キングヘイローに憧れたウマ娘の話   作:CiAn.

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ウマ娘とアズレンで忙しくしてました。


デビューに向けて

「まずは自己紹介をしよう。君のトレーナーになった白吹透(しろぶきとおる)だ。よろしく頼む」

「改めて私も名乗りますね。あなたの担当ウマ娘になりました、ライメイジェットです。こちらこそよろしくお願いします」

 

 新人ということもあり手狭なトレーナー室で私は彼、白吹トレーナーと話し合いの時間を設けることになった。お互いのことなにも知らないしね。目標とか得意不得意とか。

 

「スプリンター向けのトレーニングばかりを学んできたが他の距離にも活かせないわけじゃない。まずはその辺りの応用が効く練習メニューをこなしてもらいながら君の目標に沿ったプランとそれに必要なトレーニングの知識をつける気だ。ジェット、どのレースを走りたいか決めているか?」

 

 もしも叶うならあの日憧れを抱くきっかけとなった高松宮記念に出走したいけど、残念ながら私の脚質には合っていない。となると必然的にもうひとつの方が優先される。

 

「クラシック三冠レースの完走、それが私の目標です」

「俺が新人だから遠慮してる……ってわけでもなさそうだな。どういう経緯でそれを抱くに至ったか聞いてもいいか?」

 

 断る理由もないので私は自分の体のことと、それ故に走ることを諦めていたこと、そんな自分の殻を破ることになったキングさんの走りについて語った。最後が一番長かったかもしれない。

 

「キングヘイローの高松宮は俺も観たよ。君が心を動かされたのも納得だ」

 

 ただ、と前置きしてトレーナーは私に忠告をした。

 

「彼女があの栄光を掴めたのは幅広い距離適正が有ったからだ。同じ道を歩むというのは現実的ではないから、そこだけは理解してほしい」

「心配しなくてもそこまで無謀なことは考えませんよ。私に特別な血は流れていませんしね」

 

 ブラッドスポーツと言われるほど優秀な血筋を持ったウマ娘とそれ以外では大きな開きを生んでしまう。特にキングさんは母がとんでもない戦績の持ち主で一般ウマ娘と呼んで差し支えない私の母と比べれば受け継がれる先天的才能(ギフテッド)は質が違う。

 

「担当の夢ならなんとかしてみせるって言えたら良いんだけどな……」

「根拠のない自信で突っ走られるよりそっちの方が嬉しいですよ」

 

 出来ないことに使った時間に後悔したくはない。自分に出来ること、目指せる場所に集中して努力するのが一番だ。私はキングさんに憧れているだけで『キングヘイロー』ではないのだから。

 

「そういうわけですからお互いに全力でできることをやっていきましょう。結果どうなっても恨みませんし悔やみません」

「ありがとう。でも結果に対する責任は背負わせてもらうよ」

「物好きですねぇ」

 

 自分で言うのもなんだがこの体には欠陥がある。今はまだ問題ないけどいつ何かしらの病気が発症するか分からない。そんなウマ娘のトレーナーになるだけでも彼にとってかなり覚悟のいる決断のはずだ。なのにレースの勝敗に対しても向き合ってくれるなんて来世は何になる気なのだろう。

 

「トレーナーなんだから当たり前さ。これくらいの心意気じゃないと理事長には認められないしね」

「そりゃあ最難関にもなるわけですね、トレーナー試験」

「まったくだ」

 

 だからこそ選抜レースでは私に声をかけるトレーナーがいなかったのかもしれない。結果を背負う覚悟があるのと同時に自分に背負える結果もしっかりと計ることがある種の誠実さなのだろう。

 

 出来ないことはしない、夢だけで突っ走らない。理性で生きる大人がトレーナーなのか。

 

(だとしたら白吹トレーナーは珍しい部類かも)

 

 何せ夢を追うあまり急ぎ足になってしまったくらいだ。彼の中には理性を超える情熱が宿っている。それは私ととても相性がいい。

 

「軽めのやつにしときますよ。できるだけ」

「そうしてくれると助かる」

 

 せめて彼が潰れることのないように無様を晒すことだけは避けよう。それこそキングさんのようにどんな劣勢の中でも俯かないとか。同じ才能はなくても心構えは同じものを目指せるから。

 

「じゃあ次はトレーナーのこと聞きたいです。短距離レースに魅入られたきっかけって何ですか?」

「ああ、サクラバクシンオーだよ。当時は単純でどのレースに思い入れがあるとかじゃなくて、ただ強くて眩しい姿に心を奪われたんだ」

 

 そういう意味では君の方が大人だな、と彼は照れながら私を褒めてくれた。

 

「本番までにトレーニングで費やす時間は他と変わらないのにいざレースになったら一瞬だ。1年、いや1日で見てもほんの僅か。刹那で掴む栄光のことごとくを欲しいままにしていると思っていたんだがなあ」

「サクラバクシンオーさんってたしか……」

「そう。あの性格だろう?初めてファン感謝祭で偶然見かけた時は驚いたものさ」

 

 彼女はなんと言えばいいのか。竹を割ったような?芯の通った?名は体を表す?どれも合っているようで最適ではないように感じる。そうしてファンからは本人が実際に就いていた役職にちなんで『模範的委員長』と評されているが、トレセン学園での逸話を見る限り模範とは遠いと思う。

 

「でもだからこそトレーナーを目指そうって気になれたんだ。どんなにすごいウマ娘でもごく普通に日常を送っていて年頃の感性を持っている。そんな彼女達の夢を手助けできる大人に自分もなって、特等席でその輝きを見たいと俺もまた夢を見た」

 

 外側しか知らなかった時はただ見上げるだけだった彼が内を知って同じ輝きを同じ高さで見たいと歩み始めた、それはとても美しいものに見える。私ならどうしていただろう。今はこうして走ることに向き合えて大きすぎない夢と大きな憧れを胸に進んではいるけど、多分キングさんと同じ高さまで上り詰めようだなんてきっと考えない。

 多分まだ自分のあるかもしれない末路を無意識に恐れてしまっているのだろうか。

 

「だからな、ジェット。君がもし『勝ちたい』レースを見つけたのなら教えてほしい。それは俺にとっても叶えたい夢のレースになるから」

「え、ええ……。その時は、よろしくお願いします」

「うん、焦らずゆっくり考えてくれ。俺も時間が必要そうだしな」

 

 ちゃんと勝ちたいという欲求はあるのに心が囚われるあの光景は私には目指せない。宙ぶらりんの私の熱は今はクラシック三冠レースに向いているが皐月もダービーも菊花も勝利への欲望を持つには至らなかった。

 

(勝ちたい相手ならいるんだけどな)

 

 陽光を受け輝く芦毛を思い出す。あんな性格だから少し周囲から浮いているが、あの日わずかに覗かせた陰りが気になって最近は1割増しくらいで絡みに行っている。

 実力は高いし何より母がGⅠウマ娘とのことでこれから先結果を残していけば今は離れている子たちもあの小生意気な口の悪さを乗り越えて仲良くなってくれるはずだ。そうなるまでは私と、ついでにシャオさんも巻き込んで仲良くしようじゃないか。最近はあの時間も悪くないと感じてきたし。

 

 ああ、そうだ。戦ってみればいいじゃないか。

 

「トレーナー、シャインさんとどこかのレースで走りたいのですが」

「おお!見つかったのか?!」

 

 爛々と目を輝かせるトレーナーは今日1番の大きな声を出した後、シャインさんについて話してくれた。

 

「彼女も順当にいけばクラシック三冠を狙いに来るだろうが、最も焦点を当てているのは東京優駿だろうな。何せ母であるハナノフレグランスがダービーウマ娘だ。彼女が勝てば母娘2代制覇になる」

「すごい血統だったんですね、シャインさん……」

「知らなかったのか?」

「まだ知り合ったばかりなのでそういう話がないだけですよ」

 

 決して情報収集を怠っているとかそういうのではない。ないったらないですとも。

 

「学園じゃ有名な話だが……。それでどうする、君もダービーを大目標に据えてプランを立てるか?」

 

 はっきり言うと私は三冠の内どれか1つだろうとこの手に収めるなどと思い上がることはできないのでその目標は採用し難い。し難いのだが、勝つ気もないのに出走するというのも失礼なのはまた事実。どうしたものか。

 

「まだ本番のレースも経験していないのでなんとも言えませんね。そもそも私がGⅠを走るに足る実力かも測れていませんし」

「君の実力なら現実味はあると思うぞ。むしろ俺のトレーニングプランが未熟で足を引っ張ってしまわないか心配なくらいだ」

「そこまで言い切られるほどの物は持っていない気がしますけど……」

 

 急ピッチで仕上げた身体に付け焼き刃の戦術と死に物狂いで覚えたフォームで何とか新入生の中で強い部類に入れたが選抜レースのようなことがあればあの有様だ。これでGⅠ級はちょっと、ねぇ……?

 

「ふむ。上を見過ぎか、あるいは憧れの念が強すぎるが故の低い自己評価か。まずはそこから改善が必要だな」

「トレーナーさん?」

「よし、君の力を証明しよう。ジェット、ひとまずはこれからの目標は一旦無視だ。そしてデビュー戦での作戦を伝えるぞ」

「急すぎません?」

 

 トレーニング実績0秒の段階で作戦立案は無謀が過ぎやしませんかね。聞くだけ聞きますけども。

 

「本番では今まで君がやっていた乱しは使用しないこと。長所である加速力を存分に発揮しよう」

「へ?」

「そもそも最初の本番レースともなると緊張して実力を発揮できない娘がほとんどだ。君が構う必要はないだろう」

「そうかもしれませんけど……」

「となると当面はパワートレーニングと瞬発力の強化だな。忙しくなるぞ」

「は、はあ。がんばります」

 

 今日は話し合いだけの予定だったからまた明日とトレーナーは話を切り上げて机の上に資料をドサドサと積み上げ始めた。さすが突っ走りすぎて危うくスカウト0人になりかけた人だ。心構えが青い。

 

 言っていることは理解できるし戦術というのはある程度実力のある相手と戦って実際に使わなければ磨けないものである。なので周りが成長するまではこちらも基礎能力の上昇を優先するのがベターだ。分かってはいるんだけど……。

 

(舐めプじゃんそんなのー!)

 

 頭で理解できても気持ちで納得しないことも世の中にはあるのだと改めて思い知る私であった。




二人三脚の足を紐で結ぶ段階。

ウマ娘ウエハース5Rにキングの勝負服カードが封入されているので作者は5BOX予約しました。バカですね。
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