ボクを含めたお客の眼は、まるで悲劇を見る様に、はたまた悪夢を見る様に、それとも現実を見る様に、深い憎悪へ満ちていた。
理由は至って簡単。
甘味処に場違いの酸味の妖精みたいな奴が、大量の檸檬を抱えて登場しているのだから。
「ああ……! 君の美しさは宇宙レベルに深く、君の可愛さは宇宙レベルに広い。……そうだ、僕が三宅っちに惹かれる理由はきっと君が宇宙そのものだからだね。この地球も重力では無く、君に惹かれてくれれば良かったのに」
何故かドヤ顔の梶井はその身をその場で回転させながら、手に持つ全ての檸檬をぼとぼと振り撒く。
「ちなみに僕が回るのは、地球を再現しているからさ。僕は地球で君は宇宙。これほど、お似合いなカップルはいないだろうねぇ!」
「……え、どうしたら良いんだろ」
「わ、我輩に言われても困るである……。普通に警察呼んだ方が良いのでは無いか。檸檬の妖精が地球を模して自転している等、とても説明出来そうにないが……」
正直、此処で梶井を止めたいと言うのがボク達の総意だ。
でもこの場面で彼がボクの顔を見てしまったら、どのような反応を見せるのか分かったもんじゃない。
最悪、この雰囲気最高のラブコメ甘味処が一瞬にして消し炭になりかねない可能性だってある。
本当にそれくらいの規模の被害を平気で出すのがこの男、梶井基次郎だ。
と言うか彼は普通に爆弾魔。な、なんで甘味処にいるの。
「え、ええっと……お客様のご迷惑になるので、檸檬をお店にばら撒くのはお止めください……!」
「分かってるさ。三宅っち。公の場で言うなら本来、僕と君は出会ってはいけない関係性だからね。さながら、禁断の恋と言う奴かな。さながら、ロミオとジュリエットと言う奴かな。しかしだからこそ、僕は君に大事な話をしたいんだ……!」
しかし彼女の発言を聞く気は無いのか、何故か梶井は自分が回る速度を速めながら続いて話す。
「僕はこのみつひなに惚れてしまってね……。是非とも……僕のマイ酸味、即ち檸檬とコラボさせて欲しいんだ。きっと、君の甘味と素晴らしいハーモニーを奏でてくれるはずだよ」
「あ、あの……意味がよく分からないんですけど」
すると突如として彼は三宅さんの前で上手く急停止して、シリアス調な真顔で囁き始める。
「これからは……僕と三宅っちで一緒に甘味処、いや酸味処にお店を変えて営業しよう。って事だね」
「え、ええ……。えええええ……!? だ、太宰さん……ど、どうしましょう?」
流石に唐突なコラボ提案、と言うかほぼ乗っ取りに近い宣言を受けて、三宅さんは驚く事しか出来なかった。
先程まで自由気ままに飛んでいた小梅ちゃんも、梶井の意味不明な発言からどこか羽ばたきが不安定に見える。
しかし肝心のラブコメ主人公太宰は、そんな梶井の様子を楽しそうに笑うだけであった。
「ど、どうしよ。あいつの奇行を止めたい。ついでに息の根を。幸せなラブコメの邪魔をするクズは失せて欲しいんだけど。え、あいつ何? なんであいつが急に現れて、幸せな雰囲気を壊してくるの。何でラブコメから、シュールギャグに変わってるの。駄目じゃん、小説だったら炎上してるよ、この展開」
「お、落ち着くのである新人君。まあ、我輩は酸味の利いた和菓子も良いとは思っているが……」
「え、梶井の味方をするの」
「……いや我輩は酸味の味方であり、梶井の味方では無い。しかし、この状況を打破するのは難しいであるぞ」
すると何故か太宰が三宅さんの元では無く、他にもお客が居ると言うのにボク達の方向へ寄って来る。
「まさかだけど……あの、太宰さんって人も奇人なんじゃないの」
「うむ……そうだ。我輩、太宰と言う苗字……やはり、どこかで聞いた覚えがある」
今更ながら、彼の心中と言う単語を思い出して急激に不安になってしまう。
「まあまあ、この場は私が見事に治めてみせよう。私は酸味処より、甘味処のままが良いからね。……ギルドの諸君もそうだろう?」
「……え」
しかしボク達の反応等見る事も無く、太宰はその発言の通り梶井の前に移動する。
「さあ、三宅ちゃん。此処は私に任せておけば万事大丈夫。なぜなら……私は武装探偵社の太宰治だから」
「は、はい……! 太宰さん、カッコいいです!」
そんな見せつける様な二人のイチャイチャに、梶井の顔は明らかに曇る。
「ぐぬぬぬぬぬ。やはり、僕の邪魔をするのか。太宰……! 僕の宇宙的思考では、三宅ちゃんと僕は運命で結ばれているはずなのに……! さながら、織姫と彦星という訳だね。さあ、太宰と言う名の天の川を僕が檸檬爆弾で吹き飛ばしてくれよう」
「太宰、治……。そうか、まさか……」
するとポオは何度目かも分からない程の閃きをボクに見せる。
「今度はど、どうしたの」
「だ、太宰治。奴は武装探偵社の人間である。正直、乱歩君以外に興味は無いから探偵社の人間等、あんまり知らないのだが……そんな我輩でも、名前を聞いたら震えあがる程に裏社会では有名人だ」
「そ、そうなの。ボクは……覚えてる様な、覚えてない様な……」
とはいえ冷や汗かきまくりのポオによる解説からダザイさんと言う人が、かなりの大物と言う事は伝わった。
「さて、表に出ようか。君の爆弾でこのみつひなを壊されたくない」
「無論だ、太宰君。君の血でこのみつひなを汚したくない」
「えっと、あの……私はどうしたら」
「私の傍に居れば、それで良い。君は勝利の女神だからね」
「無論……僕の為に大量の檸檬の仕入れを準備していてくれ。僕こそが檸檬の女神だからね」
太宰は甘ったるい言葉を平気で吐きながら、梶井は酸ったるい言葉を平気で吐きながら、みつひなの前まで移動を開始する。
「檸檬羊羹、檸檬金平糖、檸檬饅頭。うはははは……僕と三宅っちが一緒に経営したら、この宇宙的な美味しさに塗れたラインナップで埋め尽くしてあげようか……! お店の名前も酸味処宇宙大統領に! 鶯の名前もとりっぴいに変えてあげようねぇ」
「んー……それはもう酸味処どころか、檸檬専門店になってるね。三宅ちゃんの意思も見当たらないし……私が責任を持って、君の提案を断らせて頂くよ」
「うはははは、僕の宇宙的思考は君には理解出来まい。僕が責任を取って……三宅っちを宇宙大統領夫人にするよ」
するとまたもや梶井は、辺りに節分の豆感覚で店の前でも檸檬をばら撒き始める。流石に敵を前にして、回転はしていない様だ。
「君は……興奮すると檸檬を撒く習性でもあるのかな」
ちなみに大多数の客は、三宅ちゃんの手際の良い手引きで帰った後であった。
がしかしボクとポオはあえてこのまま残って、二人のタイマンを見学させて貰う事にした。
「多分、このまま逃げても無駄だよね。太宰って人に存在バレてるし。救いなのは、梶井の視界が狭すぎてボクに気付いてない事かな」
「……わ、我輩はまだ逃げても良いと思っているぞ。と言うか、新人君はただ太宰と三宅さんを応援したいだけでは無いか」
「まあ……そうだね。ボク、めっちゃ二人の事応援したい」
と言うのも、実はボクは太宰さんに親近感を沸いていた。
物語はハッピーエンドに限ると言うボクの考えと、甘味な死を望むと言う太宰の考え。
どこか似ている感じがして、だからこそボクは三宅ちゃんとの恋を成就させたい気持ちでいっぱいだった。
するとボク達二人がまだ残っている事に気付いたのか、三宅ちゃんはこちらにとてとて駆け寄っていく。
「本当にすみません……! まだ和菓子も提供してないのにこんな事になっちゃって」
「大丈夫。ボクは食べずとも、心が満腹になったから。今度来る時と言うか、この戦いが終わったら絶対、三宅ちゃんオリジナル白玉抹茶パフェを食べに来るけど……! だって、君達二人のファンだから。絶対絶対絶対、成就する様に応援するからね」
「はい、私も……応援してます、太宰さんの事」
こうして甘味処のままが良い派の太宰、酸味処に変えたい派の梶井による、壮絶な真剣勝負が今まさに、始まろうとしていた――。
「……行くぞ、太宰ィィィィィ!」
――爆破の時を待つ檸檬で埋め尽くされた地面で、梶井は決死の叫びで太宰の元へ駆け出す。
今回一番、目立ってるのが梶井かもしれない。