ので忘れられているだろうと思い前回のあらすじを。
折角契約できたトレーナーからメイクデビューでデバフ戦法を封印されてテンションサゲサゲなライメイジェット。舐めプ良くないよね。
この流れならトレーニング回だとは思うんですけど作風と噛み合わなかったので日常回にしました。陸上の練習とかいろいろ調べてた時間がパァになったぜ。
トレーナーとの正式な契約も終わり、必要な書類をたづなさんに提出したことで今日から二人三脚の3年間が始まる。よぉしやったるぞ!と意気込んだ初日から1週間で私が取り組んだトレーニングをお伝えします。
ゲート練習スタートダッシュプールトレーニングレッグカールバーベル上げ体幹トレーニングダンス練習スクワットプランク……。
多くない?(疑問)多いよ(確信)
おかげで休日だってのに体が悲鳴をあげている。特に太ももとお尻。知ってます?こんなに柔らかい部位でも筋肉ってあるんですよ。びっくりですね。
本来ならここまでしてくれたトレーナーに私の柔肉を取り戻すまでマッサージをしてもらってその前腕を筋肉痛に追い込んで差し上げたいけど、今日の私には重大なミッションがある。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……」
「冗談でしょう?これが淑女が出す声ですの?」
「現実だよお嬢さん。この世に若さとお風呂で解決できない筋肉疲労があるなんてね」
「若さゆえの傲慢、というやつですわね」
言ってくれるなこのお嬢様。ウマ娘パワーで胸部の重みから確実に発生している肩凝りを治してやりたいがそろそろ出向かなければならない。
「じゃあ行ってくるね」
「本当にその体で行きますの?じいやに頼んで車を出してもらっても構いませんわよ?」
「だいじょーぶ。移動はほとんど電車だしそんなに重い買い物じゃないから」
ここ都会だし毎回たくさん出荷されてるから買えないはずはない。
「ウマ娘クリアカードパック第5弾、なんとしてでもキングさんを手に入れなきゃ!」
「☆3収録なら心配せずとも手に入ると思いますけど」
「物欲センサーってね、軽く見れないんだよ」
「ああ、そうですの……」
1パック2枚入り、1BOXに20パック。箱買いで計40枚手に入るけど収録カードは全50種もある。『推しが来ない』が高い確率であり得るのがクリアカードパックの怖いところだ。でも買っちゃう。製品の都合上同じカードが複数排出される可能性がありますだってさ、怖いね。
「じゃ部屋の鍵よろしくねー」
「ええ、任されましたわ」
この辺りに住んで長いシャオさんに教えてもらったウマ娘グッズを豊富に取り扱っているという商業施設は既に開店から1時間が経っている。今ぐらいに行けば電車も込み合ってないはずだ。都心の乗車率のことなんも分かんないけど。
浮足立つ気持ちを抑えつつ私は駅まで軽く走って向かった。
――その20分後である現在はというと。
「ひょ、ひょえ~……。顔が、顔がいい……」
「ごめんなさい、これ以上は動けそうになくて……」
普通に込み合ってたわ。そのせいで小柄なウマ娘さんに疑似壁ドンをすることになってしまった。顔が赤いしすごく暑そうで心配なんだけど。ウマ娘って基礎体温が高いからこういう密集空間と相性悪いね。私も結構背中側がすごいことになってはいるけど目の前の彼女に比べればまだ平気だ。
「多分休日ですし次の駅でほとんど降りると思いますから、耐えましょう」
「は、はい~……」
しかし困ったな。もし帰りの電車もこの有様なら折角箱買いしても潰れてしまいそうだ。ジュラルミンケースっていくらしたっけ?学生なのでお手柔らかにお願いします。
小柄なウマ娘さんが潰れないように突っ張ている腕が筋肉痛じゃなくてよかった。腕立てとかバーベル上げなんかしてたら今頃マウストゥーマウスもあり得ていたかもしれない。そんなことになったら私の社会的地位(将来獲得予定)が死んでしまう。
「ヒュー……、ヒュー……」
「もうすぐです、頑張ってください!」
目の前で絶命寸前になっているウマ娘さんに声をかけながら目的地までの時間をすごしてなんとか着いた頃にはお互い疲労困憊になっていた。今は最寄りのカフェで2人してノックダウンしている。都会の電車コワイ。
「はっ!?ここは!??」
どうやら彼女も無事回復したらしい。現状確認に忙しく動く耳が可愛らしかった。
「良かった、気が付いたみたいですね」
「あわわわわ……すみません!ウマ娘ちゃんに迷惑をかけるなんて」
「全然大丈夫ですよ。今日の予定は買い物くらいなものですし」
私も休みたかったし目の前で倒れそうな状態の相手を放置できないからね。自分もいつ倒れるのか分からない体をしてるわけだしこういう助け合いは進んでやりたい。
「いえ!ここで何も返さずに終わってしまってはウマ娘ちゃん推しの名折れ!何ができることがあれば是非!!」
と、言われてもなあ。無難に飲み物奢ってくださいみたいなのもこのくらいの事で要求するにしては厚かましい気がするしどうしたものか。
(いや、ちょうどいいのがあったな。競走ウマ娘として最適なのが)
目の前の彼女は言葉の端々からウマ娘愛のようなものを感じるし、そういう相手に魅力をしっかり届けられたならあの日のキングさんのように輝けるかもしれないし。
「じゃあ私のこと応援してください。近いうちにメイクデビューの予定なんですよ」
「もちろん全身全霊で応援させていただきますけど……、それだけでいいんですか?」
「これ以上はないくらいありがたいことですよ。1人でも多くの方に応援してもらえてるって思うともっと頑張れますから」
格好悪いところを見せられないってなるとより一層気も引き締まる。なにせ私はメイクデビューでは得意な走り方に制限をかけるように指示されてるのだから。せめて周りの娘よりも多く『頑張れ』って声援を送られて自分の力を発揮できるメンタルを整えたい。液晶やラジオの向こう側だとしても応援されてるって思えばやる気も段違いだしね。
「そういうことなら、お任せを!ちなみに出走の予定日なんかは……」
「あー、まだ来月中としか聞いてないんですよね。どうしようかな」
「ウマッターとかあればフォローしますけど?」
「実を言うとやってないんですよね、始めるタイミング分かんなくて」
今はただの一般ウマ娘だから別に作らなくてもいいかな、というのが本音だったりする。こうしてグッズの情報を仕入れて買うならメルマガで事足りるしね。ありがとうキャロットトイズ、ありがとうベストスマイリーネット!
「でしたら、これを機に始めてみるのはどうでしょう」
「たしかに機会が巡った時に始めとかないとずっとやらないままになりそうですし」
今日会ったばかりの仲で連絡先を交換し合うのも抵抗がある。それに比べたらアカウントを教えるだけならハードルも低い。
「寮に帰ったら早速作ってみますね。名前はライメイジェットで」
「絶対にフォローします、もちろん最速で!」
そんなやり取りを終えて私たちはそろそろ自分の用もあるので解散することになった。
「では、縁がありましたらまたどこかで会いましょう」
「本当に今日はありがとうございました」
「お気になさらず」
軽く手を振って別れた後、ついに目的地へと辿り着いた。分かりやすい建物だったので迷わず来ることができたので感謝。外壁に建物の名前が書いてあるのって一種のバリアフリーみたいなとこあるよね。
「おひとり様3BOXまでとなりまーす」
「2BOXお願いします」
上限があると限界まで買いたくなる衝動に駆られるが財布の中身は有限だ。グッと堪えて予定通りの数に抑える。理性がだいぶ揺れたけど今回は私の勝ちである。負けたくなければキングさんの☆5カードを収録してください。
「ありがとうございましたー」
「ありがとうございます」
よし、今日の予定終わり。ただせっかくの休日、お出かけでここまで来たことだしすぐに帰るのはもったいない。そう思いウィンドウショッピングと洒落込んだ。聞こえの良い言葉選びをしたけど要するに冷やかしなので1人で行うには少し度胸がいるのだが。
ちなみにこういう物色とか散策のような体で店にいるの割と罪悪感を感じる人もいるらしいけど、店からすれば賑わっているように見せるサクラの働きをしてくれるのでよほど狭い店内とかではない限り疎まれることはないらしい。
それはオーナー側だけで従業員は面倒だと思うのでは?と感じるかもしれないけどそこそこ慣れてきたら買う気があるかどうかの判別は結構できるようになるから問題ないのだとか。すごいよね。
とまあ私もそんなサクラのボランティアに興じていたのだが思いもよらない出会いをしてしまった。
「ピッ!?キ、キキキキングさん!??」
ついこの前会ったばかりなのにまた会えるとかどうなってるの?運が良すぎて混乱してきた。私もしかしてダービーウマ娘だったりする?落ち着けまだ未デビューだろ。
ふぅ。興奮と理性が同時に脳みそを使うもんだから気絶しそうになった。一旦冷静になれたし最適解を導き出そう。
まずキングさんはプライベートでファンに話しかけられる事に抵抗がないタイプである。現役時代なんかはそうして注目される事を力に変えていたとインタビューで話していたし万が一私が能天気に声をかけても邪険に扱われることはない。
しかしである。トレセンに入学した日のように待ち合わせをしている可能性も存在するのだ。そうなると特に親しくもない間柄なウマ娘に割ける時間はごく僅かである。話の切り上げ方を考えるのも当たり障りなく別れるのも気を遣う。尊敬する相手にそんな思いをさせるとか無理です。
(ものすごく惜しい気持ちだけどここは我慢!)
導き出した答えは素通りだ。私は石、路傍の石。推しに対し貫く厄介ダメ絶対の精神YEAH.
「ちょっと、聞いているの?こんな道の真ん中で百面相してたら邪魔になるわよ」
「カヒュ……え、近、顔良」
「戻ってくるまで時間がかかりそうね。なんだかデジタルさんみたいだわ」
この距離感が許されていいの?一歩間違えたら息がかかるじゃん、私の。キングさんの吐息が相手に届くほど荒いわけないだろ!
あれ?なんで私お店の椅子に座ってるの?
「おかえりなさい。考え事は終わったかしら」
「ええ……、ばっちり?」
「どうして疑問系なのよ」
そりゃあだってキングさんのことなら永遠に考えていたいですからね。区切りはついても消灯かトレーニングの時間までは終わりって来ないし。
「まあいいわ。このお店に来たってことは耳飾りでも見に来たんでしょ?ジェットさんはまだ着けてなかったものね」
言われて見渡せば多種多様な形のアクセサリーが並んでいる。ウマ娘がメインターゲットなのか耳飾りが多くたしかにこの店の前で立っていたらキングさんのように考えるのが普通か。
ただの冷やかしで歩いてたとか言えないんですけど!!
「そんなところです」
見てえよ、キングさんが予想を外してちょっと居心地悪そうにしてる姿とか、もしかしたら恥ずかしくて赤面したりするのかなぁ。見たいなぁ。と、気持ち悪いことを考える私を叩き潰し全面的に同意する。長い物は巻くためにあるんだから巻かれときゃいいんだよ(暴論)
「ちょうど良いわ。ここ、私がプロデュースしてる商品もあるしせっかくだから選んであげる」
「いいんですか!?」
「ええ。好きな色とかこだわりがあったら今のうちに教えてもらえるかしら?」
お言葉に甘えて私は『耳の付け根が弱いこと』、『色選びはセンスがなくて不安なこと』、『懐が心許ないこと』を伝えた。最後のやつめちゃくちゃ情けないな?推しを目の前に金がねえって言う気持ちなぞ知りとおなかった!
「なら耳に挟むクリップタイプにして色はアクセントになりやすいのが良いわね。デビュー前だから覚えやすいモチーフで……」
おお、トントン拍子で決まっていくな。同じデザインでも素材が違うだけで値段が抑えられるんだ。レース時の衝撃にも耐えられて錆に強い上に安価なステンレスでできた物を紹介された。
「雷モチーフですか」
「デザイン料って結構バカにならないのよ。一流を目指すならあなたが重賞レースの常連になって、その辺りも見られ始める時に気にしなくちゃいけないけどね」
「なるほど。ちなみに妥協しないとしたらキングさんはどうしますか?」
興味本位というかどうせなら上の世界を見てみたいなあという野次ウマ根性だったんだけどその金額に目が回る。
「はっきり言ってこのレベルになると自己満足ね。天然石を使ってるから高価になってるけど専門家が見てやっと分かるくらいよ。最近は人工石の品質も上がってるから現役中ならむしろ選択肢からは外れがちね」
「は、はえー……」
「錆対策でプラチナを使った上でさっきの天然石と合わせた物をなんて考えたら近い物だとこれよ」
わー、これ着けて走るとか無理でしょ。ターフの上で落としたら号泣する自信あるね。
でも綺麗なんだよなぁ。透き通ってて、でもちゃんと自分の色がついてる。そういうところが自分を奮い立たせる理由なんかになるんだろうか。
「私にはまだ早そうです」
「最初はそれで良いわ。でも覚えておきなさい」
慣れた手順で店員を呼んでキングさんはショーケースを開けてもらい、その耳飾りを取り出してもらった。
「届かないと目を逸らしたまま走っちゃだめ。顔を上げてしっかりと目指した輝きを見据えるの。
私の耳に取り出された美しいそれが当てがわれる。重さは感じない。それでもなお重圧はしっかりと存在した。
「やっぱりまだ遠いですね」
「そうかしら?似合ってるじゃない」
いたずらっぽく笑うキングさんに釣られて私も頬を緩ませる。こんなことを言われて、言わせてしまったら成ってみせたくなるじゃないか。姿だけじゃなくて実績も自信も『憧れ』に釣り合うウマ娘に。
「未来の私ならきっともっと近付けますから。その時までお預けです」
「……良い顔になったわね」
「キングさん、私来月デビュー予定なので本気で頑張ります。まずはこれが似合うウマ娘になりますね」
ステンレススチールでできた安価なそれを手に取った。何も知らずに見ればそれは決して目標足りえるものではない。でも、私にとっては幼少からずっと見上げてきたウマ娘が選んでくれたという付加価値が足された特別だ。ならば最初に目をかけてもらった、その事実に応えられるウマ娘にならなくては。
「期待してるわ。店員さん、この耳飾りを包んでもらえるかしら」
「かしこまりました」
「え?」
私の宣言を聞き終えたキングさんは満足そうに頷いた後、先ほどの高価な耳飾りを店員さんに渡した。言葉のやり取りから購入する事がなんとなーく伺える。浅学なので暫定、確定はできない。
「あなたがキングの見立てに相応しくなったなら私からあの耳飾りを受け取る権利をあげる。だから、諦めずに走り切ること。分かった?」
「はい!」
GⅠの頂に登るまで数多くの敗北を経験した。だからこそキングさんは挑み続ける事の大切さをよく知っている。そして私に教えてくれている。
私の源風景、憧れを抱くに至った姿は頂点に登った勝者のものだ。その道中の険しさを知るきっかけにはなった、無謀な夢を抱く事なく自分と向き合えた、大きな目標に潰れずにトレセン入学というスタートに立てた。それらはどれも軽視できない大切なことだけど、そこで終わっちゃいけないものばかりだから。
「私も持ってやります。GⅠ勝利の野心を」
「それでこそ私が目をつけたウマ娘よ」
これだけ道を示されておいてまだ目を反らしているようじゃキングヘイローに憧れたウマ娘だなんて言えないだろう。彼女は出走したレースにおいて諦めたことなんて一度もないんだ。なら私も『クラシックレースの完走』なんてぬるい目標で満足してちゃいけない。
同期にはダービーウマ娘の母親を持つシャインさん、同室にはグランプリレースの制覇を目標に掲げる型破りなご令嬢のシャオさん。役者は申し分ないどころか充足している。
「それじゃあキングさん、私これ買ってすぐに帰りますね」
「あまり無理はしないようにね」
「今日は筋肉痛なのでトレーニングはしませんよ。ちょっとトレーナーと話し合う事ができたので」
「存分に話し合ってくるといいわ。あなたを選ぶひとだもの、きっと分かってくれるでしょうから」
「はい!」
会計を済ませてそのまま耳に着けた。軽い素材で違和感がないそれに満足してはいけない。もっと重くて煌めいて、身につけることを躊躇うような特別が待っているのだから。
(やっぱり目指すとしたら皐月賞、だな)
最速。まずはその称号を狙うとしよう。
◇◇◇
トレーナーとの話を終え寮に戻ったライメイジェットはベッドの上でスマホの操作をしていた。昼間に会ったウマ娘との約束のためウマッターのアカウントを作っているようだ。特につまづくこともなく簡素なプロフィールと同室のタカビシャオジョウと共に撮り溜めている自撮り写真の中から適当に見繕ったものをアイコンに設定して自分のアカウントを作成し終えた。
「何をしていますの?」
「ウマッター始めるようと思って。今日私を応援してくれる子に出会えてさ」
「素敵ですわね。この前ツーショットを投稿したこともありますしわたくしも早速フォローしますわ」
「ほんと?ありがとー」
ピコン!
「ん?」
突然の通知にジェットは視線をスマホへと戻した。どうやら誰かにフォローされたようだがルームメイトは未だに操作の途中である。となると誰からかと詳細を見るべく通知欄に指を這わせたところで絶句した。
「ジェットさん?なんだかすごい顔になってますわ……」
タカビシャオジョウの言葉が画面を覗き込んだと同時に途切れる。それもそのはずではあった。
[アグネスデジタルさんにフォローされました]
GⅠ6勝ウマ娘からフォローされるという事態に2人が驚愕の声を上げたことはここで語るまでもない。
強化イベントって心技体のどれかだと思うので。まずは心からとっかかりました。走り切ればいいやなんて気持ちでやってちゃダメですからね。
次回はメイクデビューかも。