をしていらしたので。ご覧の通り誰からのお誘いもなく暇をしていますし、よければ一緒に嫌なこと吐き出しませんか?」
「ははは……。外から見ても分かるくらい顔に出てたか……」
「良いことですよ。隠し事が上手い人よりは話しかけやすいですから」
だからこそこうして私から声をかけたわけだし。これで顔色ひとつ変えずに見られていたら落ち着かなくてこの場から離れていただろう。笑いながら見られててもそれはそれで怪しいので距離を取るけど。
「うん、そうだな。君も知っておいた方がいい話もあるし、少し話そうか」
「ええ。近くにベンチがあったはずですしそちらに向かいましょう」
順調な滑り出しだ。知っておいた方がいい話というのは引っかかるが、事前に通知されていた禁止事項には触れていない。私の走りに問題があったということはないだろう。
間を空けて同じベンチに腰掛ける。ちょうど木漏れ日が差し込みレース後ということもあって眠くなってしまいそうだった。場所選びに失敗したかもしれない。
「それじゃトレーナーさんからお話ししてください」
「いやいや、こういうのはまずは年長者が受け止めなきゃいけないだろ。君から頼む」
「と、言われましてもねぇ。私の方は見て分かる通りスカウトがなくて残念ってだけですし。もっともこの体の事情を聞けば取り下げられるでしょうけど」
だからトレーナーさんからどうぞと続けようとしたのだが驚いた表情のままこちらを凝視する彼を見て出かかった言葉が引っ込んだ。
「……自分から打ち明けるんだな」
「隠し事、苦手なので」
というのは嘘で後から発覚してゴタゴタしたくないだけである。むしろ隠し事は得意な方だしレース中は上手く騙して周りを焦らせるなんてことも地元ではよくやっていた。
「そうか。素直なんだな」
あの、そうも簡単に信じられると罪悪感が酷いんですけど。いやまあ疑われたらこれからの話し合いが台無しになってしまうし彼が純粋でよかったと思うべきか。
「わ、私のことはこれで終わりですから!次はトレーナーさんどうぞ」
「俺の話か。とはいっても自分の浅慮を明かすことになるから恥ずかしいんだが……」
そう前置きして彼は今日に至るまでのことを話してくれた。たしかに勢いで進んでしまったという印象を受ける。でも言ってしまえばそれだけで根は真面目で夢を追いかけることに全力な熱い人だ。むしろ好感を持てるエピソードだったと思う。
「経験がないというだけで契約が結べないものなんですね」
「高望みしてる部分もあるから才能のあるウマ娘のお眼鏡に叶わなかったのもあるよ。でも少しでもキャリアがあれば結果は違ったかもしれない」
「才能ですか……」
彼にとって妥協で担当を決めるなんて選択肢にないのだろう。とても誠実で、だからこそ『新人では役者不足だ』と思われるようなウマ娘にしか声をかけなかったわけだ。
「トレーナーさん、私の才能はどの程度だと思いますか?」
「急だな。君はレース中に策を練られるくらい頭が回るし、それがなくても影響を受けていないはずの逃げウマ娘に追いつくだけの加速力もある。重賞レースにも手がかかるほどじゃないかな」
「それはあなたがスカウトを考えるレベルだと考えても?」
私の問いに対する答えはおそらく否である。短距離ウマ娘の担当になりたいと励んでいた彼が中距離の選抜レースを走っていた私をスカウトする道理はない。私を受け入れることは夢への道を遠回りすることと同義なのだから。
「俺じゃあ君の才能を伸ばしきれないよ」
「でも他に私の才能とやらに向き合ってくれる人はいませんよね」
「そんなことは……」
「こうして隣に座って話してくれたのも、私に実力があると言ってくれたのもあなただけなんです」
彼が不利益を被ることになると分かっていても逃したくはない。
「私はあなたにトレーナーになってほしいんです」
残された道はそれしか見つからなくて、他は選べない気がしたんだ。
「実を言うと、君の体のことはこの学園のトレーナーの大半が既に知っているんだ。新人から情報が漏れたみたいでね」
きっと彼が言っていた知っておいた方が良い話というのがこれなのだろう。なるほど、レースの結果に対してトレーナー達からの反応が悪かったのはそれもあったのか。
「君の言う通り今向き合ってくれるトレーナーは他にいないかもしれないが、時間が経てば変わるはずだ。デビューの時期までに学内で優れた成績を残してリスクを上回る実力を見せればきっと理解者が現れる」
トレーナー試験では人柄も選考対象になると聞く。こと中央にいるトレーナーは皆ウマ娘に対して真摯に向き合う傾向が強い。入れ込みすぎて人生の伴侶になってトゥインクルシリーズの完走と共にトレーナー業を引退という学園にとって悩ましい話もあるがそれはウマ娘愛があってこそ起こるトラブルだ。なので長い目で見れば私の能力をしっかりと見てくれるトレーナーは現れると思う。
「ですが……」
分かっていても心が納得しなかった。わがままな事この上ないが理性よりもずっと強い想いが彼に傾倒してしまっている。
「後悔、しないか?」
「え?」
その問いの意味を理解する前に彼は続けて言った。
「途中で契約を打ち切ると気性難だと思われて近付くトレーナーはもっと減る。俺より優れたトレーナーと出会えるかもしれないが、その未来を捨ててでもこんな新人を選ぶと言うならここで誓おう。君の才能に、いや、君自身に向き合う。俺にできる全てと、今以上に成長してその分も君に注ぐと約束する」
ここまでの心意気を見せられて今更辞めますなんて言えるはずがないだろうに。私の覚悟なんてすでに決まっていたのにこれじゃあもっと見せてやろうって思っちゃうじゃないか。
「私が気性難だって評価はさっきの選抜レースでもう付いたも同然ですよ。だからあとは示すだけです。トレーナーさんは経験よりも輝く熱意を、私はリスクなんかに屈しない走りを」
「ああ、互いに頑張ろう」
どちらからともなく差し出した手を握り見つめ合う。顔を見ただけで判断できるほど長く生きていない私だがそれでもこの人なら間違いないと、それだけは分かった。まずは第一歩。躓いたけれどなんとか前に進めたことをただ喜ぼう。
◇◇◇
「写真を撮りましょう!」
「今日は一段と唐突だね。良い夢見れたの?」
トレセン学園で最も賑わう場所と言っても過言ではない食堂に今年の世代で五指に入ると噂される3人は先ほどまで日常会話を度々挟みながら料理を平らげていた。そんな中スマホを手に持ったタカビシャオジョウが2人にそう提案する。ルームメイトであるライメイジェットは彼女の扱いに慣れたもので程よく茶々を入れていく。
「わたくし程のウマ娘になれば毎日夢見も完璧ですから関係ありませんわ。ではなく!お父様の会社の宣伝と合わせて娘のわたくしが無事にチームに加入したとSNSで報告したいのですわ」
「1人で撮るよりも友達と写ってる方が映えるから私たちを誘ってるってことで良いのかな」
「話が早くて助かりますわ。では早速撮りましょう」
「お皿避けておくね」
食べ終わった皿が乗ったトレーを端に置き余計なものが写り込まないように準備をする一方、ロードオブシャインは堅い顔をしていた。
「その、ネット上にあげる写真は一緒に撮れないんだ。私は遠慮しておくよ」
「意外だね。シャインさんなら地元のウマ娘宛てに自分から送りそうなのに」
「ちょっとね……」
何やら訳があるのだろうと察したジェットはどうしようか、と悩んだ後に今回不参加となる彼女に手のひらを出す。
「シャインさんのスマホ借して」
「何に使うんだい?」
不思議に思いながらも間を置かずに手渡す辺り2人の信頼関係というのは短い間でありながら着実に積み上げられていた。それを指摘すれば片方はこれでもかと嫌がってしまうのだが実際誰から見てもその間柄は友人と呼んで差し支えない。
「いいから。ほら、こっち寄って。シャオさんもちょっと来てよ」
2人の袖を順に掴んで自分を真ん中に隣に並ばせると、ジェットはおもむろにインカメラで自撮りを始めた。
「はいピース」
しっかりとキメ顔を作った自分の好きなタイミングでシャッターを押したジェットと、ルームメイトが意外と思いつきの行動を取ることが多いと理解してきたオジョウ。彼女たちとは対照的にスマホの持ち主であるシャインは驚いた顔で写真に写っていた。
「ネットリテラシーが高いのは良いことだけど思い出作りくらい気楽にやりなよ。何があったか知らないけどさ」
そう言ってスマホを返却すると2人で写真を撮り始めた。構図がどうだとか顔の角度や立ち位置などを話し合い盛り上がっている。
「ジェットさんもう少しクールな感じの表情をくださいな」
「じゃあ裏ピースとかどう?んで肩とか組んでみて」
「最高ですわ!まるで元ヤンみたいで威圧感がありますわね!」
「怒るぞー」
「それじゃ私はここで失礼するよ」
賑わう友人たちを置いてシャインは自分の分のトレーを片付け食堂を後にした。周りに生徒がいなくなったことを確認してから先ほどの画像をスマホに表示する。
初めてのことで彼女の写真写りはお世辞にも良いものだとは言い難くとてもぎこちない。手は突然のことで中途半端に上がっているし目なんか驚きが隠せていなくて開き気味だ。それでも友人と共に思い出を残せることがシャインは嬉しかった。
《♪♪♪》
画像を見ながら微笑んでいる彼女のスマホが着信で震えた。表示された相手の名前に破顔していた表情に陰が差す。
「お久しぶりです。お祖母様」
「久しぶり。ちゃんとリギルに入れたようで安心したわ」
「ありがとうございます」
トレセン学園屈指の強豪チームに加入することは容易ではない。ライバルは多く、そして合否の基準値がかなり高いこともあってリギルに属するだけで栄光を約束されたようなものだと考えるウマ娘もいる。それだけ指導力に優れ、用意できる手札に恵まれているチームなのだ。
「良い?あなたはかならず大成するわ。何せ私が自ら選別した血筋から産まれたんだもの。親の記録なんか軽く超えてみせなさい」
「できる限り尽力します。しかし、レースに絶対はありません。特にダービーは……」
「聞き飽きたわ。まったく、あの男をコーチに就けてから随分と悲観的になったわね。失敗だったかしら」
失望を隠そうともせず実の孫に向ける姿を良識ある大人が見れば嫌悪感すら抱くだろう。しかし不幸なことにシャインの周りでそれに苦言を呈する存在はほとんどいなかった。
「お祖母様、コーチはとても優秀です。その証拠にトレセン学園の入学はさして苦労もしませんでした」
「名家から入学する子がほとんどいない世代なら当然でしょう。誇るものではありません。例え誰であってもあなたの入学までのトレーニングはできたわよ」
「……」
ほんの少し前の彼女ならその言葉を軽く受け流せていた。しかし今は同じ世代に優れたウマ娘がいることを知っている。だから気にしなかったはずのそれが友人たちへの侮辱のように聞こえたようだ。
「蹂躙なさい。あなたの世代の栄光の全てをその手中に収めるのよ」
「善処します」
最後まで自分の言葉に素直に返事をしない孫に愛想を尽かしたかのごとく何も言わず通話が切られる。緊張の糸が解けたシャインは壁に寄りかかりながらゆっくりとその場に座り込んだ。
「会いたいよ、お母さん……」
少女の小さな願いはまだ叶わない。
次回は掲示板回の予定です。
何やるんだって感じですけどね。
追記:挿絵制作のため更新が遅くなります。