「フジくん、この前はありがとね!」
「僕がいなくても別になんとかなったんじゃないか?」
「全然そんなことないって!ぼっちちゃんのサポートもしてくれたでしょ!リョウもフジくんがいてくれてよかったよね?」
ひとりのステージ上のパフォーマンスや演奏の腕前は要改善ではあったが、当日楽譜を渡されてライブに出演するというのは本当にすごいことのように思う。
一方で後藤ひとりという新たな可能性がいるならば、フジは結束バンドにおける自身の重要性をそこまで感じられなかった。
「フジがいないと力仕事大変だから」
「もっと音楽関連のフォローが欲しかったが、ありがとう」
素直な言い方ではないが、珍しくリョウに気を使わせてしまったように感じたので、フジは卑屈な考え方をしすぎたと心の中で反省した。
「じゃあ今後のバンド活動についてみんなで話し合おう!明日ライブハウスに集合ね!」
学校から帰り道の別れ際に虹夏にそういわれてフジとリョウは再びSTARRYに訪れることとなった。
当たり前のように招集されているが、ナチュラルに丸め込まれて結束バンドに加入されてないか?とフジは内心疑問を浮かべていた。
「ぼっちちゃん遅いなー」
「まだ二回目だし、迷ってるかもな」
違う高校に通っていても、時間帯的にそろそろ授業も終わっているはずなので到着してもおかしくないのだが、ひとりはまだ来ていない。
一晩過ぎて冷静に昨日のライブのことを思い返してしまったのだろうか、ひとりの性格を顧みるに分厚い黒歴史の一ページを飾ったと思っても仕方ない。バンドとはああいうものだ強くなれぼっち!
「ちょっとあたし見てくる!」
そういって虹夏は店から出ていったが、なんと5分もしないうちにひとりを連れて帰ってきた。
「早くない?」
「虹夏ついに瞬間移動を」
「そんなわけないでしょ!ぼっちちゃん扉の前でうろうろしてたの!」
「あっひっひとりでお店に入るのが怖くて…」
やたら戻ってくるのが早かったのでどういうことか聞くと、どうやらひとりは一人でライブハウスに入る勇気が出ず、ずっと扉の前を行ったり来たりしていたらしい。
虹夏が来なかったからずっと入ってこなかったのだろうか。もしかしてひとりをSTARRYまで連れてくる「ぼっち係」を誰かが担う必要があるのかとフジはひとりを手のかかる子を見るような目で見ていた。
「それじゃえっと、思えば全然仲良くないから何話せばいいかわかんない…」
いくら虹夏といえど、会ってまだ2回目ではどう会話をしていいか、わからないらしい。ただライブに誘って一緒に出れるというのはフジの中で、虹夏の基準がわからなかった。
「そんな時のためにこんなものを」
「なんかやたらでかい荷物を持たされてると思ったらそんなもの入れてたのかよ」
フジが今日一日ずっとでかい荷物を押し付けられていたことを疑問に思っていたが、どこかのテレビ番組で見たことがある話のネタになりそうなタイトルが書かれたサイコロをリョウをフジがずっと運ばされていたカバンから取り出した。
ちらっち見えた一面にはバンジージャンプと書かれており、明らかにやばいのも混じっている。
「何が出るかな♪何が出るかな♪」
聞き覚えのあるフレーズを虹夏が口ずさみながらサイコロを振る。この世界でもライオンの番組やっているんだなとフジはノスタルジーに浸っていると学校の話という面で止まった。
「学校の話~!」
「あっそういえば3人とも同じ学校…」
「そう!下高」
「3人とも下北沢に住んでいるから近いところ選んだ」
リョウは高校はどこでもよかったけど、しいて言うなら家から近い下高に入ったみたいな余裕の言い方をしてるが、中学の担任からはそれまでのテストの結果を踏まえて、受験ギリギリまでめちゃくちゃ説得されていたことを忘れているらしい。
「ぼっさんは秀華高だっけ家はここらへん?」
「あっいや県外で片道2時間です」
「2時間!?なんで!?」
ずいぶん遠い学校まで通っているが、ひょっとすると進路の関係で特別な学科に入りたかった可能性もあるとフジは一抹の希望に縋った。
「高校は過去の自分を知らない所にしたくて…」
「学校の話終了~」
しかし、予想だにしないひとりの高校の進学理由にまだまだ底知れぬ闇が解き放たれる前に学校の話は打ち切りとなった。
ひとりのメンタル的に朝早く起きて2時間も電車で通学し続ける生活に絶対耐えられないと思うが、おそらくそこまで考えずに謎の突発的な行動力だけで高校を選んでしまったのだろう。
3年間登下校のたびに何時間も電車で孤独に揺られることを思い描いたのか、後悔しているようにさえ見える。
「リョウも友達少ないから気にしない方がいいよ」
「フジと虹夏だけ。でも休日は廃墟探索したり、一人で古着屋さん巡ったり」
「あっえっそうなんですね…」
コイツ!せっかくひとりが仲間を見つけて心開きかけていたのに一人でいる方が気楽感だすなよとリョウのマイペースさにフジは呆れていた。
「ぼっちちゃん会話を楽しもうよ…?」
ひとりの地雷が多すぎて発言のひとつひとつにリアクションと感情の落差が激しくなり、言葉選びが難しい。ひとりという地雷を起爆させないためのフジと虹夏は爆弾処理班となっている。
「つっ次は音楽の話~!」
また一段と気まずくなった空気と話題を変えるために虹夏はサイコロを振り直した。
音楽の話という面で止まり、これで暗い話になりようがないだろうと二虹夏も安堵した。
「あたしはメロコアとかジャバニーズパンクかな?」
「僕ロックあんまり詳しくないからな。ゲームミュージックとかが好きだな」
一応この世界の音楽事情というのは意外にもバンドが流行っている。もちろん女性が多いことで多少の偏りはあったりするが、ロックフェスなどのバンドのイベントは元の世界と変わりないほどに盛況を見せている。なので、ロックは音楽ジャンルとしての世界でもメジャーな部類とされている。
一方でアニソンやボカロといったオタク系のジャンルは男性人口がいない分熱気も少ない。
「私はテクノ歌謡とかサウジアラビアのヒットチャートを…「絶対嘘!」ほんとだもん」
リョウの魂胆はまる分かりやすい。絶対「へー変わってるね」っていう言葉を言われたいがためのジャンルチョイスだとフジたちには容易に想像できた。
「私は青春コンプレックスを刺激しない歌ならなんでも…」
「青春コンプレックスって何?」
ある程度単語の羅列で言いたいことは理解できるが、辞書にない陰キャ独自の言葉に虹夏は困惑を隠せないようだ。
妄想をしては勝手に落ち込みついにひとりは壊れたラジオのように夏や青春を届ける世のロックバンドの不満を垂れ流し始める。
M〇s.G〇EEN A〇PLEとかWA○IMAとか聞かせたらこの後藤ひとりという生命体はどうなるのだろうか?めちゃくちゃ気になるー!椅子に縛り付けて陽気なMVと一緒に見せつけてー!とフジの中で好奇心が湧き出てきた。
虹夏は改めて先日のライブから自分達の理想のバンド像を思い描いた。
「昨日はインストだったけど次はボーカル入れたいんだよね。ほんとは逃げたギターの子が歌うはずだったんだけど。ボーカルもまた探さなきゃ…」
バンドといえば歌のイメージが強い。虹夏のバンド像もそれに沿ったものであるため、どうしてもボーカルを入れたいと考えている。結束バンドとして始動する上で一番の問題点でもある。
「あたしは歌下手だし、フジくんも声出せないし…。ぼっちちゃんは?」
虹夏はひとりにボーカルの期待をするが、あの人見知りで歌うのは酷だ。次にフジだが、フジの親はかなり過保護厳気味でバンド活動しているのもラインギリギリである。歌を歌おうにも声を出してしまったら即男とバレるし、被り物をしている意味がなくなってしまう。
「リョウは?」
「フロントマンまでしたら私のワンマンバンドになってバンドをつぶしてしまう」
「その湧き出る自信の源は何?」
リョウは正直演奏がずば抜けてうまいため、ボーカルまでやりだしたら見た目も相まって、ソロデビューとしてレコード会社に声をかけられる可能性はあるだろう。だが、面と向かって自逆風自慢に言われるとフジはちょっとイラついた。
「ぼっさんも怒っていいぞ。自分がうまいからって調子に乗るなって」
「あっえっはっはい」
ひとりはなんでも「はい」というのでイエスマンにちょうどいいなとフジはふと思った。
「リョウは作曲できるし、ボーカル見つけたら曲も作っていこうよ!」
「歌詞に地雷多いからぼっさんが書くしかないな」
ひとりは急に自分の名前が出てきたことにびっくりしているが意外と適任ではないかと思う。誰かのかいた歌詞で青春コンプレックスを発動されては結束バンドはサーカスに変えなければならなくなる。
その点ひとりであれば、いい感じに歌詞を考えるついでにサインとか考えてそうだとフジは思った。
「虹夏は何するの?」
「どっドラムはバンド内の潤滑油としての役割がありまして~!」
「就活生か」
実際虹夏がいなければ、このバンドは早々に崩壊してもおかしくはないので、ある意味超重要な役割を担っているといえる。
「フジくんも暇じゃん!」
「フジは客寄せだから」
「あの見た目でどうやって客寄せするんだよ」
いくら男といえども被り物被ってるし、学校ではDV男呼ばわりされてるし、客寄せ効果があるとはフジは思えなかった。
「CD10万枚売れたら顔出しします!とか」
「そんなあからさまなようつべの動画みたいな宣伝嫌だ…」
しかもそういうのが目的で来る人は大抵目的のものが見れたらすぐ離れて行ってしまうからファンにはならないだろう。
「次はノルマの話~」
「のっノルマ?」
今度はノルマと書かれた面で止まったわけだが、こうもバンドの話題に尽きないこのサイコロは一体何なんだ。
「昨日出たライブはブッキングライブだからさ」
「バンド側は動員を保証するためのノルマがあるから集客できなかったら自腹を切らなきゃいけない」
このノルマが本当にきつい。毎回客を呼び込まないといけないし、仮にノルマ以上売ったとしても半分はライブハウスに持っていかれる。いくら経営のためとはいえ、もう少し手心を加えてほしものである。
「つまり売れるまでは滅茶苦茶お金いる」
「ざっくりしすぎ!!」
「実際その通りだしな」
現実的な話、個人のバンド活動は曲を作るにもライブをするにも自腹だし、加えて機材やライブ会場の移動の交通費もかかり、挙げればきりがない。実家がよほど裕福でなければ、バイトは必須だ。
「昨日のライブはあたしの友達が来てくれたけど、ライブの出来もよくなかったから2回目は来てくれないだろうし」
「まああのできはな…金返せって言われないだけましだよ」
フジも観客側で行っていたら次のライブは期待できないと思ってしまうほどの出来だと思った。友達としてフィルターがあっても、お金を払ってきてもらって来てくれているわけだし、半端な演奏をしていては客足は遠のくばかりだ。
「僕もライブに出るなんて周囲には言えないから集客は難しいな」
「リョウも集客は期待できないし、ファンが増えるまでは当分ライブの度に数万はいるね~。ぼっちちゃんも集客は…ね?」
「あっすみません」
虹夏もだいぶひとりの人となりを理解したようで即集客の戦力外通告をする。残酷すぎる宣言だが、よしんば、ひとりの地元の知り合いが興味を持ってくれても片道2時間だしな。まずひとりは地元の同級生に話しかけることすら厳しい道のりとなるだろう。
「というわけでライブのノルマ代稼ぐためにバイトしよう!」
バイトという単語が出てきた瞬間、ひとりは小刻みに震えだした。その震えの余波でひとりの体からは働きたくない・社会が怖いオーラが出始めていた。
そして、それが限界に達したのか、恐る恐るひとりは机の上に泣きながらブタの貯金箱を差し出した。
「なにこれ?」
「あっお母さんが私の結婚費用にと貯めてくれてるお金…。どうせ使わないし…」
「あたし達を鬼にする気!?」
まさに鉄に意志でひとりは労働を拒否する構えらしい。
超激重貯金を差し出してきたことにひとりの相当な覚悟が垣間見えるが、なぜこんなものを持ち歩いているのだろうかとフジは困惑した。
「そんな覚悟を…!ありがたく頂こう」
「「「え?」」」
「ん?」
フジはいたずら心からネタ風に貯金箱をもらうしぐさをすると突然場が凍り付いた。フジは尋常じゃない視線と圧力を受けて、なにかまずったのか冷汗が止まらなくなる。
「フジくんってぼっちちゃんみたいなのがタイプなの?」
「あーあ、フジやっちゃったね」
「なにが!?」
虹夏は驚くほど落胆し、今にも泣きそうな顔をしている。ひとりは顔を赤くしてうつむいており、リョウはあーあといった首を振るジェスチャーをしている。
張本人のフジはこの期に及んでまだなにが起きたのかわかっていなかった。
「この貯金箱もらうってそういうことでしょ!?」
「あ!いや違くて…」
ここでフジがようやく自分のやったことを理解した。この結婚費用の貯金箱を受け取るということはすなわちひとりと結婚しますと言っていることになる。
意図知れず、公開プロポーズの様な状況に大いに慌てて思わず、そんな考えはなかったと、否定してしまう。
「残念ぼっち振られちゃったね」
「ぐすっ…」
「別にぼっさん…いや、ひとりちゃんが魅力ないといっているわけじゃなくて」
ひとりを泣かしてしまい、罪悪感に苛まれたフジはあだ名をやめて名前で呼ぶくらい取り乱していた。虹夏にはやたら詰められてテンパっているフジをリョウはいままで見たことないぐらいニヤついた顔で眺めていた。
前世を含めてもこれ以上にないくらい頭をフル回転させ、必死で僕はもてあそんだわけではないことを誠心誠意説明し、何とか場を治めることに成功した。
「とっとにかく!ぼっちちゃんもここでバイトすればいいじゃん!」
「えっあっえ…?」
「あたしもリョウもいるから怖くないよ!」
「アットホームで和気あいあいとした職場です」
バイトの話へと軌道修正市、ひとりの不安を解消できる案として、STARRYでのバイトを虹夏は提案する。
アットホームなんて言っているが、リョウは不愛想で和気あいあいとは程遠い存在だ。
「内容もドリンクスタッフとか掃除だし!いろんなバンド見れるよ~!」
「いっ…がんばりましゅ…」
断る勇気を持てないひとりは結局押されるがままにSTARRYでのバイトが決定してしまった。ただ接客など人と話すことが強制されることはひとりに地獄となることは間違いないだろう。
やっぱり無理だから断るということなどコミュ障のひとりには出来ず、必死に休む方法について、頭を回らせていた。
「もちろんフジくんもね!」
「え?僕はバイトしないよ」
「あんな風に弄んどいて自分だけ逃げないよね?」
「しゅっ週2なら…」
「週3」
「はい…」
虹夏にさっきのひとりの貯金の話を責められると強くは出られないが故にフジも週3日のシフトでバイトをすることとなってしまった。予定ないバイトをすることとなり、過保護ぎみの親になんて言い訳しようか、フジもひたすら頭を巡らせることになった。
「それとバンドの経費はあたしが管理するね」
「えっあっリョウさんに預けた方がいいんじゃ…」
どうやらこんな身近まだリョウの見た目に騙されいる人間がいたらしい。リョウは音楽以外、いやその気になれば音楽のことも忘れてしまうくらいポンコツであることを知らせて目を覚まさせなければならない。それが自分にとって使命であるとフジは感じていた。
「ぼっさんリョウは見た目だけだから」
「そう!こう見えて滅茶苦茶お金遣い荒いの!お小遣いたくさんもらってるのに楽器いっぱい買うから常に金欠だよ」
最近はもう金遣い荒いどころの話ではなくなってきている。借りる上に全く返す気配ないし、踏み倒そうしているのではないかという勢いでクズの階段をリョウは昇り続けている。
「ぼっさんは絶対にリョウに財布とか見せない方がいいよ」
ほっぺに手を当てて、「てれっ」というしぐさをするリョウにフジは怒りが込み上げてきた。リョウのお金遣いは本当に荒く、実家は病院を経営しているのにもかかわらず、フジに頻繁に金をたかる有様だ。
中でも、ひとりは断れない性格をしているため、間違いなくリョウに食い物にされてしまう危険があるだろう。
「じゃあ近いうちにまたライブできるように頑張ろう!バイト来週からね~学校終ったらうちに直行ね」
「ぼっちばいばい」
「ぼっさん気を付けてな」
「あっはい…」
虹夏が今後の目標を決めて今日のミーティングは終了となった。帰り道が長いひとりは一足先に帰ることになり、扉から身を乗り出してフジたちが手を振るも、それに応じるひとりの手には覇気がない。
「今日はもう解散で!あ、フジくんはまだ話があるから」
「…」
今日の結束バンドとしての集会が終わりを告げたことでフジを帰ろうかと立ち上がると、虹夏に恐ろしい力で肩を掴まれ、その場から動くことができず、冷や汗が噴き出した。
いまだ虹夏はひとりの結婚費用貯金のこと覚えていたようで、居残りを宣言される。誰かに助けを求めようにも、頼みの綱になり得たリョウはいつの間にか、この場から去っており、しばらくフジは解放されることはなかった。