「いらっしゃいませ! ようこそ、甘味処みつひなへ!」
甘味処みつひなでは閑古鳥では無く、鶯が鳴く。
それも楽しげに看板娘の肩でホーホケキョと鳴く。
なんとも、縁起が良い事だろう。なんとも、めでたい事あろう。
大抵は人見知りのあの人も、大体は針を仕込むあの人も、思わず笑顔を浮かべてしまう。
と、まあそんな描写が瞬く間に思い浮かべる程、ボクはこの【みつひな】の雰囲気に掴まされてしまった。
店内の雰囲気も趣がある和風な内装であり、ぜひとも落ち着くのに最適な空間だ。
ちなみに、ボク等に応対している店員である彼女の肩に鶯が乗っているのは本当。
先程、謎の青年から三宅ちゃんと呼ばれていたが、恐らく彼女が看板娘なのだろう。
そんな三宅さんの容姿はお着物にお眼鏡、お鶯、お帽子、とにかく身に付けている物全てがお上品に満ちている程に気品溢れていた。
ボクの第一印象に過ぎないが、看板だけでは無く箱入り娘でもあったと言うところだろうか。
しかし決して高級志向な高嶺の花では無く、このみつひなの様に一緒に寄り添ってくれる優しさを一瞬で感じさせる。
どんなに大金をかけて積み上げた高級品の価値でさえ分からないボクでも、それがよく分かってしまう。
「た、確かにこの子がいるなら……このお店に芥川君が来ても……おかしくないのかな」
ボクはまだ芥川が此処の常連なのかも分かってないのに、三宅さんへ嫉妬やら憧憬やら色んな感情が入り混じっていた。
「あの、二人とも……大丈夫でしょうか? えっと……具合が悪いとかだったら、直ぐに私に言って頂けると助かります! 小梅ちゃんなら、癒せるかもしれませんので!」
どうやらポオも同じ様な境地に辿り着いていたらしく、ボク達は三宅さんに心配されてしまった。
そして彼女は肩に乗った鶯、小梅ちゃんを手の甲に乗り変えさせて撫で撫でし始める。
確かに今の今までぐるぐる思考が小難しく回り続けていたが、可愛い小梅ちゃんのお陰でかなり癒しになっていく。
それにポオの腕に抱えられるカールも、小梅ちゃんを見て楽しそうに見える。
……間違えて、小梅ちゃんを食べない様に見張っておかないと。
「わ、わが我輩はだ、だい……大丈夫……。大丈夫である……!」
だが色々頭の中で感情を巡るボクと違って、どうやらポオは完全に人見知りモードが発動していただけの様だ。
今の状況なら、ポオよりもカールの方がちゃんとしていそうな気がする。
「ほ、本当に大丈夫なんでしょうか……?」
「うん。ポオさんはいつもこんな感じだから」
「待て、新人君。……我輩はみつひなの馳走を食べたら、乱歩君みたいに超推理を発動出来ると思っていた。しかしこの仮説の場合、みつひなに来店したお客さん全員が超推理を発動可能と言う事になってしまう気がするであるぞ!」
「あ、あの、本当に大丈夫なんでしょうか……!」
「う、うん。ポ、ポオさんはね……いつもこんな感じだから!」
ポオさんが突然何かに閃いた事によって、本当に三宅さんを引かせてしまった様だ。
「……という訳で、ポオさんは普段はとっても人柄が良い人なんです」
「そ、そうなんですか……? えっと、では、席の方までご案内致します! あの……具合が悪かったら直ぐに、私に言ってくださいね……!」
そしてボクの命がけの説得によって、なんとか三宅さんにポオが怪しくない事を完全証明。
続いて彼女の案内によって、ボク達は窓際のテーブル席へ移動する事となった。
「ふう……一時はどうなる事かと思ったであるな。喫茶店なら、問題は無いのであるが」
そういつの間にか何食わぬ顔でポオは、提供されたお茶をテーブル席に座り込みながら飲む。
「ボクは……もう誰かさんのせいでお腹ぺこぺこ。とりあえず、食べたいメニュー決めようよ」
「確かにそうであるな。だが、我輩……もう既に決めてあるぞ。この美味しそうな抹茶白玉パフェを頼む予定だ。しかも看板娘三宅ちゃんが考案していて、白玉の形が鶯型になっているとの事である。これは頼む他ないであろう……!」
「え、もう決めたの。こう言うのって一緒にどんなメニュー食べようかなーとか話すのが最高なのに。醍醐味なのに。もう、一気に全部説明とかしちゃってるし」
「いやいや、新人君がさっきお腹ぺこぺこと言っていたでは無いかっ。動揺してた件は悪いと思っているがこれは我輩、悪くないであるぞー。 ……と言うか、我輩もお腹ぺこぺこだ。君がまだ決められないと言うなら、我輩の分だけでも頼んでしまおう」
するとボクに何も相談も無しで、彼はいきなり手を挙げて三宅さんを呼ぼうとしてしまう。
「ちょ、ちょっと……。何で作家なのに、ボクの繊細な気持ちを一ミリも理解出来ないの。ボクは一生の思い出としてポオさんと……」
しかしボクの発言をシャットアウトする様に。ポオはまたもや何かに閃いてしまう。
「ん……待て、新人君。あそこに居る先程の青年、どこかで見た覚えがある気があるぞ」
ポオはなるべく周りの人に聞こえない様な小さい声で、隣のテーブルにて丁度、白玉抹茶パフェを食べ終わる青年を指差す。
彼はボク達が入店した際、丁度三宅さんに話しかけていた謎の青年ダザイさんだ。
あの人もどうやらお客の一人らしく、彼女に向けて手を挙げていた。
「やはり、この三宅ちゃんオリジナル白玉抹茶パフェは最高に美味だ。最後の晩餐にこう言った甘味を選ぶと言うのも、中々悪くないかもしれない」
「は、はい! ありがとうございます! えっとえっと……太宰さんが褒めてくれて、私とっても嬉しいです! 私もこの白玉抹茶パフェが一番大好きなので……!」
「ああ……白玉抹茶パフェを食べながら心中。こう言う甘美な死を迎えるのもまた一興だねぇ」
「さ、流石に私のお店で心中は困ります……! 幸せを呼ぶお店なのに、死人を呼んじゃったら大変ですから!」
「ふふ、冗談だよ。私が死んでも、このみつひなは永遠に残って欲しいからね」
「あの……わ、私は冗談でも、太宰さんには死んでほしくないです! だって太宰さんが私にとって一番……幸せになってほしい人ですから!」
「ありがとう、三宅ちゃん。んと……じゃあ、お次はこの三宅ちゃんスペシャル抹茶あんみつパフェをおかわりするとしようか……!」
「……はい、太宰さん! ありがとうございます!」
それは、誰にも邪魔出来ない二人だけの空間――。
思わず今まで三宅さんの肩に乗っていた小梅ちゃんも、二人の真上をぐるぐる優雅に回っている。
「今日こそ、三宅ちゃんと心中ご予約を果たしたいところだけど……少しばかり不穏な影が潜んでいてね。暫く経ったら、みつひなは店じまいした方が良い。お客様、それとお父様やお母様にも安全なところへ避難させておいて」
「そ、そうなんですね。じゃあ、太宰さんも避難した方が……」
「いや……私は上空から落ちて来るであろう少年を――。
しかしそんな太宰さんの声などもはやどうでも良くなる程、ボクは興奮していた。
「これは! ボクの大好きな! ラブコメじゃないか……! 実物見たの初めてだけど」
ボクは生まれて初めて、【尊い】と言う感情で魂が震えていた。
思わず、太宰さんと三宅さんに心の中で祈りを捧げる。
「そ、そうか。我輩には【心中】とか中々に物騒な対話にしか見えなかったであるが……。とはいえ、確かに色恋沙汰で揉めているのはミステリーの導入としては満点であろう。そう言った意味では、我輩も新人君が興奮するのも大いに分かるぞ。此処で、どちらかが恋の縺れで密室殺人事件が起これば……」
逆にポオは、太宰の【心中】と言う単語が引っかかった様で、魂は魂でもミステリー魂の方で何だか震えていた様だ。
「ポオさん! こう言う奴書いてよ! こう言う奴!」
とはいえボクもラブコメ魂が高火力で火を噴いているので、太宰の不穏な言葉なんて気にしている場合では無かった。正直、裏組織に属する組員として正しいか正しくないかで言えば、圧倒的に正しくないんだろうけど。
しかしボクはここぞ! とばかりに、ポオに自分の理想の小説を書いて貰うと言う原点回帰なお願いを注力する。
「待て、新人君。……また見覚えがある人物が、三宅さんの元に来たであるぞ」
「もう、また話そらすの……! ってあの人……。ボクも見覚えがあると言うか……因縁があると言うか……」
すると行列の最前列に並んでいた一人の青年が、待っていましたとばかりに三宅さんの元まで現れる。
「やあ、三宅っち! この僕、梶井基次郎が華麗に参上したよ。あ、これ。プレゼントの檸檬一年分さ。今度は君の為に一生分持ってくるんで、安心して全部食べても構わないからね……!」
「ええ、何で梶井が……。え、まさか……まさか、看板娘三宅ちゃんにお熱なのって……」
梶井基次郎。ボクが所属しているギルドの敵対組織、ポートマフィアに所属する組員だ。
そしてボクとつい数日前、殺し合いを果たした因縁の人物でもある。
「あ、あの……今、他のお客様に注文を窺っている最中なので……!」
「ああ。それも勿論、大事だね。……でも僕と三宅っちにとって一番大事な話を、美味なる酸味檸檬と共に持ってきたんだ。是非、堪能してくれよ!」
ど……どうやら、三宅ちゃんに惚れているみつひな常連の一人でもあったみたいだけど。
今作では太宰とまさかの梶井が恋のライバルです。