あべこべ・ざ・ろっく!   作:ポターて

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戻すタイミング失いました。今回と次回は引き続き三人称視点です。








7. 後藤家へ行こう

リョウを除いたフジ・虹夏・郁代の三人は横浜の住宅街を歩いていた。その目的とは下北沢が少し離れたところにあるひとりの家に向かうためだ。

 

「リョウ先輩もくればよかったのに」

「おばあちゃん今夜が峠なんだって今年で10回目だけど」

「リョウのおばあちゃんドリフトの練習でもしてるんじゃないか?」

 

虹夏とフジはリョウのこの手の断り方に慣れてるので、嘘だとすぐにわかる。峠に行きすぎてフジの中でリョウのおばあちゃんは走り屋のイメージとなっている。

 

「二人っきりで路上ライブはしてたみたいだけどね…あたしも急にバイト入っちゃったからな~」

「私も知ってますよ!駅前ですごい二人組がいるって話題になってました!私たちも誘ってくれたらよかったのに!」

「どうかな?二人っきりで何かしてたんじゃないかってあたしは怪しんでるよ」

「なにもねぇって」

 

ライブ経験者だけでやろうとしたのはちゃんと理由があり、実家が遠いひとりをオフの日に誘うのは申し訳ないし、環境が整っていない路上で初心者の郁代をライブさせるのはハードルが高いと二人に対してリョウなりに気を使っていたらしい。

 

「帰りにフジくんの家に寄ってたんでしょ!家に帰ってこないってリョウの両親からウチに連絡きたし!」

「えー!私の家にも先輩呼びたいです!」

「リョウのふてぶてしさなめすぎだから。勝手にもの置かれるし、自分のスペースなくなるから家にあげたこと後悔するぞ」

 

フジの前世の価値観ならば、リョウとフジの状況はベーシストのバンドマンが女の子の家に頻繁に出入りしているのと同じであり、ちゃんと悪いバンドマンの素行と言っても過言ではない。

 

「それはちょっとわかる…。あっ着いたよ」

「…後藤さん家って旅館でしたっけ」

「どうみても普通の一軒家だな。恐ろしいことに表札も後藤って書いてある」

 

屋根から横断幕がかかっており、そこに『歓迎!結束バンド御一行様』と書かれている。初めてくる虹夏たちにとって家の場所がわかりやすくていいのだが、ご近所の視線とか気にならないのだろうかとフジは思った。

インターホンを押し、ひとりの応答を待っていると扉が開き、同時に勢いよくひとりが飛び出し、手に持っていたクラッカーが鳴らされる。

 

「ぼっちちゃん楽しそうだね…」

 

「なにかのドッキリか…?」

 

「いや…あっはい…」

 

ひとりの姿をよく見るといつものジャージに1日巡査部長と書かれたタスキをつけ、顔には星型の縁のサングラスとつけ髭という小学生でもギリ笑わないだろう格好をしていた。

クラッカーの紙吹雪が虹夏たちに降りかかり、もはやなにかのドッキリかと疑うレベルの衝撃的なひとりの登場に虹夏たちはどういうリアクションを取ればいいかわからずにいた。

 

絶対にウケると思ったひとりもこの空気の収拾を付ける技量を持っているわけがなかったため、よくわからない雰囲気のままひとりの家に上がった。

 

「おすすめの映画持ってきましたよ~!」

「今日はライブで着るTシャツのデザイン考えに来たんでしょ!皆バラバラな服だと見栄え悪いからって!」

「さすが虹夏、丁寧な説明助かる」

「まあね!ともかく遊びに来たんじゃないからね!」

 

遊びに意識が向いている郁代へ虹夏の注意が入りながら、ひとりの部屋が開かれると、誰かの誕生日会でも行うのかと思われるほど、その部屋は飾りつけやライティングが施されており、ひとりの友人が家にやってくるイベントへの浮かれ具合が伺える。

 

「あっいますぐ片づけますね…」

「虹夏…こんなに準備したのにひでえよ…」

「やっやっぱりちょっとは遊ぼうかな!」

 

先ほどの虹夏の言動とは場違いな自身の部屋の有様をひとりは猛省し、風船を一個ずつ割っていく様子に虹夏は罪悪感に駆られて自ら主旨を捻じ曲げることになった。

 

自身が浮かれていたことを自覚したひとりが落ち込みながら飲み物を取りに出ていくと、改めてフジ達は装飾された部屋を観察する。

 

「それにしてもすごい飾りつけだね~」

「でもエフェクターとかギターとか何もありませんねぇ。もっとロックな感じの部屋想像してました」

「なんで盛塩が置いてあるんだ…?」

「ほんとだ…壁にお札も貼ってあるよ…」

「ロックですねぇ…」

 

ひとりの部屋はロックという音楽の次元ではない。事故物件の怨霊だ。家族からもこの扱いを受けているところを見るとあのネガティブさは後藤家特有のものではないらしい。

フジたちもひとりの発作を見るたびにお寺に連れていってお祓いしてもらった方がいいのではないかと思う時がある。

 

「それお姉ちゃんがこの前お化けにとり憑りつかれたから貼ってあるの~!」

 

部屋の隅に置かれている盛塩や壁に何枚も貼り付けられているお札に戦々恐々としているとひとりに似た小さい女の子がペットと思われる犬と一緒に顔を覗かせていた。

 

「ぼっさん妹いたんだ」

「後藤ふたりです!犬はジミヘン!」

「「かわいい~」」

 

虹夏たちは姉であるひとりのバンドメンバーだと言うと、初対面でも恐れずにふたりはギターを弾いてとねだったり、次はいつうちに来るのか聞いたり、人見知りの姉の性格とは正反対だ。また犬のジミヘンも初めて会う虹夏にすり寄っており、人懐っこいことがわかる。

 

「あやせくんはお姉ちゃんの彼氏なの~?」

 

指を口に当てながらじっとふたりに見られていると感じていたフジはどうかしたのかと目を合わせると、フジをひとりの彼氏と勘違いしていたようだ。

 

「えっちょ…」

「違うよ。なんでそう思ったの?」

「だってお姉ちゃんけっこんのお金もらってくれた人い「ふたりー!お姉ちゃん大事な話があるから下で待ってようね!」

 

ふたりの声をかき消すために大声を張り上げ、見たことないくらい俊敏な動きでひとりは妹のふたりを連れ出した。

 

結婚貯金という単語が出てきた瞬間の虹夏のフジに対する目の据わり方が尋常ではなくなり、フジは冷房がそれほど効いているわけでもないのに肌寒さを感じ、在りし日の夜のことを思い出させた。

 

「あれくらいの子が一番かわいいよなー」

「えっあっフジさん、ふっふたりはコードも抑えられないし、歯ギターもできないですよ…」

「急にどうした?」

「ぼっちちゃんさすがにあんなに小さい妹に対抗意識燃やすのはどうかと思うよ…」

 

兄妹に憧れを持っているフジはふたりを褒めると、妹にフジを盗られる危機感を抱いたひとりはフジの服の裾を引っ張り、必死に自分を売り込んだ。見捨てられないように5歳の妹と張り合っているひとりを傍から見た虹夏は少し引いていた。

 

「ちょっと気になったんだが、後藤家に3人目の子どもが産まれたら名前どうなるんだろう?」

「確かに気になりますね~。後藤さんの両親の名前はなんていうの?」

「あっお母さんもお父さんも普通の名前です」

 

ひとりやふたりが生まれたときにつけられたもので、特別に後藤家が数字に関する名前の付け方をするというわけではないようだ。

 

「ひとりちゃん、ふたりちゃん…さんにんちゃんはちょっと変かもね

「後藤サンちゃんなら可愛くないですか?」

「フルネームでさん付けされるとき後藤サンさんって呼ばれることになるけどね」

 

それ以外にも、もの○けの姫みたいな名前を付けられたら、学校で変ないじられ方しそうだ。

 

ただこの部屋の有様だと集中できないので騒がしいパーティー部屋から少し派手な部屋ぐらいに少し片づけ、飲み物やお菓子の準備が整ったところで虹夏が改めて今日集まった目的について切り出す。

 

「じゃあ、みんなTシャツのデザイン案考えよう!思いついたアイデアがあったらこれに書いて!」

 

虹夏から一人ずつスケッチブックが渡され、色えんぴつで各々ライブで着たいTシャツのデザインをそこに描き、一番よかったものを採用し、実際にTシャツにしようというのが、今日の目的だ。

 

「無難にロゴTでもいいんだけど、せっかくだから物販にも売りたいし!」

「虹夏ちゃん物販に貪欲…」

 

虹夏が物販に貪欲にならずとも、リョウという金の亡者が必ず物販に手を出すことは間違いないので、いずれにせよ誰かがやるなら虹夏が担当したほうがまだましな選択だろう。虹夏も虹夏でただの結束バンドをぼったくった値段で売っているので、どんぐりの背比べだ。

 

「できました~!」

「早いな」

「お!どんなの?」

 

全員が書き始めてからそんなにも時間が経っていないが、すでに描き上げた郁代が自身のデザイン案を発表する。

 

「コンセプトは友情・努力・勝利です!」

「体育祭で見るやつ!」

「曲はちょっとネガティブな感じなのにTシャツが熱血体育会系なのアンバランス過ぎない?」

 

郁代の出したTシャツ案はまず色がどピンクで星が散りばめられており、真ん中には結束バンドと書かれ、その横に一致団結や優勝の文字が見える。まるで強豪校の部活動の応援幕のようなデザインは結束バンドの雰囲気と比べて、Tシャツが元気すぎる。

 

郁代がTシャツ案を出してからひとりは小刻みに震え、いつもの発作が発動する。今日は猛暑日ということもあってひとりの体はドロドロに溶けており、ひとりの体の有様から真夏が到来したことをフジたちは実感していた。

 

「私が何かやっちゃいました?」

「なにがトリガーだったんだろうな」

「喜多ちゃんも罪な女だね~」

 

ひとりのぼやきを聞く限り、体育祭に相当のトラウマがあるようで郁代のTシャツからそれを思い出したらしく、陰キャのトラウマイベントランキングの中でも第一位らしい。

 

引きこもりで運動能力皆無なひとりにとっては地獄のようなイベントであり、かといって積極的に参加しなければ、和を乱しているとチーム内で吊り上げられるという陰キャには絶望しかない。

 

「えー体育祭楽しくないですか?みんな協力して優勝するぞって感じで」

「喜多ちゃんはね…ぼっちちゃんは直射日光、高温を避けて保存しないといけないから」

「ぼっさんのクラスが振り分けられる組はいつも負けてたんだろうな」

 

体育祭の勝利は一人の力でどうこうなるものでもないので、チーム全体の責任なわけだが、ここまでのトラウマ級の思い出となると、ひとりは疫病神扱いでもされていた可能性が浮上してくる。。

 

「ほら、ほんとにいるでしょ?」

「ほんとだ。あのひとりが家に友達を呼ぶなんて、しかも男の子もいるじゃないか!」

 

「あっお邪魔してます」

 

買い物から帰ってきたひとりのご両親が部屋にまで様子を見に来ていたので、フジたちは改めて挨拶をする。

ちょうどお昼時であり、一緒にご飯を食べようと誘われたため、お言葉に甘えてフジたちも同席させてもらった。

 

「まだまだたくさんあるからいっぱい食べてね!」

「「「ありがとうございます!」」」

「ちなみになんだけどレンタル友達とかそういう類のものではないんだよね?」

「正真正銘のバンド仲間です!」

「え…」

「そこ疑われることある?」

 

普段のひとりの様子を見れば、学校生活に苦労していることはフジたちにもわかるぐらいであるため、間近で見ている家族もそのことを承知しているのだろう。

真に恐ろしいのは家族でさえ、ひとりは青春コンプレックスを引きずるあまり、レンタルで友達を作って、自宅に呼びかねないと考えていることだ。

 

「藤原くん良い食べっぷりだねぇ」

「毎日食べたいくらいうまいです」

 

親が家を空けることが多いため、フジはご飯をコンビニで済ませている。

 

この世界の女性人口の需要からコンビニのご飯はヘルシーであったり、甘いパンであったり、女性を対象にした商品がほとんどであるため、ひとりの父が作ってくれた唐揚げはまさにフジが求めていた食べ物だった。

 

「ほんとによく食べますね。もうなくなっちゃいますよ!」

「あたしも食べたいからちょっとは残してね!」

 

吸い込まれていくようにテーブルの上のおかずが減っていくことに郁代は驚愕し、虹夏もこんなにガッツリ食べる姿はなかなか見ないと思いつつ、全員の分を食べ尽くしてしまいそうな勢いのフジを軽くたしなめる。

 

「ふふっそんなに気に入ったなら、ひとりがお家に伺って作って上げれればいいんだけど、この子お料理得意じゃないから」

「大丈夫!父さんと同じもの作れるようにみっちり教えてやるからな!」

「お母さん!お父さん!そういうこと言うのやめてよぅ…」

「まじですか!ぼっさん頼む。僕のために作ってくれ!」

「あっがっがんばりましゅ…」

 

『毎日味噌汁を作ってくれ』と同じニュアンスのプロポーズ同然の言葉をフジが放ったことで、ひとりも俯きながら了承の返事をする。

 

虹夏や郁代はまたやってるよといった感じの呆れた視線をフジへと送り、フジは遅れて自身の発言が相手にどう伝わったのか、について理解する。

 

「ほら~またそういうこという!」

「フジ先輩、さすがに家族の前で言うのはちょっと…」

「いっいや社交辞令じゃないけど、そうなってくれたら嬉しいなって感じのあれだって」

「藤原くんは平然とこういうこと言っちゃうタイプなんだね…」

 

初対面であるひとりの両親からも少し呆れられた視線を受けたことで、虹夏たちは今後フジの言動の改善がより必要だと思った。

 

ご飯をごちそうになり、その片づけが終わって、ひと段落ついたところ、またTシャツ案会議の再開しようかという合間にふたりが手に何かを持ってこちらへとやってくる。

 

「喜多ちゃんこれなに~?」

「それは私のお気に入りの映画!とっても胸がキュンキュンするの!」

「あ!その映画あたしも気になってたんだよね~!」

「じゃあ今から見ちゃう?」

「「「さんせ~い」」」

 

ふたりが手に持っていたのは郁代が持ってきた映画のDVDであり、内容は胸キュン青春ストーリーだという。虹夏もこの映画は元々気になっていたということからみんなで鑑賞会をする流れになった。

 

女性向けのジャンルというのも相まって、この世界においても胸キュン映画は普通の胸キュン映画である。フジはこんな俺様気質の男いないだろと斜に構えた見方をしていたが、ひとりを除いた女性陣は大盛り上がりだ。

 

「壁ドンシーンとかキュンとしちゃうよね~!」

「フジ先輩、全然わからないって顔してますよ虹夏先輩!試しに実践してみましょう!」

「いやいや別にそこまでする必要ないけど…ってもう準備完了してるし」

 

女性陣と男性陣の露骨な温度差があることから胸キュンシーンを再現という提案が郁代から出され、フジが反論するころには既に虹夏はリビングの壁でしおらしい顔をして待ちの姿勢に入っており、いつの間にか壁ドンをやらざるをえない状況となっていた。

 

仕方なく、フジも壁のそばまで移動し、胸キュン映画と同じように腕を突き出して壁に手を当てて、虹夏との距離をぐっと詰める。

 

「「…」」

 

しばらく見つめあうと心なしか虹夏の顔が赤くなっており、何が正解なのかわからないが、とりあえずこれだけ遊びに付き合ったんだから十分だろうと思い、フジは壁ドンの姿勢を解いた。

 

「これで満足か?」

「う~ん、なんか物足りないですね。そうだフジ先輩!壁ドンしたままキュンとするセリフ言ってみてください!」

「今度はセリフ付き…しかも人の家で。準備するの速いし…」

 

郁代からすると満足のいくものではなかったようで、やり直しを要求されたのだが、さきほどと同様にフジが渋っている間に止める暇もなく、虹夏はすでに準備が完了していた。

 

渋々フジは虹夏が立っている壁のそばまで近寄って壁ドンを行う。一回目とは違ってここでキュンとするセリフを言わなければならないのだが、そんなセリフの引き出しをフジは持っていないので、さっきの映画のシーンを必死に思い出し言葉を絞りだす。

 

「虹夏はほんとにわがままだよな」

「…」

「そこがかわいいんだけど」

 

映画では「俺の目を見ろよ」的なことを言っていたが、そんな王様系のセリフは恥ずかしかったので、フジは下げて上げる戦法をとった。

 

「キャーッ先輩!すごくいいですよ!」

 

女性陣の反応は好評らしく、郁代は大盛り上がりしており、虹夏もこれには大満足なのか、顔をフジの胸板にくっつけて悶えている。

その一方で恥ずかしいセリフをいったフジは只々しんどい思いをしていた。

 

「なんだよこの遊びは…」

「フジ先輩!もう一パターンお願いします!ほら虹夏先輩も待ってますよ!」

「これまだやるの!?」

 

相変わらずスタンバイが速い虹夏は壁に背中をくっつけて微動だにしない。しかもさっきまでとは異なる虹夏の態勢に郁代はとある確信を得ていた。

 

──虹夏先輩、完全にキス待ちの顔だ!

 

今回の虹夏は目を閉じて、唇を固く結んでいるが、唇を心なしか少し前に出しているように見えるため、郁代にはすぐにわかった。

しかし、傍から見ていても、いつも虹夏とじれったいやりとりをしているフジはそんなことに気づく様子もなく一体どうするのか、郁代は野次馬根性むき出しにしていた。

 

「あやせくん!お姉ちゃんも壁ドンやってほしいって!」

「えっちょあっ私なんかがその…」

 

そんな攻防が繰り広げられている一方胸キュン映画に青春コンプレックスを刺激され、ダメージを受けていたひとりは気を持ち直し、いつの間にか我が家で繰り広げられている青春ごっこに再び心をえぐられていた。

 

そんな姉の姿を見かねたふたりは絶対に自分から仲間に入れてほしいと言えない姉の性格を理解し、気を利かせたが、当の本人はいつものごとくネガティブ思考に陥り、しどろもどろになるだけだった。

 

「しょうがないな~ぼっちちゃんに譲ってあげよう!」

「後藤さんもなんだかんだ憧れてたのね!」

「ひぃ~」

 

それまで若干置いてけぼり感を感じて傍から見ているだけであったが、半ば強引に虹夏と郁代に連れられたことで情けない声を出している。この地獄から解放されるかと思ったフジだったが、どうやらまだ続くらしく、ひとりが相手ならまだそんなに無茶しなくていいと無理やり自分を納得させた。

 

ドンッと音が鳴るくらい勢いよく壁に手を当てて、壁際に立っているひとりとの距離を詰める。しかし、一切ひとりはフジの顔を見ずに視線を下に向けているので、傍から見るとひとりがカツアゲされているようにしか見えない。

 

雰囲気が全然なかったので、どうしようかと思ったら郁代から強引にセリフにいけといった感じの指示を受けて、またも唐突なアドリブにフジは頭を悩ませる。

 

「ぼっさんはいつも根暗で地味だから付き合ってくれる人なんていないな」

「…」

「僕以外」

「…ふへっ」

 

学校でのひとりの姿を想像して浮かんだ言葉を口に出し、言い過ぎたと思いすぐにフォローの言葉を入れたが、なんでこんなことしているんだろうとフジは自分で言ってて死にたくなった。

 

さすがにキモすぎたかなと思ったが、ひとりの反応は想像以上にニヤついており、不気味さを通り越してそこまで喜んでくれるならよかったとフジは前向きに考えることにした。

 

「フジ先輩本当に才能ありますね!俳優とかやってました?」

「…喜多さんその手には乗らないよ。おだててもっと恥ずかしいシチュエーションやらせる魂胆だろ」

「あっばれちゃいました?てへっ」

「…」

「痛いです!フジ先輩!」

 

舌を出し、手をこめかみに当ててぶりっ子ポーズをして誤魔化そうとしているのだが、妙に様になってかわいいのにムカついて、フジは郁代の額を小突いた。

 

「フジくんやりすぎ~!ぼっちちゃんの様子が変なんだけど!」

「口角上がりすぎて口の形が飛ぶ斬撃みたいになってますよ!」

「あやせくん、ふたりにもやって~!」

「もう少し大きくなったらな」

 

目の前で繰り広げられている光景を見て後藤母は自分も胸キュンシチュエーションに入れてもらえないか、ソワソワしており、後藤父は引っ込み思案の娘に遊んでくれる友達ができたことに喜んでいるため、誰もこの場をまともに仕切れる人間が存在しなかった。

 

 

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