物語の結末は、常にハッピーエンドで迎えなければならない。
それもご都合主義とかじゃなくて、血みどろに塗れながらも努力の果てに掴んだハッピーエンドだ。
其処には無駄に気に病む苦しい展開、変に悲劇で満ちる哀しい展開、そして大した意味も無くバッドエンドへ落ちる展開なんて苦味雑味は皆無。
どんなに甘ったるいと馬鹿にされても、幸福純度100%だけで構成された物語が一番好きだ。
そう……それがこのボク、ヘルマン・ヘッセが考える最高で唯一の結末だ。
「あ、あの……という訳でボクの為に、小説を書いてくれると……う、嬉しいんだけどな……。だ、駄目なの?」
柔らかな陽が照る時間帯、豪華客船のデッキにてボクは目の前の人物に頭を下げていた。
「ただ馬鹿正直に頼んでいても、結論はひっくり返らないものであるぞ。それよりも我輩の執筆活動の邪魔だけは、しないでくれたまえ。対乱歩君用の複雑且つ、難題なミステリー構想が台無しになるでは無いか……!」
「……え、えと……あの、いきなりいっぱい話されても困るよ……ポオさん」
しかし僕が声をかけたポオと言う人物は、白いカフェテーブル全体に置かれた大量の原稿用紙から目を離す事無く、ペンを片手に一心不乱で書き綴っていた。
「では我輩が、この難航を極める事件を華麗に結論へ導いてくれよう。それは、我輩に構わない事である。よし、これで解決だ」
「あ、う、うん……そうだよね。ボクなんかじゃ駄目なのは分かってるけど、せめてボクの要望だけでも聞いてくれると……」
「やはり人とのお喋りは、無駄に体力を浪費するのみで困ったものだな。全然、君に我輩の抗議が通用する気がしないのだ……」
ボクの目の前で、長い前髪を振り撒いては静かに狼狽える彼はエドガー・アラン・ポオ。
ボクは、ポオさんと親しみを込めて呼んでいる。
現在、彼は『乱歩』と言う謎の人物に何やら小説を宛てている様だ。
それに乗じて、ボクにもオリジナルの小説を宛ててほしかったのだが、絶賛撃沈中である。
つまり残念ながら、ボクの感じている親しみは一方通行という訳。
とはいえボクはボクで諦めるつもりも無いので、無断で彼と同じ席のテーブルに座る。
「でも、その執筆活動を……無理やりストップさせちゃう事も、出来るよ。……ボクの異能ならね」
それでもポオに対して、はっきりと言う事は言ってみせる。
「な……!? あ、相変わらず、毒舌と言うか強気と言うか、全く引く気が皆無と言うか……。く……腐っても、我輩達ギルドの一員という訳か。新人君」
北米を中心に活動する異能力秘密結社、組合(ギルド)。
莫大な資金力と異能力を持って、裏社会で暗躍する組織の一つだ。
その中でこのボク、ヘルマン・ヘッセは、ギルドの新人として配属されている。
そしてポオは、ボクの教育係。残念ながらほぼほぼ、教育された覚えはないんだけど。
それはともかくボク達は今、ギルドの任務として横浜遠征に加わっている。
何を隠そうこの客船もギルドのアジトであり、丁度今は本国からの荷積み作業の最中である。
ちなみにボクは重たい物を一切持てない程に身体が小さいので、こうしてポオと戯れている。サボってるとも言う。
「そもそも、ああ言う力仕事を補助でも何でも積極的に行うのが……新人君の役目では無いかな。我輩もサボってるから、新人君の事を強く言えないのだが」
「ふ、ふふ……。実はボクもポオさんと一緒で……ギルド自体に興味は無いんだ。だから、ポオさんとボクって仲良くなれると思うんだけど……ど、どう?」
そう言ってボクはポオが書いている原稿用紙を隠す様に手を置いて、無理やり存在感をアピールする。
自分でも無理やり、仲良くなろうとしている感が凄まじい気がするがボクは一切気にしない。
とはいえこの発言の通りボク個人は、ギルドの行動原理や指針、目的に興味はゼロ。
それに新人と言う事もあるからか、詳しい作戦は全くと言っても良いほど聞かされていない。そもそも、聞くつもりも無いけど。
では何でこんなモチベーションにも拘らず、横浜遠征に参加したのかと言うと……。
「折角、乱歩君が居る横浜に来れるチャンスが回って来たと言うのに……。折角、我輩の小説もようやくラストに差し掛かる、繊細な時期だと言うのに……」
ボクの返答に答えること無く、彼は何やらブツブツ呟きながら色々考え込んでしまった。
「ああ、カール。こんな我輩を慰めてはくれぬか……?」
それどころか執筆活動を止めていきなりペットのアライグマ、カールを呼び出す始末だ。
完全に自分が引き起こした事だが何だか、申し訳ない気持ちになる。
それでもボクは理想のハッピーエンドで終わる小説を、ポオに是非とも書いて貰いたい。
それだけの為に、この遠征に来た。それだけの価値が、ポオにはある。
しかしその期待に反して、彼はボクでは無くカールを撫でまわしながら独り言を続ける。
「それにしても……君の様な新人をわざわざ、遠征に採用するとはボスの考えている事は分からないであるな。今からでも遠征採用は間違いだった、と言う事にならないだろうか。……ならないのだろうな、あのボスは」
ボクのギルドのボスはフランシス・スコット・キー・フィッツジェラルドととっても名前が長い。なので分かりやすく、僕はボスと呼んでいる。それと、そっちの方が裏社会っぽいと言う安易な考えと言うのもある。
『ヘッセ君の異能力が、今回の遠征で鍵となるだろう。俺の見立てでは、敵対組織のポートマフィア、武装探偵社はかなり厄介な存在だ。価値を知っているかも分からぬ彼等によって、あの【本】が、どういう被害を受けるか想像するだけで寒気がする。……だから、君にも参加してもらう事にした』
ボスの命令が回想として、鮮明に浮かび上がる。
この横浜遠征もボスが言う一冊の【本】の為に、数多の金銭と異能力者が動いているらしい。
ちなみにボクはその【本】についても然程、興味は無い。
「ボクの異能力が大事……か。そう、皆ボクの異能力だけが……」
そうボクはわざとらしく、吐き捨てる様に呟く。
「……異能力、異能力。そうだ、我輩が書いた小説世界を避難地として逃げ込めば、この難事件も解決するのでは無いか……?」
ポオは我ながらナイスアイディアと言わんばかりに、指をパチンと鳴らす。
ギルドは異能力者集団である為、当然とは言えば当然だけどボクとポオは異能を持っている。
彼の異能力は、【モルグ街の黒猫】。
ポオが執筆した物語の世界に、読者を引きずり込める能力を持っている。
ポオならば……いや、ポオさんの異能ならば、不幸に塗れた僕の人生を少しでも癒してくれるかもしれない。
そう思ったから、ほぼ毎日彼の元へ訪れている。
だけど、それは単なるきっかけ。今では一緒に居ると、落ち着くと言うのが大きい。
「でも……その逃げ込んだ本に僕の針を刺したら、お……終わり、だよ?」
ボクは自分の服の袖から、銀製の針をわざわざポオにお見せする。
「し、新人君が脅しを迫ってくるとは……。これは我輩、もはや普通に舐められているだけなのでは……。そもそも何故、ちょっと我輩の方が押し負けてる感じになっているのだ」
ボクの異能力は【少年の日の思い出】。
蝶の標本が如く針を対象に刺す事で、その刺した物質や生体をあらゆる力から干渉させない能力を持つ。干渉の程度は重力や浮力、磁力など、とにかく様々なエネルギーから影響を受けなくなる。
例えば重力を干渉出来なくなった対象は、強制的に無重力状態の様に宙に浮いてしまう。
例えば筋力を干渉出来なくなった対象は、強制的に筋肉が硬直した後、完全に行動不能に陥ってしまう。
この通り、かなり大雑把に言うとボクはあらゆる力を良い感じに制限させる事が出来るという訳だ。
「確かにヘッセ君の異能なら、ボスの欲しい【本】の風化や劣化、と言った悪影響から干渉出来ない様に防止が可能だ。……正直、我輩の書いた対乱歩君用書籍も一切経年劣化しないと言うならば、ボスのご贔屓も納得せざるを得ないであるな」
こんな訳でボクは新人ながら、異能力が必要と言う事でボスから積極登用されている。
「でもボスは多分……ボクの事を所有物としか見てない。ボクは……道具じゃないのに」
そう言ってボクはふう、とため息を付く。
「……ポオさんも欲しいの? この針。別にいいよ、あげる」
ここぞとばかりにボクはいたずらっ子っぽく、針をポオの前にチラつかせる。
「前々から新人君に思っていたのだが、何故……無意味に我輩を引っ掻き回すのだ。我輩を弄んでも、何も出てきやしないぞ……!」
しかしその結果、ポオは本格的にボクの相手に疲れたのか、自分の世界に閉じこもる様に執筆活動を無理やり再開してしまう。
「とりあえず……こんな与太話よりも我輩はどうにか、乱歩君用書籍のラストを練りたい。練らなければ。やはり、乱歩君の最期は徹底的、絶望的、圧倒的なまでに惨めにしておきたいからな。そうだ、これは復讐であるぞ……! 乱歩君!」
「乱歩、乱歩、乱歩……うるさいなあ」
ボクは思わず、本能的に俯いてしまう。
感じたのは不穏。拒絶。排除。
それはボクの幸せを隠す、愚かな苦味だ。
「なんで、ボクの幸せを邪魔するのかな。乱歩って人は名探偵なのに、そう言うのは鈍感なんだ」
「ふう……。やはり、君が居ると作業に集中が出来ないであるな。……こうなったら、外に出ようか。横浜に行って気晴らしした方が我輩の為に良い。新人君の為にもな」
ポオはボクに珍しく話しかけながら、おもむろに原稿用紙を手際よく片付け始める。
「え、え?」
「吾輩はどうせヘッセ君と行動するなら、少しでも有意義なものにした方が良いと思う。だから、一緒に外に出よう、と言う提案なのだが……どうかな?」
「う、うん。行くよ、行く、絶対行く」
ポオからの思わぬ反応に、ボクは本気で泡を喰った様な顔で綻びさえ見せる。
「では、新人君も自室で旅支度をすると良い。……我輩はこれで。ああ、ゆっくりでいい。その小さな身体で走り込んで怪我でもされたら、教育係の我輩がボスに怒られてしまうであるからな」
一方のポオは、まるでぎこちない笑顔でその場を去っていく。
「これで上手く逃げ込めば……我輩一人で書けるであるな。少々強引だった気がするが」
しかしその言葉等まるで気にせず、ボクは全速力で客船内の自室に帰る。
自室内には引っ越したての部屋の様に、両手を広げても抱えきれないレベルで巨大且つ、大量の木箱が既に置かれていた。
「これがボクの積み荷か」
ボクは自室の内装等気にすることなく、真っ先に木箱、いや【彼等】の元へ駆け寄る。
まあ、内装と言っても木箱以外のインテリアはボクの要請で皆無。せいぜい、コンクリートと思われる床の上で真っ赤な絨毯が彩られているくらいしか特徴は無かった。
「床がコンクリとかだと、面倒なんだけどな……。床の素材も要請しておけば良かった」
そう言いながらメインの【彼等】をまるで我が子を愛でるかの如く、丁寧にゆっくりと開けていく。
「……きっと、ポオさんは逃げているんだろうな。結局、ボクが劣等だから。ボクが孤独だから」
そしてこのボクの物語も、静かに幕を開けようとしていた。
その結末が、苦いビターエンドか甘いハッピーエンドかは誰にも分からない。
でも、これだけは分かる。
「ボクなら、乱歩君とやらと違って……全部愛してあげるのに。それに……友達は多い方が良いでしょ」
ボクの目の前には、多くの人間がマネキンの様に硬直された光景が照らされていた。
【彼等】の身体には両足、両手、胴体、頭部と至る所にピンに似た形状の長い針が痛々しく刺さっている。
まさに蝶の標本を並べる様に、ボクは木箱の中に詰められた人間を軽々しく動かす。
【彼等】は重力にも干渉しないので、見た目は人間ながら実際は綿毛の様に軽い。
まあ、軽すぎて宙に浮いてしまうので両足に直接、針で打ち込まないといけないけど。
「今日もポオさんは、ボクの為に本を書いてはくれなかったよ……。残念だね」
それでもボクは同じく木箱の中にあった一冊の本を手に取り、即座にページを開く。
「でも今日と言う日も、幸福で終わらせられる。だってこれから君達に読み聞かせる本の結末は、ハッピーエンドだから」
いくら辛い事や悲しい事があっても、これでボク達は幸せだ。
「大丈夫。今日も明日も一週間後も一か月後も一年後も、死ぬまで読み聞かせる。これが……苦味や雑味の無い純度100%の幸せ。これが……いつまでもいつまでも、ボク達が幸せになれる唯一の方法」
ボクの大切な人に不幸(乱歩君)なんていらない、苦痛(乱歩君)なんていらない、現実(乱歩君)なんていらない――。
同時に、客船の汽笛が不気味に響く。
それが、開戦の合図とも知らずに。
いや、ボクの場合は運命の出会いの合図と言うべきか。
――華麗な異能力を持つ羅生門の彼に出会う、運命の合図。
ちなみにヘッセが抱いてるのは友愛なので、友達は一杯居た方が良いと言う理由であんなにお気に入りの人間を標本にしてます。ハーレム系主人公を目指してる訳では無いです。
後は、乱歩が絡んでるのでポオが意外とヘッセと話します。