ローエングラム朝銀河帝国建国の年。
前王朝の腐敗の温床であった高級士官の個人の金銭問題。
その改革をした結果、提督たちは慣れない確定申告に頭を悩ますのであった。

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銀河英雄伝説外伝~提督たちの確定申告~

「エヴァ、これで良いかな?」

 銀河帝国軍宇宙艦隊司令長官ウォルフガング・ミッターマイヤー元帥が愛妻に確認を取る。

 疾風の勇名をもって鳴る名将だが、家計支出に関しては奥方に聞く他無い。

「ええ、問題ないわ、ウォルフ」

 この夫妻、顕職にありながら実に質素な生活をしている。

 元帥としての収入に対し、支出は生活費と、たまに部下たちへの振る舞い酒くらいのものだ。

 

 

 

 ローエングラム朝銀河帝国において、一々支出チェックが厳しいのは、前王朝・ゴールデンバウム朝時の反省によるものだ。

 貴族はその特権の対価として、軍事への参加義務を負った。

 次第に貴族は階級だけを得て、実際の軍人としての職務は家臣たちに任せるようになった。

 それでも階級だけは高く、軍歴は全く無いのに公爵だから元帥、侯爵だから上級大将になる事は当たり前とされた。

 高級軍人もまた、貴族の特権の内にあった。

 彼等は作戦費と称してパーティーの費用を計上した。

 艦の改修費として芸術品の調達分を経費に当てた。

 休養時の生活費として巨費を得て、豪勢な邸宅を建築もした。

 更には艦隊強化と称して、自分専用の宇宙ヨットを購入したりもした。

 ヨットと言っても、一応荷電粒子砲やレールガン等を備えた仮装巡洋艦の形をしているのだが、まあ本気で戦闘をするものではなく、移動する宮殿のような豪華施設だったりする。

 

 一方で大貴族ではない提督には吝い。

 第二次ティアマト会戦は、銀河帝国軍の大敗であったが、勝った自由惑星同盟軍のブルース・アッシュビー提督は戦死するという結果となる。

 アッシュビー提督は数多く銀河帝国軍に苦杯を嘗めさせ続けた為、彼の死は帝国を喜ばせる。

 この敵将戦死を祝ったとある提督は、部下たち全員にシャンパンを振る舞った。

 しかし、この分を経費として計上するも軍務省は却下。

 ひとえにこの提督が有力貴族では無かった事に由る。

 そしてこの提督は莫大な借金に頭を抱える事となった。

 

 ゴールデンバウム朝において、経費として認められるおかしなものもあった。

 それが大将以上の将官に与えられる旗艦の対価支払い金である。

 旗艦は皇帝より下賜され、本人が変更を申し出る、降格される、戦死する以外ではその提督の所有物とされる。

 だが、この旗艦を提督に与える仲立ちをした軍務省職員は、慣例として提督より財貨を受け取れる事になっている。

 現金だと贈収賄となり、始祖ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムの忌避する「汚職」となる為、絵画や美術品の贈答という形式を取る。

 

 新帝国皇帝ラインハルト・フォン・ローエングラムが悪習に気づいたのは、彼の旗艦「ブリュンヒルト」が下賜された際に、この賄賂の存在を知ったからである。

 その時は

「折角の新造戦艦です。

 たかが一官僚の為に揉めても良い事はありません」

 という腹心、今は亡きジークフリード・キルヒアイスの言により

「ブリュンヒルトの代金だと思えば安過ぎる」

 絵画を使者であった某男爵に贈って済ませた。

 だが、この事は潔癖なラインハルトの精神に、一抹のシミとして残ってしまう。

 それで彼が帝国の実権を握った後に、一大改革を行ったのだ。

 それが提督たちの収支報告の厳格化である。

 

 これは艦隊の収支報告ではない。

 自由惑星同盟には、戦艦のゴミ箱をチェックして

「ジャガイモがどれだけ廃棄されていた」

 と報告してウンザリさせた者が居たというが、帝国軍はそこまではしない。

 きちんと艦隊の経理担当に任せている。

 それとは別件で、これまで腐敗の温床となっていた高級士官の個人的な収支をチェックする事にしたのだ。

 

 

 

 

 軍務省にて。

「ミッターマイヤー元帥、閣下も確定申告ですか?」

 声を掛けて来たのは、ローエングラム王朝成立の功臣「鉄壁」ミュラー上級大将である。

 数ヶ月前のバーミリオン会戦において、四度旗艦を撃沈され、四度旗艦を乗り換えて戦い続けた勇将だ。

 彼が居なければ、皇帝ラインハルトは誕生せず、銀河帝国軍は自由惑星同盟軍の前に、第二次ティアマト会戦以上の苦杯を飲まされた事であろう。

 

 

「ミュラー、卿も今日か?

 奇遇だな」

「こういう事は早めに済ませた方が、後々面倒が無くて良いですからね」

「全くだ」

 ミッターマイヤーはそして、ある事に気づいてミュラーに問う。

「卿の新しい旗艦は、もう見たのか?」

「はい。

 引き渡しも済み、間もなく試験航行に出る予定です」

 そして声を潜めて

「陛下は旗艦下賜において、賄賂を渡す悪習を改められました。

 ありがたい事です。

 しかし、受領したばかりなので余計に、受け取った側にも使者となった側にも、何も無かったという事を証明しないといけないと思いました」

 そのように言った。

 痛くもない腹を探られる、それを警戒する相手は敬愛する皇帝ではない。

 これから会うであろう、軍務尚書パウル・フォン・オーベルシュタイン元帥である。

 

「俺は卿がそのような贈収賄に関わる男じゃない事は知っている。

 だから話が分かるフェルナー辺りで審査を終えて欲しいと思う」

 対象となる高級士官は巡航艦艦長以上、つまり中佐以上とされた。

 佐官ならば軍務省会計局の者で問題が無い。

 しかし、特に上級大将以上となると、一介の職員では緊張してしまう。

 そこで軍務尚書直々のチェックとなったのだ。

 ミッターマイヤーも

(これは陛下に一言申し上げたい事ではある)

 と内心思っている。

 

 しかしミッターマイヤーとミュラーは、皇帝のこの措置が正しかったと、次の瞬間分かるのであった。

 

 

 

 

「ミッターマイヤー元帥にミュラー上級大将。

 申し訳ありませんが、しばらくそちらにお掛けになってお待ち下さい。

 軍務尚書はただ今取り込み中でして」

 軍務省官房長であるアントン・フェルナー少将が両提督を出迎える。

 執務室の奥からは怒鳴り声が聞こえていた。

 

「何故だ!

 何故通らん!

 これは部下たちへの祝杯に使った金だ。

 これくらい通しても構わんだろう!」

 銀河帝国軍最強の攻撃力を誇る「黒色槍騎兵」艦隊司令、フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト上級大将の怒号が飛んでいる。

 ドア越しながら、ビリビリと空気が震えている。

 軍務尚書は静かに話していて、その声は聞こえない。

 しかし、ビッテンフェルトの声から、何を会話しているのかが丸聞こえであった。

 

「祝杯は認めるが、書類が雑だと?

 ちゃんと俺の手書きで何に使ったか書いているではないか!

 領収書を貼れ?

 そんなもの一々持っていられるか!

 待て、ポケットの中にあるかもしれん。

 これでどうだ?

 レシートと領収書は違うだと?

 何が違うと言うのだ!

 宛名が無いものは認めないだと?

 細かい事を一々言うな!」

 

 ミッターマイヤーとミュラーは顔を見合わせる。

「それはオーベルシュタインの言ってる方が正しいな」

「残念ながら、軍務尚書に分がありそうです」

「しかし、ビッテンフェルトの奴、経費精算は今回が初めてではないだろうに。

 今までどうやって来たのか?」

「見ますか?」

 フェルナーが書類を提示する。

「う……」

「これは酷い。

 雑ですね」

「大雑把過ぎるぞ。

 何だ、この『飲み代』ってのは……。

 もっと『幕僚団懇親会』とか『艦隊所属兵士慰労会』とか書けんのか?

 私的な宴会と区別がつかんではないか」

「ビッテンフェルト提督は税理士の知り合いとかいないのでしょうか?

 私でも経理はちゃんと専門家に任せているのですが」

 ミュラーの疑問にフェルナーが答えるには、ビッテンフェルト曰く

「今までこんな事はやって来なかったから、どいつがまともな税理士なのか分からん」

 という回答だったそうだ。

(確かに、この規定が出来た時は、俺も悩んだものだ。

 エヴァが家計簿の延長よ、というから任せているが)

 提督たちはそれなりに専門家を探して個人的に契約し、何とかしていたのだが……。

 なお、新帝国建国からそう日が経っておらず、組織として上級士官の経理をどうするというのは決まりきっていない。

 見切り発車に近いやり方であり、個人の裁量に依存していたのだ。

 だから自分で書いて、自己流を押し通す者も出るだろう。

「聞く所によると、ビッテンフェルト提督は

『俺の辞書に明細とか使途とかまだるっこしい文字は載っておらん』

 とか言って、会計の者を恫喝して通していたようです。

 会計局の者が、ビッテンフェルト提督だけは担当になりたくないと言ってまして」

「あいつめ……。

 それは良くないぞ……」

 フェルナーの情報に、ミッターマイヤーとミュラーは呆れる。

 

 両提督は、軍務尚書直々に応対する羽目になった理由を何となく理解した。

 

 

 

 

「失礼するよ。

 おお、ミッターマイヤー元帥、それにミュラー提督、卿らも確定申告ですか?」

 入って来たのはエルネスト・メックリンガー上級大将と、複数の人間であった。

「メックリンガー、その集団は一体何なんだ?

 卿の幕僚には見えんが」

 ミッターマイヤーは同行者たちについて質問する。

「ああ、彼等は美術の鑑定士だよ。

 私の絵が売り買いされているが、その価格が適正である事を証明する為に必要なのだ」

 

 メックリンガーは「芸術家提督」と呼ばれている。

 水彩画家、詩人、そしてピアニストとして有名であり、軍人でなくてもその分野で食っていける。

 それだけにこういう申告は面倒と言えた。

 彼は、安く絵画を売る事が出来ない。

 相手によっては差分が「贈賄」となり得るからだ。

 安く買って高く売る転売をすれば、差分で大儲け出来る。

 その為、安売りも出来ず、逆に「収賄」となる高く売る事も出来ない。

 

「以前、ゴールデンバウム朝の時だが

『こんな画にそこまでの価値があるのか?』

 とケチをつけられた事があってね。

 それ以来、収支報告の際は税理士だけでなく、各種の専門家を同行しているのですよ」

 メックリンガーは事も無げにそう言うが、フェルナー少将が言うには

「メックリンガー提督の担当も、職員は嫌がっていました。

 単純な審査では済まないので……」

 との事だ。

 おざなりなチェックでは、軍務尚書によって処罰されてしまう。

 しかし、綿密にチェックするには、こういう分野の知識が足りない。

 そこで階級の事もあり、軍務尚書に丸投げされたのだ。

 

 ミッターマイヤーとミュラーは、メックリンガーのスタッフが持参した各種資料をチラッと見て

(これは職員の手に余るという事は無いにしても、精神を削られるな……)

 と頷き合った。

 

 

 

 

 また軍務尚書執務室前控室のドアがノックされる。

「失礼する。

 おや、ミッターマイヤー提督、ミュラー提督、メックリンガー提督と揃っていたとは。

 卿たちも確定申告か?」

 入室して来たのはアーダルベルト・フォン・ファーレンハイト上級大将。

 今、軍務尚書執務室で怒号を上げているビッテンフェルトに匹敵する攻勢型の将である。

「一体どうされたのだ?」

 提督が3人も溜まっている様子に、思わず聞かずにはいられない。

「今、ビッテンフェルトが揉めていてね。

 俺たちはビッテンフェルトが終わるのを待っている所だ」

 ミッターマイヤーの回答に

「じゃあ俺は出直そう。

 別に期限が今日という訳ではない。

 面倒な事は早めにと思ったのだが……。

 後日また来よう」

 そう言って去ろうとする。

 

「待て、ファーレンハイト。

 そのA4の紙一枚は何だ?」

「俺の収支報告書だが」

「今、ビッテンフェルトの奴が揉めているのは、その書類の雑さが理由だ。

 卿も同じ事になるぞ」

 ミッターマイヤーの注意に、ファーレンハイトは肩を竦める。

「これ以上、何を書けと?」

 

 ファーレンハイトは皇帝ラインハルトと共通点がある。

 極めて貧乏な貴族の出自な事だ。

「食う為に軍人になった」

 とぬけぬけと言ってのけている。

 そんな生活を長年して来ただけに、支出が異常に少ないのだ。

 

「艦隊の部下にご馳走するとかしていないのか?」

 思わずメックリンガーが質問すると、

「ああ、艦隊の幕僚たちは俺に気を使ってな。

 割り勘で良いと言ってくれている。

 それに甘えさせて貰っているよ」

 一方で、収支報告書には「借金返済」の額が非常に多い。

「その借金は?」

「俺の祖父や父が遺したものだ。

 有り難い事に俺は上級大将にまで昇進した。

 俺の代で全て返済が出来るだろう」

「ファーレンハイト提督。

 もしかして過払いしていませんか?

 私が言うのもなんですが、税理士を紹介しますよ」

「税理士は信用出来ん!」

 ミュラーの提案を拒絶するファーレンハイト。

 何でも曽祖父の代までは比較的裕福だったファーレンハイト家は、相続の際に税理士に騙され、それ以来貴族を顧客にする税理士や各種書士の悪辣さに翻弄され、気の良い祖父や父は莫大な借金を背負ったのだと言う。

「だから俺は、自分でやらないと気が済まんのだ」

(気持ちは分かる。

 しかし、A4用紙1枚は流石に通らないと思うぞ)

 今までこれで押し通して来たとあれば、また一悶着あるだろう。

 軍務尚書でなければ、対抗出来ないかもしれない。

 

 

 

 

「何が出直して来い、だ!

 糞ったれめ!」

 ドアを荒々しく閉めて、ビッテンフェルトが執務室より出て来た。

「なんだ、ミッターマイヤー元帥にミュラー、メックリンガー、ファーレンハイト。

 雁首並べて何をしているんだ?」

「卿が長引いたせいで、こうなっているんだ……」

「そうか、それは済まん。

 だが、オーベルシュタインの奴が悪いんだぞ」

 ビッテンフェルトは悪びれない。

「いや、卿が悪い!」

 4人の提督たちが口を揃えてツッコミを入れる。

 

「ビッテンフェルト提督、僭越ながら小官が書き直しましょうか?」

 手持ちの仕事が終わり、手が空いたフェルナー少将がそう話しかける。

「おお、そうか。

 すまんな」

 ビッテンフェルトはさっきまで怒鳴り散らしていたのが嘘のようにケロっとして、フェルナーに書類作成を頼む事にした。

 

 ビッテンフェルトの次はミュラーが軍務尚書に収支報告の書類を提出する。

 ビッテンフェルトが手直しをされている間に、また他の提督もやって来た。

 結構な時間待たされてしまっている。

 

「………………」

「沈黙提督」ことエルンスト・フォン・アイゼナッハ上級大将がやって来た。

「私は出直した方が良さそうだな」

 憲兵総監ウルリッヒ・ケスラー上級大将は顔を見せただけで、すぐに帰ろうとしている。

(同盟首都で高等弁務官を務めているレンネンカンプ、ウルヴァシーに駐留しているシュタインメッツ、地球に向かっているワーレン、イゼルローン要塞を守備するルッツ……。

 今、帝国首都に居る上級大将が全員この場に居るか。

 ロイエンタールが居たら、全員集合だな)

 

 ミッターマイヤーはこの場に居ない友の事を思った。

 

 

 

 

 

……ロイエンタール邸にて。

『閣下、プライベートな時間に失礼します』

「いいさ。

 俺に休日等、有って無いようなものだからな。

 で、急用か? ベルゲングリューン」

 通信装置を通じて、銀河帝国軍統帥本部総長オスカー・フォン・ロイエンタール元帥が彼の参謀長に応える。

 軍服でも私服でもなく、ナイトガウン姿であるのが彼の私生活の一端を窺わせるだろう。

 

『本日軍務省に顔を出したら、確定申告の為に帝都に居る全提督が顔を出していました。

 それで閣下もお早めに提出されては? と思いまして』

「気遣い結構な事だ。

 無用だ」

『は?』

「軍務省の方から言って来るまで放っておけ。

 大体、俺の私生活をどうこう言われるのは気に入らん」

『閣下……。

 これは皇帝陛下が決められた事ですよ』

「だから我が皇帝に対しては報告する。

 その前に、軍務尚書にケチをつけられるのは我慢ならん。

 締切日で、細かいケチをつける時間が無いギリギリに出せばそれで良い」

(この人はこういう面倒臭い部分があるよなあ……)

 

 人格者であり、書類提出もキッチリしているキルヒアイスの副将も務めていたベルゲングリューン大将は、現在仕えている上司の態度に人知れず頭を抱えるのであった。


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