猫一様とロリっ子がニャンニャンするだけのお話。

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健全なニャンニャン。


第1話:いつもの帰り道

いつもと変わらぬ帰り道。

今日も安全に帰れそうなことに安堵を覚えながら住宅街を歩いていると、誰とも知れぬ屋根の上で日向ぼっこをしている黒猫を見付けた。

 

見た感じ首輪はしていないので、きっと野良猫だ。

それにしては随分と綺麗な毛並みに、捨て猫だろうかと首を傾げていると、野良猫が目を覚ました。

 

何度か眠そうに瞬きをして、くぁぁ・・・と大きな欠伸を一つ。むにゃむにゃと口をもごつかせた所で、下から見上げる私と目が合った。

 

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

 

見詰め合うこと暫く。

立ち上がった野良猫が、飛び降りた。

 

人間であれば骨折か、最悪の場合死ぬことだって有り得る高さから軽々と着地し、足音もなくこちらへ寄って来る。

 

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

 

足元で止まり、再び見詰め合う。

ただジッと、陽が昇ってるからか、縦長の瞳と見詰め合う。

 

撫でて欲しいのか、それとも餌を要求しているのか。

 

なんてふてぶてしい野良だと思いながらも、何か食べれる物は無かったかとポケットを漁る。

 

すると出て来たのは飴玉が一つ。

いつから入っていたのかと、思わず首を傾げる。

 

そう言えば、前に街でやってたくじ引きの残念賞で貰ったっけ。完全に忘れて洗濯しちゃってたけど、まぁ、未開封だから大丈夫でしょ。

 

袋を剥いて、見た感じ中身は無事だった飴を、野良へと差し出す。

 

 

「・・・・・・」

 

 

飴玉を見て、私を見て、また飴玉を見て。

 

何度かそう繰り返し、溜め息を吐いたような動作をすると静かに近付いて来て、野良猫がスンスンと匂いを嗅ぐ。

 

やたらと人間味のある野良だなと思っていると、漸く飴玉に問題が無いと悟ったのか。

口を開けて飴をパクリと行こうとした野良に、私はハッとなって手を引っ込めた。

 

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

 

一応言い訳をさせてもらうと、別に意地悪がしたくて手を引っ込めた訳では無いのだ。

掌に収まる程度の小さな飴玉だが、それでも喉に詰まれば大事(おおごと)になる。

 

捨て猫疑惑のある野良だとしても、飴は舐めたら小さくなる、ということを知らないだろうから、そのまま飲み込んで喉を詰まらせるか、無理に噛み砕こうとして歯が欠けるかもしれない。

 

だから、その・・・えっと・・・。

 

"あ? なんじゃこの餓鬼? "とでも言いたげな眼力で睨むのはやめて欲しい。ホント、悪気があった訳じゃないので・・・。

 

 

「・・・・・・ぁ」

 

 

罪悪感に苛まれていると、野良が塀に飛び乗り、何処かへ行ってしまった。

追い掛けようにも早すぎて見えなくなり、去って行った方を少しの間見詰める。

 

悪い事をしたな、とちょっとだけ憂鬱な気分になりながらも飴玉を口に入れて帰り道を歩く。

 

残念賞は、甘いイチゴの味がした。

 

 

 

 

 

 

翌日。

会えるか分からないが、それでも昨日のことを謝りたいと思って、足早に通学路を駆ける。

 

確かこの辺り、と周囲の屋根を見渡していると、昨日の野良が同じ場所で気持ち良さそうに日向ぼっこをしているのを見付けた。

 

 

「・・・ぉ、ぉーい・・・」

 

 

会えたのは嬉しいし、早く昨日のことを謝りたい。

でも、気持ち良さそうに寝ている所を邪魔するというのも、なんだか申し訳ない気持ちになったので、小さな声で中途半端な呼び掛けになってしまった。

 

屋根の上でなくとも聞こえるかどうか怪しい声量に。

けれども、野良はピクリと耳を動かすと、のっそりと顔を上げた。そして私を見付けると目を細め、やれやれと言った風に立ち上がり、また降りて来てくれた。

 

なんやかんやで優しい子なのかな、と思いながらも、地面に降りてこちらへ寄って来る野良に、慌ててカバンの中に入れてた物を取り出す。

 

 

「・・・?」

「・・・は、はい、これ・・・。えっと、昨日は、ごめんね・・・」

 

 

差し出したのは、お小遣いで買った猫用の餌であるチュール。

お魚の方が良かったかと思ったが、生憎とそちらは値段が高くて断念した。

 

封を切って差し出されたチュールに、なぜだか形容し難い顔をしている野良に、昨日のことを怒ってるのかと不安になる。

 

 

「ぁ、ぁの・・・今度は、意地悪しないよ? ほ、ほら、大丈夫・・・だから」

「・・・・・・」

 

 

言葉が通じたのか、物凄く渋々といった様子で慎重に口を近付け、ちょびっとひと舐め。

すると、ピシリと固まって、かと思えば徐々に目を見開き、今度は勢い良くもうひと舐め。

そして、またひと舐め、ひと舐めと繰り返し、遂には何かに取り憑かれたかのようにぺろぺろし始めた。

 

 

「ちょ、あはははっ、くすぐったいってば・・・!」

 

 

相当気に入ったのか、舐めるのに夢中で私の手に着いた分まで舐め取り、それでも足りぬとチュールを奪い取って、器用に前足を使って中の分を綺麗に食べ始めた。

 

なんだかこっちまで気持ち良くなってしまう程の食べっぷりだ。気に入ってくれたようで何よりである。

 

そうして、空になった袋を前に少し残念そうにして、ハッと我に帰った野良は、私の方を恥ずかしそうに見ると慌てたように塀から屋根へと飛び乗り、何処かへと去って行った。

 

なんと言うか、野良が飼い猫になった瞬間とでも言えばいいのか。野生の欠片も感じられない姿に微笑ましさを覚えつつ、満足気にその日は帰路に着いた。

 

 

 

 

さらに翌日。

今日は私ではなく、先に野良が気付き、屋根の上から私の前に降り立った。

相も変わらずの身のこなしに感心していると、ニャーと何かを急かすようにひと鳴きされた。

 

本当に図々しいな、と思いながらもランドセルを下ろして、昨日と同じチュールを取り出す。

ソレに勢いよくガッツこうとした野良だが、寸前で思い留まり、零さぬように行儀よく食べ始めた。

 

しかし、食べる速さは尋常ではなく、一分もせずに全てを食べ終え、またニャーとひと鳴き。

まさかおかわりか、と驚いたものの、生憎と今日はこれしか無いので我慢してもらうしかない。

 

 

「ごめんね・・・今日は、これだけしかなくて・・・・・・ぁ」

「にゃ・・・?」

 

 

何か変わりになるものは無いかと辺りを見渡し、道端に咲いていた猫じゃらしを見付けて一本だけ千切る。

 

それを持って振り返ると、何故か野良は呆れたような目で私を見ていた。

 

 

「・・・? どうしたの? ほら、猫じゃらしだよー・・・ほらほらー・・・」

「・・・・・・」

 

 

目の前で、猫じゃらしをフリフリ。

 

野良はソレを見てはいるが、夢中になって目で追っている訳ではなく、なんとなく冷めた感じに見詰めていた。

尻尾も特に反応は無く、ただマイペースに揺れてるだけ。

 

思ったものとは違う反応に、あんまり好きじゃないのかな、と落ち込んでいると突然、目の前から野良が消えた。

 

何処に行ったんだろうと驚いてキョロキョロしていると、後ろの方で背を向けた野良が顔だけ振り向いて、これで満足か? と言わんばかりに、口に咥えた猫じゃらしを見せていた。

 

 

「す・・・」

「・・・?」

「凄い! 凄いよ野良! どうやったの? 全然見えなかった!」

「にゃっ゛!?」

 

 

あまりの興奮に抱き着いてピョンピョン跳ねる。

まるで忍者みたいな動きに感動していると、嫌がった野良が暴れてすぐに抜け出した。

 

調子に乗り過ぎちゃった、と我に返った頃にはもう遅く。塀に登った野良がこちらを見てニャーとひと鳴きし、また何処かへと帰って行った。

 

 

「もしかして、バイバイって・・・言ってたのかな・・・?」

 

 

なんだか心を通わせれたような気がして、その日は嬉しくなって思わずスキップしながら家へと帰った。

 

 

 

 

 

 

野良と出会って、初めての休日。

会いに行こうかと思ったけど、今日は生憎と大雨。

 

暗いアパートの中で一人雨の音に耳を傾けていると、ふとベランダの方に誰かが居ることに気付いた。

いつから居たのか、どうやってそこへ登ったのか。

 

疑問に思うことはあれど、それ以上にここ数日で出来た小さくて格好良いお友達の存在に、私は思わず声を上げて部屋から飛び出した。

 

 

「野良・・・!」

 

 

ベランダへ出て、抱き着こうとした私の身体をスルりと抜ける。

抱擁を華麗に躱された私は、行き場を失った両手で自分を抱き締めたまま、堂々と部屋の中に入って行く野良の背中を見送ることしか出来ない。

 

図々しさは相変わらずかと思いながらも、濡れていた野良のために急いでタオルを取りに行く。

大人しくしてる野良を拭いてやって、ドライヤーを掛けてやればあら不思議。

 

本当に野良猫なのかと思うほどの上質な毛並みが、僅かな光沢を持って艶めいていた。

 

 

「ふぉ・・・もふ、もふ・・・」

 

 

試しに撫でてみると、人肌程の暖かさに胸を打たれ、思わず顔を埋めてみる。

いつも日向ぼっこをしている所為か、お日様の香りがして、なんだか心がポカポカしてきた。

 

 

「にゃ゛」

「あぅ・・・」

 

 

しかし、陽だまりのようなお時間もここまで。

顔に、ぽて・・・と軽く猫パンチをされ、またスルりと腕から抜け出した。

 

そして、お座りして「にゃー」とひと鳴き。

何かを訴えているようなその声に、私はハッとなってキッチンの棚を漁り、チュールを1本取り出した。

 

 

「これ、欲しいの・・・?」

「にゃー」

 

 

どうやら当たりらしい。

 

元よりこの子のために買った物なので食べてもらう分にはこちらとしても大歓迎なのだが・・・。

その為に態々家まで来るとか、本当に図々しいったらないな、この野良。

 

 

「はい、どうぞ」

 

 

封を切って、差し出して、野良が口を付けようとした所で、手を引っ込める。

 

"お? またか、この糞ガキ?"とでも言いだげな眼光でこちらを睨むように見上げる野良の目を、ジッと見詰める。

 

睨まれるのは怖いけど、でも今回ばかりは謝ったりしない。

だって、本当に意地悪がしたくて、チュールを引っ込めたのだから。

 

意地悪・・・そう、意地悪だ。

どうせ、チュールを食べたら満足して、すぐに帰って行ってしまうのだろう。

別に私の飼い猫では無いのでその事をとやかく言うつもりはないが、こちらとしてはお小遣いを削ってまで買ったチュールなのだ。

 

少し、ほんの少しくらい、見返りがあっても良いのではないか、と。そんな、悪い感情が、ムズムズと胸の奥から湧いて来た。

 

だから、"お座り"と。

チュールを持っていない方の手を向けて、こちらを見上げる野良に、私はそう言った。

 

 

「・・・・・・は?

 

 

ポカーン、と。えらく表情豊かな猫だと思いながらも、私はただ、同じ言葉をと繰り返した。

 

 

「お座り」

「・・・・・・」

 

 

黙る野良に、手を向けたまま私も固まる。

 

お互いに視線を交差し、静かな戦いが繰り広げられる。

 

チラリ、と野良の視線がチュールに向かい、私は野良の視界から外れるようにサッと背中に隠した。

すると、またジロリと睨む野良に少しだけ悲鳴を上げそうになったが、それでもなんとか噛み殺して、もう一度力強く言う。

 

 

「野良、お座り」

「・・・・・・」

「やらないと、あげないよ?」

「・・・・・・」

 

 

渋々・・・それはもう渋々といった様子で、四つん這いの状態から前足をゆっっっっくりと後ろに下げ、身体をゆっっっっくりと起こし、数分掛けて漸くお座りの姿勢になった。

 

 

「の、野良・・・!」

 

 

親の仇を見るような目で睨まれてるが、まさか本当に言う事を聞いてくれるとは思ってなかった私に、そんな事を気にしてる余裕は無い。

 

しかし、いつまでも感動してはいられない。

賢い野良へとご褒美にチュールを渡す・・・ことはせず、今度は手の平を上に向けて野良の前に差し出した。

 

 

「野良、お手」

「・・・・・・」

 

 

開き切った獣の瞳孔に、穴が開くほど凝視される。まるで幽霊のように真っ暗で、空虚な瞳に息が詰まりそうになるが、私の手には心強いチュールが握られている。

背中に隠していたチュールを前に出し、封を切った部分を野良に見えるように振る。

 

 

「そ、そんな、怖い顔しても・・・駄目、だよ・・・。お手、しないと・・・チュール・・・あげないよ・・・?」

「・・・・・・」

 

 

匂いに釣られたのか、ずっとこちらを見ていた野良が次第に猫じゃらしに夢中な猫のように、チュールへと釘付けになる。

 

良い感じに意識をチュールに持って行けたタイミングで、また背中に隠し、再び"お手"と力強く命令する。

 

 

「・・・・・・」

「・・・お手」

「・・・・・・っ」

「・・・チュール」

「・・・〜〜〜〜っ」

「野良、お手」

「・・・・・・・・・・・・・・・っ・・・」

 

 

そして、その時は遂にやって来た。

 

ふるふると、野良が前片足を上げる。

私の手の平へ向けて、少しずつ近付き、もう少しという所で一度引っ込め・・・また、少しだけ近付き・・・。

 

そして、ちょん・・・と。

柔らかな肉球が、私の手の平と握手したのだ。

 

 

「〜〜っ! 野っ・・・!」

「ッ!」

 

 

私が動くより早く、野良が消えた。

何処へ消えたのかと辺りを見回すと、いつの間にかベランダの窓が開き、手すりに登った野良がチュールを咥えてこちらを見ていた。

 

自身の手元を見てみると、そこに握ってたチュールは何処にもなく。

驚いてる私に満足したのか、野良は雨の中に消えて行った。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「あれ? 夜一さん、出掛けてたんすね・・・って、それ何食べてるんすか?」

「チュール」

「は?」

 




宇宙猫。


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