ある日、綺麗な野良猫を見付けた   作:榊 樹

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第2話:不審者

美しく、何処か気品のある佇まい。

黒く艶のある毛並みに金色の瞳は、まるで夜空に浮かぶ月のよう。

 

そんな彼女(彼?)のことを()()と私はあの日出会った黒猫をそう呼んでいる。

 

名前という訳では無い。ただなんとなく、気付けばそういう風に呼んでいるだけ。成り行きと言うやつ。

 

他に名前があると言うのならそちらで呼びたいものだけど、あれから何日経っても飼い主らしき人は現れなかったし、私に猫と会話が出来るような不思議な力も無いので、こうして今の今まで黒猫のことを野良と呼んでいた。

 

野良もこの名前で反応してくれるから、多分気に入ってくれてはいるのかな。

 

 

「・・・・・・」

 

・・・。

・・・・・・。

 

でも・・・やっぱり改めて思う。

 

野良は無いな、と。

 

 

「・・・・・・」

「ふにゃぁ〜・・・」

 

 

いや、白状するのなら。

 

ただ単に『名付け』という行為に、ちょっと憧れがあるだけだったりする。

だって、やった事ないから。ペットに名前を付けるとか、そういうの。

道行くお散歩中の人とか、クラスメイトのペットの話とか聞いてると、羨ましいなって思う。

 

 

「という訳で、考えてみた」

「・・・?」

 

ノートを広げ、そこに書かれた文字の羅列を野良に見せる。

ポチ、タマ、黒、黒豆、餡子などなど・・・。

 

何をするでもなく、部屋の窓際で日向に当たって昼寝をしていた野良が私の声に片目だけ開けて、ちらりとノートに目を向けた。

 

 

「・・・・・・」

 

 

ぺたん・・・。

 

ぺたん・・・。

 

尻尾が左右に揺れ、静かな時間が過ぎる。

ジッとノートを見詰め、やがて飽きたのか、再び目を伏せる。

 

・・・。

 

・・・どうやらお気に召さなかったらしい。

 

 

「・・・ダメか」

 

 

ノートを手元に寄せて、また考える。

しかし、これでも頑張って考えた方ので、そんなすぐに案が浮かんで来ることも無かった。

 

それに、折角の名付けの機会だ。出来ることなら今すぐにでも名付けたいが、適当に考えた名前に決めるというのも、なんか嫌だ。

取って付けたようなのじゃなくて、もっとこう・・・意味のあるような名前にしてあげたいものだ。

 

 

「うーん・・・」

「・・・・・・」

 

「んー・・・」

「・・・・・・」

 

「ねー、野良ー・・・」

「・・・?」

 

 

寝ていた野良の近くへと転がるように寝そべり、呼び掛けに応じて振り向いた野良と目が合う。

近くで見ても本当に綺麗な毛並みで撫でてみたいけど、餌が無いと嫌がって逃げてしまうので今は我慢。

 

猫のおやつと言えど、小学生には結構痛い出費なのだ。飼い猫という訳でも無いので、お小遣いを増やしてもらう訳にもいかないし、基本的にチュールは1日1本。

まぁ、ご飯ではなくおやつだから、このくらいの量が丁度いいのかな。

 

 

「・・・名前、なにか希望はある?」

「・・・にゃー」

 

 

鳴いて、興味無さそうにまた寝た。

 

私はこんなにも真剣だと言うのに、なんと薄情な猫なのか。

少しくらい話し相手になってくれてもいいだろうに。

 

 

「野良ー・・・?」

「・・・・・・」

 

「ねーってばー・・・」

「・・・・・・」

 

 

むぅ・・・ガン無視とは。

餌を強請って部屋まで押し掛けて来て、その上優雅にお昼寝までして、家主に対してこの態度。

全く、相変わらず図々しいったらありゃしない。

もう少し構ってくれてもいいだろうに。

 

 

・・・・・・。

 

・・・待てよ?

 

 

「・・・・・・チュール」

「・・・!」

 

 

耳がピン、と反応した。

 

思わず白い目を向けると、獲物を見つけた狩人のように瞳孔を細めた金色の瞳と合う。

"おい、チュールは何処だ?" と当然のように目で催促してくる野良に、段々とむかっ腹が立ってきた。

 

 

「・・・チュール」

「・・・!」

 

「チュール、チュール・・・・・・うん。よし、決めた」

「・・・?」

 

「野良、今日からお前の名前は"チュール"だ」

「っ!?」

 

あ、目を見開いてる。ふへへ、良い気味。

野生の欠片も感じられない野良猫にはお似合いの名前だ。

 

 

「にゃー・・・!」

「ん? どうしたの、チュール?」

 

「にゃ!? にゃぅぅ゛ぅ・・・!」

「んー・・・? お腹空いた? ごめんね、今日の分はもう無いから我慢してね、チュール」

 

 

そんな怖い顔してもダメでーす。

もう決めたもん。

お前なんかチュール。チュールで十分だ、この食いしん坊め。

 

 

「・・・うにゃぁ」

「・・・?」

 

 

威嚇していた野良が、何やらとても不服そうな様子で近付いて来て、身体を擦り寄せて来た。

結構強く押し付けるように身体を私の足へ(こす)り、こちらを見上げ、そしてひと鳴き。

 

 

「・・・にゃぁ♡」

 

 

何処か甘ったるいような、それこそ飼い猫があげる媚びるような鳴き声に、こちらを見詰めるつぶらな瞳。

 

まさかまさかのデレデレ作戦に頬がニヤけて、思わず許してしまいそうになるが、口元を手で隠してなんとか踏み止まる。

 

 

「にゃぁ・・・♡」

「ぅ・・・だ、ダメだよ。い、今更、可愛い声出しても、許してあげないもん」

 

「にゃぁ、にゃぁ♡」

「ぅぅぅ・・・」

 

 

・・・ダメだ。いつも塩対応だったから、あまりのギャップにどうしても頬が緩む。

く、くそぉ、なんて姑息な猫なのか。こちらの気持ちを弄びやがってぇ・・・!

 

で、でも! この程度で気を変えるほど、私は野良のようにチョロくはない。餌欲しさにプライドを捨てた野良猫なんかに、私は負けない・・・!

 

 

 

 

結局、名前の変更という一線は死守したけれど。

カッコよくて可愛くてずる賢い猫は、明日用のチュール()という確かな成果を咥えて、部屋を去って行った。

 

 

 

 

 

 

「最近、不審者の目撃情報あるから皆気を付けて帰るように」

『はーい!』

 

 

 

授業終わりの帰りの会で、そんな注意を受けた放課後の帰り道。

 

とっとこ駆け足で家へと向かってると、向かいの方から変なおじさんが歩いて来ていた。

 

 

「いやー、どうもっす。突然すみませんね、お嬢さん」

 

 

変な帽子に、変な服。

下駄を履いて、杖を持って、ヘラヘラとした笑顔を浮かべる無精髭で金髪のおじさん。

 

怪しさの塊だった。

 

 

「ワタクシ、浦原商店の━━━━」

 

 

良い年した中年の男性が、こんな真昼間からふらふら外を歩いて、ニヤつきながら下校途中の小学生へと声を掛ける。

そんな不審者以外の何物でもない人物に声を掛けられ、私は迷わず防犯ブザーを鳴らした。

 

 

「うぇ!!? ちょ、ちょっと待って下さいよぉ! 私は怪しい者じゃありませんって!」

 

 

不審者のおじさんが、何か慌てたように捲し立てているが、胸元で鳴る防犯ブザーの音がそれをかき消した。

 

ここは住宅街。そんな場所でけたたましい音が響けば、数分とすることなく音に気付いた住人が顔を出すことだろう。

今更音を止めたところで、大人と子供の二人組みを見れば、誰が不審者か一目瞭然。

 

捕まるのも時間の問題だが、目の前で慌てふためく不審者が、気が動転して襲ってくるとも限らない。かと言って、運動神経が良い訳でも無いから、大人相手に逃げられるとも思えない。

 

だから身構えて、背は向けないように目を合わせたままジリジリと距離を取ろうとするが・・・・・・そこで異変に気付いた。

 

 

「・・・ぁ、あれ?」

 

 

誰も、来ない。

 

防犯ブザーはまだ鳴っている。不審者の声が聞こえないくらい、私の胸元でうるさい程に甲高い音を上げて。

 

けれど、誰も来なかった。

窓越しから覗いている様子も無い。

どの家にも、誰も居ないという訳では無いはず。

誰か一人くらい、居るはずなのに・・・。

 

私が異変に気付いたことを察したのか。慌てふためいていた不審者のおじさんが、今までのは演技だったかのように途端に静かになり、扇子を取り出して仰ぎ始めた。

 

 

「ぐふっ、ぐふふ・・・!」

 

 

まるで、悪戯が成功した子供のような、笑いを堪えているおじさんの声が聞こえる。

自分で思っている以上に、ヤバい状況だと気が付いて、足が竦んで逃げることも、声を出すことも出来ない。

 

一歩、また一歩と下駄を鳴らして近付いて来るおじさんに、私は怖くなって逃げようとして・・・恐怖で動かない足が絡まって尻餅を着いた。

 

 

「ひィッ・・・!?」

 

 

こちらを見下ろすおじさんに、どうすることも出来なくて。

胸へと伸ばしてきた手を、見ていることしか出来なくて。

 

伸びて来た手が私の胸へと近付き・・・。

 

ピタリ、と防犯ブザーの音が止んだ。

 

 

「んふっ、んふふふっ・・・いやー、すみませんね。私ぃ、こんな身なりですから。その辺の対策はきちんとしてるんっすよ」

 

 

何か言ってる気がしたけれど、何も頭に入って来なかった。

怖くて、ただ怖くて。

助けを呼ぼうとしても、今さっきそれが無駄だと突き付けられて、恐怖で声が出なくて。

 

不気味な笑い声をあげながら、両手をワキワキとさせて近付くおじさんに私はただ、黙って怯えるしか・・・。

 

 

「それじゃぁ、あっちの方で私とちょーっとお話を・・・あだっ!?」

 

 

おじさんが、倒れた。

何かに叩かれて、勢いよく頭から後ろに向かって。

 

 

それと同時に、私とおじさんの間に黒い影が降り立った。

 

 

小さくて、けれど大きな背中だった。

とても安心する、夜空みたいに真っ黒で凛々しい私の大好きな背中だった。

 

 

「野良ッ・・・!?」

「フシャーッ゛!!」

 

 

威嚇していた。

もうブチ切れであった。

 

四足を開いて、尻尾と美しい毛並みを逆立てて、私を守るようにおじさんとの間で唸り声を上げていた。

 

 

「よ、夜一さん・・・!?」

 

 

頭を起こしたおじさんが野良を見て、驚いたように誰かの名前を呼んだ。

とても親しそうな感じだったけど、もしかして野良のことを言ったのかな。

 

・・・いや、でも()()付けしていたから違うかも。

いくら不審者と言っても、野良猫に()()付けはしないだろうし。

 

野良と言うより、野良の飼い主さんのことだろうか。

 

 

「ま、ままま待ってください! ご、誤解っす! まだ何もしてないっすよ!? ね、ね、そうでしょうお嬢さん!」

 

 

なんか、不審者のおじさんから無実の証人扱いをされた。

いや、確かにまだ何もされてなかったけど。何かされる直前だったけど。

 

なんだか、このまま許してしまうのは腹が立ったし、そして何より・・・。

 

 

「身体・・・触られ、そうでした」

「・・・へ?」

「防犯ブザーの・・・対策、も・・・」

「ぁ、いや、ですからあれは・・・」

 

 

声に出してたら、何故だか込み上げるものがあって。段々と涙が出て来た。

ポロポロと止められなくて。

 

そうして、ポツリと漏れた一言に。

 

 

「・・・・・・怖゛、かったァ゛・・・!」

「フシャ゛ァァ ゛ッ!!!」

 

 

野良が、おじさんに襲いかかった。

 

 

「わーっ!? あ、ちょ、夜一さんタンマタンマ! ぁ、そこはダメです! 見えちゃう! 色々見えちゃいますから! ぁ、ダメ・・・ダメ・・・・・・・・・アーッ!」

 

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