甘味処みつひなの辺りには、酸味の代表【檸檬】が大量に敷き詰められていた。
甘いご馳走を求めてみつひなを訪れているのに嫌と言う程、酸っぱいを見せつけられる。
一瞬見ただけでは、少々変わった嫌がらせだと思うかもしれない。
しかしまさか、この光景が梶井の求愛行動の末に生まれたものだとは檸檬農家も思うまい。
そしてそんな甘味処を前に、太宰と梶井の真剣勝負、いや……檸檬デスマッチが始まろうとしていた。
「……甘味処のままが良い派の太宰と酸味処に変えたい派の梶井。ボクは一体、何を見せられているんだ」
一応、ポートマフィアの梶井、武装探偵社の太宰、そしてギルドのボクとポオと今、もっとも出会ってはならない三組織が顔を合わせているがそんな事はどうでも良い。
本っ当にどうでも良くなるくらい、ラブコメとシュールギャグと檸檬がぶつかり合って訳が分からなくなっている。
「とにかく、太宰をいっぱい応援しよう。ポオさん、三宅さん」
「は、はい……! 私の代でこの老舗店を檸檬専門店にする訳には行きませんから!」
「わ、我輩は……此処に居なくても良いんじゃないか。今すぐにでも、乱歩君を探したいのだが……」
しかしポオがそう言った直後、いきなり梶井は地面に落ちた檸檬を手に持ち始める。
そして張り付いた笑顔のまま、その檸檬を太宰の方向へ放り込んでしまう。
勿論、一瞬の瞬きも許さぬ間にそれは大爆発。
ボクも経験があるから、その檸檬の脅威はまるで分かる。
「【人間失格】。私には異能は無効。そんな事は百も承知だと思っていたが違ったかな」
「【檸・檬・爆・弾!ダイナマイト!】。知っているさ、太宰君。だから、僕は対策を講じさせてもらったよ」
しかし太宰はボクが苦戦していた檸檬爆弾を用いても、まるで無傷で涼しい顔を続けていた。
だが何故か、生命線である檸檬爆弾が通用しないと言うのに梶井はまだまだ余裕そうな笑みを浮かべている。
「だから僕は、この檸檬の一割程だけボクの異能で具現化していない……いわば普通の爆弾を用意したよ。これなら、君に通用するねぇ……」
「ほう……それだと、梶井君も爆弾で吹き飛んでしまうが良いのかな?」
「ああ、勿論だとも! 君にも言っておくけど、僕は本気だからね。それくらいしないと、三宅っちに惚れているって分かりづらいでしょ、ボクのキャラ的に」
「……んー、本気なのは伝わったけど、私は君と心中だなんて御免だね」
「うははは、奇遇だなぁ。僕も心中するつもりは無いんだ。そうだ……お互い本気だって事が分かった訳だし、とっておきの情報を教えてあげちゃおうかな」
――この甘味処は幸運を呼ぶらしいって噂、知ってる?
そう幸運以上の何かを感じるかの様に口を開けて笑いながら、梶井はみつひなの方向へ己の身を捧げる様に両手を挙げる。
「……」
太宰もまた、意味ありげにみつひなの方へ見つめてみせる。
そしてその方向には縁起が良い事で有名な鶯、小梅ちゃんが守護神の如く、屋根の上で鎮座していた。
「ならば、この甘味処の加護を一番に受けた者こそ三宅っちの相手に相応しいとは思わないか……!」
「だから……九割の外れ檸檬と一割の当たり檸檬で私とゲームでもしようと言うのか」
そう太宰は梶井と打って変わって、急激に真顔へ移り変わる。
続けて彼は、何の脈絡も無く足元に転がっている一つの檸檬を躊躇なく踏み抜く。
無論、今まで可愛らしかった檸檬はその形を変えて、本乾いた爆破音と鼻を刺す黒煙、そして爆発と言う形で本性を表す。
「……その通り! 本物のアンラッキー檸檬を当てる単純なゲームさ。ああ、これも言っちゃおうかな。……僕の戦法は、君をよろめかせてアンラッキー檸檬に無理やり触れさせる事だよ」
すると梶井は不意打ち気味ながら、太宰の顔面へいきなりハイキックをご披露する。
しかし流石の太宰治。蹴りの軌道を華麗に読んでは、正確に梶井の顔面へ右ストレートをぶっ放す。
お互い、異能を使っても意味が無い状態。ならば、繰り広げられるのは単純な殴り合いだけであった。
互いが互いに殴り殴られ蹴り蹴られ、口の中が切れて血を出そうが、頬の部分が酷く痣になっていようが、そんな事も気にせずに二人はこの果たし合いに身を投じる。
それでも、一つだけ単純では無い事を挙げるとしよう。
それは少しでも足でも何でも、地面の檸檬に触れてしまうと爆弾として起動してしまう事。
かの特撮で使用する火薬量と同規模の爆発が、太宰と梶井の喧嘩をド派手に演出してくれる。
黒煙と苦痛が浮かび、火花と血潮を散らし、お互いの顔も見えなくなるほどに砂塵と喧騒が巻く。
「お……思ったより、ガチンコであるな。まさか、ミステリー、ラブコメ、シュールギャグの終着点がこう言う熱血路線だとは思わなかったが……」
「あの……三宅さん。だ、大丈夫? なんか、普通に避難しておいた方が良いかも」
しかし意外にも彼女は怯えている訳では無く、精悍な表情で太宰さんから視線を離さない。
「……いえ、私は見守ります。太宰さんが……勝つところを」
そして彼女が言う通り、この勝負は決して互角と言う訳でも無かった。
若干と言うか、完全に太宰の方が梶井との戦闘を有利に運ばせていた。
「楽しかったけど、ここらで潮時と行こう。私にはやるべき事もあるし、君の事も嫌いじゃなくなってきたし。軽いコラボくらいなら、全然私も許してやっても良いぞ。梶井っち」
「……うははは。それは嬉しいねぇ。でも……この勝負、勝つのは僕だよ。太宰っち」
すると顔面がぼこぼこに腫れ上がった梶井は、服の袖から事前に用意していた檸檬を手に持つ。
「これは……本物の爆弾だよ。信じるか信じないかは君次第だけど」
もはや笑っているのか分からない程に顔面が歪む彼はさらに、その檸檬を太宰の顔面へ腕高く向けてしまう。
「うん、それじゃあ君の腕も吹っ飛ぶね」
誰がどう見てもヤケクソと言えるやり口に、太宰も思わず苦笑する。
「言っただろう。僕は……死ぬ覚悟が出来ているって。腕の一本で君を殺せるだなんて、大金星じゃないか! ポートマフィアの跡継ぎも僕が頂いちゃって、本当に僕が宇宙大統領になったって良いじゃないか!」
「成程、これは……大ピンチかな。私の異能の影響で、与謝野先生も頼りにならないし」
「え、これ……ヤバいの」
今まで真剣勝負と言う事で、ずっとボク達三人は戦いを見守る事しか出来ていなかった。
しかし現段階でどうやらこれは、かなり危機的状況とお見受けした。
「ど、どうしよどうしよどうしよ。梶井だからって馬鹿にしてたけど、結構駄目な状況だよね。どうしよ。今からボクやポオさんが何かしても……」
「……うむ、流石に手出し無用の雰囲気を貫いていたが……。ど、どうすれば良いのだ」
しかしボクとポオが慌てふためいている中、愛変わらず三宅さんの表情は変わらないままだった。
「大丈夫です……! きっと彼は……太宰さんは……私の異能で救われたがっているだけですから」
「い、異能って……」
三宅さんは心から幸せそうに微笑んで、太宰さんに祈りを捧げる。
そして彼女の願いに応じる様に、同時に今まで屋根の上で佇んでいた小梅は一度だけ鳴く。
――ホーホケキョと。さも楽しげに。
「あ、あれ……。僕の普通爆弾が起動しない。な、何故だ……!」
「やっぱり……幸運を呼ぶ、って訳だね。この甘味処は」
そう言い終えると太宰は三宅さんと同じ微笑みをした顔で、一気に梶井の頭をハイキックで蹴ってみせる。
「実は……私も異能力者なんです! 【藪の鶯】って言って、幸運を呼び寄せる能力を持ってます!」
「え、と言う事は……君って」
ボクは彼女が異能力者と言う事で、とある一つの疑念が思い浮かぶ。
「はい! 私は……武装探偵社社員、三宅花圃(みやけかほ)です!」
三宅花圃。甘味処のみつひなの看板娘と言う、昼の姿。そして武装探偵社社員と言う夜の姿を併せ持つ、異能力者が一人である。
ちなみに異能力は、幸運を呼び寄せる鶯の具現化。
あの幸運を呼ぶ甘味処と言うのも単なる迷信や噂、奇跡と言う訳では無く、実際に彼女が起こした現実だったという訳だ。
こうしてなんやかんや主に梶井が原因で色々あった訳だが、なんとか甘味処の事件は一件落着。
その後、梶井は警察に捕まった……という訳では無く、周囲にさらなる檸檬爆弾を振り撒きながら逃亡してしまった。
「ど、どんだけ檸檬持ってるの。あの人」
「そ、そもそも、逃がしてしまって良かったのであるか。あの人」
「そう言った意味では、彼も逃げられて幸運だったという訳だね。とはいえ……三宅ちゃんに妙なちょっかいをかけてもらうのは、今回限りにして貰おう。今度、中也にきつく注意しておくね。三宅ちゃん」
「あ、そうだ……中也さんも梶井さんもポートマフィアの皆さんで今度、来てもらいましょう! ね、ギルドの皆さんも!」
この発言で完全に太宰どころか三宅ちゃんにまで、ボク達がギルドの一員だと気付いていた事が判明してしまう。
「え、ええ……。二人とも、いつから気付いてたの。ボク達に」
「最初からだね。何せ、私達は探偵だから。君達の不審な動きを見れば、大抵は分かる。それで、ギルドの諸君には色々聞きたい事があったけど……」
普段はマイペースな太宰は、一瞬だけ瞳の奥でボク等に殺意を滲ませる。
「……今日は何もしてないでおこう。君達は、三宅ちゃんの大事なお客様だから。さあ、四人で三宅ちゃんスペシャルパフェを食べようか。美味しいよ、彼女の造るパフェは」
が、直ぐにいつもの調子の太宰さんに戻って、ボク達の意見も聞かずにみつひなの中へ勝手に入ってしまう。
「そうですね、私達と一緒に食べましょうよ!」
「うん……! ボク、他にも色んな和菓子とか食べてみたいんだよね!」
「わ、我輩……本当は乱歩君を探しに来たのだが……。まあ、こう言う展開もたまに良いであるか……」
そしてボク達は、純粋なお客として甘味処みつひなに訪れる――。
「じゃあ、行きますよ。せーのって言いますから、太宰さんも一緒にお願いしますね!」
「おや……私もか。私は一応、客なのだがね……」
「良いじゃないですかー! 私、一回太宰さんと一緒にこう言う奴やりたかったんですよ!」
「まあ……三宅ちゃんの頼みならば、仕方がない。やるからには、この太宰。全力でやらせていただこう!」
今日も、甘味処みつひなには鶯が鳴く。
一人の心中志願者が居る限り。
なんともおかしな話だが、それも良いだろう。
――二人とも、心の底から幸せそうに笑っているのだから。
「「ようこそ、甘味処みつひなへ!」」