時は夕暮れ。ボクは今、自分の部屋で針の制作に取り掛かっていた。
ボクは銀細工師の家庭の出なので作れる環境さえ整っていれば、どこだろうと針の作成など動作も無い。
ボクが今居る此処は横浜の地にそびえ立つ、高級ホテルチックな新しいアジトの一室。
それも真上に出ている太陽も掴めてしまいそうな程、高い階の部屋で泊まらせて貰っている。
豪華なシャンデリア、豪華な絨毯、豪華な大きいベッド、豪華なでかいソファ、豪華な……。
こんな感想から察する様に正直、そう言う価値はさっぱり分からない。と言うか、興味も無いけど。
「ボクが興味あるのはこれだけ」
そう言ってボクは陽の当たる窓に向かって、針を透かしてみせる。
なるべく針は、体内で折れない様に長い方が良い。
されど、肉体による損傷を受けない様に細い方が良い。
そしてあの異能力の美しさを損なわない様に、透き通る様な銀色の針の方が良い。
「……ボクと彼は同じ瞳をしているんだ」
時は過去。ボクは壊れかけの船で梶井と派手な戦闘を繰り広げている、はずだった。
しかしボクの勝ち戦は、とある人物によって遮られてしまう。
「……芥川、龍之介。あの人も梶井同様に、ボスから聞いた事がある。だけど、こんなに強そうだなんて……」
その人物の名前は、芥川龍之介。
今回の遠征における対戦相手、ポートマフィアと呼ばれる組織の一員らしい。
正直、かなり危険且つ狂暴と言う事だけは人づてに聞いていたが、まさか此処までとは思っていなかった。
その徹底的、絶望的、圧倒的なオーラに、ボクは手足も刺されていないのに身動きが出来なかった。
「僕(やつがれ)は……何としても手繰り寄せる。あの人から、あの言葉を……必ず」
しかし芥川はボクの事など気にせず、ずっと上の空の様に見える。
「何かに恋い焦がれる様な瞳……。ボクと同じだ」
しかし一度は晴れたものの、再度舞い続け始める砂埃と黒煙の影響で、芥川を眺める余裕は無かった。
さらに爆発による破裂音から、聴覚すらろくに機能はしていないと来た。
「つまり……そ、そんな事を考えてる場合じゃないって事。ボクも早く逃げないと。と言うか、ポオさんを助けないと……」
今まで梶井における強烈なインパクトに忘れていたが、このとんでもない爆発に恐らくポオも巻き込まれているに違いない。
足取りは非常に重いが、何とかこの場から離れてポオの部屋に向かう事にした。
しかしそれを、【何か】が許さなかった。
常闇、暗黒、或いは死を貪る者。
「いや、狂犬……?」
とにもかくも檸檬爆弾と同等に情報化が難しい【何か】は、胸部に付き刺さそうと僕の元まで動き始める。
「……!」
だが相変わらず、ボクは何も動けずにいた。
しかし先程とは意味合いがまるで違う。
「き、綺麗だ……」
だってボクは【何か】に、心を奪われていたから。
今までの爆弾も刺激的だったが、今回の出会いに関しては何よりも刺激的だった。
だがそんな事も気にせず【何か】は、ボクの胸部を一瞬のためらいも無く刺す。
「……行くぞ、梶井」
その場で倒れ込むボクを他所に、芥川は鋭い目つきのまま船が浮かぶ黒煙へ消えてしまった。
あれから、数日後。再び現在――。
「痛っ……。やっぱり、無理しなきゃ良かった……」
全身ぐるぐる包帯まみれのボクは、豪華で巨大な椅子に座っていた。
そして横浜の景色を一望できる豪華でピカピカの窓を眺めて、休憩のひと時を楽しんでいる。
勿論、新しいアジトであっても既に愛しの【彼等】は用意してある。
爆発にも干渉しない為、【彼等】は勿論無傷だ。まあ、軽すぎて爆風で全員浮き上がってしまったから、集めるのがかなり大変だったけど。
「でも、標本に刺した針の方は幾つか抜けてる……。せ、折角……ボクが作った特注品なのに」
ちなみにボクの異能は、針一本につき一つの力を干渉出来なくさせられる。
なので多くの力を上手く干渉出来ない様にするには、大量の針を打つ必要がある。
「しかも……ボクの異能は、自力での指定や制御が出来ない……。とても、難しいんだ」
つまり何が干渉出来ない様になるかは、実際に針で刺さない限り分からないランダム制と言う事。
なので自分が思った通りの異能が出るまで、何度も針で刺し続ける必要もある。
ボクの胸に、何十回も針を刺した様な傷が出来ているのもこの為だ。
「確かにこんなの、か……神の才能程では無いよね。ねえ、ボス」
「……あまり、自分の異能を嫌ってくれるな。その素晴らしい異能のお陰で、今こうして君は生き残っているのだから」
そしてお見舞いの為に、お優しいボスがボクの自室を訪れていた。
ボスはボクの真後ろにある玄関の扉に、手を組んだ状態で偉そうに寄りかかる。
ボスは相変わらずの白スーツで、身に付けている物全てが豪華な高級品で輝いていそうだ。
「君は俺の所有物の中でも、貴重品に分類される存在だ。傷が付かない様にポオには、教育係の他にも護衛役を授けたつもりだったが……。やはり人選ミスだった様だ。代わりに謝ろう」
だがそんな彼に、謝罪の念はまるで見られない。そもそも、頭すら下げてもいないだろう。
ボクはボスの意思を拒否する様に、目の前の窓の景色だけを見続ける。
「そんな建前は良いから……何の為にボクの元に来たのか、教えて」
「……そうだな、まずは何から話そうか。じゃあ、緊急プランについてだ」
するとボスはおもむろに、窓を見るボクを無理やり椅子ごとボス自身に向ける。
「酷い怪我だな。だから俺は、こんな無様を晒させてしまった君の為に緊急プランを発動させた」
「緊急プラン……? なにそれ」
「安心しろ。このプランで、君を使うつもりは毛頭無い。むしろ、【あれ】の異能を干渉出来なくされると俺としては困る。君は今後の為、力を蓄えるつもりでゆっくり安静にしてもらおう」
「……」
だがボクが考えていたのは、唐突に現れた胡散臭い謎のプランの事では無かった。
「ポオ君が心配か? 勿論、彼も参加させるつもりは無い。……この事をどうしても、君に伝えたくてね」
「あの……どうしてボクの事、優しくしてくれるの?」
ボスの妙な優しさに言語化出来ない程に小さいものの、間違いなく不審を覚えたボクは、素直に疑問をぶつけてみる。
「何度も言うが、今回の遠征は君の異能が鍵だからな。これくらいのサービスは受けて当然だろ?」
「……」
だがボクは思った通りの答えを得られなかったからか、不貞腐れる様に黙ってみせる。
しかしボスはそんな事など気にせず、先程からボクがずっと針を制作していた事に注目する。
「今は休憩中だが……君が針を制作する時期はたった一つだけ。それは、お気に入りを見つけた時だ。違うか?」
そう淡々と話すボスは、改めてボクが設置した【彼等】の一つを軽く撫でる。
「……誰だ。良ければ、首輪でもつけてご覧にいれよう。俺は優しいからな。ついでだ、リボンも付けてやろうか」
「な、成程……。ボ、ボクにもう勝手な行動をするなって事か。怪我されると困るから。だから、優しいんだ」
それくらい、ボスはボクの異能を大事にしていると言うのは理解した。
ボクのお気に入りを、ボス自らで捕らえる事を宣言するほどに。
「……ボクとしては出来れば、自分の手であの人を幸せに導きたい。でも、協力してくれるなら……」
「お安い御用だ。純金の豪華客船に乗ったつもりで居ろ。何なら、それ以上に君の願いを叶えさせてやろうか。それで……そいつの名前は何だ」
此処までは計算通りか、交渉が成立した事にボスは薄気味の悪い笑みを浮かべる。
「……あ、芥川。芥川龍之介」
「ああ……ミスターアーグラーか。ふむ、有名人で助かったな」
「え、待って。知ってるの……!?」
思わず、ボクは自分でも聞いた事が無い裏声で飛び上がってしまう。
「おっと……安静にしていないと駄目じゃないか」
「……う、うん」
「じゃあ、生け捕りにして君の元まで届けよう。後は煮るなり焼くなり刺すなり、自由にすればいい。それでは……俺は早速、ミスターアーグラーの元まで向かおう。君は、この素敵な横浜の景色を存分に楽しむと良い」
そう勝手に満足そうに言い残して、彼は颯爽とボクの部屋から出て行く。
「で、でも……本当に信じて良いのかな。やっぱり、ボクの事道具としか見てないし……」
するとどこからか、今度は聞いた事がある声がボクの耳に届く。
「……それはどうかなあ。新人君」
ちなみに緊急プランはQちゃんの奴です。ただ、Qちゃん本人も都合により、今回は出てきません。