「……こ、怖いよボク。此処は……どこ?」
途端に耳鳴りが激しく響く。一瞬で視界が大きく歪む。
刹那の時も感じない間、ボクの意識は確かに揺らいだ。
ただ理解出来たのは、ボクは何かしらの衝撃によって自室の外で倒れ込んでいた事。
それを証拠に周囲を見れば、瓦礫と戦火、青空、大海、血しぶきが見事に僕を囲んでいた。
ただし大海と言う視覚情報から、まだ此処は客船の様に見える。
「そ、そうだ、船でいきなり爆発が起こったんだ。何か檸檬が降ってきて……? 何で檸檬……?」
檸檬と爆弾と言う絶妙に結びつかない情報を、頭がまるで受け付けてくれない。
終わりの見えない疑問についてずっと考えを張り巡らせていると、さらに意識が朦朧とする。
「……お父さん、お母さん」
ボクは、よく気味の悪い悪夢を見る。
「君は、神から愛される程に沢山の才能を持っている。私の家業である銀細工師の才能、異能力の才能、そして周りに愛される才能。ああ、君は神の子なんだ……!」
「ボクは……一生懸命、努力したんだよ。だから、ちゃんと褒めて欲しいんだ。だって、ボクはお父さんとお母さんの子だから!」
「ああ……感謝しなければ、神様にな!」
決してボクを見てくれない事を意味したその言葉は、自分に何よりも刺さった。
どの棘や針よりも、深く鋭利に。
「あれもこれも、全部悪夢であってほしい……。だって、ボクは……誰からも愛されてないんだから。どいつもこいつも、道具にしか……見てないよ」
ボクは捨て吐く様に呟きながら、それでもこの悪夢からの脱却を目指すべく起き上がろうと試みる。
「ああ……感謝しなければ。宇宙大統領にな!」
「……な、なにあれ」
しかし、そんなトラウマを一気に吹き飛ばす人物が目前に居た。
「さて、奇襲攻撃さえ成功すれば僕としては任務達成だけど……。ある程度、芥川君の負担も軽くしてあげようかな。このまま手ぶらで帰ったら、普通に怒られちゃいそうだからねぇ」
「芥川……?な、何言ってるの?え?」
正直、ボクが所属しているギルドにも、変人と呼ばれる類は多い。
身体から樹を生やす奴、身体から触手を生やす奴、身体から血を生やす奴。最後のは少し違った気がするけど。
ただしこの状況で大量の檸檬を両手いっぱいに抱える彼は、奇怪そのものと言えた。
それも何だか、よく分からないサングラスにオカッパ頭。もう、奇怪以外の何者でもない。
「……思わず、ボクも素で普通に引いちゃった」
とはいえ何とも察するにあの変人が、この爆破事件の犯人、或いは関係者だと考えられる。
「まさか、まだ生き残りが居たなんてね。いやはや、この宇宙からの届けを受け止めきれないなんて哀しいなあ。宇宙大原石の外交大使としてはやっぱり……」
「……そうだ、確かにポートマフィアって組織に檸檬の使い手が居るって……聞いた事ある」
そう言うと檸檬の人は何故か、嬉しそうにせせら笑う。
「何だ、僕の事を知っていたのか。じゃあ、宇宙大原石外交大使を装う理由は無いね。でも、僕は優しいから教えてあげる。檸檬の人って覚えられても普通に心外だからね。僕の名は梶井基次郎だ、宜しく。もう死ぬから覚えなくて良いけど」
「そ、それで……優しいなら教えてくれる?ぼ、僕の事、倒すの?」
すると笑顔のまま、急に梶井は大事そうに抱えたその檸檬達を僕の元に放る。
「おやおやおや……敵様がご丁寧に質問に答えてくれると思ったかい? 宇宙からの交信ですら、ろくに応えやしないのに。そうだな、僕が言える事はただ一つ。……派手に逝こうか」
そう言った途端、捨てられた檸檬の一つから火花が破裂音を従えてこちらに敵意を向ける。
「……それじゃあやっぱり、この騒ぎの仕業はっ」
だがそれを言い終わる前に、僕の視界沢山に極限まで熱された爆風が襲いかかる。
一瞬で思いきり僕の身体は浮き上がった後、客船のデッキと思わしき床に叩き付けられる。
ただ瓦礫が多過ぎて、正確には船のどの部分なのかすら判断は出来ない。
そんなボクの様子を見た彼は手応えを感じたのかさらに嬉しそうな様子で、さらなる檸檬をこちらに放る。
「おっと、追加オーダーし過ぎたかな。爆風で口に砂埃入るの嫌なんだよね、僕」
彼の懸念通り、大量の檸檬爆弾が瞬く間に連鎖的に爆破を開始。
その衝撃にボク等の乗る客船は、大きくうねりを上げながら揺れ動く。
「確実にミンチは確定だと思ってたけど……何で、君は立っていられるのかなぁ?」
だがその激しい爆発を、僕は全部受け止めてみせた。
「……」
僕はぎこちない動きながら、しっかりと目を見開いて梶井の元まで詰め寄る。
「あれ、何にも話してくれないんだ。無視だなんて……酷いなあ」
しかし梶井もマフィアの端くれ。今度は、片手で僕の首を逃がさない様に掴む。
さらに彼は余ったもう片方の手で、上着の内側を見せる様な動作を見せる。
其処には、まだまだ余りに余った檸檬達が爆ぜる時を待っていた。
「確実に掴んだ状態からの、僕に巻き付いた檸檬による全身起爆。単なる一組員に過ぎない君ごときで、ちょっとやけになっちゃったけどごめんねぇ。ああ、僕の事なら気にしないで。
僕の異能は、檸檬爆弾でダメージを受けない能力だから」
そしてその言葉を合図に、今日一番の爆発が客船に上がった。
今回は彼の懸念以上に、砂埃どころか黒煙が船を覆うかのように大きく舞う。
そのせいか、周囲の様子は目を凝らしてもほぼ見えない。
「……これ、あげる」
そんな状況下で、僕はようやく掠れながらも声を上げる。
梶井の全身起爆による黒煙は、少しずつ晴れていく。
「き、君も僕に似た能力を……持ってるんだ。へえ……初耳」
梶井の胸の部分には銀色に輝く針が一本、深く刺されていた。
勿論、それを刺した犯人はボクだ。
「……ボクも優しいから、教えてあげる。ボクは針を自分に刺す事で、ダメージを干渉させない様に出来るんだ。君に刺したのは……さっきまでボク自身に刺してた針だよ」
それを示す様に、何十回と針を刺していたボクの胸部からは痛々しく血が滲んでいた。
「でも、君に異能は発動しない……。だって、別にボクのお気に入りじゃないから。お気に入りの人以外に、能力使いたくないから」
「そ、そんなのあり……?」
「……うん、ボクもそう思うよ。こんな努力のいらない異能力、嫌いだ。神の才能と持て囃されるのも」
ボクは梶井に刺さった自らの針を眺めては、苦い顔を露骨に見せる。
しかしそれを聞いて直、梶井は相変わらずせせら笑う。
「ふっ……。か、神の、才能か。ぼ、僕は……攻略法を既に……理解したけど?」
「そんな冗談も、ボクは嫌いだ。……せめてこの針で拷問を続ければ、少しはボク好みになるかな?」
だが無意味そうに笑っている梶井の瞳は、かなり真剣に見えた。
さらに彼はたどたどしい指の動作で、何かを示そうとする。
「で……でも、選手……交代みたいだ……ねぇ」
そう言って彼は、指先を明後日の方向へ向ける。
するとその言葉の直後、明後日の方向で未だ伸びる黒煙からとある人物がいきなり現れる。
「……いい加減、僕(やつがれ)の邪魔をしてくれるな。目障りで仕方がない」
それは黒いマントを翻した少年漫画のヒーローが如く現れた、謎の青年。
「す……すまないねぇ……! ついつい……はしゃいじゃったよ、芥川君」
梶井は好きなキャラなので、完全に忖度で出しました。