「お前らお待ちかねの給料日だぞ」
待ちに待った給料日。ノルマのためといえど、封筒に詰まったお金へのワクワク感がフジたちには溜まらない。
「「「「やった~!」」」」
「じゃあ一人一万円ライブ代徴収しまーす!」
みんな自分の給料袋をもらっていくが、ひとりはみんなの何倍も初給料に感激している。極度の人見知りであるひとりにとって、大変な思いをして手に入れた一万円は他の人が手に入れる一万円と雲泥の差がある。
しかし、重い一万円の苦労があろうともノルマの徴収ということで、それをすぐに失ったひとりはあまりのショックにまたゴミ箱へと籠ってしまった。
「バンドってお金かかるんですねぇ…」
バンドの費用はライブノルマに収まらず、アルバム作成・そのMV撮影にその他諸々の費用をSTARRYのバイトだけで賄うのは厳しい。
虹夏たちがバイトを増やすという話をしてからというのもゴミ箱の中のひとりが凄まじい勢いでスマホを操作していたので、フジはバイトを探しているのかなと思い、人のスマホを見るのは良いことではないと理解しながらも、好奇心から覗くと?なんと闇金について調べていた。
いくらなんでも最後の最後の手段を選ぶのが早すぎだろとフジは驚愕した。
その最中にリョウに曲が完成したと声を掛けられたにも関わらず、闇金の注意を受けると勘違いしたのか、ギターを担保にするとか言い出していた。
「なんでゴミ箱の上?」
ゴミ箱にこもっていたひとりの元にみんな集まったので、すぐに近くにテーブルがあるにもかかわらず、ゴミ箱の上にスマホを置いてそれを囲うように曲を聴いている。しかし、曲が再生されるとフジはそのことが頭から抜けるほど引き込まれていく。
「結構良くない!?」
「はい!とっても!」
「ぼっちの書いた歌詞見てたら浮かんできた。褒めて遣わす」
「うへ…うへへ…」
喫茶店での話し合いを得て、歌詞を作成する上での悩みが解消されたのか、ひとりとリョウの仲が以前よりも深まっているように見えた。喫茶店での話し合いはどちらも口下手で泥沼になるかとフジは危惧していたが、想像以上にこの二人は相性が良かったみたいだ。
リョウがひとりの頭をなでているのを見て、郁代は嫉妬心をむき出しにしてギターが上手くなったところを見せ、ひとりに対抗していた。そして、郁代の頭をリョウが撫でると郁代はデレデレした雰囲気となり、ホストクラブのようになっていた。
「そうだ!フジくんも曲作ってきたんでしょ!」
アー写撮影が終わった日の晩に虹夏へフジも曲を持っていってもいいかという連絡をしたら驚きはしていたものの、二つ返事がもらえたので今日フジはみんな聴いてもらおうと持ってきていた。
「あ、あー…」
「そうなんですか!」
リョウとひとりの作った曲がめちゃくちゃ良かったので、さっきまで反応を楽しみにしていたが、思わず出すのを躊躇っていた。喜多さんや虹夏の期待の眼差しに観念したフジはスマホを取り出し、『ロキ』を再生する。ちょっと攻めた歌詞だが、ひとりのイメージに合っていると思ったフジは、バンドで活動する転機としてこの選曲にした。
「ぼっボカロ…」
「ぼっさん知ってるんだ」
音源をそのまま持ってきたのでボーカルのキャラの声が入ったままであったため、それを聴いたひとりはすぐに反応していたことにフジは少し驚いた。どっちかというとひとりはサブカルに明るそうだし、知っててもおかしくはないとフジは納得する。
「いいじゃん!フジくんもやるね!」
「この歌詞後藤さんっぽくないですか!?」
「あっそっそうですか…?」
「喜多さん鋭いな」
ちょっと不安はあったがバンドメンバーからはおおむね良い反応がもらえたことにフジは安心してほっと息を吐いた。曲を聴いて郁代は歌詞がひとりのキャラに似ていると指摘していたが、当の本人はピンと来ていないようだった。
「あたしに相談してきた割にはぼっちちゃんの曲作ってきたんだ~」
虹夏はフジの隣ににじり寄り、そんなことを言いながらにらむようにフジを見る。
「別にぼっさんが特別なわけじゃない。みんなのイメージに沿った曲考えてるよ」
「そーゆーことじゃないの!」
てっきりひとりのイメージにあった曲を真っ先に作ったことに拗ねているかとフジは思っていたため、ひとりが特別じゃないことを説明するも、虹夏を口を尖がらせて頬をつついてきた。
「あっこれ匂わせだと思われるんじゃ…?」
「それは気にしなくていいよ。お客さんはこれ聴いてもぼっちちゃんとは思わないし」
ちょっとニヤついた顔で調子に乗ってそんなことをいうひとりに対して、そんな杞憂を虹夏はばっさりと切り捨てていた。その後、虹夏に実物はこの歌詞よりもっとひどいと付け足されたことでひとりはかなりショックを受けていた。
「せっかく曲ができたしライブできるようにお姉ちゃんに頼んでみるね!」
「まだ言ってなかったのか」
「大丈夫だって!この前もすぐ出させてくれたもん!」
そういって颯爽と店長の元へと虹夏は向かっていったが、結束バンドのライブ出演は取りつく島もなく断られた。下手なバンドを身内という理由で何度も出すわけにいかない店長の言い分もわからなくもないが、仲間内で一生やってろと厳しい言葉を放ったことで、耐えられなくなった虹夏は店を飛び出してしまった。
その際に捨て台詞として店長は未だにぬいぐるみを抱いて寝ていることを暴露していった。
「ぬいぐるみってこのパンダとウサギのこと?」
「あらかわいい」
「ギャップ萌えってやつだな」
「その画像消せ!いますぐに!」
リョウの手にあるスマホには店長がソファでパンダとウサギのぬいぐるみを抱えて寝ている姿の画像が映し出されている。リョウはなんでこんな画像持ってるのかフジは不思議で仕方なかった。
「何してるんですか!?伊地知先輩追いかけますよ。ほら、後藤さんも!」
「フジ、ちょっと待って」
郁代にちょっと怒り気味にそういわれて、みんなで虹夏を追いかけに店を出ようとするとフジのみが直前に店長に呼び止められる。
「虹夏に伝えといてライブに出たいならまずはオーディション。一週間後の土曜に演奏みて決めるから」
「わかりました。伝えときます」
どうせ絶対に家で顔を合わせるんだからあんな言い方をせずにもっと素直になればいいのにフジは不器用な人だと思う。しかし、口に出せばシスコンでツンデレな店長に怒られてしまうので心のうちに秘めておき、遅れてフジも虹夏を追いかけに店に出た。
外に出ると店からちょっと離れたところでひとりがなぜか一人で焦ったように辺りをキョロキョロしており、見当違いの方向に走っていこうとしたのでフジは慌てて声をかける。
「おーい!ぼっさんどこ行くんだ!?」
「ひっ!あっすっすみません。みなさんとはぐれてしまって…」
「この距離で!?」
一緒に出ていったのにはぐれるなんてことあるかと思いたくなるが、ひとりは下北沢の雰囲気に慣れていないらしく気づいたら見失ったらしい。
ひとりはよくこれで学校通えているなとフジは思いつつ、虹夏が向かっただろう場所へと歩き始めるとひとりは先ほどフジが店長に呼び止められてたところ見ていたのか、恐る恐るそのことについて質問する。
「あっ店長さんはなんて…?」
「ライブが出たいならオーディションを受けろって虹夏に伝えといてって。ぼっさんは不安そうだな」
バンドメンバー集め、曲作り、ノルマのバイトそして、いよいよバンド活動としてライブをしようというところでオーディション。壁を越えても、壁の連続でここで躓いたらやっていけるのか、とひとりが不安になる気持ちもフジにも理解できた。
「あっはい…まだ人前でちゃんと演奏できないし、何のためにバンドしてるのかって思うようになって…。あっすみません、後ろ向きなことばっかり…」
「自分の思い描いていた理想と現実の違いに落ち込むことは僕もたくさんあるから。でもバンドをする理由はきっとあるよ」
オーディションやライブへの自信がひとりは、はっきりと持てていない。成長というのは自分で自覚できるものではない。夢のバンド活動をしているのに何もできていないのではないかとひとりは常々思うようになっていた。
ただ、みんなとバイトを始めたり、歌詞を考えたり、ひとりの結束バンドを通じて起きた変化はちゃんとあるとフジは思っている。
「フジさんはなぜバンドを…?」
「うーん、最初はなし崩し的な感じだったけど、元々自分の思う曲を広めたいって気持ちがあって、でもそれは誰でもいいわけじゃないんだ。今は結束バンドのみんなとその曲でライブができたら最高だなって思ってさ」
「あっそれで今日曲を…」
リョウがフジにそのきっかけをくれた。普段は金にがめつい奴ではあるが、リョウは誰よりもその人の個性を大事にする。あの言葉がなければ、ずっと自分だけがよさを知っとけばいいみたいなフジはずっと卑屈な考えをしていたかもしれないことからリョウには感謝していた。
「ぼっさんはバンドを組むことが夢だったんだっけ。いまはそこで立ち止まって次の目標が定まってないかもしれない。だから新しい夢を見つけないとな」
「…はい」
ひとりはバンドを組みたいという夢は叶えたものの、その先のビジョンがまだ漠然としていることに不安を感じていた。そんな気負う必要はないとフジは思いつつも、考え込み始めたひとりの姿を見て、彼女なりに何かを見つけたいという意志をフジは感じた。
「お、虹夏たち居たな。見るからに不機嫌だな店長が絡むとあんな風によく拗ねるんだよ」
「別にそんなことないし、でもフジくんもぼっちちゃんもいきなり飛び出してごめんね」
店長がシスコンなのに素直になれないだけなのだが、アフターケアにリョウは向いていないので、代わりにいつもフジが駆り出される。あの虹夏が拗ねるような事態は大体店長が多く、年の離れた姉だし、甘えてしまうなのだろうフジは考えている。
虹夏と先に向かった郁代たちが飲み物を片手に談笑しているのが見え、フジたちが着いたころには虹夏はだいぶ落ち着いているように見える。そこでフジは店を出る前に店長から言われたことを虹夏たちに伝える。
「はじめからそう言ってくれればいいのにお姉ちゃんのいじわる…」
「それに合格したらライブに出られるってことですよね!」
「うんうん」
「この二人が一番不安なんだけどって顔しているな」
前向きな郁代とそれに釣られて楽観的になったひとりを見て、苦笑いをしている虹夏を見て、フジが虹夏の考えてそうなことを予想して指摘するとわかりやすくギクっとしていた。
「二人のパートはオケ流しとくからアテフリの練習だけしっかりしてくるように。今回はがんばなんくていい」
「「はい!」」
「めっちゃいい返事」
郁代の前向きな発言はまさかアテフリを考えていたからだとしたらこの子もなかなかネジが外れているとフジは呆気に取られる。
「ちゃんと練習するんだよ!全員リョウ並みに演奏できることを求めてるわけじゃなくて、バンドらしくなってるのかが見たいんだと思う!」
「バンドらしく…」
バンドらしくという言葉が各々の解釈として課題となりつつ、今日は解散となった。
後日オーディションのための練習にSTARRYに集まると先に着いていたリョウ、郁代、ひとりの三人が髪型をショートヘアにしてフジと虹夏を待ち構えていた。
どうやらリョウがバンドの成長を見た目で表現しようと提案したことで、そこにイエスマン二人が乗っかり、今の事態へとつながる。
フジと虹夏はやっぱりリョウのせいかといった感じで呆れ返った。
「飲酒・喫煙・女遊び、そして髪型はキノコヘア。それがバンドマン」
「イメージがこてこてすぎる!!」
さすがはクズベーシストのリョウ。誰よりもバンドのイメージが終っている。というかこの世界で女遊びはどうなっているんだとフジは純粋に疑問に思ったが、リョウの発言を深く考える方が無駄だと思い直した。
「あっ私と遊んでくれる女の人がいません…」
「下北沢のビレバン前でギターを背負ってけだるそうにしとけば寄ってくるから。ね、フジ」
「ね、じゃねぇよ。馬鹿にしてんだろ!」
このキノコヘアはフジをイメージしているらしく、確かに似たような髪形をしているが故にフジは普通にイラっとした。
放課後STARRYに真っ先に向かっていったからやる気あるなと思ったらこんなこと考えてやがったのかとなおさらフジは憤りを感じる。
「でも成長って目に見えないし、判断基準ぼんやりしてるし」
「はっきりしてるよ!とにかくお姉ちゃんを納得させればいいんだから、練習あるのみ!」
虹夏のいう通り、店長を納得させるには見た目がどうこうよりも、演奏で認めてもらえるようにオーディションの日までひたすら練習するしかないと虹夏の言葉にフジは同感だ。
オーディションの日が近づいていくたびに練習に集中できていないわけではないが、虹夏はひとりがどこか思い詰めているのではないかと感じていた。今日の合わせ練習を早めに切り上げ、一足先に帰ったひとりを急いで虹夏は追いかけた。
「ぼっちちゃーん!驚かせてごめんね!」
「あっいえっ…」
いきなり声をかけたことで驚かせてしまったことを悪く思い、お詫びとしてひとりを呼び止めた場所に自販機が置かれていたので、ひとりの分は何がいいかを聞いてコーラを購入する。
虹夏は自分の分を買うと本題に入る前に喉を潤し、わざわざ追いかけてきた理由を話し始める。
「ぼっちちゃんが結束バンドに入ってくれたのってその場の成り行きじゃん?そういえば、ぼっちちゃんがどんなバンドをしたいとか、何のためにバンドしているとか、聞いたことなかったなって」
「あっ…この前フジさんとバンドをする理由について話をして。それで今日もずっと考えてて、あっ練習に集中できてなかったらすみません…」
「全然そんなことないって。バンドをする理由とか人それぞれじゃん?フジくんなんて一人で曲も作れるし、バンドにこだわる必要なんてライブくらいだし」
自分の目標に夢中になってしまうと周りを巻き込んで、なにも見えなくなってしまう悪いところが自分にあると虹夏は自覚していた。そうやって無意識にひとりやフジにプレッシャーを与えていないか心配だった。
「ぼっちちゃんもフジくんもあたしが無理に付き合わせちゃったりしてないかなーって…」
「あっいいえっそんなことないです…。フジさんも結束バンドでやりたいことできたって」
「そう?ならよかった!」
「虹夏ちゃんは売れて武道館ライブですよね…」
「うーん、私の本当の夢はその先にあるんだ。ぼっちちゃんにもまだ秘密だよ!」
結局ひとりがバンドをする理由について聞くことはできなかったが、久々に二人っきりで話したことで彼女の本音も少し聞けて、改めてバンドに勧誘してよかったと虹夏は思った。
帰宅し、ご飯を食べてお風呂に入り、就寝の準備を整えたが、今日まだやり残していることがある。ベッドに座って気になる彼に電話をかける。何度も対面で会話しているのに電話がつながるまでのコール音はいつも緊張する。
「もしもしフジくん今大丈夫?」
『もしもし虹夏か?大丈夫だけど、どうした?』
「いやぁ今日あんまり話せてないかなーと思って」
彼が通話に出て、こんな時間に電話を掛けたことに対して、どう説明しようか迷ってつい口に出してしまった。大丈夫かな、重い女だと思われていないだろうか虹夏は少し心配になり、誤魔化すようにフジに話題を振る。
「なにしてたの?」
『ちょっと編曲の作業してた』
「お、今度は誰宛の曲作ってるのかな~?」
『なんだ虹夏の曲って言ってほしいのか?』
編曲の作業をしていたのを聞いて今日彼が持ってきた曲のことを思い出した。虹夏もその曲を聴いたときにひとりのイメージを思い浮かべ、彼から曲を持っていきたいと相談も受けていたのも相まって、ちょっぴり羨ましかった。
鈍感か、はぐらかされているのか、おそらく前者だろうが、そんな彼にちょっとした嫉妬心をぶつける。
「どうかな~?ぼっちちゃんにはバンドする理由も話してたみたいだし、二曲連続だったりして」
『そういう虹夏も今日の練習早く終わって、急いでぼっさんを追いかけてたのはどうなんだ?』
「確かにそう思うとぼっちちゃん大人気だね。あたしとフジくんどっちがぼっちちゃんに好かれてるかな~」
『それは僕の分が悪いだろ』
いつの間にか、ひとりの話に変わっており、彼女のいない所でこんなに会話に出てくるのはそれほど彼女の魅力があるからだろう。
他愛もない雑談を彼と交わす。楽しい、最近はバンドも忙しくなったし、二人きりで話すのは久しぶりでもっと話していたいが、あまり長話して彼に嫌われたくないので、ずっと聞きたかった質問をする。
「フジくんは自分で曲作れるなら、なおさら結束バンドに入ってよかったの?」
『うん。むしろ僕がいていいのかって思ってたぐらいだし、曲を持ってきたのもみんなとライブしたいと思ったからだよ』
「その割には入るの渋ってたけどな~」
『本当に嫌だったらちゃんと断ってるって。だから虹夏が誘ってくれた時は嬉しかったよ』
スマホを通しての会話だからだろうか、直接は恥ずかしくて言えないフジの本音が聞けたような気がして嬉しくなった。彼もいずれは男の人として義務を果たすために多くの人を妻として迎えることになる。
でも、このときだけ虹夏は自分が彼のことを独占しても罰はあたらないだろうと思った。
「ふふっそっか。こんな時間にごめんね、オーディション頑張ろうね!」
『おう。あれもういいのか?なにか話があったんじゃないのか?』
「うん、でももう解決したから」
『そうか、じゃあまた明日。おやすみ』
「おやすみ、またね」
通話が終了し、ふうっと息を吐く。顔が熱い。挨拶なんてそれこそ毎日のようにしているが、「おやすみ」と言う機会は今までになかった。照れずにまともにおやすみの返事を返せた自分をほめてあげたい。
ひとりと話し、彼女の悩んでいる姿を見て、フジのバンドに対する思いも気になっていた。
フジを自分の夢に付き合わせているのではないかと不安を感じていたが、彼の言葉を聞いてそれが杞憂だとわかったことで安心してベッドに寝っ転がると疲れが溜まっていたのか、瞼がおりてきて虹夏はそのまま眠りについた。