迎えたオーディション当日の日。演奏しなれたSTARRYのステージに加えて、審査するのが親しい間柄の店長ということもあってメンバーの緊張はあまり見えない。とはいえ初オーディションを一発合格で終えて、結束バンドのスタートを幸先よく切りたい。
特に虹夏は店長に仲間内でやっとけと言われた手前、見返したいと気合の入った表情をしている。
「絶対合格してお姉ちゃんをギャフンと言わせてやろう!」
「「「「おー!」」」」
虹夏の檄が入り、全員にそれが伝播する。
そして、ステージにて各自の準備が終わり次第、虹夏が曲紹介を行う。
「結束バンドです!ギターと孤独と蒼い惑星って曲やりまーす!」
顔を見合わせて、合図をとるとついに演奏が始まる。大きなミスもなく、順調にスタートする。ギター初心者である郁代のミスがありながらも、リズム隊でカバーしていく。それでも郁代の演奏は初めて間もないとは思えないほどのクオリティといっても過言ではない。
そして、サビに差し掛かろうとした瞬間、この楽器が鳴り響く中で鮮明に聞こえるくらいにひとりが足を強く踏み込むと、ひとりのギターの雰囲気と演奏が一変する。
「「「!」」」
切れのある演奏へと変貌し、それに気づいたリョウと虹夏とフジは顔を互いに見合わせ、ひとりのギターを際立させるサポートへシフトする。こんな演奏ができる子だったのか、とフジは驚愕していた。
練習でも見たことがない迫力のあるストローク、そしてなによりそれをここぞという時に出せる本番強さがこのフレーズの中だけでも感じられた。曲が終わりを迎え、全員の集中が弛緩する。出来栄えとしては今までの練習の中でも一番手ごたえがあったといっても過言ではない。
「「「「「ありがとうございました!」」」」」
力を抜いたことで疲労が押し寄せ、肩で息をしながら店長の言葉を待つ。
「お前らがどういうバンドなのかは大体わかった。いいんじゃない?って言いたいところだけど、ドラム、肩に力入りすぎ」
身内がやっているバンドであっても、贔屓目なしに駄目なところはしていくべきだと成長は見込めないと店長は考えている。いつもの姉ではなく、店長としての言葉に虹夏は少し萎縮していた。
「ギター、二人下向きすぎ」
「「うっ」」
人によって違うが、特にボーカルの声の出方に姿勢は大きく影響するので、修正していかなければならない。また演奏に集中しすぎて周りに目を向けられなければ、観客との一体感は生まれない。ファンサービスもライブをする上では欠かせない要素だ。
「ベース、自分の世界に入りすぎ」
リョウの演奏は文句なしで上手いが、それ故に周りに気を配れていない所が見受けられた。
「キーボード、周りに気を使いすぎ」
リョウとは真逆でフジは演奏のカバーに徹底しようとするあまり、店長の視点からはメンバーの演奏を信用できていないようにも見えた。
「アドバイスありがとうございました…」
全員の評価が終わり、虹夏は振り絞った声で返事をする。力を入れて練習をして、なおかつ本番の出来が良かっただけに「次頑張れ」と思えるような言葉に結束バンドのメンバーは落胆を隠せない。
「え?なにそのリアクション…。お前らがどういうバンドなのかはわかったって、ここ喜ぶところだから!」
ただ店長だけがなぜこんなに重苦しい空気になっているのか理解できていなかった。
「多分合格だってことだと思いますよ」
「だから!そう言ってるだろ。…合格」
「もうー!お姉ちゃんわかりにくすぎー!」
妹の虹夏ですら察せないあたり、言葉選びが下手なことが伺えるが、PAがフォローをしていたあたり、オーディションの時はいつもこんな感じのわかりにくい言い方をしているのだろう。しかし、改めて合格という言葉が聞けたことで、全員表情が喜びのものに変わっていった。
「ぼっさんやったな!」
「うぷ…ゔっ…おえっゔぉええ…」
「ぎゃあああ!」
みんなが喜びあっている中、かがんで微動だにしないひとりにフジが声をかけると、顔が真っ青な状態で立ち上がった瞬間、頭の上からゲロを吐きかけられる。
犬のマスクをしていたことで直接顔にゲロを浴びるという惨事には至らなかったが、隙間から凄まじい臭いが漂ってきたことでフジはもらいゲロをしそうになるほど気分が悪くなっていた。
「ふたりともなにやってんの!?」
「ロックすぎてすごいことになってますよ!?」
「ぷぷっ」
マスクの中でもらいゲロしてしまったら、フジの顔面は恐ろしいことになってしまうため、必死になってマスクを外そうとするが、手汗とゲロのぬめりでなかなか外せない。限界が近づいてくる中、虹夏たちがもがいているフジとその横でグロッキー状態のひとりに気が付き、駆けつけてくる。
虹夏と郁代の手を借りて、なんとかマスクを外したフジの顔は冷汗でびっしょりしている。フジの顔が出たときにリョウは真顔に戻ったが、解放された視界にはリョウが口に手を当てて笑っている姿がばっちり見えていた。
「…お前、今笑ってた?」
「笑ってない」
「うそつけ、笑ってただろ!」
「もーケンカしないの!フジくんは早く顔洗ってきなって!」
フジとリョウの笑っていたかどうかの押し問答に虹夏が割って入ると、渋々フジは顔を洗いに行こうとするが、リョウが自分の鼻をつまみ、臭いアピールをした。
これに対してフジは青筋を立てたものの、暴力は良くないと必死に自分を言い聞かせ、歯を食いしばりながらその場を後にした。
その姿を見たリョウは「勝った」といわんばかりのドヤ顔を見せ、もちろん虹夏に滅茶苦茶怒られた。
「本当に申し訳ございません…」
「もう気にしなくていいって!ぼっさん今日調子よかったからその反動が来たんだろ」
気分が落ち着いたひとりは自分がやらかしてしまったことを思い出し、フジに対して土下座をした。フジだからよかったものの、この世界の男性にゲロを吐いたら、ただでは済まないため、そのことを想像したことで死刑宣告を受けた顔をしているぼっさんを宥めてなんとか立たせた。
「そうそう散々人のことを金に汚い人間した扱いした罰だと思えばいいよ」
「リョウそんな態度取るなら今までの借金、直接リョウの家に取り立てに行ってもいいんだぞ?」
「この戦いは不毛だからやめよう。私が悪かったから」
「なんで僕がわからず屋みたいになってるんだ…」
分が悪くなったリョウはやれやれといった態度で謝り、なぜかフジの方が悪いみたいな雰囲気にしようとしていた。
「とりあえずライブは決まったからチケットノルマ一人五枚ずつね!」
そんなリョウとフジのやりとりを虹夏はガン無視し、その様子を見た郁代はバンド内の不和が起きるのではないかと危惧していたが、いつものことだと虹夏が説明したことで困惑しながらも納得していた。
一方でひとりはノルマという言葉に頭がいっぱいになっているようで必死に指を折り曲げ、ノルマ分どう売るか計算しているが、何十回やっても4本目の指で止まっていたので、確実に一枚余っていることがわかる。
「後藤さん泣くほど嬉しいのね…!」
「絶対皆でいいライブにしようね!」
「あれはノルマに絶望している涙だと思うけどな」
かくいうフジもバンドでは顔を伏せているため友人に堂々とライブの宣伝ができない。他に売る方法としては路上ライブ…は許可が厳しくて取れない。校内ライブ…は夏休みで人が集まらない。
家族と親戚の分を除いて、残り2枚どう売るかをひたすら悩みながら帰宅した。ノルマの問題が解決できないまま、オーディションから数日経ったころ大変珍しいことにリョウからチケット販促の路上ライブをやろうという誘いが来た。
「よく路上ライブの許可とれたな」
「取れてない。だから駅前で無許可でやる。怒られたら撤収すればいい」
「まじかよ…」
基本めんどうくさがりなリョウが路上ライブの許可なんて取れるのか疑問に思ったが、ある種フジの期待通りそんなことするわけもなかった。そして、許可がとれてないどころか、無許可で行い、フジを共犯にしようというのである。
「私たち友達いないし、これぐらいのことはやらないと」
「いやいやリョウと一緒にするなよ、僕は他にも友人ぐらいいる」
フジを自分と同じ友達のいない人間だと思っているリョウの勘違いを訂正すると、反論が返ってくると思わなかったリョウは詳細を聞き出そうとする。
「…どこの誰?」
「中学の○○とか」
「…女の子?」
フジはリョウに対してこの話題にはやけに突っかかってくるなと思いながら、質問に答える。
「男だけど覚えてないのか」
「ならいい」
「なんなんだ…」
勝手に質問にして、勝手に納得したリョウに困惑しながら、フジには結局何が聞きたかったのかわからないままだった。
それこそお互いの共通の友人である虹夏はバイトの都合で今日は来ることができなくなってしまった。
「もう日程ずらして結束バンドのみんなとやればよかったんじゃないか?」
「ぼっちも郁代も自分の練習があると思うし、ライブとはいってもノルマのためだから付き合わせられない」
「いや僕ならいいんかい」
「嫌なら別に付き合わなくてもいい。一人でもやるから」
リョウはフジの性格をよく知っている。口ではやいのやいの言ってはいるが、こうしてあっさり引き下がってもなんだかんだフジは最後には引き受ける。リョウはいつもそうやって金を毟ってきた。
「嫌とは言ってないだろ」
「ちょろ」
「聞こえてんぞ」
駅前に到着すると人通りが多くなり、その人たちに足を止めてもらうためにちらほら路上ライブをやっている人も見受けられた。フジは機材のセッティングをしている途中でライブをする上で重要な被り物を持ってきていないことに気づいた。
なにせ誘われたのが昨日でオーディションまで使っていた奴はゲロまみれになって新しいのが必要となり、いますぐ使えるものが手元になかったことで完全に頭から抜けていた。
「犬の被り物持ってきてないけど、どうすればいい?」
「大丈夫、ちゃんと考えてある。恥ずかしがり屋の友達の代わりにヘルプで来ましたっていいえばいい」
フジはどうしようか迷い、リョウに相談するとこの事態をあらかじめ想定していたらしく、ギリ自然といえなくもない設定を用意していた。いくら男がライブをするといっても名も知れぬバンドの演奏に足を止める人とは限らないし、顔を出すリスクはそんなにないだろうとフジは高を括っていた。
「いまから路上ライブをやります。良ければ見て行ってください」
黙って演奏するのもどうかと思ったフジは一応口上を述べて、リョウが新しく作ったまだひとりの歌詞がつけられていない後に「あのバンド」となる曲の演奏をする。『ギターと孤独と蒼い惑星』に続いて、自分にはできない最高の作曲をするリョウをフジは少し羨ましく思った。ライブを始めてから数人が足を止めて聞いてくれている。
「あの~歌は歌わないんですか?」
その言葉に対して、リョウたちが他にいた観客に反応を窺うと同じような期待を持っていたらしい。一応マイクが用意されているため、どうしようかとフジがリョウに目線を向けると、二人で一曲ずつ歌おうかという話になった。
「では『メルト』という曲を次はやります」
路上ライブ自体が初めてでさらに観客がすでにいる前で歌うとなると緊張が押し寄せてくる。声が出るかと不安になりながらイントロが弾き終わるとフジは息を吸い込み、歌い始める。
ひとまず声がしっかり出ていることに安心し、女性目線の歌詞である『メルト』の歌詞を男性目線にアレンジされたものを歌う。ボーカルの目線に立つと、緊張も相まって楽器を弾きながら観客の方を見て歌うことは想像以上に難しく、ギターを弾いて歌っている郁代の大変さが身をもって知ることができた。
歌い終わり、曲が終了すると、拍手が送られてフジは一礼した後に顔を上げるといつの間にか観客が二桁に届くぐらいにまで増えていたことに驚いた。
「ファンになりました!ライブ楽しみにしてます!頑張ってください!」
「すみません、僕はバンドメンバーじゃないんですよ。今日は友達の手伝いで来てて…」
「じゃあ別のバンドでやられてるんですか!?」
「え~いやしてないっすね…」『リョウ!助けて!』
「…」
『おーいリョウさーん!もう限界なんだけど!』
いきなりの観客からの質問攻めになんとかボロを出さないように気を付けていたものの、リョウにつけられた設定ではさすがに捌ききれなかったので、フジはリョウに助けてくれという目線を送るが、リョウはひたすら無言でこちらを見つめるだけで全く動く気配はない。そして、リョウが機嫌悪そうに話しかけるなオーラを出しているため、より一層フジに人が集中する。
「そこの人たち!ライブするのをやめてください!」
「すみません!注意が入ったのでライブはこれで終わりです!」
幸か不幸か、もう一曲を今度はリョウが歌うはずだったが、人が増えすぎたのか警官に注意をされてしまったため、これ以上続けることはできなくなった。
一枚でもチケットが売れれば御の字であったが、意外と売れたのでフジたちは観客にライブを終了することを伝え、機材を片付けて帰路につく。
「あんなに人集まるとはな」
「なんかチケット売れた」
なんか売れたって路上ライブの目的はチケットの販促だろと心の中でツッコミながら、フジは今日の誘いは珍しいことにリョウ主導だったことを思い出した。
「思えばリョウから誘ってくるなんて何気に初めてじゃん」
基本的に一人で過ごすことが好きなリョウがフジや虹夏を誘うことはいままでになく、3人で集まるときはほとんど虹夏が主導でたまにフジが提案することもあるといった感じだった。フジはライブ終わりの帰り道で何か心境の変化でもあったのかとリョウに尋ねた。
「…別に荷物持ちが欲しかっただけ」
「いや、ギターくらい自分で持てよ…」
荷物持ちなんて口実で本当はなんとなくライブセッションをしたかったというのがリョウの本心だ。ただ真っ正面から誘うのはなんとなく気恥ずかしかった。それっぽいこと言って誘われ待ちを試みた。
虹夏はなんか企んでるんだろうなと察していたが、鈍感なフジには通じなかった。
チケットの販促という名目で路上ライブに誘えば、ノルマも消化できるし一石二鳥だとリョウは考えて今日を迎えた。個性にあふれた結束バンドのメンバーは何にも代えられない。でもそれと同じくらいリョウにとって同い年の二人の友人と過ごす時間も好きだ。
「草しか食べてないし、お腹減った。なにか食べに行こう」
「別にいいけど、お金あんの?」
「3000円ある」
「それさっき買ってもらったチケット代だろ!」
ノルマのチケット代を自分のご飯代に充てるのはさすがに冗談だったようだが、つまりそれはリョウはお金がなく、フジに奢ってもらうということを意味している。
「家遠くないんだし、家のご飯食べればいいだろ」
「じゃあフジの家でいいよ」
「なにがじゃあなんだよ」
さっきの路上ライブのフジの姿を見て、リョウの心はざわついていた。虹夏やリョウ以外の友人がいると知った時や路上ライブで複数の女性に囲まれているのを見た時、フジに対して独占欲が生まれたのか、お気に入りのものがよく知らない人間にとられる気がして嫌だった。
これからも悪い虫にフジが現を抜かす暇がないようにしっかりとスネをかじらせてもらうから覚悟しとけと心の中で宣言する。
後日SNSに観客の誰かが撮ったリョウとフジの路上ライブの動画がアップされたことで、すぐさまその情報は虹夏に伝わり、別にやましいことなど二人には何もないのだが、虹夏の目線が厳しいものになった。