あべこべ・ざ・ろっく!   作:ポターて

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1.ボーカル飛び事件

貞操逆転世界──非モテの男にとってあこがれの世界である。

どうせならかわいい女性から言い寄られたいので、男女比が極端ならなおの事良しとされる。しかし、実際そんなにうまくいくことはない。

 

元々非モテの男が貞操逆転世界に転生したとして、異性に対する耐性があるわけがないのに仲良くなって侍らせるなんて到底無理な話だ。

結局のところ、女性が飢えていようとも、扱いの慣れているリア充男子にどれだけの倍率だろうが集まり、弱者男性は淘汰されしまうのが世の常だ。

 

そして、あの際たる例が今、目の前で起きようとしていた。

 

「あっあの先輩!放課後校舎裏に来てくれませんか?」

「…今日の放課後は予定があるから手短にお願い」

「わかりました…失礼しますリョウ先輩!」

 

そういって赤い顔を隠して去っていく後輩の女の子。廊下にて緊張した様子の後輩の女の子に呼び止められて放課後、校舎裏に来てほしいという男の子なら誰もが望むドキドキイベントだ。

もし自分がこんなセリフを言われる立場であったら、放課後までの時間落ち着かなくて、これから受ける授業にまともに集中できないだろう。

 

しかし、ひどく残念なことにその相手は自身ではない。この世界の日本は一夫多妻も認められているのにも関わらずだ。貞操逆転という夢の世界へ転生した藤原あやせは、なぜ世界は僕を追い詰めるのかと、フジは目の前の光景に絶望していた。

 

「なんでリョウはこんなにモテるんだ…?あきらかに僕より告白されること多くない?」

「別にフジはモテなくはないでしょ」

 

「フジ」や「フジくん」とは、藤原あやせという名前を略したもので、友人の間ではこのようして呼ばれることが多い。

 

そして、先程後輩に呼び出しを受けていたフジの隣にいる中性的な女子生徒がフジを差し置いて後輩・同級生に人気が謎にある『山田リョウ』という。

 

ユニセ〇クスな見た目で楽器が弾けて、スタイルもよくて、モテない要素がないのだが、完全に見た目だけであることをなぜ誰も見抜けないのだろうかとフジは永らく疑問に思っていた。

 

リョウはフジのつぶやきを聞いて、モテないこともないと、否定するも、実際フジはこの下高に入って以来告白を受けたことがほとんどなかった。

 

「同年代の子と関わりたいだろ」

「それなら下高はあきらめ方がいい」

「なんでだよ」

 

年上の女性に好かれてもママ活みたいになってしまうので、もっとクリーンな恋愛がしたいとフジは常日頃考えている。しかし、下高では厳しいらしく、それはフジたちが通っている学校ではフジに関するある噂が立っていることが原因だとリョウから伝えられる。

 

「『フジは気に入らない女子を殴る』って噂が立ってるから」

「誰だよ!そんな噂流したやつ!」

「私」

「リョウかよ。なんでそんなことするわけ?」

 

フジはありもしない噂を流した人物に憤慨したが、流した人物の正体をなんと本人から聞かされ、もはや驚きを通り越して、リョウならやるだろうなというある種の納得ができてしまった。

 

「よく変な女の人に絡まれるっていってたじゃん。だってこういう噂流しとけば誰も寄ってこないでしょ」

「いい感じに忘れてたのに思い出しちまった…。というかそれが目的ならもっといい方法あるだろ」

 

フジは変な女に好かれやすいことを自覚していた。その経験上、寄ってくるのはえぐいぐらい酒臭い女やストーカーまがい女などろくな人間が今までにいなかった。

 

酒臭い女については、ベースを忘れ物として、届けただけなのに永遠と絡まれ、挙句の果てに寝落ちし、酔っ払い女のバンドメンバーらしき人が迎えにくるまで延々と担ぐ羽目になったことは今でも思い出す。

 

その日以来、新宿には行かないと心に誓ったが、奴は下北にも出現しており、生態未確定なのが恐ろしい。

 

そんなわけで価値観が近いであろうクラスの女の子と話そうにも、フジと話す時のクラスメイトはやけにオドオドしているなとフジも密かに思っていた。しかし、通う高校でそんな噂が流れてはフジの交友関係が悲しいことになってしまうこと間違いないだろう。

 

「別に貰い手がいなくても虹夏と私は友人でいてあげるよ」

「もしそうなっても虹夏だけでいい、リョウはいらないな」

 

自分で蒔いた種なのにしょうがないといった感じでリョウはそんな提案をしてくる。

 

「…」

「ぐあ、いてえ…」

 

金遣いの荒いリョウがいると家計を圧迫しそうだし、結局虹夏とフジでリョウの面倒を見ることになりそうで反射的に拒否した。すると、クレ〇ンしんちゃんで見るグルグル攻撃をリョウから受け、見た目以上の痛さにフジはうめき声をあげてしまう。

 

「やっと見つけた!リョウ、フジくん大変大変!」

「虹夏。そんなに急いでどうした?」

 

フジはジンジンと痛むこめかみを抑えていると、教師に怒られないように急いで廊下を移動している女子に気づいた。

小走りでこちらへ向かってきた髪をサイドでまとめている元気づけられる印象を持った女の子が『伊地知虹夏』というフジのもうひとりの友人である。

リョウとは異なり、非常に気づかいができていい子なのだが、色々と突っ走りやすい側面がある。

 

虹夏はフジたちを探し回っていたようで、その焦り様からもかなり緊急事態であることがわかる。

 

「ボーカルの子が昨日から連絡が着かないの!ロインは既読つかないし、電話にも出ないし!」

「なんだそれ。まずくないか、今日ライブっていってなかったっけ?」

 

現在、虹夏とリョウは『結束バンド』というダジャレネームのバンドを組んでおり、新しくボーカルギターの子を加えて、ライブをする予定だったのだが、よりによって前日からそのボーカルの子に連絡がつかなければ、最悪飛んでしまった可能性が考えられる。

 

「そう!だからもうどうしよう~」

「どんまい」

「あんたもバンド仲間でしょ!」

 

リョウの呑気な返事に虹夏による鋭いツッコミがはいる。

そのあんまりなリョウの様子にリョウはもっと焦れ、刹那に生きすぎだとフジは思った。

 

「フジくんお願い!今日のライブもキーボードでヘルプお願いできないかな?」

「こればっかりは大変だろうし、いいよ」

「いいの!?ありがとう!放課後STARRY集合ね!」

 

フジが了承の返事を返すと、虹夏はほっと安心した笑顔を見せる。

 

なぜフジが結束バンドにこうもヘルプに呼ばれているのかというと、虹夏にピアノをできること知られてから何度かバンドに勧誘されていた経緯がある。

 

ただフジ自身、バンドへの興味はあったものの、男女のこの世界の価値観に違いに悩み、ガールズバンドに男がいるのはどうなのかという気持ちもあったため、虹夏に悪いと思いつつも保留させてもらっていた。

しかし、虹夏たちのことを考えるとそろそろ答えを出さなければいけないとも考えていた。

 

午後の授業が終わり、即帰宅し、着替えを済ませた後、自前の機材を持ち、結束バンドのライブ予定のライブハウスへと向かった。

 

「お疲れ様でーす」

「よお、フジか」

 

正式なメンバーではないものの、今回の件のような不幸すぎてどうしようもない場合やリョウがサボって虹夏1人になってしまった時はヘルプとして参加することもあった。

 

とりあえずライブの話をしようとライブハウス「STARRY」までやってきた。このSTARRYというライブハウスは虹夏の姉が店長を務めており、その伝手によって、まだ経験の浅い結束バンドがライブハウスでライブをすることが出来ている。顔馴染みである店長にいつものように挨拶するとなにやら不機嫌な様子で挨拶が返ってきた。

 

「フジ、こっちこっち」

 

先についていたリョウに手招きされて、空いている椅子へと腰掛ける。虹夏は今頃必死に助っ人を探しているだろうにリョウは不愛想に椅子に座っている。

 

ライブの事前準備があるため、結束バンドの二人抜けるのまずいと思って、留守番しているのだろうか。おそらくリョウという人間はそこまで考えていないだろう。

 

「店長不機嫌だったけど、なんかあった?」

「虹夏が店長に何も言わずに抜け出しからそれで怒っているんだと思う」

「ああ、例のボーカルの件でか。放課後先に探しに行くとか言ってたな」

「虹夏も全然ロイン返さないから」

「ちょっと探しに行くか」

 

授業が終わり次第、ライブの助っ人を探すために飛ぶように出ていった虹夏は店長に連絡を忘れていたらしい。

 

店長の不機嫌な理由がわかり、何も言わずに出ていった虹夏のロインを送っても、返事がしばらくないため、少し心配になって、近くを探しにいくことになった。

店を出るとタイミングがいいことにちょうど虹夏がギターを背負ってきた女の子と一緒にやってきたことで取り越し苦労にならずに済んだ

 

「やっと帰ってきた」

「リョウ~フジくん〜」

 

虹夏はなんとか間に合ったという様子で出迎えたフジたちに駆け寄った。虹夏が無事に帰ってきてよかった気持ちはあるが、フジたちにとって、現在気になるのは虹夏の連れてきた女の子だ。

 

虹夏が連れ着た少女は見た感じ下高の子ではなさそうで、目が前髪で半分ほど隠れ、常に視線がよそを向いており、姿勢は猫背で服装は制服の上にジャージを着ている。突然現れた初対面のフジたちに対して尋常じゃないキョドリ方をしている。

 

「見たことない子だけど、どこから連れてきたんだ?」

「公園のブランコで座ってたからギター背負ってたし、連れてきた!」

 

虹夏は行動力の擬人化か?と思ってしまうほどの強引さに初対面の子をライブに誘うなんて、フジは虹夏が人類みんな友達と思っているのではないかと驚愕した。

 

聞きところによると、流行りの曲は一通り弾けるみたいだが、それが本当なら今のフジたちには、かなり心強い味方だろう。一方、リョウは虹夏が連れてきた子に対して、特に気にした様子を見せておらず、メンバー見つかってよかったねといった相変わらずの呑気な雰囲気だ。

 

「この子はベースの山田リョウだよ」

「こんにちは」

「リョウは表情が出にくいの!変人って言ったら喜ぶよ」

「嬉しくないし」

 

リョウは感情が感じられない無表情で少女をじっと見つめ、ひたすら困惑させていたが、虹夏に変人と評されたことで、少し頬が緩んでいた。

 

なぜかリョウは変人アピールにこだわっており、その結果ついには野草を食べだし、演じているキャラが人格を侵食し始めている。

 

「こっちが今日キーボードをやってくれる藤原あやせくんだよ」

「どうも」

 

この世界はいわゆる貞操逆転というか男性が少ない世界であり、僕は前世の記憶を残し、転生という形でこの世界に生まれた。

 

極端な人見知りのこの少女は交流が少ない同世代の男子との突然の対面にびっくりしてしまったのだろう。

リョウと虹夏はだいぶ付き合いが長いので、踏み入ったやりとりをするが、自分がこの女の子と同じ立場なら同年代の異性相手に絶対かっこつけていたに違いないとフジは思った。

 

「男の人がいてびっくりしたでしょ。フジくんは乱暴な人じゃないから安心してね!」

「紳士です」

 

フジの転生した世界は女性の人口比率が多く、かつ貞操観念が逆転している。それ故に多少男性が優遇されており、力が強い分乱暴なことが起こりやすいため、フジが高圧的な人間ではないと説明する事で誤解を生まないようにしていた。

 

虹夏が代わりに紹介してくれたため、フジとリョウは、はじめましてのあいさつを終えて、少女の自己紹介を待っていたが、静寂の時が少し流れた後、少女はとてつもなく緊張した面持ちで口を開いた。

 

「あっ後藤ひとりっていいいいます。あっええと、ギターはそこそこ弾けます…」

 

勇気を振り絞った自己紹介がうまくいかなったと感じたのか、後半はかなり声がしぼんでいた。フォローがてらに拍手を送ると、ひとりは気を遣われたことを察して余計に自信を無くしていった。

 

「まだ時間あるからスタジオで練習しよ。あと勝手に抜け出して店長怒ってたよ」

「不機嫌オーラがめちゃくちゃ出てたな」

「ひぃ!も~早くいってよ。ばかばか…あほ~」

「語彙力なさすぎる。ぷぷっ」

「なんで僕を叩くんだよ」

 

お怒りモードの店長に語彙力を無くした虹夏にその様子を笑っているリョウではなく、フジはなぜ自分がぽかぽかと叩かれているのかと解せなかった。

新しく後藤ひとりを招き、ライブハウスに入ったが、ひとりはライブハウスに入るのが初めてなのか、はたから見てもわかるくらいに緊張していた。

 

「ひとりちゃん大丈夫?」

 

虹夏がひとりの様子を察して、声をかける。

 

「私の家!」

「ここあたしの家なんだけど!」

 

どういう事情があってSTARRYはひとりの家となったのか、ひとりはニヤニヤしながら伊地知家を乗っ取っていた。

 

次に虹夏がSTARRYにおける照明やPA(public address) を紹介していると、こちらに気づいたフジたちと顔なじみのPAが挨拶をしてくれた。長い黒髪とところどころに見えるインナーカラーに加えて、口元のピアスからPAはアーティスト感が溢れ出ており、見る人には威圧感を与えてしまうだろう。

 

「いいいいイキってごめんなさい…」

 

案の定PAの雰囲気にやられてしまったひとりは上には上がいると、即へりくだっていた。一方で突如挨拶を返してくれただけの相手に初手謝罪をしだしたひとりにフジたちは困惑を隠せなかった。

 

虹夏によるだいたいライブハウス内の紹介が終わったので、いよいよ練習に取り掛かる。

 

「これ今日のセットリストと楽譜。あとあたしたちインストバンドだから」

 

虹夏からセットリストと楽譜を受け取り、内容を確認して、この曲なら大丈夫だとフジは考えていたら、横からドンドンと音が聞こえてきたので、何の音だと顔を向けると後藤さんが胸を叩きドラミングをしていた。独特すぎる感情表現にギタリストなのか、フジは疑問を持ち始めていた。

 

ライブがすぐに始まるというところで、初めてにして最終の合わせ練習ということで、ひとりも本番前に実力を知ってもらうおうと気合が入っている。虹夏のドラムスティックによる合図の後、一斉に演奏が始まる。

 

「…ド下手だ(キミは最高のギタリストだ!)」

「虹夏、逆になってる」

 

一通りの合わせの練習が終わった感想で思わず、虹夏からそんな言葉が溢れでた。つい虹夏の本音が漏れてしまい、リョウがツッコミを入れるという珍しいことが起こるぐらいだ。

 

相当虹夏にとって衝撃だったのだろう。実際に練習中、ひとりはかなり走った演奏をしており、かなり浮いていた。まあ、ひとりの出会いからして、フリーのギタリストでカッコよく決めてくれると、こちらが過剰にハードルを上げてしまったのにも非があるとフジは感じてはいた。

 

「どっどうもプランクトン後藤です…」

「売れないお笑い芸人みたいな人出てきた!!」

「プランクトンと名乗るあたりまだ生き物と認識されたい小さなプライドが見える」

「うっ!」

「フジくんも余計なこと言わないで!」

 

プランクトンはまだ生物としては最下層ではない、そこをつつくとフジは虹夏に怒られてしまった。そして、ひとりはさきほどの練習で自信を喪失してしまったのか、泣きながら火葬される気満々で可燃ゴミ箱にこもっている。

 

「しょうがないよ!即席バンドなんだし」

「へへへへっへへへへ」

 

無理を言って連れて来た虹夏が一生懸命に励ましているが、ひとりは変な笑い声をあげて虚空を見つめている。

 

そんなひとりのおかしな様子にまた摩訶不思議な女性に巡り合ってしまったのかとフジは身震いした。

 

「あたしとフジくんだってそんなにうまくないし!」

「ひどいな」

「私はうまい」

 

リョウはもうちょっと場の空気を読め、ここはひとりをフォローをするところだろうがとフジは心の中で非難した。

 

「あっえっ演奏もですけどMCも全く役に立てないですし、あはは私の命をもってハラキリショーでも…。ばっバンド名くらいは覚えて帰ってもらえるはず…」

「ロックすぎる!!」

「責任の取り方が戦国時代の武士だな」

 

虹夏のフォローにリョウが空気の読めない一言を入れるが、ひとりは卑屈を通り越し、命を払う潔さを見せ始めていた。

MCがスベりっぱなしの結束バンドであるが、前代未聞のハラキリショーは夜のニュースに取り上げられること間違いない。悪い意味でだ。

 

「ひとりちゃんが野次られたら私がベースで『ぽむ』ってするから」

 

本来の用途ではないし、ベースはそんなファンシーな音はしない。

 

「流血沙汰もロックだからね!」

「ロックだからしょうがない」

「ロックを免罪符にしすぎだろ」

 

ステージの上の血を見て喜ぶなんて闇の権力者ぐらいだろう。

 

「それにうちのバンド見に来るの多分私の友達だけだし!安心せい!普通の女子高生に演奏の良し悪しとかわかんないって~」

「私はわかる」

 

自身の友達でもある普通の女子高生をベースで殴り、流血ロックを見せつけようとしていたわけだが、今度は音楽のセンスを否定し始めた。

この会話を客に聞かれたら大炎上まったなし、イソスタで愚痴られ厄介DMが山ほど飛んでくることになるだろう。

 

しかし、今回の客はバンドメンバーの身内と分かってもひとりはまだ勇気を出せず、ごみ箱から出てこない。

 

「怖いならこれに入って演奏したら?」

「さすがにそれはないだろ」

 

代替案としてリョウはダンボールを持ってきて、それを人が一人入れるサイズへと改造した。

 

「いっつも弾いている環境と同じです!」

 

フジはさすがにこの扱いは拒否するだろうと思ったが、ひとりは躊躇なくその扱いを受け入れ、今までの中で一番安心した様子を見せていた。

 

完熟マンゴーと書かれたダンボールはガタガタと揺れ、色物バンド感が半端ではない。

 

「どんな所に住んでんの?」

「薄々気づいてはいたがこの子変じゃないか?」

「みっみなさん下北盛り上げていきましょう!」

 

姿が見えなくなった瞬間、ひとりは少し気が大きくなったのか、わかりやすく調子に乗り始めた。

フジは背けていた現実を直視し、この奇妙な完熟マンゴーもとい後藤ひとりという人間が変わりものである事実を受け入れる覚悟を決めた。

 

「そういえばひとりちゃんってあだ名とかないの?本名でライブ出る?」

「あっ…。ちゅっ中学では『あの~』とか『おい』とか…」

「それあだ名じゃなくない!?」

 

初めてライブに出るひとりの本名を出すべきか迷って、虹夏があだ名をについて聞くと、その呼びかけに応えるようにダンボール部屋の顔あたりの位置から小窓が開いた。そこからひとりが顔を出すと衝撃の返答が返ってきた。

 

「ひとり…ぼっち。ぼっちちゃんは?」

「ぼぼぼぼぼっちです!」

「家族に心配されない?」

 

リョウがラインギリギリのあだ名を提案したが、それに対してひとりは顔を輝かせてうれしそうに受け入れていた。

 

どう考えてもひどいあだ名だが、本人はいたって嬉しそうなので、フジや虹夏は思わず涙がこぼれそうになっていた。

 

いままでのやりとりでバックグラウンドはある程度察していたが、出てくるエピソードは常に想像を超えてくる。だがぼっちと呼ぶのはさすがに心が引けるのでぼっさんと呼ぼうとフジは心の中で決めた。

 

「あっまだバンド名聞いてなかったです」

「うっ」

「結束バンド。ぷぷっ傑作…」

「ダジャレ寒いし、絶対変えるから!」

 

正直バンド名としてややこしすぎるとフジは思っている。「結束バンド好きなんだよねー」なんて話をしたら、なんで便利道具の話になったんだろう?って絶対に会話止まるだろう。

 

しかし、ぼっちというあだ名を受け入れたひとりは案の定結束バンドもたやすく受け入れてしまっていた。あまつさえ、結束という言葉に感動している節さえ見える。虹夏のバンド名変更の願いは今ここで絶たれてしまった。

 

「とっとにかく下手でも怖くても楽しく弾くことだけは心がけて。音ってものすごく感情が現れやすいから!演奏技術を求めていくのはこれからで全然いいよ!次頑張ろっ!」

 

いよいよフジたちの出番が回ってきたことで、結束バンドとスタッフから呼ばれて虹夏がダメージを受けていたが、それをごまかすようにひとりを虹夏は激励する。

 

「まあ失敗しても毎晩この出来事を思い出すだけだから」

「ひっ!あっあのそれは何ですか?」

「男だと目立つから一応覆面してるんだよ。前は馬の顔だったんだけど、虹夏にかわいくないって言われて犬になったけど」

「あれ首が揺れて気持ち悪いし、気が散る!」

「かわいいのに…」

 

ひとりをフォローしたつもりが悲鳴をあげられてしまったので、そういえばステージに出るときは覆面をしてすることを説明していなかったことをフジは思い出した。

 

前までは馬の首の被り物をしていたのだが、虹夏の評判は悪く、ふわふわの犬の被り物に変更している。前の覆面はリョウからの評判は良かったあたり、覆面を変えたことは間違いなく正解だろう。

 

しかし、フジの違和感を消し飛ばすほどの異物がステージへと上がっており、リョウや虹夏とのギャップで見た目ヤババンドに仕上がっている。ちなみにフジのライブ上での呼び名は「顔面犬P」となっている。命名はリョウ。

 

「初めまして!結束バンドでーす!」

 

フジのせまい視界から確認できるかぎり、でかいダンボールが小刻みに揺れており、それが気になって観客はライブに集中できていない。

 

加えて演奏はミスりまくり、MCもだだスベりと出来は最悪といっていい結果でライブは終わった。

 

「ミスりまくった~!」

「MCスベったね」

「結束バンド名前ネタ何回やってもウケないな」

 

散々な出来ではあったが、即席バンドでもあり、初対面の緊張の中でひとりが頑張ってくれたので、フジ達の中には失敗をしたというよりも不思議と達成感があった。

 

完熟マンゴーと犬顔面がめちゃくちゃな演奏をしているわけで、フジはMCも男とばれないようにまともにしゃべれず、犬のふりしてごまかすという暴挙に出るという愚行を犯した。

 

ひとりは言わずもがなあんなキャラ立った感じで登場したものの大いに人見知りを発揮し大スベりをかましたが、お客さんの反応は見えていないので最早無敵状態だった。

 

「あっあの!つつつつ…つっつつつつつ…」

「何!何!?怖いんだけどっ」

「まて!なにか話そうとしているみたいだ」

 

下を向いて「つ」を連呼しながらにじり寄ってくるひとりに虹夏は若干おびえている。対話を試みようとしていることに気づいたフジは聞く姿勢になりつつも、もしものことを考え、一応虹夏たちの盾になるように前に出る。

 

「次のライブまでにはクラスメイトに挨拶できるくらいになっておきます!!」

「なんの宣言!?」

 

ひとりにとってはものすごくハードルが高い目標であろう決意表明を受け、虹夏はさっきまで行動と宣言の内容のギャップに驚き、リョウは立派になったと謎の保護者目線で涙を流している。

 

ライブの出来はイマイチだったものの、以外にも、このバンドでやっていけるのではないかと期待感を持った虹夏はより親睦を深めようとひとりの歓迎会を開こうと考えた。

 

「よーしぼっちちゃん歓迎会兼反省会するぞ~!」

「ごめん眠い」

「あっきょっ今日は人と話過ぎたので帰ります…」

「結束力全然ない!!」

 

相変わらず空気が読めないリョウとコミュニケーションの許容量が限界突破したひとりの結束とは程遠いバラバラの行動にこれからも虹夏は苦労することがこの場面を切り取っただけでも、予想できてしまう。

 

フジからしても後藤ひとりという人物との邂逅は劇的なものであった。

あんな人間にこれからの人生で後にも先にも巡り合うことはないだろうと思ってしまうほどの衝撃的な出会いだった。

 

「まあ僕は付き合うよ」

「フジくんだけだよ~バンドのことを考えてくれるのは!」

 

苦労人の虹夏のガス抜きの付き合った結果、フジは結束バンドのリーダーとしてストレスを溜めた虹夏の愚痴を結構な時間聞く羽目となった。

 

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